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戦乙女の鎮魂歌  作者: 白銀悠一
第四章 策略
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黄昏の暴挙

 結論から言えば、第七部隊はユーリットを拘束しなかった。

 捕虜はジャンヌ一人で事足りたのである。捕虜の多さは重要ではない。それにユーリットは自身の召喚術に関しての知識は持っていたが、魔術教会内の事情通とはいえなかった。

 兵器として運用されていた少女だ。兵器に余剰知識を教えるような無駄なことをする主ではなかった。

 ゆえに、ソラは今ユーリットを見送っている。


「じゃあ、平和になったら会おうね」

「もちろんです! 落ち着いたら手紙を送りますので」

「……のほほんとしてるけど、今は戦時下なのよ? きちんとガードはしてね」


 手綱市郊外で別れの挨拶を交わす二人に、車の傍に立つマリが呆れながら言う。

 他の隊員は既に任務へと戻っている。ユーリットは漆黒の弓兵と同じく、黄昏の召喚者の異名を持つ導師マスター、オドムの先兵だ。オドムはヴァルキリーの討伐を目論んでいる。だが、警戒すべきは彼だけではない。他の魔術師たちも武勲をあげるため、他の地域に一斉に攻撃を加えるだろう。

 そのため、相賀は各地に散らばる他の部隊員や、部隊との連携をコルネットと共に強化している真っ最中だった。予定よりも戦火の拡大が早い。そう彼は漏らしていた。

 原因は恐らく鉄壁の死である。その死に、自分の友達が関係していると思うと苦い気持ちに包まれるが、今は新しい友達との、寂しいお別れの時間だ。

 ソラは空へ目を移し、感慨深く呟いた。


「まだ、お別れの時間じゃないのにね。残念だなぁ」

「お別れの時間……黄昏ですか」

「友達と別れる時間帯って、いつも大体同じだった……昔は。でも、今は色んな時間に、色んな日に、いきなり別れがやってくる。こういう不意打ちってずるいよね。前以て教えて欲しいのにさ。心の準備ができないよ」

「ソラさん。会ったばかりの私にそこまで思ってくださるとは……。では、私からも一つ言葉を。……だから人は、さようなら、だけではなくまたね、と別れ際に言うのではないのでしょうか。別れを惜しんで、また会える日を夢見て……」

「ユーリットさん……。うん、そうだね」


 元気づけられたソラはユーリットと握手を交わし、別れの言葉を口にした。


「じゃあ、またね!」

「はい、またお会いしましょう」


 ソラは車の助手席へと乗り込む。マリが運転席でエンジンを始動させ、ソラは窓を開けて、手を振っていた。


「じゃあ、帰るわよ。おセンチさん」

「おセンチ?」


 奇妙なあだ名で呼ばれて、ソラが聞き直す。車が発進すると同時に、光のような物がユーリットの横に出現し、そこからユーリットそっくりの少女が出てきて彼女に抱き着いた。


「あれが妹さんね」


 バックミラーから抱擁を確認したマリが素知らぬ顔で言う。ソラは前へと向き直り、彼女を疑問視した。どうしてマリがユーリットの妹を知ってるんだろう? たぶん、聞いても教えてくれそうにない。


「みょうちくりんな顔してるわね。そんな顔しても種明かしはしないわよ」

「えーっ。友達でしょー?」

「は? 私とあなたが、友達? 冗談でしょ」

「えっ!? 酷いよ、マリ!!」


 ショックを受けたソラの声が、車内に響き渡った。



 ※※※



「オドムの奴は怒り心頭となっているだろうな」

「さような。よもや部下と弟子が続けざまに敗北を喫するとは夢にも思わんだろう」

「彼は精神的な問題を抱えています。愚かな手段に奔らなければいいのですが」


 クリスタルの前で、三人のマスターがテーブルを囲って会話している。今後の事態を憂いての相談事だった。

 アレックが戻ってからというもの、クリスタルの状況は一変した。アレックはアーサーに自分の弟子の扱いについていくつか条件を取りつけた。出撃には必ず自分の息のかかった魔術師をつけること。弟子が関わる任務については自分に必ず詳細を報告すること。そして、ヘルヴァルドを必ず引率役としてつけること。

