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戦乙女の鎮魂歌  作者: 白銀悠一
第一章 再会
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深紅の魔剣

 マスターアレックはあまり汚い言葉を好まない。それを重々承知しながら、クリスタルは思いっきり毒づいた。


「あの魔女共め!」

「落ち着け。……好都合だ。敵を知る絶好の機会となる」


 クリスタルとは対照的に冷静なマスターアレックは、魔術師なら間違いなく忌み嫌うノートパソコンから戦場を俯瞰している。パソコンは人間の機器であり、魔術師の道具ではない。これが古代と近代、二つの流派の共通認識だ。しかし、逆に言えば、彼らは嫌うあまり詳細を把握できない。魔術媒体としてパソコンを使うことによって、彼らの妨害を受けずに戦場を眺め見ることができた。


「好きの反対は嫌いではなく無関心……。彼らが科学アンチであれば、使えなかった手だ」


 興味深く画面を覗く弟子たちにアレックは導師として説明していく。しかし、ほとんどの弟子たちはマスターの説明を聞いていない。戦場に現れた戦乙女に目を奪われている。クリスタルもその一人だった。


「状況を見ることはできます……。しかし、リュースを救出できません」

「案ずるな。リュースの実力を過小評価していたか? 彼女は優秀な魔術師だ。油断をしただろうが、それでも無能ではない。対して、古代の魔女は無能だ。油断もしている」


 魔女たちが聞けば顔を真っ青にするであろうセリフをアレックは口に出す。クリスタルも同意見だった。もはや名前すら思い出せないこの魔女が、リュースを倒した謎の魔術師に敵うはずがない。


(でも、一体どんな子なの……)


 画面に写る、神話再現をしたと推測されるヴァルキリーは、顔がわからない。敵に情報が流出しないよう魔術的な処置を行っているのだろう。魔術師にとって顔を暴かれるのは致命的だ。呪いを掛けられる恐れがある。

 だが、一度見てみたい、とクリスタルは考えている。

 一体どんな奴だ? リュースを殺さず、捕まえてみせた腕の立つ裏切り者は。



 ※※※



『ローレンスさんは自信家みたいだねー』


 間延びしたホノカの声。メグミもホノカも避難して、作戦室からソラを応援してくれている。彼女たちが後ろについているという事実が、ソラに力を与えている。オーロラドライブも出力が絶好調のようだ。


「ローレンスさん、後で怒らないでくださいね!」


 ソラは退魔剣を引き抜いて、真っ直ぐローレンスという魔女に突っ込んでみた。なぜだかローレンスはぎょっとした表情となり、慌てて薬のような物を口に含んだ。そして、杖をソラへと構えるや否や、突然炎が噴き出してきた。


「いぃ!?」


 ソラは急停止、反転し、炎の噴流から逃れる。退魔剣では無効化範囲が狭すぎて、防御したとしても身体に命中してしまう。どうしようかとソラが悩んでいると、ブリュンヒルデが新武装の使用を提案してきた。


『守護盾の使用を推奨します』

「守護盾……うわッ!」


 突然左手に盾が出現し、ソラは危うく落としかけた。中盾の大きさの青を基調としたシールドは、ブリュンヒルデが死に逝く戦士たちを守護した盾であるとシステムが解説。

 盾を構えたソラはその堅牢さに驚いた。炎が簡単に押し返されて、ローレンスは慄くしかない。


「このまま……!」

「なぜだ!? 私の炎がお前如きに!?」


 ローレンスは素人であるソラ目線から見ても、あまり戦闘向きの魔術師とは思えなかった。どちらかというと薬の調合が得意な薬草を扱う魔女に思える。なぜこのような老女が戦場に出てきたのか定かではないし、そこまでソラの頭は回らない。――無力化した後に、直接本人に聞けばいい。


「ごめんなさいねッ!」

「ひぃいいいッ!」


 悲鳴を上げる老婆に、ソラは剣ではなく拳を振り上げる。剣でも非殺傷モードは可能だが、やはり拳の方がより優しめにできる。

 ソラの拳が魔女に奔る。魔女が情けない悲鳴を出す。

 そして、ソラの左手に持つ盾が、砕け散る。


「ッ!?」

「――ふむ、神話再現にしては威力が低いな。だが、敵を殺さぬように立ち振る舞う点は称賛に値する。ぜひとも私も見習いたいものだ。そうではないか、ローレンス?」

「は、ハハッ、“深紅の魔剣”の降臨だ!!」


 引きつる笑顔をみせる魔女と驚愕するソラの間には、赤い鎧を着た一人の女性が浮いていた。兜をかぶらず、長い黒髪を風に揺らし、手には一振りの剣を持っている。両刃の黄金の柄を持った禍々しい剣。


