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戦乙女の鎮魂歌  作者: 白銀悠一
第六章 復讐
47/85

家族と友達

「0はタロットカードで愚者。7は戦車で復讐の意味があるけど、逆さまだと失敗になる。でも、これは比較的新しい時代の代物よ」

「この方が都合が良かったんだろう。敵はオレたちよりも自由な発想で伝統的なカバラ秘術を用いてきた」


 レールガンのデータをまとめるジャンヌにモルドレッドはそう言い返す。

 彼の表情は苦々しい。まんまと連中の策略にはまってしまったばかりか、防げたはずの悲劇を食い止めることができなかった。


「オレとお前ならば気づけた。だから、連中はオレたちに簡易的な催眠を掛けた」

「……そうね。見落とすはずないもの、こんな堂々とした魔術。普通の状態なら、ね」


 レールガンにはカバラ秘術による魔術が仕込まれていた。その中には心理強化や催眠も含まれている。

 特に復讐心を利用する類のものだ。マリという少女は前々からその復讐心に目を付けられていた。

 敵を殺すには罠にかけるに限る。それも、敵対者が最も油断し、忌み嫌う方法で。

 相賀はまさかマリに撃たれるとは思っても見なかったはずだ。そして、マリも自分が相賀を撃ってしまうとは思わなかった。

 画面に細工をして、実際に狙いをつけた相手と違うものをみせるなど魔術師には造作もないことだ。しかし、奇妙なのはマリがそれを気付けなかった点だ。対魔術師戦のエキスパートである彼女がそんな小細工を見抜けないはずがない。


「だからこその、復讐心か。復讐は人を狂わせる。おまけに、あのマリという少女は、精神をいじくられ、自分が何をしていたのかすらよくわかっていなかったはずだ」

「ねぇ、モルドレッド。あなた、この手段に見覚えは――」

「あるとも。心当たりがあり過ぎる。ここまであからさまな手段に出たということは、もう連中の作戦は次のフェーズに入っているはずだ。メローラを呼び戻すべきだな。浮き島は危険だ」


 モルドレッドはジャンヌに指示を出し、部屋を後にする。メローラはこの状況を利用できると考えているようだが、そう上手くいくとは思えない。敵は強大なのだ。しかし、幸か不幸か向こうはこちらを敵だと認識していないであろう。その油断が絶好の好機を生み出すはずだ。


(その前に死んでしまっては元も子もないが……。そこのところ、わかっているだろうな、我が妹よ)


 妹に想いを馳せながらモルドレッドは廊下を歩いて行った。



 ※※※



 丁度その頃、メローラはブリトマートに証拠処分の指示を出し、キャメロット城を出ようとしていたところだった。


(相賀が死んだ。……まずいわね。彼にはまだ生きていてもらいたかったのに)


 自らが利用する駒として、そして、自分の目的を遂行するための協力者として、相賀の存在は重要だった。無論、彼は無能ではない。既に自身が狙われていることを予期して、死んだ後も問題ないように方針を立てていたはずだ。相賀が死んだところで、大きな影響はない……理論上は。


(ああいう男のダメな部分だね。自分の存在がどれほど他者に影響を与えているか気付いていない)


 相賀は自分の存在を過小評価していたが、第七独立遊撃隊にとって相賀はとても大きな影響力を持っていた。単純に彼がいることで士気も上がっていたはずだ。手綱基地に所属する部隊も徐々に相賀たちのことを認めて出していた。

 だが、今彼が死んだことで、防衛軍側にいる使えそうな連中の士気は下がってしまっただろう。士気の低下は敗北に繋がる。最悪なことに、彼のようなリーダーシップを持った奴は防衛軍側にはもういない。

 全員死んでしまったのだ。有能な奴は。まだ強者は残っているだろうが、リーダーとして最適かというと疑問が残る。


(死んだ奴のことを考えてもしょうがないか。犠牲は無駄にしないわよ、相賀さん。反面教師として利用させていただきます)


 自分なりの追悼を頭の中で終えたメローラは出口である装飾の施された門まで差しかかった。そこで、歩みを止める。前方に会いたくなかった男が立っていたからだ。偶然か、必然か。どちらでもいい。

 城から出るためには門を通るしかないので、嫌悪感を隠さずに横を通り過ぎる。と、娘を案じる父親のように、アーサーはメローラに声を掛けてきた。反吐が出そうになるのをぐっとこらえる。


