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戦乙女の鎮魂歌  作者: 白銀悠一
第一章 再会
10/85

ソラとクリスタル

「ソラ……」

「クリスタル……」


 ソラはクリスタルを、クリスタルはソラの名を呼び、空中で静止していた。ソラの大好きだった青い空の中で。クリスタルがずっと見上げていた、大きな空の元で。


「な、何をしているの、あなた。こんなところで――」

「それはこっちのセリフだよ……。どうして、銃なんか持って」


 ソラは知らない。なぜクリスタルが魔術師の味方をし、手綱基地を襲撃したのかを。

 クリスタルも知らない。なぜソラが人間の味方をし、魔術師である友達を傷付けたのかを。


「私のことはどうでもいい! 何であなたが魔術師みたいに――。まさか、あなたは本当に魔術師なの……!?」


 クリスタルはソラの羽つき兜から見え隠れする髪の毛と、昔とはかけ離れた青い目を見ながら驚愕する。

 クリスタルもそれは自分のアミュレットの影響だけとわかっている。だが、クリスタルは動揺し、困惑している。全てはヴァルキリーシステムのせいだった。

 魔術師でないものが神話再現できるはずがない。クリスタルはそう認識している。だから、アミュレットを差し置いても、髪や眼の色に目を瞑っても、ソラが魔術師である可能性は十分にあった……彼女の中では。


「私は魔術師さんじゃ……私のことはいいの! 何であなたが人間を攻撃するの!? 人間のことは憎んでいないって言ってたでしょ!」


 ソラもソラで、自分のことよりもクリスタルのことが気になった。信じられない。あれほど自分と親しくしていた友達が、魔術教会の手先となって人間を攻撃している。リュースの反応を見て、もしかしたらクリスタルがリュースの友達なのではと勘ぐったこともあった。だがそれでも、実際に先兵として戦闘に繰り出しているとは思いもしなかった。あれだけ人間と魔術師は仲良くできると言って、自分を元気づけてくれたクリスタルが……。


「あなたこそ、何で魔術師を攻撃したの! 何でリュースを……! リュースは、ただの……!」

「リュースさん……やっぱりリュースさんはクリスタルの友達だったんだ。……まさか、リュースさんから話を聞いて……私を倒しに来たの? そんな」


 ソラはショックを受ける。リュースが円卓の騎士配下の下級兵士に重傷を負わされ、話せる状態でないことをソラはわからない。


「私はあなただって知らなかった! 何にも知らなかった! あなたが魔術師憎しの殺人未遂者に成り下がってたこともね!」

「私は魔術師殺しなんかじゃない! クリスタルこそ――まさか、人間をたくさん殺したの……?」

「私は……っ」


 クリスタルが言葉に詰まる。両親が殺されて、魔女狩り部隊から逃れるために、クリスタルは自衛のため敵を攻撃したことがある。アレックが確認を許さなかったので生死は不明のままだ。もしかすると、死んでしまったかもしれない。


「こ、殺したんだ……信じられない……」


 ソラは泣き虫の頃の顔に戻り、涙を流した。頬を一筋の雫が伝う。

 昔なら、クリスタルがソラが慰める場面だった。でも、今は違う。疑わしい敵を、慰めることなんてできない。


「信じられないのは私も同じ! あなたは私の知るソラじゃない! 裏切り者になっているだなんて! 友達だと思ってたのに!」

「裏切り――?」


 そこでソラは我に返った。自身の目的を思い出す。クリスタルに会いたくてソラはブリュンヒルデを身に纏ったのだ。ずっと泣き虫なのが情けなくて、クリスタルを笑って迎えられるよう明るい性格へ変わったのだ。

