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戦乙女の鎮魂歌  作者: 白銀悠一
第三章 悪夢
21/85

誓約

「嫌だ……クリスタル……お父さん、お母さん……!」

「ソラさん、しっかり。ソラさん!」

「っ!?」


 ソラは目を覚まし、ようやくそれが悪夢であると認識した。荒い息を漏らしながら、自分がテントの中にいると気付く。

 前にはヤイトが心配そうに見つめている。彼はソラに水筒を手渡した。

 受け取って、ごくごくと一気に飲み込む。


「くはっ……。ありがとう、ヤイト君。ごめんね? 見張り中に眠っちゃったみたいで」

「いいよ。僕が迂闊だった。やっぱり、悪影響は出てたみたいだ」


 ヤイトが自分を戒める。ソラは魔力場の影響をまともに受けていた。あの悪夢も恐らくはここら辺一体に充満する、魔術師に対する悪いイメージの塊だと考えられた。ここはブロッケン山。ゲーテのファウストで、ファウスト博士がメフィストフェレスと共にヴァルプルギスの夜に参加した場所。

 魔術は人の認識力を拠り所とする。人々が古来から想像していた悪い魔女のイメージが周囲に漂い、魔力と干渉できる装置とペンダントを持つソラの夢の中へと割り込んだ。


「大丈夫大丈夫。変な夢見ただけだし、今度こそ、ちゃんと見張りをしてみせるよ」


 と立ち上がったソラの手をヤイトが掴んで止める。ダメだ、という制止の言葉を添えて。


「休まないとダメだ。肉体的には休息を取れたけど、精神的には安らいでない」

「で、でも眠れないよ、もう……」


 眠くないから、という理由だけではない。また同じ夢を見てしまいそうで怖かった。

 ソラの恐怖を見受けたのか、ヤイトは眠る必要はないよ、と彼女を窘める。


「ただ横になっていればいい。大佐から貰ったデータを分析したみたけど、この魔術師は自己顕示欲が高いみたいなんだ。現れたら、自分から大声を出して教えてくれる」

「そうなんだ。じゃあ」


 お言葉に甘え、ソラは再び横になることにした。ヤイトが自分が使うはずの布団を貸してくれたので、ソラは汗で濡れた布団で寝ずに済んだ。改めて、ありがとうと感謝を口にする。


「礼はいらないよ。僕は眠くないからね」

「本当に眠らなくて大丈夫なの……?」


 ソラが心配すると、ヤイトはくすっと小さく笑みを漏らして、


「だったら、ソラさんといっしょに寝ようかな」


 と冗談を言ってくる。ソラは顔を真っ赤にして慌てた。


「ややヤイト君!」

「ふふ、大丈夫そうだ。他に、何か必要なものは?」


 ソラは顔半分を布団に隠し、気恥ずかしさを秘匿しながら、ヤイトに必要なものを要求する。


「物はいらない。けど、お話して欲しいかな……」

「趣味が合いそうにないのに?」

「うっ……それは」

「いいよ。どんな話が聞きたい?」 


 ヤイトは二つ返事で了承してくれた。ソラは躊躇しながらも、気になることを質問する。


「何で、軍に入ったの? 動機は人それぞれだと思うけど……」

「……」


 ヤイトは一瞬、懐かしむような顔を浮かべて、ソラの布団の隣に座った。昔を思い出すように話し始める。


「僕は元々、生まれついての軍人だったんだ。正式には自衛隊だね。……僕の父は魔術師の存在を発生当初から危惧していた。いや、僕の父だけじゃない。世界中がそうだったのは、ソラさんもわかってるよね」

「うん」

「だから、幼少の頃から、父は僕のことを鍛えていた。それが僕のためになると信じてね。僕も特に不満は抱かなかったから、同年代の子が遊んだり勉強を嫌々やっている間、熱心に戦い方を学んでいた」


 それはどんな幼年期だったのだろうか。辛かったのか、厳しかったのか、はたまた楽しかったのかはソラには想像もつかない。そのため、ソラは特に口を挟まなかった。なんて言えばいいのかわからなかったのだ。


