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戦乙女の鎮魂歌  作者: 白銀悠一
第二章 覚醒
13/85

眠らせる者

 戦旗がはためく。旗にはイエス・キリストと天使の絵が描かれる。かつてジャンヌ・ダルク――彼女が再現する史実の人物――が、百年戦争のおりに装備していた旗だ。ジャンヌは、神に自分の居場所を明示するために戦旗を持ってフランスの軍勢を扇動していた。これには、敵を殺さなくても済むようにという理由も含まれている。それはもちろん、安全面を度外視しての行為だった。旗を持つということはそれだけ戦場で目立つことになる。

 ジャンヌは敵を殺さなかったという証言がある。しかしこれは、ジャンヌが弱者であったという証明には成り得ない。

 そんなジャンヌを後目に立つ、伝説の偉人や神話の英雄の力を獲得した強者三名が、ソラを倒すべく向かって来ている。


「同時に攻めてきた!」


 魔術師は単独で行動することが多いと相賀から聞いていた。もしくは、複数人で現れても、戦うのは一人のみだと。しかし、手綱基地を攻撃をする魔術師たちはそのルールから外れているようだった。或いは、ルールを守るのがバカらしくなったのか。


「騎士道精神の欠片もない!」


 マリが怒鳴る。しかし、敵は意にも留めない。三対三なのだ。どれだけスペックが違くとも。なれば、卑怯とは呼べなかった。そもそも、戦場に卑怯もくそもないというのがマリの信条であり指導方針だ。

 ソラはクー・フーリン、マリはディルムッド、ヤイトはブリトマートという組み合わせだった。ジャンヌは後方で旗を振っている。それぞれ銃槍ガンスピア、万能ライフル、ロングマガジン装備のマシンピストルで、ソラたちは各自の槍兵たちと交戦する。


「魔弾か、遅いな」


 クー・フーリンは銃槍から放たれる魔弾を槍を回転させ全て叩き落とした。ただでさえ身軽で芸達者な英雄である。いくら科学と魔術の産物である銃槍を用いても、魔弾の速度では遅すぎた。

 ソラの銃ですら速度と威力が足りない。そのため、他二人の通常兵器による銃撃は、もはや攻撃とすらカウントされていなかった。


「く、何……照準が逸れる」


 射撃スキルの高いマリの弾道はディルムッドから外れていた。まるで不思議な引力に引きずられているかのように、弾はディルムッドの横や上へと飛んでいく。さらには思考も散漫となり、普段の調子が発揮できない。しばらく回転の遅い頭で考えて、自分がまんまと敵の術中にハマっていることにマリは悟った。


「そうか……魅了チャーム――」

「女であったことが仇となったな。悪いが俺は男女平等主義者だ。女だからとて容赦はせぬぞ」


 ディルムッドに押されるマリを横目で確認したヤイトは、どうにかして援護しようと左手で拳銃を抜く。が、ブリトマートの魔法槍がそれを赦さない。槍が縦に奔り、ヤイトの左手を叩きつけた。裂傷は避けたものの、打撃ダメージのせいでヤイトの手から拳銃が零れ落ちる。


「美人の上に強いのか……!」

「私の相手はお前であろう。戦場いくざばでの油断は禁物だぞ」


 押され気味の二人を目の当たりにし、ソラも支援のためまずはクー・フーリンを押さえつけようと奔走する。魔弾を連射しながら銃槍で突く。が、敵も槍の使い手だ。槍の初撃が刺突であるくらい、頭で考えなくてもわかる。敵は難なく躱し、槍を突き返してきた。ソラは攻勢に出ようと盾でゲイボルグの一撃を防ぐ。――それが間違いだった。


「掛かったな、ブリュンヒルデ」

「何がッ!?」


 退魔の力を付与されているブリュンヒルデの盾が無残に砕け散る。槍で防いだ個所から、三十にも渡る槍が放出されて。ゲイボルグは絶対に防いではならない。これがクー・フーリンが師である女戦士影の者スカサハから伝授された槍の恐ろしさだった。伝承では、親友であるフェルディアと決闘をした時、彼の堅牢な防御をゲイ・ボルグが打ち破っている。


「これで俺の凄さを実感してもらえただろう。さぁ、瞠目し、慄き、後悔の念すら抱く間もなく惨死しろ!」


 ソラは死ねない、と誰でもなく自分自身に喝を入れて、左手に槍を持ち替え、右手で剣を抜いた。防げないのなら盾の意味はない。幸運なことにブリュンヒルデには機動力がある。しかし、それは相手も同じだった。クー・フーリンはスカサハから跳躍術も学んでいる。さらには、魔術師のほとんどが浮遊できる。


(本気で私を殺しに来た敵……!)


