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戦乙女の鎮魂歌  作者: 白銀悠一
第四章 策略
27/85

四大精霊

 メローラが浮き島での事を終えて帰還し、牢屋の前に戻った時、ジャンヌはとても苦しんでいた。

 原因はミカエルの顕現にある。ミカエルは片田舎で過ごしていた田舎娘ジャンヌの元に現れたと言われる天使のうちの一人だった。


「く――! あ、有り得ない、こんな……っ。天使を人間相手に利用するのは禁忌のはずじゃ……」

「残念だけど、ジャンヌ。教会側はヴァルキリーを人間だと定めていないわ。裏切り者の魔術師だと思っているの」


 ジャンヌは必至に牢屋を飛び出したい衝動を抑えて、手を血で滲ませている。史実のジャンヌは神の啓示を受けてフランスを勝利に導いた百年戦争の英雄の一人。神の使いである天使が無理やり使われてるとあらば、彼女の性格上すぐにでも助太刀に勇むはずだった。

 世界の人間がイメージするジャンヌ・ダルクに、再現しているだけに過ぎない彼女が引っ張られている。

 もし、彼女が完全再現を成していれば、或いはミカエルの方が完全再現を果たしていれば、彼女はもう壊れてしまっていたかもしれない。


「少しの間、耐えなさい。きっとソラなら何とかするし。……そろそろあたしも動かないとダメかな」

「で、でも、教会にばれたら、まずいんじゃ……! 私なら、耐えられるっ、から……!」

「残念。あたしの方が耐えられないの。人の友達をこんな目に遭わせてタダで済むと思っているのかしら、オドム。……知らなかったじゃ済まされないわよ」


 メローラは静かな怒りを湛えて、苦しむジャンヌから離れていく。苦し喘ぐ声に交じってメローラ! と自分の名を呼ぶ声が聞こえたが、メローラは応えなかった。



 ※※※



 ヴァルキリーは戦士の生死を定める役職の女神である。そして、ミカエルは人の罪の重さを判断し、魂を地獄に送るべきか選定する天使である。

 両者は近しい存在であり、それゆえに争う運命なのかもしれなかった。いや、ソラはそこまで深く考えて行動はしていない。

 ただ、前で苦しむ少女は死ぬべきではないと思った。それだけのことだ。


「……剣で押し切る!」


 ソラはミカエルに剣での勝負を挑む。槍を使うことも考えたが、退魔の力を宿すのは退魔剣だけだ。

 天使という存在は便宜上、魔ではなく聖である。だが、ミカエルの顕在には灰の少女の血肉と、魔力が使用されている。例え彼の本質が聖だとしても、魔を媒体として召喚されているため、魔というくびきからは脱せられない。

 気合の叫びを上げながら、ソラは剣を振り上げる。ミカエルは黙したまま剣を片手剣で弾き、しばらく剣戟を鳴らすこととなった。

 剣と剣が混じり合い、響き渡る金属音。だが、血肉と魔力を供物として動くミカエルの戦闘力は凄まじい。

 斬速が、徐々に早まっていく。ソラの技量では対応できないレベルにまで昇華されていく。


「くっ、うっ!」

「そ、ソラ! 離れろ! 後はマリたちに任せて……」

「ダメ! マリさんたちじゃ、殺すことしかできない! 私はこの子を救うって決めたんだ!」


 覚悟を口にすると、ブリュンヒルデの出力が上がり、なぜかミカエルの勢いが落ちた。疑問を感じたが、すぐに心で納得する。ミカエルは基本的に人間の味方である。もし、ソラが灰の少女を殺してでも勝利を得ようとした場合、制裁を加えるかもしれなかったが、ソラは灰の少女を救おうとしている。

 となると、少女の魂を食らいながら存在するミカエルが悪に加担することとなり、結果としてミカエルの力が低下する一因となりえた。


(概念魔術の面倒くさいところ! でも、自分の意志で打ち破ることができるなら!)


