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戦乙女の鎮魂歌  作者: 白銀悠一
第二章 覚醒
18/85

慈悲・慈愛

 ヴァルキリーへの適合はかなりの時間を有した。保管庫での装着を試みたが、なかなかうまくいかず、心理強化のためにホノカはメグミとソラの眠る医務室へと直接赴いた。


「ソラちゃん……」


 ソラは苦悶の表情すら浮かべていなかった。苦しむことすら許されず、声を上げる権利すら奪われて、死人のように眠り続けている。

 その姿は、オーディンによって罰せられた炎の中で眠れる乙女シグルドリーヴァのようであり、生と死の間を彷徨える生きる屍人だった。


「……眠りのルーンで眠らされ、炎の中に閉じ込められたシグルドリーヴァを救ったのは、恐れを知らない者シグルズだけ。でも、それは神話の話よ」


 ベッドに横たわるソラを見ながら、マリが告げる。シグルドリーヴァはブリュンヒルデの別名だ。一番有名なヴァルキリーとして、ブリュンヒルデの逸話は多々ある。しかし、どの話も悲劇的に収束してしまう。騙されて愛した男を殺してしまったり、ラグナロクの引き金になってしまったりもする。

 だが、マリの言う通りそれらは神話や物語の話だ。青木ソラという一個人の結末ではない。


「……大丈夫だ。一発ぶちかましてやれ」


 メグミがホノカの肩をポンと叩く。ホノカは頷き、ニーベルングの指環を薬指にはめた。

 死にかけるソラを前にして、意識や心理といった曖昧な心のイメージが強化されたのだろうか。

 指輪は、対応する戦乙女であるエイルはホノカに応えてくれた。脳裏に直接声が響き渡る。


『認証成功。オペレーティングシステム始動。対象、楠木くすのき帆乃夏ほのか


 ホノカの身体がオーロラに包まれて、裸となる。そこに次々と装着されている白の鎧。右手、右足、胴体、左足、左手。最後に、羽根つきの兜。


「なれた。私、ヴァルキリーになれたー!」


 ホノカは両手を握りしめる。だが、まだ色に変化が生じていないということはシステムが完全稼働していないということだ。まだ油断はできない。今一度ソラへと目を落とし、彼女の救済方法をイメージする。


『基礎武装である癒しの杖の使用を推奨します』

「癒しの杖……?」


 とは何か? と問いかけるように念じると、右手に突然杖が現われた。一瞬驚くが、そんな暇はない。

 ホノカはさっそく杖をソラへと向け、彼女を救う祈りを念じた。鎧の色が黄色へと変わり、純白の光がソラへと降り注ぐ。

 だが、何も起きない。


「失敗、なの?」


 ソラは死んだように動かない。何度も何度も、必死にホノカは杖を振りかざした。なのに、効果がない。間に合わなかったのか、それとも毒を解毒できなかったのか。そもそも、エイルでは治療不能だったのか。

 マリが目を伏せ、メグミが顔を俯かせる。ホノカはショックで凍りつき、その場に崩れ落ちた。


「そんな……ソラちゃん! そんな、そんな……」


 後悔の念がどっと押し寄せる。もしや、もっと早く自分が決断していれば彼女は助かったのではないか。そのような想いが。

 そんな時だった。桜舞い散る春の季節に、たまたま目が合った時と同じように、その少女は微笑みかけてきた。


「大丈夫だよ、ホノカ。私はここにいるから」

「ソラちゃん!?」「ソラ!! この……バカ!」


 ソラが目を覚ましていた。何事もなかったように身を起こし、床に腰を落とすホノカの頭を撫でる。後ろに立っていたメグミがソラへと抱き着き、うわっと驚きの声。

 いつも通りのソラ。――いつもと変わらない、私の親友。


「無事で良かったよー、ソラちゃん」

「ホノカのおかげだよ。昏い世界をずっと漂う私に、光を示してくれた」

「ソラちゃん!」


 ホノカは堪え切れず、メグミと同様の抱擁で応える。ソラはサンドイッチのような状態となり、ちょ、ちょっ! と慌てた声を漏らす。


「抱き着きはっ。メグミなら問題ないけどっ! ホノカは無理……く、苦しい」

「えー、酷いよー」

「テメエ、そりゃどういう意味だ!」


 ギャースカと普段のようにソラたちはしょーもない揉め事を始める。第三者視点で、少し羨ましそうな視線を送っていたマリだけが冷静さを失っていない。


「喜ぶのはいいけど、調子は大丈夫なの? 敵はまた来るわよ、絶対に」


 もみくちゃとなっていたソラたちは、マリへと向き直り、三人仲良く答えた。息はぴったりだ。


「もちろん!!」


 

