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第十七話 考え

 結局のところ、意味が分からないというのが本音だ。

 何故通り魔的犯行、いや、完全に俺個人を狙っていたが。そういう事に巻き込まれたのかという事を、気絶から覚醒したノールも含めて三人で話してもまったく糸口すらつかめなかった。


「あの子に見覚えないんですか?」


 アイラが真っ先にその考えを与えた。提案した。そうだろ。俺だってあいつがどこの誰かを知る事が出来たら、何故襲ってきたという事も分かるかもしれない。だが、実際とのところ、俺はあの女の子を知らない。見たことも聞いた事も無い。

 それ以前に顔すら見ていない。どういう容姿をしているのかすら定かでは無いのだ。そんな状況で個人を特定するなんて、砂漠から一粒の砂を見つけようとするようなものだ。無理。不可能。


「強すぎだろ、アイツ。マジで、何なんだよ……」


 問題はそこだ。まさか油断もあったとはいえ、ノールの一撃を防ぎ、躱し、さらには反撃まで見せた。それを完ぺきに遂行し、結局は怪我一つなく、俺達に手傷を負わせるだけ負わせて、姿を消した。


「アイツ、また来っかな? マジで、次は油断しねぇ。ぶっ殺してやる」


 ノールの意気込みは強いが、そもそもあんな奴相手にする事はない。

 さっさとこの町から出て、関わらないようにするのが一番のはずだ。


「狙われてるのは、多分、俺だ。お前らは関係ない。金だけ渡すから二人で帰った方が良い」

「待ってください。そう思わせて、私たちを分断する作戦かもしれません」

「チッ、クソ。その線もあるか」


 ノールとアイラを誘拐したいが、鬱陶しい俺という蠅がいるために、手が出しにくい状況になっている。すでに、ノール等二人を保護してから二週間が経過している。誘拐犯が組織的犯行だった場合、すでに手はずを整えて、新たな刺客を派遣しているという事も考えられる。そのように考えると、俺個人を殺して、二人を孤立させようとするのは、幾分納得できる。俺個人を恨む線も考えたが、人とのかかわりが少ない俺が、他人に対して恨みを買うような行為をしたような覚えはない。


「次はマジで殺っから。あぁぁぁ、クソ。腹立つ。女に負けたとか、一生の恥だ。しかも、一撃だぜ!? 一撃!! 恥の上塗りも良い所だって、ホント」


 しかし、ノールを撃滅した時点で、あいつはノールと同格レベルの実力を持っていることになる。不意打ちという事もあったが、《双剣術》を持つ上位者のノールがだ。一段階上のスキルを相手にしても、まったく引けを取っていない。一撃で仕留める正確性と膂力。恐るべき敵だ。搦め手ではなく、まっすぐ一本道だ。セーノのように《睡眠》のようなスキル相手だったら、まだやりやすかった。対処して、近づいて殺す。それだけで、二人に対する脅威を取り除く事は容易だ。


「クソ、即座に《解析》を使わなかったのは痛かった」


 それさえ出来ていれば、敵のスキルだって判定できた。脅威も分かった。戦うべきか、否かという根本的な問題だって処理できたのだ。

 まぁ、こっちにはアイラが居るので、負けるという事だけは無いと信じたい。こっちの戦力は、国家級だ。それを知ってか知らずか、あっちは堂々と仕掛けてきた……?


「あり得るか、そんなこと……?」


 ノールはごり押しでどうにかなる可能性もあるが、アイラは無理だ。その辺のスキル持ちが押しかけてきたところで、瞬殺されるのがオチだ。戦いにすらならないだろう。児戯だ。遊びだ。戦いの土俵にも立つこともできず、アイラの前にひれ伏し、命乞いをする事になる。


 そんな相手に対して、脳筋らしき少女が襲い掛かってくる……。

 それをどう判断するべきか。


「アイツは、アイラの事を知らない。多分な」

「どういうことですか?」


 アイラが首をかしげる。


「アイラが居る事を知っていれば、一人で襲ってくるなんてあり得ない。あの手この手を仕掛けるわけでもなく、真っ直ぐ俺に向かって暗殺を仕掛けてきた。結果は失敗に終わったけど。それは向こうの誤算だ。俺のスキルをすべて把握するなんて無理だ。それこそ、解析系を引っ張ってくるしかねぇ」

「まぁ、アイラの事知ってて襲ってくるなんて、馬鹿か超馬鹿いしかいねぇ。あの女がどっちかなんて知らねぇけどよ」

「いや、アイツは知らない。無理だ。その辺は確信できる。俺がお前らを誘拐しようと考えたとき、俺は絶対に姿を出さない。あの手、この手、卑怯でも何でも手を尽くす。怖いからだ。ノールもアイラもまともにやって勝てるか分からない。ノールはまだ、可能性も無くはない。でも、アイラは無理だ。絶対に勝てない。数を持って制圧するか、粒のそろった連中を集めてくるしかない」

