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戦乙女の鎮魂歌  作者: 白銀悠一
第三章 悪夢
22/85

戦の前触れ

 イギリスのホテルの一室では、マリがメグミと相部屋でベッドの上に座っているところだった。近くには充電中のゲーム機が置いてある。コルネットはちゃんと現地でも充電できるように変圧器と変換アダプタをセットにしていた。

 既に数えきれないほど勝負をして、勝利と敗北を繰り返している。熱中しすっかり電池残量を考慮し忘れ、休憩兼充電中というわけだ。

 無論、魔術師は討伐済みである。今回の敵は楽勝だった。どちらかというと味方に苦戦させられた。

 隣のベッドで不安そうな顔を浮かべる、メグミに。


「何でそんな不細工になってるの?」

「いきなり喧嘩とはご挨拶じゃねえか。ぶっ飛ばすぞ」

「止めなさい。せっかくのカーペットをあなたの返り血で汚したくないもの」

「勝利前提とは余裕だなぁおい。後悔しても知らねえぞ」


 と彼女は吐き捨てながらも直接的な喧嘩はしない。今は待機状態なのだ。せっかく無傷で敵を拿捕したというのに、仲間内のトラブルで傷を負ったら目も当てられない。

 仕方ないので、マリは本題へと戻った。少々毒を付け加えながら。


「で、どうして不細工に――」

「不細工じゃねえよ! ……ちょっとソラが気になってな。無茶してねーかどうか」

「ソラなら大丈夫でしょ。ヤイトもいるし。……ああ、そっちは確かに心配だけども」

「……どういう意味だよ?」


 獲物は思いのほか簡単に興味を示した。マリは声に出さない笑い声を上げる。

 メグミは粗暴な言動の外面とは違い、内面は恋愛事に興味関心を持つ恋愛脳スイーツ女子なのだ。


「法律としては不純異性交遊はご法度だけど、生物学的にソラの年代なら妊娠は可能よ」


 などと有り得ない釣り餌を垂らしてみる。釣れた。盛大に食いついた。


「ば、ばばばバカじゃねーの! ソラがそんなことするわけ――」

「なくても、ヤイトの方がどうだかね。彼はハーレム王を目指すとかいう思春期特有の理性のりすら持ち合わせていない獣よ。飢えた狼の檻に丸々太った羊を何の考えもなしに放ったらどうなるか、あなたのおつむでもわかるわよね」


 ヤイトは理性の権化とも言うべき存在なのだが、メグミは彼の事情を知らない。事情さえ知っていれば、ヤイトがそんな間違いを起こす可能性は限りなく低いと考え付く。何せ、ソラが発情して襲ってしまう確率の方が高いぐらいなのだ。

 しかし、メグミにはわからない。顔を赤く染め上げて、ふああ、とかいう妙な声を放つ頭の中にどれほど甘ったるい妄想が詰まっているのか、マリは知らないし知りたいとも思えない。

 だが、アホなことを考える彼女を見るのは楽しい。とても愉快だ。罠を仕掛ける前に、カメラは設置済みである。後でソラに見せてあげるつもりだ。


「そ、そんな――。い、いやいや、ソラはバカだが、そういうところはしっかりしてる。それにあいつはクリスタルのことばかり考えてるし……。いや、これはソラの意志は関係ない、のか? ああ、あのどっちつかずの性格なら無理やり押し切られたら観念して全てを晒してしまうかも……」

「今頃ベッドの上でハッスルしてるかもね」

「や、止めろー! ソラはそんなことしない! 絶対に!」

「人に絶対を求めてはいけないわ。人は相対的な生き物。主義や主張、性格、信念、理想。貞操観念でさえも、時と共に変わっていく。平時なら問題視されることも、非常時ならば問題ない。今は戦争中だもの、誰だって無事で済むとは限らない。でも、ソラならヴァルキリーを身に着けているから、生存確率は普通の人より上がってる。……子孫を残すことに重きをおけば、彼女を孕ませるのが最も安全――」

