第八話 不感
あっという間に時は流れて、卒業日当日だ。
あれから五日が経っているが、頑張ってモスとリックのスキルは奪取してある。
モスの《体術》はあれから数度呼び出しを食らった時、どさくさに紛れて《スナッチ》を発動させた。何度も発動条件を満たそうとしたのだが、攻撃を喰らう最中それを接触と目を合わせる事は割と難しかった。それに、《スナッチ》の成功確率も絡んできて、昨日になるまで奪う事が出来なかったのだ。流石に焦った。それでも、今の俺には《体術》も備わっている。
リックの《解析》も手に入れている。いじめられている時は無理だったが、模擬戦闘時に何とか奪う事が出来た。普段ならリックは模擬戦闘には参加しないのだが、俺相手だと何故か強気になって、訓練に参加する。とりあえず、負けたふりをしながら、適当に突進して、リックを突き倒した。覆いかぶさり、即効で《スナッチ》を発動させ、数回失敗を繰り返した後、何とか《解析》を奪う事が出来た。
今俺には《スナッチ》、《強化》、《炎熱魔法》、《剣術》、《体術》、《解析》の六種類のスキルを持っていることになる。
リックは《解析》系なので、卒業時の模擬戦闘には参加しない。モスは《体術》が無くなった事に気付かず、さっさと敗退した。その時、運悪く気絶までしていた。ステータスボードくらい確認しておけよ。確認されたら困るのは俺だが。
そして最終戦。
残ったのは俺とサウロのただ二人。当初から決まっていた組み合わせなので、ただの順番の関係上一番最後になってしまった。
会場には親御さんや騎士団関係者が押しかけている。これからの騎士団を担う若者の実力を直に見れる数少ない機会だ。ここでアピールする事は今後に関わるし、誰もが重要視するイベントだ。
サウロが闘技場のど真ん中に立って、周りにアピールしている。自分が負けるなどと考えていない。それも仕方ないだろう。相手が俺では油断するのも頷ける。
教師が「両者前へ」と俺たちを誘導する。
サウロが口を開いた。
「今日は頼むわ。俺の出世街道のために一役買ってくれ」
「あっそ」
「俺も悪いとは思ってるんだぜ? 親来てんだろ? 無様な姿を晒す事になって、親がどう思うだろうな?」
「言ってろ」
「アァ……?」
雰囲気が変わったサウロに教師が一喝する。すぐに態度をただし「すみません」と言って、サウロは木刀を抜いた。教師の前だとネコ被ってんだよな。こいつ。
俺も木刀を抜いた。
実力差は分からない。今のところは。だが、指標はある。先日手に入れた《解析》が俺の味方をしてくれる。
教師がルールの説明をしている間に、サウロを《解析》した。
名前は《サウロ・アンハーバン》。年齢は俺と同じ十八歳。レベルは――。
「20か……」
高いな。年齢より高いレベルはそれなりに努力をしていないと手に入らない。それなりの実戦経験を踏んでいるという事だ。
俺のレベル13。普通に戦っては勝てないかもしれない。それでも《強化》がこのレベル差を埋めてくれるかもしれない。
教師が総括して、短くルールを告げた。
「以上のように、急所への攻撃は禁止。気絶あるいはこちらの判断で試合を止めるまで、己が実力を十分に発揮してくれ。それでは両者位置につけ」
一定距離を開けて俺とサウロが構える。この距離なら魔法一発撃てる配慮だ。だが、魔法は使わない。それに使えない。まだ試していない。《剣術》と《強化》それに《体術》でこいつをねじ伏せる。
「それでは始めッ!」
喝の入った良い声が会場に響いた瞬間、すぐにサウロが突っ込んできた。考えなしの特攻だ。速攻で決着をつけて、試合を終わらせた最速タイムでも狙っているのかもしれない。意外に小さい奴だ。
「オォッ!」
気合一閃、急所である頭を狙ってきた。こいつ、ルール聞いてなかったのか……?
