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戦乙女の鎮魂歌  作者: 白銀悠一
第六章 復讐
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動き出す世界

「ッ!?」


 一瞬の出来事だったのでソラは反応できなかった。

 自身に対し放たれた閃光を防ぐことも避けることもなくただ見つめている。

 だが、次の瞬間には魔術が破壊されていた。アレックがソラに向けて放たれた閃光を魔弾で打ち砕いたのだ。


「狙いは私への復讐か?」

「復讐ではあるとも。だが、お前にではない。世界にだ」


 ソラの前で行為魔術師による高度な戦闘が繰り広げられている。ソラ自身、実力がついたという自負があったが、まだこのレベルには達していない。何もできずに、ただ傍観するよりほかなかった。


「世界にだと? 道理でな」

「ふん、気付いているだろう。お前のそういうところが気に食わない。全てを悟っている顔をしている。自分が正しいと妄信しているな」

「そんなことはない。私は私のやるべきことをしているだけだ」


 会話を交わす合間にも、弾丸と魔術が飛び交い、近接戦闘を繰り広げている。ヴィンセントは光の剣を構築し、アレックはピストルの銃杷で対抗。一撃を放てば防ぎ避けて、射撃戦にまた移行する。


「この戦争も貴様だな。なぜこのようなことをする。……おとぎ話を未だ信じているのか?」

「あれはおとぎ話ではない、真実だ! 現に、世界への影響を目の当たりにしただろう」

「おとぎ……話……」


 ソラの前で放たれる会話と魔術の応酬。あまりの凄まじさに空間にひびが入り、ソラは改変後の事象しか見ることしかできない。気づくと撃たれた後であり、躱され、斬られて、防がれた後だった。その間にも、二人には口を開く余裕がある。


「まさか、大変革か」

「そうだとも。新しい魔術師が必要だった。条件を満たすためにな」

「再び扉を開くつもりか」

「それで私の復讐は完遂される」

「そんなことはさせん」


 気付くと、高速戦闘を終えたアレックがソラの前に立ってピストルを男に向けていた。

 魔術師も空中からアレックに杖を向けている。先程の戦闘が嘘のようだ。


「ヴィンセント、ここで終わりだ。貴様の野望は潰える」

「だからこそ、お前はわざわざ直接この場に赴いた。私を倒し、目論見を打ち砕くために。笑止」

「貴様が全ての元凶だ。……正気の沙汰とは思えんな。世界規模で仕掛けを施すとは」

「そうでもない。元々、人間には一種の破滅装置カタストロフィプログラムが組み込まれている。七百年間世界を見てきたお前だ。不思議に思ったことはないか? どうして人が戦争を繰り返すのか。短期的に見れば戦争による利益はプラスだが、長期的に見ればマイナスにしかならない。……虐殺の法則で縛られているだけだ。一定期間が過ぎると人は無意識化で戦争を行うようにプログラムされている」

「世迷言を」


 アレックはヴィンセントの言葉を一蹴した。傍で聞いてるソラにも、この男が何を言っているのかさっぱりわからない。


「人間が戦争を“獲得”したのは社会形成してからだ。生存競争が激化し、発生した事象に過ぎない」

「物事は段階を経て進行する。社会形成し、戦争を行うまでが一連のプログラムだ。平和とは、戦争に備えるための休息期間でしかない。理由など何でもいいのだ。戦争を行うための理由作りに人が困ることはない。金銭、領土、思想、宗教、人種、憎悪、復讐、そして、魔術だ。何でもいい」

「そろそろこのくだらない話を終わらせよう」


 アレックはヴィンセントの話に付き合う気がないらしい。何と嘆かわしい、と酷薄な笑みで言い、ヴィンセントは杖の狙いをアレックからソラに変えた。

 アレックの眼光が鋭くなる。ソラはどうしていいかわからない。というより、何かしても今の自分にできることはないと実感していた。ヴィンセントがアレックに問いかける。


「もうわかっているんだろう? 私の狙いが」

「……私の抹殺だろう」

「そうとも。だが同時に、お前は自分が黒幕を始末できる絶好のチャンスだと考えた。だから、危険を承知でわざと罠に引っ掛かった。なるほど、確かにまともに戦えば私は負けるかもしれない。何せ、一度私はお前に負けている。勝てたとしてもただでは済むまい。相討ちになる可能性が一番高い。だが……」

