第四話 待望
親と一か月で結果が出なければ、義勇兵を諦める同然の宣言をしてから三週間。俺は悩んでいた。やはり、無謀な挑戦だったかもしれない。六年間何も変わらなかったのに、たった一か月で変化を求めるなんて、虫が良すぎだ。
サウロ達三人にまたしても蹴られながら、思索にふける。すでに暴力が始まってから、幾分か経過している。今は代わりばんこに、俺に石を命中させようとしていた。遠くから俺に向かって石を投げるだけのゲームだ。本人たちは悪気はないのだろうが、そんなの喰らったら一発で昇天する。とりあえず、頭だけ庇っておく。
サウロ達は十メートル程度離れた場所から、全力で石を投げる。石が近くの地面に当たるたびに、ビクッと体が跳ねた。ソーッと着弾した場所を見ると、地面が抉れている。あんなの、頭を庇っていても最低、気絶は覚悟しなくてはならない。
いつ来るか分からない石の弾丸に怯えながら、縮こまる。
と、とにかく、いつか気絶するのは確定だ。あの石はいつか俺に直撃する。時間がもったいない。考えなくてはならない。
どうにかして、親を説得しないといけない。俺が義勇兵としてやっていける根拠を示さない事には、両親も俺の提案を飲まない。一番はスキルを手に入れる事だ。だが、この望みは薄い。何か切っ掛けが欲しいが、それも無い。やはり、二人を丸め込まない事には、義勇兵にはなれない。
別に俺だって実践訓練は乗り越えている。ゴブリン程度なら頑張れば倒せるし、死にはしない。
やはり、魔物からとれる『魔石』を回収して、それを提示するのが俺の実力を見せるのには一番適しているだろか……? はっきりとした証明があれば、二人も納得してくれるはず。
問題は本当に倒せるのかという事だ。普通にやれば、ゴブリン程度なら倒せる。だが、それは一体の場合だ。もしも複数で襲い掛かられたら、俺一人では対処できない。そうなれば、俺は死ぬ。
考えるだに恐ろしい。でも、それくらいしないと二人を納得させられない。
別に父さんの仕事が嫌な訳では無い。あれはあれでいいだろう。
でも、俺はこの六年を無駄にしたくない。
ここで普通に父さんの仕事を継げば、俺は一体なんでこのイジメの嵐を耐え忍んだのか訳が分からなくなる。せめて、一瞬でもいいから身に着けた技術を使いたい。世のため人のため何て言わない。俺のために、俺は行動しなくてはならない。
「オラァ!!」
その叫びとともに、かなり大きめの石が飛んできた。避けようもない。頭にゴツッと鈍い音と共に意識が薄らいでいく感覚。激しい痛みが意識の断絶を阻害しているが、その内、眠るように――。
その時、時間を知らせる鐘の音がけたましく鳴り響いた。そんな時間だったかと訝しがったが、違った。緊急の鐘の音だ。金を叩く感覚の長さで文章を知らせている。カーンカンカンと連続した音が町中に響き渡る。三十秒程度鳴らされていた鐘の音で、知らせたい事が分かった。
『ゴブリン襲来。騎士団集結』
簡潔であったが、かなり自体は大きい事が把握された。わざわざ鐘の音を鳴らして報告する事だ。かなりの大軍勢がこっちに来ていることが推測される。そして、この召集はおそらく騎士養成校の騎士見習いにも適用されるだろう。少しでも戦力が欲しいのに、遊ばせておく余裕はそれほどない。サウロ達も金の音に聞き入り、現状を把握しようとしていた。
「やべぇな。数はどんだけだ?」
サウロが手に持っていた石を捨てて、モスとリックに聞いた。リックが「数は言ってなかった」と冷静に告げる。モスが「俺達も行くか?」と聞いた。
「当たり前だろ。ここで活躍して、出世街道に乗ってやんだよ」
