魔導の記し手
「喧嘩の最中でしたでしょうか。でしたら、邪魔をしてすみません」
エデルカは呆けるクリスタルと、背後に倒れ伏せる友人たちに頭を下げる。臆することなく屋敷に入りそうになったところをクリスタルが止めた。家主不在の時に、いくら現代流派に寛容的とはいえ、よその魔術師を無断で屋敷に上がらせる訳にはいかなかった。
「ダメです。マスターアレックの許可がないと」
「許可なら頂きました。これが証明書です」
エデルカが何も書いていない紙をクリスタルへと手渡す。するとアレックの顔が紙上に浮かび上がり、彼の声が響き始めた。
『私はアーサーたちにお前たちのことを詮索され、足止めされている。ハルフィスも同様だ。留守の間はエデルカに頼れ。彼女は信頼できる』
「……偽物ではないようですね」
クリスタルはライターを取り出して、紙を燃やした。頭が、思考回路が徐々に冷静さを取り戻していく。クリスタル自身に解毒剤の知識はない。何の考えもなしに飛び出しても、ソラを救える可能性は低かった。
「信頼してもらって何よりです。……では、まずヴァルキリーについてお聞かせ願いたいのですが」
「私に、ですか?」
「そうです。あなた方は直接ヴァルキリーと対峙した。アレックも気にしていましたよ。後で理由は聞かせてもらうと言伝を残して行きました」
クリスタルたちの独断出撃についてはアレックも承知していると思っていたので驚かない。しかし、エデルカに真相を話すべきか迷っていた。立ち話も何なので、とエデルカを客間へと案内し、着席してもらう。
レミュは紅茶を淹れてエデルカの前においた。ありがとう、と彼女は会釈。
「心の底から私を信用できていないのでしょう。わかりますよ。あなたの奇態から、何かあることは確実。見知らぬ人間に易々と話せる内容ではないのでしょう」
「すみません……」
クリスタルが謝ると、なぜ謝るのですか? とエデルカは問いかける。
「自然なことです。そんな他人行儀になさらずに。……魔女の侵入を許したと聞きましたが」
「アレックは知っているんですか?」
これにはクリスタルも驚いた。が、アレックの抜け目のなさを考えれば自然なことだ。もしかすると、魔女はアレックにばれていることすら気づいていないかもしれない。
「アレックは強く、そして賢い。……あなたがなぜ不自然な撤退をしたかも気付いているかもしれませんね」
ふふふ、とエデルカは微笑を漏らした。執筆作業のために無用な感情を最低限しか残さない彼女にしては珍しいことだ。意外に思いながらもクリスタルは情報提供を開始する。
もし浮き島中に噂が広まれば、エデルカを問い詰めればいいだけだ。そう思い直して。
「ヴァルキリーの詳細は、私にも詳しくはわかりません。ですが、膨大な魔力量を有していることは記録を見れば一目瞭然ですよね」
「拝見いたしました。あれは複数の術式を、効力を低下させずに同時に使用している。イメージの固着を行っているようにも見えません。そんな荒業が可能なのは、術者の圧倒的な魔力量かもしくは瞬時に補給できる魔力源が必要です。実際に武器を交えて、どう感じましたか? ブリュンヒルデは強力な魔術師だと思いますか?」
「いえ……ブリュンヒルデを装着する者自体には、強力な魔力を感じませんでした。なので、ブリュンヒルデ自体に何かカラクリがあると推察しています」
事実を淡々と述べていく。そうですか、とエデルカは頷いたが、思考整理するにはいささか情報が少なすぎたようだ。ここでもし、クリスタルがソラはただの人間ですと答えたら、エデルカはどんな反応をするだろうか。クリスタルは悩んで――真実を伝えることにした。
「……マスターアレックの信頼を信じて、正直に白状しますが、今敵対状態にある魔術師は私の友人です」
「……なるほど、やはりそうでしたか」
エデルカは眉根一つ動かさず呟く。あなたの行動を見ればわかります、とも。
「既知の間柄であることは事前情報からも推測できます。して、なぜあなたのご友人は教会を裏切ったのでしょう。ご存じですか?」
問われてもクリスタルはまだ明確な答えを持ち合わせていない。だから素直に知らないと答えた。
そして、エデルカの言葉を訂正させる。
「私の友人は裏切り者ではありません」
クリスタルは意を決して告白した。
「なぜなら、私の友人は人間なのですから」
「人間? あれほどの大掛かりな魔術装置を使う者が、人間?」
