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戦乙女の鎮魂歌  作者: 白銀悠一
第五章 哀悼
33/85

裏切りの王子

 最初呼び出された時は、理解が及ばなかった。

 ある程度の予測は立てていた。どうこじつけるのかと楽しみにしていたぐらいだ。対応策も用意していた。

 しかし、この文言は予想外だった。このような嫌疑を掛けられるとは思っても見ない。


「……お父様は本気で、あたしがオドムを殺したと思うの?」

「それはまだ、話を聞いてみないことにはわからん。自分の娘だけを優遇するのは不公平だろう?」


 どの口が言うか、と突っ込みたい気持ちを抑えて、メローラは口を堅く閉じた。

 今、メローラはキャメロット城の謁見室で、いくつか問答を受けていた。マスターオドムが殺されたことによる調査の一環だ。

 魔術師がオドムを殺したかもしれないという疑惑が浮上し、メローラが呼び出された。理由は、外での魔術行使が検知されたからだ。ユーリットの一件が遅ればせながら響いていた。さらには、ありえるはずのない目撃証言までもが出ていた。


(どうせ最終的にはソラが殺したことにするくせに)


 父親が考えることは、手に取るようにわかる。今はこじつけで自分に不利益を与える可能性があるものを調査しているだけに過ぎない。マスターの死は、非常に使い勝手がいいのだ。邪魔者の素行調査に利用した後、今度は戦争の火種に注ぐ油として利用する。

 マスターが殺されたとあらば、戦争の激化は必至だろう。戦争に興味がなかった魔術師も、本腰を入れて参戦してくる。

 和平交渉への道は限りなく低まったとみていい。相賀たちも、和平ではなく停戦に向けて方向性を調整することだろう。

 ここまではいい。仕方のないことだ。オドムが死んでしまったのだから。

 では、一体誰が彼を殺したのだ?


(ソラは……有り得ない。けど、間接的に関与している可能性もゼロではない。オーロラドライブの出自が不透明な今、彼女が利用されてる可能性もある)


 オーロラドライブは、ジャンヌによる進捗の遅い解析によって、徐々にだがタネあかしされつつある。

 だが、まだまだ謎の部分が多い。教会内部の資料でオーロラドライブの名称を拝見させてもらったことがある以上、何らかの細工が仕込まれている可能性もあり得た。

 例えば、非殺傷兵器と思わせて、時間差で敵を殺す術式が組み込まれている可能性。


(でも、だったらユーリットも死んでいるはず。リーンからそのような連絡は受けてない。油断はできないけど、ソラはシロだと考えていい)


 そもそもそんなまどろっこしい手を使わずに、刺さった瞬間殺してしまえばいいのだ。非殺傷武器だと思って敵を刺し貫いて、結果としてオドムが死んでいたら、ソラの精神を破壊できたはずだ。そのような手段に応じない時点で、ヴァルキリーの開発者は、魔術教会とは違う考え方で動いているとみていい。


(では……お父様?)


 一番可能性が高い男が、今自分を容疑者に仕立て上げている男だった。

 ずっと自分の動きを薄々とだが捉えていたに違いない。父親の油断のなさにメローラは苛立つ。

 これでもしただの馬鹿者ならば、対処は容易だったものの。


「そう睨むな。私が聞きたいのは、お前が外部で使用したロンギヌスの槍についてだ」

「……何のことだか、わかりません」

「嘘を吐くな。お前が槍を使ったことは把握している」

「……人の魔力を逐一感知していたってことですか。感謝します、お父様。気遣ってくれて」


 嫌味の一つで言わなければやってられなかった。しかし、前に立つ男は意にも留めない。こういう男だ。無能者がいくら雑音を喚いたところで聞きもしない。虫が騒いだところで、人が気にしないのと同じだ。


「お前が魔術を行使した時間と、オドムが殺されたとされる時間は合致しない。だが、わかるな? そのようなアリバイは魔術でいくらでも崩れ去る。念のため、お前の部屋を調べさせてもらうぞ」


 これ以上に強引な部屋探しがあるだろうか。しかし、恐ろしいことにアーサーの意見は通ってしまう。

 彼の方が強いからだ。メローラとアーサーでは、やはりアーサーの方が格上だ。


(でも、勝つのは強者ではない。勝った者が強者と呼ばれるだけ。頼むわよ、ブリトマート)