「どこへ行く、メローラ」

「私の勝手だと思いますが、お父様」

「……かもしれんが、行き先を告げずに外出するのは関心せんな」


 メローラは父親に向き直った。ムカつく男だ。何があっても常に笑みを浮かべて、全てが予定調和だとでも言う顔をしている。その顔を苦悶に歪めたいと何度も思ったが、恐らく最後に死ぬ時までこの男は笑っているような気がしていた。


「散歩です、散歩。ずっと城にいるのは身体に悪いので。お父様も、どこかお出かけになったらいいのではないでしょうか。それとも、私に内緒でどこかに出かけておいでですか?」

「指揮を執るのに忙しいのでな。私は城から一歩も出てはいない。わかっているだろう?」

「……そうでしょうね。では」


 メローラはそそくさとその場を立ち去る。父親の視線を背中に感じたが、無視する。あの男は娘である自分を神話再現の要素の一つとしてしか見ていない。娘が必要だったから、創っただけだ。以前はそれでいいと思っていたが、セレネに会ってから変わった。自我を手に入れた。もう自分は誰かに操られるだけの人形ではない。


「城から一歩も出ていない、か」


 アーサーは秘密を隠している。自分と同じように。その秘密はとても邪悪な物だ。

 人間を強く憎悪する魔術師たち。彼らを一体どこに隠した? なぜこのタイミングまで彼らを秘匿している? 戦争を行うには一番最適な人形たちだ。怒りや憎しみ、復讐を胸に秘める奴らを操るのはとても簡単だ。

 命令のままに誰でも殺してくれる。敵の名前を教えて、後は刷り込ませればいいだけだ。何なら、家族だって彼らは殺してしまう。理由など、適当にでっち上げればいい。洗脳や催眠、十八番の心理強化を使えば簡単に操れる。

 自分が何をしているかすら、彼らはわかっていないはずだ。マリも似たような方法で、相賀を殺すはめとなった。


(復讐者が恨む相手なんて、ごまんといるからね。言わば八つ当たりみたいなものだし。復讐者が一番憎い相手なんて……決まっている)


 復讐者が最も憎悪する対象は――実際に家族や仲間、友人を手に掛けた相手ではない。

 大切な人を救えなかった自分自身を恨み、憎んでいる。

 だからこそ、復讐に身を投じれるのだ。復讐とは、自身を傷付けるための自傷行為でしかない。

 人生の全てを復讐に捧げる。それがどんなに愚かで恩知らずなことか。


「それよりも愚かなのは、それを知りながらも復讐しちゃうあたしなんだけどねー」


 自嘲気味に呟いて、メローラは歩いて行く。

 復讐の愚かさを理解して、それでも抗えずに復讐へ奔るならまだいい。が、復讐に自己満足や贖罪以外の理由を見出す奴は危険だ。

 問題なのはそういう奴が多いこと。そういう奴らは他人に利用され、気付くともう戻って来れない場所へと堕ちてしまう。

 マリはまだマシな方だ。他者に誘導され心を狂わされ、結果的に相賀を死なす羽目になってしまったが、彼女にはソラたちがいる。だが、多くの復讐者というのは孤独だ。彼らは自分の過ちに気付くこともないまま、復讐ではなく殺戮に手を染めることになる。


「気を付けないとな、あたしも」


 自分に言い聞かせながら、メローラは古風な街の中へと消えた。



 ※※※



「大丈夫かな、マリ」


 不安のあまり言葉が漏れる。ソラはメグミたちと共に、医務室に運ばれたマリに面会するべく廊下を歩いていた。


「大丈夫に決まってる。って言いたいところだがな、今回ばかりは……」


 メグミが苦々しげに言う。大切な人間を自分で殺してしまったのだ。その恐怖と絶望は家族を失ったメグミにすら計り知れない。

 ホノカも無言でしんみりとした表情を浮かべている。言葉にならないのだ。ただでさえ相賀が死んでしまって悲しいというのに、これでは涙すら流せない。


「……もし、大丈夫じゃなかったら、私たちで大丈夫にするんだよ」


 ソラは決意を口に出した。相賀の最期の言葉。相賀は自分が死ぬ瞬間にも、マリのことを心配していた。故人の遺志を継ぐのが、ヴァルキリーだとジャンヌは言っていた。ヴァルキリーには死者の想いや記憶が流れ込むのだと。