 今交わすべきは口論ではなく、武器でもない。握手なのではないか。やっと出会えたのだから。八年の時を経て、ようやく再会できたのだから。


「クリスタル、私は! 私はずっとあなたに逢いたくて、だから!」

「裏切り者がどんな言葉を並べ立てようと、聞く耳は持たない!」


 ソラが手を伸ばしても、クリスタルは拒絶した。銃を突きつけ、威嚇しながら後ろへ下がる。


「レミュ、きらり、作戦は中止! 撤退するわよ!」

「クリスタ――」

『ソラ……無事……』

「マリッ!?」


 通信でマリの苦悶の声が聞こえてきて、ソラはクリスタルを追えなかった。昔の友達より、今の友達を優先した。その事実がまた、クリスタルに不信感を募らせる。


「クリスタル!」

「二度と私の名を呼ぶな、裏切り者! 絶交よ!」

「あ――」


 クリスタルはソラの前で掻き消えた。空間転移テレポートを使ったのだ。


「クリスタル……そんな、こんなはず、じゃ」


 ソラの視界が涙で滲む。気力を失い、浮遊制御にエラーが生じ、ロウの翼を溶かされた紛い物の天使のように、地上へと落下していく。



 ※※※



 一方その頃、マリは苦戦を強いられて、息も絶え絶えの状態だった。黒のパワードスーツは既に左腕を損傷し、機能のほとんどが強制停止させられている。

 剥き出しの額が切れて、血が左頬へと流れ込んでいる。頭部パーツを装着しなかったのは、多種多様のセンサー各種が魔術師相手に効果を発揮する場合が少ないためだった。


「くそっ」

「あなたも可愛らしいお方です。ですが、メイスは美醜関係なく叩き潰す対鎧用の打撃武器ですので」


 メイスが太陽光を反射してきらりと光る。動きづらそうなシスターの服が風でひらひらとはためく。

 マリの味方はいない。手綱基地は既に戦闘不能状態へと追い込まれている。ここが重要拠点であったならばもう少し持久力があったかもしれないが、ここはあくまで数多ある基地の一つでしかない。小規模な基地では軍用ビークルもパワードスーツの配備も十分とは言えず、今戦える人間はマリとソラしかいなかった。


(逃げてもいいけど、あの子、絶対逃げる気ないでしょ。全く、自分でできないことを人に押し付けるじゃないわよ)


 ソラの性格上、逃走は有り得ない。まだ彼女の友人であるメグミとホノカの避難が済んでいないし、さらにはここ付近にもまだたくさんの人間が取り残されている。魔術師は探知レーダーに引っ掛からない。何の前触れもなく突然襲撃してくる。既存の戦略が効かないと防衛軍が気付いたのは、取り返しのつかない状況になってからだった。


(防衛軍のお偉方はもう撤退済みでしょうね。くそ)


 戦場で戦い犠牲になるのは無知な若者である。若い軍人であればあるほど、軍の命令に従いやすい。プロパガンダで通常兵器が有用と誤解している者も少なくないので、本来なら勝ち目がない戦場にも二つ返事で出ていく。