「流派はなんだ? 現代か? なぜ裏切った? 人間に同情でもしたか?」


 矢継ぎ早に告げられる問いに、ソラは答えるべくもない。その様子を不審に思った高潔な騎士は、ふぅむ、と顎に手を当てて考え込む。

 敵の目の前で、思考を回す余裕がある。


「ヴァルキリー。私の魔剣と同じ北欧神話がルーツであることは間違いない。しかし、どうだ? ローレンス。この少女は本当に魔術師だと思えるか?」


 だが、ローレンスは女性の問いに答えない。早く殺してください、ヘルヴァルド様! と捲し立てている。


「ヘルヴァルド……さん……」

『下がってろ、ソラ』


 相賀からの通信で、言われた通りソラは下がる。直後、下方から大量のミサイルがヘルヴァルドに向けて放たれた。

 しかし、ヘルヴァルドは平然とした様子で、目を瞑り、思考をまとめながらミサイルを斬り落とし、爆風すら叩き切った。ソラとは明らかに実力が違う騎士である。心技体という三つの大事な要素の中で、ソラはまだ心しか獲得していない。この女性は明確に、全てを兼ね備えた魔術師である。


『ソラ、今の君ではそいつには敵わない。ここは俺に任せて撤退するんだ』

「で、でも!」

『今は素直に聞いてくれ。……誰もこの勝負に手を出すな』


 何やら因縁があるような物言いだった。ヘルヴァルドは相賀の機体を一目見ただけで何者なのかを把握し、ローレンスを下がらせる。


「に、人間風情が、あの者は私に――」

「退け、ローレンス。お前ではあの男に勝てん」


 魔術騎士とVTOL機がそれぞれを敵として見定め、ソラの前で激突する。


「よくぞ生き残っていたものだ。だがしかし、今日ここをお前の墓場としよう」

『それはこっちのセリフだ。よくも今まで生きていてくれたな!』


 ミサイルと機銃、そして剣。大量の弾丸と、凄まじい速度で繰り出される斬撃は、ソラに割って入る隙を与えない。両者とも凄腕には間違いないが、相賀の方が不利に思える。そもそも、まだヘルヴァルドは相賀に一度も反撃していない。ずっと防御しているだけだ。


「惜しいな、高貴なる天馬よ。お前が魔術師であれば、心躍る殺し合いを行えたものの」

『くそッ!』


 相賀は最新鋭のエンジンに物を言わせた高速で風を切りながらヘルヴァルドと肉薄。擦れ違い様に横向きとなったペガサスは、機体上部に設置された百八十度対人機関銃を掃射し、敵の反撃を防ぐ。旧型戦闘機は戦闘機の後部が弱点となっていたが、自由自在に飛び回る魔術師に対応するため、稼働する機銃がペガサスには搭載されている。

 だが、機銃程度では遅すぎた。ヘルヴァルドは剣で弾丸を全て切り落としながらペガサスの後部へと接近。相賀は空中機雷を放出し、機銃で迎撃したが効果がない。ヘルヴァルドは悠々と機体上部に取りつき、相賀へと剣を振るう。


『このッ!』


 相賀は機体の出力を限界まで落とし、空中で失速。剣は躱したが、蹴りが見舞われた。人間に蹴飛ばされた戦闘機が、勢いを抑えきれず地上へと落下していく。


「相賀さん!」


 ソラは相賀の名を叫んだが、そう簡単にやられるほど相賀は弱くはない。ぎりぎりのところで持ち直し、地上への激突は回避する。


『大丈夫だ、ソラ。心配するな』


 相賀は先んじて全てのミサイルを放出していた。これは攻撃というよりも邪魔だから捨てたというのが正しい。通常の魔術師なら十分にミサイルは有用だが、ヘルヴァルドに対してはミサイルは石ころ以下の性能しか発揮できない。


『くそ、機体が悲鳴を上げ始めたな』


 魔術師の蹴りは、装甲車すらへこませることができる高威力だ。新開発された対衝撃素材が使われていなければ、相賀も機体もろとも爆散していたはずだった。

 機体を持ち直し、再びアタックを仕掛けようとした相賀だが、突然割って入った戦闘機に驚きを隠せなかった。


『バカ、出てくるな!!』

『基地の防衛は本来我々の仕事――何ッ!?』


 先を越してヘルヴァルドに攻撃した戦闘機が、魔剣に切り裂かれて爆散する。同じように、相賀とソラの前で防衛軍の戦闘機が次々と撃墜されていった。魔術師相手には量ではなく質で応じなければならない。その対応策が正攻法だと証明するかのように犬死していく。


