死者への想い
下から上に帰還したツウリとミシュエルを、アレックはレオナルドの代わりに応対していた。
ツウリとミシュエルはマスターを人間に殺されかけたとは思えぬ冷静さで、アレックを真摯に見上げている。
「……冷静だな」
「向こう側の連中と話してきたんだ。そりゃ当然だろ」
無礼な態度で話しかけてくるツウリに、しかしアレックは何も言わなかった。
魔術師に年齢での上下はない。無論、他者への敬意を示すためにそれ相応の対応を取ることはあるが、基本的にアレックはそういう行儀には無頓着だった。
「どんな話を聞いてきた?」
「いろいろと。本当は、マスターにあの子たちが敵じゃないって伝えに来たんだけど」
ミシュエルが悲しそうに目を伏せる。レオナルドは今静養中だ。話はできるが、仮に伝えたところで今の状態では二人の力にはなれなかった。
「代役を頼まれた。しばらくの間、彼の代わりに弟子たちの面倒を見ることになっている。……お前たちは仲間に屋敷へ来るかどうか、もし、来ないと言うならば円卓の騎士に接触するなと伝えるんだ」
「……どうして?」
ミシュエルが不審がる。アレックは浮き島の地図を机に広げ、羽ペンで文字を掻き始めた。
「キャメロット城周辺には、円卓の騎士配下の魔術師が巡回をしているはずだ。以前ならアテナが見回りをしていたが、今は出兵のために戦準備を整えているらしい」
「だから、どうしてなんだ? 回りくどいのは嫌いなんだ」
急くツウリにアレックは頷いて、まずはキャメロット城の周辺に円を描く。
「レオナルドがどうして外に出たか、お前たちは知っているか?」
「知らない」
ミシュエルが答え、ツウリも首を横に振って否定する。
だろうな、と予期していたようにアレックは相槌を打ち、レオナルドから聞いた話を伝えた。
「アーサーの指示だ。奴は人類防衛軍の旧本拠地、トリグラフに不穏な動きがあるとしてレオナルドを出撃させた。お前たちに被害が出るかもしれないと口添えしてな」
「……調査命令? そんなものにししょーが?」
「そんなものでも聞いてしまうのがレオナルドの長所であり短所だ。調査自体は滞りなく終了したが、問題はその後だ。帰還途中、レオナルドは例の男に襲撃された。……魔術師の不意を衝ける人間など滅多にいない」
もはや守る価値がない廃墟跡でならなおさらだ。
だが、事実としてレオナルドは奇襲を受けた。敵の攻撃が錬成された鋼鉄鎧を貫通し、彼は防御手段を誤ったことを知った。
あの兵士の装備は特殊兵装だった。防衛軍全体に流通されておらず、一部の特権階級のみが使用できる特注品。
さらに攻撃が魔術を通過した。本来なら有り得ないことが起きている。
こんなことが可能な存在は、そう多く思いつかない。
「偶然で片付けるには出来過ぎている。不用意にアーサーには近づくな。もう少し、様子を見たい」
「は、はい」
「わかった……」
ツウリとミシュエルは不安そうに眉根を寄せて承諾した。アレックにとっては身近な魔術師同士の策略でも、新しき魔術師たちにとっては未知なる暗闇だ。
魔術師の本質は昔から何も変わらない。魔道の探究に心血を注ぎ、そのためならどんなものでも生贄にする邪悪さを持っている。太古の時代では、一つの実験のために一つの国が滅んだこともあった。そのような愚行を続けていれば、人類側は危機感を抱き、魔術の対策を講じるようにもなる。魔術師は遥か昔から、ゆっくりと自らの首を絞めていたのだ。
(しかし、戦争を長引かせる理由はなんだ。よもや、おとぎ話を信じているはずもあるまい。……いや、昔、一人だけ熱心な信者がいたな)
自分が葬った男へと想いを馳せながら、アレックは地図に文字を記していく。彼の指示を聞き終えた二人は、困惑しながらも部屋を後にした。
作業を続けるアレックは、フリントロックピストルを取り出し、机に置く。状況次第では、いつでも始末できるよう準備を進めておく必要がある。
「忘れたわけではないだろう? アーサー。私は魔術師殺しでもある」
