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戦乙女の鎮魂歌  作者: 白銀悠一
第三章 悪夢
19/85

正式入隊

 やっと解放された、と感慨に耽りながら、相賀は通路を歩いていた。これで総司令部ともお別れである。後は高速ジェットに乗り込み、日本の手綱基地へと帰還する。そして、新兵たちに辞令を出す。

 その新兵たちがまだ年端もいかない少女だと思うと、苦い物が身体中を駆け巡る。しかし、四の五の言ってられる状況はとっくの昔に過ぎ去った。使える物は使うしかないのだ。フィクションならキレイゴトで済むが、リアルだとそうはいかない。


(ソラに加えて、メグミとホノカもか。戦力拡充という点では嬉しいが……やり切れんな)


 後頭部を掻きむしりながら、相賀は進む。……後ろに立つ追跡者のことを気付いていないふりをしながら。

 連中の目的は一体何なのか。相賀はいつでも反撃できるように準備しながら歩いて行く。相賀は自分が軍のお気に入りでないことを承知済みである。その点を踏まえても、奴らの目的は不透明だった。


(俺を殺してヴァルキリーシステムを利用する気か? 使う気なんてさらさらなかったくせに)


 相賀が死ねば、第七独立遊撃隊はまともに機能しなくなる、と考えてるかもしれなかった。しかし、そんなことはない。相賀は仮に自分が死んでも大丈夫なように手を回している。相賀を殺したところで、彼らがヴァルキリーシステムを確保することは不可能だ。それに、ヴァルキリーは心理状態依存の不安定な平気だ。無理強いは不可能。例え人質を取ったとしてもヴァルキリーは起動しない。

 もっとも、そんな無駄な足掻きをしたいというなら別だが、そのような愚行を行った場合は丁重に敵として扱わせてもらう所存である。


(さて、と。そろそろお話を聞かせてもらうか)


 前方に見える曲がり角。そこを曲がり待ち伏せして、彼らと楽しいトークタイムを過ごす予定だった。

 相賀は欠伸をしながら角を曲がる。そして、拳銃を取り出した。監視カメラはばっちり相賀の姿を捉えているが、本部のセキュリティシステムは既にハッキング済みである。対策は万全だった。


「……?」


 しかし、いつまで経っても敵はやって来なかった。訝しみ、角から顔を覗かせる。そして、しまったと声を漏らした。

 よく見知った男が通路の先にいた。手にはナイフ。デジタル迷彩に身を包み、コンバットアーマーと顔を完全に覆い隠すマスクとゴーグルに、ヘルメットを被るその男は第七独立遊撃隊所属の隊員ローンウルフの暗号名コードネームを持つ軍人だった。


「ウルフ……。ここまで派手にやることないだろ」


 ウルフの周りには諜報員だと思われる兵士の死体。ナイフには血が付着してるが、ウルフには血がついていない。元米軍の対魔術師用特殊作戦群ウルフパックの部隊員である彼は、パワードスーツすら用いず魔術師を単独で狩る一匹狼だ。


「奴らはお前を殺すつもりだった。気づいてただろうが」

「お話しするつもりだったんだがな」

「こいつらは喋らない。似たような奴を俺は何十人と殺したが、どいつも口を割らなかった。拷問に対する訓練を受けている」

「なら、仕方ないか」


 ウルフはとびきり有能な男なので、彼の意見には素直に従った。地獄の炎の中で唯一生還を果たしたサバイバー。故郷の最期を見届けることとなった男。

 敗戦はどこの国も経験がある。植民地となった国もあるだろう。しかし、文字通り祖国が燃えて無くなったのは国際警察とまで言われたアメリカや、北米及び南米の国々だけだ。この二つの大陸の資源は浮き島の構築材料に使用され、今や視るも無残な形になっている。