『くそッ!』

「愚かな人間たちよ。さぁ、次に死にたいのは誰だ?」


 ヘルヴァルドは汗一つ掻かずに問いかける。その問いに答えるのは相賀だけ――と思いきや、遥か後方から狙撃があった。

 ソラは、狙撃の主へと目を凝らして驚く。マリだった。憎悪を滾らせて、狙撃銃を構えている。


『手を出すなって言っただろ!』

『うるさい! 私の獲物を横取りする気ですか!』


 彼女らしからぬ冷静さを忘れた返答で、マリは狙撃を繰り返していく。もちろん、ヘルヴァルドには届かない。彼女は剣で弾丸を弾きながら、銃撃の主をよく観察している。


「どこかで見た覚えがあるが――間違いなく初対面。ふむ、あの女の肉親か……哀れな。家族の死で学ばなかったのか。戦場に出てはならないと」


 ヘルヴァルドの狙いはマリへと絞られた。焦った相賀が機銃を穿つが、ヘルヴァルドを抑え込めない。そのまま一直線にマリへと下降する。


『……ッ!』

「恨め、憎め、復讐せよ! 私はその連鎖を叩き切る……」


 恐らく、その場にいた誰もが次の展開を予期していた。このままヘルヴァルドはマリの首を斬り取ると。

 ソラもそう感じたし、思った。敵と自分は実力が段違いなのだ。彼女が殺されてもしょうがない。一応軍人にはなったが、ソラは民間人と相違ない。まだ訓練を受けている最中なのだ。何もできなくてもおかしくない。

 たぶん、マリだってソラのことを恨まない。幽霊になって祟ってきたりはしない。ソラが毎日涙を流してお供えをしなくとも、悪霊になって現れることはない。

 だがそれでも、ソラは泣くだろう。悲しむだろう。ソラはまだマリのことを詳しく知らないが、だからと言って彼女の死を悼まないほど薄情ではない。学校のみんなだってそうだ。クラスメイトが死ねば泣く。例え秘密工作のため潜入していた工作員だとしても、目から涙をこぼす。

 メグミだって、ホノカだって。また誰かが涙を流して、悲しみが溢れる。

 悲しくて自分が泣く。どうしようもできなくて、泣く。自分の情けなさに涙を流す。


「それは、そんなのは……ダメだ――!」


 そう言葉を発しながら、ソラは降下するヘルヴァルドへ突撃した。剣すら抜いていない。素手で何の考えもなく体当たりしたのだ。

 しかし、意表を突いたせいか、ヘルヴァルドは躱せなかった。ソラが何もしないと思っていたのだろう。ソラはヘルヴァルドの降下地点をずらし、地面へと叩きつけた。轟音が鳴り響き、砂埃がもくもくと上がる。


「マリさん、大丈夫!?」

「え、ええ」


 呆然としながらソラを背後から見つめるマリが応える。その合間にも煙は晴れて、なぜか嬉しそうな表情のヘルヴァルドが目に入った。


「友を庇い、相手との実力の差を知りながらも割って入るか、面白い……。なるほど、お前の術式見破ったぞ。それは、戦闘術式ではないな」

「な、う?」


 ヘルヴァルドは剣を鞘へとしまった。戦うつもりはないようだ。相賀もマリも、素手でファイティングポーズもどきを取るソラも、下手に刺激しないよう様子を窺っている。


「となれば、戦う必要もなかろうよ。名も無きヴァルキリーよ。その役目を存分に果たすがいい。そして、どうしても私を殺したくなったら、来い。勇敢なる者(エインヘルヤル)の魂を導く水先案内人よ。行くぞ、ローレンス」

「な、なぜです? なぜ殺さぬのですか!? 奴は敵ですよ!!」

「敵を殺すタイミングは私が決める。それとも何か? お前は私に指図できるほど強くなったのか? ならばさっさと私を倒し、言うことを聞かせてみろ」


 ヘルヴァルドの言葉に慄いたローレンスは素直に従い、瞬間移動して手綱基地から消失した。

 敵の襲撃を退いたソラは、バタリ、と仰向けに倒れる。マリが心配して傍まで駆け寄り、


「ち、力が抜けちゃった……。あはは」


 というへらへらとしたソラの顔を目にする。怒ったような顔つきとなった彼女は、倒れて動けないソラの頭上からありったけの罵倒を喰らわせた。


「この雑魚! へたっぴ! ド素人! 無能! 優柔不断! バカ! アホ! マヌケ!」

「ば、バカって言った方がバカなんだよー」


 ソラはまともに反論できない。半分くらい事実だと彼女自身もわかっている。だから、ソラには必要なのだ。自分を支えてくれる友達が。帰りを待ってくれる、仲間たちが。


「あなたには敵に勝つほどの技量もなければ、敵と張り合えるほどの体力もない。けど……」


 マリは悔しそうなそれでいて、ソラを認めるような……複雑な表情となった。


「あなたには私にない心がある。私にはできなかった覚悟を持っている。いいわ、認めてあげる。その代り、びしびし鍛えるわよ。私が持つあなたに足りないものを全て叩き込んでやる」