 自らの部屋の秘密を腹心が保守してくれると信じて、メローラは堂々と取り調べを受け続けた。



 ※※※



 ソラは自分が見逃したはずのオドムの死を受けて、ショックを受けていた。だが、そんな自分よりも、作戦室の中を忙しく動き回るジャンヌの方が気掛かりで、彼女に思わず声を掛ける。


「どうしたの、ジャンヌさん。まるで子どもが産まれるのを待つ父親みたいに」

「妙な例えしないでよ。気にしないで。こういうくせなのよ」

「いや、さっきから明らかに挙動不審だぞ。……もしかして、トイレか?」

「そんなわけないでしょ! いいから放っておいてよ!」


 メグミに神経質な怒鳴り声を返して、ジャンヌはいったりきたりを繰り返す。さっぱり事情がわからなかった。

 第七独立部隊の主力メンバーは、新本部から新型兵器搬送のため、多くの隊員が出払っている。さらに、ソラたちはこれから日本である魔術師を迎撃するよう命令されたため、何かあれば出撃しなければならない状態だ。

 現に、ホノカはマリと共に北海道へ出撃中。少しずつだが、魔術師の攻撃頻度が増加している。


「……これから、どうなっちゃうんだろう」


 ソラはジャンヌから目を逸らして、テーブルの上に突っ伏した。

 チャンスを掴んだと思ったのに、掴めていなかった。オドムを逃がしたことに後悔はしていない。

 でも、オドムの死は純粋に悲しい。善人も悪人も、もう誰にも死んで欲しくないのだ。だというのに、救ったはずの命が自分の手を零れて、殺されていく。


「気にしたってしょうがないだろ、お前が」

「メグミ」


 気落ちするソラに、メグミが励ますように声を掛けた。


「お前はバカなんだから、変なこと考えず、昼飯のことでも考えてりゃいいんだ」

「ちょっと、他に言い方ないの? まぁ、でも、そうだね。確かにお腹すいた」


 そろそろ昼時である。軍人である以上、食べられる時に食べておかなければならなかった。体調管理も軍人としての務めなのだ。

 ソラは立ち上がり、忙しく歩き回るジャンヌに所望するランチを訊ねる。


「ジャンヌさん、リクエストある?」

「ステーキ!」

「んなもん食堂にねーよ。他に何かないのかよ」


 いくら協力的とはいえ、魔術師であることに変わりがないジャンヌは防衛軍人の中に混じって食事を摂ることは許されない。そのため、作戦室で食事をすることになっている。

 ゆえに、誰かが代わりに運んでこなければならないのだが、毎度毎度チョイスが贅沢なのだ。もう少し庶民的な食べ物を選んでくれと、ソラは毎回ため息を吐くはめになっていた。


「私は私が食べたい物を私が食べたい時に食べたいの!」

「贅沢言うなよ、捕虜のくせに。全く……」


 メグミが呆れ、お前の昼飯はうどんなと一方的に通告し、そんな! とショックを受けたジャンヌから離れて食堂へと移動する。

 その後ろをついていったソラは、奇妙な感覚を感じて、食堂とは逆方向へと向きを変えた。


「おい、どこに行く? とうとう道もわかんなくなったか?」

「違うよ、もう。何か変な気配を感じてさ」

「……まさか、敵か?」

「うーん、違うとは思う……きゃ!?」


 ソラが女の子らしい悲鳴を上げた。横の通路から突然人影が飛び出してきたのだ。


「おっといけない……じゃない。ごめんなーさい!」

「いえいえ、そっちこそ大丈夫……?」


 ソラと激突した少女は、どこかで見覚えあるような面影の少女だった。金髪碧眼。自分と同年代か少し年上くらいの少女。一瞬誰かに似てる、と考え込んで、すぐに思い当たった。


