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13 奇問には奇策を

 五メートル四方くらいしかないような、小さな小屋。物置かと思ったら、中には何も物がない。あるものと言えば天井にぶら下がる蛍光灯くらい。扉も窓もない。壁はおそらくコンクリート製。一見脱出不可能に見えるが、ゲームである以上、抜け道はある。

 阿澄はすでに、脱出方法を見つけていた。

 それは、

「ここから出る方法……それは、『壁をお菓子にする』、これ一択ね」

 馬鹿なことを言っているように聞こえるかもしれないが、阿澄は本気だ。まったく馬鹿なことではない。

 少し前に、阿澄はあらゆるものをお菓子に変えてしまう魔法を使う、「ヘンゼルとグレーテル」樫原真樹・樫原美咲と知り合った。連絡先は交換済み。彼女たちの力をもってすれば、コンクリート製の壁だろうが、一瞬でレープクーヘンの壁に変えることは容易い。

 助けを求めてはいけないというルールはない。阿澄が「お菓子の魔女」と知り合いであることは、当然織部は知らないだろうから、完全に予想外のことだろう。

「圧倒的不利な状況……それを打開するのは、力でも知恵でもなく、友情だったってことよ」

 不敵な笑みで勝ち誇りながら、阿澄はケータイを取り出した。




 圏外。




「…………………………」

 無情な表示に、阿澄はそそくさとケータイをしまった。

「――オーマイガッッ!! どういうこと!? 圏外? 馬鹿じゃないの? このご時世に電波の届かない場所があるなんて信じらんない!」

 もしかすると、この部屋が圏外なのは、ラプンツェル――「監禁の魔女」の陰謀なのかもしれない。電波さえも外に出してくれない完全なる密室。そうやすやすと外に助けを求めさせはしないということなのだろう。

 壁をお菓子にして破壊する作戦、失敗。

「絶対織部の意表をついたいい作戦だと思ったのに……圏外なんて卑怯だわ」

 ぶちぶちと文句を言いながら、阿澄は次の作戦を考える。

「脱出するには、まず扉がないことには始まらない。けど、扉は織部の魔法でなくなった……逆に言えば、織部なら魔法を解いて扉を戻すことができる、ってことね」

 考えを口にしながら整理する。つまり、目指すべきゴールは、織部に扉を開けさせることだ。勿論、お願いしますと頼み込んだところで開けてもらえるわけがないから、開けなければいけない状況に追い込む必要がある。

 端的に言うなら、脅迫だ。「開けないとお前の命はないぞ」的なことをすればいい。しかし、織部は外にいる。壁越しに「開けないと……」などと言ったところで、「お前何もできないじゃん」と一蹴されて終わりである。

「いや……待って、外には白雪さんが……」

 自分を心配してついてきてくれた白雪が外にいる。壁は頑丈だが、外と会話が可能なのは確認済み。白雪に頼んで、織部を脅迫してもらえばいい。いや、待て、それ以前に、すぐ外にいる白雪と会話ができるなら、白雪に樫原真樹・美咲と連絡を取ってもらえばいいのではないか。

「私ったら、重要なことを失念してたわ。なんにしても、外にいる白雪さんに頼めばなんでもできるじゃないの」

 というわけで、善は急げ。壁をガンガン叩いて外にアピールする。

「白雪さん! 聞こえる? ちょっと手を貸して!」

 しかし返事はない。

「白雪さん? おーい、白雪さーん」

 やはり返事はない。

「せっかくついてきてくれたんだから活躍してよー!」

 いっこうに返事はない。

「…………まあ、織部が白雪さんを放っておくはず、ないか」

 白雪に頼んで脱出、などという真っ先に思いつきそうなものすごく簡単な方法を、織部が許すはずもない。白雪が織部に何をされたのかは不明だが、とりあえず白雪は使えない。

 外の仲間と協力作戦、失敗。

 こうなってくると、できることはかなり限られてくる。やはり阿澄一人で何とかするしかないわけだが、はたしてどうしたものかと、阿澄は逡巡する。

 ふと、丈を振り返る。未だに目を覚まさない丈。できるだけ早く医者に連れて行って手当をしたい。こんなところでぐずぐずしている場合ではないのだ。

「……丈だったら、どうするかな」

 不利な勝負にもかかわらず、白雪姫、灰かぶりの魔女との勝負に勝った丈。魔法も力もないが、知恵と知識で乗り切ったのだ。そんな丈なら、この場合どうするだろう、と阿澄は考える。これまで、彼の勝負の場に居合わせてきた阿澄だ、丈が考えそうなことを、多少ならなぞれるかもしれない。

「……閃いた」

 阿澄は不意に閃いた名案に横手を打った。

 織部に扉を開けさせる、という方向性自体は間違っていない。問題なのはその手段だ。外にいる白雪の手を借りられないなら、織部に自分から部屋の中に来させればいい。いったん中に入ってきてくれれば、押し倒すなりなんなり、どうにでもなる。では、どうすれば織部は部屋の中に入ってこざるを得なくなるか。

 ずばり、中の人間が死んだ時だ。

 だが、実際には死ぬわけにはいかないので、死んだふりということになる。たとえば、阿澄が死んだと思えば、真壁は死体を確認、処理するために部屋に入らなければならない。その時、扉が開く。織部は中に入ってくる。隙をついて脱出するか、織部を殴り飛ばすか、そこは臨機応変だ。

「超名案、頭脳派ファインプレーね。拍手喝采ものだわ」

 と自画自賛して、阿澄は満足げに頷く。

 問題は、どう「死にました」アピールをするかだが、自分で「死にました」と宣言はできない。短期で決着をつけるなら……阿澄は、作戦を少々軌道修正する。

「……ここは申し訳ないけど、丈を死んだ設定にして……」

 鍵の在処を聞くために、織部は丈に死なれては困るはずだ。丈が死にそうだとでも言えば、嘘かもしれないと心配しつつも、織部は扉を開けるだろう。そして、脱出する――阿澄は作戦を決定した。

 そうと決まれば、必要なのは迫真の演技。

「ふふん、元演劇部志望の演技力を見せてあげるわ……!」

 結局演劇部だったことは一度もない阿澄は、自信満々に呟いた。

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