 さらには、許可なしの出撃を認めず、殺人の強要も禁止にしてくれた。もし誓いを破れば、誓約ゲッシュの不履行としてアーサーには解呪不能の呪いが降りかかる。

 それほどの条件でもアーサーは、構わないとあっさりと承諾した。何か思惑があるのだろう。暗雲立ち込める騒動の真っただ中に放り込まれてしまった気がするが、それでもあの子との繋がりを確保できるなら、とクリスタルも覚悟を決めている。

 とにかく、今はオドムだった。彼はエデルカが話した通りの危険人物だ。彼女の言葉を受けて、ハルフィスが口を開く。


「無理であろうな、あの若造は。あやつは出世のためならば何でもする。奴のことは、儂よりアレックの方が詳しいじゃろうな」

「奴は遥か昔から私のことを敵視していた。新世代の魔術師が生まれるまで、明確に一線を越えることはなかったので放置していたが……証拠不十分だとしても処理しておくべきだったか」

「なりませんよ、アレック。それではあなたが他の魔術師と相違ない人物へと格を落とすでしょう。あなたが教会内で一目置かれているのは実力だけではありません。位や実力で判断しない公平さです。例え疑わしい人物でも、証拠がない限り裁判は行ってはならないのです。そこで強行すれば、我々は魔術師というだけで焼き殺した魔女狩りの騎士と同じになってしまう」


 中世や近世で横行した魔女狩りで裁判に掛けられた魔術師のほとんどが無実だったと魔術師の歴史でクリスタルも習っていた。

 アレックは実際に魔女狩りに携わった魔術師の生き残りである。極悪非道な魔術師というものは確かに存在していて、時にはアレックも理解ある狩人と協力して魔術師を狩ったそうだ。だが、魔術師はおろか、精神病を患っていただけの人間や気に食わない無実の人間さえも殺していく人々に辟易し、協力を止めたと言っていた。


「魔女狩りか。人間側にも理解がある、偉大なる騎士がいた。だが、彼は……他ならぬ人間に殺されてしまった。オドムは私が罪もない魔術師を殺したと思っているのだろう」

「彼の尺度は魔術師の観点、それだけです。物事を定めるには双方の視点から考えねばならないというのに、教会内では片方からの視方しかできない者が多すぎます」

「それは人間も同じことじゃ、エデルカ。人と魔術師はどうあってもわかり合えん。わかり合える者よりも、わかり合えない者の方が多すぎる。同じ歴史を何度も繰り返しているのじゃ。太古の時代より、現代までの」


 ハルフィスの言葉によって沈黙が場を支配する。自分のような若輩者が異を唱えてもしょうがないと想い、口を噤んでいたクリスタルだが、意を決して話し出した。


「……でも、今なら、もしかしたらもしかするかもしれません」

「なぜそう思う?」


 アレックの穏やかな問いかけ。クリスタルは三人のマスターを見回しながら自分の想いを吐露していく。


「今は魔術師有利の戦況ですが、死者の割合から考えれば、痛み分けの状態です。友人を家族を、大切な人を殺されたと人は、魔術師は言いますが、どちらも同じ痛みを共有しているんです。後は、双方が踏みとどまればいいだけじゃないか、と私は考えます」


 それができたら苦労はしない、と多くの人間は言い返すかもしれない。

 だが、苦労してでもやるしかないのだ。そうしないと人間が滅んでしまう。いや、滅ぶのが人間だけならばいい。何か大きな変化が起きれば、魔術師だって全滅する可能性が残っている。