 魔術師との戦争は世界大戦という枠組みを超えていた。世界の中の戦争ではなく、人間と魔術師の、生存か全滅かをかけた攻防戦。核兵器の出現は世界の存亡すら脅かした。次のグレードとして然るべき登場を果たした魔術は、地球の存在すら破壊しかねない。冗談ではなく、大真面目に。


「しかし、狙いは把握済みだ」

「本当か?」


 並んで歩を進める相賀とウルフ。防衛軍の本部で軍人を殺しておきながらも彼らは余裕を崩さない。ここで見咎めたり、襲撃してくれば敵の思惑もわかってくる。その程度の相手ならば、殺せば済むだけの問題だ。しかし、敵はそうではない。

 案の定、相賀たちを敵が襲う気配は微塵もなかった。二人は会話を続けていく。


「何が目的なんだ?」

「ヴァルキリーだ。奴らはあれを確保したい。強力な兵器だ」

「運用できるとは思えないが」

「運用はしない。囮に使う。魔術師はあれが心理状態に影響を受けるものとは思っても見ない。……罠にかける絶好の餌だ。動作してもしなくても」

「……定石だが、核攻撃程度では奴らは傷付かない。そこまでバカじゃないだろ」


 言いながらも、いや違う、と相反する思考を相賀は回していた。軍が展開する作戦の奇妙さは、尉官クラス、いや下士官でさもわかる。

 まるで犠牲を強いるような戦術で戦っているのだ。こちらの軍に多大な被害が発生するような部隊配置を何度も繰り返している。

 このおかしな戦術も、相賀たちが軍上層部を排除したい要因の一つだった。前はまともな将校がいたが、全て戦死してしまった。これがもし、有能者が死に、無能者に席が譲渡されただけなら単純なのだが……。


「軍はバカではない。……しかし、この臭いは気に食わない」

「嗅覚が刺激されるか。狼としての。やはり、紛れ込んでるだろうな」

「確証はないが、確信している。もしそうでなければ、敗北が必然の無能集団だった。それだけのことだ」


 滑走路が見えてきたため、ウルフは入り口の前で止まった。また独自に動くのだろう。相賀はそれを良しとする。彼の技量を信頼していた。

 別れ際に、相賀は問いかけをしてみた。背中越しに質問を投げる。


「なぁ、もし俺が殺せと命じたら、できるか?」

「可能だ。いつでもな」


 即答だった。じゃあな、と軍人には程遠い挨拶をして、相賀は日本に比べれば涼しい夏の熱気へ身を投じた。



 ※※※



 まだ学校を卒業してもいないのに、お別れ会を催してもらうというのは奇妙な感覚だった。

 前以て決まっていたソラと、後からヴァルキリーシステムを装着できるようになったメグミとホノカは、学校の教室でお別れ会に参加している。三人並んで、教壇の上に立っていた。少し離れた位置にはマリもいる。

 先生は涙をボロボロ流し、女子の同級生たちも泣いていた。しかし、ソラは泣かずに感謝と一抹の寂しさを混ぜた笑みをみんなに向ける。ゆっくり実感が湧いてきた、兵士になるという感覚。忘れがちになるが、今は戦時下なのだ。かつて、日本が帝国だった頃は、友人や家族が軍人になった時喜んだという。だが、今は誰しもがソラたちの出兵を悲しんでいる。

 勝ち目がない戦い。軍のプロパガンダによってあたかも勝っているように見せかけているのも帝国時代の名残なのかもしれない。インターネットの普及によって情報統制は難しくなったが、不可能ではない。むしろ、困難を極めるからこそ、掌握した時の効果は大きい。

 やろうと思えばできたのだ。今までやる必要がなかっただけだ。


「ソラちゃん、死なないでね」

「うん。死なないように頑張るよ」


 以前メグミに言った言葉を友人へと放つ。前は冗談のつもりだった。しかし、今はあまり笑える話ではない。

 ソラはもう何回も死にかけている。運だったり友達だったりに助けられたが、次は上手くいくかどうかわからない。それでも戦い方は変える気はないし、変えられなかった。変えればヴァルキリーは起動しない。敵を殺さない戦いをこなせる恐れを知らない者だけが、戦乙女になる資格を持っている。