サウロが俺のことなど忘れて、モスとリックを連れて今も告げられている招集場所へ走っていった。
マズイ。俺も行かないと……。
「ぐっ……ぁ……」
駄目だ。体に力が入らない。意識が……。手を伸ばす。動かない。駄目だ。行けそうにない……。
そして、緩やかに意識が途切れた。
*
騎士団の常駐戦力はそれほど多くなかった。それでも全員が『スキル持ち』であることを考えても、かなりの勝率を誇るだろう。
斥候によるとかなりの大物ゴブリンが居るみたいだが、問題はない。多少の犠牲は覚悟で特攻すれば、倒せない相手ではない。《解析》系に調べさせ、相性のいい使い手を送り込む。
この町の騎士団長の思惑は、そこまで間違っていない。
問題なのは、街に入り込むであろう少数勢力だ。騎士団のみでは町の全てをカバーする事が出来ない。住民にも多少の被害が出る事が予想されていた。
しかし前線で戦う人数を減らせば、それだけ苦しくなるのも道理。一匹たりとも町に入れない覚悟で臨み、その後掃討戦を町の中で行う。これが作戦になるだろう。
団長が斥候から戻った団員の報告を聞く。
「数はおそらく千五百ほどになります。同行した《解析》系の報告では、多種のゴブリンが確認され、『スキル持ち』も複数いるとのことです」
「そうか……」
そうなると、もしかしたら軍を率いているのは『キング』の可能性もある。規模がかなり大きい。それほどの巣がどこにあったのか知りたいが、これを叩けばほとんど壊滅させることも可能だ。それと軍の大きさから、かなり亜種が居てもおかしくない。ウォーリアー、アーチャー、メイジ。特にメイジはマズイ。魔法を使われては、こちらにも大きな被害が出る。
だが、やる事は変わらない。例え不利な相手でも全力を振るえば、倒せない事も無い。
「矢は?」
「ありったけ持ってきました。ですが、敵も盾を持っている様です」
「頭が良いな。やはり統率する『頭』がいるな」
盾を持たれては、矢の攻撃力も半減する。矢で短期決戦を仕掛ける事は難しくなり始めた。それでも撃てば、かなり数を減らせるはずだ。
まずは遠距離攻撃。その後、白兵戦を挑む。隊を分けて、挟撃も考えなくてはならない。数に乏しいこちらは何でもやらないといけない。学生を使うのは心苦しいが、全員『スキル持ち』だと聞いている。毒にも薬にもならないだろうが、いないよりマシだ。
「全隊揃いました」
副官が準備完了を告げた。白い鎧を着て、かなり重装備だ。自分も人の事は言えないが。
「隊を三つに分ける。二隊先行させて、森に潜んでいろ。戦闘が始まったら、挟撃だ。これを全員に伝え、三十分後に出発する」
「了解しました。すぐに編成します」
副官はすぐに下がって、忙しなく動き始めた。
ほどなく騎士団が戦場に向かう。
*
何時間眠っていた。もう真っ暗だ。遠くから野戦の音が聞こえる。まだ戦っている。それほどの規模の相手だという事か。しかし、どうする。今更、行くのか……? とんだ恥さらしじゃないか。でも行かなければいかないで、後から何を言われるか分からない。
立ち上がって、体に付いた土を払った。
騎士団は負けないだろう。負けるレベルなら、街を放棄しろという命令が下っていてもおかしくない。過去、そういう例はいくつもあった。勝つ事が出来る戦いしか、騎士団は挑まない性質がある。それは騎士の多くが貴族関係者だという事もあるし、単純に死にたくないという腰抜けの側面がある。
騎士団が勝てると思ったからこそ、今、祭囃子のように賑やかな音が聞こえてくるのだ。
