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戦乙女の鎮魂歌  作者: 白銀悠一
第五章 哀悼
34/85

デコボコな訪問者

「鋼鉄の錬金術師が出撃をなさると……!? それは本当ですか!?」

「事実だ。オドムの仇を討つと息巻いている。……奴はオドムと親しい関係だった」


 日課となっている空見を終えて帰ってきたクリスタルがマスターから聞かされたのは、別の導師による出撃予告だった。

 新たなマスターの出馬名乗りにクリスタルは動揺せざるを得ない。レオナルドはオドムよりも戦闘に長けた魔術師だ。ただでさえ強力なマスタークラスによるソラへの連続攻撃に、クリスタルの胸は張り裂けそうになった。


「そんな……このままじゃ」


 アテナの屍のような後ろ姿を思い出し、クリスタルの頭が真っ白になる。と、そこへ落ち着かせるように肩を叩いたのは師であるアレックだ。


「案ずるな。まずは様子見のため弟子を派遣するはずだ。お前の友人が温和な性格なら奴の弟子とも和解できるだろう。そうなれば、レオナルドは無為にヴァルキリーを討ち取ったりはせん。奴は好戦的だが、無意味な殺傷は好まない」

「でも、マスターレオナルドを倒しても、他の魔術師が……」

「そこからは私の役目だ。お前が気にすることではない。……今は自らのすべきことに集中するんだ」


 今、クリスタルのすべきこと。それは、有事に備えて力を蓄えること。

 元より他流派に比べて危険の多い現代流派は日ごろから自衛のための訓練を積み重ねてきた。今は、それよりももっと高度な戦闘アプローチを習得するため鍛錬に励んでいる。

 協力するのはアレックだけではなくハルフィスやエデルカ、さらにはヘルヴァルドまでもが手を貸してくれていた。


「アーサーとの交わした誓約ゲッシュの補助効果はささやかなものだ。お前たちは単独で動けない以上、単独行動による誓約の恩恵も受けられない。自分を鍛えるのだ、クリスタル」


 本来の誓約ゲッシュは破った場合に契約者へ多大なマイナス効果が付与されることが多かった。しかし、現代では違う。現代では誓約を守り続ける限り対象者へプラス効果が働き、破られた瞬間に破棄されるタイプの方が使い勝手がいいとして多用されている。

 魔術師が単独で戦場に赴くのは、誓約ゲッシュの恩恵を受けるためでもある。古い風潮のせいだけではない。


「友を信じろ、クリスタル。もう裏切らないと決めたのだろう」

「はい……!」


 アレックの言葉はクリスタルに力を与えてくれる。誰よりも心強い存在だ。

 彼のバックアップがあるならば、自分は自分のやるべきことに集中できる。

 クリスタルは不安を払拭し、修練のため修練場へと足を運んだ。



 ※※※



 実際時間としては日常を享受していた時間の方が戦場に滞在する時間よりも長いのに、なぜか遥か昔から戦地に身を投じていた気がしてくる。

 不思議な、感覚だった。何かが自分に戦い方を享受してくれるような――。


「やッ、と!」


 ヴァルキリーブリュンヒルデを身に纏い、ソラは新しく現れた魔術師と交戦していた。サポート役としてメグミも出張っている。


「マスター殺しのブリュンヒルデ! 覚悟!」


 甲冑を着込んだ騎士が威勢よく放つ。そのまま剣を掲げ、気合の叫びと共に突撃してきた。


「よっと」


 ソラはそれを難なく剣で受け止める。そして、剣を弾き飛ばし、シールドバッシュによる打撃で騎士を昏倒させた。


「回収の必要は――うわッと!」

「そやつが死んだからには我の番だ! いざ尋常に勝負!」

「こいつら一体何なんだよ! 面倒くせえから全員でかかってこい!」


 ソラとメグミはたくさん現れた下級騎士たちひとりひとりを一対一で相手取っている。どうやら、魔術師たちにも一騎打ちをしなければならない事情があるようで、全員で一斉に攻撃するという手段を取って来ないのだ。