アレックは着々と戦支度を整える。もはや、静観する段階はとうに過ぎ去った。尻尾を掴んだら最後、二度と手放しはしない。
※※※
アーサーは城のテラスから湖へと目を落とし、来客の話を聞いていた。相手の推論を聞き終わり、ほくそ笑みながら頷き返す。
「うむ、面白い考えだ。私が謀を巡らせ、レオナルドを抹殺しようとした。……実に面白い」
「……そうとられても致し方なかろう、アーサー。お前の行動は不可解だ。廃墟に敵の伏兵が罠を張っていたなど普通は有り得ん」
「あの男、私には普通に見えなかったがな、ヘルヴァルド。己のことをサイコパスと形容する男だ」
疑惑をぶつけられても、アーサーは余裕を崩さない。全て予定調和というように、ヘルヴァルドの疑念に応えていく。
「しかし、ヘルヴァルド。そのような行為に手を染めたとして、私に一体どんなメリットが? 私がレオナルドを殺す動機はなんだ?」
「……戦火の拡大。それに尽きる」
二人ものマスターが死ねば、円卓の騎士はより強い大義を持って戦場に身を投じることができるようになる。
戦争を起こしたい時、為政者がよく使いそうな手だ。真相は闇に葬ればいい。一度火がつけば、後は勝手に燃え上がる。
しかし、その批判は単なる言い掛かりにしか成り得ない。アーサーは笑みを保ったまま返答をする。
「そのような陰謀論で私を陥れるつもりか?」
「まさか。ただ、忠告しているのだ。もし、今私が口にしたような愚行に手を染めていたとわかった暁には……」
「恐ろしいな、ヘルヴァルド。テュルフィングは抜剣されれば敵を確実に始末し、所有者の願いを三度叶ええ、持ち主の命を奪う魔剣。女性であるがゆえ、男装の英雄ヘルヴァルドと同じく呪いの効果を免れているが、果たして周囲はどうなることか」
「……何が言いたい」
ヘルヴァルドが不快そうに顔をしかめる。いや、とアーサーは前置きをし、
「私もお前に忠告しようと思ってな。術式を再現しているお前自身が重々承知済みだと思うが……まかり間違い、仲間や友を切り殺さぬように気を付けろ。それとも、もしやお前は既にその手を友の血で染めていたりするのか?」
「……まさか。自らの武器で自身を追いつめるような失策を私がするとでも?」
「いや、ならいい。ただ……あの男にこだわり過ぎだと思ってな。魔狩りの天馬として、下級魔術師の間で噂になっている男のことだ。……お前、わざと見逃してるだろう? それはなぜだ」
「……何のことだかさっぱりわからんな」
「白を切るか。まぁいい。……魔術教会に栄光あらんことを」
アーサーの拒否の意を受けとり、ヘルヴァルドは不満げに部屋を去っていく。その背中を見送った後、再び湖へと目を移し、まるで誰かと会話するかのように独り言を続けた。
「時期、獲物は罠にかかるだろう。だが、もう少し下準備が必要だ。丁度いい隠れ蓑が見つかった。……彼女が動く間に、準備を推し進めるとしよう」
※※※
もう何年も経つというのに、今でも彼女が生きているように振る舞ってしまうことがある。
それを何度も戒めようとして、毎回失敗していた。しかし、それもこれで最後だ。
そう決意しながら、アテナは自宅へ戻ってきた。部屋にいた同居人の少女がお帰りなさい! と笑顔を振りまく。燃えるような金髪と真っ白な翼、色白の肌を持つニケは同性目線から見ても愛らしい。
「ただいま、ニケ」
「……今日のアテナはどこか違いますね。何か活き活きしてます。いいことでもありましたか?」
「いいこと……。ええ、とてもいいことがあったわ」
ようやく、自分の役目を果たすべき相手が現われた。そう思うと、アテナの心は躍る。凍りついた時間が再び動き出したような気がした。
アテナがどこか昏い笑みをみせると、喜んでいたニケの顔は少し暗くなり、
「……アテナは、まだ……」
「ニケ、食事にしましょう。今日はお祝いよ、うふふ」
しかし、アテナはニケの変化に気付けない。そういうものは、もうどこかに置いて来てしまった。