「死なないのは当たり前、だろうが」


 しおらしくなったソラへとメグミがかつてのように声を投げた。その通りだね、とソラは笑う。


「メグミちゃんはいつも正しいことを言ってるよねー」


 ホノカは普段の様子でにこにこしながら手をひらひらと振っている。一部の男子がまるでこの世の終わりのような顔をしていた。中でも妄執のような際どい気配を感じる男子が何名か。この後ホノカに告白でもするのだろうか。もしくは、姫を救い出す騎士のように人攫いするつもりなのか。

 できるだけ穏便に済みますようにと心の中で思っていると、教師がはい! と手拍子した。涙ぐみながら、級友を手招きすると、花束を持った生徒が歩み出た。バラが数種類ある。


「わぁ、ありがとう」


 ソラは笑顔で青いバラを受け取った。ソラの好きな青色。青いバラには不可能を可能にする奇跡という花言葉がある。青の色素を持たないバラは、青いバラが実際に開発されるまで不可能の代名詞だった。しかし、実際に青いバラが開発されたことを受け、花言葉が不可能を可能にするものへと変わったのだ。


「大切にするね」


 微笑んで、ソラは落とさないようしっかりと花を抱きしめる。横目を見ると、メグミにはオレンジのバラが手渡され、ホノカには真っ赤なバラがプレゼントされていた。紅い。赤ではなく紅い。


(花言葉は確か……恋焦がれている。死ぬほどに)


 ソラとメグミは同性に渡されていたが、ホノカは異性に花を貰っていた。しかし、残念なことにホノカは花言葉に詳しくはない。無邪気にありがとうー、と微笑みかけて何も知らないまま受け取っていた。


「……ふん、バカらしい」

「マリ」


 距離をとるマリが鼻を鳴らす。マリはただヴァルキリーの適合者を探すために学校へ潜入しただけで、未練がないと言っていた。だがそれではあまりに寂しいではないか。そう気を回したソラだったが、幸いなことにクラスメイトたちも同じ風に思っていたらしい。