「お、お手柔らかにね、マリさん」

「マリ。さんはいらないわ」


 マリはそう言いながら手を伸ばしてきた。ソラは小さく笑って、その手を握る。

 戦いには敗北したが、ソラには新しい友達が、仲間ができた。

 次こそは確実に、戦いに勝利できる。そんな気がしていた。



 戦いの後に必要なのは食事である。ソラは食堂でたくさんの食事をがさつに頬張っていた。ソラの前におかれるのはチキンカツ定食の大盛りである。変身を解いた後、猛烈な空腹感に襲われたのだ。


「戦うと物凄くお腹が空くねー!」

「ちょっと食い過ぎじゃねーか、ソラ」

「そうよー。太っちゃわよー」


 と対面席に座るホノカが嘆息し、羨ましそうにメグミを見つめる。

 メグミはスレンダーでいて、ホノカはグラマラス。ソラにはとてもホノカが太っているようには見えないが、ホノカにとってはメグミの体型が羨望の的らしい。メグミはメグミでホノカの母性的象徴に憧れているので、これが他人の芝生は青く見えるということか、などと知的な風にソラは考えてみる。


「あなたたち、何をくだらない話をしているの。あなたたちもしっかり食べなさい。これから訓練するんだから」

「うえっ!? これから!?」「えー? 何で私もー?」


 食事であるうどんを持って来たマリの発言に不満を抱かなかったのはメグミだけだ。マリはいただきます、と丁寧に食事前の感謝を表した後に理由を告げる。


「ソラは一人だとやる気を出さない。これが正規軍人だったらびしばしとしたスパルタ教育を行うんだけど、ソラにそんなやり方をしても効果的だとは思えない。なら、あなたたちを巻き込んで、ソラを教育した方が手っ取り早いってわけ」

「急にやる気を出しやがったな。何かあったのか?」


 メグミが訊くと、恥ずかしそうにマリは視線を逸らす。何か隠してやがるな、と確信するメグミ。

 ソラは性格が似てるからわかるんだろうな、とご飯をかき込みながら思う。


「ようやくソラを認めたってことだろ。違うか?」

「は? 誰がこんな半人前を――」

「おっと? 前は素人って言ってなかったか? いつから半人前にグレードアップしやがった?」


 メグミがマリの揚げ足を取り、上機嫌に応対する。マリが不機嫌になり始めたので、みそ汁を飲み干したソラは二人の喧嘩を仲裁すべく口を開いた。


「二人とも、私のために喧嘩は……」

「あなたなんかどうでもいいの!」「お前なんかどうでもいいんだ!」

「ど、どうでもいい子扱いされたよ……」


 メグミはマリが気に食わず、マリもメグミが気に入らない。ツンデレとクーデレの面倒くさいバトルなのだと思うことにして、食事を食べ終えたソラはホノカと食器を片づけに席を立った。

 片付け口へと赴く間、ソラはたくさんの視線に晒された。そのほとんどが、ソラを責め立てるような目だ。ひそひそと悪口らしき声も聞こえてくる。

 あの子がもっとまともに戦えていれば。あの子がちゃんと敵を倒していれば。

 ソラは口をきゅっときつく締めて、気丈にその横を通り過ぎていく。ホノカが小声で案じてきたが、大丈夫と囁き返す。

 ああ、大丈夫なはずだ。自分は。ソラは魔術師を肯定してから、ずっとこのような視線と罵声を浴びせられてきた。異端者、裏切り者……。でも、一度も彼らを恨んだことはない。そうすれば、きっと友達に顔向けできなくなってしまうから。

 食器を片づけて席へと戻ると、マリとメグミの口喧嘩はソラの短所を片っぱしから上げる口論へと発展した。苦笑しつつも、ソラは元気づけられる。彼女たちはソラの悪いところひっくるめても友達になってくれた。自分を認めてくれる人間が傍にいる。たったそれだけで、ソラは脅えることなく戦える。