「ロメラちゃんに似てる……?」

「あっ、もしかしてロメラの知り合いですか!? 私は、ロメラのあに……じゃないな、姉のモルです!」

「んー? 何か言葉がおかしくねえか」

「ご、ごめんなさい! ニホンゴ、ムズカシイ」


 誤魔化すようにカタコトで喋り出すモル。その姿を見かねて、ソラが怪しむメグミを窘めた。


「ダメだよ、外国人さんをいじめちゃ」

「いやさっき流暢な日本語話してたじゃねえか。……まぁいいや。ロメラを探しに来たんだろ? 残念だが、あいつは今日いねーぞ」

「あ、知ってます。今日は皆さんに妹を預かって下さったことへのお礼を言いに参りました」


 モルは礼儀正しく受け答えする。そして、まずソラたちの名前を問うてきた。


「えっと、あなた方のお名前を……よろしければお教え願いますか?」

「あ、そうだね。私はソラ。青木あおきそらです。よろしく」


 ソラはメグミに先んじて挨拶を交わす。と、モルはにこりと笑って、ソラの方へ手を伸ばし、


「……あ、なかなかいい大きさのお胸ですね」


 平然とした様子で、人の胸を揉んできた。


「ひいっ!?」


 ソラは叫んで慌てて距離を取り、


「私は滝中たきなか恵美めぐみ……ってお前何してんだ!?」


 と自己紹介をしていたメグミはぎょっとした表情で言う。

 対して、モルはソラの胸の感触を確かめるように右手をにぎり、感想めいた言葉を呟いた。


「ちょうど、手に収まる程よい大きさ。何度でも揉み返したくなる弾力。いい。実にいい」

「何言ってんだ!」

「い、いきなり人の胸を揉むなんて……」


 ソラは顔を引きつらせ、嬉々とするモルに視線を送る。モルはソラの変化に気付き、取り繕うように言い訳を述べた。


「あ、失礼しました。私の故郷ではこれが同性同士の挨拶なので……」

「そ、そうなの……? なぁんだ――とは、ならないよっ! いくら何でもそんな文化聞いたことないよ!」


 いくら無学のソラと言えども、そこまで意味不明な文化は聞いたことがない。確かにソラはバカではあるが、だからと言って丸めこめるほど無警戒ではないのだ。


「あ、ばれちゃいました? そうです。私はおっぱいが好きなんですよ」

「開き直りやがった。絶対触らせないからな」


 自身の趣味を告白したモルに、メグミが警戒心剥き出しで距離を取る。が、悲報なのか朗報というべきか、モルの興味ではないようで、メグミが胸を触られることはなかった。

 喜ばしいはずなのに、なぜかメグミはくそっ、と毒づいた。揉まれた身にもなってよ、とソラは思わず言いたくなる。


「……まぁ、モルさんが女性だからいいけど、もしあなたが男の人だったら……あ、あれ? なんていうんだろう。痴漢? セクハラ?」

「何でもいいだろう面倒くさい。で、何の用なんだよ。お礼で乳揉みしにきましたとか抜かしたらぶっ飛ばすぞ」

「まさか。お礼は本当ですよ。部隊長に会わせていただけますか?」

「相賀大尉はいねーぞ。今日来たのは間違いだったな」


 メグミがよそよそしい態度で応える。モルはそうですかー、と残念がる素振りも見せずに相槌を打ち、


「でしたら、見学させていただけますか。妹はまだここがどんなところか詳しく説明してくれなくて」

「……どうする? ソラ」

「いいんじゃないかな、別に。……セクハラタッチはNGだけど」


 ロメラが出入りしているところへ姉が来ても大した問題にはならないだろう。そう判断して、ソラはモルを案内することにした。

 まずは食堂に行かなければ。ジャンヌのお昼を取って来なければならない。そうモルに説明すると、彼女ははーい、と呑気な声で返事をした。


「その変態、お前がしっかり見張っとけよ。どうやら私は眼中にないようだから、安心安全だけどな」

「もしかしてメグミ、怒ってるの?」


 あまりに素っ気ない態度から推測し、ソラが訊ねる。とメグミはそっぽを向いて、不機嫌な声で答えた。


「そんなことはねーし? 人の成長速度には個人差があるしな。それに、私は勉強も運動もお前に勝ってるし、たかが体の一部分程度負けたところで全然全く気にならねえから」