 ならば……いや、関係ない、とソラは改めて思う。誰の意志とか願いとか、関係ない。自分がマリの笑顔を見たい。マリが普通の女の子として生きる姿を見て見たい。

 だから、ソラは覚悟を決めて、医務室の扉を開けた。


「コルネットさん」

「ソラちゃんたち」


 コルネットはマリの体調管理を預かっている。レールガンに魔術とおぼしき仕掛けが施されていた以上、信頼できる人間は限られている。本来なら、こういう時に打開策を打ち出してくれるのがマリであり、相賀だった。

 敵は見事に第七独立遊撃隊の急所を突いてきたのだ。


「様子はどうですか?」


 二人の気持ちを代弁して、ソラが訊く。コルネットは悲しそうにマリの顔へと目を落とした。


「一度、目を覚ましたの。すぐ眠ってしまったけど……」

「起きたんだ、良かった」


 三人はほんの少しだけだが、安堵した。だが、次に出たコルネットの発言に表情を曇らせる。


「一言だけ、喋ったの。――死にたいって」

「……っ」


 ソラは息を呑んでマリの寝顔を見つめた。穏やか、というには静かすぎる。まるで死人のような顔で眠っていた。このまま目を覚まさないのではないかという錯覚さえしてしまうほどに。

 もしこのままマリが死ねば、敵の思うつぼだ――という論理的思考は今のマリにはないのだろう。

 純粋に、死にたいのだ。彼女は。アテナの時と同じように、アテナの時よりも最悪に。


「天音ちゃんがいてくれたらな……。天音ちゃんなら部隊内で問題が起きても解決してくれたのに」


 コルネットが弱音を吐いて、情けない大人でごめんねと謝罪する。ソラはそんなことないですよ、とフォローを入れながら、マリの姉である天音について質問した。


「天音さんってどんな人だったんですか」

「優しくて強い子だったよ。どんな辛い状況でも諦めない。天音ちゃんに出会わなかったら、きっと私、逃げてたかなー。……あの子は情けない人間すらも強くする不思議な力を持ってた。丁度、ソラちゃんみたいに」

「私ですか?」


 ソラは目を丸くしてコルネットを見た。デジャブすら感じる。アテナの時も似たようなことを言われていた。自分はセレネに似ていると。


「君とは全然違うんだけど、どこか似てるんだよ。……君みたいな子は、少ないけど、必ずどこかに一人はいるのかもね。初めて見た時、運命すら感じちゃった。たぶん相賀大尉もソラちゃんに運命を感じたんじゃないかな」

「運命……」


 ソラが復唱すると、メグミとホノカが思慮深い視線を送ってきた。

 運命。ヴァルキリーと近しい言葉。

 北欧神話の神々は滅びが定められていた。世界の終わり、神々の黄昏ラグナロク。最高神であるオーディンは来たるべき破滅に備えるため、ヴァルキリーを世界に送り出し、勇者エインヘルヤルを集めさせる。

 だが、結局、世界は滅びてしまう。巨人たちと神々は相討ちとなり世界は消えてなくなるのだ。

 これは神々でさえも運命に抗うことはできなかったということではないのか。


「運命……なんて、関係ないです。私は私のしたいことをするためにここにいるんですから」


 運命なんてものはどこかへ行っちゃえ、とソラは本気で思っていた。ソラがクリスタルと離ればなれになったのはある意味、運命のせい……世界のせいだ。それが嫌で、また会いたくてソラはヴァルキリーになることを決意した。

 自分の行く末を決めるのは運命じゃない。自分の選択の結果だ。もう選ぶこともできずに大事な者がいなくなるのをソラは耐えられない。我儘なのかもしれない。でも、それでいい。自分は我儘で強欲で、自分勝手だ。