「はい、マリさんも」

「……私は、別に」

「なら受け取ってよ。別に、どうでもいいんでしょ?」


 見事な返しにマリも受け取らざるを得ない。自分は注目されていないと思っていたマリだが、目立たないということはそれなりに目立つのだ。

 マリは小さく嘆息しながらも、笑みを浮かべて緑のバラを手に取った。


「そうね。ありがとう」


 全員が花を手にした後は、教師が涙声でお別れ会の終了を宣言した。名残惜しいが、ここでお別れである。

 また会おうね、という級友たちのたくさんの言葉を聞きながら、ソラたちは教室を後にした。再び高校生として学校に通うことを夢に見て。



 ソラたちは学校から出ると、すぐに手綱基地へと向かわなければならなかった。もはや慣れた道順を足で歩いて行く。

 歩道を通り、商店街が目に入り、きびきびと先を行くマリから少し距離をとって、三人は目配せした。足音を立てず、忍び足で商店街の中へと移動していく……。


「バレバレよ」

「っ!?」


 上手く出し抜いたと思ったソラたちだが、目当ての店に辿りつく前に回り込まれてしまった。仁王立ちでソラたちの行く手を阻む。


「ちょっと寄り道したっていいだろうが。どれだけ神経質なんだよ」

「私はいいも悪いも言ってないでしょ。どこか寄りたいなら言えば良かったじゃない」

「何となくダメな気がしちゃって。ねぇ」


 ソラがホノカに同意を求める。しかし、ホノカは首を横に振った。


「私は言えばわかってくれると思ったけどねー」

「ホノカっ!?」

「けっ。お前の許可なんざ私らに必要ねーだろうが」


 同意を得られず恐恐とするソラの前を、メグミは堂々と歩き出した。目的地はすぐそこである。欲しい物は自分が欲しい時に手に入れる理論でマリの横を擦れ違う。

 と――。


「太るわよ」

「太らない! ……あ」


 脊髄反射でメグミは言い返し、赤面しながら先へ行ってしまった。そのやり取りを見てソラが訊く。


「行き先、知ってたの?」

「そりゃまあね。私はあなたを監視してたのよ? 二十四時間」

「う、その話は聞きたくなかったかも……」

「だったら、不用意な発言は控えることね。あなたの秘密を私は知っているかもしれないんだから」


 マリの笑顔が怖い。声を詰まらせて、ソラもメグミの後を追い店の前まで走っていく。ホノカも待ってー、とその後を追った。マリも三人に追従する。


「やっぱこの店で食っとかなきゃな」


 先に着いていたメグミが、ふふん、と上機嫌に店の看板を見上げた。手綱商店街の中ほどにあるクレープ屋。連日女子高生に人気のこの場所は、買い食いに最適なスポットだ。ソラたちも学校終わりに寄り道をして、何度もクレープを頬張っている。思い出深い店だ。


「太るわよ」


 追い付いたマリがさっきと同じように指摘する。メグミも先程と同じく、イラついて声を荒げた。


「私は何もしなくてもスレンダーなのが売りなんだよ! ……どうあってもホノカには勝てないし」

「何か言ったー?」

「何でもない!」


 ホノカはたまにわざとなのかとソラが思ってしまうほどの精神攻撃をメグミにぶつける。ははは、と苦笑して、ソラはガラスケースに飾ってあるクレープのサンプルと、店上部に設置されているメニュー表を見比べながら、どうしようか思案し始めた。

 悩む。いつものことだ。チョコバナナクレープか、イチゴジャムカスタードか、ブルーベリークリームか。

 毎度この三択で悩んで、結局ブルーベリーに落ち着くのである。青の魅力には勝てない。おまけにブルーベリーは眼にもいい。


「あれ? マリは食べないの?」

「ただの付き添いだし」


 マリはぶっきらぼうに言う。ソラは顎に人差し指を当ててしばし考える。そして、勝手にチョコバナナクレープを注文した。ブルーベリーのクレープと共に。


「ちょっと、何してるのよ」

「あーしまったー。間違って注文しちゃったー」

「驚くほどの棒読み……。いいわ、わかった。お金は払わないわよ……」


 しぶしぶとマリは承諾してくれた。ソラはにこりと微笑んで出来上がりを待つ。その横で、メグミがうんうん唸り声を上げていた。メグミも甘いモノには目がないのだ。ソラは大抵候補が決まっているが、メグミはどの味も好きであり、全種類制覇するほどの甘党だ。ソラの倍、注文に時間が掛かった。


「ラズベリーを二つー」


 悩める乙女の隣では、ホノカが迷いもなく商品名を読み上げていた。この三人の中では意外にも、ホノカが一番早く決めることが多い。普段のおっとりした調子とは違い、メニュー表を一瞥しただけで、どれを食べるか瞬時に決めるスキルを彼女は会得している。


「何で二つ頼んだの?」

「ロメラちゃんにー。あ、ジャンヌちゃんにも買ってあげるべきだったかなー?」

「捕虜にあげるクレープはないわ」


 ソラの質問に答えたホノカへ、本気とも冗談とも取れない回答をマリが口にする。そこへ、メグミが逡巡しながら頼む声が聞こえてきた。全員の注文が終わり、ソラたちは白テーブルの席に着く。


「ここであなたたちはよく女子高生トークに花を咲かせていたわね」

「ずっと監視してたとか、ストーカーかよ」

「工作員だもの、当然でしょ。厄介度は犯罪者なんかよりも上よ」


 素知らぬ顔で言うマリに、メグミは嫌悪感を丸出しにしながらそっぽを向く。仲がいいのか悪いのか、二人はしょっちゅう喧嘩ばかりだ。ソラとしては仲良くなって欲しいなと思うが、当人たちの本意ではないのだろう。相性は良さそうなものなのに、と彼女は不思議がる。


