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戦乙女の鎮魂歌  作者: 白銀悠一
第六章 復讐
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復讐心で動く屍

 ソラが所属する部隊の隊長と思われる人物が友軍の誤爆で死んだと聞いて、クリスタルは一抹の不安を抱き青空を見つめていた。

 今日の訓練は終わり、隣には珍しくきらりがいる。レミュは今日も街に買い出しだ。


「心配だね。せっかくマスターが和睦の手配をしてくれてるのに」

「……大丈夫よ。ソラならわかってくれる」


 不安と期待が入り混じり、クリスタルはそわそわして落ち着かない。そもそも友軍の誤爆というのも引っ掛かる。相賀という相手とは二度ほど直接ではないが戦場で会った顔ぶれだ。ヘルヴァルドにやられた、というなら納得もいくが、味方に撃ち落とされるような腕前だとも思えない。撃ち落とす側にも相応の力量が必要だ。

 これはつまり、防衛軍側が意図して自軍のエースを抹殺したとも取れかねない。そんなことをする理由がクリスタルには皆目見当もつかなかった。


「思えば、マスターレオナルドの一件も奇妙だったわね」


 アレックに敗走した兵士。事後調査で、シャークというコードネームを持つ傭兵だということがわかっていた。彼もまた、魔術教会の憎悪を煽るような戦い方をしていた。防衛軍の方が不利だというのに。自殺行為にも等しい愚行だが、もし仮に防衛軍側が全滅を望んでいるのだとしたら合点がいく。


「……有り得ない。そんなことして何のメリットがあるの」

「クリスタル?」


 自分で自分の考えに突っ込みを入れたクリスタルに、きらりが不思議そうな顔をみせる。何でもない、と応じて、再び青色に目を向けた。


「にしても、珍しいわね、きらり。あなたが私の空見に付き合うなんて」

「レミュとのお買い物、大変だしねー。ツウリちゃんとアニメ見てたらアテナに怒られちゃったし」


 アテナは不用意な人類側の文明機器の使用を推奨していない。浮き島の守護女神は、感情を伴って活動を再開していた。やれやれ、とアテナの融通の利かなさに呆れ果てる。最も、きらりにいつも悩まされているレミュとしては嬉しいことなのかもしれないが。


「全くもー。私にとってアニメ鑑賞はイメージの固着に繋がり、ツウリちゃんに見せることで認識力の増加にも貢献して――」

「それっぽい理屈を並び立ててるけど、結局はアニメ見たいだけでしょ」

「あれれーばれちゃったー?」


 きゃはっ、とおどけてきらりはウインクする。連動して、なぜか小さな星が現われて弾けた。その一連の魔術現象を見させられ、アニメキャラクターは映像媒体に限るとクリスタルは再認識する。


「レミュがストレスではげるわよ」

「もう白髪だしね。色素変異のせいだけど」


 地毛が白いせいで毎日染髪を欠かせないレミュを見て、自分の髪が銀で良かったと何度思ったことかわからない。とはいえ、桃色の髪であるきらりも、相当痛くはあるのだが。


「あなたは本当にその髪色でいいの?」

「え? もちろん! じゃないときらりちゃんは魔法少女じゃなくなっちゃうからね! あ、でも、きらりはダークサイドに堕ちると髪の毛が漆黒に染まるんだよ? 二期の三十二話できらりは暗黒騎士の陰謀で――」

「はいはい、その話はいいから。ソラも確か、魔法少女きらりを観てたはずよ。平和になったら、ソラとたくさんお話すればいいわ。まぁ……最初にお話しするのは私だけど」


 そこだけは譲れないので、先に言っておく。と、きらりがにやにやした顔となり、クリスタルは戸惑うことになった。


「な、何よ、その顔は」

「いやいや、とっても仲いいな、って思っちゃって。クリスタルはソラちゃんにぞっこんだよねー」

「……当たり前でしょ。八年も待ってたんだから」


 否定しても仕方ないので、クリスタルは肯定した。八年待ったのだ。ここで意地を張ってもしょうがない。それに、クリスタルはソラについてきらりとレミュが覚えてしまうほどに話をしている。間接的に、二人も過去のソラについては把握していた。

