11 宣戦布告
「こんなことでバレるとはね。野郎、大人しい顔して抜かりねえじゃんか。魔女でない割には驚きの行動力だ」
織部はくすくす笑いながら、阿澄の手からチケットをすり取って、真っ二つに破いた。
「私としては、魔女がどいつもこいつも毎日同じ服を着ていることの方が、驚きだわ」
夏くらいもう少し頻繁に洗濯したらどうなのかと阿澄などは思うのだが、魔女たちのいい加減さのおかげで、ゆるがぬ証拠を見つけられたのも事実だ。
「さすが、桐島君ですわ。私に助けを求めて手を打っておいたんですね」
白雪はうっとりした調子で言うが、この意見に対しては黙っていられない。
「白雪さんじゃなくて、私に助けを求めたに決まってるでしょ」
「あら、あなたに救援を求めたところで大した力にはならなそうですから、それはありえないんじゃないですか」
「でも、結局チケットに気づいたのは私だからね。白雪さんなんか全然気づかなかったじゃない。その目は節穴なの」
「私の目が節穴に見えるだなんて、あなたの目の方こそ節穴なのではありません?」
バチバチと火花を散らせる。が、すぐにそんなことをしている場合ではないと思いだし、阿澄は織部を睨む。
「あんた、鍵に興味はないんじゃなかったの」
「悪いな、あれは嘘だ」
悪びれもせずに織部は答える。
「希代の魔女、桐島御影の最高傑作だ、誰だって欲しい」
「手に入れてガラクタだったらどうするのよ」
「奴に限ってそんなことはあるまいよ。実の息子に大事に預けたもんだ、よほどのものだ。何が何でも手に入れなきゃなあ」
「と、言うことは、まだ鍵を手に入れてはいないようですね。桐島君を攫って二日は経つというのに、ずいぶん手際が悪いですこと」
「口だけは堅いようでね。けど、本当に口だけ。体は脆い」
べろりと舌なめずりをする織部に、阿澄はどきりとする。
特技は拉致監禁で趣味は拷問――白雪が言っていたことを思い出し、背筋が寒くなる。
「暴力で片をつけようというんですのね。相変わらずの野蛮人」
「すぐにでも落としてやるさ。白雪姫、お前が手に入れられなかった鍵は、俺がありがたくいただいておく。あとで泣いて悔しがれ」
「そっ、そうはさせないわよ!」
織部と白雪の会話に、阿澄はなんとか言葉をねじ込んだ。
「丈は返してもらうわ。これ以上、あんたに好き勝手はさせない」
「やだね。野郎は俺が手に入れた。お前に返す義理はない」
「なら、勝負よ」
白雪がぎょっとした目で振り返る。「やめろ」と彼女の目が言っていたが、引っ込みがつかなかった。阿澄は織部をびしりと指さし、宣言した。
「桐島丈を賭けて、あんたに勝負を申し込む!」
「あなた、馬鹿ですの!?」
白雪は、彼女にしては珍しく、本気で焦ったように声を荒げた。馬鹿だと言われて愉快なわけはないので、阿澄は憮然とする。
「馬鹿って何よ、馬鹿って」
「馬鹿を馬鹿と言って何が悪いんですの。私の話を聞いていませんでしたの? 織部蓮華は超危険人物! 関わった瞬間死亡エンドルートです!」
「いいじゃない、一応勝負にまでこぎつけたんだから。勝てば後腐れなく解決できるはず」
「あなた、本当に勝てると思ってるんですか? 勝負の約束をしたとはいえ、肝心の勝負内容はすべて向こうが決める取り決め……集合時間は一時間後! 何をやらされるか解らない上に、あと一時間では、たいした対策もできません」
「白雪さんは、あの人の勝負について、何か知らないの」
「知るわけありませんわ。私の知る限り、織部が誰かと勝負をすること自体が初めてです。基本的に織部蓮華は、すべて力でねじ伏せる人です。欲しい物を手に入れるのも力ずく、気に入らない奴を排除するのも力ずく。野蛮人なんです。原始人なんです。一周回ってただの馬鹿なんです!」
「後半ただの悪口になってるわよ」
魔女集会を抜け出して、一時間後に白川公園集合の約束。阿澄と織部の一対一の勝負を執り行う。勝負内容は不明だが、とりあえず必要そうなものをショルダーバッグの中に突っ込んで準備をする。ケータイ、飲み物、チョコレート、エトセトラ。
「大丈夫。そりゃあ、私は魔女じゃないけど、それをいうなら丈だって魔女じゃないけど、白雪さんに勝ったじゃない」
「私と織部蓮華とでは格が違……いえ、私の方が格上ですけど」
「そこ、見栄張らない」
阿澄は自分でも驚くくらい冷静だった。白雪がいつになく慌てているから、そのせいで逆に落ち着けるのかもしれない。
「白雪さん、私のこと心配してくれてるの?」
尋ねた瞬間、白雪は落ち着かなくうろうろしていたのがぴたっと止まる。あからさまに目を泳がせる白雪は、顔が赤い。
「……心配して悪いですか。友達の友達は友達だと言ったのはあなたじゃありませんか」
「し……白雪さんが、ついにデレた」
「デレってなんですか!?」
素直になると可愛いかもしれない、と阿澄は思う。本人に言ったら怒られるかもしれないが。
いつになく動揺する白雪に向かって、阿澄は胸を張る。
「まぁ、見てなさいって。あいつ、完全に私をなめてるからね。そういう油断してる奴は、意外と足をすくわれるもんなのよ」
調子に乗ってるラプンツェルの鼻っ柱をへし折る――そう決意して、阿澄は約束の場所へと向かう。




