17 事件の終わりは何かの始まり
外に出ると、夜闇の下、地面に転がってもぞもぞ動いている謎の物体が真っ先に目に入り、阿澄はぎょっとした。しかしそれは、よくよく見ると、黒いワンピース姿の白雪である。ロープで縛られた上に口をガムテープで封じられている。阿澄が中から呼んでも返事をしなかったのは、こういう事情だったのだ。
「白雪さんっ」
阿澄はすぐさま白雪を解放する。自由になった白雪は、涙目になりながら訴える。
「ひどいんですのよ、あの下種女。どうして私がこんな目に……ああ、そんなことより桐島君! ご無事で何よりですわ!」
織部を貶していたと思ったら、ころりと表情を変えて丈に抱きついた。丈は見るからに痛がっていたが、文句は言わなかった。
「……ところで、阿澄さん。私、ああいうのは感心しませんわ。告白と言うものは、二人きりで静かに……」
「ああああああ、そのことにはもう触れないでよ!」
「やはり雰囲気というのは大事ですよ。密室で二人きりだからと小躍りしていたのは解りますが」
「してないわよ、小躍りなんかしてないわよ!」
もうちょっといい雰囲気だったら小躍りしていたかもしれないが、こんな無粋な小屋にぶちこまれて呑気なことを考えていられるはずはない。しかし、そうはいっても、結局無粋な場所で勢いでとんでもないことを口走ってしまったのだから、やはり自分は脳みそお花畑かもしれない、と阿澄は自虐的なことを思う。
丈を挟んで阿澄と白雪がぎゃあぎゃあ騒いでいると、小屋からのそりと、織部が出てきた。
胡乱な目つきで、織部は丈を睨んだ。それをかばうように、阿澄と白雪は息ぴったりに前に出た。
「勝負に負けた腹いせに暴力に訴えるつもりかしら、まあ野蛮。もしそうなら、あなたは灰かぶりと同レベルの、グリムの魔女の底辺ですね」
「ぼ、暴力反対! 大人しく諦めて帰んなさいよ!」
「……諦める? くっ、ふふふ、あはははははっ! 馬鹿言ってんじゃねえよ」
地を這うような、憎しみのこもった声で、ラプンツェルは唸る。
「今の勝負は片がついた、が。勝負の後に、違う勝負をすることは自由のはずだぜ。桐島丈、もう一度勝負だ。勿論受けてくれるよな、受けてくれないなら、腹いせに、この二人をまとめてぐちゃぐちゃにしてやったっていいんだ」
「見苦しいですわよ、ラプンツェル。だいたい、そんなことができると思っているんですか? この私、『毒殺の魔女』を、あまり舐めないでくださいな」
「毒殺だろうがなんだろうが、閉じ込めちまえば関係ないね。『監禁の魔女』は、お前なんかに屈しない。なぜなら俺は、グリムの魔女最強だから!」
織部は諦めない。鍵を手に入れるため、雪辱を果たすため、織部はしつこく食らいつく。
こいつは死ぬまで執着する――阿澄はそう直感した。狂気に満ちた妄執が、織部の原動力だ。
「絶対、鍵を奪ってやる。奪って、お前ら全員、ぶっ殺す。俺を虚仮にしたこと、償わせてやる!!」
「――そこまでよ、ラプンツェル」
にわかに響いたのは、凛とした女の声。
八つの瞳が、一斉に振り返った。
「あなたは負けたのよ。あなたのような、なんでも暴力で解決する単細胞なお馬鹿さんでは、彼らには一生かかったって勝てやしない」
優しく諭すようで、それでいて、冷たく見限っているような、不思議な声。
箒で空を飛ぶ、もっとも魔女らしい魔女――戸隠邦子。
にっこりと人懐こく笑う邦子が、そこにいる。
「邦子さん……どうしてここに」
阿澄の問いには答えず、邦子は織部を糾弾し続けた。
「あなたには誇りがないのね。みっともなく負けて、みっともなく負け惜しみして、自分の思い通りにならないと納得しない。灰かぶりも似たようなものだけれど、あなたのほうがよっぽどタチが悪い。魔女はもっと、気高くあるべきよ。あなたのやっていることは、魔法も知恵も持ち合わせない、ただ力だけをもって野蛮にふるまう、獣と同じ」
「なんなんだ、お前は! 俺に説教する気か! そんなところで人のこと見下してねえで、降りてこい!」
空を浮遊する魔女は、妖しく微笑む。
「私が気に入らない? 私が邪魔? そうでしょうね、構わないわよ」
邦子はそっと目を閉じる。依然箒で空を飛んだまま、小さく溜息をつく。そして、次に目を開いた瞬間には、彼女の瞳には冷たく妖しい光が灯っていた。
「でも、後悔しないでね、ラプンツェル。私への敵意は、高くつく」
パチン、と邦子は指を鳴らした。
その瞬間、織部は大きく目を見開き、ぷつりと糸が切れたように、その場に崩れ落ちた。
「……!?」
いったい何が起きたのか、阿澄には理解できなかった。丈も白雪も、信じられないような顔で、織部と邦子を交互に見遣った。邦子はすぐに優しげな微笑みを取り戻していた。
「まさか、あなたの正体は……」
白雪が、邦子を見上げてぽつりと呟く。
「白雪さん?」
「……あらゆる呪いを司る『呪詛の魔女』……またの名を、『いばら姫の魔女』」
「……!」
六つになってしまった瞳を集め、戸隠邦子は妖艶に笑う。
私がラスボスよ――なんて、言い出しそうな、そんな顔。




