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戦乙女の鎮魂歌  作者: 白銀悠一
第七章 破滅
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破滅のはじまり

 邪悪な感覚がソラの脳裏に奔ったのは、みんなにマスターアレックの死と彼を殺したヴィンセントという魔術師のことを報告している時だった。


「――っ」


 頭を押さえて、よろめく。作戦室にいる全員の視線がソラに集中した。


「またなのか? 今度は誰に呼ばれたんだ?」


 メグミがソラを心配し訊ねる。ソラは首を横に振って答えた。


「誰にも。……誰かがこっちに向かってくるみたい」

「ヴィンセントって魔術師、なのかしら。聞いたことないけど……」


 ジャンヌが推測を口にしながら、確認するようにロメラとモルに視線を送る。だが、二人とも首を横に振るだけだった。参ったわね、と彼女は呟く。


「さっぱり状況が掴めない。一体どうなってるの……」

「ウルフからも連絡が途絶えた。あの人なら自力でどうにかするとは思うけど」


 ヤイトが端末を操作しながら淡々と言う。が、珍しく無表情の中に緊張の色が窺えた。コルネットも難しい顔をして情報収集に勤しんでいる。自分たちの手に余る事態が連続して起きていた。相賀の死、そして、教会のマスターであるアレックの死。不可解な状況である。今、この場に現状を把握できている者はいない。


「困ったねー」

「困ってるもくそもねえだろうが」

「メグミ?」


 困り果てたホノカにメグミが反応する。ソラが不思議そうに見つめると、メグミは左手に拳を殴りつけてみんなを励ました。


「便箋野郎をぶっ飛ばせば、戦争が終わるってわかったんだろ? なら、ぶっ飛ばせばいい。まずは今ここに向かってくる敵の対処だ」


 メグミはヴィンセントに便箋というあだ名をつけることにしたようだ。思案していたマリがメグミに笑いかける。


「あら、たまにはまともなこと言うじゃない。便箋ってネーミングは気に入ったわ」

「いつもまともなことしか言ってねーだろうが。だろ? ソラ」

「そうだね、うん」


 メグミに元気づけられたが、それでもソラは万全とは程遠い。

 さっきの感覚は今までのどの感覚よりも強く鋭く、恐ろしかった。勇気を貰うために、さっきから青いペンダントを握り絞めているが、普段とは違い効果があるように思えない。


(クリスタル……あなたは、今、どうしてる?)


 いつもなら、ペンダントを握る時、クリスタルと繋がっている気がしていた。

 しかし今日は全くと言っていいほどクリスタルとの絆が感じられない。

 一時的にまとめ役となっているコルネットが、皆に迎撃の指示を出す。マリとヤイトはパワードスーツを装着しに格納庫へと向かい、ロメラとモルは顔を見合わせて思わせぶりな態度で部屋を出ていく。

 ソラはメグミとホノカと共に作戦室を後にした。胸騒ぎを治めるために、ペンダントを強く握りしめながら。



 ※※※



「……遅かったですね、アーサー」

「お前は早かったな、エデルカ」


 クリスタルに仕掛けを施したアーサーは、執務室で待っていたエデルカに残忍な笑みをみせた。エデルカからは感情が見て取れる。怒っており、悲しんでいる。感情の排斥は、やはり完全にはいかないようだ。


「クリスタルに魔術を掛けたのですか。私のプロテクトが破られるとは」


 エデルカは全てを悟っているようで、アーサーも隠さずに臆面なく応えた。


「ああ。彼女は利用できる。アレックが育てた逸材だ。それに、ヴァルキリーを始末するのにこれほどふさわしい相手もいないだろう。クリスタルを殺しても、あのヴァルキリー……青木ソラと言ったか、あの少女の心は砕ける。ヴァルキリーシステムは機能不全に陥るのだ」

