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戦乙女の鎮魂歌  作者: 白銀悠一
第五章 哀悼
35/85

斬撃と砲撃

「あら、お帰りなさい、お友達」

「ま、マリ……」


 恐ろしいほどのさわやかスマイル。マリは満面の笑顔でツウリとミシュエルのコンビを従えるソラとメグミを作戦室に招き入れた。

 室内には相賀やウルフを除く出払っていた第七独立遊撃隊のメンバーと、捕虜であるジャンヌ、ロメラとモルの姉妹もいる。


「あなたにお友達がたくさんできたようで嬉しいわ、ソラ」

「え、笑顔が怖いよ、マリ」


 あまりの怖さにソラが本音を口に出すと、マリはスッ、と一瞬で真顔になりソラに詰め寄った。


「あなた、学校で知らない人をお家にあげちゃいけませんって習わなかったのかしら。他に、子どもを誘拐してはいけませんとも教わらなかった?」

「う、だ、だって、ロメラは……」

「ロメラ? ああ、ロメラね? ロメラの件を踏まえたからこそ、あの子を迎え入れる前に一言連絡あって然るべきじゃなかった? 本当にロメラの姉だったから良かったけど、これでもし魔術師側のスパイだったらどうするつもりだったの? 私たちはあなたのお人好しのせいで全滅よ? あなたの脳みその中にはプリンでも詰まってるのかしら」


 勢いよくソラに文句をぶつけ凄んでくるマリ。ソラはたじたじとなってメグミに助けを求めるが、


「ほれ、立ち食いするな。座って食え」


 と彼女は短時間で仲良くなったツウリに行儀よくクレープを食べるよう指示を出していた。

 ソラは冷や汗を掻きながらそれとなく言い訳を述べ返す。


「い、いくら私でも頭にプリンは詰まってないしさ、そ、それに結果オーライだったし……」

「じゃあ、ゴキブリでもかさこそと巣食っているんでしょう。あなたのアホさはそんくらいじゃないと説明できないし。ゴキブリなみの生命力があるとすれば、その底なしのバカさも納得がいくわ」

