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戦乙女の鎮魂歌  作者: 白銀悠一
第二章 覚醒
16/85

漆黒の罠

 メローラは急いで眠り姫のところへ戻っていた。自分と同じトレードカラーである青を身に纏う戦乙女のところへ。防衛軍が自分に疑っていることを、彼女は既に気付いている。ばれたところで力技で押し切れるが、なるべく発覚することは避けたい。

 防衛軍に、というよりも浮き島に引きこもる魔術教会に。


(あのバカはすやすやと――おっと)


 少し、驚く。誰に見られずソラのところへ戻るはずが、ホノカという名の少女と鉢合わせてしまった。メローラを歳相応の小さなロメラだと思っているホノカはあれー? どうしたのー? と独特の口調で尋ねてくる。


「ソラちゃんといっしょじゃなかったのー?」

「ソラお姉ちゃん、ぐーすか眠ってるだもん」

「ええー。訓練で疲れちゃったのねー」


 ホノカはさも驚きもせず言ってくる。彼女はロメラをただの子どもだと思って油断している。外見は子ども、中身は大人だというのに。

 これが好機だと感じたメローラは、思い切って訓練について訊いてみることにした。


「ソラお姉ちゃんは何の訓練をしているのーっ?」

「んー、人を……みんなを守る訓練だよー」


 返ってきたのは子どもに対するテンプレートのような返答だった。しかし、わざわざみんなと言い直したのが引っかかる。

 みんなってだあれ、とカマを掛けてみる。正直者らしい彼女は素直に応えてくれた。声量を控えめにして。


「これはお父さんには内緒だよ? ソラちゃんはねー、人間と魔術師、どちらも守るために戦ってるんだー」

「へー、そうなんだ。どちらも」


 なかなか興味深い話が聞けた。メローラは顔を俯かせて、笑みを隠す。やはりソラという少女は大馬鹿者らしい。しかし、バカというのは利用できる。ただのバカならどうしようもないが、恐れを知らないバカならば、目標へ到達するための手段の一つとして使える。


(戦争か平和かなんてどっちでもいいもんね。ふふふ、応援してあげるわよ……ブリュンヒルデ)


 メローラは多くの高位魔術師がそうであるのと同じように、戦争自体に関心を持っていない。どちらでも構わないのだ。その状況に合わせて最善の方法を選択するだけだ。

 ゆえに、手段構築には手を抜かない。手札は何枚あったっていいのだ。ゲームルールを取り仕切るゲームマスターなど、この世界には存在しないのだから。


「ソラちゃんは優しいから……」

「でも、世界は残酷だけどね」

「え?」


 子どもとは思えない大人びた発言に、ホノカが目を丸くする。瞬間、基地内に警報が鳴り響いた。基地の反応はどう見たって遅すぎるが、メローラには検知できている。そろそろ動き出すと思った頃合いだ。


(小手調べの斥候ってところかな。ああ、哀れジャンヌ。あなた、味方として数えられてないわよ)


 メローラの見立てでは、今手綱基地を襲撃する魔術師は囚われのジャンヌことなど眼中にない。これが魔術教会の面倒くさい複雑さだった。

 既にジャンヌや、自然を愛するドルイド、穏健派のマスターアレックの弟子がヴァルキリーと戦闘済み。しかし、彼女たちの奮戦はなかったことにされる。派閥同士のしがらみのせいで。魔術・魔導書の執筆から、歴史の調査、浮き島の行動管理までを統括する書き手エデルカには報告されないだろう。エデルカ自身がどう思うかは知らないが。これは魔術教会の古い慣習だけではなく、それ以外の問題も大きい。


古代の魔女おばさんミルドリアに邪魔をされる美女エデルカ。ああ、くだらないくだらない)