 その間に、若者に突撃を命じた階級の高い者たちは逃げるのだ。防衛軍と言うよりも、逃走軍と呼んだ方がふさわしい。


「きらりちゃんは人殺しをしなーい。でも、痛い目には遭わせちゃうぞッ!」


 バカバカしい恰好の少女にロッドの先端を向けられて、マリは拳銃を撃ち返した。だが、避けられる。同じようにシスターにも銃を撃つ。こちらも避けられる。

 マリは諦めた。拳銃を落として、座り込む。

 そして、回線に向かって、諦めの言葉を呟いた。


「防護魔術は展開していないみたいよ」

『ありがとう。今、こちらでも確認した』


 応答と同時に、狙撃が遠方から飛来する。きらりの杖が撃ち落とされて、彼女は奇声をあげて杖を追いかける。

 シスターは冷静にメイスで弾丸を防御した。そして、その弾丸が炸裂弾であることを見抜き、


「しまった……!」


 と声を漏らし爆発に巻き込まれる。


「倒せてないわよ」

『でも、これで彼女たちは怖気づくはずだ』


 通信の通り、二人はマリから距離をとった。そして、撤退命令が出ました、とシスターが魔法少女に言い聞かせ、瞬間移動で逃走を図る。


「追撃しないの? ねぇ。ほら、お得意の追跡術でトレースしてみなさいよ」

『いくら何でもテレポートを追跡はできないよ』


 マリに呆れたように呟いて、遠くからスナイパーライフルを構えるのは、第七独立遊撃隊所属の同僚、塩谷えんや矢維人やいと少尉だった。


「まさかあなただったとはね。まぁ、予想はしていたけど」

『待機要員には一番僕が手間がかからない……ん?』


 ヤイトは何かに気付いたように、上空を見上げた。黒雲が広がり、天気急変の前兆をみせる空から、青白の鎧が落下している。マリも、ヤイトもすぐにその正体に思い当たった。


「ソラ! 応答しなさい! ソラ!」


 マリは無理を押してソラの着地点へと駆ける。いくらブリュンヒルデと言えどあのような高所から叩きつけられればただでは済むまい。

 ソラには、まだ生きていて欲しいのだ。ヴァルキリーを身に着けたまま死ぬのは許さない。

 姉と同じような死に様を、自分の前では晒させない。



 ※※※



 クリスタルが去ってから……魔女狩りという名の大虐殺が世界で噴出してから、ソラの周りは目まぐるしい変化を遂げていた。


「あの子だわ。魔術師とつるんでいたって言う子ども。悪魔の子、裏切り者よ」


 声が聞こえて、ソラは逃げる。大人からも子どもからも、異様な目で見られる機会が多くなった。

 当然、もう学校にはいけない。ソラが通っていた小学校に抗議の電話が殺到していた。近く、校舎を一度取り壊し、新しく再建し直すという。理由はくだらないものだった。魔術師の子どもが通っていたから。たったそれだけの理由だ。

 魔術師が子どもを攫って食べるというニュースや快楽のため人間を殺戮するという話が連日報道されている。幼いソラは、それが嘘だと知っていた。だから、そんなことないよと本当のことを告げたのに、周りはおろか、親も信じてくれなかった。

 ソラの両親は気付くと精神病に掛かっていた。自分の娘が魔術師と友達だったという事実に耐えられなかったのかもしれない。


「なんで、だれもわたしの話を聞いてくれないの」


 ソラは公園のブランコにひとりで座りながら、問いかける。誰も答えてくれない。ソラがひとりぼっちだから。

 この前までは、ふたりぼっちだった。でも、クリスタルはもういない。

 しかし代わりはあった。ソラは首から提げられたペンダントを握り絞める。そして、空を見上げた。空は繋がっている。どこまでも、ソラの想像できないずっと遠くへ。


「クリスタル……会いたいよ。クリスタル……」


 だが、そんなソラを見つめていた公園の子どもたちが、ソラのことを罵り始めた。ソラは耐え切れなくなって逃げる。保護者として公園の片隅に立っていた親たちに見つかって、今度はそれからも逃げ果せる。

 誰もかれも、みんな同じ言葉をソラに向けて放っていた。裏切り者、裏切り者、裏切り者……。


「違う! 私は誰も裏切ってなんかいない!」


 ソラは必死に弁明する――だが、誰一人としてソラの話に耳を傾けない。ソラはみんなの視線が怖くて、恐ろしくてたまらなくてギュッとペンダントを握りしめた。髪の毛と瞳の色がペンダントと同じ青色に染まっていく。

 ソラは何回も何回も自分の無実を訴えてきた。なのに、耳が塞がっているように誰も聞いてくれない。

 いつの間にか立場が逆転し、ソラの方が耳を塞ぐようになった。誰かと遭遇するたびに、みんな同じセリフを吐く。裏切り者、裏切り者……もう耐えられなかった。ソラはふるさとから飛び出した。

