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戦乙女の鎮魂歌  作者: 白銀悠一
第三章 悪夢
24/85

水晶の涙

 ソラたちの戦場に砲撃が放たれたまさにその時、大佐は無線で砲撃中止命令を叫んでいた。


「誰だ、勝手に撃ったのは! 砲撃中止! 砲撃は中止だ!」


 大佐は攻撃命令を部下に命じていない。無断砲撃だった。元より効果が薄い砲撃を、友軍が展開している地域に連絡もなく行うなど考えられない。大佐の部下にそこまでの無能はいないはずだった。

 しかし、実際に撃たれた。味方に直撃したかもしれない。本末転倒の攻撃だ。敵には効かないが味方には影響する。友軍を殺すつもりにしか思えない。


「くそ、応答しろ!」


 大佐が無線マイクに向かって怒鳴っても誰一人返答を返さなかった。瞬時に異常事態だと把握する。不意に脳裏をよぎったのは死んだ戦友たちのオペレーションログだ。ほとんどの記録が上層部に回収される中、大佐はその内のいくつかを無許可で目を通したことがある。

 どの作戦記録も不透明な点が散見された。自分だったら、いや、自分の知る指揮官たちであれば間違いなくそんな戦術は執らないだろうと断言できる作戦を死者たちは行っていたのだ。

 もしやあれは、血迷った結果の自暴自棄な戦術ではなく――。


「大佐、ここにおられましたか。探しましたよ」

「……今すぐ砲撃を止めさせろ! 急げ!」


 副官が部屋に入ってきた。その行動を怪訝に思いながらも大佐は指示を出す。彼の知る副官ならば、わざわざ指示を仰がなくても自分で判断し、この砲撃を停止させるはずだった。


「それはできません。大佐」


 あろうことか副官は拳銃を突きつけてきた。あるまじき暴挙に大佐は戦慄する。


「なぜ……! そうか……」


 大佐は気付いた。この副官の瞳が虚ろだということに。

 部下の暴走の原因に。


「そういうことなのか。これは全て、奴らの!」


 鳴り響く轟音と共に拡散する爆炎。大佐はブロッケン山に展開する駐留軍と共に炎に包まれた。



 ※※※



「うっ――何が――」


 地面に仰向けで倒れていたソラは頭を押さえながら身を起こす。自分と仲間たち、そしてクリスタルの友達たちに有り得ない支援砲撃が飛び交った瞬間、強力な衝撃によって身を吹き飛ばされたのだ。

 事態を思い返して、ソラはクリスタルの名を呼びながら彼女の姿を探す。すぐに見つかった。彼女はさっきの位置から微動だにしていない。


「クリスタル……」

「かっ、は」


 事切れたように崩れ落ちる。クリスタルは限界まで魔術を行使したのだ。立ってはいられず、意識を保てているかどうかも怪しい。

 ソラも衝撃波を受けてふらつきながらも、クリスタルの傍へと歩み寄った。


「クリスタル、クリスタル」


 クリスタルは息も絶え絶えの様子で地に伏している。早急に休息が必要だ。もしかしたら治療しなければならないかもしれない。


「ホノカ! ホノカ! こっちに!」

「ソラちゃん……」


 だが、ホノカはブロッケン山の方向を見上げて動かない。隣のきらりも呆然としている。


「何して――え?」


 ソラは二人の視線を辿って、何を見ているのかを理解した。ブロッケン山が、防衛軍の基地が燃えている。誰の仕業か瞬時にわかる。

 クリスタルだ。彼女は友達を守るため、意図せず手を血で染めてしまった。


「……ッ。関係ない! ホノカ! クリスタルを――」

「なりま、せん!!」


 メイスが投げられて、ソラは回避も防御も叶わずまともに直撃した。ああッ! と悲鳴を上げて宙を舞う。

 ソラと入れ替わりにクリスタルの傍へ寄ったのはレミュだ。彼女は意識が朦朧としているクリスタルを抱きかかえ、きらりに目配せした。

 きらりは緊迫した表情で頷き返す。レミュが転移をしようとすると、クリスタルは細切れの声でみんなの身を案じた。


「ね、ぇ……レミュ。みんな、ぶじ? きらりは? ……ソラは」

「無事です。無事ですとも。誰一人死人は出ていません。誰も、死んでいません……」

「そっか、よかっ、た」


 クリスタルは安堵の表情のまま意識を失った。


「クリスタル!」


 ソラは反射的にレミュを追いかけようとする。だが、彼女の中に相反する感情が自らの行動を制した。

 ここで自分がクリスタルを捕まえたら彼女はどうなる? レミュはクリスタルに優しい嘘を吐いた。これは、殺意なく自衛のために起きた悲劇なのだ。クリスタルは自分の行動の結果、どんなことが起きてしまったのかまだ気づいていない。