 彼らを束縛する風習と――恩恵を付与する誓約ゲッシュ。常識にとらわれないクリスタルたちの集団行動が特殊だっただけである。

 思えば、初戦のヘルヴァルドも魔女が追いつめられるぎりぎりまで手出しをしなかった。あれも、誓約不履行を避けるためだったと思えば合点がいく。


「えい、ソラ! 連中の事情なんか知ったこっちゃねえ! 例の新フォームをぶちかませ!」

「――う、うん。わかった!」


 ソラは指輪に強い祈りを込めて、グラーネを呼び覚ます。馬であり狼であるグラーネが召喚され、ブリュンヒルデがオーロラの輝きに包まれた。


『――グラーネフォーム、システム正常。オペレーティングシステムを再開します』

「ハッ!」


 息を吐き、宙を駆け、前に立つ騎士の心臓目がけてランスを突き刺した。騎士は自分が殺されない事実に驚き、魔力を強制分解され気絶していく。非殺傷概念による不殺攻撃。例え頭に槍が刺さったとしてもそれは致命傷に成り得ない。


「こいつ!」「仕方ない、一斉に行くぞ!」「手柄は全員のものだ、ゆめゆめ忘れるな!」


 騎士たちが集団で動き出す。わざわざ草原を戦場に選んでくれたおかげでソラたちはとても戦いやすい。

 敵は待っていたら勝手にやってくる、というマリやジャンヌの言葉は本当だった。ソラたちは体のいい囮になっている。相賀が想定していたヴァルキリー本来の効果を遺憾なく発揮して、出世を目論む魔術師たちを招きよせていた。

 彼の予想と違ったのは、もはや和平交渉が望み薄になってしまったということだけだ。しかし、それも魔術教会側の動き次第では変わるという。


「ブリュンヒルデだ! ブリュンヒルデをどうにか――ぐわッ!」

「私を忘れるな! そこのバカより私の方が強いぞ!」


 ソラに気取られる騎士をメグミが殴り倒していく。眠らせる者スヴァーヴァにふさわしい戦法だ。

 輝く戦いの名を持つブリュンヒルデも負けていられない。刺し、殴り、蹴飛ばし、撃つ。十人ほどいた騎士たちはまともな抵抗もできず、二人のヴァルキリーに蹂躙された。


「まさか我々が敗北を――。いっそ殺せ……ぐおッ!」

「黙ってろよこのくそったれ――あ」

『心理状態の異常を確認。ヴァルキリーシステムを終了します』


 せっかく命を救ってやったというのに殺せなどとのたまう騎士にイラついたメグミが、心理異常によって全裸公開する羽目となる。

 先程まで悔しがっていた騎士たちの眼の色が明らかに変わり、メグミの裸体へとくぎ付けとなった。


「チクショウチクショウ! ソラソラ! 早く何とかしろ!」

「わーっ、ダメダメ! 男の人はあっち向いてて!」


 ソラがメグミの前に立って庇うように両手を広げ、蹲るメグミの身体を隠す。騎士たちも渋々といった様子で顔を背けた。幸いなことに彼らも人間憎し、という感情で動いていないようだ。

 ジャンヌの報告では、それほど露骨な悪感情を秘めている魔術師を、円卓の騎士の統括者であるアーサーは出撃させないという。それだけを聞くとアーサーがよき魔術師なのではと誤解しそうになるが、どうやらアーサーは彼らもしくは彼女らを使って何か企みをしているらしい。

 何でも、別な場所で実験のようなことをしているとか。あくまで噂で真相は定かではないが……。


「早く、タオル、タオルだ!」

「えっ、で、でも動いたら視えちゃう……」


 ソラが訝しむように騎士たちを見るとそんなことないない、と言わんばかりに騎士が一斉に首を振る。果たしてその行動が真実かどうか――。ソラは疑心暗鬼になりながらもタオルを取りに動いた。