「でも、アイツ、かなり強かったぜ?」

「それでもだ。アイラに勝てる人類なんて、五人いればいい方だ」


 それくらい、アイラの戦力は途方もないのだ。加護持ち。それだけ、神に愛されている。神の寵愛を受けている。生まれながらの勝者。いや、頂点だ。生まれた瞬間から、支配者の地位が確立されている。アイラのと同じ土俵に立つということ自体を考える事すらおこがましい。


「アイラと戦うには、それなりに準備をしないといけない。ぶっつけ本番で、仕掛けるなんて間抜けのやる事だ。ここから導かれることは、アイツはアイラのスキルを知らない」

「……かもな」

「たしかに、そうかもしれません」


 安宿の隙間から風が入ってくる。びゅうびゅううるさい。

 沈黙が下りるが、ある程度推測できたのは大きい。


「じゃあ、アイツの狙いは誰だったんだ? やっぱネク兄か?」

「多分。アイツは俺の事を知っていた。名前を確認してきたし、明らかに俺に殺意があった。ぶつかったのも偶然じゃない。狙ったんだろ」

「……もしかして、今日寝れない……?」


 アイラが恐ろしい事を言った。

 いや、まて。確かに、寝れないくないか……?

 今、俺を殺そうとしている暗殺者がこの町にいるんだ。寝ているところを襲われたら、流石に《再生》があってもい死んでしまう。治りが遅いんだ。即死レベルの攻撃だったら、俺も死ぬ。


「《解析》しとけよ、マジで。スキルの判別できないんだから、対策のしようがないじゃねぇか」


 ノールが二段ベッドの上段で寝転がった。もう考えるのも面倒なんだろう。


「うっせぇ。脳筋兄妹。仮にわかったところで、お前らにできる事なんて剣振るか、矢を撃つしかないだろうが」

「《スナッチ》なんていう根性捻じ曲がったスキルを持ってる人間にだけは言われたくねぇな」

「ぐっ……」


 ノールが俺に背を向け、本格的に寝始めた。

 ノールの下の段にいるアイラはあはは……、みたいな何とも言えない笑みを浮かべた。

 スキルはその人個人の性格などを反映する。それはつまり、俺のスキル――《スナッチ》の陰険さは俺の性格をそのまま反映している。人から奪わないと強くなれない。他人を貶め、足蹴にし、俺だけが強くなる。人の才能を奪い、己が糧とする。


 酷い力だ。


 俺の性格そのままだ。

 自分を卑下し、他人を羨み、嫉む。挙句に憎悪し、劣等感を煽られ、手に入れた力だ


 でも、俺はそんな俺を認める。確かに堂々と言えるような力ではない。強い力だ。そして、愚かにも、恐ろしくも、忌むべき力なのだ。


「俺は起きてる。二人は寝てろ」


 アイラが何か言いかけたが、素直に寝てくれた。

 俺は壁に背を預け、気を張り詰めた。




 考える事はない。

 別に、スキルをの事を悪く言われようが、どうでもいいことだ。

 それこそ、織り込み済みで、二人に俺のスキルの事を話したんじゃないのか。一週間くらいは黙っていたが、これ以上黙っていると、わだかまりが生まれると思ったので、正直に二人には俺のスナッチについて話した。


 最初こそ、驚いてくれたが、すぐに恐怖の対象になった。


 それもそうだ。

 俺は、他人のスキルを奪う。

 努力の結晶を、天から与えられた天賦の才を奪う。


 俺自身は何の努力も無く。ただ、奪う。

 それが俺自身の形態。表現方法。

 俺というものを表す時に、奪うという行動は酷く似合っていた。それだけだ。だからこそ、スナッチは俺にふさわしい。


 窓を見る。まだ月は高い。当分起きていなくてはならない。

 二人は寝ている。

 なんのかんの言いながらも、少しは愛着がわいている。庇護欲が無いと言えばうそになるだろう。こいつらが捕えられたのを見て、俺は逆上に近い形でこいつらを助けに入ったのだ。

 一度は死にかけた。

 それくらいには見合ったものが欲しい所ではある。


「アイラを助けたんだ。報酬位貰ったって罰は当たらないよな……?」


 万年金欠の俺だ。アイラの存在価値を鑑みれば、彼女を助けた俺に幾ばくかの報奨金が出たって別にいいだろう。それがいくらであればいいとかという訳では無いのだが、それなりの値段が欲しい。


