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戦乙女の鎮魂歌  作者: 白銀悠一
第三章 悪夢
23/85

再戦

 空を飛びたいとせがまれたことがある。幼い子どもの頃に。無垢で無知だった愚鈍な時期に。

 その時自分は幼心ながらその子に応えたいと思い、何の考えもなしに実行した。そして、失敗した。魔力量が人を浮かせるレベルまで蓄積されていなかったせいだ。

 自分が失敗して拗ねると、その子は目尻に涙を溜めて泣きそうになった。自分が飛べなかったからではなく、こちらの気分を損ねてしまった自分の情けなさを罰して泣こうとしたのだ。

 共感性の高い少女だった。自分の親友……ソラは。

 もらい泣きをよくしていた。誰かが悲しめば泣く。誰かが怒れば泣く。それが怖かったからじゃなく、悲しかったから涙を流す。他人のために泣くことができる勇気あるおそれをしらない者。

 その反動からだろうか。いつの間にかクリスタルはソラの前で泣くことを止めていた。


「…………」


 思い出に浸りながら、クリスタルは空を眺める。目の前には大空。浮き島から見える空はとても青く眩しい。この景色をソラと共有したいと常々思っていた。幸か不幸か、もうすぐその願いは叶う。嫌われて、共に並んで見ることこそ不可能かもしれないが、それでも景観共有は可能だ。

 不自由な生活を強いることになるだろうが、少なくともソラは死なない。それでいい。後は時間を掛けてでも、この手を汚してでも戦争を止めるだけだ。


「またか。また私はソラを泣かせなくちゃならない」


 不意に悲しい想いが心をもたげる。ソラを苦しめる原因を作ったのは自分だった。彼女がどういう経緯で防衛軍に所属し、ヴァルキリーになったのかは定かではない。しかし、全ての原初は自分に集約する。

 自分がソラとあんなことをしなければ。自分がソラにアミュレットを渡さなければ。自分がソラと友達にならなければ。

 ソラは苦しまずに人間として堂々と生きられたに違いない。


「私には責任がある。……私がソラを守らなければ」

「――覚悟は整いましたか?」


 背後から声を掛けられ振り返ると、クリスタルの友達がいた。レミュときらり。二人はクリスタルがアーサーと契約を結んだと聞き、慌ててついて来た。

 巻き込んでしまった。申し訳なさが彼女の心を包む。


「そんな顔しないしない。きらりちゃんは魔法少女。友達を見捨てたりなんてしないよ!」

「きらりの言う通りですよ、クリスタル。あなたの戦いが終わるまで私たちは添い遂げます」

「二人とも……ありがとう」


 本心からの感謝を述べる。感謝してもし足りない。彼女たちは正真正銘、クリスタルの親友であり仲間だった。これ以上に心強い味方はそういない。例えヴァルキリーが既存の魔術師を凌駕していたとしても負けはすまい。

 クリスタルは魔術で自分の銃をこの場に召喚し、具合を確かめた。範囲攻撃用の五本銃身のヴォレーピストルを新調してある。扇上に銃身が並ぶこのピストルは引き金を一度引くだけで五方向に銃撃を放てる優れものだ。それに加え、メインのピストルには銃剣ベヨネットを装着した。これはマスケット銃も同様だ。

 本気でソラを倒しに行く。新しい友達といっしょに古い友達を迎えに行く。もう戻れないのだ。アレックは未だ議会に謂れもない疑惑を押しつけられて帰ってきていない。エデルカは親身にしてくれたが、彼女ではソラを救えない。だから。