「そんな時だった。父からある命令が下った。重要人物の親族の警護。父は僕に敵を殺す術よりも、人の守り方を学んでほしかったみたいだ。それに、その親族からの希望でもあったらしい。僕は言われるがまま、命令に従い、任務地へと直行した……」

「子どもの時から、警護任務……」


 ソラがごくりと息をのむ。その様子を見かねたのか、ヤイトが誤解のないように注釈した。


「と言っても、念のための保険という感じだけどね。子どもが相手だと、敵は比較的穏便になりやすい。侮りやすくもなる。もし敵に襲撃されて、大人の護衛がやられたとしても、子どもなら生かしてもらえるかもしれないし、VIPといっしょに誘拐してくれる可能性もあった。そうなった時に始めて、僕の出番が訪れる」

「危険じゃなかったの……?」

「危険かそうじゃないかで言えば、あまり危険じゃなかった。護衛は必要だが、その中でも比較的襲撃の危険性が低い人物が、僕の護衛対象だった。……名前はハル。僕と同い年の女の子だった」

「女の子……」

「さっき僕を自分のことを保険だと言ったけど、実際には護衛と言うよりも彼女と接する友達という方に重きが置かれていた。彼女は生まれつき足が悪く、親が重要人物だから、接触できる人間も限られる。だから、僕に白羽の矢が立ったというのが本当のところの事情だった」

「護衛と言うより、友達に選ばれたって感じ?」

「まぁそうだね。戦闘訓練を受けてる子どもは多くない。というより、日本じゃ僕くらいだったから」


 ヤイトは自然に顔が綻んでいた。その表情を見れば一目でわかる。ハルとヤイトの関係性が。しかし、これはあくまで過去の話だ。幸せに終わって欲しいと心で願うが、理性ではそうなるはずがないと、ソラは自分の経験からも学んでいる……。


「僕はハルと一年ほどいっしょに過ごした。彼女は僕に対等な存在として接してくれと頼んだが、しばらくの間はそうはしなかった。堅物だったと自分でも思うよ。彼女の願う僕の在り方は護衛じゃなくて、友達だったというのに」


 ヤイトは約一か月間、ハルを丁重に扱ったそうだ。ハルの望まない形で。すると、ハルは怒って、車椅子で庭園へと一人で出ていってしまった。ヤイトが見つけた時には、ハルは疲れ果て、泣きじゃくり、手の付けられない状態になっていたらしい。


「僕は彼女に降参し、彼女の護衛ではなく友達として接することにした。ハルは屋敷の外にあまり出たことがなかったから、僕は彼女に外の世界を教え、彼女は僕にコミュニケーション方法を教えてくれた。知っての通り、僕はあまり人と話すのが上手くないからね」

「そ、そんなことは……」


 と取り繕うとしたソラにヤイトはいいよ、と苦笑した。


「もちろん、彼女もあまり人と接したことがないから、ほとんどは彼女の思い付きのアイデアだ。……同年代の子が好きな物を調べれば会話が円滑に進むはずという予想は外れたみたいだな」

「それで下ネタ……」


 ソラは何とも言えない気持ちとなる。ハルという子もまさか自分のせいでヤイトが異性に対しセクハラ発言をするようになったとは思うまい。

 と、そこから連動して、ある疑問がソラの脳裏をよぎった。口に出して、訊いてみる。


「じゃああの婚約指輪は一体……?」

「……順を追って説明するよ」


 心なしかヤイトの顔から明るさが消えたようにも見えた。

 それからの二人の話は、順風満帆にも聞こえた。屋敷内しか移動できなかったものの、子どもからしてみれば、屋敷の広さは広大だ。幸いなことに、ハルもヤイトもただ景色を見て話すだけで満足できる性質だったらしく、車椅子を押して散歩するだけでハルの心は満たされていた。

 そんな時だ、とヤイトは言う。朗報が届いた、と。


「ある魔術師が、ハルの足を治療してくれることになったんだ。魔術の存在は恐ろしく警戒すべきではあるが、受け入れれば既存の医学では不可能なことも可能にできる。不治の病とされていた病気なども魔術を巧く使えば治療が可能だ。彼女としても拒否する理由はなかったし、僕も反対しなかった。僕の父は難色を示していたけど、まだ魔術師と人間の間に致命的な亀裂は入ってなかったしね」