 ヴァルキリーの出現は、指導者たちの思惑や予測を根底から揺るがすものだ。相手を滅ぼすだけでいいという単純なものさしで物を語れる状況は過ぎ去った。

 これからは地球を滅ぼすかどうかを互いに考えていかなければならない。


「その通りだな。人間側にも分別ができる者、踏みとどまれる者も存在する。勇気が必要なのだ。相手を赦す勇気が。……復讐心を、憎しみを、武器を、魔術を手放す勇気がな」


 他者を赦すことは、他者を殺すことよりもはるかに難しい。

 これは人類と魔術師、双方における命題だ。祖先と同じ過ちを繰り返すか。それとも未来に足を踏みしめるか。

 過去に囚われるか、未来に生きるか。どちらが崇高なのかはわからない。

 ただ、止まるか、進むか。それだけの話だ。


「時間は常に先へ進んでいる。過去を振り返るのも大事だが、後ろばかりを見ているわけにもいかん」


 ハルフィスが同調するように声を出した。優しい眼差しでクリスタルを見つめる。


「クリスタルの言う通りですね。先へ進まねば。我々はこのようなことで止まっている訳にはいかないのですから」


 エデルカが微笑を浮かべた。三人のマスターの意見は一致している。全員が前を向いている。

 それだけに、オドムの動向は気掛かりだった。彼は前を見据えているが、それは過去の因縁がためだ。

 個人的な、しかも不当な復讐のために友達を犠牲にする訳にはいかない。


「オドムは色々と後ろ暗いことをしている。……俗に言う悪い魔女のようにな。このまま続けばボロも出るだろう。今しばらくの辛抱だ。それに、お前の友人の力は日に日に増しているようだぞ」


 内部の敵に対処する方法をクリスタルは持っていない。そんな彼女を励ますように、アレックが言葉を添えた。

 クリスタルは頷いて、お茶のおかわりをお持ちします、と会釈しキッチンへと下がっていった。



 ※※※



「くそっ! リーンめ! 余計なことをしおって!」


 オドムが憚れたことに気付いたのは、てっきり爆死したと思っていた弟子の身柄保護を聖人の異名を持つリーンから直接連絡された時だった。

 何者かに邪魔立てをされたのだ。ユーリットに仕込んだ自爆術式が解除され、自分を騙し、彼女まで奪い取った。

 リーンは子どもは人類と魔術師共通の宝だとして積極的に保護する変わり者だ。魔術評議会では中立の立場、というよりも政治ごとに関心がなく、導師マスターの位を持ちながらも世界各地を転々として子どもたちを救い回っている。

 オドムの眼中になかった魔術師であるが、邪魔をするなら容赦はしない。が、彼女には味方も多いのだ。もし自分が表だって攻撃を加えれば、それを理由に自分の方が排除されかねない。

 無論、一対一ならオドムも勝てる。例えアレックと言えども殺してみせる。だが、敵は卑怯にも徒党を組んで迎撃してくるだろう。オドムの部下たちでは対処できまい。召喚獣には強力な手札を揃えているが、魔術師相手に効果的な武装になるとは言い難い。

 となれば、取れる方法は一つ。ヴァルキリーを打ち倒し、早急に名を上げることだ。功績さえ上げれば、リーンがユーリットを使って問題提起したとしても、誰も自分を咎めることはできない。アレックでさえもだ。敵を打ち倒したという証が、オドムの立場を保障してくれる。


「ふん。こんなことなら、私が直接始末すればよかったか。あのような小娘、私の敵ではあるまいて」


 オドムは神殿内部を足音を立てながら歩いて行く。中央には魔法陣が刻まれている。オドムが持つ最大の召喚術式は、黄昏の時間に発動される。

 オドムは魔法陣の周りを歩いて思考整理を始めた。ヴァルキリーを自分で倒すのはいい。だが、それだけで十分か? もう少し、手を回すべきではないか? アーサー殿への手向けとして。


「手土産は多い方がよい。例えば、防衛軍の総司令部、とかな」


 オドムはほくそ笑んで空中に文字で魔法陣を描き始めた。投影だ。彼がここで描く式は遥か遠く、別の地点に同タイミングで刻まれる。


「人間など、造作もない相手だ。奴らを狩って栄光を手にできるというのなら、狩らない理由はないであろう」


 オドムの高笑いが神殿内にこだました。



 ※※※



「ほら、友達。早くコーヒーを買ってきなさいな。友達からのお願いよ、さっさと動く」

「それ友達じゃなくてぱしりだよ……もうー」


 帰り道の最中、マリがコーヒーを飲みたいと言い出した。ソラとしては断る理由もなく快諾したのだが、その手綱商店街の通りにある店のため、直接店へ車を回すことができず、少し歩いて買いに行かなければならなかった。

