黄昏の召喚者
黄昏を背景に、漆黒の竜が空を舞う。その姿は神話の神のようであり、同時に、死を伴う死神を彷彿とさせた。
ソラは剣を手に取り、ドラゴンとその後ろに浮かぶ魔術師を目視する。
「ほう、流石は恐れを知らない者だけはある。だが、お前如きがドラゴンを倒せるわけはなかろう?」
黄昏竜が再び咆哮し、手綱基地の滑走路へ轟音を立てて着陸した。砲台で迎撃したが、ガトリング砲やミサイルでは竜の鱗は傷付けられない。
「マジか……どうやって倒す」
いざ巨体を目の当たりにして、メグミが怖じていた。ホノカも慄いて絶句している。
スケールが違い過ぎた。今までの相手は攻撃すれば倒せるということが何となく理解できていた。
しかし、今回は違う。竜だ。ドラゴンだ。びっしり覆われた鱗はあらゆる武器の攻撃を無効化する。
『今、私たちも向かって――』
「だ、ダメ! ドラゴンの相手は私たちがするよ!」
援護に向かおうと通信を送ってきたマリにソラは言い返した。ヤイトとマリの装備ではドラゴンに対抗できない。攻撃力も防御力も機動力も、全てが足りなかった。
誰も傷付けさせないと誓ったのだ。例え見通しの甘い、浅はかな考えだとしても……。
『でも、どうするのよ! あなたたちだけじゃドラゴンの相手は無理! それにオドムだっているのよ?』
『待って、マリ。ソラさんの意見は一理ある。車で移動して、僕たちは狙撃に徹しよう』
『でも、バカソラたちだけじゃ……』
「お前はいつから心配性になりやがった? お前より強い私がいるんだ。大丈夫だぜ」
自分たちの身を案じるマリの弱気な発言を聞いて、メグミの気力が戻った。その声を聞いて、マリも声を弾ませる。
『あら、ただの脳筋のくせに言うじゃない。いいわ、今回はお手並み拝見と行きましょう』
「ありがとう、マリ。相賀大尉は……」
『俺にも逃げろ、とか言うなよ? あの鱗は貫けそうにないが、囮ぐらいにはなるさ』
VTOL機が発着し、ドラゴンとオドムの方へ向かっている。ドラゴンは太い爪をペガサスへと振り下ろしたが、エースと呼ばれる腕前を発揮して彼は難なく打撃を躱す。
大丈夫そうだった。さらには、たかが人間に自慢の召喚獣の攻撃を避けられて、オドムが腹を立てている。
『今のうちに対応策を考えろ。流石にこいつをずっと引きつけてはいられんぞ』
「わかりました! ……じゃあ、どうしよう?」
「威勢よく返事しておいて、その弱気な声はなんだよ、しゃんとしろ」
「メグミちゃんだってさっきビビッてたけどねー。もしかして、爬虫類とか苦手?」
「あれは爬虫類に分類されるのか? ……見た感じ、熱には強そうだが」
ミサイルの爆撃に晒されてもびくともしないことから、熱に対する耐性を持っていることは明らかだ。
するとホノカが閃いたように声を上げる。
「だったら、氷はー? 凍らせちゃえばどうにかなるかもー。恐竜さんだって氷河期のせいで絶滅したんでしょー?」
「あ、なるほど。それは使えそうだな」
「ナイスだよ、ホノカ!」
ソラに褒められてやったー、と喜ぶホノカ。だが、冷静なメグミが次に放った一言で固まった。
「だけどよ、どうやって凍らせるんだ?」
「……あ」
「私が使えるのは剣と槍と盾。メグミは拳だけ。ホノカは……」
「そういう魔術はできない、かなー。基本的に回復用だし」
名案かと思われたが、実行方法が存在しないという致命的な欠陥があった。どうやら結局、直接叩くしかないようだ。ソラたちは諦めて、臨戦態勢を取る。
「実際に戦ってみないとわからん、か。今まで訓練してきたフォーメーションで……」
「三位一体攻撃! これしかないね!」