 ――そうして今、ソラたちは三人いっしょに敵魔術師と対峙している。

 肩を並べ、三体のヴァルキリーが勢ぞろいした。第七独立遊撃隊の最高戦力であり、防衛軍の使われないはずの軍事機密。それがヴァルキリーでありソラたちだった。

 しかし、彼女たちにはそんなこと関係ない。自分たちの故郷に襲来した敵を、自分の意志で撃退するだけだ。


「どうする? フォーメーションとか」


 ソラが訊ねると、メグミは左手に拳を殴りつけ、闘志を漲らせながら応えた。


「フォーメーションはその場しのぎだ!」

「ええー。もっと具体的にー」


 ホノカが呆れがちに言う。やる気満々のメグミが面倒くさそうに応える。


「考えればわかるだろ。私は超近接型、ソラはオールラウンダー、ホノカは後方支援だ。だったらセオリー通り、前衛中衛後衛で分けりゃあいい」

「あ、流石メグミ! その通りだね」

「うんうん、メグミちゃん、頭いいー」


 と二人は褒めるが、少し考えればわかることをここまで露骨に褒められると一周回ってけなされているようにしかメグミは思えない。


「テメエら、本当はバカにしてんだろ」

「えーそんなことないよー」


 微妙に棒読みな口調で応えるホノカ。くそっ、とメグミは毒づいて、


「さっさとあの中二クセえ騎士をぶっ飛ばす。行くぞ!」

「うん、行くよ、メグミ、ホノカ!」


 勇者エインヘルヤルを探しに赴く戦乙女のように、異なる色を持つ少女たちが、一斉に飛翔する。



 ※※※



 まず突貫したのは先程の宣言通りメグミだった。一番やりは貰い受けるぜ! テンションが上がる彼女はそう言い放ち、一直線に弓兵へと突撃する。

 無論、ただ黙って見過ごす敵ではない。敵は弓を構えて、メグミへと射的した。その後ろに追従するソラが銃槍ガンスピアをマシンガンモードで発射するが、やはり矢が不規則な動きで銃弾を回避する。


「チキショウめ!」


 メグミは槍を掴んで受け止める要領で、矢を掴んで破壊しようとした。だが、上下右左だけならず、三百六十度どの方向にも動ける生きた矢が、メグミの手捌きすら全て躱す。逆に矢が刺さりそうになった彼女だが、持ち前の機動力を生かし避けた。何の武器も持たないスヴァーヴァには、機動力のボーナスが与えられている。

 距離をとったメグミの前に、ソラが割って入った。


「同じ手には引っ掛からない!」


 一度矢を受けて毒殺されたかかったソラは、矢に対し当てず当たらずの攻防戦を繰り広げる。銃を撃ちながら避け、矢を回避しながら引き金を引く。永遠に続くと思われた一進一退の銃突戦だが、急に矢が分裂し増殖したため、拮抗が崩れ去った。


「うわぁ、嘘ッ!?」


 これは避けられず、何十にもわたる矢をソラはシールドで受け入れる。が、盾に何かが伝い、びきびきと音を立て始めていた。重装甲すら難なく溶かす、強力な酸だ。


「ま、まずい……! ホノカ!」


 ソラは助けを後方に浮かび杖を構えるエイルへ求める。ホノカは頷くと、杖を矢ではなくソラへと向けた。壊れかけていたソラのシールドが徐々に修復されていく。エイルは治癒、解毒、修復など回復魔術に長けている。


「……これは厄介だな」


 様子見をしていた弓兵が呟いた。回復役ヒーラーを放置しておけば、勝てる敵もなかなか倒せずに、じり貧になって負ける可能性がある。ホノカの纏うエイルの危険性を、魔術師だからこそよく理解できた。

 ゆえに、敵の次の一手は決まっていた。旧来の銃器での戦闘では、敵に衛生兵メディックが混ざっていることを予見し、あえて敵兵に致命傷を与えないことで、敵の戦力を分散させる戦い方が存在した。