 今までの敵はどこか手を抜いていた。リュースは元々戦闘能力の低いドルイド。ローレンスはマリの見立てでは薬草術の得意なだけの魔女。ヘルヴァルドはソラの覚悟を推し量るために手加減をし、クリスタルときらり、レミュはソラをソラと認識した瞬間に撤退をしていった。

 だが、今回は違う。ジャンヌ・ダルクが引きつれた少数部隊は、ソラを殺すために遥々浮き島からやってきた。


(私が何とかしないと)


 ソラは退魔剣を強く握りしめて、クー・フーリンへと突撃する。槍と剣の合わせ技。しかし、普段はどちらか一振りで戦っていたため錬度は低い。とはいえ、剣技も槍技も劣っているのだ。ならば、奇をてらって相手の意表を突くほかなかった。

 突かれるゲイ・ボルグを槍で受け止め、退魔剣をクー・フーリンへと繰り出す。

 が――。


「白羽取り!?」

「この程度、造作もないぞ」


 クー・フーリンはにやりと笑うと、ソラの胴体目掛けて蹴りを放った。

 かはっ、と息を漏らして、地面を転がる。だが、寝ている暇はない。クー・フーリンは槍を構えてソラを刺し殺さんと飛び掛かる。


「終わりだ、戦乙女!!」

「――ッ!?」



 ※※※



「まずい……ソラが、あのバカがやられちまう……」


 食い入るようにモニターを見つめていたメグミが、考えられる最悪の結末を口に出した。敵は強く、数が多い。こちらの人数が多ければソラをサポートできたかもしれない。そう思うと、メグミの中にやり切れない思いが巡る。


(同じじゃねーか。ジャンヌ・ダルクと。史実の通りに……いや、史実よりも――)


 ソラをジャンヌと見立てて、メグミが歯噛みする。ホノカが大丈夫と案じてきて、とりあえずは大丈夫と答えた。そう、メグミは大丈夫なのだ。危険なのはソラたちだ。


(くそ、ソラは何も悪いことしてねーだろ……! チクショウ、何なんだ奴らは。戦争の早期終結が目的じゃなかったのか! っというか、後ろのジャンヌは何をしてやがる。旗を振って応援か? いや、待て。応援だと……?)


 メグミは意外と冷静に状況を分析できる自分に驚きつつも、ソラたちと交戦する英雄たちではなく、後ろで旗を振り、魔術師たちを扇動するジャンヌを注視する。彼女はずっと声を高らかにして、クー・フーリンやディルムッド、ブリトマートに声援を送っていた。歴史書に記される史実の通りに。


「そうか、そういうことか! これがジャンヌ・ダルクの魔術か!」


 ソラはバカだが、実力がないわけではない。いくら何でもここまで翻弄されるのはおかしいと思っていた。その原因がジャンヌだ。魔術である以上、彼女の存在には何かしらの意味がある。

 しかし、トリックがわかったところで、ソラたちの不利には変わりない。もう一人必要なのだ。ジャンヌと相対できる頭数が。

 そうとわかれば止まってはいられない。友達の危機なのだ。メグミはソラに救われた。そろそろ、その借りを返すべき時だろう。


「ッ!」

「メグミちゃん! どこに行くの!?」

「私にしかできないことをやりに行く!」


 メグミは駆ける。第七独立遊撃隊にあてがわれた保管庫へ向けて。メグミの心の中では、復讐心や憎悪よりも、友達を救いたいという気持ちが勝りつつあった。手に握られる指輪から、淡い虹色がこぼれ出す――。



 ※※※



「しまった……!」


 槍を躱した後に繰り出された斬撃によって、マリの主武装であるライフルが真っ二つにされた。ディルムッド・オディナもクー・フーリンに負けず劣らずの芸達者な戦士である。彼の持つ真の組み合わせ――ゲイ・ジャルグとモラルタ。槍と剣の同時装備は、ディルムッドの武具の中で最も優れた形態だ。あらゆる魔術を打ち砕く魔法の赤槍と全てを切り裂く魔の剣。

