聖処女
ソラは作戦室へと移動し、対クリスタル戦のブリーフィングを行っていた。手綱周辺のマップが映し出されているが、地形の有利はソラには関係ない。魔術師にもだ。迷彩で偽装したところで魔術師には見破られる。
先日のヤイトの奇襲が成功したのは敵が油断していたからだった。不意打ちが常時成功するという訳ではない。
「戦わなくても説得できれば一番なんだけど……」
「そう上手くいくとは思えないわ。それに、仮に向こうも反省していたとしたら、今度こそあなたを奪いに来るかもしれない。それはダメよ」
マリがきっぱりとソラの希望を打ち砕く。ソラにはまだ防衛軍にいてもらわなければならない。無論、ソラが本気で拒否すればマリたちにも抗う術はないのだが、ソラも考えはみんなと同じだった。
「そうだね。せめて、相賀大尉と相談しないと……」
「もし仮に君とクリスタルが和解して、浮き島に向かったとしても、魔術師たちの反応がどうなるかわからない。人間が魔術師を恨んでいるように、魔術師も人間を恨んでいるからね。そう都合よくいかないのが戦争だ」
「はい……」
ヤイトの話もソラは重々承知している。いくらクリスタルがソラは裏切り者じゃないと説得しても、他の魔術師に聞き入れてもらえるかはわからなかった。ただでさえソラは微妙な立場なのだ。魔術を使える人間という中途半端な存在である。どっちにも取れて、どっちともつかない。
「戦争が早く終わればな……そうすれば、私は」
ソラが弱気になって本音を漏らす。ずっと思っていたことだ。ハッキリ言って、ソラは今ある戦争に全く賛同できなかった。理解は示せる。なぜ彼らが武器と魔術を使い殺し合いをしているかがわかる。しかし、自分を巻き込まないでくれというのが本心だ。なぜなら、ソラは魔術師を憎んでいないのだから。
「軍部は無駄に戦争を長引かせ、無為に兵士たちの命を散らしている……。これ以上抵抗しても、犠牲が増えるだけだ。敵方にも戦争の早期終結のため動いている勢力がいる。大尉は彼らと接触を図り、どうにかして軍の上層部を押さえたいと考えている。そのためには」
「時間が必要、なんですよね。わかってます。私が敵の注意を引きつけている間に、第七部隊と同調する人たちが軍部の掌握を行う……」
ソラの戦いは勝利ではなく敗北でもない。引き分けを目指すための戦いだ。もちろん、軍部を掌握しただけでは戦争は終結しない。停戦やら和平やらのたくさんの交渉が待ち受ける。交渉の席は防衛軍の不利に運ぶことだろう。
それでも、殺し合うよりはマシだった。ソラには、防衛軍の兵士も教会の魔術師も誤解しているようにしか見えないのだ。互いに憎しみを無関係な相手にぶつけ合っている。
「今はそんなことはどうでもいい。っていうか、ソラの頭じゃ絶対に難しいことはわからねえよ。まずは、クリスタルをどうやって仲間に引き入れるか。そうだろ?」
「メグミさんの意見に僕も賛成だ。君は賢いね。どうだろう、僕と――」
「付き合わない! あんたは一体何なんだよ……。真顔で睦言を口走るな」
ヤイトはずっと無表情だ。そんな顔で求婚されても、どう返していいかわからない。マリ曰くいつもこの調子らしい。マリも口説かれたことがあったそうだが、拳銃を突き返したそうだ。
「こいつは姉さんに浮気を迫ったこともあるわ。技量が一流じゃなかったら、射殺しているところね」
「魅力的な女性を口説くのは、男としてごく自然なことだと思うけど……」
「日本男子としてはおかしい。寡黙な軟派ってどういう融合形態よ」
ヤイトはチャラチャラした性格ではなく、いたって真面目な少年である。とても真面目に女性を年齢問わずに口説き、あわよくばハーレムを形成しようとする、らしい。ソラにはなぜ彼がそこまで女好きなのかがわからない。あるいは、何か理由があるのかもしれないが。