 しかし、それは昔のやり方だ。魔術にて一瞬で回復が可能ならば、敵を一撃で屠るか、回復役ヒーラーを先に片付けるかの二択しかない。


「野郎、ホノカを!」


 魔術師は、ソラでもメグミでもなく、ホノカに狙いを絞った。矢が放たれ、分散する。何十、何百にも別れた矢が、ソラとその後方にある手綱基地へと降り注ぐ。ソラを罠にかけた時と同じ手法だった。自分を救うか仲間を救うか。その二択を迫る、卑怯者と罵られてもおかしくないやり方だ。

 そして、多くの卑怯者がそうであるように、人間に罵倒されたところで魔術師は気にしない。虫が喚いたところで、それに本気で怒る人間が滅多にいないように。


「ホノカ! 逃げて!」

「……でも、私が逃げたら――」


 ホノカが後ろを見やる。マリとヤイトも銃を構えて、いつでも支援射撃ができるように待機している。ロメラの姿すら窺えた。ロメラの正体をホノカは知らない。彼女はもしかすると強力な魔術師で、手を貸してくれるかもしれないが、絶対にそうであるという保証はない。


(他人任せじゃ、ダメ)


 ホノカは意を決し、杖を無数の矢に向けた。頭をフル回転させ、どうやって対処するかを思考する。


「矢、改変、戻す――そうか!」


 方法を思いついたとあれば、後は実行するのみだ。ホノカは術式を発動させ、矢を修復させた。

 魔術によって改変されていた矢たちが一つの矢へと収束し、物理法則の元ホノカへと奔る。ホノカは難なく杖で叩き落とした。


「なるほど、矢を直したのね。魔術が掛けられる直前に。やるじゃん」


 下方でホノカの戦いぶりを見守っていたロメラが感心する。ホノカとロメラは目が合ったが、彼女は気にせず魔術師へと目線を戻した。今、倒すべき敵が誰であるか、ホノカは承知している。


「厄介な……」


 魔術師が苦々しく言い漏らす。現状のままでは足掻いたところで勝ち目は薄い。そう判断したのは彼だけではなかった。上空から声が響き渡る。


『良かろう。私も手を貸すとしよう』

「――何っ!?」


 急に手綱基地周辺が黄金の光に包まれて、滑走路の上に魔法陣が浮かび上がった。マリとヤイトが困惑する最中、事情を把握しているロメラだけが、オドムの仕業か、と冷静に呟く。

 魔法陣からは、異形の怪物が召喚された。ライオンの顔に、羊の胴体、ヘビの尾を持つ合成獣キメラだ。


「キメラか! くそっ!!」


 マリとヤイトが応戦し始めた。キメラは二体手綱基地に出現し、手近な二人に襲いかかっている。


「助けないと……うわッ!」


 援護に向かおうとしたソラの真横を、鋭い矢が奔り過ぎた。


「貴様らの相手は、私だ」

「……ッ、望むところじゃねーか!」


 メグミが再度、突出。しかし、その目を見たソラとホノカは気付けた。私が敵を引きつけるから、二人の援護をしてくれ――。三人の信頼関係ならば、アイコンタクトで想いを送受することなど造作もない。

 ソラとホノカは地上へと向かい、メグミは魔術師へと上昇していく。二人に合流したソラは、まず、キメラの内一体を相手取った。


「一人で大丈夫なの!?」


 マリが銃を連射しながら叫ぶ。ソラももちろんと叫び返した。


「魔物の一体や二体、何の問題もないよ!」


 メグミにも負けず劣らず、ソラの中にもやる気は漲っている。みんなと共に戦えることが心強い。仲間の存在はソラに絶大な力をくれる。

 ソラは槍を構えて、キメラへと肉薄した。ネコパンチならぬキメラパンチを横っ飛びで避け、槍を喉元へと突き立てる。刺さったが、浅い。これが普通の槍ならば決定打に欠けたが、


「これはガンスピアだッ!」


 ソラは槍の先端に搭載された銃口の火を噴かせる。魔弾による高速連射が、キメラの喉元をずたずたに撃ち抜いていった。だが、魔法生物であるキメラの生命力は非常に高い。喉に穴をあけられたところでまだ動いていた。

 再び爪による打撃。ソラはシールドで鋭い爪を防ぎ切り、追撃を仕掛けようとしてきたヘビの尻尾へ槍でのカウンターを喰らわせた。蛇頭から血が迸る。ソラは血に濡れないようステップを踏みながら、盾を投げ捨て左逆手で剣を引き抜く。ヘビの胴を斬って落とす。唯一生き残るヤギの頭から苦悶の声が聞こえてくる。