「準備ができたならば、行くぞ」


 ヘルヴァルドと共に、地上へと堕ちるのだ。


「はい、ヘルヴァルド様」

「その呼び方は止めろ。私たちに上下関係はない。年功序列も魔術師には無関係だ。実力さえ示せばそれでいい」


 ヘルヴァルドに言い咎められ、では、ヘルヴァルドさんとクリスタルは言い直した。


「ふむ……。まぁよい。さっさと狩るぞ」


 そう言ってヘルヴァルドは浮き島を飛び降りた。クリスタルは今一度友達へと目線を移す。


「いっしょに行こう。レミュ、きらり」

「言われなくても、行きます」

「どこまでも付き合っちゃうよ!」


 クリスタルは微笑んで、天空へと身を任せた。あの子を喜ばすために鍛えた浮遊魔術であの子と戦い救うために空を舞う。



 ※※※



 一番早くその姿を目視できたのはソラだった。

 いつものくせで空を見上げて、空から見下ろすあの子が目に入ったのだ。


「来たか。戦闘準備!」


 相賀が命令を飛ばし、全員が各々の武装を装着・搭乗を始める。相賀がペガサスに乗り込み、マリとヤイトがパワードスーツを着こむ。その横でメグミがスヴァーヴァとなり、ホノカがエイルとなった。

 ソラもニーベルングの指環に祈りを込めて、ブリュンヒルデへと変身する。


『――装着完了。ヴァルキリーブリュンヒルデ』

「クリスタル……」


 友達の名を今一度呟き、ソラは飛翔する。武装は持たない。まずは話し合いだった。その後の展開が和解か決裂かはさておいて、まず交わすべきは言葉だ。

 相賀がVTOLモードで浮遊し、後方から敵部隊の接近を見守っていたが、後方から血濡れた紅い鎧が目に入り驚き混じりの声を出した。


『ヘルヴァルド……』

『……ッ』

『ダメだ、マリ。まだだ』


 姉の仇の姿を目にし、衝動に駆られたマリをヤイトが制す。

 ソラは複雑な心境のまま、深紅の魔剣と行動を共にするクリスタルへと近づいた。敵もまた不意を討つ気はないようだった。誰一人武装はしていない。

 後ろにはメグミとホノカが浮かんでいる。その遥か後ろに相賀の乗るペガサス。前にはクリスタルと、その仲間であるレミュときらり。少し離れてヘルヴァルド。


「クリスタル」

「ソラ」


 絶交と啖呵を切った友達だが、会話を交わす気はあるようだった。考え直してくれたのかもしれない。クリスタルはよくソラのことを怒っていたが、最後にはいつも許してくれた。


「この前はその……ごめん」


 まず、謝罪を口にする。とにかく一言謝りたかった。クリスタルは思いもしなかったはずだ。魔術師の存在を許容していた自分が魔術師を殺すための組織に属していることを。

 だが、ソラが謝罪を述べるとクリスタルは少し怒ったかのように眉を吊り上げた。


「なぜあなたが謝るの? リュースから大体の事情は聞いたわ。あなたのことだから、どうせ自分が戦えば人も魔術師も傷付けなくて済む、とか考えたんでしょう?」

「大体そんな感じ、かな。私は防衛軍に所属してはいるけど、魔術師さんとは戦いたくないよ。もちろん、クリスタルとも」


 話ながらソラは、上手くいくような予感がしていた。クリスタルの誤解はリュースのおかげで解けていたらしい。後はこちら側に引きこむだけだ。相賀たちといっしょに世界に広がる戦火を鎮静化させればいい。

