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戦乙女の鎮魂歌  作者: 白銀悠一
第四章 策略
30/85

鮫と狼

 防衛軍の錬度では、キメラを倒すことは叶わなかった。最新鋭の装備が揃っていたはずのトリグラフ基地は大した抵抗もできず、今や蹂躙された兵器の残骸と、防衛軍人の死体だけが残されている有様だ。


「……」


 ローンウルフは、無口で周辺を見回し、即座に違和感に気が付いた。

 奇妙の一言である。ここではトップシークレットとされていた新型の兵器が大量に開発されていたはずなのだ。だが、そのような兵器の残骸は見られない。


(既存の兵器ばかりか。……ここもただの囮か)


 敵を騙すにはまず味方から、という言葉がある。

 しかし、だとしてもこれはやりすぎだった。彼らは自分たちのトップを守るために犠牲となったのだ。

 上層部は何を考えて、生贄を差し出すような戦い方を強いるのか? ウルフには大方見当がついている。

 まだ証拠はない。しかし、不意の襲撃だったのだ。何かしら記録が残っているかもしれない。

 ウルフは足を基地内部へと進ませようとして、ロケットランチャーの発砲音を聞いた。


「……ッ!」


 ウルフは身を翻してロケット砲を躱す。彼の背後で建物の残骸に激突した弾頭が爆散した。


「ははははッ! 避けるかやるなぁ!」

「……」


 相手が話掛けてきたが、応えない。アサルトライフルを構えて、無言で銃口を向けるのみ。

 ウルフを襲撃した敵は最新鋭のパワードスーツに身を包んでいた。見たことのないタイプ。空中機動すら可能にした黒一色の新型だ。背部に設置された大型のスラスターによって、飛行能力を獲得しているようだ。


「知ってるぜ、あんた! ローンウルフだろ? 元米軍兵。対魔術特殊部隊ウルフパック所属の! いいね、いいね。強い奴が生きているのは最高にいい!」

「そういうお前は傭兵だな」


 ウルフは男の正体に思い当たっていた。黒髪の東欧系で、中東などの紛争地帯を中心に名を馳せていた男だ。テロリストグループとの関与が疑われていたが、魔術師の出現によって、世界は一つにならざるを得なくなった。その結果、悪人が過去に犯した罪も今は棚上げとなっている状態だ。


「死んだと聞いていたが」

「それを言うならあんたもアメリカと共に灰になったと思ってたぜ。アメリカ人はしぶといなぁ。ゾンビのようにしぶとい。おっと、誤解するなよ? 俺は嬉しいんだ。喜んでるんだぜ? あんたのような強者が生き残ってくれててよ」


 男は饒舌に語るが、ウルフとしては喜べない。このような好戦的な男は今後障害と成り得る。ここで排除するべきだった。

 ウルフが引き金に指を掛けると、男はますますご機嫌になる。そして、聞いてもないことをべらべらと喋り始めた。


「俺の雇い主は、そうだなぁ……一応、ロシアってことにしといてくれよ。いや、中東の国々でもいいぜ? 今は魔術師との戦争中だが、各国の上層部は戦後について考えてる。どの国が戦後の世界を牛耳るか……絶賛策略中だ……。なぁ、わかるだろ? 俺は元テロリストで――お前は元アメリカ軍なんだしな!」


 ウルフが引き金を引く。無闇やたらな連射はしない。小刻みに引き金を引きながら、パワードスーツに命中させようとする。が、男の空中機動はなかなかのものだった。まるで空に浮かぶ魔術師のように軽快な動きで弾丸を躱している。


「当たらねえぞ、おい!」

「……」


 敵に煽られても、ウルフは動じない。ただ自分のするべきことをするだけだった。

 敵はサブマシンガンを片手撃ちしながらこちらへと接近してくる。ウルフは横っ飛びでそれを躱すが、敵の狙いは銃撃による制圧ではなかった。

 サブマシンガンを投げ捨てて、ウルフに向かってナイフによる斬撃を加えてくる。


「銃で斃れてくれんなよ? 男はやっぱり格闘戦だろうが!」

「ッ」


 ウルフもライフルを放り投げて、近接戦闘の構えを取った。パワードスーツと生身では、パワードスーツのパワーが上だ。そのため、刃先を受け止めることはせずに……受け流す。斬撃スピードも力も相手の方が上だが、数倍程度の威力ならば、技量でのカバーが可能である。