 最後の仕上げとして、ソラは空中へ飛び上がった。槍投げのフォームへと移行し、続けざまに槍を投擲する。ブリュンヒルデは槍投げの名手。ならば、彼女の名を身に纏うソラも、それに近しい投擲スキルを発揮できる。

 槍は見事にヤギの頭を貫いた。断末魔を上げて、キメラが崩れ落ちる。


「ごめんねキメラさん。あなたに罪はないけど――」

「バカなこと言ってないでこっちを助けなさい!」


 マリの声にハッとなったソラは、悪戦苦闘する三人へと目を向けた。ホノカが支援タイプのヴァルキリーということでダメージは全く見受けられないものの、敵も倒せてはいないのである。


「ホノカッ! こいつらを分離させることはできないの!?」

「ぶ、分離ー? そんなのイメージできないよー」


 矢であれば元がどうであるかは想像できたが、キメラとなると元も戻すのは難しい。下手に回復や修復魔術を掛けたところで、せっかく与えた外傷が無に帰す可能性があった。そんなことになれば本末転倒である。


「ホノカ、その杖に何か仕掛けはないの?」

「仕掛けー?」

「ほら、実は剣が仕込まれてましたー、とか、実は銃に変形しますーだとか!」

「どこのスパイグッズよ!」


 ふざけた話しにマリが銃を撃ちながら突っ込む。が、キメラが口を開けて炎を吐いてきたため、彼女は口を閉じて炎を躱し、左手でグレネードを掴むとピンを抜いてキメラの咥内へと放り投げた。見事口の中に入ったグレネードは、キメラの喉奥で爆発する。グロテスクな光景が目の前に広がった。


「もうちょっと綺麗な戦い方できなかったかな……」

「戦い方に綺麗もくそもないわ! まだヤギとヘビが残ってる。ヤイト!」

「ヤギなら、もう倒せる」


 ヤイトはキメラが怯んでいる内に、ヤギの頭を狙撃した。ヤギが死に声すら出せずに絶命。後はヘビだったが、ヘビは毒をホノカへと放出した。きゃあ、と叫んでホノカが毒まみれになる。


「ホノカ!」


 ソラは慌てたが、毒を掛けられた張本人であるホノカは涼しい顔だ。エイルの医療魔術ならば、この程度の毒など水を掛けられたも同然だった。

 ホノカは自身に解毒魔術を行使した後、あー、と何かに気付いたようにおっとりとした声を出す。


「ソラちゃん、わかったよー」

「何が?」

「この杖、武器が仕込んであったー。強そうな奴ー」

「本当……? え」


 ソラがぎょっとした声を出したのも仕方のないことだ。

 ホノカは唐突に杖でダンッ! と思いっきりコンクリートを叩く。すると、杖から変形するような音が聞こえ、ムチというには若干とげとげしい凶悪な斬打武器へと様変わりした。


「杖鞭だったわー。モードチェンジで、ソラちゃんの言った通り、銃にも剣にもできるみたい」

「へ、へぇー、それは良かった」


 剣や銃なら問題なかったが、ムチというのはやはり別格である。ムチも人や動物を殺さないように使用される非殺傷武器なのだが、どちらかというと拷問か、はたまたソラの理解が及ばない大人の恋愛に使われる道具だ。

 しかも、妙にホノカとマッチしており、ソラはコメントに困ってしまう。呆けてる場合じゃないと思うよ、というヤイトの忠告にソラは我に返った。


「そうだ。メグミを! キメラは頼むよ!」

「任せてー。そりゃ!」


 生き残りであるヘビとホノカがムチで戦う姿を後目に、ソラは上空で魔術師と交戦中のメグミの元へと空を切った。

 大量の矢にメグミが追いかけられている。そこにソラが援護射撃。矢の軌道がずれる瞬間を狙って、メグミが拳をぶつけた。


「私らのコンビネーションなら、誘導矢なんて怖くねーぜ」

「もうあなたの戦い方は見切った……撤退してください!」


 ソラとメグミは並んで宙に浮かび、撤退だと? と訝しむ魔術師に再度通告する。


「そうだ。とっとと家に帰りやがれ!」

「何を言う。ここは戦場であるぞ。敵と相見あいまみえれば最後、どちらかが勝利するまで……」

「確かに、ここは戦場かもしれません。ですが、私たちは戦士じゃないです。ヴァルキリーです! あなたの命を取るつもりはありません! ここから去ってくれれば追撃もしないです!」