 そう、想っていた。


「私もあなたとは戦いたくないわ。あなたは私の大切な友達だもの」

「じゃあ……」

「だからね、ソラ。だから、私は――」


 クリスタルは笑った。別れた時と同じ寂しそうな笑顔で。

 その顔を見てソラは悟り、目を見開く。クリスタルが銃を取り出し――。

 ――反射的にソラも剣を抜いていた。


「あなたを倒さなければならないのッ!」

「クリスタル!!」

『ッ、まずい!』

「ふん、目ざといな!」


 相賀とヘルヴァルドが同時に動く。相賀はクリスタルが言葉を発した時点で気づいていた。彼女の闘気を。殺気ではない。クリスタルからはソラを殺す気が微塵も感じられない。

 相賀はペガサスの機銃をヘルヴァルドへと斉射した。だが、ヘルヴァルドは全ての弾丸を剣で弾き切る。


「銃では遅い」

『知ってるよ!』


 しばらく悠々と弾丸を切り落としていたヘルヴァルドだが、突然弾丸が爆発し表情が変わる。だがそれは、どちらかというと面白がっているような笑みだった。


「炸裂する弾か。考えたな」

『チッ。全員戦闘開始だ!』

「おうとも、こちらも応戦しようか。君たちはヴァルキリーと戦え。私は人間たちを引き受ける」


 相賀とヘルヴァルドが、ソラとクリスタルたちに指令を出す。ソラとクリスタルの周囲でメグミとレミュが、ホノカときらりが、相賀たちとヘルヴァルドが戦い始める。

 愕然としながら、ソラはクリスタルを見ていた。クリスタルもまたソラの瞳を真摯に見つめている。どこか思いつめたような……暗い瞳を向けている。


「どうして……クリスタル。どうして!」

「どうして、はこちらのセリフよ、ソラ。あなたはどうしてヴァルキリーになったの? どうしてあなたは、それほどの兵器の出現が教会にどれだけ影響を与えるか思いつかなかったの!!」

「それは……でも。私が戦わないとみんなが!」


 言いながらソラの頭をもたげたのは、両親との口論だった。親の意見もソラの身を守るという一点のみを追求すれば正しい。ソラの意見もまた真実だ。

 正論と正論がぶつかり合うとどうしようもなくこじれてしまう。大抵の物事はみんなそうだ。人と人の意見が対立する時は大方どちらがではなくどちらも正しい。だから決着がつかずどろどろとなっていく。

 ソラもまた同じような深みにはまりつつあると感じた。クリスタルもだ。また運命に呑み込まれる。

 運命に翻弄される。


「クリスタル、私は!」

「文句は聞かない。あなたの意見を聞いてる時間はない! 戦いたくないというのならヴァルキリーを捨てて! そうすれば全てが上手くいく!」


 全てが上手くいく。それは誰にとっての全てだろうか。自分が戦わなければみんな幸せになる?

 周りでは、みんながそれぞれの武器を使い、各自の得意な戦い方で自分の敵と戦っている。でも、彼女たちは戦争をしたかったわけではない。戦争を止めたいのだ。和平交渉によって。

 魔術師優位で戦争が終われば、人間は悲惨な想いを強いられる。それもたぶん、魔術師をそこまで敵視していない人間が。

 かといって人間が勝っても同じようなことになるだろう。どちらが勝っても負けてもダメなのだ。引き分けでなければ。

 これは相手の資源や領土の資産目当ての戦争ではない。憎しみが戦火に火を点けた互いを殲滅する目的の戦争だ。

 ソラはまだヴァルキリーを捨ててはならない。ブリュンヒルデで居続けなければならない。

 それに、理由はもう一つある。ヴァルプルギスの夜の悪夢。巨人に叩き潰されるクリスタルの姿。


「……ごめん。クリスタル。まだ、無理……」


 ソラは伏目がちにクリスタルの勧告を断った。戦いの音が周囲に響く。クリスタルは絶句し、ソラも喋らない。沈黙はしばらく続いていた。

 まず先に口火を切ったのはクリスタルだ。俯き、ハットのせいで表情が窺えなかった彼女はソラを見つめ直し、昏い覚悟を湛えた瞳で、宣戦布告をした。


「だったら、無理やりにでも連れ帰る!」


 叫びマスケット銃を取り出したクリスタルは、ソラに向けて銃剣ベヨネットの先端を振りかざしてきた。ソラは退魔剣で切っ先を受け止める。

 拮抗し、鍔迫り合いになり、ソラはクリスタルをクリスタルはソラと真正面から向き合う。


「私は――私も、あなたを連れて帰る!」


 ソラも己の想いをぶつけて、クリスタルのマスケットを押し返し始めた。パワーはブリュンヒルデの方が上だ。力比べならソラに分がある。


「くッ!」


 難なくクリスタルの剣圧を押し飛ばしたソラだが、クリスタルも負けてはいない。ソラが見たこともないようなゲテモノの銃――クリスタルが新調したヴォレーピストル――を構えて、五本の銃身から一度の銃撃で五発ものの弾丸を放った。


