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9 ラプンツェルの魔女

 ぼさぼさの黒い髪と絆創膏が特徴的な女は、これまた個性的な装いで、カーキを基調とした服は、どこかの軍人のようなイメージがある。大量にポケットのついたズボンはサイズが合っていないのか裾を踵で踏んづけていて、ジャケットは少々廃れ気味。

 女は剣呑な光を瞳に宿し、魔女たちを睨んでいた。

「あの女……」

 白雪がにわかに殺気立つ。

「知り合い?」

「不本意ながら」

 即答するあたり、あまり仲は良くないらしい。

 阿澄と白雪が黙って事態の成り行きを見守る中、女は今しがた白雪を嘲笑した魔女二人を睨み据えた。

「白雪姫の魔女をどう言おうが勝手だが、奴が弱いからと言って、ひっくるめてグリムの魔女全員がたいしたことないと言うのはやめてもらおうか。自分たちがクソ弱いのを棚に上げて、よくもまあそんなことが言えたもんだな、三下魔女ども」

 確かにこの集会は和気藹々としたものではなかったが、それでもここまで殺伐としたものでもなかったはずだ。女は、よくとおる声で、一気に雰囲気を乱す台詞を吐いた。騒ぎに気づいた周りの魔女たちが、遠巻きに様子を見守った。

「たいしたことがないものを、たいしたことがないと言って何が悪いの」

 責められた魔女は強気に言い返す。

「いったい、あなたは何者?」

 尋ねられ、女は不敵に笑って答える。

「俺は『グリムの魔女』の一人、『ラプンツェルの魔女』織部蓮華だ」

 周りの魔女がざわりと浮足立つ。本当か、と阿澄は目で白雪に尋ねる。

「織部蓮華……自称『グリムの魔女』最強の魔女です。私は認めませんけど」

「強いの?」

「魔法自体は、直接的な殺傷能力がある類のものではありません。それでしたら、私の毒の魔法の方が上でしょう。ですが、あの女は、灰かぶり以上に性格が悪いのです。魔法を使うことに躊躇がありませんし、暴力も大好き、極めて狂暴です。弱者を痛めつけるのが大好きなあばずれですわ」

「うわっ、関わり合いになりたくないタイプ」

「私だってそうです。あいつと関わるくらいなら、まだ灰かぶりの方が幾分かマシです。あの子どもは馬鹿な分転がしやすいですけど、織部はそうはいきません」

 ラプンツェルの噂は有名なのか、織部と睨みあいをしていた魔女は、名前を聞くなり表情を変えて、そそくさと逃げて行った。周りの魔女たちも、あからさまなくらい織部から目を逸らした。そんな中、白雪は不愉快そうに眉を寄せながらも織部を見ていた。つられるように、阿澄も織部を見遣った。

 視線に気づいた織部が、こちらへ歩いてくる。

「白雪姫。よく顔を出せたな。お前のせいでグリムの魔女の悪名も地に堕ちたぞ」

 織部は「グリムの魔女」という称号に、なにがしかの誇りを持っているようだった。しかし白雪は、そんなものくだらないと言いたげに鼻で笑った。

「あまりこういうことは言いたくありませんけれど、あなたがそんなおかしなことを言うのであれば仕方がありません。はっきり言って、グリムの魔女が悪の魔女の代名詞として恐れられたのは、もう昔の話ですよ。世情に疎い魔女や、魔女でない者には未だに恐怖の象徴のように思われていますけれど、私からしてみれば滑稽でしかありませんわ」

「ほう?」

「灰かぶりは、先代はともかくとして、二代目はとんでもなくお馬鹿で野蛮で醜い子どもですし、ヘンゼルとグレーテルにいたっては、ただのやんちゃな子ども。半数がすでにこの有様なんですから、今更私の評判がどうなろうと、たいした変化はありませんでしょ。それに私、あなたのように何でもかんでも腕っぷしだけで解決するようなはしたないやり方は好きではありません。あなたのようにしなければ『弱い』と罵られるというのならば、私は甘んじて罵倒を受け入れますわ」