「ご、ゴキブリ……」

「もうそろそろやめなよ、マリ」


 端末を操作して確認作業をしているヤイトがソラに助け舟を出した。言い足りない、という顔のマリだが仲間に諭され考えを改める。

 ほっと一息ついたソラに、マリはちょいちょいと指でこちらに来いとジェスチャーを送ってきた。


「あなたの口から紹介をして欲しいところね。そこの二人と、ロメラの姉について」

「う、うん。そうだね。まずは……」


 ソラはモルへと視線を送る。モルはにこりと微笑んで手を振り返した。


「あの子がモルさん。ロメラちゃんのお姉さんだって」

「……確かにそっくりね」


 事前に挨拶を済ませていたのか、特にマリも突っ込まない。それにマリはロメラのことを認めている。ロメラによる証言があれば、それ以上どうこう言うはずもなかった。


「本当ならDNA鑑定でもしたいところだけど」

「あらあら。私はれっきとしたロメラの姉ですよ。まぁ、腹違いではあるんですけど」

「は、腹違い……?」

「ふふ、複雑な家庭事情でしてね」


 ソラの想像の遥か上をいく、ドロドロとした家庭環境なのかもしれなかった。とすれば、ロメラが単独で父親を探しに来たのも、なかなか家に帰りたがらないのも納得がいく。

 ソラが自分の知らない愛欲まみれた大人の世界に慄く横で、ホノカは平然とロメラとモルの姉妹に向かってニコニコ笑顔を向けている。


「私はロメラちゃんから聞いてたけどねー」

「あら、あなたがロメラのお友達の……? ほほう? いいものをお持ちですね」

「……っ。この人、嫌い」


 何やら値踏みするような視線をモルがホノカ――の豊満な胸付近――に向けると、ツウリと仲良くクレープを食べていたミシュエルが彼女に敵意を醸し出す。

 すると、モルは目線をミシュエルへと変更し、どこか狼めいたものを秘める眼差しを彼女へ浴びせた。


「あら、あなたもいい具合に……。揉み応えがありそうですね」

「こらー! ミシュエルを変な目で見るな!」


 クレープを食べ終えたツウリがミシュエルを庇うように立つ。横で二人の食べっぷりを眺めていたメグミもツウリに同調し横に並んだ。


「そうだぞ、この変態野郎。まだ私はお前を認めてないからな」

「……別に貧乳二人に認められたところで……」

「なにおう!」「このくそったれめ!」


 二人は息を揃えて憤慨し、今度はマリが感心したように声を出す。


「あなたと私は意見が合いそうね」

「そうですね、あなたの胸もなかなか触り心地が良さそうですし」

「……あなたは私と意見が合わなさそうね……。さてと、ソラ、本題に戻りましょう」


 マリがモルの変態性に呆れ果て、話題を元に戻した。ソラは頷いて、今度はツウリとミシュエルについて語り始める。


「そっちの二人がツウリちゃんとミシュエルちゃん。ミシュエルちゃんはちょっと大人っぽく見えるけど、二人は同い年の幼馴染さんなんだって」

「斬撃の錬金術師とは私のことだ! よく覚えておけ!」

「そして私は砲撃の錬金術師……。ねぇ、メグミ。そこの変態爆破していい……?」

「マスターレオナルドの弟子ね。黄昏の召喚者と仲が良かったはずよ」


 その子たちの異名についてはよく知らないけど、と付け加えながらジャンヌが解説すると、ムッとしたようにツウリが突っ掛った。


「何だよ、四人で挑んで負けた雑魚のくせに」

「なっ、違うわ! このバカが卑怯者だったせいよ!」


 ジャンヌがソラを指しながら言い返すと、モルの横に立つロメラが笑い声を漏らした。ジャンヌは屈辱に顔を染め上げてなぜかソラへと近づくと、思いっきり頭を引っ叩く。


「いったぁ! 理不尽だよ!」

「うるさい! 元はと言えばあなたのせいよ!」


 とは言うが、勝手に人質にして大口径リボルバーの暴発によって自滅したのは他ならぬジャンヌ自身である。いわれなき暴力にソラが頭を擦っていると、マリが改めて問いを投げた。


「で、この子たちは一体どうするの? 仲間にでもする? それとも、殺し合う?」

「そんな物騒なこと……」

「あなたのひよこ頭じゃ理解不能かもしれないけど、今はかなり難しい状況よ? 魔術教会側はマスターが殺されてぴりぴりしてる。あなたがいくら自分は殺してないと言っても信じてもらえないでしょう」

「……いや、私は信じる」

「ミシュエルちゃん?」


 マリの言葉に反論したのはミシュエルだ。彼女はソラへと近づき抱き着いて、


「こんな可愛い子がマスター殺しなんてするはずがない」

「……いや、一応私はミシュエルちゃんより年上なんだけど……」


 ソラは苦笑しながら受け入れる。しかし、一目見ただけでは、ミシュエルの方が大人に見えるのもまた事実だ。

 マリが意味不明な反論に顔をしかめていると、今度はツウリが声を上げた。お前なら頭良さそうだしわかるだろ、と小生意気に話し出す。


「ソラってバカじゃんか。いっしょに歩いている内に気が付いた」

「あなた、なかなか目ざといわね。でも、少し気付くのが遅い。初対面でバカだって気付かないと」

「む、確かにお前の言う通りだな。でも、私の言いたいことわかるだろ? こんなバカがマスターオドムを殺せるわけないじゃんか」


 殺そうと思えば殺せたかも――というのもどこかおかしくて、ソラは苦笑いしながら庇い言葉を聞いていた。


「でもそうやって信じるお人好し……魔術師好しが一体何人いることか……」

「うちのししょーなら信じるよ。単純だしさ。でも、そのためには……」


 ツウリはミシュエルに目配せする。ミシュエルは悟ったように頷き返し、言葉を引き継いだ。


「私たちとソラちゃんは決闘しなきゃいけない。マスターレオナルドは単純だけど、仁義を重んじる方。マスターは自分のことを長らく支援してくれたオドムを殺した犯人を赦せない。かといって、無闇な殺傷を好む人じゃない……好戦的ではあるけど。だから、決闘し、ソラちゃんが私たちを殺さない事実を見せつけて、その上でなおソラちゃんの意見を伝えれば、マスターは信じてくれる」