「うわッ!」


 盾を精製していなかったソラは宙返りでそれを避ける。空中機動は既存の魔術師と遜色ない、いやそれ以上の動きだった。誰よりも空に憧れていたソラにとって、この程度の回避行動など朝飯前だ。


「なら地上へ叩き落す!」


 クリスタルはヴォレーピストルは二丁取り出しソラへと向ける。引き金が引かれ弾丸が放出されるや否や、それは不規則な動きでソラを追いかけ始めた。総数十発の弾がソラを追いかける。しかも、それだけでは終わらない。さらにクリスタルは追い撃ちとしてフリントロックピストルで狙いを付けた。シールドを精製し、弾丸の雨を防御しようとしたソラに、敵の武具の効果を打ち消す敵のルーンが刻まれたピストルが穿たれる。


「盾が……!」

「ソラ!!」


 クリスタルはダブルバレルピストルを二丁携え、立て続けに連射。ソラを地面に落とすべく猛攻を続けた。ソラは銃槍ガンスピアを創り出し迎撃を行ったが、銃撃戦ではクリスタルの方に軍配が上がる。なす術もなく、ソラは地上へと着陸し、ステップを踏んで誘導弾を大地へとぶつけた。

 その合間にも、クリスタルはどこか優雅さを感じさせる動きで綺麗に着陸する。黒衣とハットはクリスタルの銀の髪にとてもよく似合っていた。


「クリスタル……」

「ねぇ、ソラ。忘れた? 私があなたを空へ飛ばした時、あなたの母親は私とあなたを引き離した」


 銃口を油断なく向けながらクリスタルは昔話をしてくる。まだ彼女は説得をしたいと考えている。自分と同じように。

 ソラはその想いをひしひしと感じながらも、退魔剣を構え、左手には銃槍の先端を彼女へと突きつけている。


「忘れたことないよ。あの出来事の後、私は両親と大喧嘩して……お父さんとお母さんは……」

「あなたもそれなりに酷い目にあったみたいね。でも、生きてはいるんでしょ? なら、まだいいじゃない。私の両親は人間に殺された」

「おじさんとおばさんが……!?」


 ソラは少なからずショックを受けた。無事に家族みんなで避難したとばかり思っていた。しかし、クリスタルは魔女狩りに遭い両親を殺されてしまったのだ。だから、彼女は心配で、不安でたまらないのだ。ソラが人間に利用されると思っている。

 ならその誤解を解かなければ。ソラは再び話し合おうとしたが、クリスタルにその気はなかった。自分の意見を一方的にぶつけるだけだった。


「人間は信用できない。あなたの周りの人間は信頼に足るのかもしれないけど、ほとんどの人間は違う。このままだとあなたは魔術師にも、味方であるはずの人間にさえ恨まれる存在となってしまう! 剣を置きなさい! 私の言うことを聞いて! 昔のように……」

「昔のように……。そうだね、昔のようになれたらいいね」


 ソラは悲しみを隠さずに呟く。昔のようになりたい。自分も彼女もそう願っている。

 だから、だからこそ、ソラはここでクリスタルについて行く訳にはいかない。そんなことをすれば絶対に昔のようには笑えない。だから。

 ソラは悲しみを背負いながら剣を執り、クリスタルも同じ感情を秘めて、銃を穿つしかない。


「昔のように戻るためには戦争を終わらせなくちゃならない!」

「くッ、あなたは昔と相変わらず……バカね!」


 クリスタルは二丁拳銃でソラを迎え撃ち、ソラは剣と槍の異武器を同時に使い、彼女へと距離を詰めていく。弾丸を撃ち放ちながら、向こうから放たれる銃弾を斬り落とす。


「ソラ!」「クリスタル!」


 双方の叫びが、銃撃と剣戟に混ざって掻き消えた。


 

 ※※※


 

