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戦乙女の鎮魂歌  作者: 白銀悠一
第五章 哀悼
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憑き物

 今相賀が搬送しているのは、新型の戦闘ドローンと、パワードスーツ。既存兵器の追加兵装の数々だった。

 その中で最も目立つのはペガサス用のカスタムパーツである追加ブースターだ。ブースターを機体に増設することで、爆発的な速度を一時的に出せるようになる……らしい。その分、使用者への負荷が凄まじい諸刃の剣である、という説明も受けていた。


(俺を殺す気満々か。まぁ、こいつは使わざるを得ないだろうし)


 あからさまなトラップだが、目に見えないよりは、露骨でも地雷と認識できている方がマシだ。これで敵を倒せ、仲間たちを守れるというのなら、喜んで起爆装置を踏み抜こう。

 相賀が危惧する問題は自身の安全よりも、部下である少女や少年たちについてだった。大人である自分が死ぬのはいいが、子どもを殺させてはならない。子どもを戦列に参加させてしまった以上、クズなことに変わりないが、それ以上落ちる気はさらさらなかった。自身の命に代えても、彼女たちは守ってみせる。


(フリョーズさえ修復できれば……)


 第七独立遊撃隊が所有する機密の一つへ想いを馳せると、通信端末が鳴り響いた。簡易的で無骨な輸送機の中には、パイロット以外の軍人はおらず、さらにそのパイロットも相賀の息のかかった人間なので、躊躇なく端末を開いて応答する。通信相手はヤイトだった。


『相賀大尉……』

「どうした、ヤイト。何か問題が」

『特には。ただ……』

「何だ、もったいぶるなよ」


 ヤイトは何か含んだ言い回しで発言を躊躇する。特に急かす理由もないので、ヤイトが話し出すまで待っていると、今度はウルフが割り込んできた。


『相賀。ヤイトもいるか、丁度いい』

「今度は何だ。お前も問題か?」

『いや、定期報告だ。敵の追跡は完了した。こちらには気付かれていない。必要とあらばいつでも始末できる』

「例えば、俺が死んでもか?」


 そろそろ自分の死について考えないといけないな、と思いながら相賀が軽口を叩く。ウルフは冗談なのか本気なのか、いつも通りの淡々とした口調でもちろんだ、と答えた。


『不安要素を上げるとすれば、シャークが厄介かもしれないが……』

『……僕も、シャークが気になってました』

「お前がか? ヤイト。どうして」


 シャークは恐るべき相手だが、ヤイトが気にする相手だとは思えない。ウルフならば奴を始末できると相賀は考えていた。ウルフの本来の戦闘方法は真っ向からの勝負ではない。不意を衝いての暗殺だ。彼は隠密行動を得意とする特殊隊員。例え実力差が離れていようとも、ウルフは敵を狩ることができる。

 だが、ヤイトの声音には珍しく切実としたものが含まれていた。因縁のある相手。そう相賀は確信する。


『ハルの話、覚えてますか』

「もちろん。忘れるわけないだろう」

『あの時のテロリストの中に、シャークと同じ声質の男が混ざってました。……僕と彼女にランチャーを撃ち込んだのはあの男です』

「……本当か?」


 もう何年も前の話だ。いくらヤイトが普通の子どもと違かったとはいえ、記憶違いは誰にでもある。

 しかし、ヤイトはきっぱりと言い切った。奴です、と。

 ウルフがその話を聞いて、考察を始める。テロリストの実情について。


『とすれば、あの襲撃事件はやはり』

「国連軍の自作自演か。笑えないな」


 さもありなん。魔術師反対論者の過激派に偽装して、魔術師に対して慎重的だった自衛官たちを抹殺しようとした何者かが、ヤイトとその護衛対象であるハルを襲撃した。結果としてヤイトの父親たちは駆り出され、テロリストに殺されてしまった。