「まぁでも、私はヤイト君面白いと思うけどねー」
ホノカがぽろりと呟いて、マリとメグミがえ、と本気でドン引いた。このままでは議題が妙な方向へとシフトしてしまうので、ソラはとにかく、と結論を急がせる。
「方針は固まった、よね。私たちはクリスタルを説得、無理なら拘束し、手綱基地へと連れ帰る――」
※※※
「――私たちはソラを説得、或いは捕縛して、浮き島へと連行する。これが一番ベストな方法だわ」
ソラたちがクリスタルの対処方法を議論している最中、クリスタルも対ソラの戦略を練っているところだった。
アレックの姿はない。アレックはまだ魔術議会で論議を交わしている途中だった。議会が結論を出すのはいつも遅い。下手をすれば二、三か月も同じ議題が続く。アレックはしきりに調整役が必要だと愚痴をこぼしていた。
「ソラちゃんはお話、聞いてくれるかなー? 魔法少女きらりが好きな人には悪い人はいないと思うけどぉ」
「きらり、信じるのですよ。信仰の力は、あらゆる奇跡を誘発させます。さぁ、復唱して。私たちは主の名の元に、お祈りを捧げ、毎朝ピーマンを食す――」
「私たちは主の名のもとに、お祈りを捧げ、毎朝ピーマンを――ええ、ピーマン? ピーマンなんか食べないよ」
レミュはきらりの偏食に頭を悩まされていた。きらりは見た目からわかるように子どもっぽい。味覚も子どものそれに類似しているので、食事係のレミュは毎食手を焼いている。
「食べてよ、レミュ。レミュがピーマンを食べないと、私はソラと仲直りができないのよ」
「ホントー? 都合よく私にピーマンを食べさせたいと思ってるんじゃないのー?」
「そんなことはありませんよ、きらり。この……“髪”に誓います。それにアダムとイブが食べた知恵の実と言うのはピーマンのことを言うのです。ピーマンを食べれば、あなたも全知全能を獲得できるでしょう」
(髪に誓うのね……神ではなく。神様はジョークとして見逃してくれるかしら)
黒髪を弄ぶレミュ。上手いこときらりを騙してピーマンを食べさせる作戦のようだ。しかし、これで罰が当たって髪が抜けたらどうするつもりだろう。クリスタルはどうでもいいことを密かに思う。
「うー、だったら食べないと損かも」
「でしょう。わかりましたか? では昼食を野菜炒めに……」
「あーでも、全知全能なんて貰ってもさ、絶対につまらないよ。何でもわかっちゃうんでしょ? そしたらさ、愉しみにしてるアニメの展開も全部知り得ちゃうってことじゃん! ダメダメ、いらないよ全知全能なんて」
妙なところに頭が回るきらりは、レミュの策略を意図せず打ち崩した。レミュががっかりとため息を吐く。本当にストレスでハゲてしまいそうだ。面倒見のいい彼女は、よく小さい子どもと大きい子どもに悩まされる。
クリスタルはこっそりとレミュに耳打ちした。
「そんなんじゃ、いつかハゲるよ」
「な、何をおっしゃるのですかクリスタル! 私は毎日ストレスケアを行ってます!」
そもそも毎日ストレスケアを行わなければならない状況が異常なのだが、レミュは憤慨して気付かない。レミュのストレスの発散には、主にメイスが使われる。彼女はお祈りを終えた後、メイスを担いで大きな岩を粉砕して回るのだ。落石を防ぐためと言う名目だが、岩を破壊した後の彼女の表情はつきものが落ちたように清々しい。
「レミュはおしとやかさと暴力性の二面性を持つ怪力シスターだからね」
「怪力? 何を言いますか、きらり。私はか弱い乙女ですよ」
それが自称でしかないことは、屋敷内の公然の秘密である。愉快な友人たちのやり取りを眺めていたクリスタルは、腹が空いたことを意識して、調理番であるレミュに食事の要請をした。