 ソラはミカエルを倒すことが可能である。今、この戦場に渦巻くのは二つの概念だ。死者の魂の行く末を定める天使と誰が死すべきかを定める戦乙女。天使の仕事は死者に対して行われるのだ。ならば、生者を相手取る戦乙女の方が、今は強くて然るべきだ。


「退いてッ!」

「――!」


 天使の勢いが落ち、ソラの剣速が上がっていく。まさに一陣の風が吹き抜けているようだった。ソラの退魔の剣が風を切り、天使を押しのける。ミカエルは翼をはためかして吹き飛ばそうとしてきたが、風などあってないようなものだ。

 ソラにとって風は、いつもそこにあるものだ。青く輝く空のように。信念が燃え滾る限り、何人たりとも、例え天使でさえも、ソラとブリュンヒルデの邪魔はできない。


「おおおおッ!」


 人を救うべく勇む、恐れを知らない者。ソラの願いに応えるようにブリュンヒルデがオーロラの輝きに包まれる。深紅の魔剣の異名を持つヘルヴァルドは、ヴァルキリーが戦闘用の術式でないと言っていた。

 ブリュンヒルデは、人を救おうとすればするほど、その名前である輝く戦いを行うことができる。

 ミカエルよりも神々しい、気高き意志を伴った剣戟。それは、神の右腕とも揶揄される天使を討ち果たすのに十分すぎる威力だった。

 気合の叫びを伴って、ソラの剣が一閃する。身体を真っ二つに裂かれたミカエルが、光に包まれて掻き消える。

 消滅する間際の一瞬、ミカエルがよくやったと言わんばかりの笑みを向けてきたことにソラは気付いた。


「ミカエル、さん……」


 やはりこの召喚はミカエルの本意ではなかったらしい。そして、それは恐らく少女も同じはずだ。

 地に伏せている灰の少女へと、ソラは近づいた。大丈夫? と彼女を気遣って手を伸ばす。


「わたし……生きてる? あなたも……生きてる」

「うん、生きてるよ。大丈夫、誰も死んでないから」


 と事実を伝えると、少女は悲しそうに顔を伏せた。そして、ぼそりと小さく呟く。


「んぜん、大丈夫じゃない……」

「え?」

「全然、大丈夫じゃない!」

「な、うわッ!」


 急に灰の少女が四つの色に輝き出して、ソラは後方に吹き飛ばされた。

 赤く、青く、緑で、茶色い。少女の身体を媒介にして、今度は四体の精霊が召喚される。


「パラケルススの四大精霊!?」


 かつて世界は四つの意志を持つ元素、エレメンタルによって構成されていると考えられていた。地の精霊ノーム、水の精霊ウンディーネ、火の精霊サラマンダー、風の精霊シルフ。パラケルススはこれらの精霊が人間に近しいものだと考えていたらしい。第七独立遊撃隊が入手した情報では、パラケルススも本物の錬金術師である。

 四大精霊たちは、パラケルススの定義通り、人間に近い形を成していた。炎の男、岩の小人、水の女、風の少女。ソラの第一印象はこんなところだった。


「く……」

「あなたを倒す……あなたを、倒さないと」


 灰色の少女のセリフを聞きながら、ソラは歯噛みした。一気に四体一へと追い込まれてしまった。

 ボロボロの身体。虚ろな瞳。それでも彼女の中には明確な意思がある。ソラを倒したいという意志が。


(いや、違う)


 ソラはもう気付いている。この少女の気迫は敵を倒したいという暴力的なものではない。誰かを守りたいという優しい想いだ。確証はないが確信している。テストで百点を採る自信はないが、人の痛みや本質を見抜くことに関しては結構な自信があった。

 何か理由がある。それをソラが自覚した時点で、ソラの敵は前に立つ灰の少女ではなくなっている。

 いや、下手をすれば灰の少女に戦闘を強要する人物でさえ、敵ではないかもしれなかった。そもそも敵とは最初からそこにいるものではない。人が創り出すものだ。

 だから、ソラは訊ねることにした。私を倒さないとどうなるの? と。

 灰の少女は応えてくれた。敵意はある。殺意もある。それでもどこかその眼差しは悲しい。


「あなたを、殺さないと……妹が死ぬ!」

「……そっか」


 ソラは剣の柄を握り直した。一目で説得が難しいことはわかる。灰の少女は固定観念に支配されているのだ。それ以外に方法はないと。ソラは世界が甘く優しいものではないと今までの経験から学んでいる。例え自分が灰の少女に殺されたとしても、彼女の妹が助かる保証はない。なら、彼女を撃破し話を聞いて、妹を助ける算段を組み立てるべきだった。