「言うな言うな! 黙っててくれ!」


 やばい、愉しい。マリの顔は自然に綻んでいる。対してメグミは沸騰しかかっている。

 大方、ソラがヤイトに無理やり迫られている姿でも妄想しているのだろうか。もうひと押しすればもっと面白いものが見れるかもしれない。


「ヴァルキリーはヴァルハラ宮殿で奉仕する給仕係だってこと、覚えてる? 果たしてその奉仕がどんなことなのか……文献どおりの意味なのか、それとも……肉体的な意味なのか」

「黙れ黙れ黙れ! ソラはそんな破廉恥なことは!」

「しないかも。でもブリュンヒルデはシグルズと関係を持ったわ。文献によっては子どもまで生まれてる」

「――――」


 トドメだった。メグミは発狂してしまった。

 狼狽し叫び声を上げる彼女を見るのはとても愉快だ。マリはにまにましながら変な声を叫ぶ彼女を観察する。

 と不意に、端末が鳴った。誰だこんないい時に、と思いながらもその相手については思い当たっている。予想通りコルネットだった。耳に端末を当て、通信に出る。


「何? コル姉。今いいところなんだけど」

『そーなの? ごめんねぇ、ゆりゆりしてる最中だった?』

「冗談はいいから本題を伝えて。何があったの?」


 ただ暇つぶしに掛けてきただけなら、コル姉は謝らない。自分本位の性格だからだ。謝罪言葉を冗談交じりに口にしたということは、問題が発生したということだ。


『ヤイト君のチームで問題発生。男女の間違いって意味じゃなく、捕虜からの情報で、敵の増援が迫ってることが明らかになったの』

「……わかった。援護に向かう」

『察しがよくて助かっちゃう。機体はチャーターしてあるから、よろしく』


 通信を終えてメグミに目配せする。メグミはすっかり戦士の顔へと戻っていた。

 こういう切り替えの速さは素直に感心する。この点だけは、ソラやホノカには備わっていないメグミのいいところだった。


「荷物をまとめて。五分――」

「バカ。三分もありゃあ十分すぎる」


 荷物をまとめ終えた二人は、部屋を後にする。文句も不平も二人の口からは一切出なかった。



 ※※※



「これで良かったのよね? 本当に」

「もちろん。彼女たちにはまだ負けてもらっちゃあ困る」


 不安の眼差しを檻の内側から覗かせるジャンヌに、メローラは自信を漲らせて頷いた。一応形式上はジャンヌの口から伝えられたということになっているが、敵の増援はメローラがジャンヌに教えた情報だ。捕虜収容所から出ることができず、魔力を行使することも叶わないジャンヌが独力で情報を得られるはずがない。

 防衛軍は第三者である自分の存在に気付いているかもしれないし、気付いていないかもしれない。どちらでもいい。メローラにとって重要なのは、魔術教会にばれるかばれないか、それだけだ。軍は対処が容易だが、教会の対処は難しい。


「ブリトマート……。諜報技能が優秀だとは知らなかったな」


 ジャンヌが納得しがたいように首を傾げている。それについてはメローラも同意だ。メローラは、自分の部下の能力を完全に把握するようにしている。例え技能が向上したとしても、それならばそれですぐに報告するように義務付けた。急な能力向上は、他の誰かが化けている可能性がある。自分が幼児化で他人を偽るからこそ、他者の騙しには気を回す。


「此度の件はブリトーちゃんの成果じゃない。棚からぼた餅が落ちてきたの」

「ぼたもち?」

「日本のことわざ。棚にぶつかったら、もちが落ちてきてラッキーってこと。友達が捕まったおかげで利用材料が手に入ったのと似たような意味」

「堂々と利用したと明言しないで欲しいんだけど」


 ジャンヌが頬を膨らます。あら、可愛らしいと微笑むメローラ。


「利用したんじゃなくて、利用している最中。でも、安心してね? 私は味方は使い物にならなくなるまで存分に使い古すから」

「全然安心できないっ!」


 ジャンヌが咎めるような視線でメローラを射抜く。その視線には言葉とは裏腹の信頼が乗せられている。メローラはジャンヌのこういうところが好きだった。ジャンヌは自分を愛するナルシシストの気がある。自分が大好きで自分が誰よりも優れた人物と思っているから、例え自分より格上の相手でも対等に接しようとしてくる。