「そうね、そう。……天音ちゃんもよく言ってたわ。例えどんな運命だろうと立ち向かうって」


 コルネットは丸椅子から立ち上がり、詳細分析のために部屋を出て行った。ソラとホノカもしばらくマリの顔を見つめた後、部屋を立ち去ろうとドアノブを掴んだ。

 しかし、メグミだけはずっとマリの傍に立ち尽くしていた。


「メグミちゃん?」

「ちょっといいか。先行っててくれ」


 メグミがホノカに回答すると、ホノカは首肯し、ソラがドアを開ける。


「……張り合いがねえんだよ、バカ野郎」


 ドアが閉まる直前、メグミの独り言が聞こえた。



 ※※※



「軍人になる……って、どういうこと?」


 狭いアパートの一室で、幼いマリは軍に志願すると言い放った天音に驚きの眼を向けた。天音は少し困ったように笑いながら簡単な説明を始める。


「両親も、親戚もいないし……。お金をもらうためには、軍に入るしかないのよ」


 今からちょうど八年前。人間の過激派による大虐殺により、人間と魔術師の緊張が急激に高まった。ただでさえ不仲な人と魔術師の諍いは、共存が難しい段階にまで悪化してしまったのだ。

 ゆえに、軍は半ば強制的に志願兵を増やそうと画策していた。軍に所属しないとマリの学費は免除されない。軍に志願しなければ、税金が上乗せされる。市民に負担を強いることで、軍に志願させようとしたのだ。

 あらゆるものの値段が上がり、様々な事柄に税が増やされたが、不満の声よりも、肯定する意見の方が多かった。時流である。これが平和な時代なら不満が噴出しただろう。

 しかし、今は半戦争状態だ。魔術師が大規模な攻撃を行うという情報も流れている。国際世論も魔術師を排除する方向に流れていた。

 先に仕掛けたのは人間だということに人は気付かない。そして、それは魔術師も同じだった。――虐殺を引き起こしたのは一部の過激派だということが視えなくなっている。

 元々、人間と魔術師は仲が悪い。科学でできないことを魔術師は難なくこなしてしまう。人間が抱く多くの悪感情は嫉妬や恐怖心から生み出されたものだった。よくある仮説で魔術師は悪者扱いされた。

 魔術師は子どもでも大人を殺せる力を持っている。だから、危険だ。そんな理論だ。

 それは例え人間の子どもでも、やろうと思えば無料で人を殺せるという事実から目を逸らしたものだった。殺そうと思えば、家から包丁を持ち出して、殺したい相手を刺し殺してしまえばいい。だが、その事実があっても人間の子どもを危険存在だとして隔離したりはしないだろう。重要なのは殺意の有無なのに、多くの人間は目が曇っていた。レッテル貼りに勤しんでいたのだ。

 そして、魔術師側はそういう無闇なレッテル貼りを行う人間が嫌いだった。自分たちは選ばれし人間だという自負もあった。当初は下等な人間の醜い嫉妬で片付けていたが、実際にたくさんの魔術師が殺されてからは、ただでさえ不信感を抱いていた人間を全く信用しなくなっていた。

 このような事情を幼いマリも何となくだが、理解していた。否、戦争が起きると思っていない人間も魔術師もいまい。世界が戦争を求めていた。今までは平和を呼びかけていた平和論者たちも、人が変わったように戦争賛成を訴えていたのだ。


「自衛隊じゃないの? 姉さん」

「自衛隊はなくなったのよ。日本は率先して軍を立ち上げた国の一人。アメリカ、ロシア、中国と同盟を結んで、戦争の架け橋になろうとしてる」

「でも、日本国憲法第九条……」


 日本には平和条約があった。奇妙だけどね、と天音は悲しそうな微笑を浮かべた。


「少し前まで、慎重な立場を政府は示していたのに……。急に戦争するために憲法を改正しちゃったの。国民の八十パーセントが戦争に賛成しているし、与党野党もどちらも反論なくスムーズに……。って、こんな話しても意味ないよね」


 日本が平和の国だった時代はとっくに過ぎ去っていた。あれだけ平和を賛美していた人はどこ行っちゃったのかしら、と天音は顔を俯かせる。

 その気持ちは幼いマリでも何となく察知できた。小学校で出される作文の題材も軍の素晴らしさや魔術師の恐ろしさについてのものが多くなってきたし、まかり間違って魔術師のことを擁護すれば、最悪停学処分にさせられる。小学生だとしても容赦はないのだ。


「運命なのかもしれない。これも」

「うんめい……?」


 天音はテレビのリモコンを押した。テレビが映ると、そこには高校生が今こそ人間が一致団結するべきだというスピーチを行い、たくさんの拍手を貰っていた。テレビ番組はどれも味気ないものばかりになっている。魔術の用語が出る番組は自粛されるため、アニメやドラマ、映画などは全て無期限放送中止となっていた。近所の本屋も軒並み潰れている。売り物である本のほとんどを燃やしたためだ。