「俺も大して誘拐犯と変わらないな」


 二人を出汁にして身代金を要求しているようなものだ。順序が違うだけで、俺のやっていることはただの脅しに近い。

 二人を助けたんだ。金を寄越せ。


「そう言ってるんだからな……」


 ため息を吐く。

 自分の糞具合を再確認すると、やるせない気持ちに駆り立てられた。


 目を閉じる。

 切り替えろ。

 考えている場合ではない。


 なぜ俺の命が狙われている。

 

「なんてね」


 二人に話していないだけだ。

 俺には心当たりがある。


 この前、貴族を一人殺した。名前は忘れた。俺は前を向く男だ。いや、嘘。覚えてる。サウロだ。サウロ・アンハーバン。人一人を殺した。


「やっぱ駄目だったか」


 追手がかかっている。それも非合法だ。俺のやった事が非合法なのだから、報復が非合法なのだって仕方がない。殺しておいて、殺される覚悟が無いなんて言わない。嘘。殺されたくない。殺される覚悟なんてある訳が無い。だいたい、俺は襲い掛かられただけだ。サウロが身の程も知らず、俺に襲い掛かった。火の粉が降りかかってきた。だから振り払った。結果が死、というだけだ。何も殺そうと思って殺したわけではない、かもしれない。殺そうとしたかも。どうだったっけ。覚えてない。


「警邏隊じゃ、ないよな」


 警察機関の警邏隊だったら、もっと違う方法で接触してきたはずだ。いきなり俺を殺そうとなんてするだろうか……? そんなことはない、と信じたい。だが、それでも。分かったものではない。相手は貴族だ。どんな手を使ったとしてもおかしくはない。


 そして、至る。


 両親の事を。


「……そんな馬鹿なことは、ない」


 恐ろしい考えに思い至り、必死に首を振った。それは、俺の愚行となる。俺を責める行為だ。俺は必死だった。あれ以外に方法はなかった。でも、でも。それでもだ。もしかしたら、殺さずに穏便に済ませる方法があったんじゃ……?


「大丈夫だ、一応は法治国家だ。そんな馬鹿な事が起こるわけが……」


 ふと、ノールとアイラに目線を移した。

 ぞっとした。


 こいつらは誘拐なんて犯罪に巻き込まれている。

 そして俺は人を殺した。


 重罪だ。犯罪だ。


 そんな事がまかり通る世の中なんだ。恐ろしい。なんて、恐ろしい。


 父さん、母さん。


 どうか、生きていてくれ。

 俺の予想なんて、外れる。

 そうに決まっている。

 二人は悪い事はしていない。

 

 悪いのは俺だ。そんなことで、二人に何かが起こるなんて、そんな事がある訳が無い。


「……だよな……?」


 怖い。身が震え始めた。

 俺の行動一つで、二つの命がのしかかっていた。


 なんだこれは。突然。なんなんだよ。少女一人が現れただけで、俺はこんなにも動揺している。

 分かっている。

 権力を握っているのは上の人間だ。貴族だ。その貴族に対して、俺は反抗的な態度――殺人を犯したんだ。

 正当防衛を立証する事は可能だ。誓約も掲げ、野次馬もたくさんいた。


 でも、それがなんだっていうんだ。

 死んだのは俺ではなく、貴族のサウロ・アンハーバンだ。


 アンハーバンの貴族の位は知らないが、黙って見過ごすか……? 俺を……?


「なんのことはない。殺されそうになってるんだ。どう考えても、俺は狙われてるし、暗殺の命令であの少女は動かされてるんだ」


 そして、俺は、この先どうするべきなのか……?

 最悪、すでに両親が俺の代わりに死んでいるのでは……?

 断頭台に押し込まれ、ギロチンで首を切断され、無残に首を晒される。あぁ、駄目だ。駄目過ぎる。俺は、軽率な行動を取った。頼む。


「俺の勘違いであってくれ……!」


 ただひたすらに祈った。

 俺の行動で、両親が死ぬ可能性があるなんて、考えたくもない。

 でも、あり得ないとも言えない。

 法はある。

 でも権力を持っているのは一部の人間だ。


 権力が暴走する場面は何回も見てきた。学校然りだ。

 閉ざされた環境下ですらあのざまだ。公然と権力を振るえる社会ならば、貴族がどのような行動を取るかなんて全く分からない。


 駄目だ。頭を抱えた。外を見るのをやめる。目を閉じた。真っ暗。何も聞きたくない。考えたくない。穏やかでいたい。もう、やめてくれ。俺の考えが足りなかっただけなんだ。でも、俺は悪くない。俺だって殺されそうになった。黙って殺されろって言うのか……? 相手が貴族だから……? そんなのって、ないよ。


 きつく目を瞑った。より暗闇が強くなったように思えた。

 そして、俺の未来も――。

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