 駐車スペースに車を止めた途端、マリは訂正するわ、とおもむろに言い出し、私とソラは友達よね、と先程の発言を修正した。

 一瞬喜んだソラだが、マリの真意を悟り、ほとほと呆れている真っ最中である。マリはひねくれやさんなのだ。

 でも、そういうところも含めて友達だと思っているから、ソラは付き合ってあげる。


「まぁ、車の運転してもらったし、これくらいはいいかな」

「どこぞのバカとは違って素直じゃない。あなたのそういうところ、好きよ」

「褒められるのは嬉しいけど、なんだかなー」


 ここまで露骨にぱしられたことはない。何度か友達にお願いごとをされたこともあったが、きちんと申し訳なさが含まれていた。マリにはそれがない。小言の一つも言いたくなるものだ。


「そういや、マリ、砂糖は必要? あ、でもマリのことだからブラックで、とか……」


 とマリに注文を聞いていくと、運転席に座るマリの顔が若干赤くなった。そっぽを向きながら、小声で、


「砂糖は多め、で……」


 と言ってくる。そのしぐさがどこか子どもっぽくて、ソラは自然と顔を綻ばせた。


「気持ち悪い笑みをみせないでくれる?」

「えっ? 気持ち悪いはちょっと……。照れてるからってそんな風に言わなくてもー」

「いや、マジでキモいわよ。ホント。吐き気を催すレベルだわ」

「酷いよ、マリー」

「馴れ馴れしくしてないでさっさと買って来なさいよ。それともあなた、ひとりでお使いもできない残念な子?」


 マリの機嫌が悪くなってきたので、そそくさとコーヒーショップへ足を運ぶ。

 手綱商店街は慣れた場所だ。ソラの第二の故郷と言ってもいい手綱市内はちょっとした庭のようなもので、迷うことなくスムーズに辿りついた。


「すみません、オリジナルコーヒーを二つ」


 店員のお姉さんに注文をし、立って待つ。コーヒーのいい香りが漂ってきた。その香りを嗅いでると、不意にある記憶が蘇ってくる。


(そっか。マリ、いつもコーヒーを飲みながら尾行してたんだ)


 マリはソラのことを四六時中監視していた、という。相賀の最終チェックが出るまで、マリは何人か目ぼしい適合者を見繕っていた。その筆頭格がソラだった。学校の帰り道、いつものクレープ屋さんで、たまにコーヒーの香りが鼻孔をくすぐっていたことを想い出す。


「お待たせしました」

「あ、はーい。っ」


 紙袋に入れられたコーヒーが差し出され、受け取ろうとしたソラだが、不意に頭に痛みが奔って手が止まる。


(今のは……?)