 ペガサスを駆る相賀は仇敵であるヘルヴァルドよりも、距離の離れた場所で戦っているヴァルキリーたちの方が気掛かりだった。


「どこを見ている?」

「チッ……!」


 操縦桿を握りしめ、ヘルヴァルドの斬撃を避ける。対人専用に小型化されたVTOL戦闘機ペガサスだが、それでもやはり人間相手には大きい。戦闘機という形状ゆえにどうしても死角が発生し、小回りも効かない。しかし、空中を浮かぶことを基本とする魔術師相手では、戦闘機を使用するしかないのだ。ヘリコプターの機動力では魔術師の攻撃を回避できない。パワードスーツにはまだ空中機動用の追加装備は開発されていない。

 これしかないのなら、ある物を使って敵を倒すほかなかった。いつの間にかエースパイロットなどと呼ばれるようになったが、スコアブックにゼロの羅列が並ぶ中ではあまり説得力はない。称号などどうでもいいのだ。目の前の敵を倒せないなら、そんなものは無価値だ。


「マリ、ヤイト、ソラたちの援護に回れ!」

『でも……』


 マリの不満気の応答が返ってきたが、取り合っている暇はない。ヘルヴァルドは相賀が通信している間も攻撃の手を緩めない。

 相賀はアフターバーナーを吹かしてギリギリで回避。いたちごっこですらない。こちらの攻撃は無効化され、相手の斬撃は致命的。しかし、注意を引き付けることはできる。

 相賀はタッチパネルを操作して、ヤイトが持って来ていた戦闘用ドローンにアクセスした。ドローンが一斉に起動し、ヘルヴァルドに飛行しながら射撃を始める。


「オモチャ遊びか? いいだろう」


 ヘルヴァルドは躱そうともせず真正面から向かっていく。ドローンの飛行速度ではヘルヴァルドからは逃げ切れない。十機ほど展開した円盤たちが、機銃を必死に撃ちながらも次々と破壊される。

 だが、相賀はそのことを意にも介さない。予定通りだからだ。ドローン如きで倒せるのなら、防衛軍はここまで大敗北を喫していない。

 ドローンは囮である。そして、その意図を知るのは相賀だけではない。


『今の内に……!』


 ヤイトは狙撃銃をソラたちの側へ構えた。マリも歯噛みしながら彼に追従する。引き金が引かれ、援護射撃を行おうとしたまさにその時、ヘルヴァルドが放った投げナイフ二人の足元に刺さった。


「君たちの相手は私だ。余所見をするな」

「くそッ!」


 ヘルヴァルドは援護行動を妨害し、全てのドローンを撃墜。墜落したドローンから舞い上がる黒煙をバックに好戦的な笑みを相賀たちへ向けた。



 ※※※



「コンチクショウが!」

「汚い言葉ですね。淑女たるもの、そのような言葉を吐くべきでは……」

「ごちゃごちゃうるせえんだよ!」


 怒鳴りながら、殴り合う。拳とメイスで。

 メグミはシスターの恰好をするレミュと打撃合戦を繰り広げていた。メグミの拳は何度かレミュのメイスを捉えている。レミュもメグミの鉄拳に殴打を喰らわせている。それでも決着がつかない。双方ともタフだった。殴れど殴れど全て防御される。躱される。


「とっとと倒れやがれ! ソラの助太刀をしなくちゃならねえんだ!」

「それはこちらのセリフです。もっとも、言い方は訂正させてもらいますが」

「いちいち癪に障る……ッ」


 敵意剥き出しのように見えるが、これでも攻撃性は抑えている。あくまで、敵を気絶させるだけ。そう頭で考え心で念じ、身体で行動している。一定以上に敵意を滾らせ、敵を敵と認識し、心の中に潜む闘争心を目覚めさせるとヴァルキリーシステムは設定された通りにシステムを解除する。

 メグミが戦うのはレミュだけではない。自分の中に潜む悪意とも戦わなければならなかった。自分に負けた瞬間、彼女はソラを救えなくなる。これはソラを守るための戦いだ。もう一度心に念じて、メグミはスヴァーヴァを維持し続ける。