「だーっ! てめえら今見たろーっ! 殺すーっ! 殺してやる!」

「メグミ! 捕虜に暴行しちゃダメ!」


 ソラはタオルを持って、暴れるメグミを諫めるため全力ダッシュする羽目になった。




「はーっ。疲れたなぁ。肉体的には大したことないけど、精神的には疲れたよ」


 恨むような瞳をメグミに向けながら、ソラは手綱市内を歩いている。メグミは目を逸らしながら仕方ねえだろ、と愚痴をこぼした。


「男が獣なのが悪い。何で現実には性欲に忠実な男しかいねえんだ」

「あれはメグミが暴力を振るったからだよ。イライラしなきゃヴァルキリーシステムは解除されないんだからさ」

「だったら人の裸を見やがったあの騎士は許されるってか? あーくそ、いかんいかん。心理状態を維持しないと」


 もしこの場にマリがいれば、そんな残念な容姿でも性的対象に見られた分良かったじゃない、などと毒を吐いたものだが、ソラはそんなことは言わない。モルが手綱基地にくるようになってからというもの、メグミのコンプレックスは刺激されまくりで、ただでさえ怒りっぽい性格にますます磨きがかかっている。


「もっと紳士的な男に出会ってみたいな。そう、性的な眼差しを送らず、見た目じゃなくて中身で人を判断する、イケメンで、金持ちで、武術の達人で……」

「なかなかハードル高そうだね」


 メグミの男性好みは基本的に一般女子と相違ないが、彼女自身武術を嗜むため、武道の達人であることも条件に含まれている。それ以外ならばヤイトでも良さそうなのだが、残念なことにヤイトはハル一筋なのだ。ヤイトはハルのことを恋愛対象として見ていないというが絶対そうだ。