「……でも、私のムカつく友人曰く、レオナルド様はオドムに顎で使われていたはずだと思うの。キメラを錬成したのもレオナルド様でしょう? オドムが召喚した武器も」


 ジャンヌが友達の意見を代弁すると、ミシュエルが遠い目をしながら答えた。


「面倒くさい会議には出席しない、とか言うくせに誰かに頼まれると断れない人なんだ、うちのししょーは。まぁ、そんな人だから、私たちを救ってくれたんだが」

「錬金術に興味を示した私たちを、生涯守り通すと誓ってくれた。単純だけどいい人であることは本当。でも、だからこそ危険なんだけど……ソラちゃんが」

「私?」


 今の話で自分に危険があるように思えなかったソラは、首を傾げる。決闘という部分さえを除けばすぐ終わりそうなものだ。


「私たちがもし負けたら、たぶん、めちゃくちゃキレる」

「あー……そうだよね」


 今までの話を踏まえるに、レオナルドはオドムとは対照的に弟子を大切にする師のようだった。本来なら一人ずつ攻めるべき魔術師のしきたりと誓約を破らせたのがその証拠だ。そのような男が、弟子を友人を殺したかもしれない裏切り者に傷付けられたらどうするか? 顔を見たことすらないというのに、そのマスターの怒りっぷりが目に浮かんだ。


「でも、感情的な相手なら、こちらにも利点はある。……人間相手に魔術師と相違ない感情をみせる相手なら、こちらの言葉を聞いてくれる可能性が高い。二人の案に乗ってみる価値はあると思うよ」

「……ヤイト君。うん、そうだね。もし戦わないで済むんならその方がいいし。二人には悪いけど……」


 ヤイトの言葉を聞き乗り気になったソラは、申し訳なさそうな顔を浮かべる。と、ツウリ好戦的な笑みとなり、ソラに向かって宣告した。


「おっと、どうやら勝つ気満々のようだがそうとはいかないぜ? あくまで重要なのは決闘することだ。勝ち負けは問題じゃない。それに本気でやらないとししょーは信じないからな……」

「……ん、ソラちゃんを私は倒す。そして、お持ち帰りする」

「うーん……」


 どうやらマスターの例に漏れず、二人も好戦的な性格ではあるようだ。殺し合いではなく果し合いなので、ソラとしてもやぶさかではないが、元よりそういう争いも好きではないし、得意でもない。

 ソラが頭を悩ませていると、マリがしゃんとしなさい、と喝を入れた。


「負けるよりも勝つ方がいいに決まってるんだから」

「それはそうかもしれないけど……」


 ともあれ、真面目に戦わないと不正を疑われるのだから、本気で戦うしかない。

 乗り気とはいかないまでもソラは闘気を湧き上がらせる。やる気になったソラを見て、ツウリとミシュエルが満足げに頷いた。


「そう来なくっちゃ。ソラちゃんは絶対に手に入れる」

「私の方が年上……」

「でもお前、あまり年上って気がしないし」

「ソラちゃん、舐められてるねー」

「うう、やっぱりそう思う? ホノカ」


 人と仲良くするのは嬉しいことだが、やはり自分はお姉さんなのだ。先輩らしいところをみせなければ、と意気込むソラ。

 しかし、周りはそんな彼女を見てあまり調子に乗るななど空回りするななど案じてくる。


(頼れるお姉さんの称号は何処いずこに……)


 どんなに嘆いても他人の評価は自分では変えられない。ため息を吐きながら、ソラはどこで決闘するべきかという話し合いに加わった。



 浮き島でソラの戦闘行動をチェックしていたジャンヌによれば、ヴァルキリーシステムには戦闘記録を再現できないジャミングとも言うべき機能が備わっているらしい。さらには、装着者の身元を追跡不能にするための処理も施されているという。

 そのため、堂々と幾度にも渡る戦闘でボロボロとなった滑走路で決闘をすることになった。今は更衣室で動きやすい服へ着替えをしている。


「やっぱり一対一で交互に戦うのかな?」


 戦闘準備を整えながら、同じく装具を準備するツウリとミシュエルに問いかける。すると、二人は顔を見合わせて、


「え? 二対一だよ?」


 ときょとんとしながら返答した。これにはソラも目を見開いて、


「ええっ? 決闘なんだし、正々堂々と……」

「だってヴァルキリーって魔力が無尽蔵じゃん。卑怯だよそれ」

「魔力切れで追い詰められてる魔術師、見た」


 恐らくクリスタルたちのことだ。自分の戦い方が全て誰かに見られていると思うと、何とも言えない気分になる。そして、今回は見せる戦いをしなければならないのだ。


(クリスタルも見てるのかな……)


