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戦乙女の鎮魂歌  作者: 白銀悠一
第六章 復讐
46/85

復讐者の末路

「奇妙だな、この感覚は。……いや、わかり切っていたことか」


 ヘルヴァルドは戦場となる手綱基地を俯瞰していた。手綱基地は、ホットゾーンの一つとして魔術教会側に認識されている。ヴァルキリー三体を有する危険地帯。防衛軍側にとっては小規模な防衛基地の一つだろうが、教会にとっては違う。

 ここは、いわば防衛本部よりも重要視される最重要攻略拠点だ。現に、幾度なく魔術師が出撃し、撃退されている。多くの高位魔術師たちは、ここを取ってポイント稼ぎをしようと画策していた。戦後の世界を牛耳るために。

 魔術師に王はいない。魔術教会の行く末を決定づけるのは、魔術評議会に名を連ねる十二名のマスターのみ――。そう規定されてはいるが、ほとんどの野心に溢れる魔術師はそう考えていない。現実として、戦争を一手に引き受けているアーサーに対する支持は圧倒的であり、本来まともであるはずのアレックは日和見主義者などとして嫌われている。

 何より、アーサーの演説は心地いいのだ。アーサーの執る戦略は、敵を殺したいと願う者たちの希望に沿っている。


(滑稽だな。自分たちが良い様に使われていることに気付いていない。いや、利用されていると知りながらも剣を執る私よりはマシか)


 自嘲気味に思考を回し、ヘルヴァルドはオーロラの輝きを目にした。青と黄色。ブリュンヒルデとエイル。そして、遅れて赤色のスヴァーヴァが飛んでくる。


「……紫はない、か」


 ヘルヴァルドは剣を抜き、構えた。すぐに好敵手である戦闘機もやってくる。

 恐らく、これが最後の戦いになるであろう予感を、ヘルヴァルドはひしひしと感じていた。この場には、死の臭いが充満している。願わくば、かつての友の想いに応えられるよう祈りながら、ヘルヴァルドはヴァルキリーとの戦闘に勇んだ。



 ※※※



『マリの様子は?』

『……今のところ、異常は。しかし』


 相賀とヤイトのやり取りが無線に乗せられている。ヘルヴァルドの登場によりマリが精神に不調を来たさないか心配しているのだ。

 ソラもマリが大丈夫か不安になったが、今はそれどころではない。以前戦った時に手も足も出なかった相手が敵として現れている。他人を気にしている場合ではない。しかし、やはりどうしても気になる。


「余所見している余裕があるのか?」


 空に浮かぶヘルヴァルドが、飛翔したソラとメグミ、ホノカの三人に向けて剣の切っ先を向けてくる。アテナとはまた戦い方が違う相手であろうと、ソラたちはヘルヴァルドと交戦経験のある相賀と協力者であるジャンヌから聞いている。

 魔術剣士とは違う、我流の剣術。魔術ではなく純粋な剣技で敵を屠る最強の女剣士。それがヘルヴァルドだ。


『戦い方から戦術まで、全て独学だと噂されてる。誰にも師事してないのよ。それもカリカと共に手綱基地を攻めたケランのような半端者じゃない。実力がピカイチな新しき魔術師イノベイター


 大変革で生まれた魔術師のことをイノベイターと言い現わすことがあるらしい。昔からいた魔術師でなく、クリスタルたちと同時期に魔術師となり、独力で深紅の魔剣なる異名を轟かせることになった女魔術師。深紅の鎧に身を包む歴戦の戦士。