食事の用意が済んだニケが、アテナの元に料理を運んできた。腕を振るいました! と元気よく言う彼女の通り、目の前にはステーキや湯気の立つスープなど美味しそうな料理が並んでいる。
アテナはフォークとナイフを上手に使い、食事を摂ろうとする。何気なく隣の席に目を移し、困った表情となった。
「あら、一人前足りないわ、ニケ」
「……アテナ……」
「……、ごめんなさい。今のは忘れて」
先程決意したばかりだというのに、どうしても間違えてしまう。あの子が生きていた時と同じように、振る舞ってしまう。
でも、それももう終わる。終わるはずだ。ヴァルキリーさえ殺せれば……。
思いつめるアテナに、ニケが今後の予定はどうなりますか? と尋ねてきた。アテナは切り分けたステーキを口に放り込みながら、答える。
「ヴァルキリーを殺しに行くわ。彼女さえ殺せば、あの子の悲願が叶うの」
「平和……ですか。アテナは、本当にヴァルキリーを殺せば平和になると思うのですか……?」
「まず、下見に単独で行ってから、あなたの出番ね。勝利の女神であるニケは、アテナに絶対的な勝利をもたらす。負けることなんてありえないわ」
アテナはニケの話を聞かずに、一方的に計画を話した。ニケは悲しそうな表情で、そうですか、と相槌を打つ。
嫌がらせではない。アテナは自分と違う意見を認識できなくなっている。彼女を診た医療魔術師は、まさしく彼女はパラス・アテナだと嘆いていた。
パラスとは、女神アテナが苦楽を共にした友人の神の名前。アテナとパラスは切っても離せない友人同士だったが、ある時、どちらが強者かで揉めてしまう。武器を用いた喧嘩へと発展し、アテナは事故でパラスを槍で刺し殺してしまった。それ以降、アテナはパラス・アテナを名乗るようになる。
「今のアテナは……さしずめセレネ・アテナでしょうか」
セレネ。それがアテナの親友の名前だった。
セレネはギリシャ神話で月の女神を指す。しかし、彼女は神話再現をしていなかった。たまたま両親の名づけた名前が月の女神と同じだっただけだ。
セレネは月が大好きな少女だった。月が出る晩は、よく月見をしていたものだ。
「ヴァルキリーの首をセレネへの手向けとする。ふふ、きっとあの子も喜んでくれる。うふふふふ……」
「……私は、アテナに従います。あなたの友達ですから。……でも、本当に……」
よろしいのでしょうか、と。
呟かれたニケの言葉はアテナには届かない。困惑する表情も見えない。
見えているのは今は亡き死者だけ。胸に疼くのは、哀悼の意だけだった。
※※※
今日のお留守番はソラとマリの二人だけだった。モルとロメラの姉妹は遊びに来ず、ジャンヌはコルネットと共に今日もヴァルキリーシステムの解析に励んでいる。
ソラはマリと作戦室にテーブルを挟んで座り、だらだらと暇を享受していた。
あまりに暇なので、マリへと話しかけてみる。
「ねぇ、マリ」
「なに? 飲み物でも買って来てくれるの?」
「なーんかこの前から、私をパシリとして認識してない?」
自分に対する扱いに不平を抱き、ソラは糾弾の瞳で追及する。まさか、とマリは呆れた表情を創り、そんなことないわよ、とソラの疑惑を否定した。
「友達よ、友達。友達は飲み物や食べ物を買って来てくれて、私が面倒だと思う事柄を全て請け負い、あらゆる面で気配りをしてくれる大切な存在でしょ?」
「それをパシリって言うと思うんだ、私は」
「あなたの卑屈な精神には気が滅入るわ。そこまで自分をパシリ扱いして欲しいのかしら」
「違うよ、私じゃないよ。マリの価値観がずれてるんだよ」
とはいえ、マリの考え方のずれは仕方のないことでもある。マリは姉が死んでからずっと軍人になるべく研鑽を積み重ねてきた。ヤイトと同じように、変な部分があってもしょうがない。
……という点を踏まえても、マリの場合はわざとだとソラは確信しているが。
「人をいじるの止めてよ」
「だって、あなたからかいがいがあるじゃない。メグミには負けるけど」
「だったらメグミに言いなよ。全くもう」