 自分には無縁である女の一方的な嫉妬に失笑していると、ホノカがロメラの手を繋いで、避難するよと走り出した。


「へぇ、お姉ちゃんは戦わないんだ」

「私は……。力がないもの」


 なるほど、とメローラは感心する。

 つまり、力があれば戦ってもいいと思っているらしい。しかし、その考えは軽薄だ。信念や情念、義務感や正義感ですらなく、人に流されるまま、友達が戦っているからという理由で戦場に焦がれている。


(まぁ、あたしには関係ないけど。でも、ソラには負けて欲しくないと思ってるしなぁ)


 メローラは走りながら、自身に都合の良い答えを出せる方程式を組み上げ始める。



 ※※※



 ぐっすりと眠りに落ちていたソラは、喧しいサイレンの音で目を覚ました。敵襲である。


「いけない……っ! ロメラちゃん?」


 名前を呼んでもロメラは姿を現さない。と、ホノカから、ロメラの身柄は保護しているとの連絡が。

 ロメラの無事が確認されたなら、自分がするべきは敵の迎撃だ。ソラはニーベルングの指環に念を送る。指輪はすぐソラに応えてくれた。オーロラが輝き、青と白の二色で彩られる鎧と、羽根つきの兜が身体に装着されていく。


『装着完了。ヴァルキリーブリュンヒルデ』

「よし……!」


 ソラは天空を駆ける。眼下へと目を凝らすと、マリとヤイトがパワードスーツを装備し、銃を持って戦闘を開始するところだった。その後から、メグミも出てくる。


「私もスヴァーヴァに……!」


 メグミもまたヴァルキリーシステムを起動させようとした。だが、訓練の時と同じように上手くいかない。メグミがヴァルキリーになれたのは、ジャンヌとの戦闘時だけだった。それ以来、一度もニーベルングの指環は応えていない。


「何でだ、くそっ!」

「下がってて、メグミ。私なら大丈夫だよ!」


 ソラはメグミを下がらせて、マリとヤイトに合流する。着地をし、右手に銃槍ガンスピアを、左手にブリュンヒルデの盾を装備。戦乙女の基本装備で、遠くに見える魔術師を目視する。

 その敵は弓兵だった。紫の髪に禍々しい黒の鎧。闇属性か、とのヤイトの呟き。


「ソラ、わかってると思うけど、あの矢には当たらないでね」

「もちろん。行きます!」


 遠距離武装を持つ以上、敵は地上付近へと降りてこない。ソラが直接向かうしかなかった。

 手綱基地からの援軍はない。戦闘機の類はほとんど失われ、今は補給物資待ちだ。ソラが単独でどうにかするしかない。


「クリスタルの時と同じ感じで!」


 ソラは銃槍で魔弾を連射し、盾で身体を隠しながら、弓兵へと接近していく。

 幸いにも、射撃戦はクリスタルとの戦いでコツを掴んでいる。一度できたのなら、二度目も可能なはず。


「ふむ、あれが例のブリュンヒルデ。これほどの魔弾放出だというのに、勢いが落ちぬ。これがオーロラドライブか。……あの方の言う通り、これを確保するのが最も効率的か」


 弓兵は弾丸を回避しながら、ぼそぼそと独り言を呟き、やっと矢筒の矢に手を伸ばした。難なく銃撃を避けて、弓につがえる。放たれた矢をソラは盾で受け止めた。


「避けるのではなく、防ぐか。錬度は中の下程度。しかし……適応能力は高い」


 ソラは焦らず、盾に刺さっていた矢を槍で切り落とした。対魔術師の基本対処法。魔術師が何かを放った場合、防いだり避けたりしても、何かが起こると予期しなさい。マリの教育はソラの頭に叩き込まれている。


