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第七話 誓い

 スキルとはその人の人生そのものである。しかしそれは容易く発現するほど安くない。

 鍛錬を積み発現するきっかけが無い限り、永遠に手に入れる事が出来ない代物だ。しかし騎士養成校では全員が『スキル持ち』なのである。それは何故か。


 《譲渡》というスキルがある。


 他人に自分のスキルを《譲渡》できるのである。《アプフェルバオム・トレント》と呼ばれる希少種のトレントからとる事が出来るリンゴがある。

 このリンゴを一つ食べ、自分のスキルを渡したい人に触れ、そして《譲渡》する。


 騎士養成校はボンボンの集まりだ。金に物を言わせ、リンゴを入手。これまた金の物を言わせ、他人のスキルを金で買う。これには本当に金がかかる。

 俺もそれなりに裕福な家庭に生まれはしたが、流石に《譲渡》のリンゴを手に入れ、スキルを他人から譲ってくれるほどの資金は無かった。


 つまり騎士養成校のほぼ大半が『先天的スキル持ち』ではなく、養殖された『スキル持ち』である。最初から才能があるならまだ許せるが、他人から貰った才能に胡坐をかいて、俺の事を見下してしかいなかったのだ。ムカつく。ただ金持ちだったから、『スキル持ち』になった。ただそれだけの連中だ。


 俺がスキルを奪ってもまた金でスキルを買うだろう。


 イタチごっこをしている気分だが、それでも《譲渡》リンゴを入手するのは困難を極める。欲しがる人はいくらでもいるし、まだスキルの無い小さい子供に優先的にそれは渡っていくだろう。


 いい年した奴らが突然スキルがなくなりました、と言ってもすぐには復活不可能だ。


 俺がサウロ達のスキルを奪えば、それだけでかなりキャリアに傷をつける事が出来る。人生を破滅まで追い込む事は出来なくても、順風満帆の人生とはいかなくなるだろう。奴らの人生を確実に破滅に追い込むすべを俺は持っている。


 これほど気分の良い事も無い。



 いつも通りランニングなどのトレーニングをこなして、朝食をとる。卒業まで日にちが無い。早め早めの行動を心掛けないといけない。


 学校に行くともう通常通りの授業になっていた。通常でないのは、人が疎らになっていることだ。学生にも死傷者が出たため、もう卒業まで出席しなくてもいい人が出たらしい。死んだ人は言わずもがな。


 座学を終えると実技訓練に入った。

 

 この前の戦いを生き残った連中は自信がついたのか、割といい動きをしているし、意識が高い。ていうか、調子に乗っている。

 普段なら手を抜いて、適当に過ごしているくせに、今日に限ってやる気だ。


「ネクロ、俺とやろうぜ」

 

 サウロも通常運行だ。いや、それ以上にやる気だ。今の俺なら対等以上に戦えるだろうが、卒業時の模擬戦闘でコイツをフルボッコにすると決めている。今は我慢の時だ。


「わ、分かった……」


 なんて怯えた風に言っちゃう俺は、かなりの演技派だ。

 それからはサウロの一方的な剣戟が俺に叩きこまれた。やはり、変わっている。俺は確実に強くなっている。サウロが次どう動くのか予測が出来る。もしかしたらこう動くかもな、とか思っていると、本当にそのように動くのだ。俺の中の《剣術》がサウロの剣を予測している。


 それが分かっただけでも大収穫だ。


 《強化》された体だと、かなり防御力も上がっていた。痛いは痛いけど、気絶するほどではない。適当にあしらいながら、心の中でほくそ笑んだ。これは、模擬戦闘ではかなりいい結果を出せそうだ。


