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12 脱出ゲーム

 午後九時の白川公園。意外とせっかちなのか、約束の五分前には、すでに織部は到着していた。阿澄と、阿澄を心配してついてきた白雪は、公園で織部と対峙した。

「逃げずに来たんだな」

 にやりと笑う織部を、阿澄は真っ向から睨みつける。気持ちで負けていては駄目だ、と自分を叱咤して、強気強気で攻めていく。

「私が宣戦したのに、なんで私が逃げるのよ」

「いやいや、直前になって怖気づくっていうのはよくある話だ。だが、こうして来たんなら、早速勝負を始めよう。そろそろ、野郎のことが気がかりだろう?」

 ついてきな、と織部は手招きする。

 警戒しつつ、織部の後についていく。十分ほど歩いたところで着いたのは、小さな物置小屋のようなところだった。周りに民家はなく、鬱蒼とした木々に囲まれた、あまり近づきたくない感じの場所だ。小屋には窓が一つと、扉が一つ。扉には南京錠がついている。

「ここなら、多少騒いでも誰も気づかないってわけだ」

 言いながら、織部は南京錠を外す。

「まずは、大事なオトモダチを確認させてやるよ」

 ぎぃ、と軋んだ音を立てながら、織部は扉を開ける。織部に促され、阿澄は慎重に小屋に近づき、中を覗いた。

「っ! 丈!」

 蛍光灯の頼りない光だけが照らす薄暗い小屋の真ん中に、桐島丈は無造作に転がされていた。阿澄は思わず駆け寄り、その安否を確かめる。

 服はところどころ擦り切れ血が滲んでいる。半袖シャツの袖から伸びる細い腕にはいくつもの青痣。唇の端が切れて渇いた血がこびりついているのが見るからに痛々しい。呼吸に問題はなさそうだが、意識はない。

「酷い……いくらなんでも酷す……ぎ?」

 文句を言いつつ振り返った阿澄は、奇妙な光景に疑問符を浮かべる。

 扉がない。

 今入ってきたはずの扉が、なくなっている。それどころか、窓もない。頼りない電灯が灯るだけの小屋には、出入口すらなくなっている。完全なる密室、閉ざされた部屋だ。

「ちょ、ちょっと、どういうこと!」

 阿澄は慌てて、扉があったと思われる場所に駆け寄る。壁を手探りで探しても、やはりそれはただの壁であり、扉はない。

「さて、ゲームを始めようか」

 阿澄の狼狽など無視して、壁の向こうから織部の声が告げる。

「ゲームの内容は『脱出ゲーム』。その名の通り、【その部屋から脱出できたらお前の勝ち。できなかったらお前の負け】。簡単だろう?」

「脱出ゲームって普通、部屋の中から隠されたアイテムを探し出して、暗号とかパズルを解いて出口の鍵を開けるとか、そういう奴のことでしょ? この部屋、隠しアイテムどころか電気以外のアイテム皆無の上に出入口すらないんだけど!」

「だから、出入口すらない部屋から脱出するゲームなんだって。面白いだろ?」

「全然っ」

「無事に帰りたきゃ、頑張って脱出してごらん。なーに、制限時間だなんて野暮なことは言わずに、気長に、死ぬまで待ってやるから」

「冗談じゃないわ。このクソ暑い時期にこんなとこ閉じ込められたら一週間ともたずに死ぬっつの」

「じゃあ一週間で出ればいいじゃないか」

「そんな無茶な」

 阿澄は愕然とする。多少は不利な勝負をふっかけられることは想定していたが、出入口の存在しない部屋から出ろだなんて、不利どころか勝ち目のまったくない無理ゲーをやらされるとは。

「まぁ、でも、武士の情けって奴だ。死にたくないから助けて欲しいって言うなら、【降参は認めてやる。降参したくなったら、大人しく鍵の在処を吐くんだな。そうしたら、すぐにでも鍵を確認して、お前たち二人を出してやる】」

「誰があんたなんかに鍵を渡すかっての! ジョートーだわ。壁ぶっ壊してでも脱出してやるから、見てなさいよ、この性悪女!!」

「じゃ、せーぜー頑張れ」

 嫌味たっぷりの言葉を最後に、織部の声は聞こえなくなった。

 密室に、取り残された。

「……狭い密室で二人きり。普段だったら小躍りするところだってのに」

 残念ながら小躍りしている場合ではない。

 阿澄はショルダーバッグからペットボトルをハンカチを取り出す。白雪のアドバイスで準備してきた水である。

『あのクソサディストのことですから、桐島君は飲まず食わずで放置されてる可能性がありますから』

 とのことだったが、どんぴしゃである。

「あのゲロサディスト……絶対ここから出たら殴る。超殴る。顔面絆創膏だらけにしてやる」

 静かに復讐に燃えつつ、ひとまず阿澄は応急処置として丈に水を飲ませてやる。意識がない相手に水を飲ませるなら、湿らせたハンカチを使うといいらしいので、そのようにする。

 丈は目を覚ます気配がない。彼の力は借りられない。だが、元よりそんなものは期待していない。ここは自分の力で乗り切ってみせると、阿澄は決意する。

「大丈夫よ。少々予想外の展開だけど、この程度のピンチ、問題ないわ」

 最初こそ戸惑ったが、今は落ち着いた。冷静になった阿澄には、すでにこの場所からの脱出方法が思いついていたのだ。

 阿澄は不敵に笑い、姿の見えない織部に向かって、宣言した。

「悪いけど、この勝負、私の勝ちよ。今すぐ出てやるから、私の華麗なる脱出を指を銜えて見ていなさい」

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