「……ッ」


 値踏みするようなヴィンセントの瞳にソラは息を呑む。今すぐ、機動力に長けたグラーネフォームに変身するべきではないか――そう頭を回した瞬間に、アレックは手でソラの行動を制していた。


「私に任せろ。下がっていなさい」

「余裕だな、アレック? 私が全力で魔術を撃てども、お前は確実に避ける。だが、ブリュンヒルデはどうだ? 避けられるか? 高位魔術師の一撃を」

「私を、エサに……アレックさんを倒す気、なんですか」


 ソラは恐れ知らずに問いかけた。緊張で身体中の筋肉が張りつめている。恐ろしいが、恐れない。この男は最終的に倒すべき敵なのだ。ここで怖じてしまえば、戦争は終わらない。そんな気がしていた。


「そうだとも。この男を始末するのに最も効率的かつ確実な方法だ。悪人には通用しないが、幸いなことにアレックは善人だ。わざわざ同士討ちのリスクを冒すつもりはない」

「……」


 アレックは無言だ。感情を感じさせない表情でヴィンセントを見上げている。悩みも、迷いも見られない。躊躇いなく行動する。屈強な意志が窺える。


「……この瞬間を待っていた。私の人生で最大の障害と呼べるものは、お前しかいない。戦いを愉しむ余裕すらない。世界を私色に染め上げるためには、お前の存在が邪魔だった。だから、このような回りくどく、入念な手段を取らせてもらった。お前の言う通り、そろそろ終いとしよう。終わりだ、アレック」


 ヴィンセントは術式を展開し、魔力の充填を始める。その間、アレックは動かず、ソラも動けなかった。

 どうしようと言うのか。いや、ソラはアレックが取るべき最良の手段を理解している。

 アレックはソラを見捨てるべきなのだ。ヴィンセントが言葉通りアレックのことを恐れているのなら、彼が生存することで戦争は終わる。解決策を見い出せる男なのだ。

 なら、自分が死ぬことをソラは恐れない。……本当は生きて、クリスタルとちゃんとした再会を果たしたかった。だが、自分が死ぬことでクリスタルが救われるなら、それでもいいかもしれない。そう、ソラが想った瞬間だった。


「死ね、アレック!!」


 ヴィンセントから真っ白な閃光弾が放たれて、アレックとソラの元に奔る。ソラは回避も防御も不能。しかし、アレックなら避けられる――はずなのに、彼は回避せずにソラに対して術式を発動させた。


「どうしてッ!?」

「――君たちなら、あの男に勝てると確信している。……クリスタルを頼んだぞ」

「ハハハ、流石マスターの称号を預かることはある! お前は最高のマスターであり、魔術師だ!」

「アレックさん!!」


 ソラを転移ゲートに突き飛ばし、アレックは光の中に消失した。



 ※※※



「ふー、これで今日の訓練も終わりですね」

「……ええ、そうですね。今日のところは」


 今日はエデルカによるより効率的な術式展開方法のレクチャーを受けていた。やるべきことを終え、クリスタルは浮足立って訓練場を後にする。


「……クリスタル」

「何ですか? エデルカさん」

「いえ、何でも。きちんと復習をするように」


 エデルカはクリスタルを呼び止めたが、どうやら大した用ではなかったようで、クリスタルは工房へと降りて行った。


「ペッパーボックスと、ラッパ銃、ランチャーを新調したけれど、必要なさそうね」


 作業台の上には、フリントロック式の武器がいくつか並んでいる。フリントロック式の銃器はマッチロックやホイールロックと比べて様々なバリエーションがあった。そのため、多種多様な戦術を執ることができる。アレックやクリスタルが、頑なにフリントロックを使う理由がこれだ。

 とはいえ、アレックはノーマルピストルだけで事を成してしまう。まだまだ私も未熟だな、とクリスタルは思いながら、新しい武器を見比べていた。


「……?」


 と、突然、小さな風が吹いてクリスタルは疑問符を浮かべる。

 風が吹くこと自体を不思議に思ったのではない。その仕組みはあらかじめ仕込まれているので、必要に応じて小さな風は魔術工房を駆け抜ける。だが、吹くはずがないのだ。その風は、仲間の安否を伝える知らせである。誰かが死んだりしない限り、その風はやってこない。


