Thinking of you.
感謝祭の後にやって来る期末試験。それが終わればクリスマス休暇だけど、この試験が曲者なんだ。
ハロウィン以降、イアンと行動する事が増えた。元々グループでの行動は一緒だったけど、苦手意識が原因で私がイアンを避けてた。誤解が解けてからは、いつも気付くと側にいる。
「なぁ、腹減らないか?」
試験勉強の為に図書館で勉強してたらイアンの提案。いつの間にか外も暗くてお腹が空いた。
一緒にいた友達数人で、よく行くジャパニーズレストランに向かう事にする。私の提案。ジャンクフードより和食が食べたい。
「ここ、日本人が経営してるんだろ?」
ジェフに聞かれて、私は頷く。コックが日本人だからちゃんと日本の料理が出て来るお店で、去年見つけてから気に入ってるの。
素麺、カリフォルニアロール、天ぷらに寿司があって、他にもステーキプレートとかメニューも豊富。
「俺はステーキかな。マミは?」
「私は素麺かな。」
イアンはガッツリステーキだって。ここのステーキプレートも美味しいけど、試験前ってなんだかピリピリしちゃって、あんまり重い物を食べられなくなっちゃうんだよね。胃がキリキリして来ちゃう。
「それ、箸だろ?よく掴めるな?」
イアンに感心したように眺められて、私は箸を見せびらかす。そういえばイアンとここに来るのは初めてかも。
「サポートグッズもあるよ。使ってステーキ食べてみたら?」
箸の間に付けて使い方を練習するプチアイテム。ここの店に常備されてるの。お客さんに箸の使い方を試してもらって、楽しんでもらう趣向みたい。
イアンに渡してみたら、頑張ってる。
「刺せば食べられるな。」
ぶすって箸をお肉に突き刺して食べてる。
「でもそれ、米はどうするの?」
プレートに一緒に盛られてる炒飯を掬おうとして、失敗してる。
「これは無理だろ?」
「郷に入れば郷に従えでしょう?チャレンジを恐れるな!」
イライラしてフォークを取ろうとしてたイアンに言ってやった。
マラソンの夜にイアンが言った言葉、そのまま返してにやりって私は笑う。
「良いだろう。チャレンジだ!」
ムキになって頑張るから、使い方をちゃんと教えてあげた。そしたら他の友達も興味を持って、みんなで箸を使って食事をする。
「箸って、使えると興味深いわよね。」
エレンとはよくこの店に来る。だからエレンは箸の使い方が上手い。器用にカリフォルニアロールを摘まんで、醤油を付けて口に運んでる。
他のみんなもなんだかんだと上手くなって、イアンもコツを掴んだのか、最後は得意気に私に見せびらかして来た。
「なぁ、マミは休暇はどうするんだ?」
ご飯を食べて、みんな家で勉強するって店の前で解散した。
エレンとジェフとも別れて、イアンが当然のように送ってくれる。最近はなんだか自然の流れでこうなるんだよね。でも、不快じゃない。
「去年は日本に帰ったから、今年はこっちの雰囲気を楽しもうと思ってる。」
ホストファミリーとクリスマスを過ごして、教会巡りとかもしてみたい。
「ならさ、ニューイヤーパーティー一緒に行かないか?友達の所でやるんだ。」
「こっちの年越し興味ある!エレンとジェフも行くかな?」
「共通の友達だから行くかも。ドレスコードがあるからドレス必要だけど、持ってる?」
「去年一着買ったからある。ね、イアンはタイムズスクエアのミラーボールのやつ、見たことある?」
ニューヨークの年越しで思い浮かぶのって、やっぱりあれだよねって思う。紙吹雪とか舞って、派手な年越し。
「あれ大変だぜ?行きたいの?」
「興味があるだけ。トイレとか辛そうだし、人混みはそんなに好きじゃないかな。」
オムツ履いて行く人もいるって聞いた事があるから、そこまで年越しに頑張りたくはないかなって思っちゃう。
肩を竦めた私に、イアンも頷いてる。