「う、うん。そうだね……」


 話しづらくなって、先に進んでいく。二人の歩く後ろで、モルが妹のようにほくそ笑んだことに気付く様子もなく。



「げっ」

「いきなりげっ、とはご挨拶だな。せっかく飯を持って来てやったというのによ」


 モルを伴って食堂へ行き、食事を運びながら作戦室の扉をくぐると、待っていたのはなぜか苦虫を噛み潰したような顔をしたジャンヌだった。

 メグミが不満を漏らしても、彼女は取り合わない。それどころか、メグミのことが眼中にないようにも見えた。

 視線はただ一点。ソラとメグミの後ろに立つモルへ向けられている。


「あ、可愛らしい方ですね」

「どの口が言うの、どの口が」

「ん? 今何か言った? ジャンヌさん」

「あ、ああうん。ごめんなさい。ちょっと気が立ってて。もう大丈夫」


 と笑顔をみせたジャンヌだが、差し出されたうどんに納得しがたい、という風に眉を顰める。


「そんな顔をするんじゃねえ。うどんを舐めるなよ」

「うどん自体をどうこう言うつもりはないわ。ただ、気分じゃないのよ」


 文句を返すジャンヌだが、いつもよりも控えめだ。存外素直に受け取って、自分の前へと食器を置いた。

 そして、普段なら自分の論理を捲し立てる時間を省略し、黙々とうどんを啜り始める。不安事が解消されたかのような変わり身だ。


「心配事、どうにかなったの?」

「私は、別に……。どうせあの子、自力で何とかするし」


 何やらよくわからないことを言いながら、ジャンヌはうどんを食べ進める。金髪美人がうどんを啜るという国際的光景を目の当たりにしながら、ソラもまたそばを食べ始めた。隣に座るメグミはカツ丼、モルはさしみ定食を注文していた。


「和食、おいしいですね」

「変態でも味覚はまともみてえだな」


 メグミが嫌味全開で当たると、モルはにこ、と聖人のような笑みを浮かべながら、


「やだなぁ、メグミさん。いくらあなたが貧乳で、私に揉まれる価値がないからって酷く当たらないでくださいよ」


 と恐ろしいことをさらりと言い放つ。あまりの発言にメグミが咳き込み、ソラが背中を叩いてあげた。

 そして、息を整えると憤怒の形相でモルを睨む。


「言っていいことと言ってはならないことの線引きがなってねえようだな、あぁ?」

「め、メグミ、落ち着いて」


 怒れるメグミを落ち着かせようとするソラだが、モルの発言のせいで上手くいかない。


「だって、事実ですもの。貧乳は貧乳なりに良さはある、と思います。でも、揉むことはできない。これは事実です。スレンダーと言えば聞こえはいいですが、やはりおっぱいにはロマンが詰まってます。夢と希望の塊が、おっぱいなのですよ。あなたのそれには、無残な夢と絶望しか残っていません」

「て、て、テメエ! 一遍死に晒せ!」

「わーっ、ちょ、メグミ!」


 我慢ならず、メグミが暴れ出した。ただでさえあまり温厚とは言えない性格なのだ。コンプレックスを刺激されて、大人しくしていられるはずもない。

 加えて、モルの言動はマリの数十倍毒を含んでいた。メグミの怒気を増加させる毒を。わざとなのか無自覚なのか、モルは面白そうに笑っているだけだ。


「だからこの人嫌だったのに」

「あら、そこのお方、何かおっしゃいました?」

「い、いえいえ別に……って、こっち来ないで!」


 モルの矛先がジャンヌに向かい、その背中を後ろから襲おうとするメグミを背後から抑えるソラ、という阿鼻叫喚の図がしばらく続いた後、事態はある人物の到着によって収束した。


「何、してるの? モルお姉ちゃん」

「あ、めろ……メラ。ごきげんよう」

「うん、ごきげんよう。……お姉ちゃん?」


 怪力の幼女、はフィクションだとよくいるが。

 実際に姉を拳でぶっ飛ばす幼女というものを、ソラは初めて目の当たりにした。



 ※※※



 姉の暴挙に腕で物を言わせたメローラは、家族会議をしますと断わりを入れてソラたちの元から離れた。簡易庭園のベンチで痛そうに頬を擦る姉に、メローラは普段の口調で呆れ果てる。