 そんなことをできるのは、彼女しかいない。だから自分はジャンヌの友達で、ジャンヌの友達は自分なのだ。


「ふふ」

「不気味な笑い声は止めてよ。また良からぬことを考えてるんじゃないでしょうね」

「大丈夫、なんたって私はメローラちゃん――」

「全然大丈夫じゃないっ!!」


 ジャンヌの悲痛な叫びが質素な室内にこだました。



 ※※※



 メローラが自分の秘密を隠すため使用している城の部屋の前でブリトマートは衛兵のように直立し、廊下を行きかう人へ冷淡な視線を向けていた。

 元はブリトマートは恋を成就させるため騎士となった姫なのだが、彼女の生まれ持つ生来の気質から、恋焦がれるよりも戦士として立ち振る舞う方が性に合っている。元々男装の魔術騎士として訓練を積んだ彼女をスカウトしたのは他ならぬメローラだった。ブリトマートの異名を授かったのも、メローラのおかげだ。

 そのため、彼女はブリトマートとしてよりも主に従う一人の戦士として、秘密保持の役目を果たしている。この場に魔術師が侵入すれば、喧しい警報が鳴り響き、秘密は破壊され、終いにはブリトマートに退治されるという具合だ。


(完全とは、不完全な状態を認識し、対策することにある。念には念を入れなければ)


 今のところ完全な人間は存在していない。二十世紀で最も完璧な人間などと揶揄された男もいたが、彼でさえも人の枠を超えていたとは言い難い。ならば、人ができる完全とは、自分が不完全であることを認める、その一点に尽きる。そこは魔術師も変わらない。

 自らの主も、この部屋に仕掛けられたトラップも完全ではない。ゆえに、できることは全て行う。

 そのためブリトマートは数時間前から現在に至るまで部屋の前で見張りをしていた。そこへ彼女が通りかかった時を除いては。


(ヘルヴァルド殿……一体何を考えている)


 ブリトマートは油断なく周囲に目を光らせながらも、彼女との会話を思い返す。


「これよりブリュンヒルデを討ちに行く」


 何の脈略もなくそう告げられた。同じ男装騎士のよしみで言われたのでないことは、火を見るよりも明らかだ。わざわざ先んじて自分に知らせることではない。いずれ知らせが耳に届く。ヘルヴァルドが新しい部下と共にブリュンヒルデ討伐に出撃しても、自分には関係ないことだ。少なくとも、表面上は。

 あえてわざわざ伝えたということは、ヘルヴァルドがメローラの行動を見抜く、もしくはある程度察していることになる。主の策略の露見が危ぶまれたが、今のところ早急な危機ではなさそうだ。


(もしこれが円卓の騎士全体……ひいてはアーサー殿に伝わっていれば、すぐにでも動きがあるはず。しかし、それらしき兆候が見られない。つまり、ヘルヴァルド殿もまた何か思惑があって行動している)


 それが自分たちにとって吉と出るか凶と出るかは定かではないが、現状主の企みを邪魔立てするつもりはなさそうだ。主にさえ手を出さなければ、ブリトマートとしても異論はない。主に報告したところ、向こうからも自分と似たような方針連絡が返ってきた。

 よくあることだ。教会内では。誰しもが自分の利益を追求し、裏でこそこそとやましいことを行っている。それを咎める魔術師は数少ない。不満を抱く者もいるだろうが、声を上げる力がない。声を出したところで聞いてもらえない。


(マスターアレックを筆頭に穏健派が提唱している教会の脆弱性……内部抗争。魔術師の敵は魔術師。しかし、今のところ無問題。主にさえ危害が及ばなければ、私としては異論はない)


 だが、もし主に手を出すものが現われたら、自分の独断を持ってして、丁重に葬らせてもらう。例え、どんな相手であっても。

 ブリトマートは忠誠心を新たにし、直立不動で扉番を行う。全てはメローラのために。自分の力を見出してくれた、敬うべき主のために。



 ※※※



 メグミたちがソラの元へ急行する間に、ホノカと相賀の二人も目的地へと急いでいた。メグミたちとは違いこちらはオーストラリア。到着に遅れが出る。急がなければ間に合わない。ホノカはそう相賀に言われて、そそくさとVTOLの後部座席に乗り込んだ。