 ソラが彼女と彼女の妹を救うべく再び闘志を燃やし始めると、メグミがまだ完全復活を果たしてない状態で叫んできた。


「おい、一人で戦うな! 少し時間を稼げ……後少しで私も」

「ごめん。時間がそんなにないみたいだから、超特急で決着をつけないと! マリ!」


 ソラはメグミに返答をし、まずどの精霊と戦うべきかを吟味しながらマリへと通信を送る。


『何? いつでも支援攻撃の用意は……』

「私は大丈夫だから、ジャンヌさんにあの子の素性を聞いて来てもらえないかな? もしかしたら何かわかるかもしれない。牢屋から連れ出してでもいいからさ」

『そんなことしたら逃げられちゃうじゃない。却下よ』

「大丈夫。きっとジャンヌさんは逃げないよ。彼女の性格上、ヴァルキリーシステムについて情報を知りたいだろうし、それに」

『それに?』


 ソラは心から溢れ出る無尽蔵の信頼を言葉に乗せた。


「ジャンヌさんはいいひとだから、協力してくれると思うよ」

『バカソラ』


 呆れたような、それでいて嬉しいような声が聞こえて、通信が終了する。

 これでもう自分のやるべきことは定まった。ソラはまず炎の男を倒すことにした。理由は単純だ。熱そうだから。常時燃焼しているということは、それだけ魔力の消費が凄まじいはず。灰の少女の負担を減らすには、炎の男を倒すのが先決だと、無自覚に導き出した。


「死んで、早く。あなたはさっさと、この世から消滅して。マスターオドムの機嫌が損なわれる前に」

「マスターオドム。それがあなたを服従させる人の名前だね。よーく、わかったよ。……ごめんね」


 ソラは謝りながら、突進した。銃槍での銃撃はたぶん無効化される。だから、退魔剣でどうにかするしかなかった。

 ソラの剣技は主にマリとの訓練で培わられた一般的な剣術だ。シンプルだが強力でもある。しかも、今の人を救おうと運命に抗う状態ならば、ブリュンヒルデのパワーは数倍にも跳ね上がる。

 神話ではブリュンヒルデは死ぬべきだった戦士を生かし、オーディンに罰せられた。もしかすると、ソラも何か罰を受けることになるかもしれない。だが、前の少女が死に逝く姿をみせられるくらいなら、罰を受けた方がマシだった。ソラにとってはどちらも耐えがたい罰なのだ。ならば、運命に抗う方を選択するのは当然だ。


「四大精霊には勝てない。勝てるはずがない」

「勝つ気はないよ!」


 ソラは炎の男に急速接近し、退魔剣を振り下ろした。縦切りの一撃が男に命中。男は防御したが、男自体は魔力の塊とも言うべき存在である。退魔剣は腕を突き出したところで防げない。

 だが、たった一撃斬撃を貰ったところで、すぐ消滅するような精霊ではなかった。ミカエルは消滅したが、あれはソラのダメージを起因とした自殺といった方がふさわしい。ミカエルは人の味方。彼は灰の少女を救うべく自害したのだ。

 しかし、四大精霊たちは人間の味方というわけではない。そも、自らの顕現が灰の少女を蝕んでいるという自覚はない。

 エレメンタルたちは無自覚に、宿主の魔力と魂を食らい続ける。彼らの暴挙を止めるには、ソラが撃退するしか方法はなかった。


(退魔剣の威力じゃ倒せない……。どうしよう)


