第二十一話 合縁奇縁
ざまぁみろ、アホ。狸。狸じゃない。猫。アホ猫。糞喰らえ。殺さなかっただけ有難く思わないという傲岸不遜、天上天下唯我独尊を行く恐れを知らない齢十一歳の少女よ。世の中の厳しさを知れ。知っているかもしれないけど、どうにもならない事がある事を知れ。
「……嘘よ……」
アイビスが世界が終ったような顔をする。心がスッとした。
アイビスは俺が買取商で武器を売っぱらったことを知り、すぐにそっちに向かった。嘘は言っていない。ちゃんと案内した。……そりゃ、少しは悪いことしたかもしれない、とか思わなくもなかったので、素直につれて行った。
でもいざその場に行ったら、すでに買取商はいなかった。どっか行っていた。とりあえず、夜中に迷宮に攻め込んでいた義勇兵の買い取りを終えて、それぞれの仕事に戻っていったと推察された。
アイビスは呆然としている。
「……まぁ、しゃーねーだろ。気にすんなって。お前、武器なしでもつえーし。いいんじゃね? これを機に、素手で世界を目指したら。いや、俺には勝てねーけどな? そこんとこははっきり認識しとけよ?」
ノールがそれは慰めなのかと思うほどのことを言いながら、アイビスの肩を叩いた。すぐにふり払われたが。
その隙にアイビスの手から皮袋を奪った。アイビスは反応しなかった。金貨三枚だけ抜いた。売った武器の数々は相当の値が付いていた。金貨三枚くらいなら屁でもない位だ。高い。銀貨数枚稼ぐのにあくせく働いていたのだ。
残りは返した。これで文句ないだろ。殺さないだけましだと思ってほしい。
「……その気になれば、いつでも殺せたんだ。もう関わるな。――二人とも行くぞ」
ノールとアイラはアイビスをちらちら見ているが、付いて来ている。
悪くない。俺は悪い事はしていない。別に、俺だって良心くらいある。殺さない方が良いなら、その方が良い。勝手にしてくれ。もう関わらないでくれ。アイラの実力は見ただろ。お前じゃ勝てない。天地がひっくり返っても、逆立ちしても、絶対に勝てないんだ。その金で勝手にしてくれ。
「次来たら殺すからな」
聞こえただろうか。分からない。でも言っておかないと、俺の気持ちの整理がつかない。
けど、アイビスはすぐに俺の前に立ちはだかった。下を向いている。拳を震わせ、今にも殴りかかってきそうだ。でもそれはできない。俺は、お人よしじゃない。
「……なんだ」
「――ふざけるな」
「……何がだ」
剣の柄に手をかけた。一歩でも踏み込んできたら、斬る。
アイビスが一歩を。踏み出した。
抜いた。一閃した。しかし、振りきれない。
「……何してる。お前ら」
ノールがアイビスの前に立ち、俺の剣を止めている。アイラが俺に向けて矢を向けている。
「そっちこそ、何してんだよ。殺す気かよ」
「そうだ。こいつは危ない。今決めただけだ。一歩踏み出したら殺す。二歩目を踏まれたら俺が死ぬところだった。分かるだろ。俺の能力は万能じゃない。即死だけは避けないといけないんだ」
「なんでコイツが今、ネク兄を殺すってわかるんだよ」
「分かるわけねぇだろ。勘だ。勘。殺される前に殺さないといけないんだよ。何回襲撃を受けたと思ってるんだ。三回だ。三回。確かに、お前らには害はなかった。徹底して俺だけが狙われていた」
「俺だって気絶させられた」
「殺されなかっただろ」
剣を引いた。収める。ノールは構えたままだ。
「狙いは俺だ。俺なんだよ」
「じゃあ、何で、今まで殺さなかったんですか……?」
アイラが問いかける。弓は降ろされていた。
「俺達は助けたのに、コイツは、アイビスは殺すのかよ」
「成り行きだ。お前らは巻き込まれていた。こいつは巻き込んできた。違うんだよ。徹底的に。何もかも。別に、お前らのことだって、見逃そうと思えば、見逃せた。手を出さないことだってできたんだ」
「でも手を出した」
「……そうだな。それはお前らがまだ子供だったからだ。おっさんとかおばさんだったら、別に何もしなかった」
「……言いたかないけど、結構最低だよな」
「そうだ。最低だ。糞なんだよ。言ってやる。お前らのことだって、途中から金蔓だと思ってた。これは送り届けたら、結構な金が手に入りそうだ。そんな風にな。でもアイビスにはそれが無い。俺に得が無いんだ」
「損得かよ」
「そうだ」
「それって、なんか、違くね……?」