 初戦でもひしひしと感じたプレッシャーがソラたちを襲う。ソラはどのフォームに切り替えるか悩んで、最新のフォームであるシグルドリーヴァに変身することにした。

 再び虹色が輝き、ソラは濃い青色のシグルドリーヴァフォームへと変化する。

 右手には魔剣グラム。左手にはパイルランサー。そして、左眼には観測眼帯スポッターパッチ

 ヘルヴァルドはシグルズやシグムンドとルーツを同じとする北欧神話の英雄の一人。

 ならば、ヴァルキリーが負けるはずがない。ソラは自分にそう言い聞かせた。


「新フォームか。なるほど、処女神パラス・アテナとの敗走から学んだな」


 技量の高い相手にはスピードで上回ったとしても倒せない。それなら、火力を重視する戦闘形態で、敵に防がれても押し切った方がマシである。

 それに、こちらは数で有利。人間対魔術師の戦闘は基本的に質対質であるが、こちらも質揃い。この形態の方が援護もしやすい、という判断をソラは下した。


「一応訓練は積んでるが、くそ、やっぱり本物を相手取るとなるとキツイな」

「重圧がすごい……」


 メグミが珍しく弱音を吐く。ホノカも弱気になっていた。

 だが、真なる敵とは他者ではなく己である。ソラは魔剣グラムを強く握り、二人を励ました。


「大丈夫、いけるよ!」

「……だな」「そうだね」


 ソラの掛け声は二人の活力剤となり、メグミとホノカの闘志が燃え上がる。

 勝つ必要はない。しかし、負けてもいられない。

 だから、ソラたちはそれぞれの武器を構えヘルヴァルドに攻撃を開始した。

 一番槍はメグミだ。拳を片手にヘルヴァルドへ突撃をかます。


「無策だ」

「チッ!」


 しかしヘルヴァルドは最低限の動作で避けた。身体を少し横にずらすだけ。反撃すら行わず、ただひたすらにメグミの打撃を避け続ける。メグミは蹴りで胴を捉えようとしたが、左手で足を掴まれた。


「しまッ!」

「遅いぞ。鍛錬が足りん」

「いけないッ!」


 ホノカが杖を散弾銃モードへ切り替え、銃口をヘルヴァルドに向ける。ヘルヴァルドに射撃を彼女は加えるが、目にも止まらない速さで散弾を斬り落とされた。何度も引き金を引き続けるが、状況が変わる気配は見られない。


「やあッ!」

「ふむ」


 そこへソラがグラムを片手に突貫する。パイルランサーでヘルヴァルドに狙いをつけながら。

 左手を自由にすればソラの攻撃に対処はできるが、メグミに攻撃を喰らう。

 剣で銃撃の防御を疎かにすれば対応可能だが、ホノカの銃撃に当たってしまう。

 シンプルながら、ヘルヴァルドは数の暴力に追い込まれていた。そんな事態になっても、ヘルヴァルドは興味深そうな顔をして、ソラを見つめるだけだ。


「……遅いな」


 それはソラに言ったのか、それとも、別の誰かに呟いたのか。

 ソラがヘルヴァルドに肉薄した瞬間、彼女は大きく動いた。片手であしらっていたメグミをソラへと投げ飛ばし、ホノカには投げナイフで応戦する。そして、一気に連携が取れなくなったところへと、猛スピードで空を駆けた。


「時間が足りなかったか? 戦争とは無情だな」


 他人事のように嘯いて、ヘルヴァルドは剣を振るう。空が裂かれ、切断される。メグミをぶつけられたソラは攻撃を喰らう直前に態勢を取り直し、グラムでテュルフィングを防いだ。グラムとテュルフィングは性能的に互角。どちらが折れることもありはしない。

 風が唸り、剣と剣が鍔迫り合いとなる。パワーは幸いにもシグルドリーヴァの方が上だ。


「少しはやるようになったが……まだ“少し”だ。ここで死ぬなら、それも運命か。お前たちには期待してたんだがな」

「う、運命なんて……ぐッ!」


 だが、技量はソラよりもヘルヴァルドの方が上手。メグミが援護しようと割って入った瞬間には、ソラは剣を弾かれ蹴り飛ばされていた。拳を見舞ったメグミも、カウンターで殴られる。


「その拳は人間用に調整されている。……どこかの流派か? 残念だ。その拳は魔術師と戦うためのものではない」

「くそったれが!」

「ソラちゃん、メグミちゃん!」


 ホノカは杖を使って、打撃を受けた二人に治癒を行う。その隙をついて、ヘルヴァルドがホノカへと奔った。


「自分よりも戦闘力の高い仲間を治すのは、戦術的にも人道的にも理に適っている。だが、優先順位を間違えるな」

「きゃあ!」


 ホノカは浅くヘルヴァルドに左肩を斬られた。血が迸り、苦悶の表情を浮かべる。

 数滴の血が宙を舞い、コンクリートに付着した。ソラは目を見開いて、気付くと勢いのままパイルランサーを撃ち放っていた。左手に装着された伸縮式の槍がヘルヴァルドを貫かんとする。