「くぅー、痺れるね! そうこなくては!」


 金属音を立てて、ウルフのナイフが弾き飛んだ。激戦地で生き残った男である傭兵のナイフ技量は一流であり、流石のウルフも全てを受け流すことはできなかった。

 しかし、それも予想の範疇内だ。次に放たれる蹴りを避け、腰のホルスターに差してある拳銃を抜く。敵はナイフを投擲してきたが、それもダイブして回避し、拳銃を男の眉間目掛けて撃った。

 想定通り、直撃する。頭ではなく、男の腕部アーマーに、だが。


「最高だね、あんた。あんたの流儀じゃパワードスーツを使わないんだろ? 惜しいな、もっと白熱する戦いができただろうに。ああ、実に惜しい……」


 男は好戦的な笑みをみせる。小手調べをしていたのだろう。それはウルフも同じだった。今の装備では男を倒すことは難しい。

 しかし、然るべき装備を使えば、男を倒すことは可能だ。そして、相手も似たようなことを考えているはずである。

 死線に長らく身を投じていると――自然と相手の強さのようなものが肌で実感できるようになる。とはいえ、そのセンスはあまり意味がない。例え相手が格上でも、格下でも、やるべきことは変わらないからだ。


「残念だが、遊びはこれくらいで終いだ。さて、こいつが何だかわかるかな」


 男は端末をウルフに見えるように翳した。画面に表示された時間が刻々と減少しているのが見て取れる。


「爆発まで後、三十秒。あんた、この程度で死ぬようなタマじゃないだろ? もっと俺を愉しませてくれ」


 そう言って、男は空中へと退避していく。ウルフは追撃を諦めて外部に向けて走った。

 きっかり三十秒後、トリグラフ基地は大爆発に包まれた。内部に残されていたであろう秘密書類と共に。


「最近の兵士は弱すぎる。温室育ちの魔術師相手なんざつまらねえ。期待してるぜ、ウルフ」


 男は爆発する基地を見下ろしながら呟く。弾丸が直撃した右手に目を移し、違和感に気付かないふりをして、笑い声を上げ依頼主の元へ去っていった。



 ※※※



 中国上空を飛行中の光学迷彩を使用した航空機に、一機のパワードスーツが着艦した。男は暑苦しいパワードスーツを格納庫に脱ぎ捨てると、スポーツにでも興じてきたかのような清々しい顔つきで依頼主の元へ向かう。


「ただいま戻りましたよっと。きちんと証拠隠滅して参りましたー」


 軍の高官相手に軽すぎる挨拶。だが、彼に文句を言えるほどの実力者はこの場にいない。


「よくやった、シャーク」


 シャークの暗号名を持つ男は、機内の席の一部分に陣取って背もたれに寄り掛かる。ディアゴ元帥はシャークの無礼を気にしていないようで、先程からかりかりとした態度なのはエレディン少将だけだった。