「懐かしいねー。暇だったらここでクレープ食べてたねー」

「それなのに、そんなんなんだ」

「テメエどこ見て言ってやがる」


 ちょくちょくマリはメグミを煽る。ソラは何とも言えない微妙な表情となるが、メグミをからかうマリの姿は友達とふざける高校生のようにも見えた。

 メグミには悪いが、もう少しこのままでもいいんじゃないかな、と思う。マリは姉が死んでから、ずっと軍人として働いてきたと相賀から聞いている。ソラたちのようなのほほんとした環境ではなく、殺伐として戦場で。

 ならほんのちょっとでも、日常生活に触れてもいい。戦争が終わった後、スムーズに非日常から帰れるように。


「……何よ、お節介さん」

「何でも」


 ソラが微笑み返すと、納得いかないような顔をマリは浮かべる。しかし、心なしかまんざらでもなさそうだ。

 できあがったクレープが、ソラたちのテーブルへ運ばれてくる。

 それぞれ自分の頼んだクレープを手にし食した。甘い。美味しい。そして楽しい。


「マリ、マリ」

「何?」

「ほっぺたにクリームついてるよ」

「っ!」


 迂闊な一面を他人にみせて、マリは顔を赤らめながらクリームを拭き取る。その姿をメグミがバカにする、かと思いきや彼女は自分のクレープを食べるのに夢中だった。

 ほっとしたマリ。彼女は目線で訴えてくる――メグミには内緒よ、と。ソラは首肯したが、ホノカはよくわからない。マリは警戒するようにホノカを見つめながら、クレープを慎重に食べ進める。


「……なぁ、ソラ」

「ああ、そうだね。はい」


 メグミの視線を受けて、ソラはクレープを差し出した。食べ比べである。というより、メグミが様々な味を食べたいだけだ。これも三人の中ではお約束だ。主に食いしん坊メグミが率先と行う。


「はいどうぞー。ソラちゃんもー」

「ありがとーっ」


 怪訝な表情となるマリの前で、ソラたちはそれぞれ交換し終えた。残されたマリに視線が集中し、若干彼女はたじろいだ。


「これは、私もするべき……なの?」

「べ、別にお前のなんか食べたかねえが……チョコバナナクレープには何の罪もないしな」


 食欲に忠実なメグミが素直に自分のクレープをマリに差し出す。動機は不純だが、これがきっかけで仲良くなれば、などとソラは期待してしまう。

 マリはというとメグミのキャラメルメープルバニラクリームピーナッツクレープを見比べて、不本意と言った様子を隠さず受け取った。一口食べて、あっま! と驚きの声を漏らす。


「甘いだろ。だがそこがいい」

「こんなの絶対にふと……ああ、望み薄だったわね」

「うっせえ食ったんなら返せ。……美味かったぞ」

「あら素直に。……私も、まぁまぁおいしかったわ」


(ツンデレとクーデレの二人が正直に感想を……!)


 とソラがひとりで感激してると、マリはソラのクレープも要求してきた。はい、と上機嫌に渡す。マリはブルーベリー味を堪能し、次にホノカのラズベリー味にも舌鼓を打った。


「ねえマリ」

「何、ソラ」

「楽しい?」


 口を衝いて、その質問が出ていた。マリの様子があまりにも楽しそうだったから。

 マリは三人の顔を見回して、最後に、食べかけのクレープへと目を落とす。


「まあまあ、ね」

「嘘つけ。本当はかなり楽しんでるだろ」

「メグミちゃんに賛成ー。楽しい時は楽しいって言うべきだと思うー」

「何を言ってるのよ、あなたたちは。全く……」


 呆れたように肩を竦ませる。しかし、マリの口元は綻んでいる。

 ソラは大好きな空を見上げた。今日も空はとても青い。自分の髪の色のように真っ青だ。

 世界は、社会はソラに何度も酷い仕打ちをしてきた。理不尽な気持ちに駆られたことも何度もある。これからも、そんな世界の横暴さに振り回されることだろう。

 でも、ここが自分の居場所なら。

 ――ここが私のいるべき場所なら、何度だって付き合える。


(クリスタル、あなたとやりたいことはたくさんあるんだよ。だから、絶対にあなたと――)