「きっと私が軍に入るのは運命」


 天音が確固たる瞳で言う。周りの人間のような熱に浮かされた病的な目ではない。強い意志を持った目で。

 その強い姉に期待して、マリは思わず言葉をこぼした。


「だったら、私が姉さんと離ればなれになるのも、うんめいなの?」

「……そうかもね。でも、それは今の話」

「今の、話……」

「運命に立ち向かうの。そうすれば、私とマリがまたいっしょに暮らせる日が来るわ。今は、耐えなきゃ。人生山あり谷ありっていうでしょ? 今は谷なの。もう少し経ったら山がくる。それまでは我慢しようね」


 天音の言葉は力強かった。希望に満ち溢れていた。

 だからマリは元気よく返事をして、天音とまたいっしょに暮らす約束をした。



 幸いなことにその約束は思いのほかすぐに叶うことになる。魔術師による大粛清が引き金となり、戦争が始まってしばらく経つと、相賀という軍人が色々と手配をしてくれた。

 撃墜スコアを着々と伸ばしていた相賀は軍上層部に融通が利いた。実力さえあれば、多少の横暴さには目を瞑ってもらえる……らしい。

 そこから、マリと相賀、天音の関係が始まったのだ。姉と共に暮らせるようになって一年程立ったある日、天音はマリに言いづらそうに相談事を持ちかけた。


「実はね、好きな人ができて、それで」

「……相賀さん、でしょ」


 もうわかっていたので、単刀直入に言う。天音が声を出して驚いた。

 むしろ、その姉の態度にマリは驚き返してしまう。あれほどわかりやすかったのに、気付いていないと本気で思っていたのかと。


「気付いてないと思ってたの……?」

「え、え? 嘘……そんなにわかりやすかった?」

「たぶん、みんなわかってると思う……。相賀さんも」

「えええっ!?」


 何度か会ったことのある相賀は、飄々とした態度ながら洞察力に優れる男だった。姉の恋心もとっくの昔に気付いていただろう。ただ、相賀はあまり女性の対応が得意そうではなかった。それに、姉曰く信念を持った男である彼は、きっと戦時中に女性と付き合おうとは考えていないだろう。

 それをマリが説明すると、天音はしょんぼりとした。


「そっかぁ。だよね。不謹慎だよね……」

「……む」


 マリが不満げな声を漏らす。別に姉が誰と付き合おうと知ったことではないが(ダメ男の場合を除く)、ここであっさりと諦めてしまう姉を許容する訳にはいかなかった。

 姉は言ったではないか。運命に立ち向かうと。戦争という運命の歯車に呑まれて告白しないなんて間違っている。

 マリは携帯を取り出し、不思議そうな顔をする天音の前で、相賀へと電話を掛ける。


「あ、相賀さん。……今日、暇な時に家に来てくれませんか。姉さんから大切なお話があります」

「ま、マリ!?」

「……ちゃんと、運命に立ち向かってね。姉さん」


 電話を切ったマリは珍しく満面の笑みをみせながら、慄く姉に言った。この時からだろう。マリが人をからかうことに喜びを見出したのは。

 結果として――天音は意を決して告白をし、相賀と天音は付き合うことになった。



 それからしばらくは幸せな日々が続いていた。天音が戦死する時までは。

 天音が死んだとされている日から数日前、天音の様子を不審に思っていたマリは相賀に相談をしていた。


「姉さんの様子がおかしいんです」

「……今、天音は重要な任務に就いている。詳細は明かせないが」

「危険、なんですか」


 マリは心配のあまり訊く。軍に所属している以上、危険とは隣りあわせだ。相賀は考え込むようにマリの顔を見つめた後、しばらくして肯定した。


「ああ、危険だ。だが、約束する。天音は俺が守る。……家に帰してやる」

「本当ですか? 良かった」


 相賀は以前、天音がマリに約束したのと同じように、力強い声でそう約束した。その言葉に、マリは心から安堵した。姉は戻ってくる。相賀が守ってくれる。なら、自分は安心して姉の帰りを待つことができる。