「お腹が減ったわ、レミュ。きらりもそうでしょう?」
「私はいつでもお腹が空いてるよー」
「そんなことでは太ります……いや、いつも太るのは私だけ。何が起きているのでしょう。なぜきらりもクリスタルも、スタイルを維持できているのですか……」
レミュが恨めしげに二人を見つめた後、調理場へと上がっていった。レミュはしょうもないことに気を回し過ぎだよねー、ときらり。クリスタルも少し同意する。レミュは神経質なのだ。
それでも、あの子ほどではない。昔のあの子は転んだり、少しバカにされていただけで泣いていた。なのに、今はヴァルキリーブリュンヒルデを身に纏い、戦闘すら行える。一体彼女に何があったのか? クリスタルの疑問は尽きない。
(リュースに話を聞く必要があるのに、彼女はまだ目覚めない。カリカの元に行って様子を見て来よう)
クリスタルがきらりをリュースの元へ誘うと、きらりは二つ返事で了承した。レミュが美味しい料理を作る間に、クリスタルは階段を上り、医務室へと向かう。
木製の床を踏み鳴らし、部屋の前へ辿りついた二人は、室内から聞こえる声に一瞬入るのを躊躇した。
「うふふ、そうよ。ケラン。あなたは私を救ってくれた命の恩人。王子様になる資格は十分にあるわ! 恋のパワーは無限大! 恋する乙女は変わると言うけれど、恋する男も変身することができるはずよ! よく観察すればあなたもそこそこイケてるの! だったらー……、ちょ、ちょっと、おさわりはまだ……きゃ!」
甘ったるいカリカの嬌声が聞こえたところで、クリスタルは呆れながら入室した。
「何をしてるの二人とも。リュースがこの部屋で寝て――な、何をしてるの!?」
てっきり、ケランがカリカにちょっかいを出してると思ったのだ。しかし、実際には羽の生えた豚が、下着姿のカリカの背中に乗っかって、足踏みマッサージをしているところだった。
「これが大人の恋愛って奴なのかな?」
きらりが引きつった笑みを浮かべて呟く。それに呼応して、クリスタルが珍しく突っ込みを放つ。
「そんなわけないでしょ! 一体どんなシチュエーションなのよ!」
「まだケランに私の下着姿を目視する資格はないわ! だから、豚さんに変身させて、マッサージのテストをしている最中なのよ!」
「人間でなければいいってことでもないでしょ! ケランの脳内にはばっちりあなたの裸体が記憶されているのよ!」
突っ込みどころが少しずれているが、そこまでクリスタルの思考は追い付かない。予想に反する行為を目の当たりにして、クリスタルの冷静さは何処かへと吹き飛んでしまった。
知ってるわよ! とカリカはドルイドの樫の杖を取り出して、
「ドルイドの呪い歌でとうの昔に催眠済みよ! ケランには説明してなかったけど、彼の記憶は変身が解かれると同時に消滅するわ!」
心なしか豚が動揺したようにクリスタルは見えた。流石にこれは予想外だったのだろう。豚に変えられたのは不本意だったが、カリカの身体を堪能できてケランは喜んでいたはずだった。
「豚さんがぶひぶひ文句言いたそうに鳴いてるよ?」
「ケラン、精神の試験には不合格よ! 冷静さを取り戻しなさい! 私と付き合うためには紳士的な対応が不可欠よ!」
「いいからさっさと服を着なさい! あなたが豚と寝てても私は気にしないから!」
「人を特殊性癖みたいに言わないでくれる! むしろ、あなたがおかしいのよ! 恋にうつつを抜かす年頃のはずなのに、人の恋愛話には興味を示さず、何を言うかと思えば昔の友達の話ばっかりで――。ハッ、あなた、そういう気のある人だったのね! 迂闊だったわ!」
「何を言ってるのよ! ソラとはただの友達で、私はノーマルよ! 女子だから無条件に恋愛しなければならないことでもないでしょう!」