「みたいだねー」
三人は今一度顔を見合わせると、肩を並べて同時に飛翔。そのタイミングに合わせて、相賀が一旦距離を取った。
「ふん、腰抜けどもめ。望みの死に様は決まったか」
「ああいうおっさんは大っ嫌いだ。一気に片付けるぞ!」
「うん!」
まずメグミがドラゴンに向けて突撃。拳による打撃をドラゴンの胴体部分へぶつける。が、効果がない。いくらスヴァーヴァによって強化されている拳と言えども、相手の巨体が大きすぎた。アリの全力打撃を人間がぶつけられたところで、大した痛みにはならないのと同じだ
「チクショウ、硬いッ!」
「退魔剣なら!」
と思いっきり剣を振り下ろしたが、ドラゴンは確固たる存在としてこの世界に顕現しているようで、ソラの斬撃は見事に弾かれた。魔力を分解される様子も見られない。ミカエルやパラケルススの四大精霊とは違い、完全な実体化である。
この完全、完璧さこそ、オドムがマスターと呼ばれる所以だった。さらに、彼がマスターと呼称されるのは召喚術だけではない。
「そろそろ私も杖を抜くとしよう。裏切りに堕ちたこと、後悔するがいい」
「私たちは裏切り者じゃありません! うわッ!」
オドムはローブの裾を拭い、右腕に刻まれた魔法陣から剣を召喚した。それを杖を使ってソラへと飛ばしてくる。ホノカが前へと出て杖を掲げ、剣に元に戻るように念じたが、
「戻らないッ!?」
剣は剣のままだ。それもそうである。ただ剣をこの場に召喚しただけなのだ。それ以上のロジックは剣に含まれていない。てっきり防ぎきれると思っていたホノカは防御がままならない。やられる、と直感し目を瞑ったホノカだが、
『戦闘中は眼を瞑らない方がいい。諦めるのは、仲間が全員居なくなり、打つ手がなくなった場合のみにしよう』
というヤイトの声を聞いて安堵の息を吐く。当たる直前に銃弾が剣を撃ち落としていた。
「ヤイト君、助かったー」
『ぼさっとしてないでちゃんとする。狙撃でオドムの動きをかく乱するわ。あなたたちはドラゴンとオドムを巧く立ち回って倒して』
「無茶難題を言ってくれる。ソラ! ホノカ! 弱点をないか探すぞ! こういうのは大体どっかに弱点が……」
というメグミへドラゴンは大きな口を開けて、丸のみしようとしてきた。うわあッ! と悲鳴を上げてメグミが回避する。
ソラたちはその間にドラゴンの身体を観察し始めた。三百六十度、全方向を確認する。よくあるファンタジーでは、ドラゴンの心臓部分に傷口があり、そこを突くことで倒せたりする。神話でも竜殺しの話はメジャーだ。
人は時として槍や弓、剣でドラゴン殺しを成す。ならば、魔術の鎧に身を包むヴァルキリーでも、ドラゴンは討ち果たせるはずだ。
と見通しを立てて探し回ったが、いくら探せどそのような弱点は見つからなかった。
「ハッ、甘いわ! そのような明確な弱点、私がわざわざ創ると思ったか?」
「……だったら目潰しだ!」
メグミはソラとホノカに指示を飛ばす。ソラは銃槍を装備し、ホノカは杖を散弾銃モードにして、ドラゴンの頭部目掛けて射撃する。ソラの銃弾とホノカの散弾がそれぞれの目に直撃したが、
「効かないだとッ!? あああッ!」
横に凪ぐように放たれたドラゴンの尻尾打撃によって、メグミが吹き飛ばされる。いち早く反応できたソラは避けられたが、叩き落とされたメグミに気を取られたホノカも、まともに直撃してしまった。
「メグミ、ホノカ!」
「チク……ショウ! 弱点がないとかありかよ……」
「う、うう……」
コンクリートが割れて、メグミとホノカは仰向けに蹲っている。ホノカが苦しげな息を吐きながら、杖を取り出し、まずメグミに治癒を掛けた。次に自分へと回復魔術を行使する。