「まさか……誰かが浮き島から落っこちたり」


 クリスタルは誤作動だろうと思いながらも不安になり、立ち上がってロウソクに近づいた。一本だけ、火が消えている。誰のだろうと心配しながらその名前を見て、


「え?」


 声を漏らした。それ以上に言葉が出なかった。

 火が消えていたのは導師であるアレックの生死を指し示すロウソクだった。


「そんな……」


 泣きそうな顔となり、後ろに後ずさる。別の作業台にぶつかった。真実を受け止められず、工房を出て階段を駆け上がる。


「誰か! 誰か! エデルカさん! マスターエデルカ!」


 急いで駆け上ったので、転んでしまった。だが、そんな些末な痛みなど気にならない。それ以上の痛みが心を抉っている。


「どうしたのですか? クリスタル。マスターエデルカなら先程……」

「アレックが……マスターアレックが!!」

「クリスタルっ!?」


 声を掛けたレミュを振り切って、クリスタルはがむしゃらに廊下を駆けた。さっきまで屋敷にいたのなら、今なら追い付く可能性が高い。エデルカは思索のため、歩いて研究室へ戻ることが多いのだ。


「クリスタル!? どうしたの?」


 部屋から出ようとしたきらりとぶつかりそうになり、アレックが! と叫んで玄関へと走る。きょとんとしたきらりだが、クリスタルを追いかけていたレミュが彼女に推測した事柄を話した。


「どうやら大変なことが起きたようです……!」

「え? クリスタル! 止まって!」


 後ろから友人たちがクリスタルに制止を願うが構っていられない。他のマスターなら事態を収束できるはずだと考えていた。もし、誤作動なら誤作動で、エデルカなら不具合を解析できる。自分たちでもやろうと思えばできるが、命の灯であるロウソクは単純だが高度な術式で構成されているのだ。だいぶ時間が掛かってしまう。

 同門の仲間たちに疑問の声を投げられながらも、クリスタルは玄関まで辿りついた。ドアを開けて、そのままエデルカを探しに赴く――。


「どうしたのだ? そんなに急いて」

「アーサー……さん」


 ドアを出た瞬間、意外な人物と鉢合わせた。アーサー。円卓の騎士を率いて、戦争を一手に担う、過激派の筆頭。


「どうして、ここに……」

「私のことはどうでもいいだろう? 一体何があった。話してみよ」

「いえ、マスターエデルカに……」

「そう邪険にするな、クリスタル。私ならお前の相談に乗れる。不安を解消できる」

「……」


 クリスタルは悩んだ。アレックに異常事態が起きていることをアーサーに伝えるべきか。

 アレックはアーサーを警戒していた節がある。しかし、彼は曲がりなりにも評議会に名を連ねるマスターの一人である。いくら議場で敵対していたとしても、味方であることには変わりない、とも思う。