 短槍である黄槍ゲイ・ボウは傷口を修復不能にする呪いを秘めているが、マリ相手に使用しても大した効果は得られないという判断から使われていないようだった。ベガルタもまた然りだ。


「よもやほくろが決定打になるとはつまらぬ結末だが、これも戦。せめて散り際は華やかに」

「このおッ!」


 マリは力の入らない右手で殴打を振るう。そして、あっさりと避けられる。足払いされて、コンクリートに強化服を打ち付けた。頬を紅潮させながら、悔しそうに地面を叩く。


「マリ……!」


 ソラはマリが窮地に追い込まれる姿を脇目で見ながらも、何の援護もできなかった。銃槍はゲイ・ボルグに突かれて破壊され、今の武装は右手に握られる退魔剣のみだ。銃槍の修復にはまだ時間が掛かる。代わりに、ソラは拳銃を左手に召喚して、射撃した。オーソドックスなオートマチック・ピストルのささやかな銃撃がクー・フーリンに迸る。


「魔弾では遅いぞ、ブリュンヒルデ」


 飛来する銃弾よりも、クー・フーリンの速度が速い。常識とこの世の物理法則をぐちゃぐちゃに捻じ曲げて、疾走するクランの猟犬。槍はいとも簡単にソラの銃を貫いて、またもや三十の槍に襲われる。


「くッ!」


 ソラはぎりぎりで回避したが、飛び出した槍の一つが彼女の左肩を軽く抉った。青白の鎧に傷がつき、傷口から血がこぼれ始める。鎧を伝った血が左手へと流れ、ソラは戦慄した。

 血。自分の血液。生命の源が、雫のように流れている。これがたくさんこぼれれば、ソラの生命機能は停止し、死という名の静寂が訪れてしまう。


(私は、死ねない――。クリスタルとわかり合うまで! ううん、クリスタルとわかり合っても死ねない! 死ねないのに!!)


 ソラの事情などお構いなしに、死の暴虐は進行する。これが戦場、これが戦争だった。人間は不平等だと嘆くものもいる。しかし、そんな人間に、あらゆる生命にもたった一つだけ、平等な法則がある。それが死だ。誰だって、何だって死ぬ。人でも犬でもネコでも虫でも、神様でさえも。

 下級女神の一種であるブリュンヒルデもその運命には抗えない。ブリュンヒルデは夫シグルドの後を追って自殺した。他殺か自殺か。とても些細なことだ。


「ソラさん! ちッ!」

「余所見をするな!」


 ヤイトが助太刀しようとしたが、ブリトマートに阻まれた。クー・フーリンはトドメとばかりに槍の高速突きを繰り出してくる。ソラは剣で槍を弾き、かろうじで対処。だが、徐々に剣速は落ち、槍圧に押されるがままとなる。


「ふふっ」


 ジャンヌ・ダルクがソラにしか見えないように、好戦的な笑みを漏らした。ジャンヌは、ジャンヌ・ダルクという英雄を再現する少女の望みは、ソラの死だった。その望みに応えるべく、クー・フーリンがソラの剣を弾き飛ばす。