「ふん、そんな隙を――おっと」
『大丈夫か!』
相賀がペガサスを駆り、オドムへと機銃を斉射した。オドムは銃撃を難なく躱しつつ、ドラゴンに相賀への攻撃を命じる。そして、二人の前へ立ち塞がるソラへ向けて、杖を掲げたが、遠方からの狙撃によって行動は阻まれた。
「人間風情が、私の邪魔立てをするな!」
『ソラさん、今の内に――ぐッ!』
『ヤイト!』
ヤイトの言葉が彼自身から発せられた苦悶の声と、マリの叫びに掻き消される。
「どうしたの!?」
『大丈夫だ……大した怪我じゃない。気を付けて、みんな。どうやら奴はどこにでも魔法陣を描けるようだ』
「遠隔……召喚――」
トリグラフ基地の壊滅原因の一端。オドムは直接現場に赴かなくても、遠方から魔法陣だけを刻んで召喚することができる。
彼がわざわざヴァルキリーを相手取っているのは、見栄のためだった。召喚獣がヴァルキリーを討ち取っても、オドムの成果だとはイメージしにくい。だが、直接出向いて始末したのなら、それは間違いなく彼の手柄となるはずだ。
ジャンヌから聞いた説明通りの人物。尊大な男。しかし、強力な魔術師であり、マスターの称号を持つ者であることは間違いない。
『短剣をヤイトの右足に向けて召喚してきたわ。あなたたちも注意して』
「武器を直接、身体に向けて召喚する……」
敵の攻撃方法を口にして、ソラはその強大さに戦慄する。オドムは今、最高の召喚獣を使って遊んでいるのだ。実力差を世界と魔術教会に見せつけ、自身の強さをアピールしている。
それが魔術師の誇りであり、明確な弱点だ、とマリは教えてくれた。だが、差があり過ぎる。背中ががら空きだとしても、こちらが攻撃できなければ、攻撃が当たらなければ意味がない。
「く、でも……」
ソラは下方で身体を癒している親友へと目を落とす。完全回復にはもう少し時間が掛かった。それに、こうしている合間にも、相賀がどんどん追い詰められ、ヤイトとマリの身も危ない。
さらに、ヴァルキリーが斃された場合、彼とドラゴンは手綱基地、いや手綱市を壊滅させるだろう。自分の名声を高める。ただそれだけのために。
そんなことはあってはならない。許容できない。
(どこかに、何か!)
ソラは魔弾をあちこちに撃ち放ちながら、ドラゴンの周囲を旋回する。相賀を追いかけていたドラゴンは、ソラへと方向転換し、その隙に相賀がオドムへと攻撃を加えるのだが、
「ふん、ヘルヴァルドの奴はどうしてこのような手合いにてこずる?」
「しまった!」
ペガサスの表面に、魔法陣が浮かび上がった。そして、唐突に大剣が現われる。エンジンとコクピットは避けたものの、ペガサスは飛行不能となり手綱基地へと墜落し始めた。
「相賀大尉!」
『構うな! 自分のことだけに集中しろ!』
相賀は爆発寸前の機体から射出装置を使って脱出し、無人の機体が滑走路へと激突、爆発を引き起こす。
「く――やっぱり、効かない!」
ソラは挽回できない現状を嘆いた。どうしようもなく火力が足りない。柔らかいと思われた腹部を狙っても、ドラゴンは涼しい顔だ。頭、腕、足、背中、腹部、尻尾。様々な個所に銃弾の雨を降らせたが、魔弾の効果は見られなかった。
ならばと槍を構え、投槍のフォーム。投槍は銃撃とはまた違った物理属性攻撃だ。ブリュンヒルデの投槍はソラの持つ最大火力。これが効かないなら、他の武装も意味がない。
「柔らかいお腹に――」
「やってみるがいい、ブリュンヒルデ」
「ソラ! 後ろだ!」
「えッ!? うわッ!!」