「捕虜による密告によって、敵の作戦が明らかになったのはありがたい。これで先手を取れる」


 魔術師との戦闘は基本的に後手となる。先手を取れることはまず有り得ない。戦争初期では戦闘機や戦闘ヘリコプターによる奇襲が成功したこともあったが、効果は非常に薄かったと聞いている。魔女狩りで銃撃や爆撃という理不尽に晒された魔術師は対策をしていた。もし仮に人類側が魔術師に勝利できる可能性があったとすればそこだ。最初の最初、魔女狩りという暴挙の時点で魔術師を根絶やしにするべきだったのだ。

 とはいえ、今は防衛軍も進化している。特に第七独立遊撃隊と部隊が有するヴァルキリーシステムならば、先手の有意性が戦争以前に戻る。人類側の執る戦略が無効化されるのは魔術師の戦闘力がそれらの戦術を越えて余りあるからだ。こちらの火力が最低限以上に確保されていれば、旧来の戦術は有効となる。


(ロメラちゃん……のおかげ、だよね)


 ジャンヌが話したということになっているが、遊撃隊の隊員はロメラが告げ口したと気付いている。知っているうえで黙認するのだ。彼女が味方に近しい存在だと信じて。

 奇妙な行為に見えるかもしれない。しかし、今はそうするしかない。相賀の話では、魔術師よりも防衛軍の方が信用ならないという。味方よりも敵の方が信じられる。この状況が信じられるか? と相賀は任務の途中で苦笑しながら言っていた。


「……しかし、少し引っ掛かるな。なぜわざわざブリュンヒルデを討ちに来る? 君には悪いが、戦闘力が一番低いのはエイルのはずだが」


 それはホノカも理解済みだ。エイルは治療や治癒など回復系の魔術に重きをおいているため、戦闘力は高くない。それでもサポーターとしてはかなり優秀で、魔術を掛けられた魔術道具を修復することも可能だ。やろうと思えば、損傷した武装でさえも修理できる。使いどころさえ弁えていれば強力だ。

 しかし、不意を衝いて狙うなら、エイルが最も倒しやすい。それをなぜオールラウンダーであるブリュンヒルデを襲うのか? 三体の中で唯一明確な弱点が存在しないソラを。


「クリスタルちゃん……!」

「可能性はあるな。魔術師の思考回路だったら、わざわざ三体揃ったところを襲撃するはずだ。何せ、その方が名が上がるからな。そうしないということはソラ、もしくはブリュンヒルデに執着がある奴だ」


 そしてそれは、ソラの古い友人であるクリスタルに他ならない。

 ホノカはやるべきことを明晰にして、備える。ソラの希望はクリスタルを保護すること。

 話し合いが上手くいけば。心からそう思うが、いざという時は戦わなければならない。

 殺す戦いではなく、殺さない戦いを。

 友の心身を癒せるのは自分しかない。

 ゆえに、ホノカは備える。指輪の感触を指に感じながら、上手くいきますようにと願って。



 ※※※



 空を飛びたいとせがんだことがある。とても小さな、子どもの時に。何も知らない、無邪気な頃に。

 自分も相手もその願いがどれだけ危険なものだったかわかっていなかった。行為自体にはそこまで危険は潜んでいなかっただろう。飛ぶと言ってもほんの少し、正確には浮くだけだったからだ。浮かぶ高さを考慮すれば仮に落ちたとしても怪我はない。

 しかし、その行為を行うことが危険だった。肉体的な危険ではなく、精神的な危険がその魔術には潜んでいた。


「よーし、行くよ!」

「早く早く! あはは!!」


 花畑で佇む銀髪と黒髪の二人の少女は無邪気に、何の考えもなしに、世界の情勢すら知らずに、魔術の可能性を試そうとしていた。

 クリスタルはまだ完全とは言い難い浮遊魔術をソラへと行使する。そわそわわくわくするソラはしばしの間来たー! とはしゃいでいたが、特に何も変化が起きない。

 どうしたの? と訊くとクリスタルは白い顔を真っ赤にして精神を集中させているところだった。


「ちょっと……まって……今、全力で――」

「むりなの?」


 落胆混じりに問いかける。クリスタルは小石などの小物をソラの前で浮かせたことがあった。ならば、自分を浮かせることもできるのではないか。そんな短絡的な思考を行い、ソラはクリスタルに自分を浮かせてくれとお願いした。