「何してるのよ、全く」

「女性同士のスキンシップだろう。案の定、そこまで大ごとになっていない」

「あれでそこまでなの? ほとほと呆れるわ」


 さっきからため息しかメローラは出ない。対して、モルは胸の感触を確かめるように手をにぎにぎしているだけだった。


「最悪だとばかり思っていたが、なかなか悪くないな。こっちにくるのも」

「あたしはあなたに胸を触らせるためにここに連れてきた訳じゃないんだけど」

「わかっている。オレを親父殿から救うためだろう? 愛すべき妹よ」


 にや、と不敵に笑う姉の顔にムカついて、メローラはふん、と鼻を鳴らす。モルは妹の反応に満足したような顔をして、言葉を続ける。


「しっかし、ジャンヌの奴もいい具合に成長したな。そろそろ食べ頃だろう」

「…………」


 軽蔑の眼差しを注がれても、モルは動じなかった。性格に関しては最悪だ。彼女をここに連れてきたのは、アーサーの眼から逃れさせるためだった。彼女の生存はトップシークレットだ。いくらこういう不安要素に目ざといアーサーと言えども、まさか彼女が生きているとは思っても見まい。


「下手にあたしの部下に手を出して戦力を半減させたら殺すから」

「おー、おー、怖い。案ずるな、どうせこんななりじゃ女は抱けん。……そもそもお前がオレを女にしたんだろう?」


 少女であるはずのモルの眼光に、男が兼ね備えるぎらついたものが混じり合う。

 それもそのはずだ。彼女、もとい彼はかつて男だったのだから。

 ――彼女の名前はモルドレッド。元々男だった魔術師であり、メローラの兄だ。


「仕方なかったのよ。女体の方が生命力が高いし。瀕死のお兄様を生かすには、性転換させるしかなかった」


 今後の憂いとなるとして父親に瀕死にさせられたモルドレッドを回収し、治癒のために女性化させたのは他ならぬメローラだった。男性体のままでは、生命力の保持が叶わず生存が困難だったのだ。

 それに、女性化は多少なりともメリットがある。その一つが、生存の偽装ができる、ということ。


「それに、あなたが女になってるとは夢にも思わないでしょう?」


 メローラがメリットの一つへ言及すると、確かにな、とモルドレッドは相槌を打った。


「堂々と胸を揉んでも怒られる確率が減ったのも嬉しい誤算だ。男に胸を揉まれたら奴ら、きゃーだのわーだの叫ぶ。女と男は性行為するために差別化されてるんだというのに。男が女の胸を揉み、性的行為に励むのは遺伝子レベルで刻まれた生理現象の一つだろう。そこで拒絶するのは実に嘆かわしい」

「そんな猿みたいな考え方だから、あなたは女に嫌われるのよ」


 モルドレッドの性格が最悪であると言われる所以の一つ。彼は下半身に忠実な男だった。ゆえに、メローラはだいぶ苦労させられたものだ。彼は思春期男子特有の性的関心を恥ずかしげもなく高め続け、既に何人かの女性魔術師を手籠めにしている。

 数年眠っていても治らないのだから、もはや呆れることしかできない。


「ふん、お前こそ女心がわかっていないな。世の中には無理やりされるのが好みの女が意外と多い」

「世の女性を敵に回したいならどうぞご自由に。あなたが誰を襲って返り討ちに遭おうが興味ないわ。でも、まだジャンヌを襲うのはダメ。彼女の術式が解除されてしまう」

「わかっている。しかし、問題なのは純潔を散らすことだろう? 女体化している以上、やり様は他にも――」

「何を恐ろしいこと言ってるの! 厳禁よ、厳禁!」


 ジャンヌが監視ドローンを引きつれて現れた。彼女の背後でぷかぷか浮かぶ円盤型ドローンは、魔術的単語が含まれる会話を録音できないようあらかじめ細工が施されている。魔術師は人間を監視できるが、人間は魔術師を監視することはできない。これが魔術と技術の差である。


「現金? あら、お兄様、良かったじゃない。金を積めばやらせてくれるって」

「ほう? そいつはいい――」

「なわけないでしょ! ダメだって言ってるの! ……うう、やっぱりこの人嫌いだわ。何でここに連れてきたのよ」


 泣き言を放つジャンヌだが、メローラとて望んでここに連れてきたわけではない。仕方がないから、そうしたのだ。死んでいてくれても構わなかったのだが、やはりアーサーを討ち果たすためにモルドレッドは必要不可欠。生かすためには、浮き島から離さなければならなかった。

