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3 それでは土曜日に

「は、花火? 丈が私を花火に誘ってくれてるの? え、嘘、そ、そそそ、それって!」

 家に訪ねて行って誘ってみたところ、阿澄は妙に慌てた。顔を赤くしたり青くしたりと百面相に忙しそうな阿澄に首をかしげながら丈は続ける。

「桟敷のチケット、友達とでも行けって、四葉姉が譲ってくれたんだ。六人まで入れるらしい。土曜日なんだが、予定は空いてるか」

 阿澄はケータイのカレンダーで予定を確認して、困ったように眉を寄せた。

「土曜か……それ、何時から?」

「七時」

「七時か、ならぎりぎり……ちょっと遅れるかもしれないけど、いい?」

「構わないよ。どっか行くのか」

 何気なく聞いたのだが、阿澄は少し躊躇うような、どこか申し訳なさそうな、複雑な表情をした。

「オープンキャンパス」

 入学希望者のために大学が開催する見学会だ。丈たちの高校では、二年のうちにいくつかの大学に行って、レポートを提出することが義務づけられている。阿澄は、見学に行く予定の大学の名前を告げた。

 それは、魔法特区の外の大学の名前だった。

「ちょっと遠出になるから、帰りが遅くなりそうなんだけど……でも、間に合うように帰ってくるから、私、行ってもいい? 花火、すごく行きたい」

「いいよ。待ってるから」

 丈が快諾すると、阿澄は嬉しそうに笑った。その笑顔に、いつもと違って影があることに、丈は気づいていたが、何も言わなかった。

「でも、そっか……六人まで入れるんだ」

「元々、姉弟五人で行く予定で応募したらしいからな」

「そうすると、ちょっと勿体ないかな。他にも誰か誘う? 私、遅れるかもしれないわけだし」

「構わないけど。さて、誰を誘うか」

 一瞬、白雪の顔が頭をよぎったが、すぐにその考えを打ち消した。

「……一人、思い当たる」

「私も、心当たりがあるわ」

 ということで、それぞれ友達に連絡を取ったのである。

 が、



『花火? 阿澄さんと? いやいや、私は行かないよ。私もまだ馬に蹴られたくはない』

 戸隠邦子は電話でそう言った。魔女との戦いで、何度か力を貸してくれた友人なので誘ってみたのだが、笑ってお断りされた。

 ついでに、

『ところでさぁ、君が他に誘おうって言い出したわけじゃないでしょうね? え、阿澄さんが言い出したの? それならまあ、いいけどさ。阿澄さんは人がいいねえ。しかし、君が言いだしっぺだったらどうしようかと一瞬思ったよ。え、意味が解らない? 君は一度くらい馬に蹴られた方がいいんじゃないかな』

 さりげなく罵倒までされた。

 電話を終えて、当てが外れたことを伝えると、阿澄も肩を竦めた。

「こっちも。真樹ちゃんと美咲ちゃんを誘おうかと思ったんだけど、お父さんと一緒に行くからって」

「そうか。なら、邪魔しちゃ悪いな」

 阿澄は、真樹・美咲の二人とメアドを交換した上に、某SNSでもつながっていて、頻繁に連絡を取り合っているらしい。ちなみに、丈も連絡先を交換しようとしたところ、阿澄に妨害された。「年上の男の人とメアド交換はまだ早いのよ」と阿澄は二人の中学生を諭していた。近況は阿澄を通してよく聞くが、二人は元気でやっているらしい。

「まあ、いいんじゃないかな、二人で」

「そ、そう? まあ、ちょっと恥ずかしいけど、丈がそう言うなら……」

「ちょっとお待ちくださいお二人とも、どうして私を誘ってくださらないのです!」

 二人の会話に、突如乱入してきたのは、黒ワンピース姿でおなじみの「毒殺の魔女」白雪吹雪であった。この女は知り合って以来神出鬼没を繰り返し、丈の心臓を痛めつけにかかっている。白雪の顔を見た瞬間、阿澄はすぐさま不機嫌そうな顔になる。

「白雪さん、まさかとは思いますけど盗み聞き? グリムの魔女ってはしたないのね」

「阿澄さんったら、人聞きの悪いことですわ。白昼堂々はしたないくらい大声で騒ぎ散らしているのはあなたではありませんか。拡声器でも使ってらっしゃるの? え、地声? その割にはひどい濁声ですこと」

「そういうあなたはもっと大きな声でしゃべってくれないかしら。ぼそぼそ言われても何を言っているのかさっぱり解らないわ。ちゃんとコミュニケーションを取る気があるのか疑わしいくらい」

「阿澄さんの難聴には困ったものですわ。よろしければ補聴器のお店を紹介いたしますわよ」

 よくもまあ次から次へと暴言が出てくるものだ。立て板に水とはこのことである。彼らの言語中枢は口喧嘩専用にカスタマイズされているのかもしれない。マシンガン二挺に挟まれた丈は息苦しさに溜息をつく。

「丈さん、阿澄さんなんかに遠慮しないで、ぜひ私をお誘いください。花火を見ながら晩酌というのも乙なものですわ」

「いや俺未成年」

「丈、私、白雪さんを入れた三人で出かけるのだけは断固反対よ。公序良俗に反すると思うの」

「お前にとって白雪は猥褻物なのか」

 どう仲裁したものかと考えた末に、「じゃあ二人で行ってくれば」と提案したら、二人は息ぴったりに丈の向う脛を蹴り飛ばした。

 ――お前ら仲悪いなんて本当は嘘だろ。丈は涙目になりながら二人を睨んだ。

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