 彼女の身を案ずるか、彼女の心を案じるか。ソラには選択できなかった。


「お気遣い、感謝します」

「あ――」


 レミュはクリスタルと共に消えた。きらりも消え失せている。遠方で相賀たちと戦闘していたヘルヴァルドも撤退した。

 その場に残ったのは後味の悪い、やり切れない想いだけだ。ソラは膝をついて、黄昏に染まりつつある空を見上げた。



 ※※※



「ソラ!!」

「クリスタル!!」


 銃を撃ちながら距離を詰めていく。ソラは射撃戦が不得意だ。どちらかというと近接戦が得意らしい。だが、銃使いである自分も、自衛のために接近戦には心得がある。銃は近接武器にもなるのだ。あえて接近戦を挑むことで向こうの不意を衝けるかもしれない。


「あなたを連れて帰る!」

「私だって――えっ?」


 ソラが突然、疑問の声を上げた。自分も声には出していないが、同じように疑念を感じた。

 ソラの胸元が真っ赤に染まった。着色原因は彼女自身の血だ。

 撃たれたのだ。彼女が身を挺して守る人間に。


「あれ? 私、は」

「ソラ、ソラ!」


 クリスタルは倒れこむソラへ駆け寄り、彼女の名前を呼び続けた。ソラの表情が陰る。別れた時と同じように、いやそれ以上に懐かしい顔をみせる。

 泣いているのだ。悲しくて。彼女は泣き虫だからちょっとしたことで泣く。大ごとならば絶対に涙を流す。


「ごめんね、クリスタル……。約束、守れそうにないや。裏切った罰だね……」


 彼女は自分の言葉をずっと気にしていた。自分の罵った間違いを本当のことだと受け止めていた。


「違う、あなたは裏切り者じゃない……。裏切ったのは私……」


 クリスタルは懺悔を放つ。だが、彼女の返事は聞こえない。

 ソラは死んでしまった。自分のせいだ。彼女が人間に利用されたのも、苦しんだのも――。



「――っ!?」


 嫌な夢を見てクリスタルは飛び起きた。ずっと気にしていたことや、気掛かりだったこと、最悪な予想がない交ぜになって夢の中へ表出したのだ。

 夢は未来予想図だ。可能性を心象の中で再現する警告現象でもある。夢占いという言葉があるように、夢をないがしろにするのは魔術師にとって愚行に等しい。

 だが、今は夢の結末よりも現実の続きの方が気に掛かる。


「ソラは、いや、レミュやきらりは……」


 寝間着姿のまま起き上がり、黒いローブに着替えると屋敷の中を探し回る。幸運にもアレックの屋敷にある自分の部屋で寝かされていた。誰か知り合いにあえばすぐにでも状況を把握できる。

 知り合いは簡単に見つかった。カリカが廊下の反対側から歩いて来ている。


「カリカ、ちょっといい」

「……え? ど、どうしたのよ」


 なぜか反応が白々しい。少し距離を感じる受け答えをした彼女に疑問を感じながらも、クリスタルは仲間のその後について訊ねた。


「レミュときらりは……」

「無事よ。円卓の騎士に呼ばれて報告してるんじゃないかしら。……あなたは大丈夫なの」

「平気よ。魔力の使い過ぎで気絶しただけだから」

「い、いやそっちじゃなくて」


 含みのある言い方に、クリスタルはまたもや疑問符を心の中で浮かべる。身体に異常がないのなら、他に異常があるはずもない。二度もソラを逃がしてしまったのは失策だが、死んでいなければチャンスはある。


「だ、大丈夫ならいいわ。それじゃ」

「カリカ?」


 カリカはクリスタルの疑問を解消せずにそそくさと行ってしまった。

 もう少し話が聞きたかったクリスタルは、同じドルイドでもリュースならきちんと答えてくれると考え、彼女の部屋へと赴いた。そこには、思いつめた表情で机に向かっているリュースがいた。手には本を持っているが、表紙が上下逆さまだ。