 その一件のせいで、国内に存在した魔術対策チームは現代魔女狩りである大虐殺を防ぐことができなかった。他国も似たようなごたごたで後手に回っている。

 おかげで人間は信用できないとして、魔術師と人間の間には、塞ぐことのできない亀裂が奔った。

 その結果が魔術師による大粛清。最悪なことに狙われたのは魔術師を嫌悪する人間だけではなかった。

 そのせいで人間は魔術師を憎悪し、魔術師も人間を嫌悪するようになった。

 様々な者たちの思惑がこじれにこじれ、戦争へと発展している。基本的に戦争は何か旨みがなければ行われない政治的行為だ。しかし、今の戦争は既存の戦争とは違う何かが潜んでいるように感じる。


「……だとすると、わざわざ戦争を起こした理由はなんだ? まさか本気で魔術師を全滅させるつもりだったとは思えないが」


 もし本当に魔術師を一掃するつもりで戦争を吹っ掛けたのなら、バカとしか言いようがない。流石にそこまで考えなしだとは相賀も思えなかった。実際に、防衛軍の上層部には後ろ暗いものを感じている。


「もっと別の何かがある。戦争を起こさなければならなかった理由が」

『そして、戦争を継続させる理由もな。それだけじゃない』

「……ヴァルキリーか」


 ウルフの言わんとすることを口にした相賀は、顎に手を当てて黙考した。


『……天音は真相に近づいていたのかもしれん』

『確か、声が聞こえたと報告してたんですよね』


 ヤイトの問いかけに相賀は答える。


「ああ。そう言っていた。頭に声が聞こえてきたと。そのしばらく後に深紅の魔剣に殺された」


 ヘルヴァルドと天音の関連性は不明だが、天音を殺したのは奴で間違いない。

 しかし、奇妙なのはヘルヴァルドよりも防衛軍の方だ。天音が発見したヴァルキリーシステムを、防衛軍はずっと秘匿していた。開発者は防衛軍の科学者だったというのに。

 現存する兵器の中で、魔術師と確実にやり合えるのはヴァルキリーしか存在しない。

 敵を殺してはならない。殺意を抱いてはならない。兵器としては二つの致命的な欠陥があるが、それでも捨て置くのは惜しい装備のはずだ。

 どうしてわざわざ僻地に隠していた? どうして天音が見つけられた?

 そして、どうして天音は、ヘルヴァルドに単独で勝負を挑んだ?


「……その真相を知る時は、今度は俺が死ぬ番かもしれないが」


 相賀は自嘲気味に独りごちた。

 死神が辺りをちらついて、しばらく経つ。魔法や魔術の類ではない。明確に、着実に、自分に死が迫っている予感はしている。

 だからその前に、何とかして連中の喉元に食らいついておかなければ。


「ウルフ、引き続き、奴らの監視を頼む。ヤイトはソラたちのサポートだ」

『了解』

『了解しました。ただ……』

「ただ、何だ?」


 ウルフが異論なく通信を終えたのに対して、ヤイトはこれまた奇異なことを言い及んだ。


『マリのケアは大尉がした方がよろしいかと。僕は大尉ほど上手く彼女を扱えませんよ』

「……それもそうだな。じゃあ、また」

『ええ、また』


 通信を終えると、携帯の待ち受けが目に入った。自分と天音のツーショット写真、ではなく、天音の前にははにかむ今より一回り小さいマリが立っている。三年の時間は大きい。天音は死に、マリの笑顔は消え、彼女は軍人にまでなってしまった。


「……俺を殺したいなら好きにしろ。今更生きようとは思わないからな。だが……」


 ――彼女たちに手を出そうというのなら、容赦はしない。

 強い意志を心に滾らせて、相賀は思考整理に入った。



 ※※※



 ロメラが実家に帰省してしまった、という話をホノカに伝えた張本人が、なぜかああだこうだと理由をつけて部屋に居座っている。


「悲しいです、とても。私は妹を溺愛していたので」

「へぇー、そうなんだー」


 適当に相槌を打ちながらにこにこと、ホノカはモルとお話をしている。モルは先程からホノカに接近を試みているが、ホノカは一度もボディタッチを許していなかった。ロメラからモルについては耳にタコができるほどよく聞かされている。


