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第五話 奪う

 ステータスボードを見て、驚愕した。

 突然、二つもスキルが手に入ったからだ。これは、どういうことか分からないが、喜んでいいだろう。いいよな? いいでしょ。うん。


「やった……! 遂に、俺のスキルが……!」


 もっと喜ぶものだと思ったが、内から湧き上がってくる感動で感情表現が上手くできない。もう、嬉しいのに、大っぴらにもできない俺の性格が憎い。

 うれしい。うれしい。ステータスボードを握りしめた。何度見てもそこには《スナッチ》というスキルと《強化》がある。


 《スナッチ》のことは分からない。聞いた事が無いからだ。レアなスキルなのかもしれない。それはそれで嬉しいが、使い方が分からない。

 《強化》は知っている。かなり有名なスキルだ。体全体が強化されるかなりお得なスキルだ。だからさっきから調子が良かったんだ。これは、嬉しい。汎用性の高いスキルだからな。


 嬉しさを噛みしめていたが、横にいるゴブリンを見てそうも言ってられなくなった。今は、たまたまゴブリンを倒す事が出来たが、もっと数が多かったり、上位のゴブリンが出てきたら、俺の命が危ない。


 戦いに参加する必要もなくなった。

 なにより戦いに参加するのは、俺の実績づくりに必要だったからだ。


 今は家に帰って、頭の中を整理したい。


 俺は立ち上がって、すぐに校門から出た。辺りは街頭に照らされているが、人が通っている気配はない。どこかに避難しているか、家の中に閉じこもっているだろう。

 両親がどちらの選択をしているかなど分からないが、とりあえず家に帰りたい。


 だが、そうは簡単に行かなかった。帰り道、道路に二体のゴブリンが徘徊していた。結構いる。ここ以外の道を通ってもいいが、そこにも居たら意味がない。迂回する必要はない。突っ切った方が良いだろう。

 なにより、このゴブリン達は倒さないと、町の人に被害が出るかもしれない。


 武器になりそうなものは持っていない。あるのは《強化》のスキルだけだ。全然余裕だ。ゴブリン程度なら狩れる。それが二体であっても、奇襲すれば行ける。


 ゴブリン達が背を向けた瞬間に、駆け出した。

 音をたてないように気を払ったが、そんな事は出来ない。最終的にドスドス音を立てながら、走った。ゴブリン二体が俺に気付いて、慌てて剣を抜いた。やべぇ。剣持ってんのかよ。

 ゴブリンが剣を振ってきた。でも、大丈夫だ。サウロの《剣術》ほどじゃない。頑張れば避けられる。第一、《強化》のスキルが大分効いている。動きがさっきまでとは全然違う。体が軽い。これなら……!


 ゴブリンの攻撃を避けざま、グッと足に力を込めて間を詰めた。


「喰らえッ!」


 意識して力を込めた。行ける。使えていると思う。

 拳がゴブリンの顔面をとらえた。顔面を砕いた感触が伝わってきた。ゴブリンが剣を手放す。それを拾って、もう一体のゴブリンへ。

 ゴブリンは仲間がやられたことに怯み、逃げようとしていた。《強化》を使用して、ゴブリンに追いつき、背中を突き刺した。


 ゴブリンは倒れ、動かなくなった。


「やった……」


 二体のゴブリンを相手にしても、倒す事が出来る。今のは運も絡んでいたが、それでも一体は実力で倒す事が出来た。


 強い。強くなってる。基礎錬を欠かさなかったこともでかいが、それ以上にスキルが強い。自分の変わりようが恐ろしい。たった一つのスキルでここまで変わるなんて。


「まぁいいや。とりあえず、帰ろう」


 ゴブリンの死体は放置し、そのまま道路を慎重に歩く。結構町の中に入ってきたゴブリンがいる。慎重に行かないと、何回も闘う事になろうだろう。ゴブリンの剣は拾っているが、上手くは使えない。戦わないこと以上に良い事は現状ないのだ。


 街を徘徊するゴブリンを見つけては、それをやり過ごし、また移動する。そんなことを数回繰り返すと、家にたどり着いた。その辺に剣は捨てて、家の中に入った。


「ただいま」

 

