本当に怖いのは……
001
クラスメイトの音川奈美子は、いわゆる「見える」人らしい。
市立向日河中学校三年二組の中では、その「見える」体質と言う事や、常にクラスの中心に立ちたがる積極的な性格も伴っているからかは知らないが、女子のグループの中ではリーダー的存在である。
今日も登校するなり彼女の周りに他の女子達が集まって、このところ話題になっている二年生の女子生徒が一週間前から行方不明になっている事件について語り合っていた。
「鞄も外靴も教室に残っていて、学校を出た形跡が無いんだって」
そう言ったのは、音川と常に行動を共にしている田村春子だった。
ちょっと太めの彼女は、そう頬の肉をタプタプ揺らしながら音川に報告する。
「わたし、彼女がいなくなった頃から首の裏側がキシキシと痛いのよね。こんな場合は、たいてい死んでいるわ。その二年生の女の子、イジメを受けていたそうじゃない?」
そう音川は教室の黒板を通り越して、普段はそれなりにパッチリとして大きな瞳を遥か向こうを見るようにして細めた。
イジメを受けていたと言う話は、すでに新聞やテレビのニュースでも報じられている事だった。
そのせいで、生徒全員にアンケート調査が行われたりもした。
「けっこう酷かったみたい。同じクラスの男女数人に暴力を振るわれたり、それ以上に酷い事もされていたって日記に書いてあったのが自宅の部屋から見つかったんだって」
報告するのは基本的に田村の役目のようで、彼女がそう言っているのを他の女子達は不潔なものを見てしまったかのように顔を顰めて聞いている。
「そう言えば、二十年前にも同じ様な事があったそうよ。イジメられていた生徒が行方不明になって、苛めていた数人が不審死したそうよ。なんでも、その苛められていた生徒は自らの命を使って呪いをかけたんですって。詳しい事はしらないけど、そういう呪いのかけ方がこの辺りには古くから伝わっているそうよ。呪いのせいかしら、このところ学校の中で良くないものを見かける機会が増えた様な気がするもの」
そんな事を真面目な顔をして言い、田村とその仲間たちが口々に怖いなど言う姿を、少し離れた窓際で一番後の席に座る僕は見てしまい、少し笑ってしまった。
声に出して笑った訳ではないのだけれど、感が良いのか音川と目が合ってしまった。
「何かしら、杉岡くん。わたしは可笑しい事を言ったつもりはないのだけれど」
そう言う音川の目には明らかな敵意があった。
「いや、二十年前って言ったけれど、ここらは新興住宅地で、二十年前は辺り一面がタマネギ畑だったんだよ。この学校だって設立十年目だし、そんな呪いや因縁なんて、タマネギ畑だった場所にあるわけ無いと思ってさ」
そう言うと思っていたと言うような顔をして音川は言う。
「そのタマネギ畑を切り開いた原野に作ったのは明治維新で幕府側に付いて、破れた武士達だったのよ。そんな人たちが入植した頃は酷い状態で、餓死者も大勢出たらしいわ。そんな怨念がここら一帯には残っているのよ」
「僕にはわかんないけどね」
彼女は僕の言葉を聞くと笑って言う。
「今だって杉岡君の後の壁から、顔が出てきたわ」
振り返ってみるとそこには確かに顔があった。
「何してんの?」
「いや、壁から顔がでてきたって言うから」
それは幼なじみの辻村美智だった。
音川はすでに僕には興味など無いように、彼女達だけの会話に戻っている。
「あんまり、ああ言うのを相手にしちゃ駄目よ。彼女、見えてなんかいないんだから」
「やっぱり。そうなの?」
「家庭環境がいろいろ複雑で、両親とはもう何年も一緒に暮らしていないんですって。今は母方の祖父母と暮らしていて、小学生の時からいろいろと問題を起こしてはお婆ちゃんが学校に呼ばれていたわよ」
「田村達は騙されているというわけだ」
それは違うと、美智は言う。
「あそこのメンバー、特に田村さんは太っているという事もあって、小学校の時に酷いイジメにあってたの。それを助けたのが音川さんよ。なんでも、いじめっ子の家に火を付けたとか、夜道で金属バットで襲ったとか、真偽のほどは確かじゃないけど、とにかくあの子達にとっては地獄のようだった日々のイジメは無くなったのよ。だから音川さんが変な事を言う子でも、彼女達はそれを否定したりしないのよ。お互いに依存する関係ができているのよ」
幽霊が見えるとか、まともな人が言う言葉ではないと僕は思う。
実際に何らかの科学的根拠に基づいているならともかく、言ってしまえば心の病気か、脳の病気であると言った方が現実的であるだろう。
でも、それを認めてしまうくらいなら、霊感という特殊な能力を持っているのだと信じた方が、自分自身の心に納得できるのではないかと僕はそう思う。
兎にも角にも、それで幸せならば良いんじゃないかと僕はその時に思っていた。
002