 和解してみせる。

 そう決意して、ソラは今日より、正式な軍人として防衛軍へ入隊する。



 ソラたちの入隊手続きはだいぶ省略されていた。面倒な手続きは一切なく簡易的な書類に記入するだけで済んでしまった。

 今までの戦闘経験を踏まえての特例措置だったとソラは聞かされた。入隊式も上官への挨拶もなく第七独立遊撃隊へと配属されて、メグミは若干不満げだったが、ソラとしてはありがたかった。

 一応、既存の軍人には嫌われているから、という配慮もあるらしい。これからは学校の制服ではなく、軍服に袖を通す。ぴしり、とする緊張の面持ちでヤイトから制服を渡された彼女は、通常の軍服ではなく特注の青い軍服に驚きながら広げてみた。


「あれ? 陸軍とか空軍の制服になるんじゃあ」

「僕たちは普通の部隊とは違うからね。みんな、好きな服を着ているんだ」


 というヤイトはオリーブドラブの軍服である。どこが、と思いマリへと視線を奔らせたが、彼女は黒色の隠密服に身を包んでいた。


「ジャンヌ・ダルクは特注の甲冑に身を包んでいた……。ブリュンヒルデが独自の服を着ていても問題ない。他の部隊に命令権がないことを強調する意味合いもあるんだ」

「そういうことだから、黙って着なさい。わざわざ好きな色を選んであげたんだから」


 そういうことならば、ソラとしても断る理由はない。頷いて、ヤイトが部屋を出ていく。ソラは青、メグミは赤、ホノカは黄色の、三種類の軍服へ着替え始めた。


「信号機」

「何だよ」


 服を着終わった三人の並びを見て、マリがぼそりと呟く。色の三原色でも青赤黄色は確かに信号のようにも見える。


「あなたたちのチーム名はこれで決まったわね」

「ええ、流石にそれはちょっと……」


 ソラが苦言を呈していると、ドアからヤイトと相賀が入ってきた。なぜかクレープを食べるロメラも後ろからついて来ている。


「あ、相賀大尉。今日から改めてよろしくお願い……」

「そういう堅苦しいのはいい。席に座ってくれ」


 きちんと挨拶しようとしたメグミは虚を衝かれ、え? と呆けた表情を作る。敬礼なども特に見られなかった。この部隊がどれだけ異端な存在かこういう細かなところからも窺える。


「ソラ、メグミ、ホノカ。今日から君たちは晴れて俺の部下となったわけだが……軍人として振る舞う必要はない。肩の力を抜いてくれ」

「どういうことですかー?」


 既にリラックスしていたホノカが手を上げて訊く。相賀は端末を操作しながら三人へ語りかけた。


「君たちの扱いは特務兵だ……書類上はな。でも、俺としてはヴァルキリーを身に纏う君たちをワンマンアーミー、つまりたったひとりの軍隊という形で扱うつもりでいる。その方が、他の部隊に示しがつきやすいからな」