 防御手段を喪ったソラに、ゲイ・ボルグが突き向かう。


「――ッ!!」

「終わりだ、戦乙女。裏切り者の魔術師よ」


 刺した相手を必ず絶命させる魔法の槍が、ソラの胸元に貫通する――。


「コンチクショウがぁ!」


 前に、割って入った何者かが、ゲイ・ボルグの柄を掴み止めた。すふー、と気合の息を漏らし、槍がソラへと当たらぬよう、足を踏ん張って槍を抑え留めている。

 ソラは後ろから謎の真っ赤な鎧へと目を向けて、その正体に驚愕の声を漏らした。


「え!? メグミ!?」

「そうだ。でも今の私はただのメグミじゃないぜぇ。なんてったって、ヴァルキリーだからな」


 メグミは体型に合った赤い鎧を着ている。もちろん、兜は羽根つきだ。


「ヴァルキリーが二人! 聖処女ラ・ピュセルよ、そのような話は聞いてないぞ!」


 クー・フーリンが驚いてジャンヌに叫ぶ。しかし、ジャンヌも驚きの顔だ。ジャンヌは再び旗をはためかせ、クー・フーリンを奮い立たせた。


「怖じることはありません! あなたはクー・フーリン! アイルランド最強の英雄ですよ! それに、その女は丸腰です!」


 ジャンヌの言葉通り、メグミはなんの武器も装備していなかった。ヴァルキリー全員の標準装備である槍ですらもだ。

 しかし、メグミから恐怖の念は感じられない。むしろ、武器がない方が彼女の調子は絶好調に見える。


「生憎だが、私――スヴァ―ヴァの武器は、この私自身だッ!」


 でやあ、という雄叫びを上げて、メグミはクー・フーリンを槍ごと持ち上げた。最大の武器であるゲイ・ボルグを手放すことができず、彼は地面へと叩きつけられる。

 メグミはクー・フーリンを油断なく見据えながら、ソラにジャンヌ・ダルクへの攻撃を指示した。


「こいつらが強いのは、ジャンヌの旗のせいだ! ジャンヌ・ダルクは戦場で味方を扇動し、その士気を向上させた。あいつの能力は――味方の性能上昇だ! 奴はエンチャンターなんだよ!」

支援魔術師エンチャンター……? よくわからないけど、わかったよ!」


 メグミがクー・フーリンを引きつけてくれている間に、ソラはジャンヌへ向けて飛翔した。ソラの狙いに気付いたディルムッドが戦闘不能状態であるマリを後目に追撃しようとするが、


「逃がさないわ!」

「ぬぅ!」


 マリの銃撃に阻まれる。ソラはジャンヌの前へと降り立ち、忌々しげな表情となった彼女と相対した。


「ジャンヌさん、倒させてもらうよ!」

「倒されてなるものですか!」


 ジャンヌは剣を抜き、ソラも抜剣。片手剣同士の斬り合いとなった。ジャンヌ・ダルクは武力に秀でた英雄と言うよりも、その勇敢さが讃えられる乙女だ。剣の腕はそこそこあるが、ソラと同程度の実力だった。加えて、彼女は象徴シンボルである旗を守りながら戦わなければならない。それが足かせとなった。


「はッ! や――!」

「このッ! っあ!」


 ジャンヌはソラに剣を弾かれた。注意が落ちる剣へと引き寄せられる。その隙をついて、ソラはジャンヌの戦旗を切り裂いた。付与されていた鼓舞の支援術式は破壊され、三英雄に変化が現れる。

 クー・フーリンとディルムッドは明らかに弱体化した。ブリトマートだけが勢いを保っている。


「何と、仮にも英雄の力を扱う身だろう! 普段の訓練を疎かにしたか!」


 男の英雄を模する魔術師たちはどうやら高を括っていたようだった。特にクー・フーリンが顕著だ。ゲイ・ボルグをメグミに奪われ、強烈な一撃を食らって気絶した。その様子を目したディルムッドは、槍ではなく双剣でメグミを攻める。

 だが、その瞬間をずっと待ち望んでいた者がいた。


「ありがとう、メグミ。こいつが双剣になる瞬間をずっと待っていたわ!」


 マリはスライドを開けて、直接弾丸を流し入れる。使用弾薬は炸裂弾。意にも介さず弾を斬り落としたディルムッドだが、所詮弾丸という思い込みが致命傷となった。爆発でモラルタが吹き飛び、ディルムッド自身も態勢を崩す。その瞬間を逃さない手はないと、懐に入ったメグミにみぞおちに痛烈な打撃を喰らわされた。


「何と、情けない――!」


 ブリトマートだけは、支援効果がなくなっても、脅威であることには変わりなかった。彼女はぎりぎり持ち応えていたヤイトを槍で転ばせると、ジャンヌを救うべく駆けた。

 メグミがブリトマートを止めようと拳を振り上げ突撃する。しかし、それすらも彼女は難なく打ち負かしてみせた。槍で拳を受け止め、メグミを地面へと叩き落とす。ブリトマートの魔法の槍は、敵を必ず地面へ叩き落とす力が備わっている。