 ソラは剣を振るいながら、考える。あまり考えごとは得意ではないが、普段の思考と今のこれは別物だ。いつもなら発揮されずに燻っている思考回路が驚く速さで回転している。何となく、根拠のない推論だが、エレメンタルの討伐方法を思いついた。一か八かの博打だが、何もやらないよりはマシだ。


「みんな一斉にかかってきて! 一対一の騎士道精神なんて私にはないよ! あ、あなたたちのような雑魚、わ、私一人で十分だって!」

「ソラちゃんが、煽ってる……?」


 ソラが言いなれない罵倒を口にして、動けないホノカが驚きの声を漏らす。

 そう、この作戦を実行するためには、サラマンダーのみを相手にしていては不可能。四大精霊全てを一気に相手取る必要があった。そのために吐き捨てた罵倒は、思いのほか精霊たちに効果があったようだ。

 もしくは、灰の少女が自らの命の消費スピードに焦ったのかもしれない。このまま持久戦に持ってかれれば、少女の敗北は必至だった。


「お望み通り、殺す!」


 少女の物騒な物言いに呼応して、精霊が同時に襲いかかってくる。

 ソラはまず退魔剣を投げ捨てた。剣は持っていても使い道がない。代わりに中盾を召喚して、両手で構えてウンディーネの放水魔術を受け止める。そして、水に濡れた盾を岩男であるノームへとぶつけた。


「よし!」

「何……?」


 ノームの表面が少し削れた。昨今のファンタジーでは土属性は水が弱点である場合が多い。パラケルススの四大精霊もその法則を脱してはいないようだ。彼らの弱点は彼ら。四大精霊それぞれが、それぞれに対応する弱点となっている。

 ソラの戦法は、彼らの攻撃を弱点とする精霊へとぶつけること。ちょっとカッコ悪いかもしれないが、最も手早く精霊を倒せる攻撃方法だ。


「く、そうか、それが狙いなの……!」

「もう遅いよ!」


 すぐにタネが露見する作戦ではあるが、一度敵を誘導できれば察知されたところで問題ないのがこの戦法だ。今更、エレメンタルを下がらせるわけにはいかない。なぜなら、エレメンタルが離れた瞬間にソラが召喚主である灰の少女を攻撃するからだ。術者がダウンすればエレメンタルは消滅する。

 他に灰の少女がとれる方法は、双方が弱点でない組み合わせでソラを攻撃することだが、それだとソラを倒せるかどうか怪しいのは、先程の戦闘を鑑みれば明らかだ。そも、時間がないのはソラではなく少女の方である。

 ソラが焦るのは、彼女の生来の気質であるお節介のせいだ。ソラが灰の少女の生死を気に掛けなければ、元より急いで決着をつける必要がない。


「だったら、動けない奴を――」

「狙うのは、当然だよね!」


 ソラはホノカへと動き出したサラマンダーの前に立ち塞がる。盾を炎で燃やし、狙いをウンディーネへと絞った。そのままホノカとサラマンダーを後目に突撃する。


「結局、友達は見捨てるのね」

『どうかな。僕を忘れてもらっちゃ困る』


 後方で待機していたヤイトが音も立てず接近し、ホノカとサラマンダーの間に割って入った。そして、消火剤の入った消火グレネードをサラマンダーへと投げつける。


「対炎魔術師用に開発された消火剤入りのグレネード。……倒せはしないが、足止めになるはずだ」

「ヤイト君ー。助かったよー」


 ヤイトがホノカを助けてる傍で、ソラはウンディーネを蒸発させていた。女性であるウンディーネが苦悶の表情で水圧カッターをがむしゃらに飛ばしてくる。が、その攻撃すらも、ソラの予定通りの行動だった。