「一見の価値はあるけどな。テレビが楽。」
「やっぱり?私もそう思う。」
くすくす笑って隣を歩くイアンを見上げたら、グレーの瞳が私を見てた。なんだろ、って首を傾げて見せるとイアンが嬉しそうにニコッと笑う。
「笑ってくれるようになって、嬉しいなって。」
「だって、もう友達だもん。私の中の勝手な誤解は解けた訳だしね。」
「嬉しいけど、男として見てよ?」
そんな瞳で見つめないで欲しい。どうしたら良いか、わかんなくなる。
「女だなんて、思ってない。」
ふいって顔を逸らしたら、イアンがぷっと噴き出した。くくくって喉の奥で笑ってる。
「ごめん。エレンがさ、マミは動揺するとすぐに目を逸らすって言ってたの、本当だなって。」
「エレンそんな事言ったの?」
「うん。な、ちょっとこっち向いて、目を合わせてよ?」
「いや。」
「怖いの?出来ないの?」
「怖くなんかない!」
ムッとして、立ち止まってじっとイアンのグレーの瞳を睨み付けた。だけどなんだろ、これ。心臓が、とくとくしてる。ここで動いてるよって、知らせてくるみたい。
イアンの瞳って凄く綺麗。眉毛もシュッとしてるし、睫毛長い。やっぱり鼻、高いなぁ。
「そんな顔で見られたら、抱き締めたくなる。」
囁かれて、ビクっとなる。
「普通の顔だよ。」
俯いて目を逸らしたけど、長い指が私の頤に触れて、そっと上向かせられた。グレーの瞳は観察するみたいに私を見てる。
顔が熱い。
何故か涙が滲む。
鼓動が、凄くうるさいよ。
目だけは逸らしてそのままじっとしてたら目の前が暗くなる。柔らかく、唇の横にキスをされた。
ぎゅっと目を瞑って、心臓が、痛い。
嫌じゃない。むしろふわふわして、不思議な感じ。
「I love you, Mami.」
腰が、抜けた。
がくんと落ちた私の体を逞しい腕が抱き留める。
「大丈夫か、マミ?」
「だ、いじょうぶ、ではない。」
女なのに、鼻血が出そう。
英語の"I love you."って、日本語の"愛してる"よりも柔らかくて甘い気がする。
「抱っこしようか?」
「だ、だめ!今はちょっと、そっとしておいて欲しい…」
「無理。」
ぎゅって、閉じ込められた。
背の高いイアンに抱き締められると、覆い被さるみたいになるんだ。大きい。ほんと、身長高い。
「俺を、恋人にしてくれる?」
口がパクパクして、言葉にならない音が漏れる。あーうー唸ってる私の顔を、体を離したイアンが覗き込む。
ダメだ。もう。このグレーの瞳が好き。私、イアンが、好きなんだ。
顔が熱過ぎてクラクラして、声が出なくてこくんと頷いた。
途端に体が宙に浮いて、子供みたいにイアンに抱き上げられる。
「すっげー嬉しい!最高の日だ!」
そのままくるくる回られて、怖くて私はイアンの首にかじり付く。顔を見たら本当に鼻血を噴きそうで、私はイアンの肩に顔を埋めた。
ご機嫌に鼻唄を歌ったイアンは歩き始める。降ろされても私は歩ける自信がないから、黙って運ばれる事を選ぶ。
家の前に着いたらゆっくり降ろされて、また抱き締められた。
「おやすみのキス、許される?」
私、喋れない病気にでも掛かったみたい。
イアンの甘いグレーの瞳を見返して、こくんと頷く。そしたらとろりとイアンが笑って、唇に、優しいキスが降って来た。
「ゆっくり休んで、マミ。」
「イ、イアンも。送ってくれて、ありがとう。お、おやすみ。」
頬をするりと撫でられて、その手が私の手を握る。そのまま持ち上げて甲にキスをして、イアンは私を離した。
私が家の中に入るまで、いつもイアンは見守るから、私は小さく手を振ってから家の中へ飛び込む。
指先で唇に触れて、頬が緩んだ。
私も、ちゃんと口に出して伝えられるかな。
"I love you, Ian."
『Thinking of you.』あなたを想う。