不満げな息を漏らし腕を組むソラだが、マリの態度に一抹の嬉しさを感じていた。マリがこうやって茶化したりふざけたりするということは、徐々に彼女本来が持っていた“らしさ”を取り戻しつつあるということだ。
相賀の願いが叶いつつあるのかもしれなかった。相賀はマリに普通の女の子として生きてもらいたいと願っている。
もう少しかもしれない。後は復讐の炎さえ鎮火させることができれば完璧なのだが、それはまだ今のソラでは難しいという予感もあった。
「なに神妙な顔になってるの」
「いや、嬉しいなって思って」
と素直に心の声を吐露すると、マリは引いたような顔を浮かべて、少しテーブルから椅子を離した。
「あなた、前から思っていたけど、ドMだったのね」
「どうしてそうなるの? 誤解だよ!」
「だってそうでしょう? トラブルに自分から突っ込んで行って、何かやられるたびに恍惚となって悦んで――」
「私は人の役に立つことが嬉しいだけだよ!」
これ以上変なあだ名がついても困るので、ソラは憤慨しながら反論する。その反応を見て笑うマリが、友達と時間を過ごす普通の女の子のように見えて、ソラは自然と顔を綻ばせてしまう。そしてそこを見たマリが……というやり取りを幾度か繰り返して、再び通常の会話へと戻った。
「ねぇ、マリ、聞いていい?」
「突然改まって。まぁ、何を聞きたいかは何となくわかるけど」
マリは素っ気ない態度を取り、顔を背けた。ソラは逡巡したが、やはりどうしてもマリの口から聞きたかったので、踏み込んだ質問を投げる。
「マリのお姉さんってどんな人だったの?」
やっぱりね、と予想が的中したようにマリは視線をソラに戻した。一拍おいて、話し始める。
「……優しい人だったわ。ちょっとおっちょこちょいでもあった。後、男運は最悪ね。どうしてあんなくそ男に引っ掛かったんだか」
「それ、相賀大尉のこと?」
「そうよ。人の約束を守らないバカな人。そして、そんな人を好きになった姉さんもバカ」
罵倒混じりの言葉だが、マリは過去を懐かしみ優しい笑顔を浮かべている。
「愛し合っていたんだ」
「そりゃあもう気持ち悪いぐらいには。大尉から電話が掛かってきたかは姉の顔を見れば一目瞭然だったし、ちょこちょこデートの予定を立ててたりしたわ。あげくの果てに、私に服のコーディネイトを頼んできたぐらいだし」
「マリが? できたの?」
「何よ、青好きなあなたとは違って、私のセンスは抜群よ?」
と得意げになるマリだが、彼女の黒一色の服装を見てソラは何も言えなくなった。
「ちょっと、何よその顔は」
「う、ううん、何も」
慌てて取り繕って、話しに耳を傾ける。デートスポットですら、マリは相談を受けていたらしい。他には、男が好きそうな物は何か、だとか。妹である私がわかるわけないでしょうに、とマリは苦笑交じりに語る。
「とりあえず、大尉は姉さんが好き、それ以外はいらない、とは言っておいたけど」
「……マリってその時、小学生だよね?」
「そうよ」
恐る恐る確認した事実に相違ないことを知り、ソラは何とも言えない気持ちとなる。
「そんなませた小学生だったの……」
「あなたが子どもっぽいだけよ。ひよこ頭にはわからないだろうけど、女子は早熟なのよ?」
「わかる、わかってるよ。私だって女の子だよ?」
いくらソラと言えどもバカではない。男子よりも女子の方がより素早く大人びた考えができるようになる、とは聞いたことがある。ただ、いくらなんでもマリはドライすぎた。そういう性格だと言えば、それまでなのだが。
「おっと、うっかりしてたわ」
「そんなわけないでしょ! そんなわけ……ないよね?」
一度強気に言い返して、二度目は慎重な聞き返しとなる。思えば、今の今まで色恋沙汰とは無縁なソラだ。実は女性的な魅力に欠けているのではあるまいか。恋する予定はないが、かといって、女子力ゼロなのはいただけない。
どうだったかしら、とぼやかすマリだが、うえっ!? というソラのマジ反応を聞き届け、冗談よ、冗談、と白い歯をみせた。
「あなた、本当に面白いわね。でも、メグミだったらきっともっと面白いことになったと思うわ。あのスイーツ女子を早くバカにしたいわね」