 彼女は今何を想っているのだろう。昔なら手に取るようにわかった。昔のソラとクリスタルは一心同体だったから。

 しかし、今は。

 今はクリスタルの気持ちを、はっきりと見通すことはできない。


「ソラちゃん?」

「あ、うん。何でもない。着替え終わったのなら、行こう?」


 ソラは通常の軍服ではなくより動きやすい戦闘服へと身を包み、促した。錬金術師の正装であるローブに着替え終えた二人が頷く。


「うん……行こう、ツウリ」

「おう、ミシュエル」


 三人は外へと出て、滑走路のコンクリートを踏みしめる。と、見知らぬ長い砲身を持つ大型砲台のようなものが設置されていて、ソラは疑問を感じた。


「あれは何?」


 マリに通信を送るとすぐ返信が返ってくる。


『レールガン。臨時本部から支給されたの。今は分析している最中』

「分析……?」

『んー、上が気前がいいと疑っちゃうのが第七独立遊撃隊のさがなのよねー。自爆装置でも組み込まれてないかチェックしないとダメなのよ』

「じ、自爆、ですか……」


 コルネットの説明にソラは顔を引きつらせた。敵より味方の方が信用できないという相賀の言葉を思い出す。


『今、大尉は他にも新装備を受け取りに行ってる。けど、使えるのはしばらく後だね。それに不審な点もいくつか散見される。今は決闘に集中した方がいいよ』

「あ、うん。そうだね」


 ヤイトの忠告通り、ソラは気を改めた。自分はあまり要領がよくない。下手にタスクを増やしてしまえばパンクして、目の前の出来事にすら集中できなくなる。

 ソラの注意が二人へと戻ると、二人も待ってましたとばかりに不敵な笑みをみせた。

 一対二。グラーネフォームは使わないつもりでいる。ブリュンヒルデの状態で、斬撃と砲撃の錬金術師を相手取らなければならない。


(たぶん、ツウリちゃんが前衛で、ミシュエルちゃんが後衛。でも、こっちは向こうの戦法がわからない……)


 対して、敵はこちらの戦闘方法をよく理解している。

 圧倒的不利な状況からのスタートだった。けど、勝っても負けても、自分にやることをするしかない。


『戦闘開始まで五秒前。五、四――』


 ソラはニーベルングの指環に思念を送り、鎧を装着し始めた。右腕、右足、胴体――。


『三、二――』


 ――左足、左腕、そして頭。羽根つきの兜が頭部にフィット。


『一、開始!』

「せいっ!」


 コルネットによる開始の合図と共に、ツウリが錬成を開始した。地面に手を当てて魔法陣を表出。コンクリートの材質を鉄のそれへと変化させ、見事な二振りの剣を創り上げる。


「斬撃の錬金術師、ツウリによる――剣舞のお披露目だ!」

「ッ!」


 ソラは退魔剣を腰から引き抜き応戦する。幸いにもツウリの練度は自分と同程度のようだった。剣と剣をぶつけ合い、剣戟を鳴らしていると、ツウリの後方でミシュエルが空気を使って錬成しているのが窺えた。


「何――!」

「砲撃の錬金術師、ミシュエルによる――大砲術のお時間」


 ミシュエルは空気から大砲を錬成し、数列に並んだ大砲が一斉に火を噴いた。さらに、空気の砲弾には賢い機能が搭載されているようで、ツウリを避けてソラだけに狙いを絞ってくる。ソラは盾を左手に呼び出し、シールドで砲撃を防いだが、衝撃までは完全に受け止められなかった。