「本、上下逆よ」

「っ、お前か。びっくりした」


 心底驚いた表情で慌てて本を閉じ、姿勢を正すリュース。彼女の改まった態度に面食らったが、クリスタルは何も言わずに皆の安否を問うた。


「何かよそよそしいわね……。レミュときらりの様子は?」

「ああ、二人ともお前を部屋に寝かして、深紅の魔剣と共に報告書を提出しに行ったぞ」

「わざわざ直接? 書類を転送でもすれば良かったのに」

「改変されたら困るって言ってたな」


 妙ね、とクリスタルは思う。此度の戦闘で特に改変を危惧しなければならない事態は起きていないはずだ。


「何を改変するって言うの?」

「う、それは……」


 リュースは目を伏せてクリスタルから視線を逸らす。何か言おうと口を開いたが、何も言わずに閉じた。

 何かが引っかかる。問い詰めようとしたクリスタルだが、リュースは逃げるように立ち上がり、あれほど嫌がっていた宿り木回収代行をするから、と言い訳を言って去っていく。


「リュース……。嫌われちゃったのかな、私」


 開きっぱなしのドアを見つめるクリスタルの胸中で、悲しい想いが渦巻いた。しかし、これも仕方のないことなのだ。彼女たちにしてみれば、自分は裏切り者だと言って相違ない。

 それについて今考えてもしょうがない。今はなぜレミュときらりがアーサーのところへ赴いたのか知るべきだ。

 クリスタルはアレックの屋敷を後にし、目立たないように細工しながら円卓の騎士が集う王城へと向かった。



 順調に歩を進めていたクリスタルが、街の途中で足を止めたのは、突然響き渡った声がためだった。円卓の騎士が非常事態や重要案件などを告げるべく使用される通信術式が、各魔術師に直接訴えかけて来ている。映像と共に。


『かの勇敢な魔術師は、その身を持って我々に示してくれた! 杖を執ることの重要さと人間たちの残虐さを!』


 アーサーが玉座の前で演説している。その姿はさながら王そのものだった。教会に王はおらず評議会だけが存在しているが、彼こそをリーダーとするべきという声も少なからず上がっている。クリスタルとしては賛成できないが、彼の支持者が多いのは事実だ。


『鉄壁の異名を持つ彼は、身を挺して我々の盾となったのだ! 敵に捕縛された彼は凄惨な仕打ちを受けてなお、敵を倒し我らを守ろうと奮戦した。奴らはその想いを踏みにじったのである!』


 鉄壁の肖像画がアーサーの隣に現れ、浮いていた。クリスタルも何度か見たことがある。彼はあまり賢い魔術師だとは言えなかったが、差別等もなく常に他者を尊重する気持ちのいい性格で、下級魔術師の間でも人気者だったはずだ。

 そんな彼が死んだ。どこで? と気になって白紙のメモ帳に羽ペンで文字を書き記し検索すると、自分が先程までいたブロッケン山近郊だということがわかった。

 ますます疑問心が強まる。ソラが関わっている以上、彼が殺されるとは考えにくい。最も、自分たちと戦っていたせいで秘密裏に処刑が進められたと考えられなくはいないが……。


(会って話を聞いた方が早いわ)


 クリスタルは気絶していたので詳細を思い出せない。独りで考えるより話を聞いた方が手っ取り早い。街行く人の反応を窺いながら、クリスタルは歩を進めた。人間は赦せない。そんな声が聞こえてきてクリスタルは居た堪れない気持ちとなる。


(ソラも私と似たような気持ちなはず)


 だからこそ彼女は、浮き島に来ることを拒んだ。優し過ぎるのだ。他人のことを放っておけない。彼女がもう少し利己的なら、素直に浮き島へと来てアレックの庇護下に入っただろう。その方がソラは安全なのだ。

 ソラの願いはとてもよくわかる。自分と相違ない願いを彼女は抱いている。だからこそ、全て自分に任せて安全なところにいて欲しいのに、恐れを知らずに戦場へと飛び出してしまう。

 まるで娘を持った母親のような気分にさせられた。ソラの両親が精神病を患ってしまったのもそれとなく理解できる。クリスタルとしてはあまりいい感情を持っていないが、ソラの両親は彼女のことを溺愛していた。それこそ目に入れても痛くないぐらいに。

 もし魔術師に対する悪いイメージをソラの親が信じずに戦争も起きていなければ、良好な関係を築けていたに違いない。学校帰りにソラの家に寄っていっしょにお菓子を作ったり……。