「ごめんねー。モルちゃんの趣味は聞いてるけど、ロメラちゃんにダメだって言われてるんだー。悪癖治療のためだってー」

「あは、は。何のことでしょう。別に私は邪な想いなど巡らせていませんよ?」


 というモルは顔を若干引きつらせている。

 詳細はわからないが、モルは女性が大好きらしい。さらには、モルが危うく男子トイレに入りかかったのを何度か目撃しているので、つまりはそういうことのようだ。魔術の世界の自由さにホノカは魅せられる反面、同時に危機感すら覚える。


(ソラちゃんとか無警戒だもんねー。きっと真実を知ったら大変だろうし、だまっとこー)


 ここで黙してしまうのが、ホノカのいいところであり悪いところである。

 しかし、勘のいい一部のメンバーは既に真相に辿りついているようで、ホノカはそこまで心配していない。モルもモルで無理矢理他人を襲ったりすることはないようで、比較的穏やかである。もしくは、ロメラに弱みでも握られているのか。


「モルちゃんモルちゃん」

「は、はい何でしょう。お風呂ですか? よろしければ私といっしょに」

「モルちゃんのお話、聞かせてー」

「お話、ですか? 何を」

「何でもー」


 ホノカとしてはお喋りをしたいので、都合のいい状況を創り出そうとするモルを誘導しようと試みる。モルはしばらく悩んだものの、そうですね、まずはお近づきからですね、と自分に言い聞かせるように呟いて、身の上話をし始めた。


「私は知っての通り、ロメラの腹違いのあに……姉でして」

「うんうん」

「その立場上、あまり家族とは接していませんでした。母親も早々に亡くなってしまいましたから」

「ハードな環境だねー」

「……まぁ、それは感じ方次第でしょう。母は小さい頃に亡くなりましたから、寂しいと感じたことは一度もありません。それに、自由気ままに振る舞える地位でしたから少々……おん……遊びを愉しんでいました」


 ちょこちょこモルの言葉は濁るが、ホノカは気にしないで聞いていく。全てを曝け出せる関係になれればいいとは思うが、今のままでも居心地は良かった。例え下心がゆえの会話だとしても、こうやって誰かとお話しするのは楽しい。


「ですが、妹は違いました」


 妹の話に切り替わった時、モルは姉のような責任感を感じさせる顔つきへと変化した。


「ロメラちゃん」

「妹は今でこそ生意気な部分がありますが、昔は反対意見を口に出すことなく他者に従う人形のような存在でした。誰かに命令されればその通り動き、何の疑問もなく言われたまま生きていく。私から見ても、哀れな存在だったと思います。加えて、私はあまり接触しないようにしてましたので、姉としての役目を果たすことなく年月は流れていきました」

「……年月……。でも、ロメラちゃんってまだ」

「あ、ああ、うん、ちょっと誤解があるかもしれませんが、そこのところは」

「ふふ、わかってるよー」


 ロメラが見た目通りの年齢でないことは知っている。あえてホノカはからかったのだ。

 焦るモルをホノカは可愛らしく思う。ばれたところで告げ口するような人間はいないのだから、全て話してしまえばいいのに、とも。

 だが、これはロメラたちなりの優しさなのだろう。保険でもあった。もし、自分たちの素性を第七部隊のメンバーが知れば、そこから敵に情報が漏れるリスクが高まるし、さらには情報獲得のために拷問やら洗脳やらをされる可能性がある。