「私を憚るつもりか」

「騙す気なんて全くないです! 信じてください!!」

「…………」


 戦場で、しかも敵に自分を信じてくれと懇願された。その事実が、弓兵の行動を停止させた。あまりにもバカバカしいお願いである。この少女は敵である自分に頼んでいるのだ。撤退してくれと。ただで負ける気は男もなかったが、確実にヴァルキリーの方が有利だった。弓兵である以上、男に前衛は難しい。男がノーリスクで勝利するためには敵に接近されてはならなかった。

 今からでは、無傷では済まない。負ける可能性も男は考慮に入れていた。質対質の勝負の時代ではあるものの、相手の質によっては、数の暴力はまだ十分に機能する。

 それを知りながらの勧告。投降ではなく撤退勧告――。


「……後悔しても知らんぞ」


 男は吐き捨てるように言った。あくまで今回の目的は敵の下見だ。独力で全てを成そうという野心はあったが、逃走は恥ではない。


「後悔なんてしません。絶対に」


 ソラは強い意志を瞳から覗かせて応じた。その瞳に男は目を見開く。そして、僅かな微笑をこぼして瞬間移動テレポートした。

 敵の気配が消えたのを確認し、ソラはふはぁ、と盛大に息を吐いた。緊張していたのだ。見知らぬ男の人と、しかも敵の魔術師との会話に。


「変わらないねーソラちゃんは」


 キメラを倒し終えたホノカが空中に来て、懐かしむように述べる。それに反応してメグミが口を挟んだ。


「お前は変わったみたいだな」

「本当にね。びっくりしちゃった」


 ソラが驚きの眼でホノカのことを見つめる。ホノカは笑みを返した後、自分の変わったきっかけを吐露した。


「自分と似た子に助言をもらったからねー」

「え?」「どういうことだ?」


 ソラとメグミは頭の中にクエスチョンマークを浮かべて、首をかしげる。

 ホノカはふふっと小さく笑い、下で傍観する小さな少女に手を振った。



 ※※※


「あらあら。とうとうばれちゃうかもね。責任はジャンヌに押し付けよーっと」


 メローラは他人事のように独り言を話す。算段は組み立て済みだ。ジャンヌお姉ちゃんに無理強いされたのーっとか嘘泣きすれば、お人好しの彼女たちは全責任をジャンヌへと向けるに違いない。ジャンヌは浮き島内部で自分の地位や立場のことを気にせず素で話せる珍しい友だが、だからこそからかいがいがある。


(でも、オドムだったのか。道理で見覚えのない男だと思った。つまり、今回の戦闘はポイント稼ぎをしようとした彼の独断であり、お父様は関係ない……)


 黄金の召喚者オドムは、ミルドリアと同じく古代流派に属する召喚術師であり、その野心の高さと実力が有名な男だ。オーロラドライブを我先に手に入れて、功績を上げるつもりだったのだろう。

 だが、それはそれで引っ掛かる。あれほどの戦闘力と魔力量を率いる兵器または装置を、円卓の騎士が放置する。ますます気になる。謎がおかしく怪しいほど、メローラの知的好奇心は昂る。


「面白い。実に、面白いわ、お父様」


 メローラは歩き出す。予定では、すぐに第七独立遊撃隊の作戦室へと呼び出されるはずだった。その前にコーラでも飲まなければ。低俗なものとしてジャンクフードやスナックの類は滅多に食べられない。豪華な食事も好きだが、安い食べ物も嫌いではないのだ。今の内に食いだめしておきたい。



「魔術師の件も片付いたところで、そろそろはっきりさせておきたいんだけど」


 そんなマリの語り口調から、異端審問は始まった。メローラの予想通り、彼女を魔術師か否かを審議する会議が今まさに目の前で行われようとしている。メンバーは第七独立遊撃隊の面々だ。作戦室には、ソラたちがこぞってマリを注視している。


(火炙りかな。ま、彼女は聡明なようだしそんなことはしないと思うけど。頭が良い子は嫌いじゃないわ)


 自らの生死すら危ぶまれるこの状況でも、メローラは余裕の笑みを崩さない。危険が微塵もないからだ。メローラが強者という意味でも、彼女たちが日和見主義者だという意味でも。