「伸びるな、こいつは。……だからこそ、か」


 魔術師はソラを試している様子だ。だが、そのような魔術師特有の油断は好機だった。

 敵は、こちらを弱いと思っている。弱さは敵の油断を誘える強みだ。ソラはその隙に付け入るべく加速する。

 敵がまた矢をつがえた。しかし、ソラの方が速い。矢がこちらに放たれる前に、槍で攻撃できる――。


「戦闘力は把握した。次は、心情だな」

「ッ!?」


 てっきりソラに穿たれると思った矢の狙いは彼女ではなかった。遥か下、マリかヤイトか、退避している防衛軍人か。あるいはその全員か。ヴァルキリーシステムで武装しているソラなら防御できる矢も、人間にとっては防ぎようのない暴力だ。


「どうする? 戦乙女よ。人間の守護騎士よ」

「く――!」


 考えるべくもなかった。ソラはみんなを守るために戦っている。敵を倒すためではない。

 急降下したソラは槍に搭載されるマシンガンで矢を撃ち落とそうと試みる。だが、不規則な軌道で矢に避けられた。


(直接叩くしかない!)


 下方では、マリとヤイトも矢に射撃を行っている。こちらも当たらない。歯噛みするマリとヤイトの顔。

 ソラはオーロラドライブの出力を向上させ、風を切り、物理法則を歪め、重力に抗いながら切迫する。近づけば近づくほど禍々しい魔術式が見えた。ヴァルキリーシステムが警告。


『特殊術式を確認。破壊を推奨します』

「特殊、術式!」


 術式の正体は謎だが、放置する訳にはいかなかった。魔術師はたった一本の矢で一つの街を壊滅させる。常識は通じない。現代兵器では考えられない破壊力を魔術は有す。有り得ないと鼻で笑っていた人間たちは、墓にすら埋めてもらえなかった。


「急げ!」


 ソラの祈りが通じたのか、彼女は矢の横についた。後は槍を振るい、矢を破壊するだけ。

 そう思っていた彼女の予想を、矢は、上空でほくそ笑み魔術師は裏切ってみせた。


「えっ?」


 矢が方向転換をした。ソラの方へと先端を向け、矢じりが肩へと突き刺さる。ブリュンヒルデの鎧を浅く貫通した矢は、ソラの右肩を軽くえぐった。

 うッ! と短い悲鳴を上げる。盾を投げ捨てると、左手で矢を掴んだ。下手に矢を抜けば出血してしまうが、矢を媒体にして魔術が発動されるよりはマシだった。


『ソラ、大丈夫!?』

「う、うん……何とか」


 痛みで顔が歪む。しかし、戦闘状態にあるからなのか、あまり痛みは感じない。今気にするべきは敵。そう意識を傷から魔術師へと変えて、宙に浮かぶ敵を睨み視る。が、意外なことに魔術師は空間転移で撤退していた。思わず拍子抜けしながらも、ゆっくりと地上に降下する。

 地に足を付けたソラの元に、マリとヤイト、メグミが駆けてきた。ソラは落ちてきた矢をへし折って、術式の機能を停止させると、変身を解いてみんなの元へと歩み寄った。


「大丈夫だった?」

「何でお前が私らのこと心配すんだよ。自分の心配が先だろうが!」


 みんなのことを心配したソラは、メグミに起こられてしまった。うん、そうだね、と言いながら左手で後頭部を軽く掻く。


「でも、私はブリュンヒルデを着てたし平気だよ。ほら、ちょっと痛いけど、何ともないし」

「……本当に何ともないの?」


 マリが問い詰めるような視線と共に、質問を投げかけてきた。しかし、問われてもソラは何も感じない。そのため、こっちではなくそっちに何かありはしないかと考えての案じだったのだが……。