オドムはソラの不意を衝いて蹴り飛ばした。ソラは空中でもみくちゃとなりながらも、何とかして態勢を整える。
やはり対処するべきはドラゴンではなくオドム、と戦略を見直そうとしたソラだが、
「ソラ!!」「ソラちゃん!!」
という二人の叫びで気付く。
「……え?」
ドラゴンがソラに向けて飛行していた。圧倒的な速度で。その巨大な体躯で風を切りつつ。
その大きな口が目に入る。とても大きかった。人ひとりは優に丸呑みできる大きさだ。
ゆえに、ソラは。
迎撃も防御も回避も間に合わず、悲鳴すら上げられずにドラゴンに呑み込まれた。
※※※
――人が死ぬ時はきっと、走馬灯がよぎることすらなく、過去を顧みることすらできず、一瞬の後に消えゆくのだろう。
ソラは死について、そのようなイメージを抱いていた。特に、殺傷が伴う死については。
病死や衰弱死だったらきっと、自分の人生について思い返して、ああやればよかった、こうすればよかった。ある時は、とても楽しく、ある時はとても悲しくて、またある時はとても嬉しかったと想いを馳せることができるだろう。
でも、殺される時は一瞬なのだ。後悔も懺悔すらできず、自分という存在は消去される。
優しい想いも他者への祈りも、残らない。
「そんなのは……いやだ」
心の底からそう思う。だが、たったひとりが何を想ったところで、死という現実は変わらない。
理想をいくら思い浮かべようが、世界の法則は変化しない。
たったひとつの例外を除いては。
「まじゅつ、まほう」
素晴らしき奇跡の御業。不可能を可能にする力。
しかし、そのような力を手にしても、人間は愚かだった。今までと同じように戦争をして、今までと同じように悲しみが溢れる。
人とは本質的に愚かなのだ。愚者はひとりで賢者百人分の働きをするという。
ひとりの賢者が叫んでも、百人の愚者に塗りつぶされる。
ひとりの愚者が叫んだら、世界は愚者の物へと成り下がる。
人の祈りは、届かない。誰の元にも。
「そう、かもしれない。けど、わたしは、それでも……。それでも、人と魔術師を信じるよ――」
無意味だと信じながらも、自身の想いを口にする。すると、世界の闇が晴れていった。
まず最初に感じたのは強烈な寒気だった。
「うわっ、さむっ!」
ソラは慌てて飛び起きる。そして、眼前の光景に絶句した。
「雪……吹雪?」
ソラは雪原の中で眠っていた。ブリュンヒルデの鎧をまとって。なぜか、どうしてか。理由がさっぱり見当つかない。
それでも、猛烈な寒さは感じている。理由は不明だが、ここに存在しているということだけは確かなようだ。
「おかしい、な。私はドラゴンに食べられて……。ここが死後の世界ってこと? こんな冷たい場所が……あの世?」
まるで世界の終わりの前兆として訪れる大いなる冬のようである。
ソラはヴァルプルギスの夜の夢の中、巨人と交わした会話を思い出し、苦々しい表情となった。
「巨人どころか、ドラゴンにすら勝てなかった……。クリスタル……みんな……ごめん」
ソラは体育座りで蹲り、小さく涙をこぼす。寒い。悲しい。怖い。いろいろな感情がない交ぜになって、自分の心がわからなくなる。
しかし、その涙も遠くから聞こえた遠吠えで止まった。吹雪の中から、狼のような声が聞こえてきた。
「なに……?」
風と氷雪を駆け抜けて、一匹の狼が現われる。灰色のその狼は、ふかふかした毛皮をソラへと摺り寄せ、
「あったかい……」
その暖かさと温もりを、ソラは肌で感じた。鎧越しで何も感じないはずなのに、強く、そして温かいものが心の中に流れ込んでくる。
いつの間にかソラの瞳から涙は完全に止まり、闘志すら漲っている。