 だが、現在のソラを知るのは、直接彼女と戦った魔術師だけである。しかも、自分も実際に交戦しているというのに、今の彼女についてはよく知らない。

 自業自得とは言え、やはり寂しかった。だから、今度こそソラと殺し合いではなく話し合うつもりでいる。


「そろそろ戻りましょうか。レミュがニケと料理を作ってくれてるはずよ」

「ピーマン入ってないといいなー。ツウリちゃんもピーマン嫌いだって言ってたし」


 浮き島の端から立ち上がり、屋敷へと戻るクリスタルときらり。クリスタルはきらりの希望的観測を聞きながら、心の中でそれは無理だ、と思っていた。

 なぜなら、レミュはニケと協力して、今日こそきらりの食わず嫌いを克服させるつもりだ。本日の昼食はきらりの嫌いな物を中心に作られる。

 親友の驚き困る顔を想像しながら、クリスタルは森の中を歩いて行った。



 クリスタルの予想通り、食堂の中できらりの驚声が響き渡った。


「ええーっ!! なにこれ! きらりちゃんをダークサイドに陥れる罠!?」

「何を言っているのですか、きらり。魔法少女たるもの、好き嫌いなく何でも食べなければいけませんよ」


 これはきらりのアニメ観賞に付き合わされたものなら、誰でも知っているセリフだ。きらりの保護役である変なペンギンがいつもきらりのことを見守っているのだが、きらりが好き嫌いをするとそう言って彼女を窘める。

 それで、きらりはしぶしぶながらも食事を口にして、おいしい! と大喜びするのが定番だった。


「大丈夫ですよ、きらりさん。おいしく調理しましたから、苦手でも食べられます」


 ニケが長テーブルに座るアレックの弟子やレオナルドの弟子たちの前に料理を並べていく。彼女となじみであるアテナはいつもありがとう、と感謝していた。反対に、げっ、と声を上げたのはツウリだ。ミシュエルがおいしそう、と感想を述べる隣で、たくさんの野菜が盛られている食器に苦虫を噛み潰した顔をしている。


「お前ら、子どもみたいなこと言うなよ。せっかく作ってもらったんだから食べろ」

「なら、私のニンジンをあげるわ! リュースは年増なんだから問題ないでしょ!」

「おい、ドルイドのくせに野菜を喰えないのか、お前は!」


 クリスタルの視線の先ではリュースとカリカが喧嘩をしていた。カリカの隣に座るケランが二人を諫めようと奮戦中だ。

 アレックは食事の席についていない。地下の工房にはいるはずだが、エデルカと何やら計画を立てているようだった。基本的に、彼ほどの魔術師ならわざわざ食事を摂取しなくても問題ないが、それでも食事を摂るのは自らが人間であると戒める意味もあるという。


「ここも人が増えたわ」

「にぎやかなのはいいことではありませんか」


 料理を運び終えたレミュがクリスタルの隣に着く。ニケはアテナの隣に座った。魔術によって屋敷は変幻自在に空間拡張できる。理論上、この屋敷には全人類を収容することも可能だった。もちろん、そんなことをやろうとは誰も思わないし、それほどの魔力を賄えるかどうかも不明だ。

 しかし、今、総勢百人を超える新しき魔術師イノベイターが一堂に会している。アレックはこれでも保護したりない、と嘆いていた。もっと多くの魔術師を助ける必要があるという。

 この場にいるのは子どもばかりだ。男女問わず、アレックの庇護下に置かれている。

 保護しないと危険なのだ。オドムのようなやり口に利用される場合がある。実際に、召喚術の生贄にされていたり、人体実験を施される子どもたちが少なからず存在する。古い魔術師の間ではそれが普通だった。不老の業を獲得した今、わざわざ弟子を取らなくても探究は続けられる。弟子を取るのは小間使いか実験材料でしかない、という考えに至った古き魔術師も少なくはない。


「ほら、早く食べてください、きらり」

「え、えー。ダメだよ、ダークサイドに堕ちちゃうかもしれないし……」

「わけのわからないいい訳をしてもしょうがないでしょう」


 クリスタルが考えごとに耽る横で、レミュはきらりに野菜を食べさせようと頑張っている。微笑ましい光景だった。少し先では、ニワトリの鳴き声が喧しく響き始めている。カリカが嫌いなニンジンをニワトリに変身させたのだ。