「うわあ!」


 盾と共に後ろに弾き飛ばされる。そこに回り込んでくるツウリ。


「残念だったな、バカソラ! お前は私たちには勝てない!」

「しまった……!」


 このままではツウリに斬撃を見舞われて、負ける。

 一瞬、これでいいのではないか、とも思った。殺し合いではないのだから、勝利にこだわる必要はないのでは、と。

 しかし、それでは真面目に戦っている二人に失礼だ。そう思って、ソラは。


「よっ、と!」


 盾を投げ捨て、軽快な動きでバック転を行い、回り込んでいたツウリの横切りを回避した。


「身軽、ソラちゃん」

「真面目にやらないと、ダメだよね?」

「言うじゃねえか、ソラ。バカだけどやるなぁ!」


 ツウリは悔しがるどころかとても喜んで、再びソラへと斬りかかってくる。ツウリの相手をしながら、ソラはミシュエルの行う砲撃の弾道を避けて躱した。戦っている内に、相手の行動パターンが読めてくる。


(ミシュエルちゃんが砲撃を行う時――ツウリちゃんは剣を振ってこない!)

「ちっ、バカのくせに学習能力が高い……!」


 ツウリが苛立つように言葉を漏らす。だったら、とぼそりと小さく呟き、大砲を展開するミシュエルが再び砲撃。ソラより僅かに逸れた砲撃に、ソラはどう反応するか迷い、


「くッ! 爆発……?」


 着弾した空気弾の爆発に驚いた。


「――空気の中には微量ながら水素が含まれている。空気で砲弾を創る時、意図的に酸素と水素だけを合わせ、着弾と同時に合成するように錬成すれば……魔力いらずなお手軽爆弾のできあがり」

「水の合成に伴う爆発……? 確か理科で似たようなことを」


 ソラの思考を中断させるように、砲撃と斬撃が連続で繰り広げられる。ソラは回避運動を行いながら、ツウリの斬撃を防ぎ、ミシュエルの砲弾を避ける。


「普通なら、酸素と水素を混ぜても爆発しない。爆発にはエネルギーが必要。でも、錬金術ならお手の物。ソラちゃんは今、私がいつでも作れる爆弾の中で舞っているのと同じこと!」

「……ッ!」


 ミシュエルが威勢よく自分の術式を解説した瞬間、ソラの周りで複数の爆発が起き、水が零れ落ちた。

 錬金術は元々化学の祖とも言うべき存在である。自然を改変することが多い魔術師の中でも、特に相性はいい。むちゃくちゃな理論に思えても、実際に可能なのだから対処するほかなかった。


「油断すると火傷するよ。……ちなみに、水蒸気爆発も可能」


 滅多にできない魔術披露を行えているせいか、ミシュエルは興奮しているようにも見える。


「このままじゃ危ない……っと!」


 しかし、ミシュエルを追い詰めようにも、ツウリに阻まれる。二人のコンビネーションは完璧だった。これが殺し合いでなくて良かったとソラは心の底から思う。


(でも、今のままだと危険!)


 明らかにソラは不利になってきている。数的不利だけではなく、戦場すら錬金術師優位に変えられそうだった。

 このまま水が増え続ければ、炎を錬成するかどうにかして水蒸気爆発をミシュエルが起こすのだろう。それほどの範囲攻撃は防げない。二人は基地に被害を出さないよう範囲を狭めて戦ってくれている。基地内から逃げ出すという選択肢は最初から存在しなかった。

 ぐ、と刻々と悪化する状況に歯噛みしていると、剣を鳴らすツウリが指摘する。


「お前さ、新技使えよ」

「新技……? グラーネフォームのこと?」

「そうだ、もったいぶるな! 本気で戦えって言ったろ?」


 ツウリが剣でソラの退魔剣を弾いた。ミシュエルも爆発を繰り出しながら同調する。


「そう。ソラちゃんの本気をみせて。ちなみに、もう水蒸気爆発の土台は仕上がってる」

「……そうだね。グラーネ、おいで!」


 ソラがグラーネに呼び掛ける。同時に、範囲と威力が調整された爆発が起きた。ソラの周囲は爆炎に包まれ、ツウリがミシュエルの隣へと移動する。黒煙渦巻くソラのいた地点へ目を向けながら、