 が、ヘルヴァルドは宙返りをして避けた。ほう、と感心した声を漏らす。


「やはり、自分よりも他人が傷ついた時に真価を発揮する。……その生き方は破滅的だ。自己破滅型の典型だ。しかし、勇者エインヘルヤルの救い手としてこれほどふさわしい相手もいまい」

「ヘルヴァルドさん! どうしてこんなことするんですか! あなたは、他の魔術師さんとは違う!」


 吟味するような口調のヘルヴァルドにソラは問いかける。やはり、ヘルヴァルドは今までの魔術師とは雰囲気が違うのだ。

 悲壮感、哀愁。義務と覚悟。何やら様々な物を背負っているようにソラは思える。

 だがしかし、ヘルヴァルドが応えたのは、ソラが訊きたい問いに対してではなかった。


「他の魔術師とは違う? そうだ、私はお前と戦ったどの魔術師とも違う。ヴァルキリーの出現を予想していなかったリュース。彼女を救おうと勇んだカリカとケラン、私がお守りをしていたローレンス、戦争を止めんと戦場に出たクリスタルたち、功を急いたジャンヌたち、教会の尻拭いをさせられた鉄壁、オドムに脅されていたユーリット、精神的問題を抱えていたアテナとニケ。そのどれとも違う。何の問題もなく、何の憂いもなく、何かに阻まれることもない。純粋に戦意を滾らせる魔術師だ。今までの相手は全て何かしら問題を抱え、明確な弱点があった。だからこそ、お前は生き残れた。しかし、今回はどうだ? 勝てるか? ブリュンヒルデ」

「勝つ気は――」

「ないだろう。しかし、敵はお前たちの事情など一切顧みない。お前は戦争を止めたいそうだな。戦い方を見ていればわかる。魔術師を殺したくないのだろう。その心構えは素晴らしい。敵を殺し血祭にすることしか考えていない愚者たちに、爪の垢を煎じて飲ませたいほどにな。だが、理想だけでは戦争は止まらない。現実的な力を伴わなければ」


 ヘルヴァルドはソラだけを見据え、ソラも剣を構え直した。瞬発的にヘルヴァルドが動く。ソラの元へ一直線に進み、剣による連撃を放つ。ソラは防御だけで精いっぱいだった。剣を弾き飛ばされないよう制御するのに必死だった。


「お前には力がない。力が足りない。当然だ。お前には欲がない。敵を倒したい、という欲が。……敵を倒さなければならないという責務が」

「わ、私はッ!」

「しかし、お前は持っている。みんなを守りたいという欲を。残念だが、それだけでは足りない。それでは救うことしかできない。戦を止めることはできん。お前は鎮められるか? 戦争を。敵を殺したいという殺人欲求を。奏でられるか? 鎮魂歌を!」

「く、う! うッ!」

「ソラ! くそ……」


 メグミが割り込むタイミングを計っているが、見つからない。凄まじ過ぎた。ヘルヴァルドの剣技は。

 特に武器を持たないスヴァーヴァにとって、無闇な突撃はリスクが大きい。かといって、ホノカも今は自身に治癒を掛けている。いや、仮にホノカが万全だったとしてもヘルヴァルドを止めることができるかは不明だ。

 ヘルヴァルドの言う通り、彼女は今までの魔術師とは違う。油断も隙もない最大の敵だ。これまでの敵は付け込む隙間があったが、彼女にはない。万全なのだ。これこそが本当の魔術師の実力なのだ。