これにはエデルカも驚きを隠せなかったようで、所持していたペンと紙を宙に浮かせて魔術を使う。独りでにペンが奔り、新情報を記載し始めた。紙の上をペンが奔る音が響く。
「では、あれは他の魔術師によるオーダーメイドだと……。裏切り者の魔術師が別に存在する」
「裏切り者が、別に存在?」
考えてみれば当然のことだったが、ソラのことで頭がいっぱいだったクリスタルはそこまで頭が回らなかった。そうだ。防衛軍が魔術を行使できるはずがないのだ。あれをソラが使っていることは、防衛軍に手を貸す魔術師の存在を示している。
誰かが、いる。その魔術師が敵かどうかは、クリスタルにはまだ判断つかない。
一通り自動筆記でメモを記したエデルカは、紅茶を一口含んだ。
「なるほど、それであの喧嘩へと繋がるわけですか。あなたの友人が魔術師でないのなら、毒を治療できる可能性は低い。あの弓兵の意図についても何となく読めてきました。炙り出し、と言ったところでしょうか」
「炙り出し。裏切り者の魔術師を巣穴から引きずり出す……」
「しかし、そう上手くいくとも思えません。上手くいかなかったところでどちらでもいいのでしょう。少なくとも、彼にとっては」
エデルカは弓兵へと思いを馳せながら言う。そう、多くの魔術師にとってソラの存在はどうでもいいのだ。彼女が死のうが生きようが、どうでもいい。重要なのはヴァルキリーとその開発者である。
クリスタルは拳を強く握りしめた。まただ。まだ世界は、大義のためなら個人すら容赦なく切り捨てる。クリスタルとソラの望まない変化を遂げ、望まない殺し合いをし、望まない別れを引き起こした。
無人島にでも逃げれば良かったか、と現実離れした考えすら思い浮かんだ。
でも、ここが自分の居場所だから。
――世界が私のいるべき場所だから、否が応でも付き合わなければならない。
「でも、私はどうでもよくありません」
「そうでしょう。そして、私にとってもどうでもいい事柄ではなくなりました。恐らく、アレックやハルフィスにとっても。私には友達を大事にするという感覚がよくわかりませんが……それでも、できる限り協力します。まずはあなたを保護しないと」
「私を保護? どういうことです?」
「いくつか心理プロテクトをかけるのですよ。心の鍵を。此度の件が彼らの思惑通りに働かなかった場合、次に狙われる可能性が高いのはあなたです。ヴァルキリーとの繋がりがありますからね。あなたが何かを知っているかもしれない。連中はそう考えます。ですから、まずはガードを固めなければ」
エデルカは紙を新しく取り出した。必要に応じて感情も取り除けますが、と口添えして。
「感情は、必要です。マスターエデルカ」
「しかし、あなたは友達のこととなると周りが見えなくなるように思えます。感情を隔離すれば、そんなことはなくなるでしょう」
「マスターエデルカ。私からもお願いする。こいつの感情は奪わないでくれ」
「ドルイドリュース。ふむ、確かに必要以上に手を出せば、アレックの反感を買ってしまうかもしれません。では、そのように。大丈夫ですよ、クリスタル。恐れは何もありません」
エデルカはクリスタルの仲間たちに見守られながら、クリスタルにプロテクトを掛けていく。外にはエデルカの弟子が一人待機しているが、何かあれば仲間が見逃さない。
もしここでクリスタルに手を出そうものなら、エデルカは二度と陽の目を見ることはない。いくら導師クラスであろうとも、彼女は戦闘向きの魔術師ではないからだ。
自分を不安がらせない状況を創り上げたエデルカに敬意を示して、クリスタルは彼女の提案を受け入れた。
「お願いします、マスターエデルカ」
「私はあなたの師ではありません。マスターの呼称は結構ですよ。それに、あなたには親近感のようなものを抱いているのです。同じ銀の髪を持つ者として。貴重な同胞を壊したりしませんよ……」
では、この紙に目を落としてください。そう伝え、エデルカはクリスタルに防護魔術を発動させる。
※※※
あの子と初めて出会ったのは、中学校の入学式だった。
防衛戦争で戦うのが人間の義務です、と小学校で口酸っぱく言われていたから、何の疑問もなくそこに軍付属学校に進学した。防衛軍は引く手数多である。大して勉強ができなくても軍人にはなれた。
元々勉強が嫌いではない自分が、軍人になれない理由はない。戦う理由はなくても、戦う資格は揃っていた。
自分の進路に対して、疑いを持たないこと。他者の言うことに刃向かわないこと。それが人生の大前提だった。あくまでも、自分にとっては。だから、初めてあの子を見た時に、奇妙な感覚に陥った。
