Good friend?
NYシティマラソンは、なんだか凄い。人がたくさんで、変な格好した人まで走ってる。
スタート地点だと人がごった返してるから、私とエレンは人が疎らになりそうな辺りで待機中。知り合いをみんな見送ったらゴールへ移動する予定なんだ。
「それで?お友達からな訳?」
呆れたエレンの声に、私はぐっと詰まる。
ハロウィンの夜、フック船長は中々私を解放してくれなくて、車で来てた彼はホームステイ先まで送ってくれた。自分で修理した車なんだって。男の子って凄い。
「だって、恋とかわからない。私は勉強しにこの国に来たのであって、アメリカ人の恋人を探しに来た訳じゃないもの。」
「マミは難しく考え過ぎ!グリーンカード取得して永住する訳じゃないんだから、恋人くらい簡単に考えたら?」
アメリカに暮らしてみたいって願望があったからの留学だけど、アメリカ人になりたい訳じゃない。でももし本気になったらって考えると、少し怖い。
「それにね、イアンって人気なんだから!今はあからさまにあなた狙いって態度だからみんな様子見してるけど、一年生の時は声掛けられまくってたのよ?」
エレンが言うにはイアンの態度ってあからさまらしい。だけど恋なんて縁の無かった私には全くわからない。
「不満そうね、マミ?」
「だってわからないんだもの。」
「もう!そこがマミの可愛い所よねぇ。」
ぎゅうってハグされた。
確かにね、イアンって素敵だと思う。ずっと苦手意識を持ってたからちゃんと見て無かったんだけど、顔も整ってるし、体も鍛えてるみたい。エスコートだってし慣れてる感じで、実は結構優しかった。でも、彼の気持ちを聞かされたのって一昨日の話だから、まだわかる訳がない。
「あ!イアンじゃない?」
エレンの言葉で目を向けた先、ダーティブロンドの髪を風に靡かせて、イアンが真剣な表情で走ってるのが見えた。
「ほら、マミ応援する約束したんでしょう?」
肘で突つかれて、応援って声を出すのかって思った。がんばれーって心の中で言ってるだけじゃダメみたい。
「イアン!頑張って!」
大きく息を吸い込んで叫んだらイアンがこっちを向いた。私達を見つけて、嬉しそうに笑って片手を上げて走り去って行く。
「ほらもうあからさま!嬉しそうににやけちゃって!」
「今のはあからさまなの?」
「そうよ!イアンの瞳にはマミしか映ってなかったわよ。」
「えー、そんなバカな。」
苦笑した私にエレンがぐるんて目を回して見せる。呆れた時の彼女の癖。真似してみたけど、私は無理。目玉痛い。
他の友達にも声援を送ってから私達はゴールに向かって移動する。
どうやら、エレンが私をマラソン大会に誘ったのってイアンの為だったらしい。勉強ばかりしてる私に潤いを与えたいとか言い出して、なんだか張り切ってる。
エレンは一年生の時に付き合う事になった彼と今も仲良し。私も一緒に遊びに行ったり、ランチしたりもしてる。その彼もイアンの友達なの。三人はここが地元で、高校が一緒だったんだって。
「ジェフはボランティアで給水所だっけ?顔出さなくて良いの?」
ジェフっていうのがエレンの恋人。ブラウンの髪にヘーゼルの瞳で、可愛いわんこ系。エレンの事を大好きって、いつも全身で伝えてる感じ。
「夜会うから良いよ。マミも来るでしょう?」
マラソンの後、参加した友達全員でお疲れ様会を開くんだってイアンが言ってた。私も誘われてる。
「絶対来いって約束させられた。みんなタフだよね。私見てるだけなのに疲れて来ちゃった。」
「マミがインドア過ぎるの。」
私は一人で本を読んだり勉強したりしてるのが好き。だけどエレンとは気が楽だから一緒にいられるの。引きこもり気味の私をエレンはいろんな所に連れ出してくれて、彼女のお陰で知り合いも増えたんだ。
ゴールでのんびり待ってたらイアンが来た。友達連中の中では一番みたい。私なんて完走すら無理だと思う。
「お疲れ様、イアン。」
「マミ!声援聞こえた、嬉しかったよ!」
ゴールしたイアンを労ったら、ニコニコ満面の笑みを向けられた。笑顔、結構可愛いかも。
「走りながら声援ってわかるものなんだね?気付かれないと思った。」
「マミの声はわかるよ。」
「イアンはご主人様の声を聞き分けられるのよね?」
ニヤニヤ笑ってるエレンの言葉に、イアンは威張るように胸を張って私を見下ろす。
「もちろん、主人はマミだよ?」
「こんな大きな犬はいらない。可愛くない。」
主人の事はこんな風に見下ろしたりしないと思うんだ。下からきゅるんとした瞳で見上げられるのが可愛い。
「マミは犬だと何が好き?」