「あッ!」


 ソラの剣が弾かれて、地面に落ちていく。宙を舞う剣に見惚れるソラが光り輝き、ブリュンヒルデへと戻った。

 すぐに行動を起こそうとしたが、剣の切っ先が喉元に突きつけられて、ソラは身動きが取れなくなる。


「今のお前では、無理だ」


 ヘルヴァルドはきっぱりと言い放った。今のお前では勝てない、と。


「私は……」

「なに、恥じることはない。経験の差だ。……負けを認め、降参しろ。命までは取らない。教会が消したいのはヴァルキリーだ。お前たち個人ではない」

「あ……私は」


 今のままでは確かに、ヘルヴァルドには抵抗できない。

 かといって、このままブリュンヒルデを手放していいのかは疑問だ。ソラは逡巡する。

 ある意味、楽かもしれない。ヘルヴァルドが自分を殺さないというのなら、降参してしまってもいいかもしれない。

 でも、それでは。ソラはすぐに答えを導きだし、口を開いた。


「マリが……ダメです。友達を、仲間を裏切れない」

「そうか。残念だ」

「ッ!!」


 ソラの首を斬り落とさんと剣が舞い、ソラは反射的に目を瞑る。しかし、ソラの首は斬り落とされることなく、繋がったままだった。


「……?」


 閉じて瞳を、恐る恐る開く。すると、ヘルヴァルドが後方に振りかえっているのが見て取れた。空気が振動し、炎が吹くような轟音も聞こえる。すぐにその正体が目に入った。


「待ちくたびれたぞ」


 好戦的な笑みを漏らして、ヘルヴァルドは音の発生源である相賀のVTOLへと向き直る。



 ※※※



「少し遅れた。無事のようだな」


 相賀はコックピットからソラたちの無事を確認し、安堵の息を吐き出した。そして、ソラたちにホノカと手綱基地の守護を命じると、標的へと狙いをつける。

 新型の追加ブースターを装備したVTOL機ペガサスカスタム。これが現在の搭乗機だ。

 これで勝てなければ、相賀は復讐を果たせない。強敵がたったひとりでホームグラウンドにやってきた。

 これが最後のチャンスだ。この状況下で彼女を倒せなければ、二度と自分はヘルヴァルドを倒せない――そんな予感がしていた。


「ヤイト、配置に着いたか。マリは?」


 ヤイトとマリに位置確認のコールを送ると、ヤイトはすぐに応答してきた。


『もう既に狙ってます。マリは到着が遅れているみたいです』

「そうか、仕方ないか」


 マリの支援射撃は受けられなさそうだ。しかし、それは前以て予想できたことなので、相賀は動じない。後は、マリが焦らず、冷静さを失わなければいい。そう思いながら、相賀は機銃と新装備であるランチャーの狙いをヘルヴァルドに合わせる。機体下部に設置された長身のランチャーは、上部に設置された機銃と同じく百八十度カバーが可能。これにより、ペガサスの死角は完全にカバーされた。

 だが、これだけでは完璧とは言い難い。ペガサスカスタムの神髄は機体に増設された可動式ブースターだ。これにより旧来なら不可能だった緊急マニューバを行うことができるようになる。


「そろそろ決着をつけるとするか。見飽きただろ? お互いに」


 相賀が軽口を交わすと、ヘルヴァルドも同調してきた。


「そうだな。そろそろ決着をつけよう」


 そして、同時に動き出す。ペガサスとヘルヴァルドが一斉に加速した。相賀はトリガーボタンを押して、機銃を挨拶代わりに撃ち放った。当然ながら、ヘルヴァルドは剣で切り裂きながら突っ込んでくる。

 そこにミサイルを発射し、ランチャーの狙いも付けた。機銃とミサイルで敵の動きを誘導し、本命のランチャーを命中させる。単純ながら効果的な戦術だ。

 もっとも、その程度でやられる相手ではないが。


「手数が増えたところで」

「だろうな!」


 防がれるとわかっていながらも相賀はランチャーを撃つ。砲弾が穿たれ、ヘルヴァルドの刀身に着弾。しかし、カウンターで投げナイフが投擲された。


「く!」


 相賀はブースターを点火して上方向に緊急回避を行う。無理な機動で機体が悲鳴を上げ、相賀自身の身体にも多大な負荷が掛かる。だが、相賀は気にすることなく不敵な笑みをみせた。


「お前は感じるか? 死神を」

「お前も感じるのか。奇遇だな」


 話し合いながら殺し合う。相賀は機銃の弾薬を炸裂弾へと切り替え、へルヴァルドから逃げるように背面飛行し、迎撃しながら距離を取った。だが彼女は遅れることなく追いかけてくる。そのため、相賀はボタンを操作し煙幕を噴出させた。


「煙幕? ふんッ!」


 ヘルヴァルドは剣風を使って煙を掃おうとしているが、すぐには吹き飛ばせない。もちろん、これはただの時間稼ぎだ。今の間に、コルネットに準備させていたドローンを煙の周囲に展開させ、ヤイトにも援護射撃の指示を出した。そして、自身も垂直飛行を行い、煙から距離を取って射撃体勢に移る。


「撃て!」

『了解』


 ドローンが敵の存在予測地点に一斉射。ヤイトも地上からスナイパーライフルで支援する。相賀も機銃を穿ちながら様子見をした。敵のアクションによってヘルヴァルドの位置を捕捉し、本命であるランチャーを撃ちつもりだった。