「とは言いつつも、ミシュエルのスペシャル技に巻き込まれてどうしようもないみたいだな」


 得意げに慎ましやかな胸を張る。ミシュエルも同意するように頷き、


「ん、それならそれでソラちゃんをお持ち帰り――ッ!?」


 先に気付いたのはミシュエルだった。左頬にぴたり、と騎兵槍の切っ先が当たったのだ。


「後ろに――! う……」


 反応しようとしたツウリも、首元へ伸びてきた剣で動きを制される。

 呆然としながらも、ミシュエルが訊ねてきた。どうやって自分の魔術を避けたのかと。


「どうやったの、ソラちゃん。どうやって、避けた」

「ミシュエルちゃんが起こした水蒸気爆発は、自然物をそのまま流用した天然の爆発。そのせいで、元々の爆発の形が不規則だったの。だから、爆発の隙間を移動すれば大したダメージを受けずに躱せるってわけ」

「……今後の課題は、爆風の調整」

「うん。きっかり均等に整えられてれば私もどうしようもなかったかな」


 ミシュエルは爆破の範囲は整えたが、爆発そのものの形には手を加えていなかった。そのため、刹那的瞬間に抜け道が存在したのだ。驚異的なスピードを得られるグラーネフォームならば、そこを駆け抜けることができた。


「まぁ、バイザーさまさま、だよ。このデバイスがなかったらどこを通ればいいかわからなかったし」

「なぁんだ、ソラが実は頭いいのかと思って損した」

「……後でツウリちゃんと個人的なお話がしたいな」


 ツウリは自分に大いなる誤解をしているようなので、どうにかしてその誤った考えを払拭したい。

 だが、ツウリはソラの話を聞かず鼻を鳴らし、リベンジを誓ってきた。


「へんだ、お前が強いのはヴァルキリーのおかげだ。次は絶対私たちが勝つ」

「うん。次こそ、ソラちゃんをお持ち帰りする」

「なるべく次はない方向でお願いしたいなぁ……」


 ソラとしては戦うよりもお話して遊ぶ方がずっといい。しかし、これが彼女たちによる遊びの形なので無下にはできなさそうだ。

 決闘終わりの余韻に三人が浸っていると、マリが苛立ちの通信を送ってくる。


『ちょっと、終わったんなら早く戻ってきなさい』

「あ、うん。そうだね。二人とも、行こっか」


 マリに言われた通り、ソラは二人を連れて建物の中へ入っていった。



 ブリュンヒルデの変身を解きシャワーを浴び、作戦室へと戻ったソラは、今後の方針を会議する仲間たちの輪に混ざった。

 現代人の服装に着替えたツウリとミシュエルは、眠たそうに目を擦っている。本当ならお昼寝させてあげたいが、もう少し話を進めておく必要があった。


「おねむなところ悪いけど、手早く話を進めるわ。あなたたちのマスターが単純な男だったとして、説得にはどれくらい時間が掛かる?」

「そう時間は掛からない、と思うな。下手したら一回降りてくるとは思うけど」

「うん。きっと、ソラちゃんに直談判しに来る。大丈夫、私も付き添うから」

「う、ちょっと怖そうだな……」


 俺の弟子を傷付けたのはお前か! と憤慨する頑固親父が脳裏に浮かび、ソラは少し震えた。


「まぁ、私たちもついてるし大丈夫だろ」

「そうだよー。後はこの子たちがお家に帰ればいいだけだねー」


 メグミとホノカがソラを気遣う。ミシュエルはともかくツウリは我慢の限界のようで、ふらり、ふらりと船を漕ぎ始めていた。


「一回、寝させてくれないか。それからでも、いいだろ……?」

「そうね。メグミ、ベッドの用意をしてあげて」

「ああ、わかった」


 素直にマリの言うことを聞き、メグミが二人を誘導しようとする。が、急にアラートが鳴り響き、全員が大型モニターを注視した。

 テーブルに備え付けてある端末をマリが操作して、格納庫で作業をしているコルネットを呼び出す。


「どうしたの、コル姉!」

『大変……これ見て! 上から流れてきた映像!』


 焦りを隠さずコルネットが映像を作戦室のモニターに映し出す。魔術師らしき男が、パワードスーツを装備した男と戦闘をしていた。それだけではさほど驚かないが、問題は魔術師が防衛軍人に押されているというところだ。