 いきなり、悲鳴のような声が聞こえた……ような気がした。だが、商店街内では誰も叫んでいない。


「お客様?」


 店員が不審に思って訊ねてくる。大丈夫です、と受け取りながら紙袋を受け取ると、


「ソラ!」


 自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。


「マリ? どうしてここに?」


 車で待っていた彼女がわざわざやってきたなら、自分がひとりで買いに来た意味がないではないか。そう思ってソラは訊いたのだが、マリの顔つきを見て只事でないことを悟る。


「何かあったの……?」

「大ありよ。……ロシアにある総司令部が壊滅した」

「……え?」


 危うく紙袋を落としかけたが、何とかして持ち応えた。



 コーヒーブレイクを愉しむ猶予は残されていない。ソラとマリは急いで手綱基地へと急行した。基地内では軍人たちが忙しく走り回り、数人単位で集って口論を交わしている。

 誰もかれもが、不安の面持ちだった。それはソラも同じだ。

 総司令部の壊滅。それは防衛軍の頭が取られたのと同じこと。

 防衛軍は既に一度、総司令部を消滅させられている。最初はアメリカに総司令部があった。

 軍の名称が国際連合軍から人類防衛軍へと変更されるきっかけとなった事件だ。


「戻ったか、二人とも」


 作戦室へと入ると、第七独立遊撃隊のメンバーが揃っていた。全員が深刻そうな表情で、各々の考えをまとめている。


「……防衛軍にとっては痛手。それは間違いないですが、私たちにとって朗報では?」


 マリが第七部隊の目的と照らし合わせながら、率直な意見を述べる。だが、相賀は難色を示していた。そんな単純な問題ではない、と。


「これで死ぬような連中なら、確かにな。ウルフの調査が終わるまではっきりとは言えんが……」


 ウルフ。ローンウルフの暗号名を持つ部隊員。アメリカ合衆国の壊滅によって群狼ウルフパックから一匹狼ローンウルフになってしまった男。

 ヤイトにインディアンであるモホーク族のスカウト技術を教えたのは彼らしい。自然と一体化し、自然が指し示す道しるべにそって獲物を辿る。モホークのスカウトは、魔力の痕跡を辿ることができた。彼は人間でありながら魔術師の痕跡を辿れる。ならば、人間の追跡などお手の物だ。

 しかし、相賀はそんな有能な追跡者であるローンウルフの報告が上がる前に、何かを確信しているような雰囲気を醸し出していた。


「……また逃げた。そう思ってるんですか」

「ああ。やはり敵は無能じゃない……。奇妙だがな」


 相賀の、第七独立遊撃隊の敵は魔術師ではなく、戦争を無意味に長引かせる者たち。ソラはそう口酸っぱく教えられている。

 勝ち目がない戦いに応じ、軍人たちを戦死させる無能者……にしては、どうも納得がいかない、ということも。


「能ある鷹は爪を隠す、という。有能な奴が目立つことを恐れて、無能なふりをすることはままある。しかし、だとしても奴らの目的は謎だが……」

「今はウルフの報告結果を待ちましょう。それより気になるのは、総司令部であるトリグラフ基地の壊滅原因です」


 ヤイトが端末を操作して、世界地図が表示されているテーブルにトリグラフ基地襲撃時の画像を写し出した。全員が覗き込む。と、遅れて部屋にジャンヌが入ってきた。ロメラをついて来ている。


「一応、魔術解説者として……来たわよ」


 ジャンヌがみんなの様子を窺いながら言うが、彼女の行動を咎める者は誰もいない。ユーリットの件で協力した彼女は一定の信頼を勝ち取っていた。監視兼警護ドローンが移動中ついて回るが、彼女が自らの意志で脱出する兆候は見られない。

 それもそのはずだった。彼女はまだヴァルキリーシステムとオーロラドライブについて詳細を把握できていない。解析にはかなりの時間が掛かっている。元々専門家ではないジャンヌにとって、オーロラドライブの解析は困難なのだ。

 ヤイトはジャンヌとロメラを一瞥し、こくんと首を頷かせると、解説を始めた。


「トリグラフ基地の滑走路に、まず魔法陣が浮かび上がったんだ」


 ヤイトはそう言いながら端末を操作し、映像を映し出す。ソラが一度目にした光景がそこにはあった。


「以前キメラが現われた時と同じ……」

「その通り。今回の件はオドム。黄昏の召喚者の異名を持つ魔術師が行ったと考えられる」

「腹いせ、もしくは八つ当たりってとこかしら。どう思う? あなたは」


 マリがジャンヌに話を振って、ジャンヌはテーブルに目を落としながら応える。


「そうだと思う。確証はないけど……。マスターオドムって癇癪持ちなのよ。尊大な魔術師でもある。自分は偉大で然るべきって考えるような人なの」

「……あなたみたいな?」

「……あなたは一体私をどんな風に思っているの?」


 マリがからかうとジャンヌは不服そうな視線を彼女に向ける。性格傾向は似てると言っても、ジャンヌとオドムは似ても似つかない人だ、とソラは思う。

 ジャンヌはナルシシストかもしれないが、他者を不用意に傷付けたりはしない人だ。必要とあれば人質も取るが。

 対して、オドムは利用できるものはなんでも利用する、手段を選ばないタイプだ。敵にするにあたって、一番厄介な性質でもある。手柄を立てるためなら、子どもだって容赦なく殺すだろうし、味方だって生贄に捧げるのだ。