「後ろにご注意!」


 ソラは防御せず水圧カッターを躱す。そして、ソラが回避した鋭い水圧が後ろからソラをかまいたちで八つ裂きしようとしていたシルフへと奔った。


「――!!」


 声にならない悲鳴と共に、風の少女の腕が千切れる。悲痛な叫びに連動して、シルフの放った風の刃がウンディーネへと奔った。

 ウンディーネは同胞にダメージを与えてしまったショックで放心しており、かまいたちを躱せない。


「まずは、一体」


 上下二つに分かれたウンディーネが、呆けた表情のまま消失した。ソラは次の獲物を見定める。


「く、まだ終わってない。終わるわけには、いかない!」


 血反吐を吐きながら少女は叫ぶ。ソラも声に出しはしなかったが、気持ちは同じだった。彼女を救うためには、負けるわけにはいかない。

 ソラが空へと上昇すると、激昂するシルフが天へと舞った。同時に、ヤイトに足止めされていたサラマンダーも飛び上がる。


「挟み撃ちッ」

「炎と風は相性がいい! そのまま燃えて、死ねえ!」


 気力だけで怒鳴る灰の少女。ソラは防御も回避もせず、じっと黙って止まっていた。

 ――精霊たちの炎と風の連携攻撃が、交差する直前まで。


(今だッ!)


 ソラはぎりぎりのタイミングで回避行動をとった。盾を前へと突出し、全力で後ろに下がる。

 慄いた表情のサラマンダーとシルフ。ソラの急な躱しを予想できず、止まることも不可能な両者はソラの前で激突し、盛大な爆発を引き起こした。

 灰の少女が言った通り、火と風の相性はいい。風には炎魔術の威力を向上させる効果がある。ゆえに、その爆発は必然だった。もしエレメンタルたちが冷静に判断をしていれば避けられた同士討ち。だが、彼らは同胞を殺されて頭に血が昇っていた。ソラは精霊の焦燥感すら読んでいたのである。


「すげえ」


 やっと立ち上がれるようになったメグミがぼそりと呟いた。しかし、今のソラの関心は灰の少女のみ。

 灰の少女が苦々しげな表情で、くっ、と悔しそうな声を漏らした。その悔しさは、ソラを倒せなかったから発せられたものではない。助けなきゃならない人を助けられる可能性が低まったから出た声だ、と彼女は分析する。