「し、ししょー……?」


 寝落ちしかかっていたツウリが眠気を吹き飛ばし、画面にくぎ付けとなっている。声には上げないが、ミシュエルも驚いていた。


『バカな……人間が、私をここまで……!』

「魔術なんていうぬるま湯に浸った魔術師が、幾度の死線を乗り越えた人間様に勝てるわきゃねえだろォ!」


 剣を使う魔術師に、新型のパワードスーツを装備する男はナイフで応戦する。見事といえるほどの鮮やかなナイフ捌きだった。近接戦闘では魔術師の分が悪い。さらには、男はナイフを致命傷を与えないように振るっていた。わざと時間を掛けて、急所以外の部位に刃を立て、獲物をゆっくりと追いつめる。狩人の戦い方だ。


「この男、ウルフの報告にあった……」

「シャーク、だ。傭兵の。……だけど、この声……どこかで」


 ヤイトは怪訝な顔で、モニターに映るシャークの顔を見つめている。全員が息をのんで戦闘の行く末を見守っていた。

 しかし、ツウリとミシュエルは納得しがたい様子で、疑問の声を漏らす。


「どうして……屋敷で見守ってるって言ってたのに!」

「有り得ない。マスターは屋敷にいたはず……」

「チッ、くそ親父め……」


 二人の言葉を聞いて、ロメラが忌々しそうに吐き捨てた。

 そうしている瞬間にも、画面の中では激戦が繰り広げられ、とうとう鋼鉄の錬金術師は地に伏した。

 シャークは錬金術師に近づくと、サブマシンガンを仕舞い、嗤いながら拳銃を抜き取る。


『これがマスターの強さか? 弱いな、温室育ちはこれだからつまらん。だが、これも依頼でな。ぼくはお金に忠実な傭兵さん。よって、きちんと依頼は果たさせていただきます』


 おどけながら、シャークは拳銃を錬金術師へと向ける。そして、まず一発。苦悶の声が響き渡る。


「ししょー!!」「マスター!!」

『ぐぁ……。どうして、トドメを刺さない……』

『心配するなよ。ちゃんと殺す。ただ……すぐ殺したんじゃあつまらんだろう? もう少し、俺のデモンストレーションに付き合ってくれ。俺の強さを売るいい機会なんだ』


 そう言ってシャークは、錬金術師の足や腕に銃弾を撃ち続ける。威力の低い拳銃弾を使っての暴虐だった。

 鋼鉄の錬金術師の悲鳴が響くたび、弾丸が穿たれるたびに、ツウリとミシュエルの沈痛な悲鳴は大きくなる。さらには、魔術教会の憎悪が増幅されているような気がした。


「……っ!」

「ちょっと、どこに行くの!」


 作戦室から飛び出そうとしたソラをマリが諫める。ソラは間髪入れず叫び答えた。


「あの人を助けないと!」

「ダメよ、それが狙いかもしれないのよ!?」


 そう叫んだのはジャンヌだ。しかし、これが例え罠だとしても、ソラは突っ切る覚悟でいた。こんなことは赦されない。敵だから残虐の限りを尽くしていいなどというルールはこの世に存在しない。


「でも!」

「……残念だけど、もう手遅れみたいだ」


 声を荒げたソラに、ヤイトが冷静に通告する。モニターには、頭に狙いをつけるシャークが写っていた。


『よーく見とけ。見てるんだろ? お前らは。……そうだ、これが人間の本性だ。お前らを殺したくて殺したくてたまらない、殺戮が大好きな怪物なのさ。さっさと来いよ。お前らの本気を俺たちにぶつけてこい! じゃないと、この男みたいにいたぶられて死ぬ羽目になるぞー?』


 狂気を感じる声音で、シャークは自分の意見を一方的に捲し立てていく。しかし、魔術師にはこれがシャーク一人の意見だとわからない。組織の中のたったひとりの意見を、その組織全体の意見だと誤解してしまう機能が人間の心には備わっている。


「じゃあ、そろそろ、ジ・エンドだ」

『……くそったれ』

「あ……ぁ」「マスター……!」


 ツウリとミシュエルがか細い声で師匠を呼ぶ。だが、彼女たちの声は届かない。


「だ、ダメ……。ダメ!!」


 ソラも画面に向かって叫んだ。しかし、その叫びは銃声に上書きさせられる。

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