「ち、違う! 違うわ! 私はチキンが食べたかっただけよ! どうして生きたニワトリに変身したの!?」

「どうでもいいからさっさと戻せ! うわッ! くそこのチキンめ! 焼き鳥にしてやる!」


 暴れるニンジンチキンをリュースが雷で丸焼きにしようと杖を執り出す。嫌な予感がしたため、クリスタルは障壁を張り、自分の身と友人を守った。そして、ニケと仲良く食事を摂っていたアテナに目配せする。アテナは頷いてパクパクと料理を食べ進めるニケに話しかけた。


「ニケ、エンチャントをお願い」

「いいですけど、どうしたのですか? アテナ」

「興奮したドルイドは大抵悪事を引き起こすのよ」


 そう言って、アテナはイージスの盾を取り出す。ニケはアテナに勝利のエンチャントを掛けて、世界の因果律を改変。アテナはテーブルの上に立って飛び上がると、リュースが杖先から放出した雷を防いだ。

 が、全てを防ぐことはできず、雷が食堂の中を飛散する。シャンデリアに命中し、二つ三つばかりが音を立てて床に落ちた。無論、皆がそれぞれ防御をしたため、怪我人は一人も出ない。


「一応すべきことをしたから。後は知らないわよ」


 アテナはテーブルの上を食器を踏まないよう器用に歩いて、席に戻った。リュースとカリカが青ざめて立ち尽くしている。恐らくハルフィスに説教を喰らうと想像しているのだ。リュースに関してはとばっちりのような気がしなくもないが、実際に雷をぶっ放したのは彼女なのだ。リュースの短気の性格が裏目に出ていた。


「きらり、どこに行くのですか?」

「え? ちょ、ちょっとお花を摘みに」

「嘘おっしゃい。逃亡する気でしょう。わたくしを騙そうだなんて十年早いですよ」

「後二年経ってれば……」

「いや、その返答はおかしいわよ、きらり」


 八年来の友人であるレミュときらりに隠し事は通用しない。それはクリスタルも同じだ。

 きらりはしぶしぶ席に戻り、食事に戻る。弟子の魔術を関知したハルフィスが食堂を訪れ、リュースとカリカ、ついでにケランが言い訳をしながら別の部屋へと連れていかれ、辺りからは笑い声が響き渡った。



 食事を終え、片づけを済ましたクリスタルは一人で工房へと歩を進めていた。ピストルの点検である。自身の魔道具であるフリントロックピストルは構造自体は単純だが、それでも手入れは欠かせない。それに、このピストルは自分の父親代わりであるアレックがくれた大切な品だ。いつでもピカピカに磨いておきたかった。仕込んである術式の点検もしなければならない。


「……ということだ。もし仮に私が……でも、これで問題なく進められるはずだ」

「ですが……賛成しかねます、アレック」


 階段を降りているとアレックとエデルカの会話が聞こえてきた。聞いていいか悩んだが、別にやましいことをしているわけではないので、堂々と足音を立てて降りていく。


「……連中の狙いはもうわかっている。これが最善の策だ。私はまずヴァルキリーに会いに行く」

「マスター、今の話は――」


 ヴァルキリーという単語が出たので、思い切ってクリスタルは話しかけた。当然、二人はクリスタルの来訪に気付いていたため、特に驚くことなく話を進める。


「まず、私が青木ソラに接触する」

「……っ、でしたら私も」

「いけません、クリスタル。此度の件は我々の独断です。議会の承認を得ていないので……」

「現状では評議会は開けまい。手をこまねいてると状況が複雑化する。そのため、まず私が先行し、ブリュンヒルデと対話を行う。実際にコネクションを構築できれば、後は単純だ」