「青い、髪?」
染髪に関して、口やかましく言われる時代は終わった。というより、言う人間がいなかった。教師の数は慢性的に不足している。授業はドローンの監視の元、あらかじめ用意されたプログラムをこなせば十分だった。
それでもやはり青髪というのは金髪や茶髪よりも大いに目立つ。すぐに、その子は注目の的になった。
そして、しばらく時が流れると、容姿以外の部分にも注目されることになった。その子の内面、性格である。びっくりするほど人当たりがよく、誰にでも優しく接していた。いつもにこにこと笑顔をみせている。
「へらへら笑ってんじゃねえ! てめえ、バカにしてんのか!」
ある時、自分は廊下の先で青い髪の子とポニーテールの子の言い合いを目撃した。遠巻きに聞こえる会話に耳を澄ませてみれば、別の子を庇った青髪の子の態度が気に入らないという。怒鳴り散らす少女は口調とは裏腹にとても真面目であり、努力家で優秀だった。自分ができることは他人もできるはず、と信じてやまない性格だ。
そんな強気な性格なので、他者の反感を買うのは時間の問題だった。どうやら喧嘩の現場に青い髪の子は出くわし、仲裁していたらしい。
(何してるのかなー)
気になって、覗く。ドローンがまだ飛んできていないということは、そこまでひどく言い争っているわけではなさそうだ。深刻な状態へとなった時は、警備ドローンが取り締まる。機械的処理。加害者と被害者の仲裁など取り持たない。そのため、いつも暴力的な終わり方になる。加害者と被害者、どちらも精神的苦痛を伴う。
仲裁役を担うべき教師は、この場にいない。カウンセラーもだ。レール式に進学することが決まっている高校ではどうやら普通とは違う教師がいるらしいのだが、その教師も自分の教室のことで手一杯だった。
しばらく、遠くで口論は続く。最終的にはポニーテールの子が怒ってどこかへ行ってしまった。
青髪の子は、喧嘩していた片方を擁護する。そこで終わるものだろうと思った。しかし、聞こえてくる声を聞く分に、その考えは間違っていたらしい。
「メグミさんはまだよく知らないだけなんだよ。だから、あまり怒らないであげて。私が何とかするから!」
その子はお節介にも問題の解決に乗り出した。ポニーテールの少女、メグミの後を追いかける。
不思議と、自分の足も動いていた。何も考えず衝動的に、足取りを辿っていく。
そして、辿りついた先が屋上だった。ここにドローンは滅多にやって来ない。
青髪とメグミの会話を扉一枚隔てて聞く。最初は下でしていたような口論だった。だが、次第に打ち解けていく。彼女が仲介役となって喧嘩相手の子の言葉を伝えたからだ。彼女は、メグミが真実を知れば理解できると知っていたのだ。
きっとその時からだろう。その子の……青木ソラのことが気になりだしたのは。
「ソラちゃん……」
ホノカはベンチで項垂れていた。手元にはニーベルングの指環。
手の中には、親友を救えるかもしれない奇跡が握られている。しかし、勇気が足りない。
いや、何もかもが足りなかった。動機も意志も信念も。ホノカには戦う理由がない。生きる意味すらないように思えてくる。
一度ヴァルキリーを身に付ければ最後、否が応でも戦争に巻き込まれる。友達を救って終わりとはいかないだろう。
さらには、その思考はあくまでニーベルングの試練を突破できればの話に限られる。ホノカがやる気を出しても百パーセントソラを救えると決まったわけではない。
どうすればいいのか。いつもは他人から答えを得ていた。しかし、今、ホノカは決断を迫られている。
今まで他人に決断を委ねていたツケが巡ってきている。
「私は、どうすれば……。ソラちゃんは絶対に救うべき。でも、その後は? いや、先に心理適性が出ないと」
「何、してるんだ?」
「メグミちゃん?」
メグミが偶然近くを通りかかった。じっとしているのが耐えられず、医務室から抜け出してきたのだろう。そわそわして落ち着かない。思いつめたような表情を浮かべている。後悔の念も窺えた。
「ソラちゃんはまだ……」
「ああ。目覚めない。うめき声すら漏らさない。死んじまったように眠り続けている」
「し、死んだ――?」
「大丈夫だ。まだ、死んではいない。ヤイトとマリがジャンヌといっしょに矢の解明を続けている」
「だったら」
「でも、治療の見込みは薄いそうだ。ジャンヌの野郎は専門家じゃないんだと」