 しかし、秘密にしておけば、そこまで酷い扱いはされないだろう。せいぜい、殺されるぐらいで済む。

 複雑な事情のせいで、本来ならしなくてもいい隠し合いをする羽目になっているのだ。

 ホノカがすんなり受け入れたこともあってか、モルは安堵したように話を続けた。


「では、話を戻して。ロメラは、心のない傀儡でした。あの子に出会うまでは」

「その子が、ロメラちゃんがどうしても忘れられないっていう」

「ええ、大切な友達です。ロメラに自由意思を植え付けた困ったヤツ」


 懐かしむように笑うモルの顔を見て、ホノカはロメラに言われたセリフを思い出した。

 ――殻はほんの少しでもヒビが入れば簡単に崩壊する。

 この言葉と友達の助けがなければ、ホノカはエイルを身に纏えず、ソラは死んでいた。


「昔は流される性格だって、言ってたもんねー」

「不平を漏らすだけ、奴隷の方がまだマシでしたからね。我が妹が小生意気になったのは、全部あいつのせいです。以前は殴ってくるなんてありえなかった」

「じゃあ、モルちゃん的にはマイナスなんだー」

「……それは確かに悩ましいところですが、妹の機転がなければ助かりませんでしたし、そこはおあいこですよ」


 モルは微笑をしてみせる。思うところがないわけではないが、納得している。そんな顔だった。


「色々大変だったんだねぇ」

「ふふ、あなたが語ると緊張感がなくなりますね。ソラさんもそうです。ですが、この感じ……殺伐とした空気を楽観的に染める感覚こそ、あの子と同じものなんです。ですから、妹は放っておけないのでしょうね。……あなたたちに過去の亡霊ゴーストを見出している」

過去の亡霊ゴースト……」


 つまりは、故人。大事な人が亡くなったことも、ロメラから聞き及んでいる。

 親も友達も喪っていないホノカとしては、ロメラやソラ、メグミやマリたちを見て、申し訳ない気持ちに駆られることがある。だが、そう思うたびに彼女たちは言うのだ。それでいい、と。それが普通なのだと。


「……最も、妹は心折れることなく、亡霊に囚われたりもしていません。今は、亡霊に憑りつかれた友人を救うべく動いているところでしょう」

「別の、友達を救うー?」


 モルは別の誰かに想いを馳せるように視線を外した。


「ええ。その方は精神不調を起こしてましてね。自分が何者で、周囲が何を思っているのか理解できなくなってしまったのです。ただ自分が正しいと思うことを妄信し、よくわからないまま行動するだけ。心のない傀儡。昔の妹と同じか、それ以上に酷い状態ですね」

「じゃあ、カウンセリングとか……。あ、もしあれならエイルを使えば……」

「エイル。古ノルド語で慈悲・慈愛を意味するヴァルキリー。……ホノカさん、これは私の憶測ですけど……心は魔術で治せないと思いますよ。心を治せるのは心だけ。魔術を使うよりも、カウンセリングを用いた方がよろしいでしょう。妹も、そのように考えて行動しているはずですよ」


 モルの推測に反論しようとしたホノカだが、思い当たって口を閉じた。もし魔術で心の傷を癒せるのなら、世界は戦争状態になっていない。心の傷は、身体の傷よりも複雑な治療が必要となるのだ。

 心を治せるのは心だけ。臨床心理士が数年かけて患者をカウンセリングするのと同じだ。

 自分の失言を悔いて、ホノカは謝罪を口にした。


「ごめんなさい、私。変なこと言っちゃって……」

「いえいえ。ですが、もし謝るというならお風呂へ共に……」

「あ、そろそろ訓練にいかないと」


 ホノカは時計を見上げて、席を立った。

 時計はもうすぐ二時へと針が進む。今は対アテナ戦術の構築中だった。アテナは今までの敵よりもはるかに強く、どうやって倒せばいいのか皆頭を抱えている状態なのだ。

 モルがえ? と驚いたように目を見開く。慌てて立ち上がり、部屋を出ようとするホノカの背中に声を投げる。


「そ、そんな……。訓練なんて後回しでしょう。今は女性同士、同性同士のスキンシップを取るべきだと思うのです。女の子同士なんだから、恥ずかしくなんてないでしょ。あ、そ、そうだ。なら、私も訓練にお供しますから、その後のシャワーをごいっしょに……」


 諦めきれず食い下がるモルだが、ホノカは鉄壁のガードとも言える笑みを湛えたまま、部屋のドアの前に立った。

 そして、モルより先に部屋を出てドアを閉めようとする。


「ごめんねー、モルちゃん。ロメラちゃんと約束したの。友達との約束は守らなきゃ」

「え、ええっ!? って言うか出してください! どうして私を閉じ込めようと――」

「ロメラちゃんがいない時にモルちゃんが不穏な動きをみせた場合は、閉じ込めてってお願いされてるんだー。どこか一か所に閉じこめれば、絶対に出ることができないんでしょー?」