行方不明の市立向日河中学校二年生、大鈍礼華をイジメていたと噂される、同じクラスの桧垣幸雄が遺体で発見されたのは、翌日の朝の事だった。
昨夜遅くなっても帰宅しなかったのを心配した桧垣幸雄の両親が、警察に捜索願いを出し、教員及びPTAの父兄が捜索していたのだが、学校の体育館裏で見つかったのだという。
「全裸で切断された自分の頭を抱えていたってさ。口には切断された性器が銜えらされていたって。発見した音楽の斉藤先生は、その場で倒れてまだ入院中だって」
生徒の動揺やら、警察の現場検証などがあり学校は三日間ほど休校した。
気分が悪くなる生徒も少なくなく、市からカウンセラーが派遣されて生徒達の心のケアに対応していた。
どこから出たのか解らない、遺体発見状況の詳細が噂話で生徒達の中に流れているが、学校の外に集まっているマスコミの数を見ると、どうやら噂と言えないらしい。
「やっぱり、呪いなんだ。あと三人死ぬまで事件は終わらないの?」
職員会議が続いているそうで、現在自習中のクラスの中では、いつも通りに音川の元に女子が集まり、田村がそう聞いた。
「終わらない。と、言いたいところだけど、呪いを掛けて死んだ大鈍さんの遺体を見つければ呪いは効力を失うのよ。呪いを成就させるには、成就するまで自分の遺体を誰かに発見されてはいけないの。だから、これ以上、死人を出さないためには大鈍さんの遺体を発見しないといけないの」
音川の声は小さいながらも教室中に伝わり、クラスの誰もが耳を傾けていた。
だからこそ、窓の向こうから聞こえてきた悲鳴と、肉が潰れる音を誰もがしっかりと聞いてしまったのだった。
「誰か窓から落ちたぞ」
クラスの誰かがそう叫ぶと、条件反射かどうかは解らないのだけれども、止せばいいのに多くの生徒が窓の方に詰め寄り、頭が割れて脳漿と脳みそが飛び出し、手足が有り得ない方向に折れ曲がった女子生徒二人の姿を見て、下を覗き込んだまま数名が吐いた。
「あと一人ね」
音川は冷静に落ちて潰れた女子生徒達を見ながらそう言った。
「どうおもう?」
僕は隣で見ている美智に訪ねた。
彼女は力強く答えた。
「呪いなんて、あるわけ無いじゃない」
003
「正確には、呪いはあるかも知れないけれど、ただの女子中学生がちょっと知識を得たくらいで呪いを掛ける事ができるようになるわけなんて無いってことよ。だいたい、自分が死んでしまったら、呪いを掛けた相手がどうなったのか解るわけもなく、呪いを掛ける意味なんて無くなるでしょう」
「それくらい憎んでいたのかも知れないだろ」
「なら、自分自身で手を直接下した方が早かったでしょ。呪い何かよりよっぽど確実だと思う」
僕は美智に連れられて、学校の中を歩いていた。
窓から落ちて死んだ二人の女子生徒は、あの直前に突然とっくみあいの喧嘩を始めたという。
当然の事ながら、行方不明の大鈍礼華、惨殺死体で見つかった桧垣幸雄と同じクラスの女子生徒、中沢安江、近藤美佐の二名である。
最初に中沢安江がカッターナイフを振り上げて近藤美佐に襲いかかり、数度に渡って斬りつけたあと、とっくみあいとなり縺れるように三階の窓から落ちていったのだという。
原因は警察の捜査ですぐに解った。
二人のスマホにラインで行方不明の大鈍礼華のIDで
「自分が死にたくなかったら、残った二人を殺せ」
とメッセージが送られてきたのだという。
そして、それを先に見た中沢安江が先に襲ったのだという。
大鈍礼華を苛めていた残された一人は、恐慌状態の中で警察に保護されていったという。
「さすがに警察相手に呪いの実行はできないでしょうね」
そう言いながら、美智はドアの前に立ち止まると、ドアの向こうに消えた。
「呪いを実現させるのに何人殺すつもりなんだ、田村」
大鈍礼華の居場所を探し出してきた美智に従い、僕はドアを開けると、中にいた田村に向かってそう言った。
004
「な、何を言ってんのよ杉岡くん!!」
女子トイレの中で田村は頬の肉をプルプルさせながらそう言った。
顔には脂汗が浮いていた。
「お前にとって、音川がどんな存在か知らないけれど、アイツの妄想を実現するために噂を流して、手を下したのはお前だな。大鈍礼華も殺したのか」
「大鈍礼華は殺してない。見つけた時には個室で死んでいたのよ」
その遺体をトイレの天井裏に隠し、音川が語った作り話の拡散に利用したのだと、泣きながら田村は言った。
そして、全力疾走でトイレの中にある窓にダイブすると、地上三階から地面に激突して死んだのだった。
005
「ざんねんね。田村さんが、大鈍さんを苛めていたなんて」
田村の訃報を聞いた音川はそう言ったという。
今では死んだ田村の霊と語り合う姿がときどき目撃されている。
「結局、一番怖いのは人間という事か」
僕はそう言うと、幼なじみで三年前に交通事故で死んだ浮遊霊でもある美智はその通りと言って笑った。