俺の事なんてどうなっても良いと考えているのもあるだろうが、これはあまりにも酷い。ルール無視ではそれは模擬戦闘でも何でもない。今まで通りの一方的な暴力と同じだ。そちらがそういう態度なら、こっちもそれなりに動かなくてはならない。
増強された筋力をフルに使って、迫る木刀の弾き返した。重い剣だったが、返せない事は無い。レベル差は《強化》で完全に埋めるどころか、俺の方が力は上だ。
サウロは弾き返されたことに驚きの表情を禁じえていない。硬直しているサウロの懐に潜り込んで、《体術》の一撃を叩きこんだ。砂で満たされたサンドバックを殴ったような感覚だ。良く鍛えられている。
会場がざわめく。無能の俺がサウロに一撃与えたことに驚いている。
「テメェ……!!」
サウロが羞恥に顔を染める。俺の反撃をモロに食らって、すでに恥ずかしい思いをしているのだ。しかし、硬いな。腹に何か仕込んでいるのではないか……? 《体術》の一撃を食らって、平然としているのはおかしい。もしかしたら、念には念を入れて、服の下に何書きこんでいる可能性もある。
ウゼェな。急所が狙えない以上、その上からチマチマ体力を削らないといけない。
「殺すッ!」
サウロが隠しもしない殺意を発散しながら、剣を構える。ジリジリ距離を詰めてきて、怒りの中にも冷静さが同居していることがうかがえた。
面倒な奴だ。
サウロが距離を縮めたことで、そのまま攻撃を仕掛けてきた。
「オラァ! 死ねッ! 避けてんじゃねぇぞ、コラァ!!」
俺もサウロの一撃を貰っては、どうなるか分からない。避けれる攻撃は避ける。《強化》があるのが大きい。思い通り体を動かす事が出来る。筋力が強化されたことで、いつも以上のパフォーマンスが発揮できている。
サウロは俺がチョロチョロ避けるものだから、大振りの攻撃が多くなってきた。怒りが冷静さを塗りつぶし始めている。
騎士団関係者も見ているところで、無能の俺相手にここまで手こずっていては、サウロの評価はがた落ちだ。こうして避けているだけでも、十分復讐していると言える。まぁ、それに中々隙が無いというのも実情だ。
同じ《剣術》を持っているから分かるが、多分技術面ではサウロの方が上だ。それに何かしらの防具を着こんでいる様では、俺はなかなか決定的な一撃を放てない。
これは当初の予定を覆す必要がある。《炎熱魔法》を使わざるを得ない。
「俺と打ち合え! ネクロォ!!」
サウロが叫ぶ。技術面で負けている様では、俺では勝てない。力勝負に持ち込むか、大きな隙を生み出すしかない。
パーンと大きくサウロの剣を弾いて、大きく後ろに跳んだ。《体術》のおかげで、自由に体が動き、《強化》でそれが補強されている。今なら何でもできそうだ。
サウロは俺の奇妙な行動に疑問を持ち、その場で止まった。追撃をかけない頭はあるようだ。
いつでも対応できるように片手で木刀を構えながら、イメージを固める。魔法の行使は初めてだが、俺には《炎熱魔法》が備わっている。火を出すだけで良い。一瞬のすきを作り出し、そこで接近したい。
イメージは矢。飛ばすイメージも固め、目の前に投影。
発動……!
「ファイヤ・アロー!」
矢を三本展開し、発射。
「何ッ!?」
三本の炎の矢がサウロに殺到する。サウロは俺がまさかそんな行動に移るとは予想もしなかった。回避が半歩遅いし、矢を見送っている。それは俺から視線を外す行為だ。
すぐさま走り出す。大回りして、全速で円を描くようにしてサウロへ。
ダダダッと足を高速回転させ、上体はブレない。足だけを動かし、最速でサウロに近づく。それに気づいたサウロがさらに俺から距離を取った。
「遅い!」
《強化》全開……!
地面を抉るかのようなダッシュを決め込み、前へ進む。再度加速した俺をサウロは驚愕の目で見ていた。
木刀を持つ右手を引きしぼり、すぐに突き出した。
「喰らえやァ!!」
下がるしかできないサウロの体に全体重が乗った突きが炸裂した。手応えは……軽い。
サウロが突きの威力で吹き飛んだかに見えたが、自分で後ろに跳んでいた。それでもダメージはある程度入った。受け身を取っているサウロに対して、追撃の魔法を。
「ファイヤ・アロー!」
ボボボッと三本の矢が飛来する。狙いは良かったが、サウロはこれを回避。一瞬の後、サウロがいた場所に矢が着弾した。
サウロはそのまま直進はせず、大きく俺から迂回。魔法で攻撃しにくいように動き回っている。直線で動いてくれた方が幾分かマシだったが、こうなっては魔力の無駄遣いはできない。
《炎熱魔法》を引っ込めて、木刀片手にサウロに突っ込む。流れは俺にある。ここで攻めず、いつ攻めるよ……!
「舐めんなよ、カス野郎が!」
サウロがその場で待ち構える。俺は剣を立てて、そのままサウロの体当たりした。サウロは体格差を活かし、俺の突進を受け止める。鍔迫り合いとなった。
「ぶっ殺してやる……! 恥かかせやがって……!」
「こっちのセリフだ、ゴリラ野郎」
《強化》全開……!