 ホノカはロメラの伝言通りに伝えていく。モルはそんなことはない、と言おうとして、あ、と何かを思い出し悔しがった。お嬢様っぽい雰囲気の中に一瞬、粗暴な男めいた空気が混じる。


「そ、そうかくっそ! 親父殿にばれちまう――! って、あ、あ、閉めないで! スキンシップ! 裸のお付き合い! あ、ああっ!!」


 無情かどうかはさておいて、ホノカの部屋の扉が閉まる。軍の寮ということで部屋の開閉には部屋主の生体バイオメトリクス認証が必要だ。例え中からでも、部屋主以外の人間は許可がないと出られない。

 もちろん魔術が使えればそんなものはあってないようなものだが、一応モルは魔術師ではない――ということになっている。


「じゃあ、しばらくゆっくりしててねー」


 ホノカはモルに別れを告げると、ゆったりとした足取りで歩いて行った。



 ※※※



 訓練場では、剣と剣が音を鳴らせ、銃撃を盾で防御する音が響いていた。

 対アテナ戦のシミュレーション。しかし、完全とは言い難い。それはわかり切った事実だった。


「……やっぱり微妙ね」


 ソラとマリの試合を見ていたジャンヌがぼそりと呟く。横で観戦していたメグミが突っ掛った。


「だったらどうしろってんだよ。ソラはあのまま例の魔動波? だっけか? 使うことができないし」


 メグミの話を聞いて、練習試合が中断される。ソラは二人の会話に割って入った。


「そもそもあれ、本当に私が撃ったのかな? 自分でも信じられないんだけど」

「あなたが撃った。それは間違いないわ。私も間近で見ていたし」


 疑問を浮かべるソラに、模造刀を持つマリがきっぱりと言葉を放つ。満場一致でソラが魔動波を放ったことになっていたが、当人としては実感が湧かない。


「私もソラがあれを使えたのかは疑問だけど……撃ったのは間違いないわ。あれは魔術剣士の中でも最も高度な技の一つよ」

「だったら、やっぱり使えた方がいいのかなー?」


 後からやってきたホノカが会話に加わる。しかし、彼女の発言にジャンヌは否定的な態度を取った。


「付け焼刃で使えたところで、どうこうできる相手じゃないわ。それよりはまだ、剣術で挑んだ方が勝ち目はあるわね」

「お前、アテナって奴のこと知ってるのか?」


 メグミの問いかけにジャンヌは頷く。


「ええ。一応、友達ってことになるのかな」

「と、友達……。だったらジャンヌさんが説得して」

「だから一応、って言ったわ。向こうがこっちを友達と認識してるとは限らないし。それに、今のあの子の状態じゃ、話を聞いてくれるとも思えない」


 ソラはアテナの、精神不安定な言動を思い出した。確かに、説得でどうこうできる相手ではなさそうだ。


「だったら結局倒すしかないわけ、か……」


 メグミが淡々と呟くが、ソラは首を横に振って彼女の意見を否定する。


「倒す気はないし、勝つ気も……」

「あぁ、はいはい。わかってる。口には出さないだけで、私もだいたいお前と同じこと思ってるから」

「わ、私の扱いが雑……」

「……そうね、それがいい。というか、そうするのがベストだと思う?」

「え? ジャンヌさん?」


 呆れがちに邪険にされるソラの考えに、珍しくジャンヌが同意した。みんなの注目が自然と集まり、ジャンヌは胸を張って堂々と対象方法を説明し始める。


「いいわその、頼られがいのある視線の数々。ようやく私の聡明さに気が付いたのね。……こほん、さっき言った通り、アテナは精神に不調を来たしているの。ちょうど、ソラみたいな性格の親友が亡くなってから、半分死んでるような状態が続いている。でも、昨日の戦闘を見た限り、アテナはまるで生き返ったかのように活き活きとしていたわ。それに、戦闘判断力も鈍っていた」


 物騒な物言いや行動はおいといて、とジャンヌは前置きし、


「屍人が生者に戻った、と言っても過言ではないくらい。きっと、アテナはソラに執着すると思うのよ。戦術的判断を度外視して、メグミやホノカは二の次にしてね。ソラを倒すまでアテナは止まらないし、逆に言えば、ソラに敗北すればアテナは……」