「ですが……」


 クリスタルは不満げに声を出した。できれば、アレックに同行し、ソラと直接話し合いたい。

 しかし、アレックはいつも通り、父親のように自分の頭を撫でて安心させた。


「案ずるな、クリスタル」


 クリスタルが不安になると彼はいつもこうして彼女を安堵させる。すると、不思議なことにクリスタルの心配事はきれいさっぱりと吹き飛ぶのだ。

 アレックは強く偉大だ。彼に敵う魔術師はいない。いつも正しく自分たちを導いてくれる。


「流石に、直接私を襲ってきたりはすまい。教会に所属する魔術師なら、な」

「アレック?」

「こちらの話だ。お前はエデルカと共に教練を続けろ。ヘルヴァルドはしばらく屋敷を訪れない」


 そう言ってアレックは工房を出ていく。善は急げ、ということでさっそくソラと接触を図るのだろう。

 クリスタルの胸が高鳴った。もうすぐソラに会える。そんな予感がひしひしとしていた。

 だがその隣でエデルカが、感情を隔離したがゆえに滅多にみせない不安な面持ちを浮かべていたことにクリスタルは気付かない。

 鼻歌すら歌いながら、クリスタルはピストルの手入れを始めた。作業台に銃を置いて、道具を取り出し、磨き始める。

 その先では、魔術師の生存を示すロウソクが煌々と輝いていた。



 ※※※



 事後処理を済ませたメローラは、後は手綱基地へ帰還するだけで問題なかった。

 それでもまだ浮き島を離れなかったのは、最後に味方をスカウトするためだ。


「……何用だ?」

「わかってるくせに」


 メローラは最低限の物しか置かれていない貧相な部屋に入り、目当ての人物の質問に答えた。

 スカウト予定の人物……ヘルヴァルドは、紅茶を嗜んでいた。飲むか? とカップを差し出されたのでありがたく頂戴する。


「ブリトマートはどうした」

「彼女はこっちに残ってもらう。……あたしの目的、知ってるでしょ?」

「察しはついている。君の偽装工作は完全とは言い難いな」


 メローラは今できる最善の手を尽くしているが、それでも一部の魔術師に対しては不十分なようだ。アレックといい、ヘルヴァルドといい、どうして人が試行錯誤を凝らして隠す秘密を見抜けるのか。不思議で仕方ない。

 だが、ばれてしまったのなら、こちら側に引きこんでしまえばいいだけだ。ヘルヴァルドは優秀な魔術師である。防衛軍のエースパイロットに苦戦していたため彼女を弱者だと罵る者もいたが、そんな奴はそもそも彼女の真の目的に勘付いていないだけの愚か者だ。


「……なら、あたしと共に来なさい、ヘルヴァルド。不思議なことに、あたしの仲間は誰もかれも金髪ばかり。そろそろ違う髪色の仲間を増やしたいと考えてるの。来るでしょう?」


