第一話 才能
世の中に平等だというものは、ただ一つしかないとまで言われている。それは時間であるが、そんなのは少し考えればわかる。平等な中でも、人はえてして、平等とはなりえない。何故か、人には才能というものがあり、それが平等な時間の中に居ても、決定的な格差を生むのだ。
才能があれば約束された勝利が確約され、才能無くば負け続ける運命となる。
この世界における才能とは、それ即ちスキルの存在である。
有能な人物と無能な人物の差。それがスキル。あれば天国、無ければ地獄。ただそれだけだ。
地面に倒れながら、そう思った。
三人組の一人のサウロという人物が、俺の腹を蹴った。為すすべもなく、悪意に翻弄された。身長は百九十を超え、体重もかなりある重い蹴りだ。素人のキックだが、それだけでかなり痛かった。
「オラァ!!」
鋭い蹴りだ。抵抗すれば、さらなる暴力が俺に降りかかる。反抗は奴らを猛らせるだけだ。ただ耐え忍んで、奴らが飽きるまで待つ。それがこの暴力から解放される唯一の方法だ。
「死ね無能!」
モスが叫びながら助走をつける。全身が引き締まった体をして、良く鍛えられている。モスの《体術》での蹴りが、わき腹に襲い掛かった。これが、一番痛い。《体術》スキルでの攻撃を喰らえば、その日は何も食べたくなくなるほどだ。内臓が破壊されたのではないかと思うほどの威力で蹴られ、呼吸すら止まりかける。
「カスのネクロにお似合いの姿ですね」
最後に眼鏡をかけたリックが俺の顔面を踏みつけた。肉体派の二人に何故かくっついている金魚のフンだ。強い連中に混ざっていることで、自分の正当性を保持したい、最低の屑野郎だ。グリグリと硬い革靴で俺の顔面を何度も踏む。陰気な野郎だ。なんで、こいつらにあって、俺に無いんだ……。
それからも圧倒的で一方的な暴力は続いた。
存在を否定され、才能の無さを卑下される。肉体的・精神的に蝕む暴力の数々。
それに対して、反抗できない自分の弱さ。
何もかもが嫌だった。
親が裕福なもんだから、騎士の養成校に半ば強制的に入れさせられたと思えば、この仕打ちだった。入学者は俺以外、貴族だった。最低でも貴族と血縁関係がある人しかいなかった。そんな中に、俺が飛び込んでしまったのだ。待っていたのは、日常的なイジメ。
無能とさげすまれ、訓練と称して暴力を受ける日々。
それが六年間。
辛かった。
痛かった。
苦しかった。
何度逃げ出そうと思ったか分からない。でも、親がいた。いつも応援してくれたからこそ、俺は何とか耐え忍ぶ事が出来た。情けない様子は見せられない。それでも自分の親だ。気づいているだろう。自分の息子が、無能であることを。
十数分ほど暴力の嵐に巻き込まれていると、リーダー格であるサウロが「スッキリしたから、行こうぜ」と、切り上げていった。気絶したフリをして、反応が無くなったので、面白くなくなったんだろう。三人で「あははは」と高笑いを上げている。無性に腹が立った。
暴力の何が楽しいかって、相手の反応が面白いからだ。だからこそ、無くならない。痛みは相手に良い反応を見せる。それが楽しい。面白い。
それを悟って、無反応を貫く。最初から何もしないと相手を激昂させるだけだから、演技で痛がる様子を最初だけはやる。本当に痛いので、演技でも何でもないんだが。
そうすれば、相手は調子に乗るが、段々と無反応になっても気にしない。それがイジメに対する結果だからだ。気絶するまでやったという充足感が、サウロ達を帰還させるに至ったのだ。
薄目を開いて、サウロ達が視界から消えるのを待った。学校裏で殴られ、蹴られをした。誰か気付いているだろうが、全員見て見ぬふりだ。それが普通だ。この学校の常識だ。俺は無能で、相手は有能。それだけで、これだけの格差が出る。
サウロ達が校舎裏から出て行ったことを確認して、数十秒。安全が確保されたことを悟り、むくりと起き上がった。
服を捲って、腹を見る。酷い痣だ。紫にまで変色している。他の場所も同様だ。どこかしら痛い。何かしら痛い。
「大丈夫……。大丈夫だから……」
痛みを必死にこらえ、立ち上がった。やっぱり痛いものは痛い。慣れるまで時間がかかる。
ふらふらしながらも、俺も校舎裏から出た。さっきまでの暴力の嵐が嘘のようだ。滅茶苦茶静かだった。この落差が、とても嫌いだ。
でも、それももう少しで終わる。
「あと、一か月も無い……。折角入れてもらった騎士養成校だ。卒業だけは何とか、したい……。耐えろ。あと、少しだ……。どんな無能でもここを出たとなれば、それだけ箔が着く。そうなれば、俺でも――」
低い目標かもしれない。でも、俺にはそれしか道が無い。
一人寂しく学校の敷地から出て、家に帰った。