 そのことをメグミに話したらどうなるのか、と興味を惹かれたソラがヤイトについて言及しようと口を開いて、


「あれ?」


 と突然首をかしげた。


「今度はなんだよ。また困った人でも見つけたか? 迷い猫か? 迷い犬か?」

「いや、違くて……」

「お、おいおいどこへ行く?」


 ソラはメグミの話を聞かずに、気になる方角へと歩を進めていく。

 しばらく歩くと、二人組の少女が目に入った。片方がもう片方に元気よく話しかけている。

 一般的な現代人の服装で、褐色の小柄な子と色白の長身の子のセットだ。


「にひひー。潜入成功! 言ったでしょ? 私の考えに間違いはない!」

「うん。そうだね……」

「ねぇ」


 そこへソラはいきなり声を掛ける。自分でも己の積極さに驚くが、今はそうしなければならないという想いがあった。

 突然見知らぬ人に話しかけられて、二人の少女は当惑する。な、何でしょう? と緊張する面持ちの二人に、ソラは思い切って問いをぶつけてみた。


「あなたたちってさ、もしかして……魔術師さん?」

「っ!?」「どうして、ばれた?」


 二人は一気に臨戦態勢――を取ろうとして、魔術を発動しようとしたそれぞれの右手をソラの手に掴まれた。


「なっ……こ、こいつ――!」「何者……?」

「いや、大したものでもないんだけど、ここで魔術の使用は止めてもらいたいな、って」


 純粋に胸の内から湧き出た想いだ。魔術で戦いたいなら戦えばいい。でも、時と場所を選んで欲しい。

 闘争心や敵意をぶつけられるのは慣れている。自分を倒したいというなら、襲ってきても構わない。

 でも、他者を巻き込むことだけは止めて欲しい。

 そう思って、ソラは二人の魔術師の行動を阻む。


「おい、一体どうした?」

「ん、この二人、魔術師さんだって」

「何だと!」

「くっ、のほほんとしてるようでやるな、あんた!」


 強気な魔術少女はどうにかして拘束を脱しようとするが、ソラはがっちりと彼女の手を掴んでいるため離れられない。

 くそったれめ! と毒づく横で、寡黙な少女がじっとソラのことを見つめている。

 そして、何かを確信したかのように口を開いた。


「君、もしかしてヴァルキリー……?」

「うん、そうだね。私はヴァルキリーブリュンヒルデ。……本名は青木ソラ」

「なっ、お前正気か!? 真名を魔術師に晒したら呪い殺されるかもしれんのに!」


 褐色の少女が驚きのままに告げる。後ろに立つメグミもソラの恐れ知らずの行為に居を突かれていた。


「うん、聞いた。……よければさ、殺し合う前に、話し合わない? 私は逃げも隠れもしないし、不意を打ったりもしないから」

「……暗殺、毒殺、強姦辺りも?」

「そんなことしないよっ。……ダメ、かな?」


 ソラは二人の魔術師に頼み込む。片方の魔術師の背が高いため、必然的に上目遣いのような形となってしまった。

 すると、なぜか長身の方が頬をほんのり赤く染めて、


「可愛い」


 などというとんでも発言を漏らす。


「んなっ、ミシュエル!」

「……いい。そういうの、好き。わかった。お話しする」

「ありがと、ミシュエルさん、でいいのかな?」

「うん。いこ、ソラちゃん」

「え? おい、ソラ、勝手に話を進め」

「ミシュエル! ってか私の手を離せ! うわ待て! 誰か、誰か助けて!」


 ソラは片方を協力的に、片方を強引的に連れて、お話のできる静かな場所へと進んで行った。



「…………」「…………」


 片方はむすっとした表情でソラのことを疎み、もう片方は微笑を浮かべてソラを眺めている。

 ソラは二人を公園に連れてきた。誰か呼ぼうか? と訊いてきたメグミに断りを入れて、ソラは買って来た缶ジュースを二人に手渡す。


「はい、どうぞ」

「……ふん。毒が入ってるかもしれない。飲むわけ――」

「あ、おいしい。缶ジュース飲んだの、久しぶり」

「ミシュエル!?」


 嬉しそうに缶ジュースを飲むミシュエルを見て、小さい方の魔術師が絶句する。

 毒は入れてないって、と前おいて、ソラはその子の缶ジュースを手に取り、少しだけ飲んで上げた。


「ほら、全然平気」

「む、むぅ」

「……はい」

「え?」


 となぜかミシュエルから缶ジュースを差し出される。期待の眼差しでミシュエルはソラを見てくるが、毒味の済んだものをもう一度飲むのも変な話で、頭の中に疑問符を浮かべながら返還した。


「惜しい。間接キス……」

「……ミシュエル……」


 恨めし気にミシュエルを見上げる少女の名前を、ソラはまだ耳にしていない。改めて、ソラは名前を訊ねてみた。


「ねぇ、あなたのお名前は?」

「答えるわけないじゃんか。何で敵に自分の名前を――」


 腕を組んで拒否する少女だが、次の瞬間、


「ツウリ」


 ぼそりと呟かれたミシュエルの一言でいとも簡単に暴かれた。


「み、み、み、ミシュエル――!!」

「わ、待って、待って! 喧嘩はストップ!!」


 暴れ出しそうになったツウリをソラが抑える。なぜかデジャブを感じながらしばらくツウリを掴んで大人しくさせ、ようやく本題を話し始めた。


「落ち着いたなら話を聞いて欲しいかな。……私はさ、あなたたちと戦いたくないんだよ」

「だったら素直に浮き島に来なさい。そこで異端審問を受ければいい。何を考えて人間の味方をしているかわからないけど――」

「私は人間の味方じゃないよ」

「……ソラ?」


 ソラの誤解を招く発言にメグミが怪訝な顔をする。それはツウリとミシュエルも同じで、ソラを訝しむように見返していた。

 ソラは微笑のまま、自分の想いを口に出す。


「もちろん、人間の敵ってわけでもない。かといって、魔術師さんの敵でもない。私は平和を望む人と魔術師さんの味方で、戦争を望む人と魔術師さんの敵――ってことになるのかな、たぶん」