「ジャンヌ殿!」

「ブリトマート! どうか私を窮地からお救いください!」


 ジャンヌは手を組んで、お祈りのポーズになった。そのしぐさを見てブリトマートは何かを感じ取る。

 ソラたちは急なお祈りに、また何らかの魔術が発動するのではないかと疑った。その疑惑こそ、彼女の狙いであることに気付かずに。


「あれっ! ブリトマートさんが!!」


 ブリトマートは急に方向転換をした。まずはクー・フーリンの元へと駆けてその背中を掴み、次にディルムッドへと走破する。


「ジャンヌ殿! 必ずあなたをお救いします!」


 ブリトマートは誓いを立てて、瞬間移動を使い撤退した。残されたジャンヌにソラたちの視線が集う。


「こいつ、私たちを騙したな」

「騙してなどは。私はただブリトマートに願いを口にしただけです」


 素知らぬ顔でジャンヌはいい、両手を上げて降参の意を示した。


「ご存じの通り、私は戦闘が得意ではありません。降参します」

「降参? 敵に何をされるかわからないのに、随分余裕ね」


 マリが訝しむとジャンヌはお返しとばかりにリュースのことを話し出す。


「ブリュンヒルデと最初に戦ったドルイドが、無事に帰還したことを確認しています。まぁ、ちょっとした不幸があったのですが、あなたたちが捕虜に対して誠実であることは承知済みです」

「どうかな。僕たちは君から情報を引き出すために拷問するかもしれない」


 ヤイトが脅し文句を口にするが、ジャンヌは気にする素振りすらみせない。そんなことをしても無駄ですよ? と余裕の笑みを作って言う。


「私は私の知り得る情報を素直に話しましょう。黙秘しても仕方のないことですからね。情報戦の時代はとうの昔に終焉を迎えました。知りたければどうぞ、聞いてください。知ったところで対処のしようがないのですから」

「クソ生意気だなコイツ、ぶん殴って――あ、しまっ!」

『心理状態が不安定です。一時的に変身を解除します』


 メグミがオーロラの輝きに包まれて、スヴァーヴァの鎧が消失する。くっそ、と悔しそうに左手へ右手を殴りつけるメグミだが、ジャンヌの怪訝な視線と、マリの面白おかしそうな瞳、ソラの真っ赤に染まった顔を見て、自身の状態がどこぞのバカの初戦と同じ状態であることを把握した。


「なーっ! どうしてだ、何でだ!」


 メグミは赤い鎧と遜色ない赤さを頬に張り付けて、裸体を隠すべく座り込んだ。一番ここで気になるのは唯一の異性であるヤイトだが、彼はちゃんと手で視界を隠していた。


「よ、よかった……お前、そういうところは紳士なんだな」

「無理矢理女性の裸を見るつもりはないよ」


 と誠実さをみせるヤイト。ほっと安堵したメグミだが、マリの余計な茶々で取り乱す。


「でも、パワードスーツにはカメラが備わっているわ。さらに、監視カメラにログも残っている。回収するのに手間はかからないでしょうね」

「な、な――! お前後からこっそり愉しむつもりで!?」


 憤慨したメグミにたじたじとなるヤイト。そのやり取りを遠巻きから見ていたソラに、ジャンヌは呆れがちに呟いた。


「いつまでこの茶番を見続けなければならないのでしょう。身勝手な願いだとは思いますが、どうぞ私を拘束し、独房にでも放り込んでください。立ちっぱなしは疲れました」

「ああ、うん。ごめんなさい。でもすごいなー……みんなを逃がすために、自分が囮になるなんて」


 いつもの調子で敵に謝り、褒め称えると、ジャンヌは上機嫌になって私なら当然です、と誇らしげに声を上げた。

 対魔術師用の銀の手錠があるので、ソラはジャンヌにかけようとした――刹那、ジャンヌは油断しきっていたソラから手錠をひったくり、逆に彼女の手首へと付け返した。


「えっ……うえええっ!?」

「掛かったな――バカめ! バカはいとも簡単に騙される――!」


 ジャンヌはソラをバカにしつつ、懐に隠してある得物を取り出した。それはジャンヌ・ダルクには似ても似つかない銀色の回転式拳銃だった。世界最強の拳銃と言われることもある.44マグナム弾を使用するM29だ。インチは8、3/8。魔術的装飾がなされ、銃杷には魔法陣の刻印が描かれている。