「君が運んできてくれたんだ。大事な物を」
ソラは狼の頭に手を置いて、優しくなでた。くぅん、と嬉しそうに一鳴きし、狼は乗れと言わんばかりに背中を向ける。
「え? の、乗ればいいの? 大丈夫かな……。あ、ああ、うん、もちろん私が重いという意味じゃなくてね!」
狼相手に何を言っているだろう、と我に返り、ソラは恐る恐る狼の背中に跨る。狼は待っていたとばかりに遠吠えし、焦がれるように一気に加速した。
その動きに連動して、ソラと狼がオーロラに包まれていく――。
「この光……輝きは――!」
ソラは狼と共に吹雪の中を駆けていく。寒くも怖くも、悲しくもなかった。
※※※
「何て、ことなの……」
そう呟いたのは戦場をモニターしていたジャンヌだった。オドムの強さは理解していたが、どうにかなるだろうと楽観視していた。
それは近くにいたメローラもそうだったようで、苛立つようにゴミ箱を蹴っ飛ばした。だが、その行為を咎める者はいない。近くで端末を操作するコルネットも画面にくぎ付けとなっている。
「やはり私が……」
「っ、ダメよメローラ。感情的にならないで。あれはただの駒。そうなんでしょ!」
小さな声で、飛び出そうとするメローラは一喝する。ジャンヌはメローラの天邪鬼さを知っている。
利用する、利用しないなどと言いながら、肝心なところで甘い。それがメローラのいいところであり、危険なところでもある。
友人として、ジャンヌはメローラを諫めると、彼女は幾ばくかの冷静さを取り戻した。
「く、でもどうするの? ソラは死んでしまった」
「……。方法はあるわ。私の支援術式なら、オドムを倒せると思うし」
「でもそんなことをすればあなたは裏切り者になる。しかも、勝てるかどうかわからないのよ?」
「大丈夫よ、私は。なんたって聖処女で、オルレアンの乙女。それに、こいつだってあるし」
カチャ、とジャンヌはリボルバーを取り出して笑顔をみせる。だが、その笑顔の危うさを一番よく知るのは他ならぬメローラだった。似たような友達の笑顔を、彷彿とさせている。
待ちなさい! とメローラが声を荒げる。しかし、ジャンヌは取り合わない。修復した旗を精製し、戦場へと駆けていく。
※※※
「うそ、だろ……」
メグミが呆然と言葉を漏らす。ホノカは声を発することができなかった。
ソラが喰われた。殺された。人と魔術師、どちらも憎まず、戦争を止めようとした優しい子が。
「ソラ、ちゃん」
もはや治癒の術式すら中断して、空を漠然と見上げていた。ソラが苦手と言っていた、お別れの時間。
黄昏。夕日の黄金が、世界を照らしている。
「くそ、くそがぁ!!」
「メグミちゃん!?」
メグミは満身創痍の身体で飛び上がり、がむしゃらにオドムへと突撃した。オドムは攻撃せず、メグミの接近を許す。メグミは涙を流しながら拳を打つが、オドムは難なく拳を掴み止めた。
そして、左手でメグミの首を掴む。
「ぐ、ぁ……」
「悲しいか? 悔しいか? しかし、それも当然のことと知れ。お前たちは裏切り者だ。あろうことかマスターである私に杖を向けた。この敗北は必至。この勝利は必然。私が勝ち、お前たちが死ぬ。魔術教会に楯突いた報いをその身に受けるがよい」
オドムは右手に剣を召喚し、首を絞められて苦しむメグミに切っ先を突きつけた。
「ダメ!」
『――くそ!』
ホノカとマリが同時に叫び、回復魔術と銃弾が放たれる。オドムは銃弾を首を傾けて避け、回復魔術をわざと当たるようにメグミの身体を調整し剣を腹へと突き立てた。
「ッッ!!」
「痛むか、苦しいか。お前の仲間は邪悪だな。死ねばすぐ楽になるというのに、わざと時間を掛けて殺させようとしている。自らの保身のためか、嘆かわしいな」
