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桜高校文芸部

作者: ウロボロス

「…次郎が真夜中の沼のほとりに立つと、近くの闇の中でチカチカっ、と光が動いた。誰かが携帯をいじっている。こんな遅くに。不思議に思って近づくと、自分と同~じくらいの年の女の子の後ろ姿。どうしました、と声をかける。すると消え入るような細い声で、一人で寂しいの…、と返事。僕でよければご一緒しましょうかと次郎が言うと、女の子は、クルっ!と振り向いた。その顔は――

「ウワ~~~ーっ!」」




「ストーップ!すとっぷ。止めやめ」


 神経質そうな眼鏡の制服女子高生が、手のひらをヒラヒラと振って言った。彼女の隣で原稿の読み上げをしていた、顔色のわるーい女の子は、唇を尖らせて不満をあらわにする。


「何で止めるんですかぁ。いいとこなのにぃ」


 対する眼鏡――桜高校二年生の文芸部部長は、部室の机をどんどんと叩いて言った。


「「ウワーッ」じゃないわよ。これのどこが恋愛もんよ。どう見ても怪談話じゃん。何よ「ウワーッ」って」

「次郎は、女の子の顔が好みでびっくりしちゃったんですよ」

「それは「ウワーッ」とはならないでしょ」


 顔色の悪い部員は、さらに顔をムッとさせて反論する。


「「ウワーッ」ってなるくらい一目ぼれだったんですっ。次郎、好きすぎて気絶しますし」

「要領悪いな!そんで?」


 部長が聞くと、


「翌日から、次郎は女の子の顔が忘れられなくてドキドキの毎日を送ります。ところが女の子は、ぐうぜん次郎の家の近くの定食屋さんでバイト中。そこに次郎は食べに行きます。女の子は割烹着で背中を向けてバイトしてますが、次郎は気づきません。気づかないまま友達と、沼で会った女の子の話を――そしたらカウンターの奥の女の子が突然クルっ!って…」


「「こんな顔じゃなかったですかぁ」って?死ねばいいのに…」

「何でぇ~~?いいじゃん」


 少々泣きの入った声で言い返す顔色悪少女である。


「あのねぇ、大会のテーマ分かってんの?恋愛よ、恋愛!…どうして「オカルト」はいっつもこうなのよ~」

「だって…ホラー好きだし…」

「自覚して書いてんじゃん!もうダメ、そういうの!」


 ばしーん!と机に手のひらを叩き付ける部長。びびるオカルト。

 この顔色悪――通称オカルトは、一年生の部員で、文章はまぁまぁで生産力もある、しかしいかんせん書くものが全部ホラー。あと声がアニメ声だ。

 そして大会――これは、毎年開催される全国高校生小説コンクールのことで、今年のテーマは「恋愛」。それに桜高文芸部も出品しようというわけだが、締め切りは一週間後に迫っていた。今日は完成品を部内で見せ合う約束だったが、オカルトの作品はこんな感じ。部長の怒りももっともである。

 だが、オカルトを庇う人物がいた。


「まぁまぁ。彼女には自分のスタイルがあるから…書きたいものを書けばいいじゃない」


 三年の男子部員。背は高く、ガッチリして優しい体育系という感じ。文芸部らしくはない。ついでに言えばひげが濃い。


「じゃあ、先輩は…?」


 部長は、実に不信であるという顔をしてこの先輩を見る。


「何を書いてきたんですか?絶対、また――」


 先輩は言った。


「安心したまえ、今回は違う。ストーリーはこうだ」


 こうだった。時は21XX年、近未来の地球人類は妖星から飛来した宇宙淫獣ベヘルとその繁殖体により絶滅の危機に瀕していた。最後の希望を託されたのはバニースーツ風のちょっとエッチな科学特捜スーツを着て戦う三人の女の子、キューティーバニーズ。しかしバニーズは進化した敵の対科特スーツ溶解液によって衣服だけを溶かされ敗北、淫体液を分泌する肉壁に磔にされる。美少女たちの頭部には触手ヘッドギアがまとわりつき、強制的に或る感情を送り込む。それは、ベヘルへの恋――!?


  『あぁっ、くっ、くそぉっ、いやだっ、ベヘルを、好きになんて、ならないっ…!』

  『ダ、ダメですわ、このままじゃ…耳に入ってくる…触手から…不思議な波長がっ…ああぅっ!…の、脳に…直接響いてッ…』

  『んっ、んん、はぁん……ぼ、ボクたち、ほんとにっ、ベヘルを…?はっ、はぁうっ、アッ、いっ、いやぁぁぁっっ!そんなのイヤ!好きなんてなりたくない!やぁぁ!……いや、なのに…!』


 バニーズあやうし!卑劣な強制恋愛計画に、彼女たちは、地球は立ち向かえるのか…?




 ビリビリビリィィィィ!ビリィーッ!