 外に出れば、自分は裏切り者じゃなくなる。外に行けば、きっとまたあの子に会える。


「私は人間も、魔術師も、どちらも裏切ってない! 裏切ってなんかないよ!」


 そう叫んで走り続けていると、目の前にクリスタルの背中が見えた。クリスタル! と元気よく名を呼んで、焦がれ続けていた友達の元へと駆ける。

 クリスタルがソラに反応して、振り返った。口元を不自然に歪めて、憎々しげな視線をソラへと投げる。


「――裏切り者」

「あ……何で……私は、私は、私は!」



 ※※※



「……っ!?」


 悪夢から目を覚ましたソラは、いきなり身を起こした。荒い息を吐き出して、呼吸を整える。

 手綱基地の医務室に寝かせられていた。彼女の周りには、メグミとホノカ、マリに加えて見知らぬ少年が立っている。


「あ、あれ? 私……。あーごめん! マリ、気絶しちゃったみたいで」


 ソラは取り繕って、申し訳なさそうに笑う。乾いた笑い声を漏らすと、マリはそっと目線を逸らした。


「そうね……」

「ご、ごめんね、みんな! 私がまだ未熟者なばっかりに! ご心配おかけしました!」


 何とかしてこの空気を変えたい。その想いから、ソラは話題変更をしようと試みる。そうだ。とりあえず、この見知らぬ男の人の紹介をしてもらおう。そう口を開いたソラだが、メグミのバカ野郎! という一喝に肩を震わせた。


「うわっ! メグミ……?」

「空元気を振り回すな! 元気じゃないのに頑張るんじゃねーよ! 辛いんなら素直に辛いって言えよ!」

「な、何を突然……ほら、ソラちゃんはこの通り元気……あ」


 流すまいと決めていた涙が両目から零れて、あれ? と涙を拭う。


「お、おかしいな。あぁ、欠伸! 起きたばっかりだとどうしてもさー。は、ははは……う」


 ソラの態度を見かねて、メグミがまた怒った。そして、びっくりするソラなどお構いなしに抱き着いてくる。

 小さな声で、ソラに呟いた。ぶっきらぼうな思いやりをみせて。


「お前は裏切り者なんかじゃない! 裏切ったのはお前の周りの人間たちだ!」

「ど、どうして……」


 と驚くソラにホノカが憂い気な表情で言う。


「寝言に出てたよ。それに、ソラちゃんの過去、私たちは知ってるの」

「私の過去、知ってたの……?」

「……お前が学校を休んだ日にやってきやがった調査員のバカが、クラス中にばらしやがったんだ。で、先生がブチ切れてそいつのことぼこぼこにぶん殴って……大変だったんだぞ。でも、お前がいい奴だってのはみんな知ってるから、みんなでこのことは秘密にするって決めてたんだ」

「捜査局のエージェントもまさか教師に反抗されるとは思ってなかったみたいだけどね。ちなみにそいつは豚箱にぶち込ませてやったわ。クビなんかじゃ手ぬるいものね」

「そんなことがあったんだ」


 ソラは当時のことを想い出す。風邪で休んだ次の日に、担任教師の顔に青あざがあり、ソラは何事かと驚いたものだ。それが自分のせいだったとは思いもよらなかった。


「みんなに迷惑かけちゃったね……」

「迷惑? これ以上寝言を言うようだったらぶん殴るぞ」


 メグミが本気で握りこぶしを作った。慰めているのか怒っているのか、どちらともつかないメグミの言動と行動に、ソラは判断つきかねる。しかし、彼女が本気でソラの身を案じているのは事実だった。それはホノカも同じだ。何があったの、と優しく聞いてくる。もちろん、発言権はソラにある。黙秘権も同様に。ソラが言わなくても、彼女たちは絶対に文句を言わない。