「……」


 その空想がとても楽しそうであったかそうで、クリスタルの胸は締め付けられる。想像している時はとても楽しいのに、終えた途端に現実が勢いよく襲いかかってくるのだ。

 全ては妄想だと。現実にはならないと。


(これだから空白の時間は嫌い)


 クリスタルが苦りきった顔をみせると同時に、その王城は眼に入った。煌びやかな城。キャメロット城をモチーフとして作られた円卓の騎士の拠点だ。

 クリスタルは怖じず堂々と城の中へ入っていく。門番や番兵に睨まれたが気にしない。自分は既にアーサーに認められている。彼らが忌み嫌う現代流派であってもだ。

 謁見の間の扉は閉じていた。アーサーが演説している最中なので当然だ。彼に聞ければ早かったのだが仕方ない。レミュたちを探すべく、クリスタルは城内を散策し始めた。

 城内はとても広い。あちこち見て回ったが、自分で探すのは得策ではなさそうだった。通信術式でも使おうかしら、と考えながら部屋番をする番兵の横を通り過ぎると、急に声を掛けられた。


「待たれよ、銀髪」

「……はい?」


 金髪の凛とした女性だ。名前を憶えている。


「あなたは確か、ブリトマートさん」

「我が名を知っていてもらえるとは光栄だ。尋ね人だろう。貴君の探し人は、ヘルヴァルド殿と共にこの廊下の先にいる」

「ありがとうございます」

「礼は要らんぞ、クリスタル。共に共通の敵と戦った仲だ。いずれ共闘することもあるだろう」

「そう……ですね」


 苦い物が身体を駆け巡るが、表情には出さない。クリスタルは会釈して、装飾の施された部屋の前を通り過ぎた。彼女が守護するのは一体誰の部屋なのか。疑問が湧かないこともなかったが、今は知るべき事柄を追及するのみだ。


「レミュ、きらり!」


 部屋の扉を開けて、やっと会えたという達成感と安心感から、喜びを交えて二人の名前を呼んだ。二人とも豪奢な客間に通されて寛いでいた。本気で驚いた顔をクリスタルへと向けている。


「な、クリスタル……」

「もう目覚めたの……?」

「どうしたの、二人とも? あ、ヘルヴァルドさん」


 二人の反応を訝しみながらも、深紅の魔剣と挨拶を交わす。ああ、と一言応え、ヘルヴァルドは上の空といった様子でアーサーの演説に耳を傾けていた。

 他の二人もまだ深刻そうな表情が抜けきっていない。それと何かを不安視するような怯えも。

 ますますわからない。二人なら自分の復帰を手放しで喜んでくれると思っていたのに。


「私が寝ている間に何かあったの?」

「え、ええそれはまぁ。アーサーが鉄壁の異名を持つ魔術師が戦死したところを公表して、追悼演説を行っているのはご存知ですよね」


 わざわざ言われるまでもない。たった今も、表示していないだけでいつでも聞けるのだ。クリスタルは演説自体に関心はない。由々しき問題だとは思うが、それについての考察は後で済ませようと考えている。

 今は鉄壁が死んでしまった経緯と、自分が気絶した後の詳細だ。プロパガンダまみれの演説ではなく、友の口から直接聞きたい。

 ゆえに、クリスタルは質問を投げた。あの後どうなったの? と単刀直入に。


「あの後、ですか……」

「そう。無事みたいだけど、その……」


 二人の安否はもう確認し終えたので、今気になるのは敵の安否だ。カリカとリュースは大丈夫だと言っていたが、やはり現場に出張っていた友から大丈夫だったと言って欲しい。

 クリスタルの意図を察したのは奇妙なことにレミュではなくきらりだった。全員、無事だよ、と言ってにっこり微笑む。


「無事……そうか」

「ああ、そうだ。無事だ。敵も味方もな。また別の機会に相見えることもあるだろう」


 ヘルヴァルドも滅多に見せない気遣いをしてくれた。話を聞いてほっとしたクリスタルだが、唐突にドアから現れた男のセリフに怪訝な顔をみせる。


「何を言っているのだ、お前たち。戦果を上げた者はきちんと称賛せねばなるまい」

「アーサー……? 何をおっしゃるのです」


 演説を終えたらしいアーサーが部屋の中へと入ってきた。クリスタルの前へと歩んでくるが、必死の形相となったレミュに阻まれる。が、彼女はアーサーを止められず、一旦屋敷に帰ろうとクリスタルに提案してきたきらりもアーサーに肩を掴まれて退かされた。