「も、もしかしてその魔術師に……」


 思いつきをソラは口に出す。しかし、ヤイトは首を横に振って否定した。


「魔術師は善人だった。治療は成功してハルは歩けるようになった。後遺症も見られない。魔術師には何の問題もなかったよ。問題は、人間の方だ」

「人間の方?」

「……屋敷が襲撃されたんだ。僕の父が危惧していた事態が起きてしまった。襲ってきたのは人間の過激派だった。子どもに魔術を行使したという噂が歪曲されて彼らに伝わり、悪魔に魂を売った罪人に死を、と叫びながらテクニカルと自動小銃を使う武装集団が攻撃を仕掛けた」


 今にして思えば、どうやって彼らが装備を手に入れたのかはわからない。ヤイトは淡々と話し続ける。テクニカルとは、ピックアップトラックに銃座を取りつけた簡易式戦闘車両だ。テロリストや反政府組織御用達のそれがどうして日本にあったのか? 真相は未だ謎だという。


「敵の装備は潤沢だった。護衛たちの装備では敵わなかったから、彼らに時間稼ぎをしてもらって、僕はハルといっしょに逃げた。でも、まだハルは施術したばかりで上手く足が動かなかったから、僕は彼女を抱きかかえて走った」


 いくら訓練を積んでいるとはいえまだ子どもだ。過激派は二人に追い付いた。ヤイトの父親は、子どもは襲われないという見立てを立てていたが、実際は違った。彼らは子どもに爆発物を使ったのだ。ヤイトは至近距離で爆発を受けハルといっしょに地面へ転がってしまった。


「その直後に父の部隊が駆け付けて、反撃したおかげで僕は助かったけど……ハルは」

「まさか……」

「死んではいない。でもハルは衝撃で強く頭を打ち、植物状態となってしまった。あの日を最後に彼女とはまともに話せていない」

「ごめん、辛いことを根掘り葉掘り……」


 申し訳なくなってソラが謝ると、またヤイトはいいよと一言。


「むしろ僕のケースはラッキーだ。普通は死んでいてもおかしくない。……ハルもまだ生きている。そして、治療方法は世界に存在している」

「だから、戦争を止めようと――」


 ソラはヤイトが戦う理由を理解した。魔術ならばハルの植物状態を治せる。戦争が終われば、いや終わらなくとも、ハルは治療できるのだ。その可能性をヤイトが気づいていないはずはないと思いながらも、ソラは問いを投げかけた。


「ホノカの、エイルのヴァルキリーなら治すことができるんじゃ……?」

「その可能性は僕も考えたけど、魔術師はヴァルキリーを警戒し始めてる節がある。不用意にヴァルキリーは使えない。ハルに危険が及ぶかもしれないしね」

「そっか、そうだね。ごめんね、バカで」

「自虐する必要はないよ」


 元気が出てきたみたいだね、とソラの様子を見ながら告げるヤイト。彼の言う通り、ソラの体調はよくなっている。


「もう大丈夫そうだ。見回りに……」

「ちょっとだけ待って。まだ指輪のこと聞いてないよ」


 ハルの話を聞いても、ソラの疑問はますます募るばかりだ。今の話だと、どう見方を変えてもヤイトはハルのことを大切に想っている。そんな男が軽薄に女性を口説くとはソラは思えなかった。無論、ソラの知らない未知の観念を持つ可能性もあるのだが。


「ああ、あれは――僕はそれなりに金持ちだ。親は戦死して遺産も相続済みなんだ。僕と結婚してくれたら、その金は全部配偶者に渡すつもりでいる。その代わり、結婚相手には、彼女の友達になってもらいたくて」

「え? そんな理由なの?」

「……おかしいかな」


 ヤイトが不思議そうな顔になる。その困ったような顔がとても面白くて、あったかいものに包まれて、ソラの中に気力が漲った。


「そんなことしなくても、友達になるよ。一度、ハルさんに会ってみたいし」

「ってことは、ソラさん。僕と結婚するってこと?」

「違う違う! それはないよ!」


 ソラは起き上がり、ヤイトについて考えを改めた。なあんだ。そんな風に胸中で拍子抜けし、


(てっきり変な人かと思ってた。でも話してみると普通の人だ。ちょっとずれてるけど……)