全身の力を強化。体格で完全に負けるサウロに対して、鍔迫り合いで押し込む。
「なっ……!? どうなってやがる!?」
「さぁな……!!」
完全に力では勝っている。行ける。
「オォォォォ……!!」
そのまま押し込んで、サウロに膝を着かせた。
「最高の気分だよ、サウロ君」
「テメェ!!」
サウロを見下ろし、屈辱的な言葉を投げかける。最高の気分だ。さらにのしかかる様にして、サウロを押し込む。
「クソガァァァァ!!」
サウロが絶叫する。それでも優勢は変わらない。俺が完全に押している。会場もざわめきが収まらない。
母さんの応援の声が聞こえる。いい感じだ。周りの声も聞こえているし、良い度合いで集中している。熱くなり過ぎず、冷めすぎず。
だが、ここからどうするか……。
こいつはルールに則って、文句の言わせず、メタメタのギッタギタにしたい。だが、防具をつけている様では、なかなか困った。
考えていると、サウロがあがいてきた。かなり不安定な体勢で、俺の脚に蹴りを入れた。
「うぉ……!」
「間抜けが!」
俺の体勢が崩れ、サウロが地面を転がって脱出した。立ち上がり、俺の事を睨む。
そこで、俺は笑った。
サウロが怪訝な顔をする。
「何笑ってんだよ……!?」
「いや、必死だねと思って。俺相手にそんなんで今後やってけるの? その程度で騎士になれるなら、俺も今からなっちゃおうかな」
「聞いてれば、ベラベラと……!」
サウロが突撃する。即座に《火炎魔法》で迎撃するが、これは避けられる。サウロがそのままコンパクトに木刀を振り始めた。防戦一方になる。技術戦に持ち込まれては、かなり分が悪い。
一歩下がって距離を取ろうとするが、サウロはそれを許さない。
「もう逃がさねぇよ!!」
「じゃあ逃げない」
ポイッと木刀をサウロの目の前に放り投げた。
「なッ!?」
サウロが即座に木刀を打ち払った。
隙が出来る。サウロの懐に潜り込んだ。
「オォォッ!!」
右掌底をサウロの鳩尾目がけて捻じ込んだ。インパクトの瞬間に衝撃をサウロの体に伝えるため、掌を捻じれるだけ捻じった。サウロが大きく目を開き、呻く。
「ぐぉっほ……!」
硬い。やはり中に何か着ている。長期戦は不利。
追撃の左ストレートをボディへ突き込む。サウロが怯む。《強化》全開……!
「オラァァ!!」
連続で腹に限って拳を入れる。下から突き上げるようにパンチを繰り返していると、サウロの体が宙に浮き始めた。サウロが抵抗するように木刀で俺の頭を殴った。
「ぐっ……! まだまだぁぁああ!!」
殴られて一瞬怯んだが、ダメージは無い。最後の抵抗に等しい。
繰り出せるだけのパンチを叩きこむ。体力の限界、瞬発力の限界に挑む。硬い。拳が割れているんじゃないかと思う位硬い。それでも、ここで引くわけにはいかない。
拳が痛む。これ以上は、今後に関わる。
サウロはほとんど白目をむいて、抵抗らしい抵抗もしなくなっていた。
「ラストォ!!」
その場で《体術》を織り交ぜ、宙に浮くサウロの腹に跳び回し蹴りを炸裂させた。グググッと足がサウロの腹にめり込んだ。凄まじい抵抗感だ。中に着こんでいる防具は相当な品だ。だが……!
「今までのお返しだぁっぁああ!!」
《強化》と《体術》をミックスした体技の限界に挑んだ一撃は、サウロを闘技場の端まで吹き飛ばした。
サウロの防具を砕いた感覚とともに、快感が襲い掛かる。
勝った。しかし仕事は終わっていない。
そのままピクリとも動かないサウロの上にのしかかった。
教師が「そこまで!!」と叫んでいるが、これは外せない。
目を開けて信じられない物を見ているような目をして、サウロは気絶していた。サウロの首に触り、目を合わせる。
直後、《スナッチ》発動の条件を満たした感覚。すぐさま発動するが、失敗。再度行使すること数回。サウロの《剣術》を奪った。それだけ分かれば問題はない。
教師に抱えられて、サウロから引きはがされた。
勝った。
俺の勝ちだ。教師が訝しげな眼で俺を見てくる。俺が勝つとは思っていなかった様子だ。しかし、やり過ぎた。サウロとの決着を急ぐあまり、《火炎魔法》まで使ってしまったのは失敗だった。
教師が何か言いたげにしていたが、倒れているサウロを優先して、医務室へと抱えていった。
しかし何かを達成したという感覚は、すぐに萎んだ。こんなものかと。折角、六年の復讐をしたというのに、あまり感慨というものが無い。
それは多分、今後の未来を思っての事だ。《スナッチ》があれば、どんなことでも乗り越えられる。過去にしがみ付くより、前を向いて歩いた方が良いと分かっているんだ。
「踏み台ご苦労、諸君。俺は強くなる」
闘技場の外にさっさと出て、外で両親を待った。二度と戻ってくることはないだろう。だが、この六年は無駄ではなかった。
全ては《スナッチ》が発現するための布石。
こんな力を持って騎士団なんかに所属できる訳が無い。俺はもっと自由な義勇兵で、上を目指す。
親が来た。
俺の勝利に興奮している。
悪くない。