 メローラは有無を言わせぬ口調で言う。メローラはヘルヴァルドが欲しい。そして、それは敵も同じだ。彼女を手駒に加えることで、メローラは復讐により近づくことができる。

 だが、ヘルヴァルドはあまり乗り気ではないようで、紅茶を再び一口含んだ。


「運命には抗えない。私は束縛されている」

「は? 何を言って……」

「だが、君は違う。運命の鎖から逃れた。……行け、浮き島は危険だ」

「あたしの誘いを断るってこと?」


 メローラが険しい顔となる。不満を隠す様子もない。ここでヘルヴァルドを入手できないのは大きな痛手なのだ。


「運命に抗えるのは、資格を持つ者だけだ。私には資格がない」

「何それ。あたし、運命抵抗者検定なんて受けてないけど?」

「ふざけている暇はない。すぐに君の敵がここを訪れる。そうすれば、君は捕らえられるだろう。……もう気付いてるはずだ。奴らの真の狙いを」

「既に警告は発した。でも、聞く耳を持たなかったわ。気づいていないとは、思えないけど」


 と回答したメローラはイラついて、あー、もうっ! と大声を出した。どうして大人連中は自分の思惑通りに動かないのかさっぱり理解が及ばない。


「後悔しても知らないわよ!」

「後悔などしない。そんな自由は私にはない」

「この中二病め! 頭でっかち! サイコパス! くそったれえ!」

「っ!? 如何なされましたか? メローラ様?」


 悪態をつきながら家の外へ出て、ブリトマートに諫められる。メローラは怒ったままブリトマートと共に一軒家から離れ、広場を進み手近な物陰に隠れた。

 とヘルヴァルドの言った通り、下級騎士がメローラと入れ替わりにヘルヴァルドの家に入っていく。


「親父に取られた……チクショウ!」

「落ち着いてくださいメローラ様。不肖ブリトマート、この命に代えても――」

「自分のことを不肖とか言っちゃう謙遜野郎はクビよクビ!」

「ええっ、お待ちくださいメローラ様!」


 慌てるブリトマートを後目にメローラはその場から立ち去った。追加でブリトマートに指示を出し、浮き島でのやるべきことを全て終えると、地上へと転移を開始する。


「もし大がかりな動きがあれば、手筈通りに。……失敗は許されない。死ぬこともね。貴重な戦力を削いだら、地獄に追いかけてって殺してやる」

「肝に銘じておきます、メローラ様。……お気をつけて」

「あなたもね」


 生真面目な女騎士であるブリトマートのきちりとした直立不動に見送られ、メローラは光に包まれた。



 ※※※



「そろそろ秋だなぁ。空の色が変わってるよ」

「……全然わからないわ。本当に変わってるの?」

「夏と秋の空は色が違うよ? 本当だよ?」


 今日も空は快晴でソラの心も晴れやかだ。珍しくマリが空見に付き合うと立候補し、いつものベンチでソラは空を見上げていた。

 マリは若干退屈そうな雰囲気を醸し出しながらも、文句ひとつ……では収まらないほど小言を言うが、それでもソラの傍を離れなかった。


「――ごめんなさい」


 そして、唐突に謝り出す。どうして? と訊き返すが、何となく彼女の言うことをソラはわかっていた。


「心配かけたし、それに部隊長を私が殺して……」

「違う、違うよマリ。あれは事故だよ」


 誰が何と言おうとあの件は事故であるとソラは確信している。いや、もしくは殺人か。マリが殺したという意味ではなく、マリを利用して別の誰かが相賀を謀殺した。

 もし相賀が生きていて相賀がマリを恨むかと問われれば、ソラは自身を持って恨まないと答えられる。故人の遺志を捻じ曲げてまでマリを糾弾するつもりは、第七独立遊撃隊にはない。


「……そう、ね。でも心配かけたのは事実でしょ」

「でもさ、謝罪は別にいいよ。私はただ私のしたいことをしてるだけ。マリのことを心配したのも私の勝手だもん。それに、今回の立役者はメグミだしね」

「あなたなりの好意なのかもしれないけど、それはそれでちょっと鼻につくわね。素直に謝ってるんだからつべこべ言わず受け入れなさいよ」


 謝られていたと思ったら、怒られていた。いつも通りだ。その態度を見て、ソラは心から安心できる。

 怒ったのに微笑を浮かべるソラを見て、マリは若干引いた顔となった。ええ、引かないでよとソラは慌てて取り繕う。


「薄々感じてたけど、あなたマゾよね」

「そんなことないよ、そんなこと!」

「いいや、断言してもいい。じゃないとこんなこと絶対できないわ。いろいろやられてても、心の奥底では興奮してるんでしょ」

「違うって!」

「奇遇だな、マリ。私もソラがマゾなんじゃないかって疑ってたんだ」

「メグミ!?」


 ベンチの後ろから、メグミとホノカがやってきていた。二人とも両手に缶ジュースが握られている。メグミがソラとマリにジュースを手渡し、ホノカが片方をメグミに渡した。


「私は前々から気付いてたけどー」

「気付くって何! 私はマゾじゃないよ!」

「えー、絶対そうだよー。だって、私ソラちゃんのこといじめるとぞくぞくするもん」

「――え?」


 いきなり過ぎる発言にホノカを除く全員が固まる。一拍置いて、ホノカはにこにこしたまま冗談だよーと言葉を放つ。

 ソラはぎこちない笑い声をあげて、そうだよねーと同意しておいた。そうでもしないと、余計なことを考えてしまう気がしたからだ。

 ジュースを煽って、ソラを見る。もうすぐ秋となり、やがて冬が来る。


(冬……大いなる冬フィムブルヴェト……神々の黄昏ラグナロクの前兆……)


 ヴァルプルギスの夜の夢でクリスタルを叩き潰した巨人の言葉が蘇る。人は巨人には勝てんぞ、ブリュンヒルデ。その巨人とは何を指す? ただの巨人か? それとも別の存在か?

 あの夢はヤイトの言ったようにただの悪夢か? それとも……。


 ――聞こえるか? ブリュンヒルデ。青木ソラ。


「はい!」


 ソラは大声を上げてベンチから勢いよく立ち上がる。隣に座るマリと、横のベンチに座ろうとしていたメグミたちが驚きの眼をソラに向けた。


「あなた、またなの……」

「ジャンヌちゃん、呼んでこようかー?」


 マリとホノカが気遣ってくる。だが、答えようとした矢先、再び脳裏に声が響いた。


 ――内密に事を進めたい。私はアレック。……クリスタルの師だ。


(クリスタルの、お師匠さん?)