「あー……まぁ、メグミは恋愛に夢見る乙女だからね」
「そうそう。姉さん以来だわ、あんな色惚けを見たの。しかも、相手がいない状態であれなのだから、ホント、笑っちゃうわよね」
マリのくすりとした笑い声が部屋に響く。本当にマリとメグミは仲がいい。当人同士は認めないが、もう親友同士といっても過言ではないだろう、とソラは思う。その笑い顔を見て、ソラは嬉しさと同時に寂しさも感じてしまう。
こうやって楽しく会話する時には、いつもあの子の顔がちらついてしまうのだ。
クリスタル。自分の大切な友達。
いつか、彼女も交えていっしょに雑談を話せる日が来るのだろうか。いいや、絶対にくる。
ソラは寂しさを振り払い嬉しさだけを心に残して、無駄で温かい話を続けようとする。が、奇妙な感覚が頭を奔り、手で押さえた。
(まただ。またこの感じ――)
この感覚がしたということは、近くに魔術師がいるということだ。ソラがマリに視線を送ると、マリはすぐに事態を把握した。
「いつからあなたは感応持ちになったのかしらね。ちゃんとジャンヌに報告した?」
「う、ん……言ったような、言ってないような……」
「はぁ、全く……。後でレポートをまとめておくこと。あなたが感じ取れるってことは、向こうも感じているかもしれないんだから」
ソラが気付けなかった盲点を言いながら、マリは簡易的な装備を携行する。以前のように上手くいけば、今回もまた戦わずに済むからだ。もちろん、近くにパワードスーツを搬送させる手筈を整えてはいる。
それに、グラーネフォームも持つブリュンヒルデはそう簡単に敗北するはずがない。マリが信頼してくれるのは、ソラとしても嬉しいことだ。
「行くわよ、お友達」
「うん、そうだね」
ソラとマリは準備をした後、魔力を感知した地点へ足を急がせた。
「ここら辺のはず、なんだけど」
「もっとよく探しなさい。私は何も感じ取れないんだから」
ソラは周囲を見渡しながら、林の中を捜索している。マリもハンドガンを構えながら、茂みを覗いたりしていた。
「そんなところに隠れないと思うけどなぁ」
「念には念を、よ。あなたが周りを見て、私が死角を探す。探索の常套手段よ。全員で同じところを探してもしょうがないでしょう」
当然である。そうだね、と合いの手を打ち、ソラは探索を続行した。
しばらく探したが、どうにも見つからない。どうやら、林の中にはいないようだったので、二人は歩を進め開けた場所へと出た。
「……バトルフィールドに丁度いい場所ね。木に邪魔されることなく、正々堂々の勝負ができる」
「嫌な予感がする……」
というソラの予想は的中した。不意に声が広場に響き渡り、ソラとマリは臨戦態勢を取る。
「どうやって呼び出そうか悩んでいたけど……まさか、そっちから来てくれるとはね。……飛んで火に入る夏の虫……とはこのこと」
「えらい強気じゃない」
相手の言葉を受けて、マリは率直な感想を述べる。声の主は不本意というばかりに言い返した。
「それはこっちのセリフね。あなた、そんなオモチャで私を殺す気だったの? ふふ、カモがネギを背負ってきたようね」
「虎穴に入らずんば虎児を得ず、とも言うでしょ? それに今回、私の出番はないと思うわ」
マリが信頼の眼差しをソラに向ける。ソラはニーベルングの指環のはまった左手を握りながら、謎の声に訴えた。
「私は戦いたくありません! どうか武器をおいて――」
「――戦いが嫌いな剣士……癪に障るわね」
敵を落ち着かせるはずだったのに、なぜか敵のトラウマを抉ってしまったようだ。
雷鳴が草原に落ち、視界が光に包まれる。うっ、と目を覆い、ゆっくりと開けたソラは、草原の真ん中に鎧を着た騎士が降り立ったことを知る。
「金色の……騎士!?」
「オリュンポス十二柱の一柱、最高神ゼウスの娘、パラス・アテナ――……いざ、参る!」
瞠目するソラに向けて、戦争の女神が剣を抜く。ソラもまた、ヴァルキリーの起動因子に念を送った。