 玄関から入ると、すぐに父さんと母さんが飛んできた。


「騎士団は戦いに行ってるんじゃ……」


 母さんがそんな事を言った。確かに、そうだけど。どう説明しても、俺の株を落とすだけだ。「いや、まぁ……」みたいな受け答えしかできなかった。


「ネクロは行かなくて良かったのか?」


 ズバッと言いにくい事を父さんが聞いてきた。同級生に気絶させられて、参加するタイミングを逸した何て言えない。


「……後から行こうかなとか、思ってたり、思ってなかったり」


 とか適当なことを言いながら、二階への階段を上った。後ろで心配そうな目で見てくる両親を無視して、自分の部屋の扉を開け、中に入った。

 ベッドに座って、ステータスボード改めて見た。


 やはりスキルがある。先程《強化》のスキルは実感した。かなり強力なスキルだ。全身を強化している感じがするし、何よりゴブリン程度なら一撃で殺せる攻撃力を手に入れた。

 問題はこっちの《スナッチ》というスキルだ。


 スナッチ。意味は……多分、奪うとかそういう感じだ。何かを盗むってイメージを持てばいいと思う。何を盗むんだ……? すれ違いざまにスリを行うスキル? ショボッ。でも、違うと思う。考えを逸らしてはいけない。

 ヒントはある。

 何故、俺が《強化》のスキルを持っているのか考えれば、おのずと正解は出る。


 俺を殺す寸前まで追い込んだゴブリンの力は、かなり異常だった。人一人を吹き飛ばす力なんて、ただのゴブリンが持っているものではない。それは確実に、『スキル持ち』である証拠だ。あいつは確実に何かを強化する系統のスキルを持っていた。それはこの《強化》に適合する。


 恐らく、奪った。


 才能を奪う才能、と言えばいいだろうか。


「……ククッ」


 笑いが止まらない。これは、色々な事が出来る。何でもだ。俺はあらゆる可能性を手に入れた。一つ持っているだけで、超人的な能力を発揮するスキルを複数個持てる権利を俺は手に入れたんだ。


 最強すぎる。


 果てしない。これは最強だ。俺はどんな強者にも対応する力を手に入れた。この力で、敵の才能を奪えば、俺は強くなり、相手は弱体化する。

 その落差は圧倒的なものになるだろう。

 あのゴブリンは途中で、かなり弱くなった。いきなり動揺していたのは、《強化》が俺に奪われて、自身を強化できなかったからだ。さぞ慌てたことだろう。自分の物であったものが、他者に奪われる。

 分かる。


 俺もサウロ達に尊厳を奪われ続けた。それはとてもつらい事だ。そして、とても、楽しい(・・・)

 

「最強だ……! まさに俺にふさわしい……! 最強だよ、《スナッチ》!!」

「うるさいわよ!」


 階下から母さんが俺を一喝した。しまった。興奮しすぎて下にまで聞こえてしまったようだ。慌てて口を押える。

 聞こえないだろうが、小さな声で謝っておいた。


「さて……」


 これからの方針を決める必要がある。

 《スナッチ》は高確率で、敵のスキルを奪う事が出来る。このスキルは強い。いや、強すぎる。それ故に、知られてはいけない。知られるとしても、それはごく親しい物に限られるだろう。


 それと、《スナッチ》は知られるわけにはいかないが、これは使う。サウロとモス、リックのスキルは、絶対に奪う。これは確定だ。《スナッチ》が手に入った瞬間、復讐は決めていた。

 スキルが無くなれば、あいつらの人生は大きく狂う。騎士団に入れない事すらあるかもしれない。それを思えば、俺を六年間苛め抜いた奴らに同情する事なんてあり得ない。

 それは他の奴にも同じことが言える。イジメを見て見ぬふりをしてきた奴らも同罪だ。そいつらの人生がどうなろうが、俺には関係が無い。それに、あと一週間で学校も終わる。そんな関係の薄い連中の事を心配する必要もない。

 だが奪い過ぎると、問題に確実になる。何故、人のスキルが消えたのかと詮索が始まること請け合いだ。


 ここで、電撃のような考えが俺を貫いた。


「待てよ……!」


 今、騎士団と学生はゴブリンと戦っている。学生まで引っ張っているという事は、それなりに苦戦を強いられるという事だ。それでも騎士団が勝つことは織り込み済みだろうが。

 ここで、問題になるのは、果たして犠牲者はゼロに抑える事が出来るか? ということだ。


「それはないな」


 絶対に無理だ。大規模侵攻が今この町を襲っている。平時なら騎士団のみで対応する所を学生まで手伝わせているのだ。想定外の事態なのは間違いない。

 その中で、学生のみまで案じる事が騎士団に残っているか? 否。残っていない。町を守る事だけが精一杯だ。そしてそれは確実に失敗している。

 何故なら、普通にゴブリンが町の中にいるからだ。それは一定数のゴブリンが、騎士団連合の防御線を突破しているという事に他ならない。


 必ず死傷者が出る。それは確実に学生の確率が高い。

 そして《スナッチ》を使用して、対象者を弱体化させれば、その確率はさらに上がる。多数を相手にスキル無しで戦おうなどというのは、愚の骨頂。それは少し前までの俺だ。絶対に怪我をするか、死ぬ。死ななくても、随分と長い間療養を必要とする確率が高い。