 しかし、その目論見は崩される。予想もしないヘルヴァルドの行動によって。


「何ッ!?」


 ヘルヴァルドは得物を相賀に向けて投げてきたのだ。自身の術式の核であるテュルフィングを。さしもの相賀も投剣は予測できず、ランチャーの銃身を切り裂かれてしまう。くそ! と毒づきながらランチャーパックを分離し、切り離されたパックがペガサスの下方で爆散した。

 投げられたテュルフィングはブーメランのように煙の中へと舞い戻り、次の瞬間、煙が断ち切られた。

 煙の中からヘルヴァルドが姿を現す。――左腕に銃創を負っていた。


「無傷、とはいかんか」

「お互いにな」


 ヘルヴァルドは、利き腕でテュルフィングを握り直す。周囲に展開していたドローンは、相賀が回避行動をとっている間に全て投げナイフで撃ち落とされていた。


「狙撃手……。もうひとりはどうした?」

「さあな。お前には関係ない」


 狙撃銃を構えるヤイトへ目を落としながらヘルヴァルドは訊ねる。相賀は答える義理はないとして回答しない。


「無関係ではないだろう。むしろ、中心に立つ人物のはずだ」


 ヘルヴァルドは全て悟った瞳で言う。しかし、それでも相賀は無言だった。発端はマリであったとしても、今ここで交戦するのは相賀の意志だ。マリは関係ない。

 いや、本当はここにいる子どもたちも関係ないのだ。本当ならば、一対一での勝負を行いたい。


「俺とお前を結ぶのは復讐だけだ。そうだろう」

「おうとも、生か死か。勝つか、負けるか。簡単だ」


 しばしの合間睨み合いを続けていると、ホノカが回復したためか、ソラが援護を申し出てきた。さらに、再びヘルヴァルドを説得しようと試みている。


「ヘルヴァルドさん! これ以上はもう……!」

「戦うとも、ブリュンヒルデ。これはお前には理解できない世界の話だ。お前が、知らなくていい世界の出来事だ」

「何を……!」

「魔術師も人間も、本質的には同じだ。自分が強い、自分が優れている。そう思い込んでいる。古来より体に刻まれし呪いのまま、がむしゃらに生きているのだ。自由意思を持つ人間がこの世に何人いると思う? ほんの一握りだ。他の連中は自分の意志ではなく、身体や遺伝子の本能に従っているだけ。自分の意志で動いていると錯覚しているだけだ。……今の世に、復讐や憎悪に囚われている者がどれほど存在するか、わかるか?」

「そんな……!」

「だが、彼らは哀れではない。幸福だ。自分が幸せだと思っている。それより虚しいのは、真実を知りながらも何もできない無力な者たちだ。お前ももうわかっているだろう? この戦争の嘆かわしさを。正義のために戦っている者たちは体よく利用されているだけだ。家族の仇を取ろうと努力している者は、都合のいい道具でしかない。復讐者ほど利用しやすい道具は存在しない。耳元で敵の名前を囁けばそれで済むからな」

「……ソラ、下がってろ。ヘルヴァルドは俺が片付ける」


 相賀はヘルヴァルドの演説を無視し、ソラを下がらせようとした。

 しかし、相賀のセリフを聞いても、ソラは苦心に喘いだ。だが、苦しそうな彼女を見る度に、相賀は猛烈な罪悪感に襲われる。

 優しい子だ。恐れを知らない。そんな少女を戦わせねばならない自分が如何に情けないことか。

 だが、それでもやらなければならないこと、譲れないものがある。

 ソラが引いたのを見て、ヘルヴァルドが好戦的な笑みを覗かせた。


「そうとも、それでいい。よく見ておけ! 魂の選定者ヴァルキリー!」


 ヘルヴァルドが右手で剣を構え直し、相賀へと勇む。

 相賀もまた、操縦桿を握りしめ、機銃とミサイルを撃ち放った。そして、弾丸を斬り落としながら直進するヘルヴァルドを見据え、追加ブースターによる加速を実行する。

 小さな悲鳴を上げたのは、相賀もヘルヴァルドも同じだった。強引に加速したペガサスは、左翼でヘルヴァルドに衝撃を与えた。流石に、ウイングで身体を切り裂くまではいかなかったが、予期せぬ突撃は確実に深紅の魔剣にダメージを与えている。

