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4 待ち合わせ場所にて

 浴衣のカップル、子ども同士、家族連れ、エトセトラ。目の前をぞろぞろと人だかりが過ぎていく。待ち合わせ場所の白川大橋の渡り口で、丈はぼんやりと空を見上げる。雲はない、花火日和。ポケットの中のチケットを手慰みに弄びながら、紺色の空を見つめた。

 待ち合わせの時間はすでに過ぎているが、阿澄が遅れてくるのは解っていた。つい十分ほどに、阿澄からケータイにメールがあった。

『今駅だから、三十分くらいで行くね』

 そのメールを、丈は訝しく思った。駅から花火会場まで、三十分もかからないはずである。どういうことだろうかと疑問に思っていたのだが、会場へ向かう人の流れを見ているうちに、なんとなく理由を察した。

 ところで、阿澄を花火に誘ったことについては教えていないはずなのに、四人の姉たちからそれぞれメールが来たことについて、丈は納得がいかなかった。

『未成年なんだからハメを外しすぎないこと。阿澄さんによろしく』

『花火終わった後も私の店は営業中だから、欲しいものがあったら買いに来てね。阿澄ちゃんと仲良く』

『「源氏物語」みたいな展開所望。阿澄嬢としっかりやるように』

『進展するまで帰ってくるな。阿澄ちゃんをきっちりエスコートしなさい』

 読んだ瞬間削除した。まったくどいつもこいつも、と丈はぶつぶつとぼやく。素早くケータイを操作しながら、頬が火照るのを感じた。

 熱い頬は、しかし、夜風に吹かれてすっと冷めていく。

 今日、阿澄は大学に行った。魔法特区の、外の世界にある場所だ。阿澄は魔女ではないし、魔女の血を引いているわけでもない。行きたいところに、いつでも、どこへでもいける自由な人間だ。

 どこへもいけない丈とは、違う。

「…………」

 正確に言うならば、どこへも行けないわけではない。実際、丈たちの父親は、どこかへ行ってしまったのだから。ただ、あの父親の真似をすることはないだろう、と丈は思う。

 珍しく感傷的な気分になるのは、夜のせいか、一人のせいか。

 そんな時、右から左へ人が流れていく中で、その流れに逆らうように、丈の目の前に立ち止まった者がいた。それに気づいて視線を巡らせると、見覚えのない女性が立っている。

 花火大会に行くにもいつもと大して変わらず半袖シャツにジーンズの丈が言えた義理でもないのだが、目の前の女も、これまた花火には不釣り合いな格好で、上下共にカーキの軍服風の装いをしている。黒のセミロングはぼさぼさで、鼻の上には絆創膏。

「桐島丈、だな」

 不穏な空気を感じ、丈は女を警戒する。こういうふうに突然やってきては好戦的な目を向けてくるような奴には、今までロクな奴がいなかった。経験則からいうと、相手は十中八九、鍵狙いの魔女だ。

「これからカノジョと花火デートかな? 待ち合わせのとこ悪いんだけど、ちょっとツラ貸してくれよ」

「……」

 きっと阿澄はもうすぐここに来る。この女と阿澄を会わせたくない。魔女と関わると、高確率で阿澄を巻き込んでしまう。それだけは避けたいところである。

「警戒しなくていいよ。五分で終わる、話だから」

 女はそう言って、にやりと笑った。



「ふっふっふ……あっはははははッ!!」

 夜空に響く、不気味な笑い声。

 真壁阿澄はでれでれと緩みきった顔で嘩笑した。道行く人々が何事かと思って阿澄を振り返り、白い目を向けたり、「ママーあれなにー?」「見ちゃダメ!」したりするが、阿澄は意に介さない。

 オープンキャンパスからダッシュで帰還し、家に寄って着替えをしっかり済ませた。下着まで履き替える気合の入れようである。

 本日の装いは、丈から花火大会の話を聞いた直後にひそかにデパートにダッシュして、商売上手なお姉さんと談笑しながら華麗に購入を決めてきた一張羅、浴衣である。会場に近づくにつれ、浴衣の女性が視界に増えていくが、それでも一番輝いているのは私! と自信満々に、下駄でスキップというアクロバットまでやってのける。

 生成り色の地に橙、桃、水色の鮮やかな華が大きく咲き、帯は黄色のグラデーション。売り場のお姉さんが一押しするので、迷わず購入を決意。巧みに隠されていた値札を見た瞬間にお姉さんへの株価が暴落したが、レジまで行って引き返す根性は阿澄にはなかった。

 しかし、花火に浴衣、これは女の勝負である。勝負服にケチは禁物である。この先一か月くらいは粗食強化になるだろうが、いたしかたない。

「そう、すべてはこの日のために……って、べ、別に丈のためとかそういうんじゃないからっ」

 一人で小芝居を始め、笑ったり恥ずかしがったりと忙しく百面相をする阿澄。阿澄が近づくとモーゼのごとく人波が割れる。警察に通報されないのが奇跡である。

 アクロバティック下駄スキップでカラコロ小気味のいい足音を立てながら、阿澄は待ち合わせの橋に向かう。

 るんるん気分で小躍りしながら向かう阿澄は、しかし、橋についた瞬間立ち止まり、信じられないものを見た。一瞬で血の気が失せ、青ざめる阿澄。

 そこにいたのは――

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