 治癒魔法を持つ人物がいればそれは覆ってしまうが、それは仕方がない。


 確実に今はチャンスなのだ。

 今、誰かのスキルを奪っても、あまり問題になりにくい。奪った奴が死んだら、それは絶対に問題にならない。


「いや、待てよ……」


 もしかしたら《スナッチ》は死んだ奴にも有効だという可能性がある。そうなれば、わざわざ危険を冒してまで生きている奴から奪う必要はない。


 今こうして家で考えているのが時間の無駄のように思えてきた。

 格好はそのままに、一階の父さんの工房に向かった。途中で父さんに会ったので「剣一本借りるよ」と言っておいた。

 

「行くのか……?」


 工房へ行くのを一旦中止して、廊下で立ち話をした。


「ちょっと用事が出来たんだ。今がチャンスなんだよ」

「そうか……。無事に戻ってこい」

「分かった」


 工房に入って、剣を漁った。いや、良し悪しなんて分からないので、長剣一本だけ持って外に出た。

 母さんが直前で「ちょっと待ちなさい!」と言っていたが、まぁ、無視だ。


 《強化》全開で道路を駆け抜ける。戦いが巻き起こっているのは東の方向だ。曲がり角を曲がった時、ゴブリンが居た。


「うぉっ!?」


 ビックリしたが、立ち止まってはいられない。《強化》した俺の脚力にゴブリンは付いてこれていない。


「これなら……!」


 ゴブリンを引きはがし、東へと。 

 戦闘はかなり町から離れた所でやっているようだ。町から離れた所で、ゴブリンを全部殺す気だったんだろう。だが、数が多すぎるんだ。防ぎ切れていない。

 目の前から数体ゴブリンが走ってきている。戦闘は不可避だ。


「《剣術》は無いけど、毎日木刀は振ってたんだ。舐めんなよ」


 父さん手製の剣を抜いて、先頭にいるゴブリンの腹に剣を突き刺した。ゴブリンはすぐには絶命せず、剣を振り回して、最後に俺に一撃を与えようとしている。


 サッと剣を抜いて、一歩下がった。


 まだこいつを含めて、三体いる。二体のゴブリンが左右から俺を挟み込んだ。まずいな。《強化》だけだと、安全性に欠ける。遠くから攻撃するしかない。二対一は不利だ。


 鞘を左手で掴み、右から近づいてくるゴブリンに鞘を放った。ゴブリンはビクッとして動きを止める。


 《強化》を全開で使用して、ゴブリンに接近して、頭を叩きつぶす。ゴブリンは呆気なく倒れた。行ける。やれてるぞ。一対一を複数回行えば、多対一でも勝てる……!


 残ったゴブリンが逃走を開始したので、追跡。そのまま背後から剣をぶち込んだ。倒れたゴブリンの頭を踏みつぶし、止めを刺した。


「行ける……! 行けるぞ……!!」


 確実に強くなってる。俺は、強い。それでも、調子には乗るな。波に乗っているだけで、これは脆い物だ。焦りは禁物だ。

 鞘を拾って、剣を収める。


 また東へと走った。まだゴブリンはいたが、いちいち戦っていては時間のロスだ。ゴブリンを無視して、疾駆する。すぐに、戦場が見え始めた。


「なんだ、アイツ……」


 奥の方にかなりデカいゴブリンが居る。数十メートル離れているのに、頭二つ抜けてデカイゴブリンが居た。名称不明だがかなりの大物ゴブリンだ。この軍を率いているゴブリンの可能性大だ。


「あれは格が違うな」


 絶対『スキル持ち』だし、レベルも高い。騎士団でもきつい相手だ。だが、周りからも魔法などの援護が飛んでいる。負ける事はないが、勝つのも生半なことではない。

 まだ時間がかかるだろう。


 俺が到着した後方の陣でも、入り乱れた戦闘が巻き起こっていた。数こそそこまでの数ではないが、学生らが頑張って戦っている。実戦経験でかなり劣る彼らは、ゴブリンでも少し押されている。数が多いため、一体に集中していられないからだ。いつも圧倒的有利な立ち位置で戦っている彼らは、ゴブリンの土俵に引きずり込まれ、苦戦を強いられている。