 訓練終了の笛が鳴り、サウロが手を止めた。一方的に攻撃できたのがお気に召したのか、何も言わずどこかへ消えた。


 まったく俺など眼中にないようだ。その認識、すぐに改めさせてやる。



 授業が終わり、帰宅する。

 街はすでに掃除が終わっているので、平常運転だ。


 今日は親を説得しようと、画策しながらダラダラ帰っていたらあっという間に暗くなっていた。

 家に帰るとすでに夕飯が準備され、父さんもすでにいた。慌てて荷物を自分の部屋に置いて、俺も食卓に着いた。


 すぐに食事が始まってしまったが、どう切り出していい物か分からない。


 義勇兵になる条件のスキルを手に入れたという事柄は満たしたが、《スナッチ》のことはあまり知られたくない。

 考えながら歩いてきたが、やはり良い物は思いつかなかった。ステータスボードを見せるのが一番手っ取り早いのだが、それでは《スナッチ》の存在がばれてしまう。


 とりあえず、流れで行くしかない。

 箸をおいて、キリッとした表情を作った。真面目な話であるという雰囲気づくりには欠かせない。


 それを察したのか、二人とも箸をおいた。


「どうしたの?」


 母さんが聞いてくる。


「あんま信じてもらえないかもしれないけど、スキルが発現したんだ」


 二人は無言で目を見開いていた。驚きというよりも疑惑の方が大きそうだ。


「本当か……? 嘘吐いてるんじゃないだろうな」


 と、父さんが聞いてくる。それも仕方がない。まさかこうなるとは思っていないだろうから。


「嘘ついてもしょうがないだろう」

「じゃあ、ステータスボードを見せてみろ」

「え、いや。それは困るっていうか……。あんま見せたくないっていうか……」


 俺が変な態度をとるものだから、良心の疑惑の目がどんどん強くなってきた。


「何で見せられないんだ。やましいことでもあるんじゃないか?」


 あながち間違ってない所が困る。《スナッチ》の存在自体がかなりやましい事だ。


「……まぁ、本当にスキルはあるんだって。筋力強化系の」


 ますます二人の目が細められた。

 母さんがパンと手を叩いて、名案でも思いついたような顔になった。


「お父さんと腕相撲したら? 今までならネクは勝てなかったし。本当にスキルがあるなら、お父さんに勝てるわ」


 それは……どうなのか。

 父さんはそれなりに力仕事をしているから、かなり太い腕をしている。丸太のように立派だ。そんじょそこらでは見られる物では無いだろう。


 《強化》があったとしても、勝てるのだろうか。

 でも、ここで勝てませんなんて言ったら、義勇兵への道は完全に閉ざされる。


「いいよ。俺は、やっても」

「……いいだろう。やってやる」


 母さんが机の上を片付けた。ここでやらせるようだ。

 安心しろ。スキルの有無は天地の差を生む。それを一番知っているのは俺だ。たかが腕が太いというだけでは、スキルには勝てない。それができれば、俺は苦労していない。


 父さんも本気になったか、袖を捲って、太い腕を見せつけ、俺を威圧してくる。実の息子に向かってそこまでする必要はないだろう。何をムキになっているんだ。子供には負けたくないとか、そんなんだろうか。


 肘をテーブルに付けて、父さんと手を組んだ。

 滅茶苦茶硬い掌だ。マメが何回も潰れた形跡がある。重いな。これに勝つって。


 母さんが掛け声をかける。


「それじゃ……始め!」


 同時に全力で力をかけた。《強化》全開で力をかけるが、かなり拮抗状態だ。

 スキル無しでここまで《強化》に対抗している。それだけ鍛えているという事だ。だが――!!


「うらぁぁぁ……!!」

「うぬぅぅぅ……!?」


 俺も負けていられない。これがスキルを持つ証明となるなら、それでいい。俺の細腕で、父さんに通常勝つなんてあり得ないからだ。それはスキルの恩恵を受けていることに他ならない。


 全力を振り絞る。最後の一滴になるまで。絞り出すように筋肉を躍動させる。だが、父さんも頑張る。顔を真っ赤にしながら、まだまだ負けないとばかりに盛り返そうとしていた。

 しかしそれでも力は俺が上回っている。


 最後にはゆっくりと俺に力の天秤が傾き、父さんの手がテーブルに着いた。


「……本当に勝っちゃった」


 ポツリと母さんが言葉を漏らした。

 圧勝ではなかったが、負ける事はない。それだけは分かった。


「こ、これで、信じてもらえる……?」


 本気を出したので息が切れる。父さんは呆然とした様子で、自分の手を見ていた。数秒黙ったままだったが、「あ、あぁ……」と返答した。


「本当に筋力強化系のスキルがあるみたいね」

「みたいだな」


 二人は顔を突き合わせて相談している。なに、これでも義勇兵になっちゃいけないの?


「約束でしょ。スキルを手に入れたら、義勇兵になってもいいって」


 しかし二人は黙ったままだ。ここになって約束を反故にされてはかなわない。


「スキルが手に入ったんなら、義勇兵じゃなくて騎士団で良いんじゃないの?」


 やばい。そう来たか。確かにスキルが手に入れば、騎士団に入った方が安全だし、安定して金も手に入る。それは考えていなかった。何より《スナッチ》がばれれば、俺はただでは済まない。その時点で、騎士団という選択肢はなかったんだ。

 いや、待て。


「もう内定は終わってるよ。今更俺が入る余地はない。それに俺の無能ぶりはもう騎士団側の知るところだし、今更雇ってくれる訳が無い」


 自分で言ってて悲しくなってくる内容だ。それを否定され無いというのも、また悲しい。


「そうなの……。そうなると……。お父さん、どうする?」


 これでも義勇兵はやらせたくないようだ。父さんは瞑目して、何か思案している。


「な、なんだよ。これだけ力が強ければ、魔物にだって負けない。一昨日だって何匹かゴブリン倒したし」


 それを聞いて、父さんは仕方なしとばかりにため息を吐いた。


「分かった……。好きにしろ」


 母さんがギョッとして父さんの方を見た。


「いいの?」

「仕方ないだろう。本人はやる気になっているし。騎士団には入れないようだし」

「まぁ、そうだけれども。ネクが危ない目にあうかもしれないのよ?」

「それは騎士団でも同じだ。どこで戦うか。その違いしか騎士団と義勇兵の差はない。地上か迷宮か。それに義勇兵も立派な仕事だ。魔石を回収しないと、王国は回らない。ネクロがそれに携わるのも一つの道だろう」


 父さんがなんとか母さんを説得しようと口を回す。あまり喋らない人だけに、俺も母さんもあっけに取られた。


 父さんが頭を掻いた。少し顔が赤い。照れているのだろうか。


「まぁ、そういうことだ。好きにしろ」

「うん。分かった」


 俺は立ち上がって、リビングから出ようとしたが、出る直前で止まり、振り返った。


「二人とも、卒業する時の模擬戦闘見に来る?」


 この前までの俺なら、絶対に見に来て欲しくなかった。同輩にボコボコにされるだけの行事だと思って、ずっと気に病んでいたのだ。だが、今の俺は違う。レベルは若干低いが、スキルがある。何とかなるんだ。


「ネクロも強くなったみたいだ。見に行くか、母さん?」

「そうしましょ。楽しみにしてるわ」


 俺は一つ笑って、部屋に戻った。

 顔にはどす黒い笑みが張り付いていたかもしれない。


 サウロ。お前にはより大勢の前で恥をかかせてやる。



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