第二話 条件
この世界には二パターン、魔物が出現する方法がある。
一つは地上に普通に生活している魔物たちだ。これは通常通り生殖行動を行い、数を増やしている。これは町を襲うなどの被害を出すため、騎士団が対処する事になっている。
もう一方は迷宮にいるパターンだ。これは迷宮内に魔物がいるパターンであるため、あまり国の防衛上、重要視されない。偶に一階層の魔物が地上に出る事があるものの、そんなのはめったにないし、それでいても騎士団がちゃんと機能していれば、大した被害が出る事はない。だが、この迷宮に潜るものは後を絶えない。命の危険があってもだ。国の防衛になんら関係しなくても、ここに行く人はいる。
それが義勇兵。
この国を支えている職業の一つだ。
痛む体でふらつきながらも、なんとか家に帰る事が出来た。何も考える事が無いから、頭を整理していたが、やはり分が悪いように思える。
親が俺を無能なのに、騎士養成校に入れたのは、やはり騎士にしたかったからだろう。絶対に、義勇兵にさせようと思っていない。なにより、義勇兵には安全が無い。騎士だって戦う事はあるが、全員が『スキル持ち』だ。危険になる事の方が少ない。
しかし、義勇兵となると――。
ドアを開けた。家の中に入り、扉を閉める。
「ただいま……」
出来るだけ元気な声を出したかったが、今日はしこたま蹴られたので、あまり大きな声が出なかった。それでも、母が奥から出迎えてくれた。エプロンをつけてる。もうご飯を作っているらしい。
「おかえりなさい、ネク。その様子からすると、今日も頑張ったようね」
「あ、うん。今日は実践訓練だったから……」
体中、土まみれだったからだろう。そんな事を言われた。それでもスラスラと嘘を吐く。地面に寝転がって蹴られていましたなんて、口が裂けても言えない。
親にいじめられているのは内緒にしているが、多分、ばれている。母も悲しそうな顔になっているし、そこの所はしょうがない。親に隠し事が出来るほど、俺のいじめは温くない。
「進路の事で、相談があるんだ。ごはんの時にでも、言うよ」
「そう。もう少しでできるから、着替えてらっしゃい」
「うん……」
そのまま二階に上がって、自分の部屋に入り、動きやすい格好に着替えた。一世一代とは言わないが、それなりに俺の人生に重要な局面が迫っている。そう考えると緊張したし、やはり反対されるだろう。
鬱々とした気分で、一階に降り、ご飯が並べられたテーブルに座った。
「ネク、父さん呼んできて」
「ん」
折角座ったのだから、そのままで居たかった。でも、反論した所で、何かが変わるわけではない。さっさと父さんを呼んでくるに限る。
工房に行って、仕事をしている父さんに声をかけた。工房にはたくさんの刃物が並べられていた。剣も作っているが、メインは包丁だ。武器や防具はドワーフ印の製品に見劣りするが、包丁だけは超一級品だ。それは息子である俺でも分かる。なんたって、それでご飯を食べさせてもらっているのだから。少しくらい自慢したって、罰は当たらない。
「ご飯だって」
「分かった。すぐに行く」
別に仲が悪い訳では無い。何時も繰り返しているから、これくらいの会話で事済むだけだ。
「それと、進路相談があるから、飯の間に言う」
「分かった」
それだけを伝えて、食卓へ戻る。すでに準備が完了していて、椅子に座った。ほどなくして、父さんもこっちに来た。いつ見ても、デカいな。なんつー太い腕してるんだろう。同じ人間とは思えない。
父さんが椅子に座ったのを見て、母さんも座った。
「いただきます」
手を合わせて、早速食事を胃に詰め込んだ。おいしい。いつも通りの味だ。
普段通り何事も無く食事が進む。
何と切り出したらいい物か。と思っていたら、母さんから切り出してくれた。
「進路相談するんでしょ? 何かなりたいものでもあるの?」
そういう訊き方をしてきた。もう、俺が騎士になれない事を分かっていての質問だ。本当に悪い事をした。俺に才能があれば……。
それでも事実は言わないといけない。情報の齟齬は、会話に支障をきたす。
「俺さ、『スキル無し』じゃん。才能無いし、もう騎士団にも入れない。それは、知ってると、思う……」