さて、どうする。回復はした。痛くも無いし、血も出ていない。ただの脳震盪だ。復活したからには、行かないといけないが、武器も無い。
避難すべきか……? いや、待て。これはチャンスだ。この戦いで俺も生き残れば、ある程度俺がやっていける事を両親に示す事が出来る。戦いに参加して、俺は戦ったという証拠が必要になる。それは証人でも物的証拠でもいい。確実なのは『魔石』を回収する事だ。
決まりだ。戦いに参加し、生き残る。最低でも一体、撃破し、魔石を回収する。
とにかく行かないと。そうしないと始まらない。
校舎裏からさっさと走り出し、音のする方へと向かった。校門から素直に出ようとすると、遠くに小さな影が見えた。なんで、こんな所に子供がいる。避難途中に親とはぐれたか……? そうなると、放っては置けない。まずはあの子を避難所まで送り届けて、その後でもいいから戦いに行く。武器持っていないから、誰かに借りるしかないが。
「ボク、大丈夫……?」
あまりおびえさせない様にゆっくり近づいて、優しい声音で子供に話しかけた。しかしおかしい。何の反応も無い。聞こえなかったか。次はもう少し近づいて、はっきりと言わないと。
「どうしたの? こんな、ところ、で……」
なんだ、こいつ。おかしい。暗くて分かりにくいけど、肌の色がかなり暗い。暗いっていうか、かなり黒っぽい。黒というか明るくない。端的に言えば、肌色じゃない。緑だ。つーか、ゴブリンだよ、こいつ。狩り漏らしたゴブリンが、街の中に入ってきていたのか。その考えはなかった。しまった。そうか。そのレベルで侵攻してきていたのか。
ゴブリンが俺に気付いた。大丈夫だ。落ち着け。相手も何も持っていない。無手で戦うのは下策だ。武器なら覚えがある。殺すには少し頼りないが、それでもことが有利に運ぶ。
ゴブリンがこっちに来る前に、回れ右して校舎裏に全速で戻った。武器が無ければ、スキルも無い。レベルも低い。今のままではかなりリスキーだ。サウロが置いていった木刀がどこかにあるはずだ。それを探し当てれば勝てる。
しかし、ゴブリンの動きは常軌を逸していた。
「ギャラァァア!!」
大声にビビって後ろを振り返ると、あり得ないほど早くこっちに走ってきていた。そしてそのまま俺の背中目がけて、飛び蹴りを見舞った。
凄まじい力が俺の背中を襲う。
「がっはぁ……!!」
肺に入っていた空気を全て押し出されるほどの威力。何も言えない。そのまま校舎裏まで吹き飛ばされた。前転しながらどうにかこうにか受け身だけは取れた。
「イッテェ……! なんだ、こいつ……!」
振り返ってみると、余裕そうな態度で俺に近づいているではないか。完全に見下されている。まずいな。日常的に暴力を受けているから分かったが、今の一撃は相当だ。もう一発喰らったら、意識が刈り取られる。
立ち上がって記憶にある木刀の置き場所まで走った。今の一撃で距離だけは開いた。木刀を探す時間だけはある。
「あった……!」
立てかけられていた木刀を手に取って、曲がり角からやってくるゴブリンに対して、構えた。
「ギヒヒ……」
ゴブリンが笑う。笑いたきゃ笑え。その余裕、奪ってやる。
腰を落として、木刀を構えて突撃した。
ゴブリンはその場から動かない。腰を落として、拳を打つ気だ。リーチはこちらの方がはるかに上。先に攻撃できる。頭を殴って、その後も頭。殴りまくって、殺してやる。
「ウォォ!!」
裂帛の気合で木刀を振り下ろした。毎日鍛えている。ゴブリンにだけは遅れは取りたくない。対するゴブリンは木刀に向かって拳を放つ。そんな行動、何の意味も無い。先に拳を砕いて――!?