 アーサー王伝説では、アーサーはモルドレッドに槍で突かれて倒される。彼以上に強力な切り札をメローラは知らない。

 ゆえに、メローラは胸を張って応えた。


「わかってるでしょ。お父様を殺すため」

「……それで本当にいいの、メローラ。モルドレッドさんも」


 ジャンヌが二人を気遣った。どれだけアーサーが憎かろうと二人の父親には変わりない。彼女は自己愛主義者ナルシシストであるが、そういう優しさも持ち合わせている。

 メローラが想うジャンヌのいいところの一つがその優しさだ。でも、今その優しさは必要ない。


「いいに決まってるでしょ。じゃないと、あの子が浮かばれない。……復讐を果たしたところであの子が喜ぶとは思えないけど」


 メローラは浮き島の方角へ視線を上げた。青い空の遥か遠くに存在する浮き島。

 かつてそこにいたメローラの初めての友達は、もういない。無残な姿となって、死んでしまった。


 

 ※※※



「クリスタル。またサボり?」

「……その失礼な物言いはアテナね」


 空見を楽しんでいた自分に失礼な言葉を掛けた金髪の少女に、クリスタルは肩を竦ませる。

 浮き島の崖に座るクリスタルに声を掛けたのは、神話再現を行う少女アテナだった。

 ギリシャ神話における戦争の女神を再現する彼女は、アテナが産まれて出た当初の装いの通りに金の甲冑と兜を被っている。奇しくもアテナの装備はヴァルキリーに似ていた。もしくは、ヴァルキリーの装備がアテナに似ているのか。


「警護任務ごくろうさま。でも、ここには何もないわよ」

「あなたがいたでしょう?」

「……ちょっかいを出しに来たの?」


 クリスタルが訊き返すとアテナは首を振って笑いかけた。


「たまたまよ。偶然。通りかかったらあなたがいただけ」


 偶然とアテナは言うが、クリスタルは必然的な出会いだと思っている。ここはアテナが見回りをする通り道であり、クリスタルが空を展望する場所でもあるのだ。そのため、たまたまであり、仕組んだ出会い。アテナは古代流派でありながら現代流派を忌み嫌わない魔術師の一人。クリスタルとアテナは友人同士だった。


「浮き島内部での掟破り……あなたが見回るようになってから検挙数が増えたようね」

「今まではスルーされていたって言い方が正しい。……電子機器を公の場で使用する魔術師が増えた」

「携帯くらい良いでしょうに。浮き島の魔術師の約七十パーセントが現代っ子なのよ?」

「私は節度を守れって言いたいの。……これで古代魔術師に捕まったら最後、助けることはできないのよ?」


 アテナは電子機器の存在に寛容的な魔術師でもある。しかし、使用場所についてはクリスタルと意見が違っていた。彼女は彼女なりに魔術師たちを守ろうとしているのだが、やはりそういう細かな意見は食い違う。

 しかし、自分と違う意見の相手と議論を交わすのは楽しい。こればかりはソラにはなかった素質だ。ソラは他者の言うことを一部の譲れない事柄を除き、はいはいと頷く性格だった。


「でも、あなただってふと写真を撮りたくなったりするでしょ」

「堪えるわ。……あの子のように人間かぶれしたところで、殺されるだけ」

「例の友達の話?」

「そう」


 アテナの言葉はそれ以上続かない。でもクリスタルは何度も聞いているので覚えている。

 アテナには親友がいた。でも、その子は人間に殺されてしまった。聞いた話では、見るに堪えない無残な殺され方をしたようだ。

 奇妙なことに、アテナの友達は、ソラと同じように人と魔術師を分け隔てなく扱う思想の持ち主だったらしい。似たような友人を持つことから、話す内に二人は打ち解けていた。


「あなたも急いで保護することね。例の友達を。手遅れになったら遅いから」

「忠告をありがとう。でも、そう上手くいかないのが現実よ」


 クリスタルが思わず愚痴をこぼす。そうね、とアテナは賛同し、


「その通りだけど、急がなきゃ。私のようになる前に」


 踵を返して森の中に去っていく。大切な友人を失ったアテナの姿は、まるで生きた屍のようだった。

 アテナは守れなかった友の時と同じ過ちを繰り返すまいと、防衛戦争に特化したアテナを神話再現して、毎日毎日、浮き島内の警護をしている。

 何かに取りつかれたように、同じことを繰り返している。

 もし、自分がソラを喪ったら、あんな風になってしまうのだろうか。


「……」


 クリスタルは黙ったまま空見を続けた。最悪な結末を考えまいとして。

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