「要は、あなたたちは誰の命令も聞く必要がないってことよ」


 マリの解説に事態の張本人でもあるソラが異を唱えた。


「流石にそれは危険なんじゃ」

「かもな。だが、軍に勝手に使われるよりはマシなのさ。正直に言うが、奴らは君たちを人間爆弾にしかねない」

「人間爆弾……?」

「人の身体に爆弾を埋め込むんだ。将校の一人が作戦を立案しようとしたところを僕たちの仲間が阻止した」

「軍がそんな非人道的な手段を行使しようとするなんて……とても信じられません」


 ヤイトの言葉を受けてメグミが顔をしかめた。マリが鼻で笑い、彼女の言葉を一蹴。


「だからあなたはバカなのよ」

「バカじゃねえ! ……すみません」

「いや、構わない。そんな感じでいいのさ。ガチガチに上の命令は絶対とか考えるよりはずっといい。改めて仲間となった君たちにはいくつか情報を共有しておく。まず、俺たちはクーデターを起こそうと画策してるヤバい奴らだ」

「じ、自分でヤバいって言いますか、あはは」


 ソラは苦笑を隠せない。覚悟の上のことだが、こう改まって言い直されると何か悪いことをしている気分になる。


「防衛軍は勝ち目がない戦いを無意味に長引かせ、同胞に多大な存在を出している。まず、第一手段として協力者の確保を実行してる最中だが……なかなかうまくいかない」

「説得が難航してるってことですか?」

「いや、いい奴から先に死んじまう」


 室内に沈黙が舞い降りた。掛ける言葉が見つからない。

 穏便に済めばそれに越したことはないんだが、と愚痴をこぼす相賀。仕方ないでしょう、と話を引き継ぐマリ。


「一人が死ぬか、大勢の命が助かるか。無駄死にするような作戦を展開するような奴は粛清されても文句は言えないはずです」

「あんま過激なこと言うなよ。それに、奴らが無能と決まったわけじゃない……」


 相賀が険しい顔で含みのある言葉をこぼす。ロメラが隅で無邪気にクレープを食べる音が響いている。

 なぜ彼女がこの場にいるのかソラにはわからないが、相賀たちにもそれなりの考えがあるのだろう。もしくは外でうろちょろされると困るのかもしれない。記録を調べたところ、ロメラの父親は今別の基地に派遣されているらしい。なら、家に帰ればいいんじゃないか、というべきところを彼らは対処しなかった。


「まぁ、それは後々、な。とりあえず今日はブリーフィングを行う」

「いきなり、ですか」

「ああ、いきなりだ。チームを三つに分けて、外へ出張ってもらう」

「外ー?」

「海外のこと。組み合わせは決定済みよ。場所はドイツ、イギリス、オーストラリア……」


 一人だけ欧州から外れている。どこになるんだろうなぁ、とソラが漠然と考えていると、メグミがきっぱりとした口調で問いかけをした。


「捕虜はどうするんですか?」

「ああ、それは……」

「ウチが面倒見まーすっ!」


 ハイテンションで外国人の女性が入ってきた。浅黒い肌の美女、というのがソラの第一印象だ。


「コル姉」

「やっほーマリちゃん! お久ー!」

「その軽薄な感じは相変わらずね」


 マリが柔らかな微笑をみせる。ヤイトと同じように招集された第七部隊の補充要員だった。


「コルネットには一時拠点である手綱の留守を任せるつもりだ。……自称頼れるお姉さんだから、まぁ頼ってやってくれ」

「自称じゃないです他称ですっ」


 不満を垂れるコルロット。相賀は面倒くさそうに顔を背けた。彼女はオペレーターでもある、と補足を付け足す。


「班は俺とホノカ、マリとメグミ、ヤイトとソラだ。俺の班はオーストラリア、マリの班がイギリス、ヤイトの班がドイツ。喧嘩しないで仲良くやれよ」


 声を出しそうになったメグミだが、相賀に先手を打たれて口をつぐむ。マリと視線が交差した――。戦乙女ではあれど、超能力は会得していないソラも何となく心が読める。私も納得してないわよ。マリはそうメグミに語っている……気がした。

 しかし、今は他人を気にしている場合じゃない。ソラはヤイトに目を移し、無表情でブリーフィングに耳を傾ける彼を観察する。


(ヤイトさんと……二人っきり。会話が続くかなぁ)


 少しずれた心配をして、机の上に突っ伏した。

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