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7 少女二人が手を取り合って

 お気に入りの白のワンピースに薄水色のカーディガンを羽織って、阿澄は朝一番に出かけた。行先は幼馴染のアパート。

 きっと戻ってきているはずだ、と頭の中で念じた。だが、そう考えながらも、そんな希望的観測を信じられない自分がいることに、阿澄は気づいていた。頭でどうこう考えても、やはり自分の目で確かめるまでは、何も解らないし、納得できないのだ。

 通いなれたアパートに到着し、部屋のチャイムを鳴らす。いつもは、チャイムを鳴らせば丈が扉を開けて、「また来たのかよ」なんて憎まれ口を叩きながらも、決して追い返そうとはしないで、冷えた麦茶を出してくれる。厳しいことを言いながらも、結局は宿題を手伝ってくれる。今日もきっと、そうしてくれると信じて、チャイムを押す。

 一回、二回、三回押して、返事がないのを知ると、阿澄は愕然とした。

 いつもと同じ日常が戻ってきているはずだと、何の根拠もなく思っていた。本当は、平和なんてあっという間に崩れ去る。

 なぜ戻っていないのか。丈に何があったのか。魔女との戦いに敗れたのか。疑問がぐるぐると渦巻いて、阿澄は頭が真っ白になった。

 ――私は、馬鹿だ。

 大事なことを、根本的なことを、忘れていたのだ。何があっても大丈夫だなんて、能天気にそんなことを考えていたなんて、大馬鹿だ。

 桐島丈は、魔女ではないのだ。

 魔女の君臨するこのエリアで魔女にかかわろうとするなら、魔女でない者に無条件の安穏などあるはずがない。



 こつん、と足音が聞こえた。

 その足音に必死に望みを懸けるように、阿澄は振り返る。そして、すぐに失望した。

「人の顔を見てあからさまにがっかりするなんて、失礼ですね」

 憎まれ口を叩いたのは白雪だった。ただ、いつもの彼女とは違って、厳しい表情をしていて、決して阿澄をからかっているような調子ではない。

「白雪さん。……あの、丈を、知らない?」

 白雪に問うことが癪であり、そうと解っていながらもそれしかできない自分に腹が立った。白雪は、小さく首をかしげる。

「存じません。やはり、昨日何かあったようですね。私も、折角手に入れたチケットが無駄になりました」

「まさか、また魔女が?」

「可能性としては、それが高いでしょう。厳しいことを言うようですが、桐島君が今まで自分の身と、ついでにあなたの身を守ってこれたのは、はっきり言って奇跡です。なぜだか解りますか」

「……丈が、魔女じゃないからでしょ」

「その通りです。魔女は、魔法を使うのです。とても当たり前のことですけど、それだけで、普通の人間よりも大きなアドバンテージがあります。魔女は本気になれば、いつでも人間を潰せます。公平に勝負をして、なんて呑気で優しいことを言ってくれる魔女は、少数派だと思ってください」

「じゃあ、白雪さんはなんで、勝負なんてまどろっこしいことを?」

「つまらないからです」

 そういった後、白雪は少し言葉を選ぶような間を置いた。

「変な意味ではないですよ。ただ、魔女は、魔法を使えば、たいていのことはできてしまいます。たとえば、私は『毒殺の魔女』です。毒を操ることができます。この魔法を使えば、魔女でない人間を服従させることは容易いのです。ちょっと脅してやれば、すぐ屈服する。けど、それって面白いですか?」

 白雪は、どこか自嘲気味に笑った。

「その気になれば何でもできてしまう。結果が見えている、ワンパターンの行動って、つまらないじゃないですか。思い通りにならないことがあったり、それを頑張ってどうにかしたり……生きるのって、そういう波乱万丈が面白いんでしょう? なんでもかんでも力でねじ伏せて終わりにしてしまうのは、張り合いがないんです。だから私は、勝負したんです。そして、負けて、勝者を崇めました」

 何でもできる。だが、それ故に不幸になってしまうような、魔女のジレンマ。能天気そうに笑っている陰で、白雪吹雪は葛藤していた。

「魔女というのは、魔法と引き換えに努力を奪われるんです。努力せずにすべてを手に入れるのが、魔法です。でも、努力をしないで生きるのは面白くないから、自分で自分を制御して、魔法を時には封じて、『努力ごっこ』をして遊ぶんです。……とまあ、これが私の考え方です。おそらくは灰かぶりも似たような考え方だと思いますよ。けど、きっとそれは少数派です。中には、すべてを力で屈服させることに快楽を感じる魔女だっているでしょう。そういう魔女は、容赦がありません。そういう魔女には、桐島君は勝てません」

 一息に言ってから、少しおしゃべりが過ぎましたね、と白雪は小さく笑った。

 丈が勝てない魔女がいる。おそらくはそういう魔女の方が多い。丈が勝てないような相手に、阿澄が立ち向かえるだろうか。阿澄は自分に問いかける。

 勝つことはできない。だが、立ち向かうことは、誰にでも自由にできることだ。

 スカートの裾をぎゅっと握って、阿澄は白雪をまっすぐ見据えた。

「白雪さん。あなたは、どうするの」

「私は桐島君を探します。何か問題が起きているなら、助けることも吝かではありません。困っているときに力を貸すのが、約束ですから」

「私も行く」

 阿澄の宣言に、白雪はさして驚きはしなかったが、不愉快そうに眉を寄せはした。

「あまりお勧めしませんよ。命の保障がありませんから」

「じゃあ、白雪さん、私のこともついでに守ってよ」

「どうしてです」

「私、丈の友達だから。友達の友達は、友達でしょ」

「友達の友達が友達なのは小学生までらしいですよ。だいたいそれ、私と桐島君が友達であるという前提からして間違って……ああ、なんだか不毛ですね、この議論は。似たような話をどこかで」

 そこまで言って、白雪は吹き出した。いつも澄ました顔をしている白雪が、ついには腹を抱えて大笑いしていた。やがて、笑いすぎで滲んだ涙を拭い、白雪は応える。

「まあ、いいでしょう。そういうのも、刺激があって面白いですし。足は引っ張らないでくださいまし?」

「りょーかいりょーかい」

 適当に返事をして、阿澄は白雪の隣に並ぶ。

 ――一人じゃ難しくても、二人なら何とかなるんじゃない? そんな前向き思考を携えて、阿澄は歩き出した。

「……で、どこ行けばいいの」

 三歩歩いて立ち止まったが。

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