「ふん、相変わらず嫌味な女だな、白雪姫」

 散々に言われた織部だが、けして不機嫌そうではなく、むしろ白雪の強気な態度を面白がっているようだった。所詮、格下の相手の戯言だとでも思っているのだろうか。

「まあ、お前の言うことももっともだ。結局、『グリムの魔女』の中で、現在本当に恐るべきなのは、私と、あとは、謎多き魔女『いばら姫』くらいだろう」

「私から見れば、あなたも恐るるに足らないのですけれどね」

「言ってろ三下」

 織部は鼻で笑う。それから、白雪との話に飽きたのか、織部は不意に阿澄を見遣った。

「白雪姫、その女はお前の連れか? お前に友人がいたとは驚きだな」

「あなたの十倍は友人を持っているつもりですわよ」

「そいつはおかしい、ゼロにいくらかけようともゼロのはずだがね」

 自分には友達がいないのだと、織部ははっきりと宣言したのだ。確かに友達いなそう、と失礼なことを考えたのがばれたわけではあるまいが、織部はじろりと阿澄を睨んだ。阿澄はどうしようかと迷った挙句、変なことで目をつけられてはたまらないと、先に挨拶することにした。

「は、初めまして。真壁阿澄と申します。お噂はかねがね」

 かねがねも何も、今白雪から聞いたところで、名前と性格の悪さ以外のプロフィールを何一つ知らないのだが。

「俺は織部蓮華。よろしく……っていっても、魔女集会が終われば関わることもないだろうがね」

 そこは社交辞令で以後よろしくって言っとけよ。阿澄は内心ツッコみつつ、曖昧に笑った。

「阿澄さん、そろそろ参りましょう。この女の近くにいると単細胞が感染うつりますわよ」

 白雪は阿澄の腕を引く。織部は特に残念そうでも不愉快そうでもなく、静かに微笑みを湛えている。

「ちょっとちょっと、白雪さん。急にどうしたのよ」

 どことなく緊張した面持ちの白雪に、阿澄は声を潜め尋ねた。

「あの女を見たら、嫌な可能性を思いつきましたわ」

「嫌な可能性?」

 少し織部から離れ、彼女に聞こえないように、白雪はトーンを下げる。

「この魔女集会に出てきている魔女は曲者揃いですけれどね、それでも本当にヤバい魔女なんかはそうそう来ていません。敵が多いですからね。私だって集会にはめったに来ません。要は、ぬるま湯に浸かった平和主義の魔女のための集会なんですよ。そこに堂々とやってきて空気を乱していく女狐は織部蓮華くらいのものでしょう」

「それはつまり……もしこの中に手掛かりを持っていそうな奴がいるとすれば、つまり魔法の鍵のために丈にちょっかいかけた奴がいるとすれば、織部蓮華は超有力候補って、そう言いたいの?」

「証拠はありませんけれど、あの女ならやりかねません。彼女が何と呼ばれているか知っていますか」

「知るわけないでしょうが」

「『監禁の魔女』」

 悍ましい二つ名に、阿澄はぞっとする。「毒殺の魔女」というのもたいがいだが、「監禁」というのは、これまた穏やかではない。

「ラプンツェルは、特技・拉致監禁、趣味・拷問の超危険人物です。桐島君とぶつかれば、まず間違いなく彼は負ける。負ける、というか、そもそも勝負になりません。あの女は勝負なんてまどろっこしいことを言わず、黙って相手を殴って屈服させるタイプの魔女ですから」

「そ、そそそそれってつまりっ」

 嫌な想像というのは勝手に膨らんでしまうものだ。

「丈は織部蓮華に拉致られて女王様の足を舐めさせられているの!?」

「……いえ、足を舐めているかどうかは知りませんけど」

 白雪が少しげんなりした顔をした。

 阿澄は少し考えて、短く提案する。

「……なら、本人に確かめてみよう」

「は? あなた、何を言ってますの?」

「疑わしいのはこの人なんでしょ? 私に考えがあるわ」

 そう言って、阿澄は振り返り、改めて織部蓮華と対峙した。

「ところで、織部さん」

 阿澄は何の気ないふうを装って、おっとり微笑みながら織部に問いかけた。


「桐島丈という人をご存じではありませんか」

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