「出たわ! 非モテ女の言い分ね! いずれあなたは生き遅れて、悲しみに生きる古代の魔女のようになるのよ!」
緑髪と銀髪の激しい口論が繰り広げられ、間に挟まる桃色髪はあはははと苦笑し、豚はぶひぶひと悲しそうに鳴き声を放つ。
屋敷中に聞こえるのではないかと勘ぐってしまう喧しさに、とうとう耐えられなくなった者が出た。その者はがばっ、とベッドから身をお越し、騒々しい奴らを一喝する。
「お前らうるさい! せっかくの安眠を邪魔するなよ! 落雷をお見舞いするぞ! ……あ、あれ? どこだ……ここ? それに……何だこの豚は?」
「リュース!?」
パナケアによって傷がすっかり完治し、意識を取り戻したリュース。彼女は、クリスタルときらり、カリカと共にいる羽の生えた豚に困惑しながら、復活を果たした。
※※※
ソラたちがクリスタルへの対処方法を決めたところで、メグミはここ最近の習慣である保管庫の閲覧へと移行していた。
保管庫に並べられる筒状の水槽。中にはヴァルキリーが格納されている。メグミは内緒で二ーべルングの指環をはめて、起動テストを行っていた。だが、一度も指輪がメグミの意志に応えたことはない。それはメグミがまだ復讐心を捨てきれていないことを表している。
憎しみを持つ者にヴァルキリーは応えない。起動できるのは選ばれし者だけ。恐れを知らない者だけだ。
(恐れを知らない……敵を敵と認識せず、相手の意思すら尊重し、その上で平和のために敵を殺さない戦い方を行う……。くそ、どんな聖人君子だよ。私はそこまで割り切れない)
メグミの心理状態がヴァルキリーを着るに足る状態になるまで、ヴァルキリーはうんともすんとも言わない。なぜこのような欠陥兵器が防衛軍に配備されているのかをメグミは相賀から聞いている。これしか魔術師に対抗できないのだ。方法がそれしかないのなら、どれほどの不良品であろうとそれを使うしかない。非情な現実、運命のいたずらだった。
ソラはヴァルキリーのせいで友達と仲違いすることになった。魔術師と戦いたくないのに、剣を執ることにもなった。
ソラには戦う理由が存在しない。平和を勝ち取るという目標はある。それでも、ソラの胸の内は違うはずだ。メグミが知る彼女は争いごとを好まない。でも、自分が選ばれたから。そんな理不尽な現実を素直に受け入れて戦っている。
本来戦いに赴かなければならないはずの自分を差し置いて、戦っている。
「何で応えないんだよ、ヴァルキリー。復讐しちゃいけないのか? ただの機械のくせに何様なんだよ。敵を恨んじゃいけないってのか? お前は兵器なんじゃないのかよ……。敵を殺す武器なんじゃないのか?」
自然と機械に向かって問いかけてきた。勇者の魂を見定め、回収する戦乙女に。
不思議と、ヴァルキリーが応えているような気がした。私は兵器ではありません。そう、無骨に、味気なくメグミに語りかけているような気分になる。
「じゃあ、何のためにお前は存在する……?」
愚問だった。もう訊かなくてもわかっている。ソラの戦いを見れば、否が応でも自覚する。
「くそっ」
と毒づいたメグミは、背後から自分を除いていた友達に気付いた。ホノカが入り口に立っていた。困ったように眉根を寄せて、メグミを心配そうに見つめている。
「いたのか、恥ずかしいところを見られちまったな」
「恥ずかしくはないと思うなー。みんなメグミちゃんと同じ気持ちだと思うしー」
ホノカの意見は的を得ている。防衛軍全体や、第七独立遊撃隊の存在を疎ましく思っている手綱基地の面々は知らないが、第七部隊に関しては皆が皆ソラに憧れや羨望のようなものに似る感情を抱いている。特にマリなどは顕著だ。マリは復讐がしたい。名うての騎士であるヘルヴァルドに勝負を挑み、姉の敵討ちをしたい。