「そんな怒りなさんな、エレディンさーん。俺は傭兵。上下関係を求めるなら、俺の要求する額を出してからにしてくださいよー? ぼく、金持ちには優しいんですからー」


 普段使わない一人称でシャークはおどけた。その態度にエレディンの怒りは蓄積しているが、シャークは面白がって眺めている。

 戦争は、争いはいい。人を平等にしてくれる。人間の存在が平等じゃないなんてほざく奴は、一度死んでみればいい。誰だって死ぬ。これ以上の平等がこの世にあるだろうか。

 この世界は最高に平等で、みんなに等しく機会が与えられているのに、その平等さを享受しないで嘆くとは、なんと愚かしいことか。


「失礼します。パワードスーツの腕部に発信機が……」


 シャーク専用のパワードスーツを整備していた整備士がウルフが仕掛けた発信機を発見し、報告した。

 シャークはそれを受けて、あれー? 俺としたことが面目ないー、とバカバカしいしぐさで謝る。


「貴様、気付いていたな?」

「何のことだがさっぱり。いやぁ、失敗は誰でもするでしょー」

「貴様……!」

「構わぬ。彼は我々の望む戦果を十分に発揮してくれた。それに、察知されたところで問題はない」


 ディアゴがシャークを庇い、エレディンは押し黙る。シャークはそー、そー、と同意するように声を出し、


「むしろこれから積極的に教えるんですしねぇ。例の奴、彼らにプレゼントするんでしょ?」

「……軍の戦力増強は必須事項だ。新型兵器を配備するのは当然だ」


 エレディンは不服そうにシャークの問いに応える。いいね、最高だねぇ、とシャークは用意された酒を煽った。


「平和とは、人間にとって一時的な休息期間に過ぎない。人は戦争をするために生きている。もっと苛烈に、もっと過激に! 戦争よ、どんどん盛り上がれぇ!!」


 シャークはひとり盛り上がり、興奮した様子で酒を進めた。



 ※※※



 気合の声が訓練室から響き渡っている。ソラとホノカは共同し、剣と杖を使って拳一貫のメグミを追いつめていた。

 ブリュンヒルデとエイルの組み合わせに、メグミは防戦を強いられている。


「今!」

「ぬッわッ!」


 ホノカがメグミの注意を割いた瞬間に、ソラがメグミの懐へと潜り込んで吹き飛ばした。悲鳴を上げながら彼女は床の上を転がる。

 やっぱ二対一はきっついなぁ、と彼女は言葉を漏らしながら、差し出したソラの手を掴んで立ち上がった。


「ん、助かる」

「……対ドラゴン戦のシュミレーション、本当にこれでいいの?」

「正しくはシミュレーション。仕方ないじゃない。私たちにドラゴンを再現しろって言われても土台無理な相談よ」


 ソラの言い間違いを訂正しながら、傍観していたマリがぼやいた。今は対ドラゴン戦を想定しての訓練中なのだが、ベストと言える模擬選相手がないため、二対一や三対一、など組み合わせを変えて試合をこなしていた。

 後は、VR訓練で作成された仮想的相手に訓練するしかない。誰もドラゴンを相手取ったことはないのだ。敵の動きがどんなものか、攻撃パターンが何パターンあるのか、わかるはずもない。


『お姉さんお手製のドラゴンと対決しちゃう?』

「ゲームのドラゴンをコピーしたプログラムでどうにかなるのかしらね」


 ひどーい、とスピーカーから文句を飛ばすのはコルネット。彼はウルフから情報をまとめつつ、今まで戦闘データからオドムの傾向を予測し、ジャンヌと共にヴァルキリーシステムの解析を同時に進めている。とびきり有能な女性という評価は第七独立遊撃隊全員が持つ共通認識だ。性格に難がある、という点も同じだが。


『やっぱり、ヴァルキリーにはまだアンロックされてない機能が……きゃ! ちょっと!』

『ジャンヌちゃーん。あなた、可愛いわね。お肌はすべすべ。普段は鎧に隠れてるけど、出るとこは出て、引っ込むところは引っ込んでるし……』

『いくら私が世界の女性全てが羨む美少女だからって、セクハラはしないでくれます?』

『その自信過剰なところも可愛いー』

「コル姉。捕虜といちゃいちゃしないで。で、変態さん、アンロックが何?」

『変態言わないでくれる? 私は聖処女ラ・ピュセル! 誰しもが羨む高潔な――』

「そういうのいいから。大事なとこを教えてくれよ」


 自己愛ナルシシズムを発揮しようとしたジャンヌに、メグミが冷めた瞳で突っ込んだ。無粋な女ね、と言いながらもジャンヌはしっかりと説明してくれる。


『適合率の状態によって、解除される機能があるみたいなのよ。あなたたちは変身できるレベルにまで適合してるけど、適合したらしたらでまだパーセンテージは上昇するみたい。というか、今表示されてる適合率が適当に作られたものなのかも。これって一応科学兵器として運用されてるんでしょ? 魔力の部分を測定する計器は全てデタラメだと考えた方がいいかもしれない』