 だが、姉は帰ってこなかった。代わりに、相賀が天音の戦死をマリに伝えに訪れて、マリは彼を嘘つきと糾弾することになる。

 その後のことは、一瞬だった。あまりよく覚えていない。

 相賀の反対を押し切り、無理やり軍に入ったマリは相賀のつてで第七独立遊撃隊に配属された。普通の教官に、軍部の闇にマリが染められるのを避けるためだった。

 相賀は常にマリのことを考えて行動していた。マリの希望するものとは真逆に。マリは復讐がしたかったのだが、相賀はマリから復讐を引き継ぐと言い放った。

 無論、喧嘩と言い合いになった。ある意味、姉の時よりも素直にマリは不満を相賀にぶつけていた。

 気付くとマリにとって相賀は、嫌いな人であり、同時にとても大切で、家族と言っても差し支えない人物となっていた。姉とは違う、新しい家族。本音をぶつけても、きちんと受け止めてくれる大切な人。

 でも、その相賀すらもういない。死んでしまった。

 ――マリが自分の手で殺してしまった。



「……死にたい」


 走馬灯のように流れた今まで過去を見て、マリは今一度呟いた。

 今は深夜だ。医務室は暗く、月灯りが窓から降り注いでいる。


「姉さん……相賀大尉……」


 故人の名を呼ぶが、返事は返ってこない。二人とも、自分が殺した。自分のせいで死んだ。

 天音が軍人になったのはマリを養うためだ。相賀が復讐を始めたのは、マリが姉の死の責任を彼に押し付けたせいだ。

 悪いのは全て、自分なのだ。なのになぜ、自分だけがおめおめと生きている?

 本当に復讐すべきはヘルヴァルドではない。他ならぬ自分自身なのだ。真なる敵である運命とは、今ここで息をしている自分だ。

 ならば、この手で運命てきを倒さなければならない。復讐しなければ。


「……拳銃」


 警報が鳴らないように注意を払いながらベッドから起き上がり、マリは棚の引き出しを探る。幸いなことにすぐ見つかった。コルネットは部屋の武器を隠していたようだが、マリは独自に手綱基地全体に武装を隠していた。――いつ、敵に襲われても良い様に。

 そのいつが、まさに今だ。敵は己自身だ。復讐を果たして、姉と相賀の元に向かうのだ。


「やっと、死ねる……」


 マリは躊躇いなく引き金を引いた。銃声が室内にこだまする。

 床に倒れて……驚く。死んでいない。空砲だった。


「どうして……っ!?」

「そんな迂闊なことはしないよ、マリ」

「ヤイト!!」


 声がした方へ視線を向けると、ヤイトがドアの前に立っていた。ヤイトはわざわざ拳銃の弾丸を抜いて、空砲に差し替えていたのだ。弾が抜いてあれば重量で気付ける。しかし、中身が入っていればわからない。今のマリにとっては手の込んだ嫌がらせ以外の何物でもなかった。


「銃! 銃を寄越して!」

「ダメだ。相賀大尉から君のことを頼まれてる」

「私は敵! 殺すべき敵!」

「違う。殺すべき敵は別にいる」

「つべこべ言わずに寄越せ!」


 マリは本気でヤイトに殴りかかった。が、平時のマリならば苦戦しただろうが、憑き物に憑りつかれている今のマリではヤイトに敵わない。あっさりと投げ飛ばされ、マリは腕を拘束された。


「離して、離して!」

「君が死ぬことは赦されない。……相賀大尉と、天音中尉が君の死を望むはずがない」

「私が、死にたい! 私が憎いの! 私が私自身を殺したくて仕方ない! ……離して……殺して……」

「……バカ野郎!」


 マリの叫びに応えたのはヤイトではなくメグミだった。メグミさん? とマリを捕らえていたヤイトは驚いたが、すぐに気を利かせてマリを自由にした。

 即座にマリはヤイトに襲いかかるが、メグミが彼女の顔を殴り倒す。床に背中から倒れたマリは頬をさすりながらメグミを憎々しげに見上げた。


「何するの!」

「お前を救うんだよ!」


 と言ってもう一発マリを殴る。痛みはあったが、優しい拳だった。必要以上に怪我を与えないように調整されている。


「なに、を……!」

「満足できないか? いいぞ、お前の気が済むまで付き合ってやる。お前と私にふさわしいのは知的な会話なんかじゃねえ。拳を用いた殴り合いだ。テメエの腐った根性を殴って矯正してやる。……何せ私はお前の友達だ。間違ったダチの道を正すのが友達の役目ってもんだろ?」