だが、復讐心を抱けば、ヴァルキリーシステムは起動しない。絶対に。こればかりは改善のしようがなく志願者の方が変わるしかない。
しかしそれではマリの望みは敵わなくなる。復讐を果たすために必要な力を使うには、復讐心を捨て去る必要がある……堂々巡りだった。メグミも似たようなものだ。悔しいが、メグミとマリは似ているのだ。性格も過去も戦う動機も。
「メグミちゃんもヴァルキリーを装備したいのー?」
「もちろんだ。というか私の希望ってだけじゃねえ。……ソラがクリスタルとまともに話せなかったのは、あいつ自身の負担が大きかったからだ。そりゃ必死になるさ。マリは強いが、やはり魔術師とは雲泥の差がある。ヤイトも加わったが……基本的に、戦力不足なんだよ。でももし、ここで私がヴァルキリーを装着できれば、ソラの負担はぐっと減る。あいつがクリスタルと和睦できる可能性も増える」
メグミは自分よりもソラのためを想って、ヴァルキリーを装着したいと考えていた。しかし、そう表面では思えていても、心の奥底では違うのだろう。だから、ヴァルキリーは沈黙したまま、メグミは悔しさを噛み締めることになっている。
「ダメだな、私は。あいつには勝てねえよ。勉強も運動も、ソラに負ける気はしねえ。でも一番大事な部分でいつも負けちまう」
「ソラちゃんはメグミちゃんと競争するつもりはないと思うけどなー」
ホノカはメグミを擁護しようとしたのかもしれない。しかし、今の発言こそ、メグミがソラに敵わない根本だった。
メグミは身に染みて実感する――ソラのデカさを。圧倒的器量の深さを。
「完敗だぞ、くそ。……でも嘆いてる暇はねえ。どうにかしないと本当に取り返しがつかなくなっちまう」
事はソラとメグミの心の広さで決まるわけではない。そんな小さなことはどうでもいいのだ。メグミは負けず嫌いだが、ソラになら敗北していいと思っている。しかし、ソラがクリスタルに敗北すること。それだけは譲れない。
力が欲しかった。敵を倒す力などどうでもいい。友達を守れる力が……。
「まだ動かねえか……」
起動装置である指輪はびくともしない。認証に成功すれば、ソラのようにオーロラが輝き出すはずだった。口先だけでは、ヴァルキリーは身を預けない。メグミに言わせれば頑固親父のような存在だった。納得するまで口すら聞いてもらえない。妥協は一切見せず、相手が条件に当てはまるまでじっと腰を据えて待つ。
「メグミちゃんがやるなら、私もやってみようかな……」
ホノカが近づいて、指輪が入ったケースへと目を落とす。ニーベルングの指環の数とヴァルキリーシステムの数が合っていない。機体が失われたのか、別の場所に保管してあるのか、ヴァルキリーは三体しか置いてなかった。
ホノカが指輪をはめてみたが、こちらにも反応しない。残念ねーと落胆する彼女に、メグミはいつにも増して真面目な口調で忠告した。
「生半可な決意ならやめとけ。ヴァルキリーになるってことは、防衛軍の運命すら担うことになっちまう。今のところは無事だが……明日どうなるか、わからない。お前は私より適合する可能性が高いんだから、下手に手は出すな」
「もう私は、仲間はずれなんだね」
ホノカが寂しそうに呟く。何を言ってんだ? とホノカの気持ちがわからないメグミは訊きかえそうとしたが、急に鳴り響いた警報にハッとした。
「嘘だろ……前回の襲撃からそんなに日が経ってないぞ! く、逃げるぞ、ホノカ……」
「メグミちゃん」
ホノカが注ぐ同情的な視線。メグミに今できることはソラの足を引っ張らないようにシェルターへと避難することだ。どれだけ情けなくても、それ以上に無様な姿をさらすことは赦せないし、赦されない。
(応えてくれよ、ヴァルキリー! 頼むから……私に力をくれ!)