 あまりの優しさに涙があふれ出た。泣き虫はクリスタルに会うまで厳禁だと心に決めていた。結果は最悪の一言だったが、出会えたのだからもう泣かない理由は存在し得ない。


「ごめんね……ありがとう。メグミ、ホノカ、マリ」


 ソラは感謝と謝罪を交えながら、落ち着くまで泣き続ける。彼女たちに隠し事はしないと心に決めながら。



 ※※※



 クリスタルは昂る感情を抑えきれず、身近にある物をめちゃくちゃに荒らしていた。レミュときらりの彼女を心配する声が聞こえるが、それでも暴れなければ気が済まない。


「バカ! このッ、バカ!!」

「止めてください、クリスタル! 冷静に、何が起きたのです!?」

「そうだよ、勝てなかったのは残念だったけど、それならもう一度やり直せば……」

「そういうことじゃない! そういうことじゃないの……」


 自分の部屋の所有物をぶちまかし、鏡台に映る自分の顔を思いっきり殴った。どうしようもなく、赦せなかった。自分のバカさ加減に。


「あの子が裏切る訳ないのに……!」


 鏡台から距離を取ると、机に飾ってあるソラといっしょに撮った写真が目に入った。悔しさを滲ませて、もう一度鏡を殴る――前に、二人に押さえつけられる。


「話をしましょう、クリスタル! 落ち着いて!」

「そうだよ、人には言葉があるんだよ!」


 三人はもみくちゃとなり、寝台の上へと倒れこむ。二人の言葉を受けたクリスタルは、後悔の念を抱きながら歯噛みした。


「その通り……その通りよ。何で、話し合わなかったんだろ。ありもしない妄想に囚われていた……!」

「クリスタル……?」


 起き上がったレミュがクリスタルを不安そうに見つめる。と、部屋を改めて視回したきらりが、目ざとく写真を発見し、あっと声を上げた。


「そうか……通りで見たことがある顔だと思った! あの子、ソラだよ! ブリュンヒルデの子!」

「何を……っ。なるほど、よく見れば……」


 魔術師の過去とは悲惨の一言である。それはレミュもきらりも例外ではない。そのため、あまり過去話を魔術師は好まない。しかし、今回はそれがあだとなった。クリスタルは楽しい過去ばかりを話して、ソラの色素が変わっている可能性を口にしてはいなかったのだ。全員で細部まで情報を共有していれば、もっと違う結末があったかもしれない。


「それで取り乱したのですか、クリスタル。お話は……その様子では、できなかったようですね」

「話はしたわ。で、その結果がこの様よ。私がなんていったかわかる? あの子を裏切り者と罵ったのよ? 何が裏切りよ! 裏切ったのは私じゃない……!」

「落ち着こうよ、クリスタル。深呼吸、吸って、吐いてー」


 きらりは深呼吸の手本を見せたが、クリスタルは取り合わない。そんな余裕は欠片も持ち合わせていない。


「バカにしてるの?」

「心配してるんだよー。……誤解しない方が無理だよ。ずっと会いたがってた友達でしょ? そんな人がさ、武器を持って襲いかかってくるんだもん。混乱しない方がおかしいよ。魔法少女きらりだって、友達と殺伐とした戦いをしちゃったこと、あるもん」


 きらりが自分の術式元であるアニメ、魔法少女きらりの話をし始めた。クリスタルは顔を背けたが、レミュに顔の向きを直される。きちんと聞いてください。目でレミュはそう告げていた。


「でもさ、きらりは友達と仲直りできたよ。たかがアニメかもしれないけどさー、されどアニメだよ。事実は小説より奇なりって言うでしょ。小説よりもすごいことが現実では起こるんだよ? だったらさ、クリスタルも友達と仲直りできるんじゃないかな」

「きらり……」

「今、あなたに一番必要なのは元気です。いつもの明るさと優しさはどうしましたか? 戦闘モードのあなたでは鋭すぎます。私たちの友人であるあなたでないと、そのお友達も怖じてしまうでしょう」