 それに、術式の確認だけなら、彼でも問題ないのではなかろうか。もし不正行為を働いたのなら、クリスタルの技量でも見破ることが可能だ。


「……実は、命の灯に不具合が」


 と原因を打ち明けると、


「ああ、それは不具合ではない。アレックは殺された」


 驚くべきことにアーサーは即答する。


「な、何で……」

「実に嘆かわしいことだ。和平を結ぶため行動していた男が、まさか守ろうとした相手に殺されてしまうとは」

「な、何を言ってるんですか? アレックは強力な魔術師で――」

「だからこそ私も驚いている。ヴァルキリーとは、ブリュンヒルデとは、かの偉大なるマスターをも打ち破るほどの魔術なのか、と」

「ブリュンヒルデ……? 有り得ません!」


 瞬時にアーサーが嘘を吐いていることを見破る。アレックがソラに殺されることは万に一つも有り得ない。強さの話ではない。信条や信念の話だ。

 クリスタルはやはり当初の予定通り、アーサーではなくエデルカに話をしに行こうと決めた。失礼します、と挨拶し、脇を通り抜けようとする。


「待ちたまえ」

「……っ!? 何を!?」


 動こうとした足が動かない。念力、いや、魔動力によってクリスタルの身体は金縛りに掛けられていた。


「私の言葉は事実だ。嘘を吐いてなどいない。復讐しろ、クリスタル。ブリュンヒルデに」

「何を言ってるんですか! ソラ……ブリュンヒルデがマスターを殺すはずがありません!」

「そうか? だが、方法ぐらいはくれてやろう。魔力を増幅するサークレットだ」


 アーサーはおもむろに黒いサークレットを取り出し、クリスタルの同意も得ずに頭に装着させようとする。

 止めて! 誰か! と大声で助けを求めたが、どうやら周囲には消音機能の魔術が張られているらしい。

 抗いようがなかった。強制的にクリスタルの頭部へと、サークレットが着けられる。

 瞬間、様々なものが頭の中に入ってきた。いや、心の奥底に封印していた嫌な記憶、悪い気持ちが無理やり解放されようとしている。


「ああ、少し説明を忘れたな。これが増幅するのは魔力だけではない。……憎悪と、復讐心もだ」

「あ、ああ……あああ」


 金縛りが解かれ、クリスタルは地面に伏した。息が荒く、吐き気すら催している。


「ブリュンヒルデは少し邪魔だ……。これからの計画に支障をもたらす相手は始末しておかねば。私が直接赴いてもよかったが、こちらの方が面白いだろう。それにすべきこともあるからな」

「クリスタル!!」


 戸口を開けて、きらりが出てきた。遅れてレミュとアテナが。アテナはクリスタルの状態を見て、以前自分を狂わせた犯人の正体を悟った。


「アーサー! やはりあなただったか!」

「魔術剣士のくせに気付くのが遅いな、アテナ、いや、フレデリカ。未熟者め」

「逃がさない!」


 アテナは抜剣し、アーサーに切りかかる。が、突然立ち上がったクリスタルに阻まれた。クリスタルはピストルを抜き放ち、アテナの頭に突きつける。そして、躊躇なく引き金を引いた。


「――ッ!!」


 アテナは魔術剣士として鍛え抜かれた反射神経で弾丸を回避する。だが、その一瞬の隙をついて、アーサーは逃走を図った。


「クリスタル!? 何をしているのですか!」


 レミュがクリスタルに向けて叫ぶ。と、いきなり隣のレミュが森の方角へ走り出した。


「……ダメ、アーサーを止めないと!」

「なりません、きらり! どこに行くのです!」


 きらりはレミュの制止を聞かずアーサーを追いかける。その間にも、アテナとクリスタルは戦闘を繰り広げていた。

 クリスタルがアテナを圧倒している。力量では、アテナの方が有利のはずなのに。


「落ち着きなさい! クリスタル!」

「……私の、邪魔、するなら、殺す!」


 クリスタルは今日までの訓練成果を遺憾なく発揮して、アテナに強烈な蹴りをかました。銃士が剣士を近接戦闘で上回る。蹴りを喰らったアテナは苦悶の声を上げながらも、魔動波でクリスタルを吹き飛ばした。

 が、それこそがクリスタルの狙い。クリスタルは遠距離戦が得意だ。最初から距離を取るつもりだった。


「終われ!」


 クリスタルは最大火力であるフリントロックランチャーを取り出し、構えた。グレネードランチャーの祖とも言える銃であり、魔術によって各種機能が強化され、現代銃を遥かに超える威力を持つそれを、クリスタルは何の躊躇もなく狙いをつける。


「待ちなさい! ここで撃ったら……!!」


 アテナは咄嗟にイージスを展開し、自ら擲弾を受けに入った。屋敷に防護魔術は施されているが、至近距離での最大火力はどんなダメージを起こすかわからない。

 悲鳴と共に大規模な爆発が起きた。多量の煙がクリスタルたちを包む。


「くそッ! レミュ! 大丈夫!?」

「ええ、何とか……。クリスタルは?」

「……しまった!!」


 煙が晴れてレミュとアテナはクリスタルが逃走したことを知る。

 妨害がない内に、クリスタルはあらかじめ指定された場所へと移動していた。森の中に転移ゲートが構築されている。アーサーが仕込んだものだった。これからしばらくの間、浮き島内で転移魔術は使えなくなるよう、妨害魔術が発動することになっている。