 ソラには小難しい理論ははっきりと理解できないが、ジャンヌの説明は何となく把握できた。明らかに魔術で動いてる兵器に無理やり科学を当てはめているのがヴァルキリーだ。科学者相手に説明するために、体のいい理論を笠に着ているのかもしれなかった。


『んーでも、ちょっと変じゃないー?』

『わっ、めろ……ロメラちゃん、何でこんなところにいるのかな? あはははは』


 どうやらロメラが格納庫に乱入してきたらしく、ジャンヌが乾いた笑いを漏らす。ロメラはそんなジャンヌなどおかまいなしに、疑問を並べ立てていく。


『ロメラ子どもだからよくわからないけどー。これって、科学と魔術の集大成ー! って奴なんでしょー? 科学と魔術の欠点を、お互いのいいところで埋めてるんじゃないかなー?』

『なるほど……それは一理ある。科学の長所は理論さえ整えば、誰にでも使えるという点。魔術師である私も携帯は使えるし、愛銃である私専用M29も撃てる。誰が使っても、同じ結果になる。でも、魔術は同じやり方をしても、結果が変動してしまう。個人依存の術式だから』


 普段からは窺えない知的さを発揮しながら、ジャンヌは所見を述べていく。魔術にも形態化された術式は存在するが、それでも結果は個人の魔力とイメージ力に依存する。実力がなければ、使えないのだ。一見自由に見える魔術師の世界は完全なる実力主義社会。対して、科学は実力がなくてもやり方を覚えれば、ある程度は使用できる。

 才能がない人間に優しいのは魔術ではない。理論と環境を設定し、やり方を覚えるだけで誰でも普遍なく扱える、科学だ。

 ではもし、魔術を誰でも扱えるようになり、望んだ成果を安定して発揮できるようになれば、世界は一体どうなってしまうのだろう。


「うー、頭がくらくらしてきた。休憩しよう」


 ソラは思考を止めてブリュンヒルデから人間モードへと戻った。タオルで汗を拭きながら、シャワールームへと歩いて行く。

 マリが、ちょっと、まだ途中よ! と怒ったが、すぐに彼女の関心はジャンヌの解説へ移ったらしい。ありがとう、ジャンヌさん、と心の中で感謝して、更衣室で服を脱ぐ。後ろからはメグミとホノカがついて来ていた。


「勝つ必要はないとはいえ、どうやって時間を稼ぐかだよな。最優先の排除対象はオドムだろ? 確実に誰か一人はドラゴンの対処しなけりゃなんねえし……」

「マリちゃんたちも援護してくれるだろうけど、私たちでどうにかしなきゃいけないからねー。大変だねー」

「本当に大変だと思ってんのか、それ」


 ホノカの間延びしたトーンにメグミが突っ込むのを背中越しに聞きながら、ソラは先にシャワールームへと入る。と、前回使った誰かが吹き飛ばしたのか、石鹸が足元にあった。思いっきり踏んでしまい、むきゃ! という素っ頓狂な悲鳴を上げながら、ソラの身体が宙を舞う。


「お、おい! ソラ!」


 後から入ってきたメグミが慌てる。ソラもパニックになり、とっさに両手を床に付けて、バック転の要領で着地した。


「ふー、危なかったー」


 転ばずに済んで、安堵するソラ。だが、後ろに立つ二人は絶句してソラのことを見つめていた。視線が気になって、何かとんでもないことになってはいないかと自分の身体を確認する。が、何の問題も発見できない。