「無粋ではないか。私はお前たちの長であるぞ」

「そうは言うがアーサー。クリスタルたちはマスターアレックの弟子を止めたわけではないぞ」

「ほう。妙な口出しをするなヘルヴァルド。……敵を倒した者に賛辞を贈る。それは上役として自然なことではないか」

「敵を……倒す……」

「おや、お前たちは手柄を独り占めしようとしたのか? それはなるまい。称賛されるべきは敵を倒した者のみだ。横取りを企む者ではない。そうではないか? クリスタル」

「何の、ことですか?」


 問いながら冷や汗を掻く。嫌な予感が心の中を占拠している。

 不審かつ奇妙な友人たちの言動といい、ヘルヴァルドの珍奇な気遣いといい、悪い予想の材料は並べ立てられている。

 アーサーは何を言わんとする? 聞いてはならないが、聞かなくてはならない。そんな想いがクリスタルの胸中に湧く。

 ゆえにもう一度問い改めた。最悪な予感をひしひしと感じながらも。


「お前は鉄壁を処罰した部隊を壊滅させた。敵の攻撃をね返すという方法で。多大な戦果だ。新兵が上げた初の戦果だ。私は円卓の騎士と賛同してくれる同志たちをまとめる者として、祝福せねばなるまい」

「……っ!!」


 アーサーの言葉はクリスタルの心を抉るのには十分すぎた。その言葉を聞いた瞬間に、感じていた疑問が一気に解消される。

 みんなが自分を気遣ったのは、自分が人を殺したのだと悟らせないためだ。


「わ、私は」


 それだけではなかった。クリスタルは同胞の命すら奪ったのだ。鉄壁が死んだのは人間に拷問され処刑されたからではない。クリスタルが撥ね返した砲撃に巻き込まれて死んだのだ。

 ――クリスタルは意図せずして、戦火を拡大するきっかけを作ってしまった。アーサーが演説してしまった以上、多くの人間は防衛軍が魔術師を殺したと信じるだろう。今更、自分が殺したと叫んだところで耳を貸さない。

 クリスタルは後ろへと後ずさる。何かから逃げるように。テーブルにぶつかり、上に置いてあったカップが落ちて割れてしまった。

 そのカップに目を落としながらクリスタルは呟く。


「私の、せい?」

「そうだ。お前の手柄だ。お前のおかげで同志たちの士気は向上した。……誇っていいぞ」

「…………」


 クリスタルはもはや返答すら返せず、絶句しながら固まった。きらりが彼女の身を案じて駆け寄り、屋敷へ戻ろう、と背中を押す。レミュもクリスタルの身を案じながら、アーサーにきつく視線を送った。

 しかし、アーサーは気にした様子もない。笑みを湛えた顔でクリスタルたちを見送った。


「悪趣味が過ぎるな、アーサー」


 クリスタルが去ったことを確認した後、ヘルヴァルドは忌々しそうに吐き捨てる。


「悪趣味? 何の話だ?」

「とぼけるなよ。お前はあの子が戦争を望んでいないことを知っている。人を殺そうと思っていないことも」

「……とは言うが、敵は敵だ。これは戦争なのだ。戦士が敵を殺して何が悪いのだ? なるほど、敵を殺さず無力化しようという心構えは立派だろう。しかし、敵の方も同じことを考えている保証はない。我らは敵に血を吐かせ、その魂を奪い取る魔術師だ」

「我らの方が優れているのに、か。一時の感情を無関係な人間に向け、気を晴らすために虐殺する。とても優れた者の在り方には思えんな」

「だからお前は敵を見逃し、同胞を見す見す死なすことになったのだ。鉄壁を捕らえたのはブリュンヒルデと聞いている。そのブリュンヒルデを見逃したのはお前だ。お前がブリュンヒルデを倒していれば鉄壁は囚われることもなかった。死因が防衛軍にあるのかクリスタルにあるのかは知らぬがな」

「死因は防衛軍だ。明らかにおかしな動きをみせたからな。彼女に罪はない。お前の言う通り、罪があるとすれば私だろう。そこのところは認めよう。……彼女に余計な手出しはするな」