オドムは剣をねじるように差し込んでいく。刺されば刺さるほどメグミの悲鳴は大きくなり、ホノカは止めてと叫んで突撃した。だが、ドラゴンの巨体に行く手を塞がれてしまう。
「ぐ、ぁ、あ……」
「案ずるな、スヴァーヴァ。お前を殺した後、きちんとあの娘も殺してやる。感謝したまえ」
「……けんな」
「む?」
メグミが血を吐きながら口に出した小声。オドムは聞き取れず、もう一度問い返した。
「ざけんなッ!」
そして、痛烈なキックを腹部に受ける。オドムは若干後退し、拘束から離れたメグミへ剣を振るう。メグミはぎりぎりのところで避け、オドムから距離を取る。オドムが追撃しようとしたが、今一度放たれたマリの援護射撃に制された。
彼は憤り、憤怒の表情で言葉を荒げる。
「おのれ、どこまで私を愚弄する気だ、ヴァルキリー!」
「てめえこそ、よくも私の友達を……! ただで済むと思うんじゃねぇ! ……けどな、あいつのと約束だ……。お前は絶対に、殺さねえ!」
メグミは涙を拭い、血がこぼれる脇腹を押さえながらも、まだ闘志は消えていなかった。そして、ヴァルキリーの求める心理状態も維持している。
それはドラゴンと対峙するホノカも同じだった。まだ終わっていない。ソラの犠牲を無駄にするわけにはいかない。
ここで止まるわけにはいかないのだ。最後まで人と魔術師を信じていたソラのためにも。
「ふん、そうまでして死にたいのか。せめてもの慈悲をと思ったのだがな。……ならば、この街もろとも燃えてなくなれ!」
オドムがドラゴンに合図を送る。それに呼応して、ドラゴンが大きく羽ばたく。メグミとホノカは空中浮遊してられず、地上へと降りる羽目になった。
二人を地上に身を落とさせ、ドラゴンが巨大な口を開く。ソラを丸呑みにした口を。
「燃えろ! ヴァルキリー!」
「く――ホノカ、お前だけでも!」
「メグミちゃんこそ! ……ッ!!」
それぞれが双方を逃そうとしたが、もう間に合わない。
ドラゴンの口から高密度のエネルギーが充填され、手綱基地ごと二人を吹き飛ばす――。
「――させないッ!」
「何?」
どこからか、声が聞こえた。馬のいななきと共に。
オドムは周囲に目を凝らし、声の主を探す。死ぬとばかりに頭を腕で覆った二人も倣う。
遠地で狙撃に徹していたマリと、足を負傷したヤイトも。
基地内へと着地し、パワードスーツを装着するため格納庫へと移動していた相賀や、端末で戦場を俯瞰していたコルネットも。
今にも飛び出しそうになっていたジャンヌを、ぎりぎりのところで引きとめていたメローラも。
「何だ、一体、どこから」
しばらく目を動かし、ようやく気付いた。この声は、ドラゴンの腹の中から聞こえている。
「何だ、まさか――。お前は!」
「ハッ!」
馬に鞭を打つ。力強い声が響く。
何かがドラゴンに収束していた魔力を消失させ、口の中から姿を現す。
「お待たせ! だいぶ時間かかっちゃった!」
幽霊のように曖昧で、非物質的な概念として輝く馬。
その馬の上に跨る、騎兵槍を携える薄青鎧に身を包む少女。
目を守るように装着されるバイザー。全体的な印象が変化している。
だが、その少女の姿を見間違うことだけは決してない。
「ソラ!」「ソラちゃん!」
馬に乗り、ドラゴンの前で空を舞う少女は、ブリュンヒルデの新形態グラーネフォームへと変化したブリュンヒルデだった。
「お前!」
「……これ以上はやらせません!」
ソラは友達の怪我を一瞥し、怖じることなく言葉を放つ。
そして、手綱を強く握り絞め、ランスを構えて、ドラゴンと対峙した。