「戦いを止めてくれる?」


 ソラの問いかけに彼女は頷いた。けれど、大変よ? と解説を続ける。


「魔術剣士は魔術教会の中でもより優れた戦闘職種。黄昏の召喚者なんて目じゃないくらいに強いわ」

「お前、この前マスターがヤバいって言ってたじゃねえか。オドムより強いなんて聞いてないぞ?」


 メグミが突っ込むと、調子に乗るジャンヌはそれはそれ、これはこれ、とまともに取り合わない。


「考えても見なさいな。自分の実力に自信がある奴が、こぞって手柄をあげようとするかしら? しないわよね。だって、本当の実力者ならそんなことしなくても、地位は確立されてるもの。でも、オドムは違った。召喚士の本来の役目である後方支援をほっぽり出して、自身最高の召喚獣と共に前線へ出張ってきた。これこそが、オドムの脆さの証よ」


 持論を振りかざしジャンヌはご満悦だが、ソラたちは顔を見合わせていた。今の説明は、可哀想なくらい彼女自身に突き刺さっている。


「あなたが言うの、それを。自分の地位を確立させようと、部下を引き連れて私たちにぼろ負けしたあなたが」

「うっ、いい、それはいいの!」


 ジャンヌはどうにか話題を戻そうと試みるが、マリに同調したメグミが悪口を放つ。


「おう、そうだな。支援魔術師エンチャンターのくせに前に出てきちゃダメだよな」

「私のことは放っておきなさい! ……とにかく、アテナを倒したければ、ソラ。あなたが一対一で勝負するしかないわ。あなたと戦うことで、アテナは弱さを露呈するの!」

「わ、私?」


 ビシリ! と指で指されたソラがたじろぐ。てっきり全員で勝負を挑むとばかり思っていたのだ。

 だが、ジャンヌの考えは違った。もう一人、敵は来るはずよ、と彼女は推測を口に出す。


「敵は一人じゃないの。ニケっていう勝利の女神がついてくるはずだわ。英語で勝利を意味するヴィクトリーの語源にもなった女神よ。彼女のおかげで、アテナは英雄たちに勝利の加護を与えられるの。また、彼女自身にもね」

「つまり、そいつも支援魔術師エンチャンターってことか」

「そういうこと。だから、まずはニケを潰さないとこちらに勝機はない」

「か、勝つ気」

「はい黙って。それでソラとアテナの一騎打ちね。ブリュンヒルデ……神に抗ったヴァルキリーなら、ニケが放つ勝利のエンチャントを無効化することができる」


 マリに発言権を剥奪され、酷いと涙目になるソラを後目に、彼女たちは作戦を組み立てていく。

 概要はこうだ。ソラが一騎打ちを行い、前衛であるアテナを引きつけている間に、他のメンバーは後衛であるニケを叩く。そうして、エンチャントが打ち消された後、全員でアテナを倒すという算段だ。

 アテナとソラたちの実力がかけ離れている以上、こうするしか手立てはなかった。


「グラーネフォームでも太刀打ちできない以上、このやり方以外に方法はない。でも、もしかしたら……。いえ、何でもないわ」


 ジャンヌはソラを見ながら何か言おうとして、止めた。何を言わんとしたのか気に掛かったマリが追及したが、まだはっきりと結論出ていないとしてそれ以上口にしなかった。


「今は剣技を高めるしかない。ほら、あなたたちはしゃんと訓練しなさい。私が応援してあげるから」

「えー、いらねえ」

「ちょっと!」

「心遣いだけ貰っておくよー。じゃあ、今度は私も参加するねー」


 もはや慣れた扱いで、簡単に突っぱねられてしまうジャンヌ。軽くショックを受けていた彼女だが、ソラが同情の視線を注いでいることに気付くと訓練に集中しなさい、と怒鳴ってきた。


「わ、わかったよ!」

「全くもう! ……いざという時の切り札は、あなたなんだから」


 ジャンヌはソラに聞こえないように呟くと、教官然とした顔つきで、ソラたちの試合を傍観し始める。

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