 

 ――そうだ、君と話をしたい。これから場所を指定する。一人で来てくれ。


「……」

「おい、バカソラ?」

「……っ、ちょっとトイレにね! 漏れちゃう漏れちゃう!」


 恥ずかしさを噛み殺して、トイレに行きたいアピールをしながら全力で場を離れる。奇態を演じたソラだが、マリたちを騙し通せたかというと微妙だ。もうちょっといい方法を思いつけなかったかな、と顧みながらも手綱基地の出口に向かっていく。


「さて、吉と出るか、凶と出るか。わかってるんでしょうね、マスターアレック」

「お前が心配することでもないだろう、我が妹よ。オレたちも準備を進めよう」


 屋上からソラを見守っていたメローラとモルドレッドが踵を返し、屋内に入っていった。




 指定された場所は近くの森の中だった。ソラは青い軍服のまま、迷彩効果を欠片も感じさせない服装で森の中を進んでいく。

 普通に考えれば、謎の声を信用してしまうのは愚かだろう。だが、クリスタルという名前が出た瞬間、ソラはバカ正直に声に従うことを即決していた。

 それにクリスタルの師というのはツウリとミシュエルの師匠であるレオナルドを救った男である。彼は穏健派であり、戦争に反対の立場を示しているとジャンヌが教えてくれた。凄腕であるとも。

 彼の名を騙りソラを罠にはめようとする可能性も十分にあったが、ソラの第六感がそうではないと告げている。この不思議な感覚センスはなかなか便利な物だ。悪意と善意を瞬時に見分けられる。最も、見分けたところでやることに変わりはないのだが。


「……光?」


 言われた通りある程度まで森の中に進んでいくと、謎の光が放たれていた。魔術師が移動用に用いるゲートである。瞬間移動とはまた違う、他者を別地点へと瞬時に送れる優れた魔術だ。


「入ればいいのかな……?」


 謎の声は最低限のことしか教えてくれなかった。恐る恐るソラは足を踏み入れる。と、中に入った瞬間、世界が変わった。荒野のような場所に立っている。さらに時刻は夜であり、真っ暗だった。


「ここは……?」

「かつてはアメリカ合衆国と呼ばれていた国だ」


 背後から誰かが、ソラの独り言に応えた。驚いて振り返ると、そこには三十~四十代に見える男性が立っている。いや、あくまでそう見えるだけで、実際にはより長い年月を生きている……そんな感覚がしていた。


「私がアレックだ。わざわざ呼び立ててすまない」

「い、いえ。……クリスタルのお師匠さん、なんですよね」


 どんな事柄よりもまず、クリスタルのことが気に掛かった。そうだ、とアレックは急かすことなく頷いてくれる。ソラは良かった、と安堵した。まだ出会ったばかりだが、この男の覇気からは邪悪さが一切感じられない。


「アレックさん。私にどんな用があるんですか?」

「君たちに力を貸してもらいたいと考えていてな。……詳細を話す前に、まず出て来てもらおう」

「……え?」


 とソラが疑問を発した瞬間に、アレックはコートの内側からピストルを抜き取った。クリスタルが使っているものと同じフリントロックピストルを。それを虚空へと撃ち放った――かと思いきや、景色が乱れ、一人の男が空中に現れる。


「気付いたな。流石、一度私を殺した男だけはある」

「貴様だったか。……生きていたとはな」

「お前を騙すためには死ななければならなかった……。あの時の恨み、片時も忘れたことはない」


 杖を手に持つ、謎の魔術師。彼はアレックを憎々しげに睨んでいた。アレックもまた闘志を滾らせて、臨戦態勢を取っている。ソラは反射的にヴァルキリーシステムを起動させ、ブリュンヒルデを身に纏っていた。


「ブリュンヒルデか。なるほど、確かにできはいい。だが、練度が足りんな。そうは思わんか? 我が宿敵よ」


 茶髪の魔術師は邪悪な笑みを浮かべて、ソラに向けて魔術を撃ち放つ。

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