 交渉不可能。かつ、捕らえても逃がしても後々の脅威となる、ソラのもっとも苦手とする相手。


「話し合いができないだけじゃなく、捕縛も最善とは言い難い魔術師さんか……。困ったなぁ」

「マスタークラスを倒す気満々でいるあなたの恐れの知らなさには驚くわ。相手はマスターよ、マスター。普通の魔術師なんかとは比べ物にならない実力者。いくらヴァルキリーシステムが強力だからって、そう簡単に勝てる相手じゃないわ。……私だって、単独では敵わないし」


 そも、ジャンヌは支援魔術師エンチャンターである。戦闘力は自衛ができる程度のささやかなものだ。火力向上のために特製カスタムを加えたリボルバーを所持していたぐらいである。

 とはいえ、魔術師の観点から分析する彼女の解説は参考になる。勝つのは大変かな、とソラは苦笑した。


「大変なんてものじゃないわ。あれに勝てたら、評議会の方針がきっと様変わりすると思う。だってマスターなのよ?」

「マスターマスター連呼するのはいいが、私たちにはそれがどれくらい強いのか、イマイチわかんねーんだが」

「メグミちゃんに同感ー。もうちょっと具体的に説明してくれないかなー?」


 メグミとホノカにダメだしされて、わかったわ! 天下のジャンヌ様に任せない! と自信満々に豪語するジャンヌ。だが、胸を張ったポーズのまましばらく固まり、だらだらと冷や汗を掻き始めたのを見て、全員が無言で理解した。

 この少女は、恐らく説明できないであろう、ということを。


「……ジャンヌさんの説明は措いておくとして、オドムは召喚獣を使ってトリグラフ基地を壊滅させた。これだけでも、彼が強力な魔術師であるということはわかると思う。彼は現地に赴いてないからね」

「キメラやミカエル、パラケルススの四大精霊を使ってくるってこと、だよね」


 ソラがヤイトの解説に相槌を打つ。すると、ジャンヌはしょんぼりとなって、私は誰にも師事してないんだからしょうがないじゃない……と悲しそうに呟いた。


「んー、ウチとしては、それだけじゃないと思うな」

「コル姉。……やっぱりそう思う?」


 コルネットの疑問視は、ソラたち以外の防衛軍人に共有されているらしい。どういうことー? とホノカが訊ねると、ヤイトが端末を操作した。

 ファンタジーに出てくるような黒い体表と大きな翼を持つドラゴンが写し出される。


「ドラゴン……?」

「そう、ドラゴン。ある情報筋から、オドムの持つ最大の召喚獣がこのドラゴンである可能性が高いと考えられてるんだ」

「そんなのに、勝てんのか?」


 メグミが弱気な発言をする。ソラも口には出さないが同じ気持ちだった。

 ドラゴン。ファンタジーでよく目にする幻想獣。その身体は巨大で、口からは炎を吐き、街や村、引いては国すらたった一体で壊滅させるという。

 そんな相手に、自分は勝てるのか。ソラはニーベルングの指環へと目を移して、首を振った。


「勝つ必要はないよ、メグミ」

「……ふん、そこのバカの言う通りね。勝つ必要はない。オドムさえ倒せればいいんだから」


 マリが賛同し、メグミもそうだな、と珍しく素直に合いの手を打った。ホノカも同意してくれる。

 相賀たちもソラの意見に乗っかってくれる。ジャンヌはでも、それで大丈夫? と言おうとした瞬間、ロメラにつま先を踏んづけられて、いったぁ!! と悲鳴を上げた。


「ああもう、わかったわよ! サポートするわ。オドムはあまりいい魔術師じゃないの。ここらで負けてくれた方が、私のためにもなるのよ」

「とんだ裏切り者の聖処女ラ・ピュセルサマね」

「うるさい」


 マリに嫌味を言われてジャンヌはそっぽを向く。ソラと目が合い、にこりと微笑んだが、ジャンヌはソラの顔を見ると、なぜか不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「ええ、どうしてそこで不機嫌に……」

「あなたの顔、ムカつくのよ」

「そんなぁ」


 ソラは残念がったが、やる気は満ち溢れている。

 ソラの戦いは勝つための戦いではない。守るための戦いだ。勝てないかもしれないが、人を守ることならできる。

 それこそがブリュンヒルデの本質であり、あるべき姿だ。そう確信して、再び対応策の考案に戻った。

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