「やはり、全てを知ってたのですね」


 エデルカが確信の顔つきとなる。今更気付いてももう遅い、とアーサーは真実を見破られたというのに余裕を崩さない。


「そうとも。お前たちを騙すのには苦労させられた。流石の我々も評議会のマスターを半数同時に相手取るほど愚かではない。それに、アレック。奴が一番の邪魔者だった」

「――私なら、取るに足らないと。本気でそうお思いですか?」


 エデルカが静かな気迫を滾らせて、アーサーを睨み付ける。否定する理由もないので、アーサーは嘘を吐かなかった。


「そうだとも。お前程度なら、問題ない」

「アーサー!」


 エデルカが魔術書を開き、何か魔術を行使しようとする。が、彼女が魔術を発動する前に、アーサーはエクスカリバーを引き抜いて左胸に突き刺していた。


「ぐ……ぅ」

「驕るな、エデルカ。お前がマスターである理由は魔術書及び魔導書の解析と執筆、術式の構築に長けていたからだ。戦闘力は、そこら辺の凡庸たちと大差はない」

「く――謀反を企てる、とは……裏切り者」

「そもそも最初から、私はお前たちの味方ではない。お友達ごっこはもう終わりだ」

「アー……サー……」


 エデルカは最期にアーサーの名を恨み言のように吐き出して、絶命した。剣の血を落とし鞘に仕舞ったアーサーだが、油断なくエデルカの死体を見回す。エデルカが独力でアーサーが裏切り者だと見抜けるはずがない。つまりは全て、同志が始末したアレックの仕業だった。

 死してなお、アレックはこちらを倒そうと目論んでいる。有り得ないことではない。アレックは自分が死ぬことも考慮に入れているはずだ。


「ランスロット」

「我らが王」


 一言名を呼ぶと、別室で待機していたランスロットが即座に駆け付けた。自分の前で跪く腹心の一人に目をやり、アーサーは指令を出す。


「早急にアレックの弟子を始末しろ。それとハルフィス、レオナルド、ハボック……娘の息のかかった、ブリトマートもだ。生かしておく理由がない」

「はっ」


 ランスロットは二つ返事で殲滅に乗り出した。浮き島に、自分と相反する考えを持つ者は必要ない。どのみち、殺さねばならんのだ。ならば、早い方がいいだろう。


「パーシヴァル、聖杯の状況は?」

『順調です、我らが王。ヴァルキリーの出現により予測値を下方修正しましたが、今回の虐殺で予定値には達するでしょう』


 聖杯を守るパーシヴァルの通信を聞き、アーサーはその場でガウェインに指示を出した。


「ガウェイン、今から外地に赴き、はぐれ者たちを殺せ。リーンとファナムは最優先抹殺対象だ」

『了解しましたぜ、王よ』


 大方の指示を出し終えて、アーサーはテラスに向かい湖を見下ろした。通信術式を起動させ、遠くにいる同志と通話する。


「聞こえるか? 我が友よ。迎え入れる準備がある。キャメロット城に来るがいい」

『奴はどうする? いらぬことを暴露しそうだが』

「ふん、奴は仲間になっているつもりでいるが……早々に始末する。用済みだからな」

『恐ろしいな、アーサー。私も切り捨てられぬよう用心するとしよう』

「貴殿が有用なうちは、そのようなことはせん。それに、貴殿もこちらを狙っている。お互い様だろう」

『……ブリュンヒルデはどうする? 計画の邪魔になる可能性がある』

「ふさわしい手駒を送った。奴は死ぬか、死ななくとも、我々に利用される道しか残されていない」


 アーサーはほくそ笑む。ようやく本腰を入れて、行動に移すことができる。なかなか思うように進展しない状況に辟易していたが、もう影に隠れて時を待つ必要はない。時は満ちた。後は邪魔者を排除し、聖杯を満たすだけだ。


「さて、クリスタルよ。偽物の復讐心で、大切な友人を殺すがいい。復讐心とは、伝染するものだからな」



 ※※※



 爆発が起きたのは、ソラが手綱基地で迎撃準備を整えている最中だった。


「な……何で!?」

『今までの魔術師とやり口が違う!』


 どうやら砲撃を逃れたらしいマリが通信を送ってくる。

 魔術師は基本的に人間よりも優れている。ゆえに、不意打ちなどの姑息な手段を弱者である人間相手に使う場合は滅多にない。堂々と姿を現し名乗りを上げて、その上で敵を倒すのが魔術師の戦い方だった。それは戦闘を無理強いされたユーリットや、何者かに心を操られたアテナでさえも例外ではなかった。