「あっ、僕の原稿!」


 あらすじが分かった先輩の原稿(要所要所に自作挿絵・めっちゃ上手い)は、部長に無言で破り捨てられてしまった。


「部を潰す気ですかアナタは!全然変わってない、同じじゃん!いっつも」

「ははは、前回はホラ、臍姦とかあって、かなりリョナだったから。今回はだいぶソフトにいってると思うな~」

「ぜんっぜん分かりません!」


 先輩は、部長の足元から原稿の破片を拾い上げながら笑う。部長はおでこに青筋を浮かべつつ、床に残る破片を踏みにじった。鬼だ。

 先輩はいつもエロいものしか書かない。二次元ドリーム風の。そのせいで、一年から部にいるのに、結局大会出品回数ゼロ回。18禁だから当然だが、多分そういう問題じゃない。だがその筋のSNSでは小説カテゴリ(むろんR-18)の上位にいつも食い込んでいる猛者。本にも載っているらしい。


「それで、学者くんの作品はどうだい?」


 破片の皺を伸ばしながら、先輩が話を振った。学者というのは四人目の、今日ここにいる最後の部員。

 部長はあまり期待していない様子で、


「いや、この子もどうせ…」


と言いかけるが、


「あ、あたし…聞きたい…かも…」


とオカルトも望むことだし発表しない理由がない。その途端、


 カチッ


と電気が消えて、いつの間にか閉められていたカーテンのせいで部室内は暗黒。光あれ、黒板に映されたノートパソコンの画面。スライドショーの準備が完了していた。

 

「発表者の学者です」


 画面の横にすっくと白衣の学生が立ち、レーザーポインタを片手に名乗った。これが通称学者。げっそりメガネという風貌で、年齢が読めないが、一年生である。


「パワポだ!パワポきた!」

「前より凄~い…」


 先輩とオカルトは興奮した様子で拍手。部長は、


「何だこれ」


の一言である。


「お手元にお配りしている資料と同じものをスライドショーで提示し、これに沿って発表させて頂きます。学者です。えー、今回の発表テーマは、「ハチ類における恋愛飛行の地域分布~○○バチに注目して~」。はじめに今回特に○○バチを扱うとした理由をご説明いたしますと…」



 以下略。


「へぇー」


 略。


「ほー…」


 略。


「はぁ」


「…という訳でして、結論といたしまして○○バチの多くの亜種は、従来近縁であると考えられてきたxxxxx xxxxxxx(よく分からないラテン語)よりむしろyyyyyy yyyyyyyy(同上)に近い性質をその恋愛飛行において示すのであります。…二十分。発表を終わります」


 カチッ


 終わるとこれまたタイミングよく電気がついた。


「いや~、蜂の恋愛って凄いねぇ~」

「私ちょっと…感動しました…」


 二人はまた大拍手。


「いえ、お粗末な発表でした」


 学者は謙虚そうな笑顔ではにかむ。よく見るとまつ毛が長くてセクシーである。彼の発表は単純明快、要旨は高校生にも理解できるものであったが、内容そのものは決して単純でないということもまた何となく推し量れる。実際この発表にはかなり深遠な意義があって、彼の名はいずれ世界的に知られることになる。

 ただ、何で文芸部でやるのか。それが問題だった。


「凄いけど…」


 ばんっ!


 部長が両手で机を叩いた。三人とも振り返る。


「…凄いけどさ。でも、みんな、ちがうよ」


 一息ついて、


「それじゃダメなの。文芸部だし。高校生だし恋愛だし。ね?みんな何で、いっっつもこうなの!」


 沈黙、三人に緊張。でも部長にはもっと。だって声は上ずっていた。彼女は――。


「…ダメって言ってるんじゃないの、ダメじゃない、いや言ってるけど…ぐすっ」


 沈黙。泣いて――


「みんな文章をちゃんと書ける、書けます。でもそれ普通じゃないのよ、ぶっちゃけ!グズッ、今回も、ほら、恋愛の小説?これがァ?こんなの、あのホラ、ねえ、言ってみたら――」


 沈黙、


「こんなんフォーマット違反じゃん!ずるい!ずりぃよ!」


 まくし立てた部長はちょっと意味不明(?)。しかし彼女が真剣真摯な批判をぶつけていること。それは分かった。みんな分かった。だから沈黙。沈黙沈黙。

 泣いていた。この三人は文章を書けるから。しかも結構すごいかもしれない。ただちょっと違う道を走っているから。勿体ないから。本当はそれを言いたかったから。


「フォーマット違反か…」

「ちょっと分かるかも…」

「論文なら落とされてしまいます」


 三人とも真剣そうな表情でうなずく。分かりゃしないか。いやちょっと分かってくれたか。ちょっとだろうけど。ましてや変わらないだろうけど。三人とも。


「すまない、部長…君がそんなに苦しんでいたとは…」

「ごめんね、部長…」

「我が身を恥じる思いです」

「ぐすっ…、有難う。ごめんなさい。残りあと一週間、頑張って、できるだけ直していきましょう、ね…」


 涙を流すボスをいたわる部員たち。美しい光景の中で部が一つになった瞬間である。そうに違いない。


「あ、そう言えば…」

「なに…オカルト」


 ふと、思い出したようにオカルトが言った。部長は、眼鏡に落ちた涙を拭きながら答える。


「部長は何を出品するんです?」


 部長は、何を――。そう言えばそうだ。


「そう言えばそうだな」

「興味があります」


 新たな関心が注がれる。部長は、


「え…あたしは…」


 皆に囲まれたまま、その身体がやけに固くなったのが分かった。


「まだ、もう少し、書いてるから…」


 沈黙。

 沈黙。

 沈黙。

 沈黙。それを切ってゆっくりしゃがみ込む部長。オカルトが頭をなでる。

 部長は遅筆で筆不精、書くのは好きだがあまり書けない。けれども書くのは好きなのだ。

 コンクールまであと一週間。テーマは「恋愛」。オカルトはホラーだし、先輩はエロイし、学者は学者だ。そして部長は書いてない!

 どうなる桜高文芸部。戦いは幕を開けた。



(続かない)

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