 外に出て空へ視線を上げる。太陽が昇り、霧はどこかへと吹き飛んでいた。ブロッケン現象は発生しないだろう。


「じゃあ、見張りを――」

「する理由は、もうなくなったみたいだね」


 ヤイトの声を聞き受け、ソラは彼の視線を辿る。

 空中に一人の男が浮かんでいた。その男は大声で自分の存在を誇示する。


「防衛軍! 歴戦の兵どもよ! 今日こそは我が鉄壁の前に屈してもらうぞ!」


 男は森の中へ着地を決め、好戦的な顔をソラたちへと向けた。


「……丁度良かった! 野宿は辛いからね!」


 ソラは声を張り上げて、ニーベルングの指環に念を送る。身体がオーロラの輝きに包まれて、ブリュンヒルデの力をその身に宿す。


『――装着完了。ヴァルキリーブリュンヒルデ』

「超特急で終わらせちゃうよ!」


 脳裏に響く機械音声でヴァルキリーシステムが正常に動作することを確認し、ソラが銃槍ガンスピアと盾を右手と左手に携える。

 後ろではヤイトが狙撃銃を構えていた。


「ソラさん、気を付けてね」

「わかった。行きます!」


 ソラは浮遊し、マシンガンモードで銃撃を鉄壁を自称する男に加えていく。そのタイミングに合わせて、数発の小型ミサイルが魔術師へと撃ち込まれた。回線から通信が流れてくる。


『これくらいは支援させろ。敵の注意ぐらいは引けるだろう』

『援護感謝します、大佐』


 ヤイトが感謝を述べ、敵の状態をスポットする。対地ミサイルの直撃を受けた鉄壁は周囲にドーム状のバリアのような物を展開し、傷一つついていなかった。さらにはソラの銃撃さえも形状を変化して防いでくる。


『……なるほど。倒し方がわかった』

「本当?」


 今の一瞬でヤイトは攻略方法を思いついたらしい。ソラに指示を出してきたので、反発せずに素直に従う。


『まず、彼に銃弾をまんべんなく撃ち込んでくれ』

「わかった」


 ソラは言われた通り、銃弾を上空から浴びせた。男が効かぬわ! と悪役めいたセリフを吐きながら、防御する。


『これはどうだ?』

「ぬっ!」


 鉄壁が驚いた声を上げた。弾丸がバリアの薄い部分を撃ち抜いたのだ。ソラの銃撃は魔弾なので、防ぐには通常兵器よりも厚く防護膜を張らねばならない。そんなことをすれば、通常兵器すら防ぐのが難しい箇所が出てくる。その明確な弱点を、ヤイトは瞬時に見抜いていた。


「ふん、考えたな。しかしそう何度も同じ手は食らわん!」


 どうやら大佐も似たような攻撃方法で男にダメージを与えていたらしい。男は対策を考えていた。

 バリアの形状を変え、範囲を縮小し、高密度の膜を身体にフィットさせる。そもそも避けるという考えはなさそうだ。あまり賢くないからこそ、この外れた時期にブロッケン山を攻めてきたんだとヤイトは口ずさむ。


『ソラさん、敵の注意を引きつけて。そこで釘づけにしてくれ』

「了解!」

『大佐、僕のタイミングで支援砲撃は可能ですか?』

『もちろんだ。なぜできないと思った?』

『念のため確認しただけです。……ではお願いします――』


 ヤイトは再び狙撃銃を構え直す。スコープで男に狙いを付けて、大佐に砲撃を要請した。男の身体に迫撃砲の砲弾が命中。同時に、彼も引き金を引いた。バリアの一部に綻びが生じる。


「ぬおッ、我の鉄壁がッ!」


 敵がわかりやすく狼狽。彼は淡々とソラに指示を出す。


『後は君の出番だ。敵の注意がバリアに向いている間に、退魔剣で処理してくれ』

「よおし!」


 ソラは槍を捨て、剣を抜いた。まだバリアが残っているため、残りの部分の修復に注意を割く魔術師は、ソラを迎撃する気配もない。

 ヤイトのおかげでソラは危険に身を晒すことなく、安全に敵を無力化することができた。



 気絶した魔術師は大佐に引き渡された。捕虜の待遇をどうするのかとソラは不安になったが、すぐに杞憂だったことに気付く。大佐は魔術師を敵視していなかった。少なくとも、鉄壁を自称するこの魔術師に関しては。