「ただ様子見をしてただけだと思うよ。……対策を考えないといけないね」

「……お、おいやっぱり何かされてるんじゃないか?」

「どうして?」


 メグミが本気で不安がって訊いてくる。質問に質問で返すと、彼女はだってなぁ、と言葉を濁し、


「お前がそんなまともなことを言うなんて……なぁ」


 失礼なことを言ってくる。マリも珍しくメグミの意見に賛成し、首をこくこくと縦に振っていた。


「失礼な! 私だって成長してるんだよ!」

「……」


 ソラが頬を膨らませている横で、ヤイトは折れた矢を観察していた。斥候スカウトの技術を会得しているヤイトは、じっくりと矢を眺めて、おかしいと独り言を漏らす。


「やっぱり、この矢には仕掛けが施されているとしか思えない。ソラさん、本当に大丈夫?」

「私は全然……へぃき……あれ?」


 ぐらり、と視界が揺れる。一瞬地震でも起きたのかと錯覚したが、違う。ソラ自身が揺れている。ふらふらとよろめいて、マリに支えられた。立っていられなくなり、地面へ座り込んでしまう。


「お、ぉかしぃな。ひんゖつかな……あは、は」

「ソラさん……! マリ、衛生兵を呼ぶんだ。メグミさん、手伝ってくれ。ソラさんを医務室へ運ぶ」

「お、おい! しっかりしろ、ソラ!」


 メグミの声が、周囲の喧騒が段々遠退いていく。まるで一人だけ世界から取り残されたような感覚だった。孤独がソラに襲いかかる。怖く、悲しく、苦しいが、ソラは痛みに呻くことすら許されない。


「あ、ぁ……」


 ソラは声すら上げられないまま、意識を失った。



 ※※※



「ソラちゃん!? 一体何が……!」


 ホノカが慄き、ストレッチャーに乗せられて医務室へ運ばれていくソラを見送る。並走するメグミやマリが声を掛けているが、ソラは全く反応していない。完全に気を失っているのだ。


「……毒ね」

「――え?」


 横に立つロメラの意味深な呟きにホノカは眼を見開かせた。しかし、ロメラはそれ以上何も言わず、勝手にずかずかと廊下を歩き始めてしまう。


「ロメラちゃん、そっちは!」


 吸いこまれるかのようにロメラは第七独立遊撃隊の保管庫へと歩みを進め、勝手にドアを開いて中へと入っていった。ホノカが後を追うと、ロメラはごそごそとパッケージやケースを開き目当ての物を探していく。


「ダメよ、勝手にいじっちゃ!」

「四の五の言ってる場合じゃないと思うけどなー。ここの設備じゃ、あの子は助からないよ?」

「ロメラちゃん、あなたは一体……」

「あたしのことよりも、ソラお姉ちゃんの方が大事だと思うな。はい、これ。ソラお姉ちゃんも同じのを付けてたよね」

「ニーベルングの指環……」


 手渡されたニーベルングの指環には、エイルという単語が彫られている。液体入りカプセルに浮かぶヴァルキリーをホノカは見上げた。手綱基地に存在する最後のヴァルキリー。名前はエイルという。北欧の古い言語で、慈悲や援助を指す言葉だ。


「わ、私は……」


 ホノカは指輪を慄きながら見つめる。ヴァルキリーシステムはそれぞれ違う機能が搭載されているという。中身が何であるかは、実際に装着してみなければわからない。逆に言えば、窮地に陥ったソラを――ロメラの言葉が真実であればだが――助けられる可能性があった。


「でも、私は……どうすれば」


 いつものおっとりした口調ではなくなっている。余裕がないのだ。パニックを起こす寸前だった。ホノカにはソラのような寛容さも、メグミのような負けん気もない。二人とも、いつもホノカを羨ましがっていた。容姿だったり、学力だったり。しかし、ホノカ自身は自分が羨ましがれるほどの人間だと思ったことは一度もない。

 いつも誰かの後ろにいて、優柔不断に、他者の意見だけを聞く存在。それがホノカだ。人に流されるだけの脆弱な人間だ。


「く、私――う」


 狼狽し、取り乱し、ホノカは座って自分の殻へと閉じこもってしまう。その様子を間近で眺めているロメラは、ふーん、そうなるんだと無関心な体でしゃべり出す。


「あたしは別にどっちでもいいよ。どっちに転がろうと目的は変わらないし。見殺しにするのがあなたの選択だというのなら、それはそれでいい。説教する義理はないし、理由もないからね。あなたは昔のあたしとタイプが似てるし。他人に流されてもいいと思っちゃうタイプ」