「ふむ、意外と冷静ですね。怒りに任せて見境をなくしてしまえば楽だったのですが」

「そっちこそ静かじゃねーか。お前もぶちギレて自滅してしまえばいいものの」


 メグミは怒りが自分に何の力も与えてくれないことを知っている。世の中には怒りを力に変える人種もいるが、自分はそのタイプではない。そして、それはレミュも同じだった。だからどちらも怒らず、努めて冷静でいようと心掛ける。

 拳とメイスでしばらく打ち合った後、距離をとって二人は見つめ合った。横目で仲間の戦闘状況を把握する。ソラはクリスタルと剣と銃を交え、ホノカはきらりと杖を使って戦っている。


(最悪な展開だ……。窮地を脱するためには私が何とかしないとダメなのに!)


 切迫する状況の前に、悔しさを滲ませる。だが、それはレミュも同じだ。前に立つシスターへ目を戻すと、ゆっくりとだがこちらに戦況が傾きつつあることがわかった。


(息切れしてる……?)


 レミュは疲れ果てていた。メグミも疲労してはいるが、まだまだ力は漲っている。そうか、とメグミは勘付いた。ヴァルキリーはオーロラドライブによって無尽蔵とも言えるほどのエネルギーを有している。だが、レミュたちは所詮普通の魔術師なのだ。魔力量にも限りがある。持久戦に有利なのはこちらだ。


「だったら……!」

「く、さっさと倒れてもらいます!」


 レミュは疲れながらも気力を振り絞り、メイスを振りかざす。メグミも拳を構え直し、自身が繰り出せる最高の武闘を盛大に放った。



 ※※※



「はぁ、はぁ……疲れたなぁ」

「なら、もう止めるー? 私、あなたのこと悪い人に見えないしー」


 間延びした口調でホノカは訊ねる。魔法少女のコスプレをした少女に。散弾銃モードへと可変した杖を通常モードへと戻し、ホノカはきらりを見つめた。きらりはぜはぜは息を漏らしながら、へへっ、と可愛らしい笑みを漏らす。


「私もそうしたいよ。でも魔法少女は友達を裏切らないからね」

「そっかー。なら仕方ないねー」


 ホノカは別に彼女たちの友情に亀裂を入れるつもりはさらさらなかった。降参が無理なら、倒すだけだ。全力で友達との約束を全うし、全うさせる。ホノカがソラとメグミに抱く絆と、きらりがクリスタルとレミュに抱く絆。そのどちらも壊さずに戦闘を終えるためには、戦って勝つしかない。

 だけど、と別の考えが脳裏をもたげる。どちらが勝っても、ソラたち、クリスタルたちの絆は壊れない。だけど、ソラとクリスタルの絆はどうなってしまうのだろう? ホノカは何となくだが予想できている。それはソラたちも同じだ。そして、杖で身体を支えながら愛らしい笑みを浮かべるきらりも。


「んー、きらりちゃん。これは提案なんだけどー、私たち、休戦しない?」

「休戦? どうして?」

「私さー、きらりちゃんのこと敵と思ってないんだよねー。たぶんだけどー、きらりちゃんから見ても私は敵じゃないんじゃない?」


 訊くと、きらりはんー、と顎に手を当てながら考えて、


「まぁそうかな。私も別にあなたと戦わないで済むならその方がいいし。でも、それだとクリスタルが……」

「大丈夫だよー。私は勝った方に従うから。クリスタルちゃんはソラちゃんを傷付けたくて戦ってるわけじゃないんだよねー?」


 改めて投げられたホノカの問いに、きらりはこくんと頷いた。なら、もう杖と杖で魔術と魔術をぶつけ合う必要はない。疲れたー、と本音を呟きながら腰を落とす。前ではソラとクリスタルが、メグミとレミュが戦闘をしている。少し離れたところでは、相賀たちがヘルヴァルドと交戦中だ。