 本当は誰の敵にもなりたくないんだけどね、と付け加えてソラは空を見上げる。


「空はさ、人と魔術師が争いをしててもずっと繋がってるんだよ。誰が地上で何をしていようと空には関係ないの」

「ふん、科学の発展で大気汚染は進んでいるし、魔術だって空に展開させるものが――あうあっ!」

「ツウリ、無粋」


 ひねくれてソラの言葉を捻じ曲げようとしたツウリが、ミシュエルにデコピンされた。どうやらミシュエルはソラの肩を持っているようだった。熱心な視線をソラに注いでいる。その視線が少し奇妙な色合いを持つことにソラは気付く様子もないが。


「……だからさ、きっと人間と魔術師だって仲良くすることができると思うんだ。時間は掛かっちゃうと思うけどね。一つになる必要はないけど、いっしょに生きることはできる」

「いっしょに生きる? はっ、そんな甘い考えで世の中に通用するといだいいだいもうやめて口出さないから!」


 ミシュエルに抓られて、ツウリは口を挟まなくなった。しかし、声には出さないでもソラの意見を快く思ってないのは見て取れる。

 仕方ない、とソラは思う。世界には様々な思想が渦巻いているのだ。

 全てが一人の考えで決まってはならない。

 また、多数の考えで少数の意見をないがしろにするのもダメだ。

 人と人との対立は双方が納得することで終わりを告げる。片方が満足しているだけでは意味がない。

 ゆえに、ソラは二人の意見を訊ねてみた。


「あなたたちはどうして手綱市に? やっぱり私たちを倒すため……?」

「当たり前! あなたを倒してししょーへの手土産としうわ何するやめ!」

「違う。ただのお散歩。別に、ヴァルキリーと戦う気なんてない」


 ソラの問いかけに答えるツウリを、ミシュエルが妨害した。どうやら、二人組の魔術師の中に意見の食い違いがあるようだ。

 ツウリは怒ったようにミシュエルを睨み、


「どうしたんだよミシュエル! さっきまで私の超頭いい潜入計画にノリノリだったじゃないか!」

「でも、びっくりするほど早く失敗した。到着して五分でばれた。もう私たちの負けは必然。あなたは天才なんかじゃなくて、凡人以下だった」

「何だよ……それ! ミシュエルなんか嫌いだ! もう知らない!」

「私だってツウリのことなんかどうでもいい」

「ど、どうして喧嘩になっちゃうのかな……」


 急に目の前で喧嘩が勃発し、ソラはほとほと頭を抱えることになった。この二人もさることながら、どうして自分の周りで喧嘩する人が多いのか、ソラの頭は痛くなる。ましてや、自身の性格上喧嘩が起こると放っておけないので、解決策を模索しなければならない。


「とにかく、二人とも、落ち着こう? まずは仲直りして――うおっと?」

「ツウリなんか勝手にどこにでも行けばいい。ソラちゃん、私とお友達になりましょう?」

「……っ!! ふんだ!」


 ツウリはベンチから立ち上がり、怒ったままどこかへと歩き出してしまう。ソラが抱き着いてきたミシュエルを抱えながらメグミに目配せすると、メグミは全て承知済みとばかりに頷いて、怒るツウリの背中を追って行く。


「ミシュエル……さんはそれでいいの? 本当に?」

「ツウリはいつも怒ってばかり。いつものこと。どうせすぐ帰ってくる」


 とミシュエルは平然とした口調で言うが、その表情を見る限り、気にしていないようにはとても思えなかった。



 ※※※



「くそっ。こんなのはアイツの役目だろうが」


 メグミは愚痴りながらも逃げて言ったツウリを追っかけていく。子ども同士のしょーもない喧嘩の仲裁に駆り出されている気分だった。

 だが、放っておくわけにはいかない。ツウリは曲がりなりにも魔術師で、対抗できるのはヴァルキリーだけだ。戦闘面だけならず精神面までどうにかすることになるとは思っても見なかったが。


「いやがったな」

「追って来たのか。このストーカーめ」

「言うじゃねえか、ガキ」


 流石のメグミも子ども相手にキレたりはしない。河原の隅で体育座りをするツウリの横に並んで座った。


「そのガキといっしょの胸の奴に言われたくないっ!」

「……っ! は、はは、まぁこれでも私はお姉さんだし? キレたりなんてしないぜ? ああ」


 モルといいツウリといい、どうして人が気にしていることで貶してくるのか。最近の奴らは礼儀がなっていない、と心の中で思いながらも、メグミは口に出すことだけは避けた。うっすらと額に浮かぶ青筋が、怒りを耐える証拠となっているが。