「何がだよ」
「何って、そりゃ……」
ノールが口をつぐんだ。
「何か言いたい事があるんじゃないのか? ノール」
「……チッ、俺アホなんだよ。言いたい事あるけど、言葉にできない」
「私は――」
アイラが前のめりで、強めの語気で言った。
「私はアイビスちゃんを助けたいです!」
「そうか。頑張れ」
「だから――」
アイラが弓を構えた。矢をつがえている。標的は、俺だ。俺に向けている。
「協力してください」
脅されている。それだけは分かった。逃げれない。避けられる道理はない。あぁ。何てことだ。アイラの気持ち一つで、俺の命が散るのかどうなのか決まっている。何かうるさいし。またかよ。注目を集めている。
……死ぬな。これ。
何してんだろ。俺。にらみ合いが続く。確実に殺されるのは俺だ。
しかし、膠着状態は続かない。
アイビスだ。姿勢を低く、ノールの脇を抜けてきた。咄嗟に迎撃しようとかと思ったが、アイラがいる。矢を向けられている。攻撃はできない。横っ飛びした。アイビスはちゃんと俺を追ってきて、拳を繰り出す。それを防ぐ。躱す。重い。速い。でも死にはしない。刃物が無ければこんなものだ。俺にも体術はある。互角とはいかないが、どうにか生きている。
どうするか悩んでいたら、横合いからノールが剣を振ってきた。俺のアイビスは揃って後ろに跳んだ。ノールが割ってはいる様にして、攻撃してきた。
「何おっ始めてるんだよ。勝手に動くな」
ノールが牽制する。俺をアイビスの間にノール。少し離れてアイラが攻撃準備を整えている。ワッと野次馬が遠のいた。それでも遠巻きに俺たちの事を見ていた。
「殺してやる」
「誰が殺されるか……!」
「だから始めんなって!」
アイビスが弾きだされた様に飛び出した。俺はその場で構えているが、ノールがアイビスの相手をし始めた。
「テメーもだよ! 勝手に動くな」
「ふざけないで。あの男は殺すわ」
アイビスが圧倒的な力でノールをねじ伏せる物かと思ったが、剣だ。剣のリーチがあるから、アイビスが踏み込めないでいる。しかし見てる俺からしても、ヒヤヒヤするものだ。そんなものは考える必要もなかった。アイビスがノールを突破して、こっちに来た。爪。爪を伸ばしている。刺し殺す気だ。向かうのではなく、逃げる。総合的に敵わないのだ。剣を抜いたら、アイラが攻撃してくるかもしれない。
「こっちくんじゃねーよ! 抜くぞ!」
「勝手にしなさい……!」
ノールもこっちに来た。乱戦だ。入り乱れている。優勢なのは、ノールだ。ノールが剣を振るたびに、逃げざるを得ない。邪魔だな。コイツら。
ノールの方に手を伸ばした。顔面を鷲掴みにする寸前に、ノールが下がった。その隙を突かれた。アイビスが回し蹴りを俺の顔面に繰り出す。それを手刀で打ち払った。しかしそのまま反対の脚でも蹴りをうってきた。胸にガツンと蹴りが入った。でも体勢が悪い。あまり効かなかった。その足を掴んだ。空いた手で宙づりになるアイビスの腹に拳を埋め込もうとしたが、ノールがまた割り込んできた。離れざるを得ない。アイビスを放り投げるが、その本人はくるりと回転して、着地した。
ノールはアイラの前で剣を構え、その数メートル離れてアイビス。そして俺も二組から離れて、構えている。三角形だ。今の俺たちの状態だ。
それぞれ思惑がある。考えがある。俺一人が考えていることが通る訳が無い。そんな事は分かっている。
俺はアイビスを殺して、生きたい。
アイビスは俺を殺したい。
ノールとアイラはそれを妨害している。
「……うるさいな」
何か大人数がこっちに来ている。足音がする。
移動しないといけない。騎士団か、若しくは、警邏隊が来ている。
落としどころだ。
俺は金が欲しい。それにはノールとアイラを保護する必要がある。だが、ノールとアイラはアイビスを保護しようと考えている。これは矛盾だ。相容れていない。なにしろ、アイビスは俺を殺そうとしている。
喋らない。逃げるか。捨てるか。もういいだろ。こいつらも勝手にやる。ただ、アイビスだけは殺さないといけない。ノールとアイラは生きるだろう。俺にもやらないといけない事がある。こんな事をしている場合ではない。帰らないと。親がどうなっているか分からない。そうだ。アイビス。何か知っているかもしれない。俺を殺すために派遣しているはずだ。そのはずだ。