 ホノカは戦いが得意ではない。エイルの性質上もそうだし、なにより彼女自身が人と争うことが嫌いだ。魔術師とはなおさら争いたくはない。

 だけど、ソラの役には立ちたい。なら今自分ができることはきらりと戦うことじゃなく、きらりと話し合い、クリスタルの真意を引き出すことのはずだ。


「きらりちゃん、おいでー。お話ししよう。訊きたいことがいくつかあるんだー」

「私も訊きたいことあるなぁ。えっと、ホノカちゃんだっけ」

「うんうん。きらりちゃんはきらりちゃんって本名なのー?」

「本当はちゃんと別の名前があるんだけど……真名はまだ明かせないかな」

「そっかー。だったら、本当の名前を聞けるように私、頑張るねー」


 どこがずれている会話。だが、この会話こそが、ホノカときらりの戦いなのだ。

 ホノカは包み隠さずきらりと談笑をし始めた。嘘偽りはいらない。必要なのは真実だ。



 ※※※



「ちょこざい!」

「く、クリスタル!!」


 ソラから見て、クリスタルはかなり飛ばしていた。ピストルという触媒を介してはいるが、魔術は魔術である。発動には魔力がいる。クリスタルが銃の引き金を引くたび、新しい銃を召喚するたびに、少しずつ魔力は消費されていく。

 魔力切れを起こした魔術師がどうなるかを、ソラはクリスタルのおかげでよく知っている。あまり無茶はさせたくない。でも、手を抜けば自分がクリスタルにやられてしまう……。


「ソラ……ソラ!」


 魔力切れの兆候がクリスタルの白肌から見えてきた。色白の肌は赤い色を含み出して、息をたくさん吐いている。全力疾走をした時と同じに見えて、明確に違う。魔術を使い切った魔術師は意識を失い、倒れるのだ。無知だった二人は幼い頃に何度か魔力切れによるトラブルを起こしていた。クリスタルの両親が魔術に詳しい人物と知り合いになるまでそれは続いた。


「クリスタル、もうやめよう? もう限界だよ……」

「あなたに何が――」

「わかる。わかるよ。あなたが苦しいことはわかる。感じるんだ。このまま続けたら、身体に障るよ」


 ソラが心配するとショックを受けたようにクリスタルは凍りついた。敵に心配されたから衝撃を受けたわけではない。ソラがクリスタルを案じたことに驚いたのだ。

 昔はいつもクリスタルがソラへ気配り、彼女の身を案じていた。でも、今は違う。何もかも変わっている。

 どうしようもなく、時間は、世界は、運命は、二人の関係性を変えている。


「私……私は」

「クリスタル!」

「私はぁ!」


 クリスタルが自暴自棄となり、魔術を再び発動させようとした刹那、突然鳴り響いた轟音と共に爆発が周囲を包んだ。


「砲撃……何で?」


 ソラは瞠目して後ろを振り返る。おかしい。大佐は無意味な支援砲撃をしないと約束してくれた。今のタイミングでの砲撃は不必要だ。ソラの知る大佐なら絶対にこのような砲撃はしない。


「……驚いている」


 そのソラの姿へと眼を送り、ヘルヴァルドが興味深そうに呟いた。彼女の前で飛行し、銃を構える相賀たちも唐突の砲撃に怪訝な視線をブロッケン山の方へと向けている。


「なるほど、そういうことか」


 ヘルヴァルドは納得したように独り言を放った。そうしている瞬間にも砲撃は行われる。


「クリスタル……きゃっ!」

「ソラ!」


 ソラたちの近くに砲弾が着弾した。クリスタルを庇おうと走ったソラが吹き飛ばされる。ブリュンヒルデを身に纏っている以上死ぬことはない。それでも衝撃がソラの身体に襲いかかり、ソラは地面へと打ち倒された。

 危険に陥るのはソラだけではない。メグミとレミュ、ホノカときらり。それぞれが防御・回避態勢をとったが、不意の爆撃にまともな対応を取れていない。危なかった。ピンチだった。


「クリスタル……?」


 身を起こしたソラが彼女を見ると、ぐ、と魔力器官を限界まで酷使して力を溜めているところだった。


「クリスタル、ダメ――!」

「ああああああああッ!!」


 反射的にソラは叫んだが、それ以上に強く響いたクリスタルの叫びに上書きされた。

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