 しかし、今度の敵は違うようだ。先制攻撃で手綱基地の格納庫を破壊。こちらの戦力を削ぎ落としにかかっている。


『……くそ、武装が潰されたわ』

『僕のライフルもだ。仕方ない、効果は薄いけど、既存の武器を使うしかないね』


 二人とパワードスーツは無事なようだが、武器を破壊されてしまったらしい。ちくしょう、と隣に立つメグミが歯噛みする。これでは万全の態勢で敵を迎え撃てない。


「でも、遠距離攻撃してきたってことは、敵の方が不利ってことだよねー? 有利なら、わざわざこんな方法取らないしー」

「それもそうだな、行くぞ、ソラ。これ以上被害が出る前に……ソラ?」

「……」


 ソラはずっとペンダントを握り絞めて固まっていた。心なしか手が震えている。


「何をビビッてやがるんだ? お前らしくもない」

「ご、ごめんね。ちょっと、怖くて」

「……私らがついてるんだ。今度の敵も楽勝だぜ! っていうか私らの中じゃお前が一番のエースなんだ。別フォームにも変身できるんだから大丈夫だろ。便箋野郎が怖いのはわかるけど――」

「ううん、ヴィンセントさんが怖いんじゃないの」


 アレックと共に対峙したヴィンセントは今の自分の実力では歯が立たない相手ではあるものの、恐れはしなかった。倒すべき敵、と認識できる相手である。

 だが、今遠くからこちらを睨む魔術師はとても怖い。もしかすると、これが真の恐怖なのかもしれない。

今まで出会ってきた相手の中で、群を抜いて恐ろしい。恐れを知らないはずのソラを震えさせる相手。


「大丈夫ー? 無理なら無理で――」

「うん、大丈夫、大丈夫……。じっと隠れてる方が怖いしね」


 自分に言い聞かせるように呟いて、ソラはブリュンヒルデに変身した。二人もスヴァーヴァとエイルに変わる。

 マリとヤイトが支援位置に移動している間に、ソラたちは遠距離射撃を行った相手の元へ飛翔する。


『……応援してあげようか? この私がじきじきに』

「なんか、あまりありがたみを感じないんだよなぁ。お前、本当はジャンヌ・ダルクのことバカにしてんだろ。銃を使ったり、成り上がろうとしてたり」

『はぁ!? 私ほどかの乙女にふさわしい存在はいないでしょう!? 聡明で麗しいこの私よ!?』


 援護の申し出をしてきたジャンヌを茶化し、先行するメグミはソラへと振り返る。ソラを元気づけようとしているのだろう。ソラは申し訳程度の笑みを浮かべ、すぐに眉をハの字に戻した。


「大丈夫ー?」

「うん、早く敵を倒して、今後のことを考えないと」


 現在、ソラたちは混迷の真っただ中にいる。ただでさえ複雑なこの状況で、これ以上厄介事が増えるのは避けたかった。それに、アレックにも託されたのだ。君たちなら奴を倒せると確信している。彼はそう言って自分が犠牲になることを選んだ。

 恐らく、ヴィンセントはアレックを確実に殺せる機会を待ち望んでいたのだろう。彼の言動から考えるうるに、ずっと昔から。それほど、アレックの存在が邪魔だったに違いない。

 それだけではない。引っ掛かることが山ほどある。大変革、それにおとぎ話。

 ――世界は一冊の本でできている。


「見えたぞ!」


 メグミが呼びかけて、ソラは思考を中断し、前方に浮かぶ魔術師へ視線を送る。


「……え」


 ソラは最低限な疑問の声を上げるだけで精一杯だった。メグミも瞠目し、ホノカも絶句している。

 先制攻撃を行ったのはクリスタルであり、クリスタルではない。かつての面影すらなく、憎悪を滾らせる、変わり果てた魔術師がそこにいた。


「クリスタル……まさか」


 瞬時に把握する。アテナの時と同じ状態――いや、それ以上に酷い。


「私の師……お義父さんの仇――。ソラ、死ね」


 漆黒のサークレットを頭に装備し、魔力と狂気が増幅されたクリスタルがピストルの引き金を引く。



 ※※※



「どうして転移できないのです! 急がないとクリスタルが!」


 同門の弟子たちが集うアレックの屋敷、その居間でレミュがヒステリックに叫んだ。混乱し、取り乱している。皆が視線を集わせる先にはクリスタルが単独で手綱基地を襲撃する様子が映し出されていた。