 ソラは着地して、灰の少女へ向き直った。改めて説得を試みる。


「もうやめよう? 勝ち目はないよ」

「勝ち目があるとかないとか、どうでもいい! 私は、勝たなきゃならない。あの子がいないなら、死んでもいい……」

「そんなこと言っちゃダメだよ。きっと妹さんもそう思うはずだよ」

「キレイゴトを……! あなたに妹の気持ちがわかるわけない!」


 灰の少女の言葉通りだ。ソラは彼女の妹に会ったことがない。いくら他者の心に敏感なソラでも、会ったことのない人間の気持ちを推察するのは不可能に近い。

 だから、素直に彼女の意見を認めた。


「そうだね、うん。私には、あなたの妹さんがどういう人なのか、わからない」

「だったら……!」

「だからさ、教えてよ。あなたの妹さんがどういう性格なのか。そして、あなたが誰で、何のために戦っているのか」

「……っ」


 少女は反論を返そうとして言葉に詰まった。揺れている。悩んでいる。ソラに真相を伝えるべきか否か。

 後少しだ、とソラは思った。もう少しでこの少女を説得できる。武器と武器を交わすことなく、言葉でわかり合うことができる。

 しばし間が空いて、少女が閉じていた口を開いた。縋るような、頼るような瞳で、ソラに向けて訴えようとする。


「わ、私、は――」


 だが、彼女の言葉は、不意に上空から降り注いだ詰問に遮られた。


『よもや敵にほだされたのではなかろうな、ユーリット。妹が悲しむぞ』

「……ぁ」


 少女改めユーリットは我に返ったようにハッとして、引きつった顔のままソラを見つめた。

 追い詰められた人間特有の、絶望に染まった表情をしている。ソラが一番嫌いな顔だ。誰かが泣いたり、怯えたり、怒ったり。負の感情から発せられる顔色をソラは好まない。


「あなたは誰!」


 滅多に見せない怒りの感情を伴って、ソラは叫んだ。頭上から降ってくる遠隔音声の主に向けて。

 だが、声は応えない。代わりに答えたのはマリだった。通信を送ってくる。


『ソラ、黒幕がわかったわ。彼女から直接聞いて』


 とマリは言って、聖処女ラ・ピュセルの異名を持つ少女へと変わった。息が荒い。先程まで苦しんでいたような声音だ。


『オドムよ。黄昏の召喚者の異名を持つ導師マスター。古代流派の中でも過激思想で有名な男。出世のためだったら部下だって容赦なく使い捨てにする卑怯者よ』

「……話し合いは無理そうだね」


 残念ながらこの世には話し合いが困難を極める相手も相当数存在する。流石のソラも、話を聞いてくれない相手に一方的にぼこぼこにされるつもりは毛頭ない。誰かと繋がる、わかり合うための力をソラはその身に纏っている。


『早く、その少女を……戦闘不能にして。じゃないと、私の友達が』

「えっ? どういう――」


 とジャンヌに訊き返したソラの言葉は、ごふっ、という血が吐き出される音で中断する。

 灰の少女は限界だった。ミカエルの次にパラケルススの四大精霊を連続で召喚したのだ。普通ならば、大掛かりな召喚術は複数の召喚士が集まって行われるとマリの授業で習っている。


「急がないと!」


 ジャンヌのセリフは気掛かりだったが、彼女の希望も戦闘の早期終結のようだ。ならば、手をこまねいている暇はない。

 退魔剣で宿主と召喚対象の繋がりを断ち切る――。そうしようとソラが足を動かそうとした矢先、急に地面から生えてきた何かに足を掴まれた。


「ッ!?」


 岩男、ノーム。ソラが他の精霊と交戦している間、いつの間にか姿を消していた精霊が、奇襲のために姿を現していた。


「くッ!」


 ソラは退魔剣でノームの右手を叩く。だが、ノームの持つ頑丈さと、灰の少女から供給される魔術により、斬っても斬ってもきりがない。

 銃を使おうか悩んだが、跳弾で自分に当たりかねない。万事休すだ。これ以上に有効な足止め方法もそうはないだろう。独力で挽回できる状況ではない。

 ゆえに、ソラは諦める。方針を切り替えて、回復しつつある友人に助けを求める。


「メグミ、ホノカ!」

「わーってる! 私のことは気にせずに、ユーリットさんを助けて! そう言うんだろ!」


 メグミがソラのセリフを奪いながら突っ込んだ。ユーリットにはこれ以上の魔術が使えない。彼女の攻撃方法はノームのみ。こちらの頭数が増えれば、彼女はなす術もなく敗北する。

 ――はずだったのだが。


『ふん、なら仕方あるまいな。ああ、実に残念だユーリット。次の生贄は誰か、決まったな』

「――ッ!! ダメです!!」


 ユーリットが絶叫し、ソラの足を拘束していたノームが動き出す。概念的な存在へと昇華し、物質をすり抜けてユーリットへと移動したノームは、ユーリットの身体の中へと吸い込まれていった。


「何だと……」


 瞠目するメグミの前で、ユーリットがノームの力を身に纏う。岩の鎧を装着したユーリットが、接近しつつあるメグミへ正拳突きをした。


「ちょこせえ!」


 しかし、両親が武闘家だった影響で、幼き頃から拳闘術を学んできたメグミには当たらない。ステップを踏んで避けて、殴り返す。

 だが、


「こっちの打撃も効かない……だと」

「どけぇ!」

「うわあッ!」


 強烈なタックルをまともに喰らったメグミは、コンクリートの上を転がる。ホノカは杖を散弾銃モードへと切り替えて射撃したが、これも大した足止めにはならない。


「か、硬いー! ソラちゃん、お願い!」

「わかった!」


 ソラは銃槍ガンスピアを取り出して、射撃しながらユーリットへと近づく。弾かれた魔弾があちこちに跳弾するが、ソラは意にも留めない。


(ユーリットさんを傷付けないで、ノームだけを破壊する……)


 それがどれだけ困難な行為であるか、ソラも重々承知済みだ。だが、彼女を傷付けることは、世界中の誰が赦しても、ソラ自身が赦せない。どうにかこうにか、無傷で終わらせてみせる。そう覚悟を念じると、不思議なイメージが頭の中になだれ込んできた。


(姉妹……ユーリットさんと、妹さん?)


