1.越冬
"ベテルギウス"より
「昔、よそから来た誰かが植えたんだと聞いています。故郷から持ってきたのでしょう」
青年はそう言って、その木を見上げた。
ローレンも、同じように見上げる。葉はすっかり落ちて、剥き出しの枝を北風に晒していた。
針葉樹の森は、冬でも黒々とした葉の影が落ちる。その名のとおり針のような細い葉は、冬の寒さを思わせる。その中で、その木ひとつ、異質だった。
「こういうのは、ほんとうはよくない。こうやって勝手に、本来生きるべき場所から引き離すというのは。それに、こうしてよそから持ち込むことによって、この森だって変わってしまう」
ローレンは、頷いた。
青年は、薬草学の知識があるのだと言っていた。彼の家は古くから続く薬屋で、彼もまたそのあとを継ぐつもりだったのだという。植物に詳しいだけでなく、何かしら思うものがあるのだろうと、ローレンは静かに考えた。
「止めなかったんですか」
「すぐに枯れると思ったようです。ここは寒さが厳しい。温かいところの木が、そう簡単に育つわけがない、と」
笑い、また、その木を見上げる。
枝のひとつひとつを辿るように、丁寧に観察している。そんな印象だ。
「実際は育った、と」
「ええ」
青年は、どこか悲しげに頷いた。
「そして、この木を植えた誰かは、とっくに死んでしまった。老衰か病死か、それとも何か不幸な事故があったのかは知りません。彼を知っている人もいない。みんな死んでしまった。もう、昔の話です」
もうすぐ雪が降るのだと、青年は言った。空気は冷たく、その冷気がチクチクと皮膚を刺す。この空気が、雪を連れてくる。その前に、少し外を歩きたかったのだ、と。彼の家族は反対した。彼は病気で長く臥せっていて、家族はみなそれぞれに忙しかった。彼のささやかな我が侭を叶えてくれる人はいなかったらしい。
それで、頼んでいた薬を取りに来ていたローレンが、付き添いを申し出た。彼は、あてのないひとり旅の、いくらかの備えとして、この薬屋を訪れたのだった。
町外れの森へと向かう道すがら、青年は心底気分が良さそうに笑っていた。もう長くないんですけどね、などと言っていたと想う。何しろこういう家の生まれですから、分かるんですよ、と。
「あなたは、旅の人ですか」
「そうです」
「あまり見かけない顔だったから。でも、寒いところの生まれでしょう」
私たちと同じように、と。
「そんな気がしたんです。悪く思わないでください」
悪く思うことはない、とローレンは答えた。
「うちの薬はよく効きます。よそで商売をする人も、買って持っていくようです」
白いものが、ちらちらと空から落ちてくるのが見えた。ああ雪だ、と、青年が楽しげに呟く。
「戻りましょうか、あなたが叱られてしまってはまずい」
「この木は、冬を越せますか」
ローレンは問うた。
「越せますよ」
青年は、答えた。
「今年も、来年も、その先も」
これで最後というように、その葉の無い枝を、じっと見つめた。
育つことはないと、いずれ枯れると言われていた木は、長い年月、ここで遠くから町を見ていた。生きる人を見守り、死んでゆく人を見送ってきたのだろう。
「さきほどは色々言いましたが、それでも一本の木です。何と言われようと、何年でも、何百年でも、生きてほしいと思うんですよ」
"ベテルギウス"より。
見送る命と、消えていく命について。