「う……」

「その性格自体は悪くないでしょ。幸運なことにあなたは友達に恵まれてる。友達がくそ野郎だったら、その選択は愚かだったけど、今の状態なら現状維持でも問題はない。そこからどうするかはあなたの勝手。……でも、このままじゃ哀れだから、ちょっとだけ助言をしてあげよっかな」

「助言……」


 ロメラが普通の少女でないことは明らかだったが、それを指摘する余裕はホノカにはなかった。ただ話を聞いていく……流されるままに。


「殻はほんの少しでもヒビが入れば簡単に崩壊する。……そのヒビを入れるかどうかはあなた次第。タイムリミットは十二時間ってところかな。じゃあ、たっぷり苦悩してね」


 お花を摘みにいこーっ! と元気よく言いながら、ロメラは部屋を出ていく。残されたホノカはその背中を追えない。


「ソラちゃん……私は」


 ホノカは指輪を握りしめながら、苦悩する。困難なことに、指輪を付ける覚悟をした後も、指輪の課す試験に合格しなければならない。



 ※※※



 メローラが収容所へ向かうと、ヤイトが折れた矢をジャンヌにみせているところだった。唐突に矢をみせられたジャンヌは困惑気味だ。


「お願いだ、ジャンヌさん。この矢に書かれた術式が何であるかを急いで教えてくれ」

「そ、そんなこと言われても……。私はこの類の魔術に詳しくないし――」


 ジャンル別に学者が存在しているように、魔術師にも得意不得意はある。ジャンヌの魔術は史実再現プラス創作付与だ。ジャンヌが魔術を使って部隊を鼓舞したという記録はない。そこにあたかもジャンヌが魔術を行使できたかのようにして作成されたのが、ジャンヌの独自術式“英雄鼓舞”である。

 ジャンヌの旗によって友軍の士気を増大させ、戦闘力すら飛躍的に向上させる。彼女自身の戦闘能力はしょぼいが、エンチャンターとしてはかなり優秀なのだ。単独での戦闘を推奨する教会の掟のせいで燻っていた彼女を、メローラは光る原石として仲間に引き入れた。

 メローラが室内へ入ってきたことにジャンヌは気付く。清潔に保たれた収容所内には警備ドローンを除いて三人しかいない。ヤイトはメローラに気付いているのかいないのか、とにかくジャンヌに矢の解析を頼んでいる。

 メローラは、手でオッケーの合図を送り、ジャンヌはわかったと返答した。ヤイトがありがとうと感謝を述べる。

 メローラが静かに施設から出ようとすると、背中越しにヤイトが声を出した。独り言を装っているが、メローラに対して放たれている。


「君がどこの誰かはわからない。味方か敵かも判断できない。でも、協力には感謝するよ」

(どういたしまして。ふふ、賢い男は嫌いじゃないわ)


 メローラは敵に姿が露見したかもしれないというのに、上機嫌に鼻歌を歌いながら出ていく。ばれたところで問題ない。これが魔術師の強さであり、余裕だった。気にするべきは防衛軍ではなく、遥か空に浮かぶ魔術教会だ。魔術師の敵は魔術師である。


(しかし、奇妙ね。どうしてソラを殺さなかったの? 炙り出し?)


 ヴァルキリーが一体以上存在することは、ジャンヌのおかげで明らかとなったばかり。ソラに毒を盛った魔術師は、殺せたのにわざと見逃した。何か考えが合っての行動であることはバカ以外なら誰にでもわかる。


(他に何体ヴァルキリーがいるか様子を見ている。ふふ、どうして?)


