Lovin' you. (Side Ian)
きっかけはハロウィンパーティーで見た着物姿。
綺麗なストレートの黒髪と赤い小さな唇、色鮮かな着物を着た彼女は、親が土産でもらってた日本人形にそっくりだって思ったんだ。
二回目に見かけたのは高校が一緒だったエレンといる姿。日本に興味津々のエレンが声を掛けたんだろうな。見かける度に、二人は一緒にいた。
着物を着ていた彼女はキリリとした雰囲気だったのに、エレンといる彼女はふにゃふにゃの笑顔。なんか、ぽやんぽやんしてる。でもエレンと別れると顔がキリリと引き締まる。
「ぷっ。」
よく表情が変わるなって見守ってた先で彼女は柱に激突。思わず俺は噴き出した。
痛そうに額を抑えて、周りをキョロキョロ見て真っ赤になってる。恥ずかしそうに俯いて、彼女は速足で去って行く。その時、危なっかしくて可愛い子だなって、思ったんだ。
クリスマス前の期末試験期間中、俺は大学の図書館で彼女とすれ違った。どこを見て歩いていたのか、本をたくさん抱えてた彼女は俺の隣で躓いた。
咄嗟に俺は、腕を伸ばして受け止める。
「す、すみません!」
何度も頭を下げる彼女は涙目で真っ赤。恥ずかしそうに俯いた彼女の背中を見送って、俺はもっと、彼女の事を知りたいって思った。
思い立ったら即行動。
クリスマス休暇中に恋人のジェフ経由でエレンに頼み込んで、休暇後に紹介してもらえる事になった。
彼女の名前はマミ クラタ。
困ってそうな笑顔。
気を抜いた笑顔。
楽しそうな笑顔。
いつも彼女は笑ってる。
だけどある時、俺にだけ、表情が引きつってる事に気が付いたんだ。
課題を一緒にやったりで仲良くなったやつらで集まって、ジェフとエレンはそこにマミを必ず連れて来る。人見知りらしい彼女は、エレンとジェフだけの時より多少表情が固くなるものの、みんなに笑顔を向けて仲良くしてる。
なのに俺だけだ。
話し掛けても目が合わない。
すぐにエレンの陰に隠れてしまう。
シャイな女の子の反応とは少し違ってて、だけど完全に拒絶されてる訳でも無い。
「なぁ、エレン。俺ってマミに嫌われてる?」
不安になってエレンが一人の時に確認してみたけど、エレンも首を傾げてる。
「よくわからないけど、男の子が苦手なのかもね?女子校に通ってたらしくて、小さい時からずっと勉強ばかりしてるって言ってたわ。」
「ふーん。でも、ストレートなんだよな。」
「もちろん。好きな俳優はジョニー・デップとジェラルド・バトラーだって。」
「年上好みか。ロックが好きって事?」
「うーん、ロックは嫌いではないみたいだけど、ミュージカルが好きだって。」
なるほどなって頷く俺を、エレンはニヤニヤしながら肘で突ついて来た。
「頑張りなさい。マミはもっと人生を楽しむべきだって、私は思うの。一人だと及び腰になるみたい。」
期待してるって背中を叩いて来たエレンに、俺はある提案をした。まずは普通に話せるようにならないと始まらないよな!
二年目のハロウィンパーティー。着物姿のマミを見掛けてから一年。俺は気合を入れて挑んだ。
彼女の好きな俳優を意識してファントムと海賊で迷ったけど、ちょっと外してフック船長の仮装にした。
「お!イアン、眼帯付けろよ!イケてるぜ?」
着いたらホストに眼帯付けられた。カッコいいだろって満足気にそいつが笑ってるから、まぁいっかってそのままにする。
だけど眼帯、正解だったみたいだ。珍しく、マミが俺の目を見て話してる。眼帯が気になるのか、じっと見て気にしてるみたいだ。
話してみて、彼女の態度の原因がわかった。どうやら俺は知らずにマミを傷付けてしまっていたらしい。何やってんだよって、激しく落ち込んだ。
二度とそんな事を起こさないように、マミの表情観察を怠らないようにしようって心に決めた。
「イアンって、いろんな血が混ざってるの?」
マラソン以降、マミを送り届けるナイト役を許された俺。俺をじっと見上げて、マミは首を傾げてる。
「そうだな。両親はアメリカ人だけど、祖父母であちこち混ざってるらしい。」
「へぇ。インターナショナルだ。」
「マミは?」
「私は純粋な日本人。鼻ぺちゃで一重でチビだし。」
笑顔だけど、これは不満そうなやつかな?ちょっと眉毛の上がり方が違う。
「マミの目、色っぽいよ。鼻が低いのもキスし易そう。」