「無論だ。私が一体どのような手を出すというのだ?」


 ヘルヴァルドは降参したように素直に認めた。自分に鉄壁の死の責任はあると。だが、彼女の言葉はまだ終わりではなかった。


「ところでアーサー。お前は気付いたか?」

「何の話だ?」

「そうか。そういう反応をするのか。よくわかった」


 ヘルヴァルドは一方的に納得し、部屋を出ていく。一人残されたアーサーは、全てが予定調和とでも言うようにほくそ笑んだ。




「大丈夫ですか、クリスタル」


 と何度目かわからない案じを口にしたのはレミュだった。クリスタルの両隣に並ぶレミュときらりの両名は、代わりばんこに心配の言葉を口ずさんでいる。


「大丈夫よ……。何も問題はないわ」


 と答えるクリスタルだが、はた目から見て大丈夫なように見えない。実際に彼女の精神状態は泥沼のようなものだった。

 ソラを救うため、戦争を止めるために銃を執ったというのに、真逆のことしかできていない。自分の行動が全て裏目に出ているのだ。頭がどうにかなってしまいそうだった。


(あの子に魔術を使えると打ち明けた時も、あの子のために浮遊魔術を練習したのも、あの子にアミュレットを渡したことも、その後のことも全部、あの子を傷付けてる……)


 クリスタルが何かをするたびに、ソラが酷い目に遭ってしまう。きっと、これからブリュンヒルデに対して敵視が激しくなるだろう。以前ならば無理強いされただけと説明すれば見逃してもらえたかもしれない。だが、もうそうはいくまい。教会側から見れば、ソラが鉄壁を殺したようなものなのだ。

 彼女は魔術師を傷付けるつもりが全くないのに、その想いは魔術師には届かない。

 そして今度は人間側がソラを責めるのだ。お前のせいで戦争は激化したと。

 全部自分のせいなのに。今までと立ち位置が変わっても、自分はソラを傷付けることしかできないのか。


「……クリスタル」


 レミュが不安そうな瞳で覗いてくる。しかし、今クリスタルが欲するのは罰だった。憐みではない。

 誰か自分を罰してくれ。

 ――私はどうなってもいいから、ソラだけは救ってくれ。

 しばらく無言で歩いていると、いきなりきらりが前に立ち塞がった。どこか真剣な目つきの彼女はすぐににこっと笑みを浮かべてクリスタルの肩に手を置く。

 そして、唐突過ぎる提案をしてきた。


「クリスタル、泣こうか」

「きらり、何をおっしゃりますか……!」

「どういうこと、きらり」


 慌てるレミュを遮って、クリスタルは魔法少女に訊く。だってねえ、ときらりはひらひらのピンク色の服をはためかせながら一回転して言う。


「クリスタル、滅多に泣かないもん。ソラちゃんのせいで泣かないようになったって言ってたけどさ、ソラちゃんはもう泣き虫じゃないみたいだよ? ホノカちゃんがそう言ってたもん」


 クリスタルたちが戦っている横で、きらりとホノカは独自の戦いを行っていた。互いが何のために戦っているか、どうして戦うはめになったのか、事情について話し合いをしていた。

 だから知っている。ソラがクリスタルのためにどれだけの変貌を遂げたのかを。


「ソラが泣き虫じゃない……?」

「そう。ソラちゃんはクリスタルに怒られないようにーって、ポジティブな方向に性格を変えたんだって。また会えた時に、驚かせたくてね。だったらさ、クリスタルもネガティブっていう訳じゃないけど……少し変わってもいいんじゃないかって」

「変わる……私が……?」

「そ、だから、泣くのは変化への第一歩。クリスタルは今のままでもすごいいい子だと思うけど、ちょっと頑張り屋さんなんだよね。もう少しさ、楽にしようよ。涙は人の心が奏でる優しい魔法だよ」


 アニメのセリフを交えながら、クリスタルと抱擁を交わすきらり。

 友人に抱きしめられて、溜まっていたものが一気に噴き出した。目尻から涙をこぼし、小さく、だが子どものように涙を流す。

 クリスタルのしたことは取り返しのつかないことかもしれない。しかし、それとは別に、人は誰しも涙を流す権利を持っているのだ。


「ありがとう、きらり、レミュ……」

「感謝されるいわれは――」


 と言い返そうとしたレミュに、きらりは首を振って合図を送る。レミュは頷いてそれ以上言葉を続けなかった。


「何たって私は、魔法少女だからね。友達は最高の宝物。だから、私の気が済むまでぎゅーっとさせて。あなたの気が済むまで、いっしょに居させて」

「うん、うん……!」


 クリスタルは泣く権利を行使して、気が済むまで泣き続けた。不思議と、今日の出来事を乗り越えていける気がしていた。

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