しかしどれだけ願いを込めても、メグミはまだヴァルキリーを装着するに値しない。戦乙女は無言でそう告げていた。
※※※
ソラはもはや日常へと化しつつある戦火の中へと身を投じた。オーロラの輝きの中でブリュンヒルデを装着。戦闘準備を整え、黒色のパワードスーツに身を包むマリとヤイトの両名と合流し、目視で確認された魔術師の一団へと対峙する。
「ふむ、ブリュンヒルデを見つけたぞ、オルレアンの乙女よ」
甲冑の女騎士が同じ用に鎧を着込む女騎士に告ぐ。そのようですね、と頷き、空飛ぶ馬に跨っていた騎士少女は手綱基地の滑走路へと降り立った。手綱基地側からの迎撃措置は皆無。先程の戦闘でまともな設備は破壊されていた。
「尋常な勝負を仕掛けるか? クー・フーリン?」
「いや、ディルムッドよ。ここは聖処女の意向に従おう」
「クー・フーリン? ディルムッド? 聞き覚えがあるような」
ソラは顎に手を当てて、じっくり考える。しかし、記憶が曖昧で思い出せない。そこに助け舟を出したのはマリだ。彼女は、万能ライフルを油断なく構えながら、敵情報を分析中だった。
「ケルトの英雄ね。槍使い。クー・フーリンはゲイ・ボルグを使う最強の戦士。ディルムッドはフィアナ騎士団随一の騎士で二つの槍ゲイ・ジャルグとゲイ・ボウと、二つの剣モラルタとベガルタを使うわ。ディルムッドの方は槍と剣を合わせた異種武器による戦闘が得意だから、気を付けて」
「それだけじゃない。女騎士の方もわかることがある……」
含みのある言い方で口を開くヤイト。どんなことですか? とソラが訊ねると、彼は真顔で、
「片方は処女だ」
と言い、
「もう片方は、美人だ」
と真顔で言い放つ。
ソラとマリは彼の話を聞かなかったことにし、マリが言う解説へと耳を傾ける。
「聖処女というあだ名とオルレアンの乙女という呼称……あの金髪はジャンヌ・ダルクに違いないわね。もう一つの方は槍使いってことしかまだわからない」
「ジャンヌ・ダルク! でも、彼女はそんなに強くなかったって話じゃ……」
「あなたと同じ敵を殺さない戦い方をしてたってだけ。強さはまだわからない」
とにかく強敵であることに間違いはなさそうだった。ソラは機甲槍を構えて慎重に狙いを付ける。
ジャンヌは旗を掲げて、騎士然として名乗りを上げた。堂々とした風格にソラは若干たじろぐ。
「私はジャンヌ・ダルク! 魔術教会所属の魔術騎士です! あなたたちと戦いに参りました! 知っての通り我々はあなた方より何倍も強い。命を無駄にする前に、降伏してください!」
「勝つ気満々ね……舐めた真似を」
降伏という単語を聞き受け、マリが吐き捨てる。しかし、ヤイトは冷静に現状を見極めていた。
「彼女の言う通りだ。僕たちは彼女たちよりも何倍も弱い。けど、それは降伏する理由にはならない」
「戦術的判断に関しては、あなたに賛同するわ。普段からこうであればいいのに」
ソラたちはジャンヌの降伏勧告を無視し、臨戦態勢を崩さない。仕方ありませんね、とジャンヌは呟いた。心なしか、喜んでいるように見えたのは、ソラの気のせいだろうか。
「ブリトマート、クー・フーリン、ディルムッド。戦いの早期終結のため、私に手を貸してください!」
「喜んで」
「この槍に誓って」
「名誉にかけて」
各々の誓いの言葉を口にして、三名の槍兵がソラたちへと襲いかかる。