 こういうおかしな謎がメローラは大好きだった。頭を回して推理するのは愉しい。頭脳を明晰にし、様々な思索を繰り返しながら、答えへと辿りついていく。答えを求めるのも好きだが、式を構築するのも捨てがたい。

 疑問を解消する方法はいくつかある。証拠を集めるか、証言を聞いて回るか、自分で答えを導き出すか。メローラはどれも好みだ。だから、全て行う。

 カギの一つはオーロラドライブだ。早くごたごたを片付けて、これが何であるかを知りたい。今のところ、どうやって動作しているのかは謎だ。どう見繕っても大規模な魔術装備なのに、彼女たちは魔術師ではなく人間だ。

 そもそも、このようなイレギュラーをどうやって防衛軍が入手したかが気になる。そして、なぜ今まで使わなかったのかも。


(ホノカはまだ悩める乙女かな。……もうちょっと、保管庫を覗きたいんだけどなぁ)


 ああ、失敗しちゃった。メローラは己の失敗を気にする様子もなく、ロメラとしててくてく基地の中を歩き回る。自分の足で、自分の意志で。他の誰にも縛られることもなく。


(今頃、浮き島ではどんな計略が進んでいるんでしょうねぇ。ま、ブリトーちゃんなら大丈夫だろうけど)



 ※※※



 浮き島にあるアレックの屋敷からは、また喧騒が外へと響き渡っていた。原因は、クリスタルである。精確には、クリスタルの古き友人であるソラのせいだった。


「離して! このままじゃソラは……!」

「ダ、ダメだってー! 準備もなしに行くのは危険だよ!」


 きらりがクリスタルの左手を掴んで離さない。きらりと、クリスタルの前で両手を広げるレミュが気にしているのは防衛軍ではなく、ソラを襲撃した魔術師とリュースたちを襲った円卓の騎士だ。

 教会の戦争関連の“雑務”を一手に円卓の騎士。その息のかかった戦士は、今も手綱基地を監視している。そこに嫌われ者の現代流派が飛び込めば、どんなことをされるか想像に難くない。最低限、アレックが戻ってくるまで待つべきだった。


「せめて、ハルフィスじいさんが帰ってくるまで待てよ。心配なのはわかるけど……」

「あれは毒なのよ。このまま放置していたら、ソラは死ぬ」


 ソラが死ぬ。改めて口から放つと、その言葉の恐ろしさにクリスタルはゾッとした。

 死ぬ。ソラが。一度浅はかにも罵倒してしまったけれど、彼女は自分にとって戦う理由だ。仲直りもできずに……いや、再会しまた遊ぼうと約束したのだ。ソラは絶対に死なせてはならない。


「そうよ、リュースの言うことを聞くべきだわ」


 カリカも玄関での攻防戦に参加を果たした。反対意見を述べるメンバーがぞくぞくと増えている。

 だとしても、不安でたまらない。頭がおかしくなってしまいそうだった。

 ソラが死ぬ。ソラがいなくなる。この世から、大切な友達が消え失せる。


「どいて! お願いだから!」

わたくしからもお願いします! 今は堪えてください……!」


 火事場の馬鹿力とも言うべき力をクリスタルは発揮して、きらりを引きずり始めた。慌てて後ろから説得していたリュースもきらりに加勢する。そこにカリカも加わった。最後に、レミュが正面から停止を試みる。

 クリスタルはあああっ! と気合の叫びをあげて、即席で衝撃波の術式を脳内に構築した。悲鳴を上げてみんなが吹き飛ぶ。これがクリスタルの特性。様々な術式を自分の思い通りに創造できる。一つ一つの魔術の威力は弱いが、応用力が通常の現代流派に比べても高い。


「く、クリスタルぅ」

「いけません、クリスタル!」


 友達の諫言を振り切って、クリスタルはドアノブへと手を掛ける。が、掴み前に勝手に開いた。自分と似たような銀髪が彼女の目に入る。


「何ごとですか?」

「エデルカ……?」


 前には魔導の記し手エデルカが立っていた。書物を左脇に抱え、感情の読めない表情をみせて。

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