 その横で、アテナも神経質な叫び声を出す。


「わからないわ! わからないのよ、私も! 計画的な犯行――それに、さっきから浮き島内部で戦闘が起きまくってる! 円卓の騎士が反乱を企てたのよ!」

「ど、どういうことですか? アテナ」


 動揺するニケがアテナに問いかける。アテナは説明しようと口を開いて、結局口を閉ざした。上手く説明できないのだ。事情に詳しいと思われるメローラは手綱基地に潜伏している。もう姿を隠してもしょうがないでしょ! と文句を言いたくてしょうがなかった。

 いや、賢しい彼女のことである。もう行動を開始しているか、もしくは別の何かに行動を阻まれてるのかもしれなかった。


「とにかく! 浮き島は敵だらけ! 外に逃げるのよ!!」

「どうするのですか!? 転移が使えないというのに!!」

「お、落ち着いて、二人とも。レオナルド様、呼んでくる」

「私なら……ここにいる」


 レオナルドが杖を突きつつ少年少女の人だかりを縫って現れ、場の全員が彼に注目した。シャークと交戦する前よりも弱っているが、彼の言葉には人を導く強さがあった。


「ししょー、大丈夫なのか?」

「安心しろ、ツウリ。まだ完全とは言い難いが……。アレックは前以て我々に指示を出してくれていた。これからマスターリーンの元に向かい保護してもらう」

「迎え入れてくれるんですか?」

「無論だ。リーンは悪人ではない。少々性格に難はあるが、性格がまともなマスターなどいるか?」


 レオナルドが冗談を口にした。張りつめていた空気が緩む。アテナも少しだけ余裕を取り戻した。

 空気が落ち着くと、ミシュエルが不安の面持ちでレオナルドに訊ねた。


「ポロア兄さんたちはどうするの」

「私の弟子は皆、優秀な錬金術師アルケミストだ。今頃、アーサーの配下と戦い独自に逃げているはずだ。黙っていて悪かった」

「別にいいって。ししょーは強いからな!」

「迂闊だった、アーサーめ。マスターオドムも奴らに謀殺されたに違いない。……私たちを騙した罪は償ってもらう」


 レオナルドが忌々しそうに吐き捨てる。彼は玄関まで歩いて行き、ドアを開けて外の様子を確かめた。


「あ、あの、まだきらりが戻ってきていないのです。どうか、捜索の許可を」

「残念だが、許可できかねんぞ。君ひとりで外に出ても奴らに殺されてしまう」

「しかし、きらりは大切な友人なのです、どうか……」

「――話は聞いたぞ、レミュ」

「ヘルヴァルドさん」


 レミュの名を呼びながら、ヘルヴァルドが姿を現した。臨戦態勢である。きらりのことを相談しようとレミュが駆け寄ろうとしたが、レオナルドが杖を振り上げて止めた。レミュが困惑の声を出す。


「マスターレオナルド?」

「……その敵意、わざと出しているのか? お前ほどの戦士なら、わざわざ殺気立つ必要もなかろうに」

「さてな。だが、私は運命に従うだけだ」


 ヘルヴァルドが剣を抜き取り、アテナも似たように武器を構える。が、レオナルドはアテナをも制した。


「よせ、勝てん」

「しかし!」

「導師の言葉は聞くべきだぞ、アテナ。例え、他流派だったとしてもな。事実、君程度では私には及ばない」

「何を……! ギリシャ神話の戦争の女神に、北欧神話の海賊風情が――」

「そのような考え方を持つ時点で、劣っていると言っている。戦とは、そのような些事で計り知れるものではない」

「……ッ」


 正論を突きつけられて、アテナは押し黙った。支援魔術師エンチャンターであるニケも戸惑っている。何事かとリュースとカリカ、ケランも駆け付けたが、頭数が増えたところでどうにかなる状況ではなかった。