「何だよ、お前、いくつだよ。私は十四だぞ」

「残念だったな、私は十六だ」

「私よりも二歳も年上のくせに、そんな無残な有様なの……?」

「お前本当は喧嘩したいんだよな? 私と殴り合いたいんだろ? いいぞ、私はいつでも――おい?」


 売られる喧嘩は買うスタイルのメグミは、戦闘態勢を取ろうとして、ツウリからはまともな闘志が感じられないことに気付く。

 ツウリは明らかに気落ちしていた。理由も明確だ。ミシュエルとの喧嘩のせいだ。


「ったく、調子出ねえなぁ」


 メグミは後頭部をぼりぼり掻く。赤いポニーテールがふさふさと揺れる。

 不思議なことに、デジャブを感じていた。喧嘩した自分と姿が重なる。


「あのバカだったらこうするだろうな」


 メグミは思い返すようにツウリの頭をポンポン叩く。何するんだ、と最初は嫌がったが、次第に言い返すことはなくなってきた。

 誰かが傍にいる。それだけで、結構嬉しいものだとメグミはかつての経験から学んでいる。

 ソラも似たように、怒る自分の隣に座っていた。しばらくしてメグミの方が口を開いて、口論して仲直りしたのだ。


「同情してるのか? 気持ち悪い」

「ふん。何とでも言え」


 とぶっきらぼうに言い返すと、ミシュエルが言い訳するように言葉を漏らした。


「……悪いのは私じゃない。あの青髪に浮気したミシュエルだ」

「ああ、そうだな。いつも悪いのはソラだ」


 適当に相槌を打っておく。何かトラブルが起きるのはだいたいソラのせいだ。軍に入る前から、中学校で同級生になってから、ずっとそうだった。


「ミシュエルは毎回こうだ。人が何かやろうって言うとすぐ乗っかるくせに、失敗すると文句を言うんだ」

「そうだな、そうそう。ソラは勝手にトラブルを招きよせて、人のことも巻き込みやがる」

「……あんた、私の話全然聞いてないな」

「おう、だいたいそんな感じ……って、ばれたか」


 メグミの適当加減に苛立って、ツウリが睨んでくる。メグミは少し意地の悪い笑みをみせて、


「おあいこだろ。人の嫌がることを口にした罰だ」

「年上のくせに性格悪い」

「お前こそ年下のくせに生意気だろ。……だって、話聞いても無駄じゃねえか。お前、そのミシュエルって奴のこと好きなんだろ?」

「別に……あんな奴」


 メグミに図星を突かれて、ツウリが気まずそうに顔を背ける。しかし、そんなことおかまいなしに、思いつく限りの助言を並べ立てた。


「だったらよ、本音で向き合えばいいだけだろ。向こうも大事に想ってくれてるなら、すぐに仲直りできるはずだ」

「……嘘ついてるんじゃないよね?」

「どうしてそうなる」

「大人は嘘を吐くってししょーは言ってたし」

「私はまだ子どもだよ。大人扱いするんじゃねえ」


 大人を名乗れるほど、メグミはまだ大人ではない。正直に腹を割ってツウリと話した。

 すると、メグミに親近感が湧いたのか、徐々にツウリは打ち解けてくる。


「何だよ、お前もガキか」

「大人ではないがガキ扱いするんじゃねえよ。……そもそもまだ私とお前は敵かもしれねえ間柄だ。あまり馴れ馴れしくすると後悔するかもしれないぞ」

「……お前は後悔するのか?」


 メグミの忠告にツウリは純粋な眼で訊いてきた。メグミはツウリと視線を交わし、しばらく考え込んで答える。


「……しない気がするな。あーもう、ソラが関わるとちゃんちゃらおかしくなりやがる。戦争中だってのに緊張感の欠片もねえ」


 だが、意味もなく殺し合うよりは。

 くだらないことを話し合う方がずっといいようにも思える。


(全く、これでも私は両親を魔術師に殺されてるんだぞ……)