あ、真っ赤になった。
俯いて顔隠してるけど、髪から覗いてる耳が赤い。
マミはすぐに照れる。そんで、ぽやんぽやんしてる。
一人の時は気を張って引き締まった表情で歩いてるけど、仲の良いやつが一緒にいると気を抜くみたいだ。亀みたいにのんびり歩いてキョロキョロしてる。
大学の敷地内はまだしも街でそれをやるなってエレンが良く怒ってるけど、マミは頷く癖にまたすぐそれをやるんだ。
「マミ、何を見てるんだ?」
俺と二人の時でも、たまにそうなるようになったのが嬉しい。気を許し始めてる証拠って気がする。
「街とか、空とか、建物とか。日本と色も匂いも違う。だから記憶に焼き付けてるの。」
「……卒業したら、やっぱり日本に帰るのか?」
「そのつもりだよ。向こうで就職する。」
「こっちで仕事するのは考えないの?」
残って欲しいなって願望込めて聞いたけど、あっさり肯定された。
「日本って、狭いんだよ。国も、考え方も。中にはそうじゃない人だってたくさんいるんだけど、私の周りはそうじゃなかった。留学も、両親説得するの大変だったんだよね。」
笑ってる。けどこれは、苦い笑い。
「日本で就職って親の願いみたいに聞こえるけど、お前自身はどうしたいんだよ?決めるのはマミだ。」
マミが立ち止まったから振り向いた。なんだかびっくりした顔で俺を見上げてる。
じっと見つめられるのを黙って見返してたら、マミがふんわり笑った。これは、本物の笑顔だ。
「私がどうしたいかなんて、自分の親には聞かれた事無かった気がする。そうだよね、私の人生だもんね。……うん!もっと良く考えてみる!」
すっきりした顔で笑うマミは綺麗だなって、思った。
マミが、よく笑ってくれるようになった。あと、ぽやんぽやんが俺と二人きりでも頻繁に出るようになってる。
クリスマス休暇前の期末試験、図書館が24時間開くようになって俺達はそこに入り浸って毎日勉強。気の小さいマミは、試験が近付くと食欲が無くなるらしくて心配だ。だけど日本食だったら食べられるみたいで、勉強の合間合間にマミのお気に入りのジャパニーズレストランに連れて行くようにした。
「終わったー!」
俺の目の前でマミが両手を空に突き上げて伸びをしてる。周りも、試験が終わった奴らは開放感に溢れた顔付き。
「喜びのハグとキス、しても良いんだぜ?」
俺の言葉でマミはみるみる真っ赤になる。
試験の前に俺はマミの恋人にしてもらえた。だけどシャイな彼女は手を繋ぐだけでも恥ずかしがって、キスを頬にするのも躊躇いまくる。ハグだって自分からはしてくれないし、俺がすると真っ赤になって泣きそうな顔をするんだ。
「あ、あのね、エレンが…このままだとイアンが他の女の子の所に行っちゃうっていうの。……その…嫌に、なっちゃう?」
泣きそうに歪む顔。こんなに可愛いのに、嫌になんてなる訳ない。
「嫌になんてならない。大好きだ!」
小さい体を腕に閉じ込めて、額にキスをした。
腕の中で、ほっと息を吐いたマミがゆるゆる笑顔になる。
「マミの笑顔が好き。」
微笑んでじっと黒い瞳を覗き込んだら、彼女は凄く嬉しそうに笑った。
「あ、あのね、イアン、耳貸して?」
何か内緒話をしたいらしいマミに従って耳を傾ける。息が当たる程の距離で、マミが囁いた。
「I love you, Ian.」
チュッと音を立てて、頬にマミの唇が押し当てられた。
初めてマミからもらえた言葉とキスに、天にも昇りそうな気分!
赤い顔で照れてるマミを抱き上げてくるくる回る。
「イアン、目が、回る。」
マミの抗議の声で回るのはやめて、ぎゅうっと抱き締めた。
相変わらず赤い顔。だけどまっすぐ俺の瞳を見ているマミを左腕に乗せて、右手の人差し指で唇をとんとん叩いて催促。
困った顔で瞳を潤ませて、マミは俺の肩に置いた両手をきゅっと握り込む。そして、素早く唇にキスをくれた。
最っ高!!
試験も終わって休暇がやって来る。N.Y.でのクリスマスも年越しも初めてだっていうマミに何を体験させてやろうかなって考えながら、俺は今日この日を世界中に感謝した。
『Lovin' you』…個人的解釈でいくと、『あー、もう、好き!大好き!』みたいな。
Loveのing系なので、『これまでも好きだけど、今もっと好き』って感じでしょうかね。