 当時のソラは知る由もない。恐らく、魔術知識がなかったクリスタルも知らなかったはずだ。魔術を発動するには魔力がいる。そして、魔力は鍛えないと増加しない。筋力や体力のように。

 幼いクリスタルではまだ人を浮かすことができなかった。何でもできたクリスタルにできないことがあって、ソラはひどく驚いたものだ。


「クリスタルにもできないことがあるんだね」

「……む」


 咎めるような視線を受けて、ソラは慌ててフォローに入る。クリスタルは負けず嫌いなのだ。これは勝ち負けではないとソラは思うが、クリスタルは違うようだ。他でもない自分に負けた。それが悔しくて、クリスタルは拗ねてしまった。


「いいもん。練習するわ」


 むっとしながらぶっきらぼうに言うクリスタル。その顔を見ると、なぜだか無性に悲しくなってしまって。


「ごめん。本当にごめん。わたしのせいで……」

「ちょっと待ってよ。そんなことで泣かないで。ほら、空を見上げなさい」


 しょうもないことで泣きそうになった自分に、クリスタルは顔を上げさせた。満面の空が視界に入る。すると、不思議と心が穏やかになり涙が止まるのだ。

 ソラはソラが好きだった。自分の名前がソラだから空が好きなのか、空が好きだから名前がソラなのか。どちらなのかはソラはわからない。どちらでも良かった。そこに空があるならば。

 隣にクリスタルが立って、いっしょに空を見上げられればそれで良かった。



「……ふふ」


 懐かしい記憶を思い出しながら、ソラは車の窓から空を見つめていた。今はヤイトと共に作戦予定地域へと移動中である。緑色のSUVが車道を駆けている。

 敵がブリュンヒルデを狙うなら、わざわざブロッケン山の近くで交戦する必要性はなかった。かといって、離れすぎて別の魔術師に山を取られてしまったら困る。離れすぎず、近すぎず。ちょうどよい間隔をあけて、敵を迎え入れる。それが最善だった。


「もう少ししたら付くよ。……覚悟はできた?」


 ヤイトが気遣うように訊ねてくる。わざわざ自分を相手に指名するなら、それは自分と既知の相手である可能性が高いとソラはヤイトから聞いていた。

 つまりクリスタルが自分に会いに来る。最悪な形で再会した友達が。

 説得が上手くいけば剣と銃を向け合わなくて済む。だが、上手くいかなかった場合、交わすものは言葉じゃなくなる。

 覚悟が必要だった。友達に嫌われる覚悟が。


「大丈夫だよ。覚悟は、できてる」


 ソラは寂しそうな表情の中に覚悟と信念の瞳を混ぜてヤイトに応えた。訊かれるまでも、問われるまでもない。自分が嫌われても別にいい。彼女のことが大好きだから、切っても離せない唯一無二の友達だから、例え嫌われたとしても彼女を守る。拒絶されても彼女を救う。

 ソラの覚悟を再認識し、ならいいんだ、とヤイトは運転へと意識を集中した。

 ソラはもう一度視線を空へと戻す。そして、高速接近するジェット機を目視した。目的地付近へと、二つの影が落ちてくる。メグミとマリがパラシュート降下で現れたのだ。


「二人はもう着いたみたいだね」

「着いたって言うか着いてる最中って言うか」


 あのようなスキルはソラにはない。二人がどれだけ真面目に軍の訓練を取り組んだかを示す光景だ。二人ともそれぞれ取っ掛かりにくい性格をしているが、波長は確かに合っているのだ。この旅で絆を深めてくれればいいな、とソラは心から思う。