「ちょっと二人とも! 人の悪口を並べ立てないでよ!」


 ソラは笑いながら、ホノカと共に会話の輪へと入っていった。



 ※※※



 相賀は酒を呑み、ソファーでくつろぎながら写真立てを見つめていた。相賀の部屋に私物は少ない。遊撃隊という性質上あちこちに移動するため、基本的に現地調達をしている。だが、その写真だけは例外だった。

 マリを成長させたような若い女性と、若い相賀が写真には写っている。女性は故人だ。死んでから三年以上経つ。


「また逃がしちまったよ」


 呟きながら自分の情けなさに呆れる。だが、これは敵を取り逃し、仇を討てなかったという事実にではなく、未だに復讐をしようと未来に背を向けたままの自分に対してである。少なくとも、彼女ならば同じことを思い、指摘したはずだ。いつまでもうじうじするなと。そんなことをしても何も変わりはしない、と。


「でもな、わかってるだろ? 間違いながらも進まずにはいられない。それが俺だ」


 相賀は写真に言葉を掛ける。なぜだか、写真の彼女が苦笑したように見えた。錯覚だが、現実だ。相賀が似たような言葉を言った時、彼女は苦笑していた。

 だから、今もあの世で苦笑しているはずだ。相賀とマリに、苦笑いしている。


「安心しろ。あの子だけは未来を向かせてやる。だから、あまり心配するなよ……」


 完全なる無意味な呟き。彼女が死者だからという理由ではなく、生前の本人に言っても彼女は相賀の言うことを聞かなかったはずだ。相賀にはわかる。手に取るように、今も傍で寄り掛かっているように……。


「惨敗酒は尽きたか。今度は勝利の美酒を味わってみせるさ」


 空のグラスを置きながら、相賀は疑問を感じていた。

 勝利とは、一体どんな結末を指すのだろうか?



 ※※※



 ノートパソコンによる戦場俯瞰での結果を分析したクリスタルは、浮き島の端に座って、空を眺めていた。後ろから近づいてくる足音。マスターアレック。クリスタルに魔道とは何かを教えてくれた頼れる師。


「また空を見るか、クリスタル」

「空は繋がっています。私が空を眺めている時、きっと誰かが同じように空を見つめている。想いも人種も所属も、様々です。でも、人が世界を地図に書き入れて、色を塗り替えても、空はずっと繋がっています」

「いずれ魔術師と人間の戦争が決着し、互いに和睦する日は来るだろう。だが、それはとても遠く長い。解決すべきは敵の問題のみではない。魔術師間の問題も解決せねばならない」

「わかっています、マスターアレック。その前にリュースを救出しなければならないことも」


 アレックはクリスタルを教え諭してくれる。彼はクリスタルを処刑から救った命の恩人でもある。アレックの言葉は正しいが、時として理不尽な気持ちに苛まれることもあった。アレックは穏健派だ。最悪の結末を回避するために、色々手回しをしている。

 クリスタルは時折、暴力で全てを思い通りにしたいと思うことがあるのだ。だがそれは狂戦士のすることだとアレックは言っていた。その通りだとも思う。同時に、戦争の根幹はここにある、とも。

 誰しもが踏みとどまれば、戦争は起きない。今回の戦争は憎しみの連鎖で引き起こされたものだ。この戦争は両者が矛を収めれば解決できる。しかし、誰しも矛を突き立てることしか頭にない。


(あの子だったら、どうするのかな)


 クリスタルの古い記憶に存在する友達はよく泣いていた。なぜか、喧嘩する人たちを見て泣きじゃくっていた。可哀想だから、だという。喧嘩をする両者が。怒り合う二人どちらにも感情移入して、どちらの意見も肯定し、その上で喧嘩を止めようと頑張って、結局涙を流すのだ。

 その健気な姿を思い出すと不思議と笑いと元気が湧き出てきた。


「ふふっ」

「クリスタル?」

「いえ、何でもありません。救出作戦の立案を勧めましょう。占星術を行うんですよね」


 占星術、或いは星占い。全ての魔術は古代流派を通って培われている。現代流派とは言うが、古代の術式も行使できる。然るべき教えと道具さえあれば。

 その全てをマスターアレックは持っていた。だから、クリスタルも星を占える。あまり得意ではないのだが。


(あの子ならきっと、普通に生活しているはず。軍には所属していない。これで、気兼ねなく戦える)


 いち早く戦争の首謀者を打ち倒し、世界を平和にすること。それがクリスタルの戦う理由だった。

 そうすれば、あの子と会える。離ればなれになったあの子と、また出会える日が来る。

 約束をしたのだ。絶対に、また会える。

 クリスタルはずっと、再会を夢見ながら戦っていた。

 これからも同じように、ソラとの再会を願って戦うのだ。

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