全く予想だにしない事が起こった。
「馬鹿な……!」
パンチ一発で激突した木刀が折れた。小さな木片が宙を舞う。ゴブリンがニヤッと笑った。まさか。
「ギッシャラァア!!」
ゴブリンがさらに踏み込んで、次は横なぎの蹴りを放つ。木刀が折れたショックでその場から動けなかった。何の抵抗も無く、横っ腹に蹴りが入った。蹴りの威力は激甚であり、そのまま校舎の壁に叩きつけられた。
「……ッ!?」
ずるずると壁に寄り掛かるような形で、座り込んだ。
やべぇ。こいつ。確実に。
「『スキル持ち』……」
勝てない。負ける。死ぬ。抵抗は無駄。スキルの有無は天と地ほどの差を生み出す。俺は無能。相手はゴブリンでありながら有能。勝ちの目が無い。
本当にヤバい。スキルの詳細も分からない。なんだ、筋力強化の類か……? いや、それが分かったところで俺にはどうしようもない。
手を握ってみる。大丈夫だ。力は入る。まだ動ける。このまま何もしなければ、死んでしまうだけだ。
ゴブリンが近寄る。足を振りかぶっている。あれを食らったら本当に死ぬ。
「喰らえッ!」
砂を握って、ゴブリンの目に向かって放った。喰らったかの確認もせず、立ち上がって逃走を開始した。勝てない。勝てないなら、誰かに助けを求めるしかない。そうでなくても、一人でどうにかする他無い。
しかし一歩目を踏み出した瞬間、視界の端にいたゴブリンの体がブレた。次の瞬間には俺の目の前にいた。
「速ッ!?」
「シャラァア!!」
そのまま回し蹴りが俺の腹を捉えた。体が『く』字に折れ曲がり、吹き飛ぶ。地面を何バウンドかした所で、ようやく止まってくれた。
「がはっ……ぅ……」
駄目だ。勝てない。抵抗すら許されなかった。うつ伏せになっていると、ゴブリンが俺の頭を踏んだ。なんとか上の方を向き、脚を掴んだ。
ゴブリンが踏んづける力を上げた。
地面とサンドイッチされた俺の頭蓋が軋んだ。
なんだよ。これ。いつもと変わらないじゃん。サウロ達にやられていることをゴブリンにもやられている……? なんだよ、その恥さらし。いい加減、腹が立ってきた。
なんで、お前らにあって、俺には無いんだ。なんで、俺には才能が無いんだ。俺は努力した。頑張った。六年もだ。それでも届かなかったものを、何でお前程度の知能指数しか持っていない化け物が持っているんだ。
許せない。
才能に胡坐をかいて、俺を見下ろしている連中が。
「ふざけんなよ……!」
ゴブリンの睨みつけ、脚を握りつぶす勢いで掴んだ。叫ぶ。心に溜まった鬱憤を。
「俺にだってそんな力があれば! お前なんかに負けないんだ! 調子に乗って――ぐはっ!」
言い終わる前にゴブリンが俺の顔面を蹴飛ばした。死んだかと思ったが、さっきまでの威力が無くなっている。手加減されたという怒りがわいてきた。
しかしゴブリンを見ていると、かなり困惑していた。何故、こんなに動揺しているんだ。訳が分からない。分かるのは、俺を踏みつける力が小さくなったことだ。
拘束からすぐさま脱出して、ゴブリンの足を蹴った。
「ギァア!?」
ゴブリンの足が折れ曲がる。つーか、折った。折れたのか、今ので……?
ゴブリンが膝を着いた。チャンスか? なんだ、どうなってる。形成がいつの間にか逆転していた。手持ちは無い。殴る蹴るで戦うしかない。
一応は訓練された軍人候補だったんだ。それくらい、スキルが無くたってできる。
「オォォ!」
正拳突きをゴブリンの顔面に叩きこんだ。ゴブリンは倒れた。鼻血を吹き出し、地面をのた打ち回っている。これはどう見てもチャンスだ。ゴブリンにのしかかって、パンチを何でもいいから撃ちまくる。
「オラ! 死ね! どうだよ! アァ!?」
何発も何発も殴る。何故だか調子がいい。みるみる内にゴブリンの顔面が潰れていった。
肩で息をするまで殴り続けた。ゴブリンは全く動いていない。夢中だった。かなり殴った。
ゴブリンの上からどいて、仰向けになった。そのはずみに、学校支給のステータスボードが転がり落ちた。
卒業時には返還しないといけないので、大切に扱わなくてはならない。
ふと何気なく見た。
「えっ……?」
スキル欄が更新されている。
二つもだ。目がおかしくなったかと思って、再度見た。
おかしい、ある。あるぞ。スキルがある。
《スナッチ》と《強化》のスキルが、俺に備わっていた。