 クリスタルはやっと冷静になり、二人に謝った。


「ごめんなさい。私としたことが。本当に最低だわ……」

「自分を卑下するのは止めましょう。割と鬱陶しいですよ。私たちの仲なのに、そんなチラチラされてもムカつくだけです」

「あーわかるわかる。辛いわー私友達と喧嘩しちゃって鬱だわー。そんな感じ?」

「ちょ、二人とも!」


 クリスタルは顔を赤らめて声を張り上げる。三人はひとしきり笑って、活力を取り戻した。


「マスターアレックも言っていたでしょう。失敗は誰でもする。大切なのは失敗を悔やむことではなく、どうやって失敗を取り戻すか導き出すことだと」

「きらりちゃんだって、うっかりパンツはき忘れることあるよーっ。でも、スカートでカバーするから平気へっちゃら!」

「おっと、それは後々じっくり話し合う必要がありそうですね……」


 レミュが真剣な瞳できらりを見直し、うぇ? ときらりが素っ頓狂な声を漏らす。クリスタルはにやりと笑い立ち上がった。


「そうね、話し合わないと。……パンツのことも、含めてね」


 えぇ、ときらりが困ったような声を上げ、レミュがそうですね、と同調するように首肯する。

 クリスタルは写真をもう一度一瞥した後、部屋を出て工房へと赴いた。資料をまとめて、マスターアレックと相談するために。



 ※※※



 泣き止んだソラは皆にクリスタルとの邂逅をきちんと説明した。それぞれが違った表情をみせて、ソラの話を聞いている。マリは真摯に耳を傾け相槌を打ち、ホノカは悲しそうな顔となり、メグミは怒り心頭といった様子だ。


「まぁ、そりゃ当然よね。向こうから見ればあなたは防衛軍の手先だもの」

「うん……やっぱりそうだよね」

「はっ、これだから手鞠野郎は。クリスタルは一度ぶん殴る必要がありそうだな」


 マリの分析をメグミが一蹴。ネコ耳娘に言われたくないわね、とマリが嫌味を言い返す。


「ほざけ。ソラ、誤解する奴は時として何を言ってもどうしようもないことがある。そういう時は一発殴れば冷静になるのさ」

「脳筋の考えね。戦略を立てるべきよ。その少女の心理状態を踏まえて、洗脳にかけるのがベストだわ。魔術師は本質的に油断している。心理操作されるなんて夢にも思わないはずよ」