「ソラ――。アレックの仇、殺す」


 もはや自分が何をしているのかもわからないまま、クリスタルは昏い欲望に従い、ゲートを潜り抜けた。



 ※※※



「待って! クリスタルを治して!」


 きらりは叫びながら逃走を図るアーサーを追いかけ続けた。森を抜け、市街地に入ると、アーサーの姿は跡形もなく消えていた。


「くっ! どうしてクリスタルに酷いことを――」


 自分の親友が不幸に見舞われた。ただでさえクリスタルはあまり幸運な性質ではない。これ以上悲劇が起きないよう、きらりは毎日祈っていたのだ。

 いざとなったら、二人で彼女を助けてあげよう。そうきらりはレミュと密やかに約束していた。

 ずっと昔、きらりが初めてクリスタルと屋敷で出会った時、彼女は心の傷を負っていた自分にとても優しくしてくれたのだ。自分だって辛いはずなのに、クリスタルは親身になってくれた。

 だからこそ、今度は自分がクリスタルを救う――。そう決意して、きらりはエデルカかハルフィスを探すことにした。


「エデルカさん! ……いない」


 エデルカがいるはずの研究所を訪れても、彼女の姿は見当たらなかった。そのため、ドルイドが宿り木を回収する深い森の方へ足を走らせる。

 と、不意に疑問が頭をもたげた。街が静かすぎる。思えば、エデルカの研究所に至るまで、魔術師ひとりともすれ違っていない。


「これは……どういうこと」

「こういうことだよ? コスプレちゃん?」

「……誰?」


 屋根上からいきなり声が掛かった。きらりが顔を上げると、屋根に漆黒の鎧を着た一人の少女が座っていた。

 初めて見るのに、見覚えがある。鎧が特徴的だったせいだ。


「ヴァルキリー……?」

「そうそう。ノルンはヴァルキリーのスクルドだよー。やっと実戦できるの。ちょー楽しみなんだー」

「何を言ってるのかな。ごめん、今は急いでるんだ。だから……」

「ダメダメー。ノルン、これからあなたをぶち殺すんだから」


 よいしょっと。可愛らしい掛け声とともにノルンは広場へと着地する。

 そして、獲物である斧を取り出して、切っ先をきらりに向けた。


「さー楽しい殺戮ショーの始まり始まり~」

「構ってる暇はないの!」


 きらりはロッドを右手に持ち、アニメチックな魔術を放出した。エタニティサンダーサークルでノルンを捕縛しようとするが、ノルンは紙一重で回避した。エクストリームウォーターストームも同様。フラッシュスラッシャーによる光の刃も躱された。


「どうして!?」「どうして!?」


 きらりが出した疑問の声をノルンは全く同じタイミングで口に出した。極上の笑顔を浮かべて。さらに、次に放ったきらりの声すらも同調させて言い放つ。


「何で私のセリフを!?」

「何で私のセリフを!? ……はーい、もうわかったでしょー?」


 ノルンはにやにやしながら、きらりの攻撃を避け続ける。きらりは面倒くさがってあまり聞いてなかったレミュのヴァルキリー講座に出たスクルドの能力を思い出す。


「未来予知……!」

「そゆこと、そゆこと。きらりちゃんの攻撃はー、全てお見通しなのでーす」


 きゃははは、とノルンは笑う。邪悪な笑い声を上げる。

 丁度、クリスタルがアーサーに謀られた時と――いや、それ以上にひどい邪悪さや心の闇をノルンから見て取った。


「あなたに一体何があったの……」

「うわー、如何にも魔法少女っぽいセリフ! 痛いよ、痛い! とっても痛いよきらりちゃん! そんなのはーこうしなくちゃ。痛いの、痛いの――」


 と呟きながらノルンはスウィングのフォームを取って、巨大な斧を回転させようとしてくる。無論、むざむざと攻撃を受けるきらりではない――はずが、きらりの回避行動すらノルンは読んで、こちらの動きに合わせてきた。


「何でッ!?」

「――飛んでけッ!!」


 上昇回避したきらりに肉薄したノルンは、ホームランの要領できらりを吹っ飛ばした。しかし、遠くへ飛んで行ったりはしない。反対側の家に激突し、きらりは血を吐いて地面に倒れた。


