8 魔女集会
「――で、情報を求めて私の元へ、ってことね」
箒に乗った魔女、戸隠邦子は呆れた調子で呟いた。
「格好つけた割に、他力本願じゃないの」
「違います。あなたをいいように利用してやるだけです」
白雪は、あくまでそういうスタンスでいくらしい。
何をすべきか迷った末に、阿澄が思い出したのは、魔女との戦いのたびに丈が頼りにしていた魔女、戸隠邦子の存在だった。ただ、阿澄は名前だけは知っていたものの、連絡先を知らなかった。しかし、阿澄がぼそりと口にした邦子の名前に白雪が反応した。魔女の世界では有名な情報通らしく、白雪は邦子の連絡先を知っていたのだ。
「桐島君と懇意にしていたのなら、力を貸してくれるかもしれません」
そう言って、白雪は邦子に連絡を取り、住所を聞き出して家に押しかけた。
出迎えてくれた邦子を見て、阿澄は少し驚いた。丈から聞いていたが、本当に箒に乗っているのだ。実際に目の当たりにすると、「魔女だなあ」と漠然と思う。
白雪と阿澄はリビングのソファに座り、二人に向かい合うようにして、邦子は箒に乗って浮遊している。
「それにしても、暑いなぁ。うちの冷房、効きが悪いのよね、ちょっと旧式だから。白雪さん、あなた氷系の魔法とか使えないの?」
「その不本意な質問は前にもされたんですが……私は『毒殺の魔女』です。情報通のあなたがご存じないはずありませんでしょう」
「はいはい、そうでしたね。さてと、あんまりつまんない話してると阿澄さんが痺れを切らしてしまいそうだから、さっさと本題に入りましょう。桐島丈君が今どこにいるのか、結論から言うと、私にも解らないわ」
その瞬間、阿澄と白雪がそろって肩を落とした。見かねた邦子は慌てて付け加える。
「でも、まったく当てがないというわけじゃないわ。そんなにがっかりしないで」
「何か心当たりがあるんですか?」
「心当たりっていうわけじゃないんだけどさ。相手が高確率で魔女だっていうなら、容疑者が一堂に会する場所があるよ、って話」
それを聞いた白雪がはっとする。何か思い出したようだった。
「そういえば……明日でしたか?」
「そうよ」
阿澄には話が見えないが、二人の間には、魔女の間には共通の認識があるらしい。首をかしげる阿澄に、白雪は教えてくれた。
「魔女集会です」
「サバト……?」
「名前の由来になっているのは、ヨーロッパで信じられていた魔女たちの夜会ですが、別に怪しげな儀式をやろうって話ではありませんよ。まあ、魔女たちの交流会だと思っていいでしょう。このあたりに住む魔女たちが集まって、情報交換したり、自分の仕事を宣伝したりするんです」
「確証はないけど、手掛かりを手に入れられる可能性はあるわ。あまり考えたくはない可能性だけど、もし丈君が魔女に敗れて魔法の鍵を奪われたのだとしたら、鍵を手に入れたと自慢げに話す魔女がいるかもしれない」
「そ、それだ! 行きましょう、それ! あ、それ、魔女じゃなくても参加できますか?」
「招待状があれば参加できるわ。招待状は魔女にしか届かないけれど、私は行かないから、私の招待状を持っていけばいい。本人確認なんて面倒なことはしないから、問題なく入れるはずよ」
「本当ですか!」
ありがとうございます、と阿澄は邦子の手を握ってぶんぶん上下に振って歓喜する。どういたしまして、と笑って、邦子はふわりと飛んで、ダイニングの食器棚の脇にかかっているウォールポケットにしまってあった封筒を引き抜いた。最初から魔女集会には行く気がなかったらしく、まだ封も切っていない状態だ。
赤の封蝋をされた白の封筒を受け取り、阿澄は胸に抱いた。消えた幼馴染に近づく、第一歩だ。
「白雪さん、あなたはちゃんと、招待状を持っているわね?」
「あるはずですわ。郵便物はすべて、魔法道具『どこでもポスト』に収納してありますから」
いろいろなところに敵を作っていると自称する白雪は、魔法道具で部屋を携帯して遊牧民みたいな生活をしている。定まった居住地がないにもかかわらず郵便もしっかり手元に届くようにしているというから、抜かりないというか、魔法道具は何でもアリというか。
「なら、大丈夫ね。二人とも、魔女集会に行けるわ」
小さく頷き、阿澄は招待状の封を切った。
「うわぁ……思った以上にカオスだった……」
阿澄は早くも辟易気味に呟いた。翌月曜日、午後六時、乗り込んだ魔女集会会場には、真夏にもかかわらず黒ワンピースを着続ける白雪が可愛く思えるほど、個性的な装いの面々がそろい踏みしていた。
背中に箒をしょっている人、黒い三角帽子をかぶる人、狐面で顔を隠す人、露出の多い構造不明のコスチュームの人、エトセトラ。
立食パーティ形式で始まった魔女集会、その会場には、ぱっと見ただけでも百人以上は魔女がいた。ふだんはあちこちに散っている魔女たちが一堂に会すると、やはりここは魔法特区なのだな、と阿澄は実感する。
魔法特区として区切られたエリアに元々住んでいた魔女に加え、区域外からも魔女がやってきて、魔法特区の魔女は徐々に増えていった。そして、今ではこんなに大勢だ。ここにいるのは、この近辺に在住する魔女だけ、すなわち特区のほんの一部の魔女でしかないから、全体となるともっと大勢になる。
「魔女ってこんなにたくさんいたんだぁ……」
「あなたも一応魔女という設定なんですから、あまり無知っぽい発言は控えた方がいいですわよ」
白雪が小声で窘めたので、阿澄はすっと気を引き締めた。
何か情報はないものかと、阿澄は白雪と談笑するふりをして、しばらく注意深く周囲の話に聞き耳を立てた。
「そういえば、駅前のポーション屋は相変わらず繁盛しているそうよ」
「あなたは確か商売敵だったわね。頑張ってくださいな、うふふ」
「魔法石の店ですが、このたび二号店をオープンすることになりまして」
「おめでとうございます、ぜひうかがわせてください」
「あら、あそこにいるのは『白雪姫』じゃありませんこと?」
「魔女でもない人間に後れを取ったとか。グリムの魔女って大したことありませんのね」
集会、といっても全員が全員和気藹々、というわけではなかった。聞こえよがしの嘲笑に、白雪はあからさまにむっとした顔をする。
「ちょっと、彼女たちの食事に毒を……」
「待って白雪さん落ち着いて。キレるの早い」
冗談だと思いたいところだが、白雪の目は据わっている。ここで白雪に凶行に走られたら困ると、阿澄はなんとか白雪を押しとどめた。
「――おい、お前ら」
その時、今白雪をあざ笑った魔女二人組に、ドスの利いた声をかける女がいた。
賑やかな集会場の中にあっても他に紛れることなく耳に届いた力強い声に、阿澄と白雪は反射的に振り返った。
視線の先にいたのは、不愉快そうに顔を歪めた、軍服風の装いの女性だった。