 これは予想以上に事態が好転している。これなら幾らでもチャンスはありそうだ。期限は最前線であのデカいゴブリンとの戦いが終わるまでだ。それ以上、不可解な行動をしていると、何か不都合が出るかもしれない。


 辺りを見渡す。それぞれ頑張って戦っているが、それなりに死者も居た。俺も最初からここに居たら死んでいたかもしれない。


 死体から確認したいが、戦闘中になにか不自然なこともできない。とりあえずは、後方で休んでいる奴らからだ。ゴブリンがこっちに来ないように祈りながら、一人の青年の背後から近づいた。

 よく模擬戦闘で俺をいたぶってくる奴だ。《炎熱魔法》を覚えているはずだ。いつも燃やされていたので、記憶にある。名前はマルコス……だっけ。よく覚えていない。赤黒い髪の毛をしていて、ローブを着ている。杖なんて持っちゃって、自分は魔法使いですよって自慢してやがる。うぜぇ。


 その才能、俺が貰ってやるよ。


 近くまで行って、とりあえず、《スナッチ》と唱えてみた。


「……?」


 駄目だ。何が起きたかさっぱりわからない。《強化》を使うときは、はっきりと自分の体が強くなったようなするのに、《スナッチ》はまったくそういう気配がない。むしろ、何も起こっていないような気がする。あれか。発動条件があるとか……?

 あり得る。むしろこれほどの力だから、それくらい無いと割に合っていない気がする。


 なら、俺は《強化》を奪うとき、偶々その条件を満たしただけ? かなり危ない橋を渡っていたらしい。


 俺がチンタラ悩んでいると、マルコスが振り返った。途端に罵声を浴びせてきた。


「カスかよ。何でまだお前が生きてるんだよ。なぁ」


 俺の扱いが分かる一文だ。言われ慣れているが、やはりムカつく物はムカつく。


「テメェが生きてるなんてあり得ねぇ。逃げ回ってただろ、お前」


 マルコスは俺の胸ぐらを掴み上げ、睨んできた。俺はその腕を掴んだ。あの時と同じ条件にしないといけない。俺は少なくともゴブリンに触れていた。それは確かだ。発動条件があるなら、限りなくさっきと同じ状況にしないといけない。


 俺の反抗的な態度を見て、マルコスがさらに表情を歪ませた。無能の俺にまさかそんな態度を取られるとは思っていなかった様子だ。


「なんだよ。その態度は……。落ちこぼれのくせに何調子こいてんだよ」

「別に」


 その瞬間、カチッと何かがかみ合った。来た。確実に何かが整っている。瞬間、《スナッチ》らしきものが発動した感覚に襲われた。目の前のマルコスに何かが侵入し、奪い尽くしていく感覚。そして、訪れる充足感。俺の中に、確実に何かが積み上がった。強くなった。そんな感覚に襲われた。思わず笑ってしまった。


「フフッ……」

「何笑ってんだよ……!?」


 マルコスが俺の胸ぐらをさらに捻り上げた。これが笑っていられずにどうする。俺は、今、確実に炎熱魔法を手に入れたんだぞ。こんなにも苦労も無く。ステータスボードを見るまでも無い。

 俺は強引にマルコスの腕を振り払い、突き飛ばした。マルコスが地面に倒れる。マルコスが呆気に取られたような顔になった。もう馬鹿だよ。コイツ。


「まぁ、頑張ってよ。君の言うとおり俺も戦いに行くから。じゃね」


 ヒラヒラと手を振って、マルコスから離れる。同時にゴブリンが二体抜けてきた。俺とマルコスに一体ずつ。俺は剣を抜いて、さっさとゴブリンを斬り伏せた。

 対するマルコスは――。


「な、なんで、《炎熱魔法》が発動しないんだ……!? 魔力切れにはなってないぞ……!? く、来るな!! おい、ネクロ! 俺を助け――ぐぁぁぁ!!」


 マルコスがゴブリンの剣に貫かれた。最後に俺の方を見て助けを求めたが、俺も忙しい。第一、助ける義理も無ければ、助けたいとも思わない。用済みの無能(クズ)は俺には無用だ。

