My sweet devil
「マミはいつも笑ってるな。何がそんなに楽しいんだ?」
ダーティブロンドの髪にグレーの瞳の男。数回目に会った時、愛想笑いを浮かべた私に彼はそう言った。
別に楽しいから笑ってる訳じゃない。日本ではヘラヘラ笑っておけばスルー出来る事が多いんだ。だけどここでは意見を求められる。
Yes or No.
困ってしまう。中間が欲しいと思ってしまう。自分を変えたくてここまで来たのに、このままじゃいけないって私だってわかってる。
日本から出たかった。ただそれだけ。でも私にとっては一大決心でニューヨークにやって来た。
ホームステイ先の家族は奥さんが日本人で、凄く良くしてもらってる。こっちの生活に馴染めたのも彼女のお陰。
勉強は死に物狂い。毎日忙しいけど、ここで生きてる人達はみんな生き生きしてると思うんだ。
「ハイ、マミ!キュートな悪魔ね!」
大学生活にも慣れた二年目のハロウィン。友人の家でのパーティーに招かれて、これからそこへ向かう所。
去年は着物にしたんだけど今年は悪魔にしてみたの。本当は友達のエレンと合わせて天使にしたかったんだけど、黒髪の天使ってしっくり来ない。だから黒色ミニワンピに黒皮のジャケット、悪魔の羽と尻尾を付けて、お化粧もバッチリキメた悪魔スタイル。
「エレンは天使そのもの!良いなぁ、その髪。」
「あら、私はマミの黒髪も素敵だと思うわよ?鼻ぺちゃも可愛い!」
「もー、気にしてるんだからね?エレンと話した後に鏡で自分の顔見るとショック受けるんだから。」
大学で知り合ったエレンはふわふわのハニーブロンドにヘイゼルの瞳、白いシフォンのロングドレスで白い羽根を背負った彼女はまさしく天使。
良いなと素敵を繰り返す私のぺちゃ鼻を摘まんで、エレンは笑う。
「今日、イアンも来るらしいわ。」
ふっと笑ったエレンの言葉で、私は一気に憂鬱な気分になった。
イアンはエレンの紹介で知り合った同じ大学に通う男の子。そして、私にあの言葉を投げ付けた張本人。彼にそれを言われた私はガツンと頭を殴られたような気分になった。それ以来、私はイアンが苦手。
二人で地下鉄に乗って数駅先のパーティー会場のお宅へと向かう。この地下鉄も、日本しか知らなかった私には衝撃的だった。一人では怖くて乗れないって思ったけど、慣れるものなんだなって最近はつくづく思う。
会場に着いたら色んな衣装の人がたくさん集まってた。友達に挨拶してお互いの仮装を褒め合って、私とエレンは飲み物片手にパーティーを楽しむ。
「今年は着物じゃないんだな?」
来た。イアンだ。
「ハイ。着物は苦しいの。あなたはフック船長?」
「正解。マミにはピーターパンになってもらいたかったな。」
「どうせ童顔よ。私を見下ろさないで!」
「不可能だな。」
にやりと笑ってるイアンはとっても背が高い。というより、こっちの人達はみんな大きい。154cmの私なんて、下手したら小学生にも抜かれてる。
話し掛けようと思って振り向いたらエレンがいない事に気が付いた。私、こういう所に一人でいるの苦手なのにな。
「なぁ、今度の日曜って何してる?」
エレンがいない事にしょんぼりして、私はイアンを見上げた。眼帯でグレーの瞳が片方隠れてる。距離感とか、おかしな感じしないのかな?