 ジャンヌは対人用にしては火力が高すぎるその銃を、手錠を嵌められたソラの右側頭部へと突きつけた。


「勝ち誇った愚鈍な者たちよ! このバカの頭が吹き飛ばされたくなかったら――私の言うことを聞きなさい!」


 その一声でみんなが異常事態に気が付いた。メグミはうずくまったまま、ソラを人質に取りやがったな、と怒鳴る。


「バカなのがいけないの。騙される方が悪いのよ。賢い方が勝つ! これは原初より続く絶対法則!」

「は、離してジャンヌさん……こんなことしても勝ち目はないよ」


 ソラは冷や汗を掻きながら、ジャンヌの説得を試みる。しかし、ソラの言葉が聞こえなかったように、彼女は要求を述べていく。


「私から離れなさい。さもないと、この少女の鮮血で地面が汚れることになる」


 ジャンヌの口調は無茶苦茶だった。今までのは全て演技だったのだろう。ジャンヌはさも自分を聖人のように見せかけて、人のことを騙していたのだ。ジャンヌの笑みの理由をソラは今悟る。はなからジャンヌはソラを討ち取り、栄光を勝ち取るためだけに出陣したのだ。本来のジャンヌ・ダルクとはかなりかけ離れた人物である。


「ふふ、このまま浮き島へと連れ帰り――異端審問を執り行う! そうすれば、私は一気に出世街道を駆け上がる……」


 勝利を確信し、うふ、うふふふと不気味な笑みを漏らすジャンヌ。焦ったソラは何とかして拘束を脱しようと抵抗をしてみた。そして、ぴったりと密着するリボルバーに度肝を抜かれる。


「次に動いたら、足を撃ち抜く」

「ひぃ!」

「そうよ、そのまま、ゆったりと――。あなたはその青髪のように顔を青く染め上げていればいいの。私が教会での地位を確立させる生贄となってしまえばいいの」

「で、でも、確か……現代銃の使用は教会の規定に違反するんじゃあ……このままじゃ、ジャンヌさんが異端審問にかけられて、史実再現することになるよ?」


 マリの魔術師講座で覚えたての魔術文化を適当に諳んじている。せめてもの抵抗、程度のささやかな反論だったが、意外と効果が覿面だったようだ。確かに、それはあるか……。などと、ジャンヌは真剣に考え始める。

 瞬間、何となくソラは理解した。この人はもしかするともしかして……意外とうっかりさんなのではないか? と。


「うーん、悲劇のヒロインとして株を上げた方が良かったかな。いや、いやいや。ドルイドのように処刑でもされたらたまんないし……。でも、異端扱いかぁ。剣と銃なら銃の方が強いに決まってるのに、古いしがらみのせいで異端視される。時代が私に追い付いてないんだわ。ああ、可哀想な私」


 どうやら自分好きナルシシストでもあるらしい。半ば本気で悩み出した戦場の乙女、もしくは聖処女ラ・ピュセルから、どうにかして脱しようとする戦乙女ブリュンヒルデという図をソラがしばらく演じた後、見かねたヤイトが銃を片手に動き出した。


「なッ! 動くな! この女の頭を吹っ飛ばす――」

「撃てばいい。僕は彼女が死んでも気にしないよ」

「えっ!?」「な、何っ!?」


 本気で焦るソラとジャンヌ。ジャンヌの再三に渡る警告と、そんなぁ、私のことも考えて! というソラの訴えを無視し、ヤイトはジャンヌの目前まで迫る。

 耐えかねたジャンヌが凶悪なリボルバーを右手で構え、ヤイトへと狙いを付けた。


「まずはお前が死ぬべきね!」


 引き金が引かれて、鮮血が散る。

 ダメージを受けたのは撃たれたヤイトではなく、銃の反動を抑えきれなかったジャンヌと拘束されるソラだった。

 撃鉄が顔面へと命中し、ぶッ! と少女らしからぬ声を漏らしたジャンヌが数歩後退。ついでに囚われの身だったソラにも銃身が衝撃が伝播し、むぎゃ! というこれまた女の子にはふさわしくない悲鳴を出した。


「いっだぁ! 鼻血とか出てない!? ああ、私の美しい顔が……ハッ!」


 自分の顔に気取られていたジャンヌは眼を見開く――。彼女の前には、ヤイトが銃を向けて立っていた。


「チェックメイト。銃を捨てて投降した方が身のためだ」

「く……くぅ! ああ、神よ! どうか私をお救いくださいーっ!!」


 ジャンヌはあと一歩のところで脱出に失敗し、手綱基地全体に響き渡るほどの声量で悔しさを放った。

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