 うざったいセリフを吐きながら、メグミは得意げな顔をしていた。その顔は癇に障って、言われた通りマリはメグミを殴り返す。左ほおを殴られたメグミがやるじゃねえか、と言い切る前に今度はみぞおちにキックを喰らわせた。

 マリは怒っていた。ひたすらにメグミを殴る。倒そうとする。

 だが、メグミも負けてはいない。マリの拳を掴んで、横蹴りを放ってくる。それを左腕でガードし、脛に腕を振り下ろした。その間にメグミは頭突き。殴って殴られて、蹴って蹴られる。拳と拳の応酬だった。

 医務室をめちゃくちゃにして、月灯りに照らされながら殴り合いは続いた。しばらくメグミを殴っていると楽しくなっている自分に気が付く。相手との健闘を湛える健康的なスポーツ。気づくと、自分への殺意はどこかへと消え、純粋にメグミを殴っていた。メグミも笑みを浮かべながらマリを殴ってくる。もしかすると自分も笑っているのかもしれない、とマリは思った。

 不謹慎だけど、という姉の言葉が脳裏によみがえる。相賀が死んだのに、否、相賀を殺したのに、不謹慎だ。

 相賀は今の自分を見て何と言うだろうか。天音は、今の殴り合いをする自分に何と言うだろうか。


(そっか……そうだ……)


 冷静に思考を回すよりも、戦闘で興奮している方が、まともな考え方をできていた。今、マリは理性と感情の両面で思考をしている。自殺願望を持つ復讐者としてではなく美木多真理として、二人の気持ちを思い描ける。

 相賀はそれでいい、と頷いて言うだろう。天音は苦笑しながらも本音で語り合える友達ができて良かったと喜ぶ。


「全く、我ながら、情けない……」

「そうだぞ手鞠野郎! お前で蹴鞠をしてやる――!」


 メグミが本気の一撃を放ってくる。マリも回避せずに攻撃に全神経を集中した。

 互いの拳が双方の顔に命中し、二人は派手な音を立てて床に転がり込む。


「……大丈夫? 二人とも」

「はっ、平気に決まってるぜ。そこの手鞠はどうだかな」

「こんなもの、ダメージの内に入らないわ。恋愛脳のくせになかなかやるわね」


 強がりながらも、すぐには立ち上がれなかった。悔しいことに先に立ったメグミが、マリへと手を伸ばしてくる。

 マリは一瞬躊躇して、その手を掴んで立ち上がった。


「私の勝ちだな」

「いいえ、あなたは不意打ちをしたわ。フェアじゃない」

「戦いとは如何に自分に事を有利に進めるかで決まるって言ったのはどこのどいつだ?」


 以前にマリが言ったセリフを言いながら、メグミは憎たらしい笑みをみせてくる。マリは握る手にめいっぱい力を籠めて、応戦した。


「いて、いててて! 何しやがる!」

「今さっき言ったセリフを思い返して――いたたたっ!」


 やり返された。笑いながら、今度は何をしてやろうかと考える。

 完全とは言い難いが、普段のマリに戻りつつあった。一体さっきまでの自分は何をしていたのかとマリは自分自身に呆れる。

 本当の敵は他にいるのだ。ここで自殺なんかしてしまったら、それこそ敵の思うつぼだ。

 贖罪の念があるのなら、ベッドに横になってなどいられない。相賀の意志を継いで敵を探し出さなければ。


「ええい、くそ! 私の部屋に来い! 今度はゲームで勝負だ!」

「望むところね。こてんぱんにしてあげるわ」


 でも、今は少しだけ休憩させてもらおうと思う。マリはメグミといっしょに、メグミの部屋へと駆けて行く。


「私の出番なかったね」

「そうだねー」

「……君たちは本当にお節介だ。でも、そういうところが素敵だと思うよ」


 二人が医務室を出て行った後、ヤイトが窓から様子を窺っていたソラとホノカに話しかける。二人は眠たそうに欠伸をして、それぞれの寮の方向へ歩き出す。

 ――相賀の想いはメグミによって遂げられた。全員が安らかな眠りに付けたのは言うまでもない。

 メグミは拳を使って、真なる敵の目論見を打ち砕いたのだ。

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