「殴るのも洗脳するのも、私的には遠慮したいなーなんて」


 とソラが本心を口に出すと、二人は揃って考えが甘い! と指摘してくる。なぜここだけ息ぴったりなのだろう。ソラにはさっぱりわからない。


「私も、それじゃあ逆効果だと思うー。ソラちゃんが直接お話しして、誤解を解くべきだと思うよー」

「僕もその意見に賛成だ。争いの多くはほんの小さな誤解から生じる……。ところでソラさん」

「何ですかヤイトさん」


 黒髪の少年ヤイトは、ソラのベッドのわきに座り込み、見覚えのある小さな箱を手渡してきた。マリがにーべルングの指環を入れていたのと同じジュエリーボックスだ。


「新しいヴァルキリーシステムですか……?」


 恐る恐るソラは箱を手にし、開く。案の定、指輪が収まっていた。しかし、ニーべルングの指環とはデザインが違う。プラチナ製の指輪でより結婚指輪に近しい。


「えっとこれは」

「結婚指輪だよ。僕と結婚しよう」

「えっ、はっ!?」


 突然の告白。ソラの頭は追い付かない。マリは嘆息した様子でそのやり取りを眺め、ホノカはわー、と驚き、メグミが顔を真っ赤にして怒鳴る。


「な、な、何をてめー! 今は大事な作戦会義ちゅ」

「ああ、よければ君も僕と結婚しよう」

「は、はーっ!?」


 脳内処理が追い付かなくなって、メグミは機能停止に追い込まれた。真っ赤なまま固まるマリを横目に、ヤイトはホノカにも告白をする。


「君も麗しい。どうか、僕と結婚してくれ」

「あらやだー。告白されちゃったわー」

「ま、ままマリ! これは一体どういうこと!」

「はぁ……またこれだわ。ちなみにこいつは出会う女性全員に告白してるから、真面目に受け取らないことね。まぁ、どこぞの恋愛脳さんには刺激的だったかもしれないけど」

「わ、私は恋愛脳なんかじゃねーし!」

「あら、別に私はあなただとは言ってないけど? そうとるってことは、心のどこかで自覚があるのね」


 ソラの前でまたマリとメグミは口論を始めた。ホノカは面白そうにヤイトと話、ヤイトは変化に乏しい表情で、僕と結婚した際のメリットは、などという内容を大真面目に語っている。

 ソラはたまらず苦笑したが、ここが自分の帰るべき場所だと再確認できた。


(ここが私の帰る場所。ここなら、あなたも受け入れてくれるはずだよ、クリスタル)


 ソラは婚約指輪を置いて、考え始める。クリスタルと仲直りする方法を。



 ※※※



 身体にぴったりとフィットする鎧を鳴らし、少女は階段を降りていく。地下室では、数人の魔術師による会合が開かれていた。主催者は少女だ。騎士の風貌の金髪少女は、揃う手練れたちに声を掛けた。


「よく集まってくれました、英雄たちよ。つどってくれたということは、私と志を共にする覚悟があるのですね」

聖処女ラ・ピュセルの呼びかけとあらば、馳せ参じよう」


 黒髪の一部に赤髪と金髪が混じった三色の髪を持つ騎士が応える。再現元はケルト神話。名が高き槍兵クー・フーリン。刺さると三十本もの槍が穂先から放たれる魔槍が肩に置かれている。


「騎士の名誉にかけて、あなたに従おう」


 クー・フーリンの隣に立つ二つの槍と剣を持つ男、黒髪と特徴的な頬のほくろを持つディルムッドも共調した。こちらもケルトの英雄である。二人の男はどちらも槍の扱いだけではなく、様々な技巧を持つ強力な戦士だ。


「ふむ、この者たちと並ぶとあれば、私もいささか見劣りしてしまうな」


 と言いながらも不敵さを醸し出す男装の騎士はブリトマート。彼女はケルト神話に縁深いアーサー王伝説を題材にした作品妖精の女王の登場人物の一人だ。彼女は兜の中に長い金髪を隠し、初見であれば麗しい男性と見間違えたことだろう。


「私があなたを呼んだのは、槍の使い手として優れているからですよ。それに、同性と共に戦場を駆けられるというのはとても心強いのです」


 ここにいる戦士の共通点は神話ではない。それぞれ、槍使いとして武勲を立てた英雄だった。これから対決する敵は、槍使いとして有名な存在だ。なれば、同じ優秀な槍使いをぶつければ、一瞬の後に片が付くはず。

 それが少女の考えだった。


「議会は決断が遅すぎる。戦場いくさばでは好機を逃した方が負けます。敵は早めに討ち取るに限る。――私にはそう神託が下りましたので」


 甲冑姿の金髪少女――ジャンヌ・ダルクは、新たな仲間たちを見回し聖女の如き笑みを作る。神の加護を得た彼女は教会の勝利のため、自身の敵を排除するために動き出す。


「我らが敵はブリュンヒルデ……裏切り者の魔術師です。さぁ、迅速に討ち果たしましょうか」


 ジャンヌが飾ってあった戦旗を手に取り、掲げた。地下室に英雄たちの雄叫びが響き渡る。

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― 新着の感想 ―
[良い点] まさかクーフーリンやジャンヌまで出てくるとは ディムルッドは無事に生き残れるのだろうか……
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