 訝しんで、二人に訊ねる。


「どこか、変かな?」

「……いや、だってお前……」

「ソラちゃん、そんなに運動神経良かったっけ……」


 言われて初めて、自分のすごさを実感した。バック転など、生まれてこの方一度もできたことがないというのに。


「ああ、確かに私すごい! これも日頃の訓練の賜物だねーっ!」

「訓練の賜物……?」

「いやー、やっぱり運動は大切だよー。これでドジっても安心安全だね!」

「ドジらないって選択肢はないんだねー」


 ホノカが苦笑しながら言う。だが、その隣に立つメグミは考え込みように何かをぶつぶつ呟いていた。


「……ソラの身体能力は平均程度だぞ。ブリュンヒルデになってる時はともかく、通常時であんな風にできるもんなのか……?」

「メグミ? シャワー浴びないの?」

「あ、ああ、すまん。今浴びるよ」


 どうして謝るの? とソラは訊き返したが、メグミは応えない。

 ソラは怪訝に思いながらも、シャワーを浴びて汗を流した。ふーっ、と気持ちよさげな息を放つ。

 シャワーは熱くて気持ちいいし、身体もそこまで疲れていない。最初は疲れてバテることも多かったが、今は訓練をしても全然平気だった。

 ブリュンヒルデとして戦うごとに、ソラの身体能力は向上している。


「んー、少し休憩したらまた訓練するーっ?」

「えー。ソラちゃん、体力在り過ぎるよー」

「これくらい普通だよ。最近は体力もついてきたしねー。ホノカもすぐに体力つくよ!」


 嫌々オーラを出すホノカを励ますように、ソラは言葉を口に出す。

 ただひとりメグミだけが、何かに疑問を感じて黙考していた。



 ※※※



 ジャンヌは普段の鎧姿とは違い、ラフな格好に身を包んでいる。暑いのでTシャツだ。魔術師が忌み嫌うはずのコンピュータをてきぱきと操作し、ヴァルキリーシステムについて解析を進めている。


「ジャンヌちゃんって現代人みたいだよね」

「みたいじゃなくて現代人です。そもそも新世代の魔術師はみんな携帯やパソコンを使えますよ。というかパソコンの方が便利です。何でもかんでも魔術を使ってたらいざという時に息切れしちゃうし」


 魔術の発動には魔力がいる。自動筆記などの簡易魔術を魔術師は誰でも使用できるが、それは文章を考えながら同時にペンを奔らせるイメージを確立させねばならず、非常に面倒くさいのだ。

 フィクションのように簡単にはいかない。浮き島内での現代機器の使用は厳禁だが、外にいるのなら浮き島のルールに従う必要は全くなかった。


「現代流派はここんところが寛容的で、少し憧れてます。だって、普通の魔術師は魔術の連発だって一苦労だってのに、便利道具を使っちゃいけないって酷いでしょう? 高位魔術師がすらすらできることも、下位の魔術師にとっては面倒なんですから」


 もし戦争が終わった暁には、現代流派に合流しようと心から決めていた。というより、流派などという括りが必要ないように思える。時代ごとに魔術の体系をわけようにも、同じ時代の中でさえ細分化されるのが魔導と言うものだ。錬金術師アルケミスト、ルーンメイジ、ドルイド、占星術師、召喚士……あげれどあげれどきりがない。


「ふーん」

「話、聞いてます?」

「聞いてるよー。中身は入って来ないけど」


 コルネットはキーボードを素早い動きで打ち鳴らしながら、てきぱきと資料をまとめている。ローンウルフ、という暗号名を持つ男からトリグラフ基地の証拠は爆散した、という報告と、上層部の生存を確認した、という旨の内容を画面に打ち込んでいる。

 ジャンヌも負けじと、キーボードを叩いた。まず気になるのは、それぞれのヴァルキリーへの適合率についてだ。

 ブリュンヒルデ、スヴァーヴァ、エイル。三体のヴァルキリーの内、一番装着者と適合が高いのはブリュンヒルデだった。


「適合率一二三パーセント。……普通、百パーセントが最高なんじゃないの?」


 ソラの適合率はとっくに百パーセントを振り切っていた。戦闘中はこれがさらに上昇するのだ。まるで、ソラがブリュンヒルデそのものになろうとしているようだ。もしくは、ブリュンヒルデの方がソラになろうとしてるのか。


(まさか。鎧が意志を持っているわけじゃなし。……でも)