 だが、残念なことにソラの気持ちは踏みにじられた。目的地に近づけば近づくほど、二人の喧騒が大きくなる。

 しかも、会話の内容が最悪だった。車から降り二人の元へ歩み寄ったソラは苦虫を噛み潰したような顔となる。


「ってことで、あなたは私の奴隷決定。私の方が先に着いたんだから」

「お前が先に飛び出したんだから当たり前だろ! 降り口は一つしかなかったし――」

「あら、言い訳するの? ご主人様に文句を垂れるなんて奴隷失格よ?」

「私は奴隷なんかじゃねえ!!」

(なんでこうなっちゃうんだろう)


 心の底から出る純粋な疑問。波長は合っているはずなのに、と考えて世の中には同族嫌悪という言葉があることを思い出す。二人はとても似ているからがゆえに、喧嘩してしまうのだ。きっとそうに違いない。


「二人とも、喧嘩はその辺に」


 とソラが仲裁しかかるといつもの通りに……ではなくマリの方が先に応じた。


「喧嘩? これのどこが? 奴隷の分際でキーキー主人に喚きたてる愚か者が騒いでるだけよ。いつの間にネコからネズミに種族チェンジしたのかしら。ああでも、メグミにはネズミの方がふさわしいわね。名前も似てるし」


 いつになく饒舌で嬉々とした表情でマリは言う。と言われても、メグミとネズミは末尾しか合っていないのだが。


「ミしか合ってねーだろうが!」


 メグミが憤然と叫ぶ。そもそもどうしてこんな話に? とソラが訊ねると、マリはどちらが奴隷になるかを賭けてゲームで決闘していたことと、その勝負に自分が勝ったことを教えてくれた。

 だが、そのマリの説明を聞き咎めたメグミが大声を出し、


「ざっけんな! ゲームでの勝負は683戦中、342勝で私が勝ったじゃねーか!」

「その後の装備装着競争で同点となり、降下競争では私が勝利したじゃない」

「いきなり言いだしたんだろ! フェアじゃねえ!」

「戦いとは如何に自分に事を有利に進めるかで決まるのよ」


 ふふ、と策士のような小さな笑いを漏らすマリだが、いつもの知的なイメージとはかけ離れ子どもが屁理屈をこねているようにしか見えない。

 歯止めが効かぬ歯車のように言い合いを続ける二人だが、後からやってきたヤイトの一言で凍りついた。


「なら、二人とも僕の奴隷になればいい。歓迎するよ」

「は?」「バカじゃね、お前」


 息ぴったりに辛辣な言葉をヤイトにぶつける二人。これにはソラも苦笑せざるを得ない。

 しかし、ヤイトの言葉は効果覿面だったようだ。二人は落ち着きを取り戻し、一旦口論を“中断”するくらいには理性的になった。


「この話は後だ。今は準備しねーと」

「その点については同意ね。後でたっぷりお話しましょう」

「またするつもりなんだね、この話……」


 呆れるソラの声を聞き流し、マリは装備品の点検、メグミはフィールドの下見を始める。辺りは倒木がいくつかある開けた土地だ。元々は森だったが、魔術師の攻撃によって荒れ地となっている。ここがいいと進めてくれたのは大佐だった。彼は支援攻撃もすると心強い言葉を掛けてくれたが、魔術師の目的がはっきりするまでは動かないでくださいというヤイトのお願いに従った。

 ゆえに、今回は第七独立遊撃隊単独での戦闘となる。今までと変わらない。むしろ、ヴァルキリーが三体になったことで、今までよりも心強い。

 風切り音を立てて、相賀のペガサスが天を駆けた。VTOLで荒れ地に着地し、コックピットから相賀とホノカが姿を現す。


「ソラちゃん、メグミちゃん、久しぶりー。ヤイト君とマリちゃんもー」

「久しぶりってほど時間空いてないだろ」


 いつも通りの、どこか抜けた話し声と内容にメグミとソラは苦笑しながらも安堵する。


「準備は始めてるな? 今の内にできるだけのことを行うんだ」


 相賀が全員を見回しながら指示を出す。改造された白いパイロットスーツを着こむ彼の言葉は頼りがいがある。

 仲間は揃った。後は向こうの出方を窺うだけだ。


「クリスタル……」


 無意識にその名を呟き、空を見上げる。彼女の姿が今にでも現れるのではないか。そう感じて。

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