(……っ! なら、あの子だったら)
自分に助言めいた言葉を残したロメラの顔が脳裏に浮かぶ。だが、彼女の言動を鑑みても、直接手を貸してくれる可能性は薄いだろう。
やはり、自分でどうにかするしかない。自分で、決断するしかない。他人に流されるのではなく。
「私はっ!」
勢いよく頭を抱えて、指輪が手からこぼれ落ちてしまった。メグミが訝しんで拾い上げる。その正体に気付いて、お前、と驚いたように目を見開いた。
「ヴァルキリーシステムを使うつもりだったのか」
「わからない。どうすればいいのか、わからないよ……」
「……。そうだな、私にもわからない」
メグミは自分の左手の薬指にはめられた指輪へと目を落とす。ヴァルキリーシステムの起動因子はメグミの手中に収まっているが、たった一度しか応えてくれなかった。
ヴァルキリーになれないのはメグミも同じなのだ。だが、苦悩の方向性はホノカとは違う。メグミは戦う理由を持っている。負から始まった意志なのかもしれないが、今はれっきとした正の感情だ。
一度でも友達を守るために鎧を手にした彼女と、指環を付けてもいないくせにくよくよとしている自分では天と地ほどの差がある。乗り越えられない溝がある。
「ソラちゃんを救いたい……でも私には戦う理由がない……」
「そうだな。知ってるよ。お前は争いを好むタイプでもなけりゃ、敵を憎んでもいないし戦争に全く関心がない人間だ。……ハハ、ソラと出会う前の私だったら、説教垂れてたかもしれないな」
「メグミちゃん……」
「当時の私はクソヤローだった。自分の考えが絶対に正しいと信じて偉そうに色んな奴に文句を飛ばしていた。でも、あいつのおかげで、私は変われた。あいつは何度も私のことを助けてくれてる。だから、今度は私の番だ。そう思ったんだ。そしたら、スヴァーヴァになれた」
「今度は私の番……。義務感ってこと?」
「まさか。ただ自分のやりたいことをしただけだ。不純な動機かもしれねーけどな。多くの人間を救えるかもしれないシステムを、友達を救いたいという理由で使う……。多くの人にとっては知ったこっちゃないことかもしれねえ。そんな暇があったら、一人でも多く敵を殺せって思うかもしれない。でも、ヴァルキリーは人殺しを望む者には扱えねえ。なんていうか、着てみてわかった」
「どんなことが?」
「あったかい気持ちに包まれるんだ。人を守ろう、人を救おう。オーロラの輝きの中には、何ていうか、ちょっとクサくなるが、愛とでも言うべきものが含まれてる。……魔術の発動には想像力が必要らしいが、こいつを創造した魔術師は人と魔術師、どちらも救いたかったのかもしれないな」
「どちらも救いたい……。でも、私が救いたいのはソラだけ」
「かもな。でも、それでいいんじゃねーか? というか、私にも、世界中の誰にもお前に意見する権利はねーし、お前だってわざわざ耳を傾ける必要はねーよ。自分のしたいことをする。それが間違いであるかどうかは後にならないとわからねえ。そんなもんだろ」
「そう、なんだけど」
でも、本当にそれでいいのか。後悔はしないのか。そう考えるとホノカは動けなくなってしまう。
そこに声を掛けたのは、友達だった。口が悪く負けん気の強い友達と、死の淵をさまよう優しい友達。
「ソラなら、お前の行動がどちらでも絶対に支持する。仮に死んじまったって、化けて出てきたりはしないさ。応援だってする。私だってそうだ。だって友達だろ? お前がヴァルキリーになってもならなくても、それは絶対に変わらない」
「メグミ、ちゃん」
メグミの照れくさそうな笑い顔に、ホノカは目を奪われた。自分の思慮浅はかさに呆れてしまう。
何をうじうじ悩んでいたのか。自分がしたいことをすればいいだけだったのに。
自分はソラを救いたい。なら、その通りに動けばいいんだ。救った後のことは、救った後に考える。
成功しても失敗しても、何もやらずに後悔するよりは、何かをやって後悔した方がずっといい。
「ありがとう、メグミちゃん。私、自分のしたいことをやるよー」
「やっといつもの調子に戻ったか。その妙な話し方を聞かないと私も調子出なくてなぁ」
「メグミちゃんには言われたくないなー」
どういうことだよ、とメグミ。いつも通りのやり取りで二人は笑みをみせあった。
やると決めたからには、行動に移すだけだ。ホノカはニーベルングの指環を薬指にはめた。
※※※
「そろそろ頃合いかなぁ」