 防御に重きをおく鉄壁は、その性質上、防衛軍の命を一人たりとも奪っていなかったのである。民間人は言わずもがな。我の騎士道精神に反する、などと豪語する清々しい精神の持ち主で、ブロッケン山の確保も魔術師仲間が嫌がる中、進んで志願したらしい。

 簡易牢の中で鉄壁と面会した時、なぜかソラは褒められた。我を倒すとは素晴らしき戦士だ。その男はそう言って、褒美として何でも答えようとも述べた。


「喋ってくれるというなら、尋問もいらなそうだ。……説得すれば、仲間にできるかもしれん」


 大佐は所見をソラに言い残し、今後の方針を考えるべく作戦室へと引っ込んだ。後は、数日待機し様子を窺い、日本へと帰還するだけである。


「やっとちゃんと建物で眠れるよ……」

「ふもとに兵舎代わりのホテルがあるみたいだ。そこに泊めさせてもらおう」


 ヤイトは運転席へと乗り、ソラも助手席へ移動する。ヤイトはキーを差し込みながら、通信端末をソラへ渡した。


「コルネットさんに敵を排除したと報告を頼む」

「わかった。えーっと」


 ぽちぽち端末を操作して、コルネットへと発信する。彼女はすぐに応答してくれた。


『はーい。頼れるお姉さん、コルネットさんですよぉ!』

「コルネットさん。敵を倒し終わりました」

『ちょっと連絡が遅いわねぇ。大佐からもう報告が上がってるよー』


 大佐の仕事は迅速だ。ソラの中でますます大佐の株が上がっていく。


「ごめんなさい、ちょっとバタバタしてて。それじゃあ、予定通り数日滞在した後、そちらへ帰りますね」

『別に、ちょっと帰国が遅れちゃってもいいのよ。年頃の男女が揃うと色々とやりたいこともあるでしょうし』


 やりたいこと……? と復唱したソラはすぐにコルネットの意図を察し赤面した。


「ない、ないない! ないですよ!」

『ええ? 本当にぃ? ちょっと見てくれがいい男の子にロマンスを感じちゃう年頃でしょ? しかも、ヤイト君は意外に紳士よ。ただぁ、お姉さん的に言わせてもらうと、ああいう無関心を装う奴ほどそういうことに積極的ね。注意しないと、狼に食われ――』

「ないって言ったでしょう! 切りますよ!」


 コルネットのペースに呑まれそうになったので、ソラは通信を終える。こういった方面でからかわれることにはなれていない。ソラの大事な部分を占めてきたのはいつも友達や両親、クリスタルのことで、男っ気など全くなかった。

 今のところ、ソラは恋愛にうつつを抜かす予定はない。夢見る乙女はメグミだけなのだ。


「ソラさん。もう少しでホテルに着くよ。部屋割りは――」

「二部屋。当然!」


 こうやってはっきりと言わないと、ヤイトと効率的観点から同室にされかねない。

 ソラはふはぁ、と来た時と同じように盛大に息を漏らした。どうしてこんなことに、と改めて思う。

 だから、後で愚痴を漏らすのだ。戦争が終わったら。クリスタルに今日のことを話し、ハルと友達に慣れた時にも、ヤイトとのことを話そう。

 戦後の予定を考えながら、ソラたちはホテルまで車を走らせて行った。



 ※※※



 その契約を本意かどうか問われたら、不本意だと答える自信があった。

 しかし、交わすべき誓いである。防衛軍には、人類の敵が誰かどうかを答える質疑が入隊時にあるらしい。

 これは言わばその魔術師版だった。魔術師の敵は如何な存在か。その答えを言わされる。


「アレックに無断でこのようなことをしてもいいと、あなたは本気でお考えですか、アーサー」


 誓いの場には、聖火が灯されている。その前に立つのはアーサーであり、彼の目前で跪くのはクリスタルだった。

 クリスタルはあえて火中に飛び込むことにした。名を上げれば、教会内でそれなりに融通を利かせることが可能となる。それに、魔術師の関心はヴァルキリーそのものにある。装着者に対してはそこまで執着しないはず。