「ヘルヴァルドの奴がどうしてここに?」

「リュース。ドルイドの弟子。マスターハルフィスは無事か? 老練のドルイド長と言えども、これほど強烈な悪意に晒されて無事で済むとは思えんが」

「じいさんが負けるはずないだろう!」

「そーよ、そーよ! あのクソじじいは口うるさいだけあってバカみたいに強いのよ!」


 リュースとカリカが反論すると、ヘルヴァルドは小さく笑みを漏らした。羨望の眼差しを注いでいるようにも見える。


「口こそ悪いが絆は強固。いいな、実にいい。……マスターレオナルド。わかっているな」

「……この子たちは希望だ。やらせる訳にはいかん」


 レオナルドは杖を錬成して剣に変えた。切っ先をヘルヴァルドに突きつける。

 だが、すぐに森の中から敵の増援がやってきて、歯噛みした。ただでさえ今のレオナルドは弱体化している。その上で、多数の強者を相手取るのは容易なことではない。


「これはヘルヴァルド殿。ようやく我らの仲間に加わる気になったか」

「……では、参ろう」


 ランスロットの問いかけを無視し、ヘルヴァルドは剣を振りかざす。強烈かつ素早い一撃だった。瞬発的に放たれた斬撃が対象を真っ二つに切り裂く。


「何?」


 ランスロットがヘルヴァルドを訝しむ。二つに分かれたのはレオナルドでも、アレックの弟子たちでも、ましてやランスロット自身ですらない。浮き島だった。

 屋敷側の地面が崩れゆっくりと落下していく。ランスロットが追撃しようとしたが、ヘルヴァルドが手で行動を止めた。


「よせ。私が仲間となろう」

「……だから奴らを見逃せと? そう言いたいのかヘルヴァルド」

「おうとも。せっかく鍛えた連中だ。みすみす死なすのは惜しい。今はな。しかし、案ずることはない。次に出会った暁には私自身が直接手を下そう」

「ふむ……まぁ、それもいいだろう。戦争は激化しなければならないのだから。敵は多いに越したことはない。では、狩りに参ろう」


 ランスロットが兵を率いて浮き島に残る敵の殲滅作業へと戻る。ヘルヴァルドは落下し、転移妨害範囲から逃れたであろう浮き島の欠片を一瞥した。


「運命から逃れられるのは、くびきを脱したものだけだ。そうだろう、フリョーズ」


 ヘルヴァルドは剣を鞘へと戻し、ランスロットと共に逃げ隠れする敵を抹殺し始める。


 

 ※※※



「クリスタル!」

「ソラ――!」


 ソラとクリスタルは銃槍ガンスピアとフリントロックピストルを用い空戦を繰り広げていた。クリスタルはソラに集中砲火して、メグミやホノカを相手取る気配すら見せない。

 クリスタルは両手に二つのピストルを構えていた。銃口が円状に六つ備わるペッパーボックスだ。一般的に普及した初めての六連発回転式ピストルであり、フリントロック式の最終形態と言っても過言ではない銃である。本来なら銃身を手で回し連発する仕組みだが、魔術によって自動で回転しガトリングのように連射できる風に魔改造されている。

 十二発もの弾丸が一瞬で放たれ、ソラを襲う。ソラはシールドで防いだが態勢を崩した。


「威力が……上がってる!?」

「ソラちゃん!」


 ホノカが杖を散弾銃モードに切り替えて、クリスタルに放った。だが、クリスタルは見向きもしないで障壁を張り防御する。堅牢な防護フィールドだった。クリスタルの魔力量では危機的状況以外で使うべき代物ではない。


「パワーアップしてねえか!?」


 メグミが惑いながらもクリスタルの背後を取った。拳で不意を衝こうとしたが、防護壁を貫通できない。

 このまま続ければ魔力切れを起こすはず。そう三人は見越していたが、クリスタルは息一つ乱さなかった。


「――まさか、そのサークレット」


 ソラはクリスタルの頭に装着されるサークレットがカギだと推測する。元々、クリスタルはそういう類の装飾品は好まなかった。魔術師らしい格好をしたら? と幼き日のソラがいい、最終的に辿りついたのがとんがり帽子だ。

 しかし、今のクリスタルは帽子をかぶっていない。殺気と敵意を身に纏い、ソラを撃ち殺さんと暴れるだけだ。


「復讐を果たす!」

「私はアレックさんを殺してなんか、いない!」


 説得は無駄だと知りながらも、叫ばずにはいられない。ソラは銃槍ガンスピアを撃ちながら、左手に退魔剣を取り出して接近戦を試みる。盾は持っていても使いどころがない。全て避けるか斬って無効化するしかなかった。