無言であるが、二人とも頷いてくれた。やはり、知っていたのだろう。でも、お前は才能が無いから、なんて実の息子に向かって、なかなか言える事ではない。
「それで、さ。俺、義勇兵になろうと思うんだ」
母さんが息をのんだ。驚いた声を出して、口に手を当てている。父さんもびっくりしたように、目を開けていた。想像通りの反応だった。
二人が何か言う前に、自分の考えを言ってしまおう。
「六年間、一応は戦闘訓練はやってきたし。戦う以外に、できる事なんてないし……。もう道が残ってないんだ。これしか」
母さんが消え入りそうな声で、反論した。
「そ、そんななにも義勇兵じゃなくても……。父さんに鍛冶を教えてもらうのだって、一つの道じゃない……」
やはり、母さんは俺に父さんと同じ仕事をさせる気だったようだ。それも一つの手だろう。むしろ、そっちの方が命を脅かされる事も無い。腕が確かな父さんの仕事を手伝った方が良いような気はする。
でも。それでもだ。
「六年も闘う訓練ばっかりしてたんだ。少しはこの技能を役に立てたい。そうじゃないと、騎士養成校に通った意味が無くなる」
「それは、そうかもしれないけど……。何も、義勇兵にならなくたって……」
母さんが視線を落とした。あまり悲しい顔をさせるつもりはなかったのだが。そこまで言われると、俺も困る。
だが、父さんは普通に現実を突き付けてきた。そうだろう。そうなる。
「『スキル無し』でどうやって、魔物と戦う気だ? 言っちゃ悪いが、お前は弱いだろう」
「そうだね……」
親からそう言われると、やはりくるものがある。寂しい気持ちになるのは当然だ。お前は無能だと言われたのと同じなのだから。
「独断で養成校に入れたのは悪いと思っているが、その判断は支持できない。具体的な計画も無く、そんな事させる訳にはいかない」
「いや、別に、計画が無い訳では……」
「なんだ。あるのか。言ってみろ」
ぐっと言葉を詰まらせた。特にこれと言ったものが無いからだ。
でも遮二無二言うしかなかった。
「レベル……。レベルを上げて、地道にやるよ」
「魔物を倒すだけのレベルも無いのに、どうやってレベルを上げるんだ?」
レベルを上げるためのレベルが無い矛盾。どうしようもなく、俺は追い詰められている。真綿で首を絞められるように、ジリジリと逃げ道を塞がれていった。
「な、何も一人で戦う訳じゃない。複数でパーティーを組んで、迷宮に行くつもりだよ。それに、戦っている内に『スキル持ち』になる義勇兵も少なくないらしい」
「そんな賭けみたいな行動で、お前を死地に送り込むわけには……」
一応父さんも心配はしてくれている。それだけは、この会話で分かった。そうでなければ、ここまで必死に止めないだろう。それが分かっただけでも、俺は愛されているという実感がわいた。
「すぐに義勇兵になる訳じゃない。あと一か月くらいは学校に通わなくちゃいけない。養成校卒業の肩書があれば、義勇兵でもそれなりに食っていけると思う」
二人とも黙ってこっちを見ている。心配なのはわかる。でも。
「俺も六年間戦闘訓練を受けてきたんだ。魔物と戦って生きていくことを想定して頑張ってきたんだ。それなりに、戦闘願望がある事は知っておいてほしい」
口から出まかせだ。そんなに戦闘狂じゃない。戦わずに済むのなら、そっちの方が良いに決まっている。
「俺だって、何もしてない訳じゃない。努力はしてる。知ってるでしょ?」
毎日、木刀だって振っているし、筋トレだってしてる。ランニングだってしてる。基礎トレーニングは欠かしていない。
だから二人とも頷いていてくれる。
まだ一か月ある。その間でスキルが発現しないとも限らない。
「とりあえず、そういう事だから。あと一か月は様子を見てよ。スキルが出なければ、大人しく鍛冶でも何でもするからさ」
それを聞いて、母さんの顔がパッと明るくなった。絶対スキルが発現しないと考えている。父さんも安心したような顔になった。仕方がないだろう。
「ごちそうさま。トレーニングに行くよ」
立ち上がって、リビングを出た。そのまま外に出てランニングを開始した。走りながら思う。
……マズイ。この条件、俺にとって不利過ぎる。