 しかし、ブースターを使うごとにダメージが入るのは相賀も同じだ。

 血を吐き出しながらヘルヴァルドを見続ける。

 同じようにヘルヴァルドも相賀を見ていた。もう一度突撃しようと相賀が方向展開しようとした矢先、不意にヘルヴァルドが視線を外した。下方にある、レールガン砲台。誰も使うはずのないそれは、なぜか起動している。


「カバラ秘術!? まずい!」

「――何ッ!?」


 そう彼女が叫んだ瞬間――相賀の視界が閃光に染まった。



 ※※※



 気付いたら、そこへ吸い込まれるように足を運んでいた。なぜか、どうしてか。理由ははっきりとしないが、やるべきことは理解していた。マリは手狭な空間でコンソールを操作する。


「ヘルヴァルド……姉さんの仇……」


 相賀はマリにヘルヴァルドと直接戦う機会をくれなかった。なぜなのか? もはや定かではない。

 よくわからない。でも、敵の殺し方だけはずっと学んできた。

 だから、砲身の狙いを自らの敵に定める方法もわかっている。マリはそつなく、レールガン砲の狙いをヘルヴァルドに向けていた。


「不意打ちなら、どうかしら。音速の射撃をあなたは避けられる?」


 笑い声が漏れた。通常なら回避できなかったに違いないが、今は相賀がヘルヴァルドの注意を引いている。

 ヘルヴァルドはこっちを少しも気にする様子がなかった。あいつが殺したのは、私の姉なのに。

 マリは怒りと悦びで頭がどうにかなりそうだった。いや、もうどうにかなってしまったのかもしれない。

 どうやってここに来たのか、さっきまで何をしていたのか。そもそも、どうして軍人になったのかすらおぼつかない。

 だが、獲物は砲台の内部ディスプレイに映っている。なら、後は発射ボタンを押すだけだ。

 トリガー状の形を取る発射装置を手に取って、外部カメラと連動するスコープバイザーを目に取り付ける。このレールガンはいわば巨大な銃だ。実際の銃と同じく狙いをつけて引き金を引けばいいだけ。