「ちょっと、私にも一口くれない? ここの食事は口に合わなくて」
ジャンヌの不満げな声が聞こえる。メローラは彼女の前で召喚した食事セットを平らげているところだった。ジャンヌは何度も生唾も呑み込みながら、メローラが頬張るステーキを眺めている。
「衛生上の問題がなんちゃらかんちゃら」
「問題なんてないじゃん! これ見よがしに見せつけてぇ!」
恨めしげなジャンヌの瞳。捕虜収容所は清潔に保たれているし、魔術によって人体に害を及ぼす菌の類は自動で消滅させられる。やろうと思えば、どこでも食事はとれた。例え、死体の山の上でも。やろうと思ったことは一度もないが。
「あなたの口からお肉の香りが漂ったら、疑われるでしょ。あなた、シャワーも浴びてないみたいだしね」
「だったら、せめて私にシャワーを――ぶはっ!!」
言われた通りにメローラはジャンヌの頭上に浮き島の湖を転送して差し上げた。ジャンヌの鎧の上を水は奔り、地面に着く前に湖へと戻っていく。メローラちゃんお手製のシャワーよ、と得意気に言うと、ジャンヌは怒り心頭と言った様子で檻をがしがしと揺らしていく。
「ふざけないでよーっ!」
「ふざける? 冗談。真面目も真面目、大真面目よ」
ステーキをまた一口。ジャンヌは攻撃できず、口撃でしか刃向かえない。メローラが感心してしまうほどに、この銀の牢屋はよくできている。魔術の発動を阻害するのは銀だ。魔術師はその特性を理解している。もっとも、阻害するだけで打ち消す効果はないため、檻か手錠を作るぐらいにしか使い道はない。
「ん、来たな」
メローラは食事を終えて、立ち上がる。魔力を遠方から感知した。昼間攻めてきた魔術師だ。
さて、どのように事態は転ぶのか。メローラは楽しみでしょうがない。しかし、どうやらジャンヌは違うようだった。
「ソラって子の容体は大丈夫なの?」
「さぁ。何で? 同情でもした?」
「違うわ。違うのよ。これでもしあの子が死んで……その責任が巡り巡って私に来たら――」
ぶるり、と身震いするジャンヌを見て、メローラは大笑いした。ジャンヌが笑いごとじゃない! と叫び返したので笑声を止め、
「大丈夫よ。純潔を散らすあなたの姿をしかと目に焼き付けてあげるわ」
「全然大丈夫じゃない――!」
「はいはいまたね」
おざなりに別れを告げて、メローラは収容所を後にする。ヴァルキリーについてある程度の情報は得られたが、まだ謎は残っている。できれば、ソラには生きていて欲しいがホノカはどう選択したのか。
「ブリュンヒルデを眠りから覚ましたシグルズは恐れを知らぬ者だった。敵を敵と恐れぬソラ。……友を救うため、戦乙女を纏うか悩むホノカ。さぁ、運命はどう動く?」
メローラは微笑む。愉しい。謎は、疑問は、先が見えない展開と言うものは、心が躍る。
※※※
上空には、弓兵が姿を現していた。黒き鎧を纏う先兵は弓を構え、出てくるはずの敵を待つ。
果たして、一人のヴァルキリーが現われていた。赤い鎧。ジャンヌを撃退したスヴァーヴァだ。
「ということは間に合わなかった、か。増援もなしか。ふむ、よほど用心深い相手なのか」
弓兵は狙いをスヴァーヴァに付ける。ヴァルキリー一体、屠ることなど造作もなかった。こんなことならば、さっさと始末し、オーロラドライブだけを回収すれば良かったのだ。判断を誤った――。そう思いながら、男は弓を穿とうとする。
が、スヴァーヴァは、地上に立つまま浮上しない。これには男も訝しむ。男は空中で弓を構えている。上がって来ないということは、戦意喪失の表れか? いや、違った。
その横に、初めて見るヴァルキリーが姿を現す。こちらは黄色。とはいえ、二体程度では驚かない。
「新しいヴァルキリーか。これは収穫だ。待ったかいがあったというものだ」
敵が増えても、男は動じなかった。いくら強力な兵装とは言え、人間相手に後れを取るはずがないからだ。
だが、さしもの男も、三体目の登場は予想できなかった。昼間打ち倒したはずの少女が、槍と盾を持ち二人の元へと着地する。毒が回って、死んでいたはずだった。どれだけタフだったとしても持ちはすまい。
「ともすれば、まさか。そのヴァルキリー」
黄色のヴァルキリーの能力を思い当たり、男は苦りきった笑みをみせる。そも、男のやるべきことは変わらない。敵が何体増えたとしても。ゆえに、弓に矢をつがえた。
ヴァルキリーたちもまた、それぞれの武装を手に持ち動く。
「行こう、メグミ、ホノカ!」
ソラの掛け声とともに、三人の戦乙女が飛翔する。