あっちがどうなっているか知りたい。両親は健在か。何もしていないか。逆恨みまがいの事は師弟なんだろうな。もしも。やっているというなら――。
頭を振る。考えていること自体不毛だ。
「皆で行きましょ?」
アイラが恐る恐る言った。
考えていない。何も。何もかも。この箱入り娘が。その目線が嫌だったのか、俺から顔をそむける。
ノールが剣を仕舞った。
「どうすんだよ。二人とも。俺たちは行く。捕まったら終わりだからな。暴れたいなら、勝手にしろよ。絶対捕まって、それで終わりだ。アイラ。行くぞ」
「でも――」
ノールがアイラの手を掴んで、走り始める。離れるわけにはいかない。金。金が欲しい。俺が働くのは、金がないからだ。楽して大金が手に入るチャンスをみすみす逃すつもりか。一度は死にかけたんだぞ。それを放り出すだと。馬鹿だ。それは本物の馬鹿だ。俺のしたことが無に帰す。金をせしめないと、命を投げ打ってまでした事が無意味になる。
ノールとアイラは金の成る木だ。送り届ければ金になる。
決定だ。俺は走る。追いかける。
すぐに追いついたが、アイビスまで来やがった。
「何どさくさに紛れて着いて来てんだよ。帰れ」
「帰るけど。たまたま方向が一緒なんじゃないの?」
「……手を出して来たら次は殺すからな」
「今のうちに余生を謳歌していなさい」
「武器なしのくせに」
「……チッ」
ノールがこっちを見る。「喧嘩すんなよ。斬るからな」と脅してきた。
後ろが騒がしい。どうやら警邏隊が来ている。これはまずいな。
「警邏隊の方が来やがった」
「さくっと殺ってきなさい」
「馬鹿言うな。引退したと言っても熟練の義勇兵だぞ。勝てるかなんてわかんねーよ」
撒くしかない。幸い何かしたわけではない。殺してもいないし、ただ騒いだだけだ。
「おせーな。抱えるぞ」
両脇に荷物のようにノールとアイラを抱え、全力疾走する。これでアイビスも撒いてやろうかと思ったが、余裕顔で付いて来る。腹立つ。「相変わらず早ぇ」とノールがぼやいていた。アイビスがあのパフォーマンスを出せるなら、お前だってやれるだろうに。本気出してくれよ。
アイビスは普通についてくる。今は何もする気がなさそうだ。
「言っておくけど、次は本当に殺すからな。大人しくしてろよ。アイラが黙ってないぞ」
「わ、私……!?」
抱えられているアイラがビクッとした。大層驚いている。
「……自分でやりなさいよ」
アイビスが半眼で俺を睨む。
追手が来ている。角を曲がりまくる。
「で、でも。二人には仲良くして欲しいし……。私が役に立つなら、やってもいいかな、なんて……」
何をやるのか分かっているのだろうか。何かしたら、俺かアイビスを殺してほしいと言っているのだが。出来れば、アイビスを殺してほしい。
「ンじゃ頼んだ。あれだ。俺がアイビスを殺そうとしたら、俺を殺せばいいし。アイビスが俺を殺そうとしたら、アイビスを殺してくれ」
「嫌よ。ソイツを殺しなさい」
「やっぱやめた。アイビス殺して。なんだよ、コイツ。生意気にもほどがあるだろ。人が譲歩してやったのに、それを踏みにじるか? フツー」
ぶっ殺してやろうにも、両腕には人を抱えているからそれもできない。何か不平不満を言っても、どうせ改善されることなんてない。むしろ好都合じゃないか。俺の目の前から離れないと言っているんだ。物陰からコソコソ殺しに来るよりも、真正面から来てくれた方が良い。こいつは何故か、派手に物事を運ぶようなきらいがある。俺を舐めているという事もあるが、殺せるタイミングなんていくらでもあった。毒を使っていたのは、ある程度本気だったのだろうが、再生でそれも無意味であることは把握された。次、殺しに来るときは、本当に殺されるだろう。
後ろを振り返っても、誰もいない。撒いたようだ。あっちも本気ではなかった。二人を下ろす。
アイビスに武器はない。ほぼ無力化している。
「お互いがお互いを見張る」
それぞれに考える事はある。それを限定する事は出来ない。押さえる事なんて到底できない。
「それでいいだろ?」
三人を見る。
「いいんじゃね? 変な真似すんなよ」
「それでいいなら……」
「フン……」
三者三様だ。なんか変なことになってきた。何で、俺を殺しに来た少女と行動しているのだろう。
その辺りも人生の面白さなのだろうか。