 仲睦まじい姉妹が、家の中で人形遊びに興じている。その直後に轟くライフルの連続的な銃撃音。姉妹の前で両親は殺された。だが、姉妹の不幸はそこでは終わらない。弾丸の一つが妹の頭部に命中した。即死は免れたものの、危篤状態に。

 そこに現れる傲慢そうな態度の男。彼女を救いたければ私の弟子になれ。そう無理強いされて、ユーリットはオドムの弟子になった。


(そんな……こんなことが)


 ビジョンはまだ終わらない。最後に両親らしき男女の魔術師が頭を下げてきた。


「私たちの子を救ってください。頼みます、ブリュンヒルデ」

「頼まれ、ました!」


 ソラは返答して、現実へと戻る。槍を投げ捨てて、退魔剣を構えた。


「あなたに恨みはない! 憎んでもいない! でも、妹のためなの! お願い、倒れて!」

「残念だけど、それは無理かな」


 ソラはユーリットと交差する直前、にこりと笑みを浮かべた。


「だって、頼まれちゃったもの。だから!」


 だから、ユーリットさんは絶対に救う。

 ソラは強い意志を剣に乗せて、横薙ぎに一閃した。ユーリットごとノームを叩き切る。


「ソラ!?」「ソラちゃん!?」


 驚愕したメグミの声。みんなの驚く声があちこちから聞こえてくる。

 でも、ソラは焦らない。笑みを絶やさずに応える。


「大丈夫だよ。ね?」

『概念的非殺傷斬撃により、対象の魔術武装のみを破壊。敵対象は存命です』

「敵じゃないよ、最初から」


 ソラは鎧の自動音声に応じながら、仰向けに倒れるユーリットへと近づく。敗北したのに、憑き物が落ちたような、晴れ晴れとした顔をしていた。ソラの好きな、あったかい笑顔だ。


「大丈夫、ユーリットさん」

「……あ、あなたは……」


 ユーリットが声を発したので、耳を傾ける。


「あなたは、とても優しい方、ですね」

「そ、そうかな? 私はただ、自分のしたいことをしただけだよ」


 はにかみながら答える。ユーリットは微笑んで、ふう、と息を漏らした。ゆっくりと立ち上がろうとして、ソラが差し出した右手に気付く。


「……ありがと、ぅ!?」

「ユーリット、さん?」


 ユーリットは掴もうとしたソラの手を叩いてどかした。それだけではない。ソラのことも突き飛ばした。来ないで! と叫びながら、全力でみんなから離れようとする。


「何が、一体……?」

「わたし、からだ、ばくだん! きけん、みんな、にげて!」

「な、そ、そんなダメだよ! ユーリットさん!」


 ソラは反射的にユーリットを追いかける。絶対にダメだった。許容できなかった。

 頼まれたのだ。彼女の両親に。絶対に死なせてはならない。そう胸に誓ったのに。


「ソラ! 待て、危険だ!」

「だ、ダメだよソラちゃん! 離れて!」


 ソラを止めようとメグミとホノカが声を張り上げる。だが、聞く耳を持たなかった。ソラはがむしゃらにユーリットへと手を伸ばす。

 ユーリットはある程度まで下がると、諦めたように止まった。諦観の表情を、寂しそうな顔を、ソラへと向ける。


「最期に、あなたみたいな、勇気ある人に、会えてよかった……」

「ダメ――ッ!!」

『ソラ!!』


 マリが通信を飛ばすが遅い。ソラは空中浮遊モードで一気にユーリットへと接近した。

 だが、手が届く寸前に、金髪の、青い鎧とマントを羽織る少女に蹴飛ばされる。


「邪魔。下がってて」

「あ、あなたは!?」


 その青い鎧の騎士は槍のようなものを取り出し、ユーリットへと突き立てる。

 瞬間、大爆発が起きた。ユーリットの名前を叫んだソラが、爆風で地面に叩きつけられる。

 ソラはなす術もなく意識を失った。

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