 ヴァルキリーの適合には、心理適性を突破しなければならない。

 それは、見方を変えれば鎧が持ち主を選定していることにならないか。


「あーいい、いい。そういうのはいい。今はどうやって、オドムを撃退するかで……」


 ジャンヌは気を取り直して、ヴァルキリーシステムとオーロラドライブの解析を続行する。

 彼女の後ろでは、ロメラが、なるほどね、と訳知り顔で納得していた。



 ※※※



 ソラは日課である空見のため、基地内のベンチに座り空を見上げていた。隣には缶ジュースを持ったメグミとホノカが座っている。

 そろそろ夕方だ。お別れの時間。でも、幸いなことに今この場にいる二人とは、お別れをしない。

 また明日、と言って、別れて、また会えるのだ。


「にしてもよく毎日空をぼけーっと見てられるよな」

「ソラちゃんの唯一の趣味だしねー」

「別に唯一って訳じゃないけど。うん、飽きることはないかなー。だって、毎日違うしさ」


 今日の空は雲が少ない。でも日によっては巨大な積乱雲が発生したり、羊雲が群れを成していたり、雨の日や雪の日もある。一日足りとて同じ空の日はないのだ。毎日、毎日、空は変わっている。

 世界のように。人のように。そして、自分のように。


「そういうもんかね。私にはよくわからない価値観だ」

「私は何となくわかるなー」


 メグミが理解を放棄し、ホノカが理解をみせる。彼女たちは自分の意見に多種多様な反応をみせてくれる。

 本当によい友達だとソラは思う。クリスタルもたぶん、自分と同じような良き理解者に出会えているのだろう。

 そこまではいい。問題はこれからだ。


「オドムさん、か。ユーリットさんに酷いことをした魔術師さん」

「敵にさん付けは……って言ってもお前は聞かないんだろうな。さらには、オドムって奴の在り方を理解しようともしちまう」

「だって、実際にいるんだからさ、否定しても仕方ないよ。存在を否定して、いないことにしても、そこにいる。なら、どうにか問題を解決して、お互いにとって最善の結末を迎えるしかないよ」

「そうは言うがな。向こうは自分のことしか考えてねぇ……ってこれも無駄だったな」

「だねー。だって、自己中だったメグミちゃんの性格を変えたの、ソラちゃんだもんねー」

「自己中言うなよ」


 ホノカの言葉にメグミが苦笑する。人には様々な性格がある。意図せずに誰かを傷付けたり、それが当然だと誤解して、自分の間違いに気づけない人がいる。

 そういう人を見かけたら、ソラは放っておけないのだ。甘いと言われるかもしれないし、その考え方のせいで、怒られたこともある。裏切られたこともある。

 でも、変えるつもりはない。というより、変えられなかった。

 例えどんな極悪人でも、最期は救われるべきだ。そういう信念が、信条が、戦争という世界の混沌を目の当たりにしていくうちに、自然と芽生えた。


「自分でも変わってるとは思うんだけどね」


 ソラは自らの性格に苦笑いをし、再び黄昏へと目を移す。

 と、不意に立ち上がった。突然の起立に、メグミとホノカが面食らう。


「いきなり立つなよ。びっくりするだろ」

「――来た」

「……え? ソラちゃん?」


 唐突に変なことを口走るソラに二人の理解は及ばない。しかし、ソラだけは何かを確信して上空を見上げている。

 そして、振り返ると二人を立ち上がらせた。腕時計型端末を操作して、マリを呼び出す。


「二人とも、早く! マリ、聞こえる?」

『突然何よ? 遊びにはいかな――』

「敵! 敵襲! もうすぐ来るよ!」

『どういうこと? ……ちょっと待って。何? ジャンヌ』

『魔力を感じたわ。すぐに来るわよ。……黄昏の召喚者、オドムが』


 ジャンヌの言葉で、ソラは確証を得る。

 ニーベルングの指環に念を送り、ヴァルキリーシステムを起動。身体に鎧を、頭に羽根つきの兜を装着し、上空より飛来する敵を目視する。


「――見つけた!」

「ほう? もう気付いたのか、ブリュンヒルデ。なるほど勘はいいようだ。だが、その程度では私を倒せん!」


 オドムが魔法陣を空中に描き、巨大なドラゴンが出現する。

 巨大な体躯、黒い体表。とても大きな口。そこから放たれる死の咆哮。

 しかし、恐れを知らない者は、竜殺しの異名を持つシグルズのように剣を抜く。


「ドラゴン……。誰も傷付けさせない!」

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