 ならば、自分でソラを倒すしかない。既にオドム他高名な魔術師がヴァルキリーの確保に乗り出している。それなら、正式に教会の手先になることで、クリスタルもヴァルキリーとの戦闘が可能になる。過酷な道であることは承知済みだ。それでもソラを救えるのなら、どんな相手だろうと契約を結ぶ覚悟でいる。


「私は彼女の意志を尊重しているだけだ。彼女が志願し、私が応える。そこにアレックの許可は必要ない」

「しかし」

「アーサー様の言う通りです、マスターエデルカ」


 クリスタルはきっぱりと、目付け役として同行したエデルカの気遣いを断った。エデルカの気遣いは嬉しいが、浮き島に籠っていてはソラを守れない。倒して、守る。その矛盾を行うために、クリスタルはここに来た。アレックの反対意見もわかってのことである。

 ソラを救うには空にはいられない。堕ちるしかないのだ。人が住まう大地へと。


「ですが、クリスタル。アレックは」

「アレックの意見は関係ない。同じことを二度言わせるなエデルカ。……君にしては随分入れ込むんだな」

「同じ複合属性を持つ者として放ってはおけません」

「同じ複合属性を持つ者なら、よくわかっているはずだろう? 彼女の有意性を」


 エデルカは反論しなかった。口を閉じ、不満げにアーサーを睨む。

 アーサーは再びクリスタルを見下ろした。見る者を怖じさせる獅子の眼で。


「国家、言語、人種、思想、全てが違う者たちが、魔術を司るという共通点の元、一つとなった。古代、近代、現代と時代ごとに流派は別れているが……目的もまた、我々は共通しているはずだ。クリスタル、銀の髪を持つ者よ。君は自ら進んで戦士となった。敵を撃ち滅ぼす戦士へと。立て、クリスタル。我らと共に戦おう――戦争を終わらせるために」


 戦争を終わらせるため。願ってもないことだ。ソラを救えて、戦争も終わる。

 ならもう、自分に躊躇する理由は残されていない。彼女を救えるのなら、自分はどこまでも堕ちよう。


「わかりました、アーサー。誓約ゲッシュをここに。今日から私は、戦争を終わらせるべく戦います」


 クリスタルはアーサーと視線を交差させる。よろしい、と彼は頷いた。


「これから彼女は我々円卓の騎士の庇護下におかれる。エデルカ、アレックに言伝を」

「どの口が言いますか。……感情のほとんどを隔離してはいますが、それでも少し残っているのです。今の私から見て、あなたの言動は不快に感じます。配慮していただきたい」

「失礼した、マスターエデルカ」


 アーサーは軽く頭を下げた。すぐにクリスタルへと眼を戻し、さてこれからの方針は、と話を進める。


「待たれよ、アーサー。私は彼女を部下にしたい」

「ヘルヴァルド……。どのような考えだ」


 後ろ奥から、ヘルヴァルドが現われた。騎士の恰好をする彼女は愛剣であるテュルフィングを左腰に提げ、鎧の音を立てながら近づいてくる。


「ヴァルキリーの討伐に当てるのだろう。ならば私と来るのが最善だ。私はあのヴァルキリー……ブリュンヒルデと行動を共にする防衛軍人に借りがある。構わんだろう? お嬢さん」

「別に、私は誰とでも……。ヘルヴァルド様」

「ん?」


 急に名を呼ばれ、ヘルヴァルドが疑問視する。クリスタルは声に僅かな感情を乗せて言った。


「お嬢さんという呼び方は止めていただきたい」

「うむ、そうだな。クリスタル。……魔女のお守りは飽きていたところだ。よいだろう? アーサー」


 今一度問われ、アーサーは黙考し、頷いて了承の意をヘルヴァルドに伝えた。

 では、来い。男口調でヘルヴァルドはクリスタルを連れていく。

 もう一度、誓いの炎へと目を移したクリスタルは、アーサーへと会釈し、暗闇の中へと去っていった。

 煌々とした真っ赤な炎を、その瞳に宿しながら。

 去っていく背中を見つめるアーサーがほくそ笑んだのを、気付く様子もなく。

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