「ヨークシャテリア。シーズーも好き。」
「小型犬が好きなんだ?ゴールデンレトリバーとかは?」
「好き!可愛いと思う。」
「うち、実家で二匹飼ってるんだ。今度見に来る?」
「考えとく。そういえばイアンは一人暮らしだっけ?」
確かランチ一緒にした時にそんな話をしたな。なんだかバイトも色々頑張ってるんだよね。
勉強して、バイトして、マラソン参加してって本当にタフ。
でもこっちの大学生って大体そんな感じかも。子供の時は存分に遊んで、大学は忙しい。下手したら卒業出来ずに退学とかもあるから、勉強も死に物狂いって感じ。試験の時は本当辛い。
「マミだったらいつでも遊びに来てよ。」
ウィンクされても、行かないけどね。
「今、行かないって思っただろ?」
バレた!イアンは読心術の使い手だったのかも。
「マミって結構表情に出るのよ?初対面の人には困った顔でにこにこしてるけど、仲良くなると気を抜いてぼけーっとして、コロコロ表情が変わるの。」
「危なっかしいよな。」
「本当、放っておけないのよねぇ。」
「そんな事ない!キリッとしてるよ?キリッ!」
「マミ、その顔キュート過ぎるって!もう一回。」
二人で人の顔見て吹き出して、イアンからもう一回って言われたけどそっぽを向く。なんだか遊ばれている気がして嫌。
「拗ねた顔もキュートだ!」
「イアン、それバカにしてるでしょう?」
「そんな事ない、本心だよ。」
「今無理矢理真顔作ったじゃない!さっきまでニヤニヤしてた!」
「俺がマミをバカにしてるだなんて、そんなまさか!」
「その顔!絶対嘘!」
「そうね、イアンのその顔は嘘だわ。」
「失礼だな、エレン。俺はマミをからかって遊んでいるだけだ。」
「威張るな!」
話してみたらイアンって変な奴。でも、意外と面白いかも。誤解して避けてたのが勿体無かったかなって思った。恋とそれは別だけど、良いお友達にはなれそうな気がする。
みんながゴールするのを待って、お疲れ様会はピザのお店。
コーラにピザにハンバーガー、やっぱりよく食べる。ホストファミリーは日本食が好きだから救われてるけど、気を抜くとぶくぶく太る。実際、去年は体重が増えて、慌ててダイエットしたんだよね。
「マミ、送る。おいで。」
「エレンは?」
「ジェフと帰るって。」
「そっか、お邪魔は悪いね。でも良いの?」
「俺が送りたいんだ。気にするなよ。」
「んー、ならお言葉に甘える!」
お疲れ様会も終わって、イアンに呼ばれた。この時間に一人で地下鉄で帰るの危ないし、タクシーは勿体無い。ジェフの車に同乗したら二人のお邪魔になっちゃうから、お言葉に甘える事にした。
「マミって免許持ってるんだろ?運転、してみる?」
「持ってるけど…良いの?」
「どうぞ。マニュアル車だけど、大丈夫だろ?」
「どうだろう?ちょっと怖い。」
マニュアルは運転出来るし国際免許もあるけど、車を買うのも駐車場代も勿体無いからってホストファミリーの家も大学の側を選んだんだよね。
「これがクラッチ、ブレーキ、アクセル、だよね?」
「そこから?」
「念の為の確認!」
「オーケー、そんな緊張するなって。」
ドキドキしながらエンジンをかけて、サイドブレーキを下げて、シフトを1に、半クラでアクセルを少しずつ踏み込みながら発進。
「上手い上手い。なんだ、全然平気だな。」
「発進が緊張するんだよ。エンストが怖い。」
「でも半クラで上手く繋げてたよ。シフトチェンジも問題無し。」
褒めて貰えてほっとした。道を教えてもらいながら運転して、家に辿り着いたらなんだかどっと疲れちゃった。でも楽しかった!
「お疲れさん。」
「ありがとう、楽しかった!」
車から降りて、イアンが運転席に乗り込むのを見送る。けど、とんとんって頬を人差し指で叩いて催促されてる。
「日本人は奥ゆかしいので、頬でもキスはしません。」
「郷に入れば郷に従えさ。チャレンジを恐れるな!」
悩む。ホストファミリーとかエレンには出来るけど、男の人には抵抗がある。しかもイアンには告白されたばかり。
「無理!」
顔が熱くて堪らなくなったから、拒否した。
「あれ、これマミのだよな?」
「え?何か落ちてた?」
鞄から何か落としたかなって足元を覗いたイアンに近付いたら、伸びて来た腕に捕まって、頬に温かで柔らかい感触。騙された!
「おやすみ、マミ。」
「バカ!知らない!気を付けて帰ってね!おやすみ!」
「バイ。」
キスされた頬をおさえて、家の中に逃げ込んだ。全身かっかと熱くて、心臓がバクバク痛い。こんなの自分からするなんて、やっぱり私にはハードルが高過ぎる!