「ぐ……う……クリスタル……」

「ハハハ、死ぬかもしれないってのに、友達の心配しちゃってんの!? バカみたいー!」


 ノルンは仰向けに寝そべるきらりの顔を覗き込み、嘲笑する。と、急にノルンの顔が三つに増えた。ノルンの首が増殖した、という意味ではなく、三人のノルンに見つめられていたのだ。


「スクルドが……三人……」

「そうそう、ノルンは」「三つ子なのでした!」「だから、一人のノルンに勝っても」「きらりちゃんは負けていた」「まぁ、万が一、億が一、兆が一にも」「ノルンに勝つなんて有り得ないけどねー」

「ノルンはヴァルキリーの前に、運命の女神だから。あはは」

「何で、ヴァルキリーがこっちに……」

「だって、元々、ヴァルキリーシステム……というより、オーロラドライブは魔術教会で開発されたものだしねー。それを裏切り者が勝手にいじくって奪っただけ。ねぇ、知ってた? ヴァルキリーって元々、非常に好戦的で、殺戮が大好きな女神だったんだよー?」

「そん、な」

「あっちのヴァルキリーは不良品なの。こっちが正規品。偽物をぶち殺す前に、まずあなたを……ん、お? 面白い未来が見えたから――こうしよ!」


 ノルンの一人が足を振り上げる。きらりは次の動作を予期して、苦悶の表情を浮かべながらもその足を見つめていた。

 足が思いっきり振り下ろされる。顔面に命中し、きらりは意識を失った。



 ※※※



 防衛軍の最高機密トップシークレットである格納庫では、総司令部の面々がある物体を見上げていた。

 ライトに照らされる、さながら巨大な人間であるそれは大型二足歩行兵器ゴーレムである。魔術師用に開発された装備であり、人類防衛軍の決戦兵器。巨人の鉄槌を魔術師に下す大量破壊兵器だ。全長三十メートルの体躯を持ち、空に浮かぶ魔術師と言えども、ゴーレムの射程からは逃れられない。


「これで魔術師連中を破滅させることができますな。ディアゴ元帥。相賀の奴が死に、この魔術師抹殺計画も円滑に進めることができます。……しかし、どうやってあの男が死んだのか疑問が残りますが」


 エレディン少将は相賀の存在が気に食わないながらも、どうして相賀が死んだのか疑問を抱いていた。彼の死は好都合であるが、腑に落ちない点がある。しかし、奴は戦時下だというのに和平するべきだと訴えていた頭のおかしい男である。相応の報いを受けた、としてエレディンはそれ以上口にしなかった。


「……エレディン少将。この機体の動力源が何だったか、覚えているかね?」


 ディアゴが訊ねてきたため、エレディンは背筋を伸ばして、カタログスペックを復唱した。


「新型のハイパードライブと高機能還元モーターを用い――」

「魔術だ。魔術だよ、エレディン少将」

「……は? 何をおっしゃって……」


 ディアゴの割り込みに困惑したエレディンは周囲の高官たちに目を送る。数名も似たように戸惑っていたが、多くの将校たちは笑みを浮かべて嘲笑っていた。

 そこでようやくエレディンは真実に気が付いた。貴様! と叫んで拳銃を抜く。

 が、突然鳴り響いた銃に頭を撃ち抜かれて、エレディンと他の将校たちは射殺された。

 銃を撃った張本人がライトの影から姿を現す。新型パワードスーツスワローを装備したシャークだった。


「これでようやく本当の戦争が幕開けですか? いやー、待ちに待ちましたよ、今の今まで」

「ご苦労だった、シャーク。私はこれから手綱基地へと侵攻する。老人の格好も飽きたな。そうだろう? 皆」


 ディアゴは同僚たちに笑いかける。ディアゴに同意し、それぞれが本来の姿である魔術師に戻っていた。

 ディアゴは、かつてディアゴだった男も長い白髪を持つ姿に戻り、巨兵の使い手として、自身がカバラ秘術を施したゴーレムへと乗り込んだ。


「さぁ、愉しもう。世界の破滅ラグナロクのはじまりだ」

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