「このロメラって子、私の見立てでは十中八九魔術師よ」

「なん、だと……? なぁんて、そんなわけあるか。とうとう頭がいかれたか?」


 メグミの苦笑交じりの質問返しに、頭がいかれたのはあなた、とマリは動じることなく言い返す。


「ソラにはもう伝えてある。ヤイトも理解してる。姿形では魔術師は判断できないのよ。そのことについては私よりもあなたの方が承知済みだと思うけど? ネコ耳娘さん」

「てめっ、それは言わねえ約束だろ!」

「あら、知らないの? 約束は破るために存在するのよ」


 テメエ! と激昂したメグミと彼女を煽るマリで喧嘩が勃発しそうになったが、ソラが間に入って仲裁する。なぜか、息ぴったりに彼女は罵倒され、せっかくの仲裁者がしょんぼりした様子となった。

 このままじゃ埒が明かない。ばれてもばれなくてもどちらでも構わないのだが、無駄に時間を浪費することは避けたい。眠たいのだ。子どもの身体では疲労がたまりやすい。

 結局、メローラが子どもっぽく答えを誘導するはめとなった。


「ロメラ、子どもだから難しいことはよくわかんないなー。でも、あたし、悪い子なの?」


 目尻に涙をうるうると溜めて、大人に寄って集っていじめられる子どもを演出する。ソラが同情的な瞳をみせ、メグミはそれ見たことかと声を張り、ヤイトは事態を黙って静視している。


「そういう演技よ。わかるわ。……私だったらそうする」


 マリは鋭い。人を騙す方法について語り合えそうな気がした。しかし、独房にぶち込まれて話をする気はメローラにはない。どう足掻いてもお話はできなさそうね、と少しがっかりした。

 さて、どうするか。メローラが嘘泣きをしながら考えを思索し始めたその時、いきなり手を上げたのはヒントを上げたホノカだった。

 この中で真実に一番近いのがホノカだ。ああ、ばれるのか。だったら脱出の手筈を整えないと。そう頭を回し出したメローラは、拍子抜けさせられることとなる。


「私、ロメラちゃんはただの子どもだと思うなー。マリちゃん、ちょっと性格悪いんじゃないのー?」

「……は?」


 メグミならともかく、ホノカにそんなことを言われるとは夢にも思っていなかったのだろう。マリは口をぽかんと上げて、メローラを擁護するホノカを見ている。開口こそしないものの、メローラも似たような気分だった。

 虚を衝かれ、涙すら止めて、何のつもりと疑惑の眼差しをホノカへ向ける。が、彼女は私に任せてと言わんばかりにウインクを返すだけだ。


「魔術師との戦いで非情になるのはわかるけどー、これとそれとは違うんじゃないかなー? 少し休んだ方がいいよー。せっかくの美人が台無しだよー?」

「あなたね……一体何を」

「何をもへったくれもねーぞ。お前の推理がトンチンカンだって言ってんだよ」

「あなたには訊いてないわ!」

「訊かれなくても言ってやる。何べんでもな。ほら、どうした、かかってこい!」


 ソラの努力もむなしく、結局喧嘩は始まった。ヤイトも意味深な視線をメローラへ向けた後、喧嘩を止めに動き出す。


「どういうつもりなの?」


 メローラは声を小さくして訊ねた。ホノカもまた囁き声で答える。


「恩返しのつもりー。あなた、悪い人じゃないみたいだしねー」


 そう回答した後、ごめんごめん、私のせいねー、と間延びしたトーンで二人の喧嘩を落ち着かせようとする。

 その姿とバカバカしいやり取りを見ながら、メローラはふっ、と呆れたように失笑を漏らした。


(なにこれ、飛んだ茶番ね。もし私が裏切ったらどうするつもりなのかな)


 メローラは考えてみる。自分の裏切りが発覚した時の彼女たちの姿を。なぜか、不思議と想像できなかった。

 メローラは改めて、わいわい騒ぐ彼女たちを見回した。駒は多いに越したことはない。例え敵でも、敵の敵は味方として利用できる。もし味方であれば……特に考慮する必要はないだろう。


(バカね。バカ集団。戦争を戦争と認識できない愚か者、恐れを知らない者たち……。でも、悪くない)


 メローラはロメラモードで、楽しそう、私も混ぜてー! と率先して騒動の渦へと飛び込んだ。ロメラを演じるのは意外と楽しいし、退屈な王城暮らしよりも冒険の方が性に合っている。しばらくこのままでいるのも悪くはない。

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