「嘘つき!!」

「嘘なんてついてない!」


 見事肉薄したソラは、槍と剣を巧みに操りクリスタルのピストルを斬り落とそうとした。しかし、斬撃と刺突を繰り出した瞬間に銃が消え失せる。代わりにクリスタルはラッパ銃――ショットガンの原型とも言われる古式銃――を取り出して、ソラに向けて穿った。

 単発式の銃弾ならばともかく、拡散する散弾は防げない。それほどの技巧が可能なのはヘルヴァルドだけだ。ソラは散弾をまともに受けて、きりもみの状態で落下した。


「ハハッ」

「あああッ!!」

「ソラ! チクショウ! やるぞ、ホノカ!」


 メグミは落ちるソラを見やり、ホノカに合図を送る。ホノカは訓練の通りに杖をムチ形態へと変化させ、クリスタルのラッパ銃を拘束した。その瞬間、メグミが拳を振り上げて突撃する。


「とっとと正気に戻りやがれ!」

「……私の邪魔を」


 ホノカがえっ!? と声を上げた。ラッパ銃が消失し、クリスタルが自由になる。こなくそ! と気合の叫びを放ち、メグミは突貫。クリスタルは新しく銃剣付きマスケット銃を召喚し、メグミと近接戦闘を開始した。


「格闘戦で私に――つ、強い!?」

「メグミちゃん!! な、何で!?」


 ホノカは鞭を振るったが、クリスタルとメグミを囲うように障壁が張られ攻撃が通らない。閉じ込められたか、とメグミは焦り声を漏らす。


「メグミ!」

「待ってろ! 今、コイツを――ぐあッ!」


 メグミの武術は、クリスタルに通用しなかった。正拳突きを出しても、クリスタルは狭い障壁の中だというのに器用に躱し、銃剣を突きつけてくる。蹴りを放っても、マスケット銃の銃身で受け止める。次の瞬間には、左腕に鋭利な刃先が突き刺さっていた。


「こ、このッ! ああッ!!」


 鎧ごと腹部が斬られる。メグミが苦悶の声を漏らす合間にも、クリスタルの刺突は止まない。次は右手に銃剣が貫通した。


「グラーネフォーム!!」


 ソラは焦燥感に駆られながら、グラーネフォームへとチェンジした。急いで障壁を壊さねばメグミの命が危うい。騎兵槍ショットランスを構えグラーネに跨り、突撃をしようとしたその時――。


「死ね」

「うぐぁ……」


 ――銃剣がメグミの腹を貫いた。


「メグミ!!」「メグミちゃん!!」


 ソラとホノカが同時に叫ぶ。ソラはグラーネによる高速移動を実行した。メグミは言葉を返す余裕もない。哀れむような、悲しむような視線でクリスタルを見つめるだけだ。


「私はソラを殺す。邪魔をするなら……」

「くそったれ……。覚えておけ。正気に戻ったらお前は、ソラと、いっしょに――」

「メグミぃぃ!!」


 グラーネが駆ける。ソラが叫ぶ。メグミが血を吐く。クリスタルがピストルを抜く。


「――この戦争を、止めるんだぞ?」

「死ね」


 引き金が引かれ、火打ち石が当たり金と命中。火花が散り、点火薬の中に落ちていく。

 ささやかな小爆発が起き弾丸を放出。メグミの眉間を撃ち貫いた。


「さよなら」

「メグミ……メグミ!!」


 刺さった銃剣が抜かれる。スヴァーヴァが解除され、浮遊能力を失ったメグミは重力に従い落ちていく。

 ソラはメグミの名を呼びながらその身体をキャッチした。顔は血まみれで銃創がある。呼びかけても目を開かない。


「メグミ! ホノカ! 急いで!! ホノカ!!」

「無理よ、ソラ。そんな死体は捨てなさい」

「クリスタルッ!」

「そうよ、それでいい。私を憎み、恨んで、本気で殺しに来なさい」


 ソラは血濡れたメグミを抱きかかえ、絶望の表情でクリスタルを見上げた。

 大事な人間に、大切な人を殺させる――。

 ヴィンセントの高笑いが、昏く深い憎悪と復讐心が、世界中に拡散していた。

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