 マリには問題なく扱える。部隊のメンバーは砲台の使用に難色を示していたが大丈夫だ。自分なら、使いこなせる。


「ふふ、あはは」

『――ターゲットロック』


 警告音声が響き、マリは照準が定まったことを知った。後は引き金を引くだけ。簡単だ。これで姉の仇が取れる。

 やっと自分の努力が報われる。憎き敵を殺せるのだ。


「……あれ、何で私、こんなことしてるんだっけ」


 ふと疑問に思ったが、自分の心が敵を殺せと訴えたので、マリは躊躇うことなく引き金を引いた。

 バイザーから見える外部景色を食い入るように見つめる。着弾まではほんの一瞬だったはずだが、マリには永遠のように感じられた。

 あまりにも長すぎる体感時間が過ぎた後、砲撃結果が表示される。

 ――ヘルヴァルドは、断末魔すら上げずに粉々に砕け散っていた。


「やった、やった! やったよ姉さん! 仇を取ったよ!」


 年甲斐なく、はしゃぐ。バイザーとトリガーコントローラーを投げ捨てて。

 今まで感じたことのない幸福感に包まれていた。もしかすると、初めてかもしれない。人を殺して、愉しいと感じたのは。

 いや、ちがう、ちがう。彼女はてきじゃない。まじゅつし、だ。自分がころすべきだった相手だ。

 よろこんでも、いい。なんのうれいもかんじるひつようは、ない。

 時が巻き戻ってしまったようなたどたどしい口調で呟いて、マリは真実を知って固まった。


「……え?」


 画面にノイズが奔り、歪まれていた外の景色が戻る。

 光景自体は先程とあまり変わらない。しかし、砲撃が着弾した相手が明確に違う。

 マリの放ったレールガンは――相賀の乗るペガサスに直撃していた。


「え、な、何で……」

『くそ! 連中……こんな手段で……!』


 相賀はコントロールを失った機体の体勢を取り戻そうとしている。しかし、無理だ、とマリは直観的に理解できた。

 一気に冷静さが取り戻される。現実がマリを捕まえにくる。


「ど、どうして、わ、私……違う、違う……」

『相賀大尉!』


 ソラの無線。だが、マリは無線を送れなかった。


『――俺のことは……い……マ……のむ』

「相賀……大尉……大尉……」


 マリが無線で彼の名前を呼ぶよりも早く、マリの前でペガサスは爆散する。


「あ、あ……」


 マリは頭が真っ白になり、そのまま意識を手放した。同時に、砲台外側に記されていた文字が真理(emet)から(met)に変化していた。



 ※※※



 その場にいたというのに、ソラは最初、理解が及ばなかった。

 急に砲撃が放たれた。誰もいなかったはずのレールガンから。

 さらに理解し難かったのは、その砲弾が相賀に直撃したことだ。友軍が友軍を撃った。故意に。


「くそ! 連中……こんな手段で……!」

「相賀大尉!」


 ソラは叫んで相賀を救おうとした。だが、相賀に制された。相賀は必死に、最後の言葉を放っていた。

 死神が自分の命を狩り取る前に。


「俺のことはいい! マリを頼む! これはわ――」

「大尉!! 相賀大尉――!!」


 ソラの手が届く前に、ペガサスは爆散してしまった。ソラは爆風に巻き込まれて吹き飛ばされる。

 空中でもみくちゃにされる身体をメグミがキャッチした。そして、ヘルヴァルドを睨み視る。


「お前か、お前がやったのか!!」


 だが、すぐにメグミの怒りは困惑に変わる。何より、ヘルヴァルド自身が動揺していたからだ。

 敵ながら、どんな状況においても常に自我を保ち、自分の判断で戦場を駆ける。それがソラの抱いていたヘルヴァルドという魔術師像だ。しかし、今の彼女は驚いている。改めて、レールガンに目を向けた。


「マリ……そうか。フリョーズの……。急ぐことだ、お前たち。闇が彼女を殺す前に」

「何のこと――」

「巨兵の使い手……そういうことか。どこに潜伏していたと思っていたが……くッ! 赦せ、フリョーズ!」


 悔しそうな表情を浮かべて、ヘルヴァルドは転移する。残されたのは後味の悪い哀しみだけだった。


「相賀大尉……」

「くそっ! どうしてこんな……」


 ソラとメグミは手綱基地の外へ落ちたペガサスの残骸に目を移した。後悔の念がどっと押し寄せてくる。

 どうにかならなかったのか。相賀を救えたのではないか。そんな想いが。

 しかし、すぐに頭を切り替えねばならなかった。ヤイトが無線で叫んだのだ。


『まさか、いけない! ホノカさんを早く!』


 砲台へと急行したヤイトが通信を切羽詰まった様子で通信を送ってくる。ソラはレールガンへ視線を送り、二人と共に移動しながら訊き返した。


「何で? どうしたの?」

「一体何が……?」


 横に並んだホノカも同じように質問をする。ヤイトが苦々しい口調で答えた。


『マリだ』

「マリがどうかしたのか!?」


 メグミが真剣な眼差しで訊く。相賀大尉はマリの保護役だ。ソラたちよりもずっと長い付き合いである。大事な家族の死ぬ痛みをメグミは知っているからこそ、その表情は焦燥を隠しきれていなかった。

 だが、ヤイトの答えに、ソラたちは絶句することになる。


『……マリなんだ。相賀大尉を……殺したのは……』

「……っ!?」


 驚愕と動揺が一同を包んだ。有り得ない。瞬時にそう思い、否定しようとした。

 だが、ソラはヤイトの性格を知っている。彼はこんな時に嘘を吐くような人間ではない。


「そんな……」


 まだヘルヴァルドの仕業だった方がマシだったかもしれない。

 すぐにソラは相賀の発言の意図を認識した。相賀は最後、こう叫んだのだ。これは罠だと。

 卑劣な罠だ。大切な人間に、大事な人間を殺される。こうすることで、敵は二人の邪魔者を同時に始末でき、かく乱することが可能だ。


「く――ううッ!」


 ソラはどうしようもない怒りを感じた。しかし、ヴァルキリーの変身は不思議と解けない。奇妙だったが、今はそれについて考える余裕はなかった。

 敵のおぞましさに戦慄しながらも、ソラは思考を切り替える。

 今ソラのすべきことは、相賀を殺した真犯人を憎悪することではない。

 マリのことを頼む。

 そう最期に遺した相賀の願いに応えること。


「急ごう!」


 ソラは二人に発破をかけて、ヤイトとマリの元へ急いだ。

 ――真なる敵の片鱗を、垣間見たような気がしていた。

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