 己の腑抜けさに呆れて、メグミは立ち上がった。恐らく、この日和見なやり取りこそ、世界の本来のあるべき姿だ。

 人間にとって闘争は本能である、とある学者が言っていた。

 だが、だとすればその方向性を調整すればいい。どこぞのバカのように殺さない闘争に励むことができれば、世界からは幾ばくかの悲劇が消え失せるだろう。


「苦いよりは甘い方がいいよな……」

「何だ、お前も甘いモノが好きなのか。私はケーキが大好きだ」

「お、言うじゃねえか。近くにクレープ屋があるんだ。もしお前たちが仲直りしたらごちそうしてやるよ」

「本当か? お前、いい奴だな!」


 メグミはツウリを引きつれて、二人と別れた公園へと戻っていく。その背中は、さながら妹の相手をする姉のようにも見えた。



 ※※※



「やっぱりソラちゃん、可愛い。ツウリとは大違い。私、あなたみたいな人が欲しかったの」

「ちょ、ちょっとスキンシップが過剰じゃないかなぁ。ミシュエルちゃん、一回、離れようか」


 ソラはベンチに座る自分に乗っかり、ぎゅっと抱き着いてくるミシュエルに困っていた。喧嘩別れしたツウリが戻ってきてこの光景を目の当たりにしたらどうなるか。想像に難くない。


「とりあえずさ、ね、ツウリちゃんと仲直りしたいんでしょ?」

「大丈夫。ツウリは私の親友だから、仲直りしなくても仲直る」

「それはちょっとばかし楽観的すぎないかなー……あ」


 抱擁してくるミシュエルの身体越しに、メグミがツウリと手を握りながら帰ってくるのが見えた。一見仲睦まじく見えるが、ツウリはこちらの状態を確認するや否や、ふるふると小刻みに震えてショックを受けた顔で凍りついている。


「待って、待ってね。いろいろと誤解が積み重なって――」

「……っぱり……せいか」

「え?」

「やっぱりお前のせいかー! メグミの言った通りだー!!」

「え? 私!?」


 なぜだか、ツウリの怒りはソラに向いていた。ずんずんとツウリは近づいて、ミシュエルをソラから引き離す。

 そして、ミシュエルを庇いながら距離を取った。きょとんとするミシュエルの前に彼女は立ち塞がり、


「聞いた! 訊いたぞ! お前がましょうの女で、ミシュエルを誑かしてるんだってな!」

「え、ええ? それって一体……」


 何ごとかとメグミに視線を送るが、メグミは口笛を吹いて目を逸らしている。直感的に、全ての原因が彼女にあることに気付いた。

 だが、ツウリは見事にソラについて間違った伝聞を吹きこまれ、ミシュエルの手を握って下がり出す。


「お前のようなましょうは危険だ! 行くぞ、ミシュエル! メグミも!」

「え? ツウリ? 怒ってないの?」

「もう仲直りだ! メグミがクレープをおごってくれるって!」


 短いやり取りを交わし、あっという間に仲直りした二人は、メグミを連れて商店街の方へ逃げていく。

 ソラは追いかけようとして止め、ほっとしたように息を吐いた。


「良かったぁ、仲直りできて。いろいろと誤解はあるけど……」


 でも、彼女たちが仲直りできたのならば、自分が魔性の女でもいい気がしてくる。もちろん、後々訂正させてもらうつもりではいる。

 少し待って合流しようと考えて、ソラはベンチに座って空を見上げた。と、携帯が鳴り、マリからメールの着信が。


『急いで戻ってきなさい。文句が積み上がって山になってる』

「げっ……マリ」


 淡泊な文面に秘められる苛立ち。怒るマリの顔が目に浮かぶ。

 ソラは苦虫を噛み潰したような表情で携帯を仕舞い、ため息を吐きながら立ち上がった。

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