 マルコスは地面に倒れ、ゴブリンは執拗に剣で攻撃する。

 それを見て、他の奴らも体勢が崩れ始めた。《炎熱魔法》の援護がなくなったため、戦場が混乱し始めている。俺も危険になってしまった。


 できるだけ戦闘に参加しない様に知って、周りを観察する。それなりに頑張っているが、どうしようもなく経験不足の連中だ。俺も含めだが。


 今もフランという女が、バッサリと斬られていた。ゴブリンが止めを刺そうとしている。これはマズイ。あの女死ぬぞ。

 《強化》した脚力で女のもとまで駆け抜け、剣を突き出す。突然の乱入者によって、ゴブリンの喉が貫かれた。やった。上手く行った。

 剣を引き抜いて、フランという女の方を見た。


「ぐ……ぅ……。アンタ、なんで……」

「うーん、これは重傷だね」


 正面からフランを見て、《スナッチ》を発動しようとするが、やはり駄目だ。さっきみたいな整ったような感覚が無い。発動条件が若干厳しいな。


 フランは胸のあたりをバッサリと斬られ、血が溢れ出していた。

 別に死んでも構わない。それはそれで、死体に《スナッチ》が有効である確認する作業が出来る。しかし、こいつの武術系統の《剣術》はぜひとも欲しい。俺には《強化》による力の増大はあるが、まるで技術を伴っていない。これでは力の強い素人と変わらないのだ。


 生者に対しては確実に《スナッチ》が発動する事は確認している。ここでフランに死なれても、少し困った事態になる。


 フランに手を差し伸べた。先程と同じように場を整えないと。強引に行ってもいいが、あらぬ疑惑が建てられても困る。あくまでも紳士的に事を運び、俺に疑惑が向く可能性を排除しなくてはならない。


「後ろに下がろう。ここは危険だ」


 努めて冷静に、笑顔を絶やさず言った。

 しかしフランは俺の事を警戒しているのか、違う理由かは分からないが、大けがをしているというのに、俺の手に触ろうとしない。


 ネクロキモイとか思っていそうだな。別にいいけど。死んでもいいなら。


「どうすんの? 放置すると悪化するだけだよ?」


 何て紳士。目的のためなら手段は選んでいないな。怒ってもいい場面で怒っていないのだから、感謝して欲しいくらいだ。

 フランは一度「痛ッ……!」と苦痛を漏らした。


 それが決定打になったのか、ゆっくりと手を差し出した。

 それを握って、フランを立たせた。

 瞬間、またあの感覚に襲われた。《スナッチ》の発動条件が整った。すぐに発動させるものの、先ほどの様なスキルを奪った感覚が来ない。失敗……? 発動条件に加え、成功確率まで絡んでくるのか。うざったいな。

 条件が整っている間に、連続で《スナッチ》を使った。何度も何度も使用する。あの充足感が来るまで。まったく成功しない時間が過ぎて、一度、発動条件が消えたのだろう。発動できなくなった。


 動揺するな。まだチャンスはある。

 フランに肩を貸して、そのまま引きずるように後方の《治癒魔法》の使い手まで。

 マズイな。まったく発動条件が整わない。このまま引き渡すわけにはいかない。だが、不審な行動もできない。

 ジレンマに苛まれていると、《治癒魔法》使いの方からこっちに来た。


「大丈夫ですか!?」


 大丈夫に見えるなら、お前はまったく《治癒魔法》を使いこなせていない。これだけ出血しているのに、そんな間抜けな質問も無いだろう。

 フランを引き渡す瞬間、彼女と目があった。


「……一応、礼は言っとくわ」


 発動条件が同時に整った。すぐに発動すると、待ちわびていた充足感が俺の中に入ってきた。

 こっちこそ、礼を言うよ。《剣術》、ありがとう。


 次に行こうとしたが、前線から勝鬨が上がった。ウォォォォォと誰もが叫んでいた。振り返るとあのデカいゴブリンの首が飛んでいた。殺したらしい。それを見たゴブリン達が潰走し始めた。あのデカいゴブリンが大将だったようだ。


「ここまでだな」


 ここからは追撃戦と掃討戦だ。

 俺がここに居たことは、フランという女には知られた。証人が一人いれば、俺がサボっていないという事は分かってくれるだろう。


 ばれない様にソッと町の方に帰る。騎士団は逃げるゴブリン達の背中に剣を突き立てている。あれが終われば、次は町のゴブリン達を殺す事になる。むしろ、すでに町の方に引き返している騎士もいた。

 俺もあの中に混ざって、街に帰ろう。


 ステータスボードをポケットから取り出し、ニヤつく顔を押さえながら家路へと着いた。

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