「エレンがマラソン観に行くって言うから一緒に行くの。どうして?」
「それ、俺も走るんだ。応援してくれる?」
「いいよ。」
肩を竦めてオーケーしたら、イアンが小さくガッツポーズしてる。やっぱり応援は多い方が良いんだね。
「マミ、その…悪魔、似合ってるよ。」
「ありがとう。本当はエレンみたいに天使が良かったんだけど、髪の色が違うかなって思ったんだ。」
私の髪は真っ黒で、顎の長さで揃えた日本人形みたいな髪型にしてる。日本だと笑われたりするヘアスタイルだけど、こっちだと結構好評なんだよね。
「エキゾチックで良いと思う。」
「Thanks.ね、エレン見えない?私の背だと探すの大変なの。」
そわそわキョロキョロするけど、人の壁に阻まれててよく見えない。イアンの背なら見易いんじゃないかと思って聞いたら、ムッとした顔をされた。
「マミ、ストレートだろ?いつもエレンの事ばかりだな。」
「ストレートだけど…友達を気にするのっておかしい?」
私はよく、文化の違いによる失敗を仕出かす。だから今回も何か失敗したのかなってビクビクしちゃう。そんな私を見下ろして、イアンは大きな溜息を吐き出した。
「なんで俺といるといつもビクビクするんだ?あんまり笑ってくれないし。」
図星を刺されてドキリとする。あの言葉以降、イアンの前で笑うの、少し怖いんだよね。
「だって、イアンといるの、なんだか緊張する。」
「それ、どういう意味?」
じっとグレーの瞳が私を見てくる。この瞳にまっすぐ見つめられるのもなんだか苦手。
「イアン、私の事無意味にへらへら笑うやつって思ってるでしょう?」
「?何それ?」
「会ったばかりの頃、イアンがランチの時に言ったじゃない。"いつも笑ってて何がそんなに楽しいんだ"って。」
「俺、そんな事言った?」
こくんと頷いて、私はイアンから視線を逸らした。あんまりじっと見ないで欲しい。
「待って、マミ。それが気に障ったって事?だから俺、避けられてるの?」
「だって、痛い言葉だったの。笑っていろんな事を誤魔化そうとしてたの、見抜かれた気がしたんだもの。」
「Shit!違う!気に障ったならごめん!」
いきなりイアンが焦り出して、両肩を掴まれてびっくりした。目を見開いて硬直する私を困った顔で見下ろして、なんだかオロオロしてる。
「ただ、俺、笑顔が、可愛いと思ったんだ。その…悪い意味とかじゃなくて、気になったっていうか…言い方、失敗したみたいだな。」
真っ赤になって、落ち込んだ。
首を傾げながらその様を見上げて、また私の失敗だったんだって、わかった。ニュアンスの違いだ。受け取り方の問題だ。
「ごめんなさい。私、卑屈に捉えてたみたい。ずっと嫌な態度取っちゃった。」
「俺こそごめん。傷付けた。許してくれる?」
不安そうに見られて、私は苦笑する。彼の事、勝手に誤解して勝手に苦手になって、許しを乞うのは私の方なのに。
「うん。まだ、友達として付き合ってくれる?」
「もちろんだよ!むしろ、その…」
ごにょごにょと、イアンは言葉を濁す。真っ赤になって、うろうろ視線を彷徨わせて、片手で額を抑えてる。
「大丈夫?頭痛い?」
「違う。あー、もう!エレンの言った通り、本当に鈍いよな?!」
怒られた。今回は失敗は思い当たらなくて、眉間に皺を寄せて私は考える。何が言いたいんだろ?
「よく聞け、マミ!」
またガッシリ肩を掴まれて、グレーの瞳が私の黒い瞳を覗き込んでくる。真剣な表情をしてるから、私も真剣に頷いた。
「エレンにマミを紹介してくれって頼んだのは俺なんだ。」
「うん。」
「今日も、エレンにマミと二人きりにしてくれって頼んだ。」
「?なんで?」
「ずっと、俺がお前の周りうろうろしてんの、なんでだと思う?」
「………友達だから?」
「違う!」
また怒られた。
何が言いたいのかわかんなくて、私の頭の中はハテナマークで一杯だ。
「マミ、好きな奴いないんだろ?」
「いない。勉強で手一杯。」
「俺、立候補したい。マミの時間、俺に分けて欲しいんだ。」
「それって…」
「俺をマミの恋人にして欲しい。」
ぽかんと見上げて、みるみる顔が熱くなる。頭の中は大混乱。逃げ出したくなっちゃう。
「今は意識してくれただけマシだからそれで良いよ。覚悟しておいて、俺の小悪魔。」
ウィンクされて、手の甲へのキス。
ハロウィンの夜。フック船長から愛の告白をされた。
言葉の壁に文化の違い、襲い来る宿題や試験だけでも手一杯な私の留学生活。そこに恋愛が絡むだなんて、私のノミのように小さなハートは持ち答えられるのか、心配になった。
『My sweet devil』は、俺の可愛い悪魔ちゃん、的な。小悪魔。
『Thanks』は、『ありがとう』。
『Shit』は、『くそっ』とか苛立った時とかの言葉。
『ストレート』は、異性愛者。